メディカルエッセイ
第174回(2017年7月) なぜ「再診代」でなく「初診代」が請求されるのか
一般の人が医療機関を受診した感想を語る、読売新聞の「わたしの医見」は人気があり、すでに700回を超えているようです。受診してよかった、とする「医見」も多いのですが、その逆のもの、つまり医師に否定的なものも少なくなく、こういうものは医師のポータルサイトなどでよく話題になります。(過去のコラムでも取り上げたことがあります)
今回は最近掲載されたある読者からの「医見」を紹介したいと思います。これは医師のなかでも意見が割れて大変盛り上がりました。今回はなぜこのような問題が起こるのかについて解説し、さらに解決策について述べたいと思います。
2017年7月10日に「「再診」のはずが「初診」、もうけ主義の名医」というタイトルの投稿が掲載されました。投稿したのは札幌の50代の男性です。内容を簡単にまとめると次のようになります。
扁平苔癬と呼ばれる湿疹が下半身に生じ受診し治療を受けた。その後、背中にかぶれが生じ受診した。2回目の受診は「再診」になると思っていたら「初診」の請求をされた。医療機関に質問すると、「前者の症状は完治した。後者は別の病名になるので初診で算定した」と回答された。
この投稿をめぐって医師のポータルサイトでは議論が分かれています。この医師のやり方に問題がないと考える医師は、『保険診療の手引き』という書物に書かれている「第1病が治癒した後であれば第2病が短時日後の診療開始でも初診料は算定できる」という文言を根拠としています。(尚、この「初診・再診問題」は過去のコラムにも書いていますので合わせて参照してください)
これを文字通りに解釈すれば、前者の疾患が治っていれば次の診察のときは「初診」で問題がないということになります。問題は「治っている」かどうかの判定をどうするか、です。今回の投稿については、医師の意見も「初診ではなく再診にすべきでは」という見方の方が多かったようです。しかし、例えば次のような例であればまた変わるはずです。
症例1:7月1日に風邪で受診。7月15日に湿疹で受診。
こうなると風邪は普通は数日で治りますから、先述した『保険診療の手引き』に従えば「初診」となります。ですが、現実はそう簡単ではありません。実際、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、この場合も「再診」としていますし、他の多くの医療機関でも同様だと思います。
なぜなら、7月15日にこの患者さんがやってきたとき、通常は「この前の風邪はどうでしたか? 何日くらいで良くなりましたか? 今は完全に症状がとれていますか?」と言ったことを尋ねるからです。これは問診と言えなくもありません。それに患者さんの心理としてもメインの訴えが湿疹であったとしても、風邪の報告もしなくちゃ…、という気持ちがあるでしょう。
ここで、この逆バージョンを考えてみましょう。これは「わたしの医見」の札幌の男性と同じ条件になります。
症例2:7月1日には湿疹で、15日には風邪で受診
通常、扁平苔癬を含む慢性の湿疹はすぐには治りませんし、治ったとしても再発の可能性があり、さらに再発を防ぐために生活上の注意を説明しなければなりません。2回目の受診理由が風邪であったとしても1回目の湿疹の様子を確認し助言をおこなうのが普通だと思います。では次のケースはどうでしょう。
症例3:7月1日に湿疹で受診。8月1日にも湿疹で受診。
このパターンについては過去のコラムでも紹介したように『保険診療の手引き』の解釈の仕方によっては「初診」になります。ですが、患者さんの心理としては「再診」でしょうし、医師の方も、「経過をみせてほしいので1か月後に再診してください」ということはよくあります。(初診の次の再診が1か月後というのはあまりありませんが、何度も通院しているうちに1か月後や2か月後の再診になることはよくあります) では次はどうでしょう。
症例4:7月1日に湿疹で受診、翌年の7月1日に湿疹で受診。
これはいったん治った、または治ってなくても患者さんの方が治療を自己判断で中断したと考えて「初診」となると思います。谷口医院でもこのケースは初診にすることがほとんどです。つまり、1年後というのは「再診」として認められないと考えられるのです。ですが、では2か月後なら? 4か月後は? 半年後は?…、という問題がでてきますからどこかで区切りをつけなければなりません。
そこで、谷口医院の場合は「風邪など急性疾患なら1か月、慢性疾患なら6カ月」というルールを決めています。例えば、7月1日に風邪で受診し、8月1日にも風邪で受診した場合、風邪は短期間で治りますから8月1日には「初診」となります。(ただし、7月1日の風邪が治っていない場合はもちろん「再診」です) 慢性の湿疹で7月1日に受診した場合、次の受診が半年後の1月1日になれば「初診」になりますが、12月31日なら「再診」です。
一応、これですっきりしますが、問題がないわけではありません。それはこのルールは谷口医院独自のものであり、絶対的に正しいわけではないからです。もしも件の札幌のクリニックが谷口医院の近くにあれば、同じような理由で受診するのに2つのクリニックで診察代が異なる、という矛盾がでてきます。一般のサービス業なら値段が変わってもいい(というより自由経済下では値段が一緒であることがおかしい)わけですが、保険診療は全国どこにいっても価格が同じでなければなりません。医師の判断で値引きができないのと同じ理由で、本来は「初診・再診」のルールも全国で統一されていなければならないのです。
では、この「初診・再診問題」、抜本的な解決法はないのでしょうか。現時点で「ある」とは言えませんが、期待できるものが登場しそうです。それは「レセプト審査自動化」です。現在厚労省はAIなどを駆使してレセプト(診療明細書)をコンピュータが医療機関の算定が適切かどうかを判断することを検討しています(注1)。これが実現化すると「このケースは初診か再診か」と悩む必要はなくなります。なぜなら自動化するということはルールも明確化されるからです。
そもそも、現在のレセプト審査は審査員によって基準が異なることが一番の問題です。保湿剤の処方数が審査員や地域によって異なるのはおかしいということを過去のコラムで述べましたが、これらも自動化によりクリアになれば、患者さんからみても透明化しますし、我々医師はストレスが軽減しますし、これまで審査をしていた人の人件費が削れますから行政としても好ましいわけです。
利点はまだあります。レセプト審査自動化が実現化すれば、ルールが明確化しますから、おそらくそのルールが電子カルテに組み込まれるでしょう。そうすれば医療機関でも自動で初診か再診かを電子カルテが判断するようになります。今回の札幌のような問題は金輪際起こらなくなるはずです。
最後に私の「医見」を述べておきます。それは、「その医療機関をまったく初めて受診するときだけ「初診」とし、その後は何年たっていたとしても「再診」とすべきだ」というものです。初診時には、患者さんから多くの情報を収集して、また医師は患者さんのキャラクターを見極めていかねばなりませんから相当の時間がかかります。一方、再診のときは数年間のブランクがあったとしても、初診のときほど長い時間がかかるわけでは通常はありません。
レセプト審査自動化が始まらなくても、この方法が一番すっきりすると思うのですが、残念ながらこの私の「医見」に賛成してくれる人は今のところ見当たりません…。
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注:下記を参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000170011.html
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