メディカルエッセイ

第172回(2017年5月) 医師に尋ねるべき5つの質問

 医師の世界のことが世間では理解されていない、と感じることはしばしばあります。もちろんある程度は仕方がありませんし、「こんなに頑張ってることを知ってください」と言うつもりもありません。どのような業界でも少しくらいは世間から誤解されていることがあるのはむしろ当然でしょう。

 ですが、その「誤解」のために、医師が大きな不利益を被る、さらに結果として多くの患者さんにも損失を与えることがあったとしたらどうでしょう。そのような「誤解」を世間に与えかねない「うんざりさせられるニュース」をまずは紹介したいと思います。

 医師の情報サイト『M3.com』に「「増収のために不要な検査」は事実か」という記事(注1)が2017年5月3日に掲載されました。この事件のあらましをまずはまとめてみましょう。

 2015年12月10日、当時69歳の女性が国立病院機構横浜医療センターに入院しました。診察の結果、心臓カテーテル検査が必要と判断され実施され、結果、心臓に異常はありませんでした。しかし、女性は「増収のために不要な検査をされた」という理由で病院を訴えました。

 この女性は総腸骨動脈瘤という疾患が疑われて入院しています。総腸骨動脈は下半身にある動脈ですから心臓とは関係ないと思われるかもしれません。ですが、総腸骨動脈瘤が疑われるということは動脈硬化が進行している可能性があり、それならば心臓の血管の状態を評価しておくという考えは何ら間違っていません。ですから医療行為自体には「過失」があるようには思えません。

 ですが、私は横浜医療センターに問題がないと言っているわけではありません。心臓カテーテル検査は多少なりとも危険が伴う検査です。ですから、緊急性がある場合を除き、その必要性と危険性を充分に説明し、また患者さんが充分に理解した上で実施しなければなりません。医師側が充分に説明したつもりであったとしても、結果的に患者さんが「知らなかった」と言えば、医師の過失の可能性が出てきます。これは同意書にサインがあったとしても、です。

 したがって、危険性を知らされていなかったなら「説明義務違反」という理由で、医師や病院を訴えることには筋が通っています。ですが「増収のため」などあるわけがないのです。
 
 横浜医療センターは国立病院です。国立病院も利益がまったくなければ存続できませんが、医師が「利益」を考えて仕事をしているわけではありません。そもそも、心臓カテーテル検査を実施しようがしまいが、その医師の給料が変わるわけではありません。上司から「今月は売上が少ないからあと〇件心臓カテーテル検査のノルマを課す」と言われるわけではありません。医師が考えているのはchoosing wisely(注2)です。つまり、「ムダな検査や投薬を減らす」のが医師がいつも考えていることなのです。

 病院では、ひとりの医師が独断でものごとを決めるわけではありませんし、カンファレンスでは症例ごとに検討がおこなわれます。入院し心臓カテーテル検査を実施するような症例であれば必ずカンファレンスで取り上げられます。もしも不要かもしれない検査がおこなわれていれば、他の医師から猛烈な攻撃を受けることになります。(逆に必要な検査をおこなっていなくても責められます)

 最近、医師は労働者かどうかという議論がよくおこなわれます。医師は拘束される時間が長く、病院に泊まり込むことも日常茶飯事であり、また自宅に戻っても勉強しなければなりません。どこまでを「労働」とみなすかが曖昧であり、医師の仕事は「聖域」だから労働法は適用されるべきでないという考えがあります。実際、日本医師会の横倉義武会長は2017年3月29日の記者会見で、「医師が労働者なのかと言われると違和感がある。(中略)医師の雇用を労働基準法で規定するのが妥当なのかを抜本的に考えていきたい」と述べました。

 医師はお金のために働いているわけではない、と言うときれいごとに聞こえるかもしれませんが、これは大筋で事実です。病院勤務の場合、どの科であろうが給料が変わるわけではありませんし、歩合制でもありませんし、ノルマもありません。ですから、循環器内科医が、今月は〇件の心臓カテーテル検査を実施しなければ…、などという発想にはならないのです。

 開業医の場合も(以前も述べましたが)、医療法人であれば解散するときに内部留保はすべて国に没収されますし、choosing wiselyをいつも考えています。我々が苦労するのは「いかに増収」ではなく、「いかにムダな検査や投薬を減らすか」です。「金払うって言うてるやろ!」と患者さんに暴言を吐かれながらも、我々は必要なことのみをおこなっているのです。

 なんでこんな簡単なことが”聡明な”弁護士に分からずに「増収のため」などと言いだすのか…、と嘆きたくなりますが、おそらく実際には弁護士はそんなことは百も承知しているはずです。弁護士が裁判で「増収のため」という理屈を持ってくるのは、そういう戦略をとった方が裁判を有利に進められるからでしょう。それは、「とにかく勝てばよい」という弁護士の理屈に則れば正しくて、原告の女性には喜ばれるのかもしれませんが、社会には迷惑です。

 このような報道がおこなわれると、「医療機関は増収のために検査をやることがあるんだ」と世間に思われる可能性があります。すると、患者さんと医師との間の信頼関係が損なわれることになりかねません。もちろん、すでに(信頼できる)かかりつけ医を持っている人はそのようには思わないでしょうが、今から医師を探すという人は、その病院が増収のための検査をしないかどうかを見極めなくては、と思うかもしれません。

 さて、このニュースを読んで、どうにも「後味」が悪いのは、弁護士のうんざりさせられる戦略だけではありません。患者さんのためにおこなった心臓カテーテル検査を「説明を聞いていたら受けなかった」とどうして言われなくてはならないのか、担当医の立場に立てばとてもやるせない気持ちになります。担当医は、検査で異常がなかったことを患者さんに伝えるときには「きっと喜んでもらえるだろう」と思ったに違いありません。それが、患者さんから「説明をきちんと聞いていれば検査を受けなかった」という言葉が返ってきたというのですから悲しくなります。

 もちろん、先述したように、どれだけ医師が一生懸命に説明していても患者さんが理解できていなければ医師の説明義務違反という「過失」になります。それは分かるのですが、なんとも寂しいというか、このようなニュースが増えると医療者側も患者側もお互いが疑心暗鬼になってしまい、コミュニケーションがうまくいかず治る病気も治らなくなるのではないかと危惧します。

 こういう話題になるとよく出てくるのが「きちんとコミュニケーションをとりましょう」ということで、これは正しいのですが、具体的に患者さんが何をすればいいのか分かりません。そこで、すぐに使える医師への効果的な「5つの質問」を紹介したいと思います。といってもこれは私のオリジナルではなく、世界の多くのchoosing wiselyのウェブサイトに掲載されています。「choosing wisely five questions」でネット検索すればすぐに出てきます。その「5つの質問」を下記に記します。(この「5つの質問」は過去のコラムでも紹介したことがあります)
 
①その検査や治療は本当に必要なのでしょうか?
②その検査や治療にはどのようなリスクがありますか?
③もっとシンプルで安全なものはないのですか?
④もしもそれをおこなわなかったとすればどんなことが起こりますか?
⑤それはどれくらいの費用がかかりますか?

 これを読んで「そんなこと、医師に聞くのは失礼では?」と感じる人もいるかもしれません。ですが、太融寺町谷口医院の患者さんは、日ごろからこういう質問をよくします。これにはおそらく「地域差」が関係しています。

 以前、バンコクのホテルで勤務する知人(タイ人)に聞いた話があります。アメリカ人は何かあればすぐにフロントに文句を言ってくるのに対し、日本人は帰国してから「丁寧な苦情の手紙」を送ってくるそうです。おそらく大阪人はアメリカ人と”感性”が似ているのではないか、というのが私の意見です。

 実はこの「5つの質問」、2017年2月に開催されたある学会で私の発表に取り入れました。その演題のタイトルは「大阪発のchoosing wisely」。この「5つの質問」を日本の医療現場で広めることができるのは大阪人をおいて他にはない、というのが私の言いたいことです。

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注1:下記URLを参照ください。

https://www.m3.com/news/iryoishin/524310

注2:メディカルエッセイ第144回(2015年1月)「Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(前編) 」