メディカルエッセイ

第167回(2016年12月) 医師・医学生のわいせつ事件を防ぐ2つの秘策

 このところ医師・医学生のわいせつ事件が目立ちます。医師の不祥事についてはこのサイトで繰り返し述べていますが、今年(2016年)ほどこのような卑劣な事件が目立った年もなかったのではないかと思います。

 今回は、なぜこのような事件が繰り返されるのか、どうすれば避けられるのか、について述べたいのですが、その前に最近報道された悪質な事件についてまとめておきたいと思います。

 2016年9月20日、千葉市内の飲食店内のトイレで千葉大医学部5回生の2人の学生が酩酊した20代女性を2人で強姦、その後別の5回生の学生がその女性を自宅アパートに連れて帰り強姦したとの容疑で12月12日に起訴されました。この3人の医学生の指導をしていた30歳の研修医Fもその飲食店に同席し被害者の身体に無理やり触ったとのことで逮捕・送検されています。

 2016年9月19日、東京都の40代の眼科開業医Mがエレベーター内で面識のあった20代の女性に後ろから抱きつき無理やりキスするなどのわいせつ行為で警視庁に逮捕されました。

 2016年11月30日、睡眠薬を飲まされ乱暴されたとして20代の女性2人が大阪府内の大学病院に勤務していた医師2人(名前・年齢は報道されず)を高槻署に告訴しました。報道によると、2人の女性は2014年6月、大阪府高槻市のマンション一室で医師2人と飲酒。その際、医師に勧められた錠剤を飲んだところ意識を失い乱暴されたそうです。

 2016年9月27日、長野県警は準強制わいせつの疑いで長野市のK病院に勤務する40代の医師I容疑者を逮捕しました。I容疑者は、2015年12月21日、抵抗が不可能な状態にあった入院中の10代の女性患者に対し身体を触るなどのわいせつ行為をしたと報道されています。

 I容疑者には前科がありました。2016年12月1日、千葉県警は強姦及び住居侵入の疑いで、I容疑者を逮捕しました。2011年12月22日深夜、女性宅に侵入し就寝中の女性を脅して暴行に及んだのです。この女性は一人暮らしでI容疑者との面識はなかったそうです。

 2016年11月28日、警視庁は、大阪府高槻市の40歳の小児科医M容疑者を児童買春・ポルノ禁止法違反で逮捕しました。M容疑者は、2016年7月28日、東京都のホテルで現金5万円を渡して16歳の女子生徒とみだらな行為をしたそうです。

 これらのなかで、エレベーターの中で知人の女性に無理やりキスした事例は、医師でない一般人であれば大きく報道されることはなかったかもしれません。しかし、他の事件は目を覆いたくなるものばかりです。集団レイプ、睡眠薬を飲ませてレイプ、住居侵入し就寝中の女性をレイプ、児童買春・・・。

 なぜこのような常識的に考えられないような事件を起こす医師がいるのでしょうか。もちろん本人の人格に問題があったのは間違いないでしょう。しかし、私はこのような事件の背景には、医療の世界特有の2つの要因が関与しているのではないかと考えています。

 これまで私はこのサイトや拙書『医学部6年間の真実』などで、医学部入学試験はともかく、医学部入学後や医師になってからは「再受験生」の方が何かと有利であると言ってきました。医学部入学前に社会人の経験があれば、それだけで患者さんとのコミュニケーションがうまくいくことも多く、私自身、研修医の頃、同僚の研修医から羨ましがられたことが何度もありました。

 しかし、私は「社会人の経験があれば常識があるからわいせつ事件を起こさない」と言いたいわけではありません。言いたいことは、再受験生(全員とまではいえないかもしれませんが)は、「医学部入学前にそれなりに恋愛も含む社会経験があり、常識・非常識の境界を理解できている」ということです。この点で、社会経験がないまま医学部に入学し、勉強ばかりで研修医になった人たちというのは”気の毒”にみえます。

 もちろん、小さい頃から医師を夢見て努力を重ね、一方ではクラブ活動や恋愛にも積極的で、若くして高い人格を持ち合わせた医師がいるのは事実です。しかし、多くのことを犠牲にして勉強に打ち込み医学部に合格。その後も試験と実習に追われ医学部を卒業し研修医、という医師が多いのもまた現実です。医学部にもクラブ活動はありますが、それは医学部の中で限定されたものであり、他学部との交流はあまりありません。集団レイプで逮捕された千葉県の医学生と研修医はラグビー部に所属していたという報道もあります。

 私が”気の毒”と感じるのは、勉強ばかりで恋愛を含む社会経験があまりないまま医師になってしまうと、恋愛やセックスといった複雑な対人関係におけるコミュニケーションの取り方がわからないまま歪んだリビドーが誤った方向に進んでしまうのではないかと危惧するからです。「医師の常識は世間の非常識」という言葉があります。この”格言”は医学部に入学した頃から何度も聞かされましたが、私が最もこの言葉が「言いえて妙」と思うのはこと恋愛やセックスにおいてです。

 もうひとつ、医師がわいせつ事件を起こす理由として私が考えていることがあります。それは、「医師はモテるという”幻想”」です。幻想でなく実際に医師はモテると思っている人もいるでしょう。実際、関東では医学部の学生や医師というだけでモテる、という話を何度か聞いたことがあります。この話になると、いつも「関西でも同じでは?」と問われるのですが、私の実感としてはそうではありません。過去にも述べましたが(注1)、関西では「学歴や職歴で優位になると考えている男が最も格好悪い」という価値観が根強く、己の身体で勝負すべし、と考えられているきらいがあります。もっとも、これは私の周りでこの傾向が強いだけですべてではないかもしれません。実際、先述した医師のわいせつ事件で、睡眠薬を飲ましてレイプと児童買春は関西の医師による犯行です。

 関西でも関東でも同じことは、医師は周囲から”ソンケイ”されているということです。純粋な「尊敬」ではななく”ソンケイ”です。例えば、製薬会社のMR(営業)は極端に医師をチヤホヤします。そんな言葉使うか…?と思うほど極端な尊敬語や謙譲語を彼(女)らは用います。そして、そのような言葉を自分より遥かに年下の研修医にも使うのです。これは傍から見ていると吹き出しそうになるくらいこっけいです。しかし驚くのはその先です。全員とはいいませんがかなりの研修医が自分の親ほど年の離れたMRにえらそうな物の言い方をするのです。私は過去に何度か、いつも温厚な研修医がMRにそのようなぞんざいな態度をとっているのをみて腰を抜かしかけたことがあります。

 周囲からいつもチヤホヤされ、(関西では)”幻想”であることが多いものの、「医師はモテる伝説」がはびこり、実際にモテることもないわけではない。そして、これまでの人生経験の少なさから恋愛やセックスに伴う複雑なコミュニケーションをとれない…。このような状態が続いたからこそ、卑劣なわいせつ事件が起こるのではないかというのが私の考えです。

 結論です。医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことの1つめは、「医学部生に休学制度をつくる」、ということです。医学部で勉強しなければならない量は受験勉強の比ではありません。私の医学部6年間の思い出はほとんど勉強と臨床実習だけです。一方、関西学院大学時代(の特に後半)は「酒と薔薇の日々」とも呼べるような毎日でした…。

 休学して思い切り遊ぶ、でもいいでしょうし、アルバイトでもかまいませんし、一般の企業で契約社員として働いてもいいでしょう。また、ワーキングホリデーを利用して海外で働くのもいい経験になるでしょうし、ボランティアもいいと思います。このような経験を1~数年間、医学部を卒業するまでにしておけば、たとえ素敵なパートナーと巡り合うような経験ができなかったとしても、恋愛を含めた人生や社会というものを実感できるのではないかと思います。

 もうひとつ、医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことは、医師をチヤホヤするのを止める、ということです。このサイトで何度も述べているように医師の多くは高い人格を持ち合わせていますし、公私ともに尊敬される行動をとっています。しかし、まだ若い医師を過剰に持ち上げるのはその医師にとっても社会にとっても「有害」となります。もしもあなたが、患者としてはともかく、プライベートで医学生や若い医師と接する機会があれば、世間の「常識」を教えてあげてください。

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注1:下記を参照ください。

マンスリーレポート2016年6月「己の身体で勝負するということ」