メディカルエッセイ

第165回(2016年10月) セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~

 2016年5月29日、大阪府河内長野市の観光地、滝畑ダム付近の府道を走っていたワゴン車がダム湖に転落し、運転していた20代の男性以外の同乗者5人全員が死亡しました。運転していた男性の血中から精神安定剤のエチゾラム(商品名で最も有名なのは「デパス」)が検出されました。報道によれば、この男性はこの薬を用いるような持病があったわけではなく、現在府警は薬品の入手ルートを捜査しているそうです。

 この事件を受けて、というわけではないと思いますが、2016年10月14日よりエチゾラムは「麻薬及び向精神薬取締法に規定する向精神薬」に指定されました。これにより、処方日数の上限が30日となりました。

 我々医療者は、このエチゾラムという薬が、なぜこれまで長期処方が認められていたのか理解に苦しんでいました。これほど依存性が強く、一度服用しだすと簡単にやめられなくなる薬がなぜ長期処方が許されるのか分からないのです。ですから、私を含めてほとんどの医師は患者さんに求められても安易に処方しません。やむを得ない場合に限り、最小限の処方しかしないのです。

 しかし、ワゴン車を運転していた男性のように、入手ルートが不明、つまり医療機関で正当に処方されていない例が数多く存在するのが現実です。ただし、それだけではありません。同業者を批判することになりますが、私の率直な意見を述べれば、簡単に処方する医師がいるという印象が拭えません。例を挙げましょう。(ただし、患者さんが特定されないように若干のアレンジを加えています)

【症例1】68歳男性(Nさん)

 健診で高血圧を指摘されたとの理由で、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診。初診時の問診で、エチゾラム0.5mgを1日3錠も内服していることが発覚。Nさんによれば、数年前から肩こりに悩み、近医(整形外科)を受診。鎮痛薬と一緒にエチゾラムを飲むように言われたとのこと。しかも数年間も・・・。診察する医師は前医を否定してはいけません。しかし、私の立場としては、少なくともNさんがエチゾラムの危険性を理解していることを確認しなければなりません。エチゾラムの説明をすると、なんと「そんな薬とはまったく知らなかった。筋肉をほぐす薬としか聞かされていない」との答えが返ってきたのです・・・。

【症例2】59歳女性(Fさん)

 30代前半からうつ状態と不眠を繰り返しているとのこと。今までは近くのクリニックでエチゾラムを処方され、1日1~2錠を内服しており、それがもう20年以上も続いている。職場が近くにあることと、知人から「その薬危険なクスリじゃないの?」と言われたとのことで谷口医院を受診。直ちに危険性を説明し、減らしていくことを提言。しかし、一度依存症になった身体は簡単には元に戻りません。Fさんは今も、エチゾラム依存症に苦しんでいます。

 実は、このような患者さんは少なくありません。そもそもエチゾラムは世界的には65歳以上には「禁忌」(処方してはいけない)の薬です。もちろん、若年者に処方するときも依存性には充分に注意しなければなりませんし、少なくとも「依存性が強い薬であること」は患者さんに理解してもらわねばなりません。場合によっては、65歳以上であっても、あるいは依存性のリスクを抱えてでも、エチゾラムを処方せざるを得ないこともありますが、(同業者を批判したくありませんが)やはりエチゾラムを容易に処方しすぎる医師が存在するのは事実だと思います。

 依存性がある睡眠作用や抗不安作用のある薬はエチゾラムだけではもちろんありません。エチゾラムは薬のカテゴリーで言えば「ベンゾジアゼピン系」となります。ベンゾジアゼピン系の薬は多かれ少なかれ、睡眠作用、抗不安作用、筋弛緩作用(だから肩こりで使われる)などがあります。ベンゾジアゼピン系の薬すべてに「依存性」があります。

 国立精神・神経医療研究センターが発表している「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」(2014年版)に「乱用されていた処方薬(睡眠薬・抗不安薬)のランキング」が掲載されています(注1)。順位は下記の通りです(かっこの中は先発品の商品名)。

1位 エチゾラム(デパス)
2位 フルニトラゼパム(ロヒプノール、サイレース)
3位 トリアゾラム(ハルシオン)
4位 ゾルピデム(マイスリー)
5位 べゲタミン(べゲタミンA、べゲタミンB)
6位 ニトラゼパム(ベンザリン、ネルボン)
7位 ニメタゼパム(エリミン)
7位 ブロチゾラム(レンドルミン)
9位 アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)
10位  ブロマゼパム(レキソタン)

 補足しておきます。第4位のゾルピデム(マイスリー)は、記憶のないまま我が子を殺した母親の話などを以前紹介しました(注2)。この薬は「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれますが、ベンゾジアゼピンと同じように依存性があります。第5位のベゲタミンは、このランキングで唯一(非)ベンゾジアゼピン系ではなく、もっと依存性の強いものです。乱用されていることから今年(2016年)中に販売中止となることが決まっています。第7位のミメタゼパム(エリミン)は、通称「赤玉」と呼ばれ、裏社会で流通していたことなどが問題となり2015年に販売中止となりました。2位のフルニトラゼパムは、米国(ハワイ、グアムを含む)では持っているだけで逮捕される薬です。

 こうしてみるとこのランキングはそうそうたる薬物が並んでいることが分かります。そしていろんな問題のある薬物をおさえて堂々の1位となったのがエチゾラムというわけです。まだあります。先の症例1(Nさん)のように、エチゾラムは整形外科クリニックでも相当処方されています。もちろん内科系でも、谷口医院のような総合診療(プライマリ・ケア)のクリニックでも処方されることがあります。

 私は医師になってから、ベンゾジアゼピン系の処方を減らすことに継続して努めてきたつもりです。「医師の仕事は薬を処方することでなく処方を減らすこと」というのが私が言い続けているセリフです。そして、私流のセルフ・メディケーションの定義は、「患者さんが知識を増やし、薬を使わなくてもいいよう生活習慣を改め環境の見直しをすること」です。急性疾患ではこの限りではありませんが(例えば突然の事故)、ほとんどの慢性疾患はセルフ・メディケーションを実践することこそが最善の”治療”なのです。

 知識を増やせなんて無責任な・・・。それを教えるのが医者の仕事だろう。そのような声もあるでしょう。たしかにそれはそうなのですが、短い診察時間で何もかもが伝えられるわけではありません。患者さん自らが学習していくことも必要なのです。

 これを読んでくれた方には、「ベンゾジアゼピン系の危険性を理解し、自分自身もしくは周囲の人が、危険性を理解しているかどうかを見直すこと」を実践してもらいたいと考えています。これも立派なセルフ・メディケーションのひとつなのです。

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注1:詳しくは下記URLを参照ください。このランキングは32ページに掲載されています。

http://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/J_NMHS_2014.pdf

注2:はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」

参考:
マンスリーレポート2012年5月号「セルフ・メディケーションのすすめ~薬を減らす~」
マンスリーレポート2012年4月号「セルフ・メディケーションのすすめ~花粉症編~ 」
メディカルエッセイ第120回(2013年1月)「セルフ・メディケーションのすすめ~抗ヒスタミン薬~」