メディカルエッセイ
第157回(2016年2月) 世にも奇妙な医療機関
最近、医学部教授に対する否定的な報道が増えてきているように思います。
最も目立つのが、東大医学部教授で附属病院救急部部長の矢作直樹教授でしょうか。矢作教授は著書『人は死なない』がベストセラーになり、その後「手かざし治療」や「霊感セミナー」をおこない、さらに「ヘッドギア」を販売しているとし、週刊誌から否定的な報道がおこなわれています。しかし、現在も東大大学院及び東大附属病院のウェブサイトに矢作教授の名前や写真が載っています。もしも報道が事実なのだとしたら、当然大学や大学病院から処分を受けるはずですから、報道がすべて正しいわけではなさそうです。
2014年には、岩手医大のW教授(当時)が、外国人のホステスと一緒に覚醒剤を使用していたことが『週刊文春』により報道されました。同紙の違法薬物の徹底した取材は有名で、最近では元プロ野球選手のK氏の逮捕のきっかけが同紙の報道と言われていますし、2014年に逮捕された大物デュオA氏も同紙の報道が始まりだったとされています。その『週刊文春』がスクープしたわけですからW教授も事実なのか、と思われましたが、こちらはその後の報道がありませんし、同大学のウェブサイトによれば、2015年8月に新しい教授が就任するまでは教授職にとどまっていたようですから、少なくとも大学側は週刊文春の報道を事実とはみていないということになります。
2015年12月、兵庫医大が当時医学部教授の西崎知之氏を懲戒解雇にしました。理由は、西崎氏の著書『認知症はもう怖くない』で、自身の研究を「2008年に兵庫医科大学倫理委員会の承認を得た」としていることです。実際には、大学はこの研究に何ら関与しておらず虚偽記載であることから懲戒解雇という判断が下されました。
これに対し、西崎(元)教授もウェブサイト上で反論しています。しかしその内容は「ライターが誤って書いた」とするもので説得力がありません。ライターが書いたのだとしても、自分の名前で出版する以上はきちんと校正し言葉のひとつひとつに責任を持たねばなりません。このような反論なら逆効果になるだけです。
報道というのはときに過剰になっていくものです。噂が噂を呼び大きくなっていくこともよくあります。ですから否定的な報道をされた人物に対しては、その人物の立場に立って物事を見ていく必要があります。しかし、いくらひいき目にみてもこの元教授のしていることには共感できません。効果がはっきりしないサプリメントを高額で販売する会社に与しているようであり、また件の研究に自信があるなら再度研究をやり直す、あるいは一流紙に掲載されるよう努力をする、といったことをされればいいと思うのですが、そういう記載はありません。
そして、私が最も不審に思ったのは、この元教授が関係している「世にも奇妙な医療機関」です。その医療機関の名称は「新大阪キリシタン病院大隈研究所」。ウェブサイトをみると、トップページに「兵庫医科大学西崎研究所と共に認知症の患者がより世の中で過ごしやすく、以前と変わらぬ暮らしができるように日々研究を積極的に取り組んでいます」と記載されています。つまり、認知症の治療を主目的とした、元教授が深く関わっている医療機関ということになります。
トップページの写真は明らかに医療機関の受付と待合室であり「初診」という文字も読み取れます。ページ左の目次には「看護部案内」というものもありますから、やはり医療機関なのでしょうか。(しかしこの「看護部案内」はクリックしても開きません)
所長挨拶のところには、「1902年に設立された新大阪キリシタン病院を前身とする医療施設です。理念としては、地域に愛される「良心」を基調に(中略)「良心をもって高齢者の医療を充実させ地域に愛される病院施設」を揚げ活動を行っています」と書かれています。しかし奇妙なことに、その所長の名前が記されていません。文脈からは西崎元教授が所長なのかと考えられますが、その記載はありません。また、アクセスが不明で、このサイトを隅から隅まで読んでも、この医療機関がどこにあるのかが分からず、どうやって行けばいいのかがまったく不明なのです。
さらに奇妙なのはここからです。ウェブサイトの左下に「研究員名簿」という欄があります。この「研究員」が不可解なのです。たとえば、上から三番目の「西マサミ」という名前をクリックすると「1998年1月 山口県生まれ、山口県立山梨高等学校を首席で卒業、卒業後は北九州民族大学医学部にて救命救急医として研修医生活を行う」とあります。
この時点で疑問だらけです。まず1998年生まれなら2016年現在18歳ということになります。18歳で医学部を卒業し研修医生活をおこなうことは絶対にできません。それに「北九州民族大学医学部」などというものは実在しません。まだあります。「経歴」に「2012年11月 院内ベストオブ2012を受賞」とあります。1998年生まれで2012年ということは14歳ということです。14歳で「院内ベスト」とは何を指しているのでしょう。2012年12月には、「地方雑誌「淀川サタン」に研究レポートの抜粋が転載されると予想」とあります。そのような雑誌の存在自体が疑問ですが、自身のレポートが転載されると”予想”というのはどういうことなのでしょう。また、「2013年04月 実家へ帰省」とあります。なぜ実家へ帰省することが「経歴」なのでしょう??? 分からないことだらけです。
西マサミ氏の写真も不自然です。このような疑問を感じたのは私だけではないようで、ある医師のポータルサイトに、この奇妙な医療機関についての投稿があり、そこでこの西マサミ氏の写真は「恋愛jp」というウェブサイトから転載されていることが暴かれていました。
他の「研究員」も見てみると、「安倍美織」のページには、プロフィールに「それなりの成果を上げ仲間からも認められる医師」と書かれています。それなりのってどういうことか、と言いたくなりますが、それはさておき、写真が明らかに不自然というか、ナースキャップを被った写真なのです。今どき看護師でさえナースキャップは使用しません。これが医師の写真とは到底思えません。
研究員「市川杏奈」のプロフィールには「北九州大学医学部にて精神科医の資格を習得」とありますが、そもそも北九州大学(北九州市立大学)には医学部はありません。研究員「磐田奈菜」の経歴は「私立神戸学院大学医学部に入学」とありますが、神戸学院大学にも医学部はありません。1984年生まれとされており「奈菜」という名前は女性を思わせますが、掲載されている写真は30代の女性ではなく、どうみても50代のおじさんです。
まだまだありますがこれくらいでやめておきましょう。こんなサイト、野放しにしておいていいのでしょうか。この医療機関が実際に存在しているならまともな診療をしているとは到底思えません。
あるいは、このサイトは何かの「テスト」のようなものなのでしょうか。この”医療機関”は認知症を専門にしていると書かれています。このサイトをみて、「ここで認知症を治してもらおう」と思って連絡する人は「進行した認知症」、「なんだこのサイト、うさんくさいな・・、こんなサイト相手にすべきじゃないな」と判断し、連絡をしなければ「正常」。そのような「テスト」として機能させているサイトなのでしょうか。しかし、この”医療機関”には連絡先が書いてありません・・・。
兵庫医大を懲戒免職になった西崎元教授には、自身の研究をやり直す前に、この「新大阪キリシタン病院大隈研究所」という世にも奇妙な医療機関の説明をしてもらいたいと私は思います。
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