メディカルエッセイ

第150回(2015年7月) スマホで健康管理

 家でも血圧を測って記録したものを毎回持ってきて下さいね。

 これは私が高血圧の患者さんに言っていることです。きちんと測定結果を手帳に記載して持ってきてくれる人は全体の2割くらいでしょうか。なかには、エクセルを駆使してきれいな表にして持ってきてくれる人もいて驚かされますが、「書くのがめんどうくさい」と言って記録をしない人の方が多いのが現実です。

 きちんと記録しないとダメですよ、と私は一度も言ったことがありません。朝晩2回の記録というのは慣れればできないことはないでしょうが、やはりそれをできる人が優秀なのであって、できないから劣っているというわけではなく、むしろそれが普通でしょう。私自身も、毎朝毎晩自分の血圧を記録しなさい、と言われてもおこなえる自信がありません。

 しかし、スマホを用いて血圧の管理がおこなえるシステムがあります。広告や特集記事などを私自身は見たことがないのですが、これは間違いなく普及すると私はみています。一種の「医療革命」と言ってさえいいと私は思っています。

 早速私自身も血圧計を購入し、アプリをダウンロードして記録を開始してみました。こんなにも便利なのか・・・、と驚いています。自動血圧計ですから、自分でマンシェットを上腕に巻くことができます。マンシェットがとても工夫されていてすごく簡単に巻けることにも驚きました。そしてボタンを押せば血圧と脈拍数が測定され画面に表示されます。次にスマホのアプリを立ち上げて「データ転送」を押すだけです。これで日々のデータが記録されグラフにもなります。

 これからは、医療機関を受診時にスマホを見せるだけでよくなり、面倒な血圧の記録は必要なくなります。このようなスマホ連動型の血圧計は少し値段が高いかもしれませんが従来のものとそれほど変わるわけではありません。

 スマホを用いた健康管理は血圧だけではありません。今回はそれを述べたいのですが、少し脱線してみましょう。

 スマホ(スマートフォン)が登場したのは2000年代の頭くらいでしょうか。私は携帯電話を90年代半ばから持ってはいましたが、元々電話があまり好きでないこともあってほとんど発信用としてしか使っていませんでした。携帯メールというものも私はほとんど利用したことがありませんでした。パソコンの方が文字をうちやすいですし、わざわざ携帯を使ってメールしなければならないような緊急性の高い用があるのであれば電話をすべきだからです。

 スマホが登場したときも興味がまったく沸かず、自分には関係ないものだと思っていました。ただ、タブレットが出てからは出張時、旅行時には必ず持参するようになり、それまで必ず持参していたノートパソコンが不要になりました。学会出席時には、以前はノートをとり、ホテルに戻ってからノートパソコンに記載していたのですが、タブレット(iPAD)を持つようになってからはその場でiPADでメモを取ります。そしてその場でパソコンに転送します。これで随分と時間が節約できます。

 それだけではありません。英語の講演を聞くときに単語が分からないことがあります。そんなときは直ちにタブレットにいれてある英語辞典や英英辞典のアプリを参照します。日本語の講演でも難解な専門用語について知識があやふやなことがあります。そんなとき、その場でインターネットを用いて調べることができます。

 学会に参加しているときは、空き時間に新聞や雑誌を読んだり、自分が発表する資料や原稿を作成したりもしますが、これらもタブレット1台でできます。移動の飛行機や新幹線のなかではkindleを立ち上げて本を読むこともできます。「真の本好き」の人たちは、本は電子書籍でなくて従来の紙の本で読むべき、と言いますが、私はスペースを取らないという理由でkindleを支持しています。本好きの人には失礼ですが、私は既存の本の大半は電子化してしまって紙の本は最小限にすべき、と思っています(注1)。

 長い間私はスマホを持たずに従来の携帯電話とタブレットの2つを持っていましたが、外出先でパソコンのメールを簡単に参照できるのは便利と考えiPhone 6を購入しました。そしてiPhone 6 Plusが出たときに「これだ!」と思って飛びつきました。iPhone 6では小さすぎて文字を打つのが困難でしたが、iPhone 6 Plusのサイズなら入力できます。

 さて、少しずつ話を健康のことに戻していきます。スマホはポケットに入るサイズでありながら地図を表示することができます。従来の地図はいったん立ち止まり広げなければなりませんが、スマホなら(歩きながらは危ないですが)一瞬で地図を見ることができて、しかも現在自分がどこにいるかが瞬時にわかります。

 これがなぜ健康と関係があるかというと、ウォーキングやジョギングのときに道に迷わなくなるからです。旅行先で、早朝の街を歩いて(走って)みたいと思う人は少なくないでしょう。こんなとき方向音痴の人は躊躇するでしょうし、ある程度自信のある人でも、斜めに走った道やカーブの多い道が続くとホテルまで戻るのが困難になることもあるでしょう。また、海外であれば標識が不充分であったり、英語表記でなく現地の言語でしか表示されていないこともあったりします。そういった場合でもスマホがあれば道に迷わなくなります。つまりどれだけ方向音痴の人であっても、初めての土地で、それが海外であったとしても、ウォーキングやジョギングが楽しめるのです(注2、注3)。

 冒頭で血圧をスマホで管理すれば便利という話をしました。しかし健康に関する数値を血圧だけに限定するのはもったいない話です。自分が毎日どれくらいのエネルギーを消費しているのか、つまり消費エネルギーを知りたい、と考えている人は大勢いると思います。摂取カロリーは、ある程度の栄養学の知識があれば概算できるでしょうが、消費エネルギーを計算するのは簡単ではありません。

 そこで便利なのが「活動量計」です。これをポケットに入れておくと日々の消費カロリーが分かります。よくできた器種になってくると「消費カロリー」や「歩数」以外にも「早歩きの歩数」や「階段上がり歩数」なども表示されます。もちろん活動量計はスマホにデータ転送します。

 体重も管理できます。さすがに体重計を出張先に持っていくことはできませんが、自宅にいるときは毎日測定しそれをスマホにデータ転送すると瞬時にグラフがでてきます。記録ダイエット(レコーディングダイエット)というのは毎日食べたものを記録していく方法だそうですが、スマホで体重を管理するだけでもダイエットができるという人もいます。

 血圧、体重、消費カロリーが1つのアプリで管理できるのは大変便利です。これからの時代、このデータを定期的に医師に送ることで診察を済ませることができるかもしれません。あるいは、まだ薬を飲んでいない段階であれば、コンピュータがデータからその人にあったアドバイスができる時代になるかもしれません。いえ、これはやろうと思えばすぐにでもできるでしょう。

 おそらく次に登場するのは、睡眠中の酸素飽和度の測定器だと私はみています。睡眠中の酸素飽和度を知ることで、睡眠時無呼吸症候群の危険性を知ることができます。現在、睡眠時無呼吸症候群の検査は、1泊入院しておこなうのが一般的です。自宅でおこなえるものもあるのですが、まずは医療機関を受診しなければなりませんし、いろいろと手間がかかります。数年以内に、睡眠中の酸素飽和度を測定することができて、睡眠時無呼吸症候群のリスク判定までできる器械が登場すると私はみています。

 心電図の管理もできるに違いないと考えていたところ、こちらはなんとすでに開発されていました。2015年6月にブリュッセルで開催された「IMEC Technology Forum 2015 Brussels」というフォーラムで、心電図が測定できるTシャツが披露されたそうです。データはもちろんスマホで管理できるようです。

 この他では、詳細な脳波までは測定できませんが、睡眠の程度を測定することができる器械があります。また、いちいちスマホをかざすのが面倒でしょうが、食べるものをうつすことで摂取カロリーが計算されるような技術も登場してくるでしょう。まだ実用化されていませんが、針を刺さずに血糖値を計測する技術が現在開発中と聞きます。これに成功すればいずれスマホで血糖値の管理ができるようになるでしょう。

 さらに、すでに登場しているスマホのウェラブル型が進化すると、ただ装着しているだけで、血圧、脈拍数、消費カロリー、酸素飽和度、血糖値、睡眠の深さなどがすべて管理できるようになるかもしれません。ここまでくれば誰もが「医療革命」という言葉に納得するでしょう。

 繰り返しになりますが、血圧、体重、消費カロリーはすでに簡単にスマホで管理できる時代に入っています。興味のある人は試してみませんか。

注1:ただし例外はあります。教科書的なものは紙媒体を残すべきでしょうし、電子書籍では書き込みができないという問題があります。電子書籍の欠点を私が痛烈に感じるのは、『Lonely Planet』や『地球の歩き方』といった旅行ガイドです。これらをタブレットで参照するのは非常に困難です。電子書籍が有用なのは「最初から最後まで通して読むことのできる本」であり、何度もあちこちを参照するタイプの本には適しません。

注2:話がそれるので本文では述べませんでしたが、スマホを海外に持っていくと便利なことはたくさんあります。例えば、為替情報のアプリはとても有用で、現地の価格を入れると瞬時に日本円の価格が表示されます。搭乗前に現地の気温や天候を調べることができるのもありがたい機能です。国内線であればスマホをかざすだけでチェックインできますし、国際便でもいまやスマホの画面を見せるだけで手続きをしてくれます。現地ではスマホのアプリの懐中電灯が役に立つこともしばしばあります。また、当院の患者さんのなかには、海外で体調が悪くなったときに、当院にメールで知らせてくれる人がいます。メールで助言できることは限られているのですが、海外で困っているときに日本語の助言が届くと少しは安心できるからなのか、何度も丁寧なお礼の言葉をいただき恐縮することがしばしばあります。

注3:登山をする人にとって地図は必携品です。ビギナーからベテランの登山家まで『山と高原地図』を利用する人が多いと思いますが、これが現在はアプリになっています。私は初めてこれを使ったときに、あまりの便利さに感動し、スマホを持つ手が震えた程です。ただし、山の上では電波が入りにくく、また一気にバッテリーを消耗するという欠点もあります。