メディカルエッセイ

132 医師の労働時間の実態 2014/1/21

 医師は他の業種に比べて労働時間が長いということに異論を唱える人はほとんどいないと思いますが、実態はどうなのでしょうか。

 医師はどれくらい働かなければならないのか、という質問は以前から私の元にしばしば寄せられます。医学部受験を考えている人が、「医師が過労死・・・」といったニュースをみると不安になるようなのですが、これは当然でしょう。

 医師の労働条件の調査は、比較的新しいところでは、メディカルエッセイ第117回(2012年10月号)で紹介した、医療サイトm3.comによるものがあります。m3.comのこの調査では、勤務医と開業医の年収と時給が調べられています。勤務医は年収が1,442万円、時給が2,643円で、開業医は年収が2,156万円、時給は4,333円とされています。(以前も述べましたが、開業医の年収はこれから借入金の返済や保険の支払いをしなければなりませんから事実上の年収は大きく減少し実態を反映しません。ここでは勤務医の数字をみていくことにします)

 m3.comは、時給を「年収÷12÷(30-休日)÷1日あたりの勤務時間」の式で算出しているそうです。この式を変換すると、休日をゼロと考えれば、1日あたりの勤務時間=年収÷時給÷12÷30となり、1,442万円÷2,643円÷12÷30=15.15時間となります。月あたりにすれば、15.15x30日=455時間となります。労働法に基づく標準的な労働時間を160時間(1日8時間x週5日x4週)とすると、過重労働は455-160=295時間となります。最近は職場が原因のうつ病などで過重労働が160時間あたりを超えると労災認定されることが増えてきています。ということは、数字だけでみればほとんどの医師が過重労働が原因のうつ病になってもおかしくない、ということになってしまいます。

 では現実はどうなのか、というと、実際医師でうつ病になる者は少なくないですし、しばらく休職する医師、あるいは残念ながらうつ病が回復せずに退職せざるを得ない、という医師も珍しくはありません。ただ、では医師はほぼ全員がうつ病予備軍かと言えば、そういうわけでもありません。

 いわゆる「職人」と呼ばれる職業の多くがそうであるように、医師という職業も「仕事」というよりは自分の「勉強」(あるいは「修行」といってもいいかもしれません)に費やす時間が長く、勉強と仕事の境界が曖昧なのです。例えば、外来や病棟の患者さんの診察が終わってから夜間の救急外来の見学に行ったり、あるいは院内の図書室に行って論文を読んだり書いたりするのは、仕事といえば仕事かもしれませんが、自分の研究あるいは勉強と言えなくもありません。

 これは医局が、あるいは先輩医師が強要して研究や勉強をさせられているというよりは、若い医師自らが率先しておこなっています。そんな前近代的な・・・、という声があるかもしれませんがおそらくほとんどの医師はそのような勉強を当然のことと考えています。

 以前『研修医はなぜ死んだ』や『医者を殺すな』を上梓されたジャーナリストの塚田真紀子さんから直接聞いたことがあるのですが、いわば同志の研修医が過労で亡くなったという事実があるのにも関わらず、塚田さんがインタビューした研修医の多くは、「研修医が長時間働くことは当然」と答えたそうです。

 大学病院で研修医の指導をしている医師に聞くと、最近は研修医の中にも「労働者の権利」を主張し夕方5時になると帰ってしまう者もいるそうです。しかし、このような研修医は例外であり、大半の研修医はほぼ「滅私奉公」の状態でがんばっているそうです。

 医師が長時間働いていることは実際に入院してみればよくわかると思います。私も勤務医の頃は、入院患者さんから「休みなしなんですね。調子よくなってきましたからたまにはあたしのところに来なくてもいいですよ」などと言われたりしました。私が最近読んだ大野更紗さんの『困ってるひと』(注1)には、大野さんの主治医の先生は「24時間365日働いている」ことが述べられています。

 では、病院につとめる勤務医ではなく開業医はどうかというと、在宅医療をしている開業医であれば「24時間365日」を謳っているところも少なくありません。もちろん、昼も深夜も休憩なく働いているというわけではなく、夜中に電話が鳴らなければ起こされることはないわけですが、夜間に具合が悪くなった患者さんから電話があり深夜に患者さんのところまで往診に行くこともあります。

 これは本当に大変なことで、私自身もクリニックをオープンした最初の1年間は、往診はしていませんでしたが夜間の電話は受けていました。すると、ひっきりなしに電話が鳴るようになり、患者さんの不安が強いのはわかるのですが、直ちに医療を要する状態ではない場合がほとんどであり、とても対応できないと判断し、現在は私自身が電話をとるのは午前7時~9時に限定しています。

 さて、では私のように在宅医療や往診をしていない開業医は労働時間が長くないのか、と問われれば、24時間体制で往診をしている医師や当直の多い勤務医に比べると随分とラクをさせてもらっていると思います。特に最近は年末年始も休みをいただいていますから他の医師から恨まれても仕方がないかもしれません・・・。

 そんな私の労働時間はどれくらいかというと、月あたりだいたい320~350時間程度です。私の1週間を簡単に紹介しておくと、毎朝5時に起床し入浴。新聞を読んだ後に、NPO法人GINAの関連のメール及びプライベートのメールをチェックし、午前6時過ぎに出勤し、ここから仕事が始まります。午前9時半頃までは前日診察した症例のカルテの記載、血液検査やレントゲンの見直し、難渋している症例に関する論文の検索などをおこないながら、患者さんからのメールに返答し電話も取ります。(他のスタッフの出勤は午前9時以降です)

 午後2時頃に午前の診療が終わり、5分程度でカップラーメンを食べてからカルテ記載をおこないます。待ち時間を減らすために診察中は必要最低限のことのみをカルテに記載し不足分は後で補っているのです。このまま休憩なしで午後の診察に入ると身体がもたないので10分程度の仮眠をとります。そして3時50分から午後の診察に入り、終了するのは日によりますが早くて8時半、遅くて10時すぎ、平均すると9時過ぎくらいになります。

 休診日の木・日・祝は何をしているかというと、診断がつかなかったり治療に難渋している症例に関する文献の検索や、複数の医学誌に掲載されている論文を読んだり、学会発表や講演に使うスライドを作成したり、あるいは依頼された原稿や論文を書いたりといった感じです。また、最近は他の医療機関で診療することは減らしていますが、月に一度程度は産業医として小規模企業の従業員と面談をする仕事を担っています。

 休診日には学会や研究会、セミナーなどに出席することもあります。昨年(2013年)のスケジュールを見直してみると、1年間のうち合計40日は学会、研究会、セミナーなどに出席していました(注2)。スケジュール表で丸1日休んだ日を探してみると、ゴールデンウィークとお盆休み年末年始を除くと、登山に費やした1日だけでした。お盆休みは毎年タイに渡航しGINAの関連で各施設を訪ねたり関係者に会ったりしますから私自身がゆっくりできることはありません。

 というわけで私が終日クリニックに行かず、学会や研究会にも参加しない日というのは年間10日程度となります。これを少ないとみるか多いとみるか、ですが、医師に対して厳しい意見を持っている人からみると「休みすぎ」となるかもしれません。

 医師の間では有名な秋田県のある村(仮にK村としておきます)では、村にひとつしかない診療所に医師が定着しません。これまで何人もの医師が長期間働くつもりで勤務しているのですが、村の人たちは医師が休むことを許してくれず、ほとんどの医師が数ヶ月で辞めていくそうです。ある医師は、昼食をとる時間がなく診療所内で食事をしようとパンを買ったときに「患者を待たせておいて買い物か」と非難され、お盆期間にも診療を続けた後8月17日の1日を休診にすると「平日なのに休むとは一体何を考えているんだ!」と村の人たちに言われたそうです。

 K村の人たちに言わせると、私のような医師は完全に「休みすぎ」となるでしょう。一方、労働基準法からすると私の月の労働時間は320~350時間(過重労働でいえば160~180時間)となりますから「働き過ぎ」ということになります。

 日本は今後世界中のどの地域も経験したことのない超高齢化社会に突入します。医療に対する需要はどんどん増えていくはずです。しかし、供給つまり医師数が大きく増えることはありません。とすると、ますます医師の労働時間が長くなるのは自明です。

 私もそのうちに「年末年始に休むとは一体何を考えているんだ!」と怒りの声を聞くことになるのでしょうか・・・。

注1 大野更紗さんのこの本『困ってるひと』(ポプラ文庫)は第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞」を受賞されています。皮膚筋炎と筋膜炎脂肪織炎症候群という難病に罹患した著者の、いわば「闘病記」で(本の中で著者は闘病記ではないと書かれていますが)、難病に罹患し苦悩する様子や気持ちがよく分かります。多くの方にすすめたい本であるのと同時に、医療者にもすすめたい本です。患者さんの気持ちがよく分かります。

注2:スケジュール表をみて書き出してみると合計40日の学会・セミナーなどは次のようになります。
1月20日「産業医講習会」(大阪)、2月3日「プライマリ・ケアを語ろうおおさか」(大阪)、2月14日「HIV講習会」(大阪)、2月17日「産業医講習会」(東京)、3月7日「性感染症講習会」(大阪)、4月7日「日本臨床皮膚科学会」(名古屋)、4月13日14日「日本旅行医学会」(東京)、4月21日「産業医講習会」(福岡)、5月12日「日本アレルギー学会」(大阪)、5月16日「皮膚科セミナー」(大阪)、5月18日19日「日本プライマリ・ケア連合学会」(仙台)、5月30日「高血圧セミナー」(大阪)、6月13日「プライマリ・ケア研究会」(大阪)、6月16日「日本旅行医学会」(東京)、6月30日「日本旅行医学会」(東京)、7月7日「日本プライマリ・ケア連合学会セミナー」(名古屋)、7月15日「日本旅行医学会」(東京)、7月21日「日本渡航医学会」(東京)、7月28日「プライマリ・ケアを語ろうおおさか」(大阪)、8月4日「産業医講習会」(大阪)、8月25日「日本アレルギー学会専門医セミナー」(東京)、9月8日「日本渡航医学会」(東京)、9月19日「甲状腺セミナー」(大阪)、10月3日「産業医セミナー」(大阪)、10月6日「日本臨床皮膚科医会」(和歌山)、10月10日「プライマリ・ケア研究会」(大阪)、10月13日14日「日本臨床内科医会」(神戸)、10月17日「労働衛生コンサルタントセミナー」(大阪)、11月3日「日本皮膚科学会」(名古屋)、11月7日「食物アレルギー講習会」(大阪)、11月14日「救急医療講習会」(大阪)、11月16日17日「日本性感染症学会」(岐阜)、11月24日「日本旅行医学会」(東京)、12月1日「産業医講習会」(大阪)、12月15日「日本渡航医学会」(東京)、12月19日「産業医講習会」(大阪)