メディカルエッセイ
第123回 (2013年4月)カルシウムのサプリメントは危険か
サプリメントや健康食品というものが一気に普及しだしたのは1990年代半ばくらいでしょうか。それまでは、「サプリ」とか「健康食品」という言葉もさほど浸透しておらず、ビタミン剤やプロテインといったものを健康に高い関心を持つ人が使用している、といった感じだったと思います。
90年代後半は、一般の人のみならず、多くの医療従事者もサプリメントに期待していたと思われます。βカロチンで大腸ガンが予防できる、ビタミンEで若返りができる、ビタミンCで風邪をひかなくなり、さらに大量に摂ればガンも治る、イチョウエキスで頭がよくなる、エキナセアで感染症が防げる、などなど、それなりに科学的にも正しいのではないかと一部の医療者や科学者も発言していたように思います。
しかしながら、その後次第にきちんとした研究がおこなわれるようになると、βカロチンの過剰摂取は大腸ガンを予防しないだけでなく肺ガンのリスクになる、ビタミンEのサプリは心疾患のリスクになる、ビタミンCのサプリは風邪を予防してくれないしもちろんガンが治るわけでもない、イチョウやエキナセアは効果が認められず・・・、といった研究結果が次々と発表されました。きちんと検証してみると、サプリメントの有効性はほとんど認められなかった、というのが現状なのです。
一方、2012年に内閣府がおこなった健康食品の利用に関するアンケート調査(注1)によれば、50代以上の約3割が日常的に健康食品・サプリを利用しているそうです。しかも、約6割の利用者が「概ね満足している」と答えているそうですから、これからもサプリメントの利用者は減っていくことはないのかもしれません。
科学的に有効性が示されていないのにもかかわらず大勢の人が満足しているのは、おそらく期待が大きくて一種のプラセボ効果が出ていることが原因のひとつでしょう。しかし私はこのことを非難したいわけではありません。理由がどうであれ、サプリメントを摂取した人が健康になりそして幸せになるのであればそれで問題ないわけです。
それに、私自身としては、サプリメントに完全に否定的な立場をとっているわけではありません。私個人の話をすれば、過去(90年代半ば)にはいくつかのサプリメントを飲んでいたこともありますが、現在は一切のサプリメント・健康食品の類を摂っていません。しかし、患者さんから相談を受けたときには、やみくもに「サプリメントは無効ですからやめなさい」などと言っているわけではありません。
むしろ、場合によってはすすめることもあります。例えば、月経のある女性で軽度の鉄欠乏性貧血があり、自覚症状がなく薬が必ずしも必要でない場合は、「鉄分の多い食事に加えて鉄のサプリメントを摂ってみますか」という助言をおこなうことがあります。ただし閉経後の女性や男性は、鉄のサプリメントを安易に摂るべきではありません。鉄は不足になるのも問題ですが過剰になるのは大問題です。ですから閉経後の女性や男性でマルチミネラルのサプリメントを摂るならアイアンフリー(鉄抜き)のものを選ばなければなりません。
貧血のある女性に対する鉄以外に私が勧めることがあるのは、妊婦さんに対する葉酸サプリメントです。ここでは詳しく述べませんが、妊娠中にはある程度の葉酸を積極的に摂取する必要があります。ただし、葉酸は摂ろうと思えば食事からでも摂れますし、摂り過ぎは胎児に悪影響を与える可能性も指摘されているので、すべての妊婦さんに勧めているわけではもちろんありません。
さて、前置きが長くなりましたが、今回お話したいのは、カルシウムのサプリメントについてです。伝統的な日本食を食べなくなった日本人はカルシウムが不足している、ということが随分前から指摘されています。元々乳製品を摂らない日本人は小魚や小松菜・大根の葉などでカルシウムを補っていたわけですが、こういった食事を摂る機会は激減しています。代替として乳製品を上手く取り入れればいいのですが、乳製品は元々好きでないという人が少なくありませんし、乳製品の摂りすぎは脂肪過多になりがちですから、カルシウムの適量摂取というのはけっこうむつかしいものかもしれません。
そこでカルシウム不足が気になる人、つまり小魚や青菜をあまり食べず、乳製品も好きでないという人は、サプリメントで不足したカルシウムを補おう、ということになります。実際、医療機関でも高齢者で骨粗鬆症がある人(70代後半以降の女性の半数以上が骨粗鬆症です)にはカルシウム製剤を処方することが多いですし、私自身も日頃の食事からカルシウムが充分に摂れてないと思われる人には(若い人も含めて)、「サプリメントでもいいからカルシウムを摂るべきですよ」と話をすることがありました。
しかし、最近はカルシウムのサプリメントに否定的な研究が相次いでいます。
カルシウムの過剰摂取は女性の全死因死亡や心血管死のリスクを増大させる可能性がある・・・
これは医学誌『British Medical Journal』2013年2月13日号(オンライン版)に掲載された研究結果です(注2)
この研究は、スウェーデンのウプサラ(Uppsala)大学のKarl Michaelsson氏らによっておこなわれています。研究の対象となったのは、1987~1990年にマンモグラフィ検診を受けたスウェーデン人女性61,433人(1914~48年生まれ)で、平均19年の追跡調査がおこなわれています。この間の全死因死亡数は11,944件(17%)で、心血管死は3,862件、虚血性心疾患死は1,932件、脳卒中死は1,100件だったそうです。
これらをカルシウムの摂取量に基づき解析をおこなうと、カルシウムの摂り過ぎは死亡リスクにつながることが判り、リスクの増大は、食品由来のカルシウムではなく、サプリメントのカルシウムに由来していることが判ったそうです。
健康な高齢女性は骨折予防の目的でカルシウムやビタミンDのサプリメントを摂取すべきではない・・・
これは、米国予防医療作業部会(U.S. Preventive Services Task Force、以下USPSTF)が発表した声明で、医学誌『Annals of Internal Medicine』2013年2月26日号(オンライン版)に詳細が報告されています(注3)。
この論文では、USPSTFの勧告として、低用量のサプリメントを日常的に摂取すべきでなく、閉経後の女性の400IUを超えるビタミンDや1,000 mgを超えるカルシウムによる利益(ベネフィット)を示す充分な根拠は見当たらない、としています。また、50歳未満の男女の骨折予防目的でのサプリメント摂取を推奨する根拠はない、とも述べられています。
ここでは最近発表された2つの論文を紹介しましたが、数年前からカルシウムのサプリメントの有害性についての報告が増えてきているように思えます。(下記医療ニュースも参照ください)
現時点では、すべての研究者や医師がカルシウムやビタミンDのサプリメントを否定しているわけではありません。少なくとも骨粗鬆症の診断が付いている人やその予備軍と言われている人たちは、主治医の意見を参考にしながら、カルシウムやビタミンDのサプリメント(または製剤)の摂取を検討すべきでしょう。
私個人の意見として、現時点でひとつだけ強調したいことがあります。それはサプリメントに頼るのではなく、食事からカルシウムやビタミンDを摂るのが最も大切、ということです。そんな身も蓋もないことを言うな、と思われるかもしれませんが、バランスの取れた食事に勝るサプリメントは存在しない、ということを強調しておきたいと思います。
冒頭でβカロチンやビタミンEの有害性について言及しましたが、これらも「サプリメントとしての弊害」であり、こういった栄養素が豊富に含まれる「食品」を摂取することは大変有益なことなのです。
注1:この調査は内閣府のウェブサイトで公開されています。下記URLを参照ください。
http://www.cao.go.jp/consumer/doc/20120605_chousa_gaiyou.pdf
注2:この論文のタイトルは、「Long term calcium intake and rates of all cause and cardiovascular mortality: community based prospective longitudinal cohort study」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/346/bmj.f228
注3:この論文のタイトルは、「Vitamin D and Calcium Supplementation to Prevent Fractures in Adults: U.S. Preventive Services Task Force Recommendation Statement」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://annals.org/article.aspx?articleid=1655858
参考:医療ニュース
2012年6月30日「カルシウムのサプリで心筋梗塞のリスクが2倍」
2011年5月6日「カルシウムサプリメントが女性に危険かも・・・」
2010年8月30日「カルシウム・サプリで心筋梗塞のリスクが増加?」
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