メディカルエッセイ

第122回(2013年3月) 不飽和脂肪酸をめぐる混乱 

  2010年から2011年にかけて、従来高い数値がよくないとされていた「悪玉コレステロール」とも呼ばれるLDL(低密度リポ蛋白)が、「実は数値が高いほど長生きする」という説が提唱され物議をかもしました。最近この論争についてはあまり聞かなくなりましたが、昨年(2012年)の終わりから今年(2013年)にかけて、今度は不飽和脂肪酸に関する話題が増えてきて、さらに従来の理論に合致しない研究も発表され話題を呼んでいます。

 EPA(エイコサペンタエン酸 )やDHA(ドコサヘキサエン酸)という物質を聞いたことがあるでしょうか。青魚に含まれていることで有名な不飽和脂肪酸の一種で、サプリメントとしても広く知られています。

 2012年9月28日、武田薬品工業は、高脂血症の治療薬として「ロトリガ粒状カプセル2g」が承認されたことを発表しました。この薬の中身はEPAとDHAです。この発表が我々医療者を驚かせたのは(少なくとも私は驚きました)、国内最大手の武田薬品がサプリメントと変わらないような薬の発売を発表したということです(注1)。

 ここ数年間は世界的に新しい画期的な薬の発売がないと言われていましたが、武田製薬も業界をリードするような新薬をだすことができずに苦肉の策としてこのような製品を扱うことになったのか、と皮肉っぽく語られることもありました。

 その発表から1ヶ月もたたない2012年10月17日、今度は持田製薬がEPAの処方薬「エパデール」を薬局で買える薬(OTC)として販売することを発表しました(注2)。エパデールはEPA単剤でDHAを含みませんが、武田薬品のロトリガと同じカテゴリーに入るものです。製薬会社のなかで最大手の武田薬品が新たに<処方薬として>販売することを発表した直後に、製薬会社としては中堅の持田製薬が<薬局で買える薬(OTC)として>承認をとったことを発表したのは興味深いと言えます。

 今回は、これからEPAやDHAはどのように認識されていくのか、摂取すべきなのはどのような人たちなのか、そしてロトリガがいいのかエパデールがいいのか、あるいは既存のサプリメントで充分なのか、といったあたりを考えていきたいと思います。

 大変興味深いことに、上記2つの製薬会社の発表がおこなわれたのと偶然にも同時期に、ω3(オメガ3)不飽和脂肪酸摂取に関する否定的な論文が発表されました。しかし、それらを紹介する前にω3、不飽和脂肪酸、EPA、DHAなど、いくつも単語が出てきましたのでまずはこれらを整理したいと思います。

 健康診断などでよく言われる「高脂血症」とよばれるものは、通常コレステロールが高いか、中性脂肪が高いか、のどちらかです。今回取り上げる不飽和脂肪酸は、中性脂肪とコレステロールの双方に関係があるとされていますが、医療機関で処方するときは中性脂肪の値を基準にすることが多いといえます。

 中性脂肪(別名トリグリセリド)は、脂肪酸とグリセロールからなります。グリセロールというのは、別名グリセリンと呼ばれるアルコールの一種です。グリセロールは簡単な実験室(理科室)で石鹸などからつくることができるものですが、人間に必要なものは体内で合成されています。グリセロールの値が高すぎたり低すぎたりして不都合がある・・、ということは通常ありません。

 問題は脂肪酸の方です。脂肪酸がグリセロールとくっついて(結合して)中性脂肪になるのですが、この脂肪酸にはいくつかのものがあります。まず、脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸にわけることができます。ヒトを含めて動物の中性脂肪は飽和脂肪酸とグリセロールがくっついています。ということは、飽和脂肪酸を食事からどんどん摂れば、それだけ体内の中性脂肪がどんどん増えることが予想されます。一方、飽和脂肪酸の代わりに不飽和脂肪酸を積極的に摂れば、体内の中性脂肪はそれほど上昇しない、ということが期待できます。したがって、理屈の上でも、不飽和脂肪酸がたくさん含まれる魚介類や植物を積極的に摂りましょう、となるわけです。

 では、不飽和脂肪酸ならなんでもいいかというとそういうわけではありません。食品中に含まれて、なおかつ体内で合成することのできない不飽和脂肪酸(より正確には「必須脂肪酸」と呼びます)はω3系とω6系に分けることができます。(オリーブオイルで有名なω9系の不飽和脂肪酸は必須脂肪酸ではありません) ω3系には、α-リノレン酸 、ステアリドン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)、などがあります。ω6系には、リノール酸やγ-リノレン酸があります。

 どのような食品にω3系、ω6系の不飽和脂肪酸が含まれているかというと、ω3系では、魚介類、亜麻仁油、しそ油、えごま油などが有名です。ω6系は、紅花油、ひまわり油、大豆油、菜種油などです。

 ω3とω6、どちらがいいかというと、ω3をω6よりも積極的に摂るべきと言われています。ω3系の比率を高めれば、生活習慣病の予防になるだけでなく、うつの予防や自殺予防、またPTSDの予防にもなるということが、日本、アメリカを含む多くの国の研究で指摘されています。

 一方、ω6系は悪者扱いされることが最近増えてきています。例えば、医学誌『British Medical Journal』2013年2月5日(オンライン版)に掲載された論文(注3)によりますと、食事に含まれる飽和脂肪酸(つまり肉やバターなどに含まれる脂肪酸)をω6系のリノール酸に代替した食事療法は、全死因死亡や心血管疾患による死亡をむしろ増加させる可能性があるそうなのです。

 この論文発表は瞬く間に世界中で物議をかもし、AHA(米国心臓協会)は論文発表のわずか2日後の2013年2月7日、「1日当たりの摂取カロリーのうち、飽和脂肪酸からは7%未満とするAHAの食事ガイドラインの推奨に変更はない」と発表しました。つまり、『British Medical Journal』に発表された論文は、決して肉やバターに含まれる飽和脂肪酸(動物性脂肪酸)を多くとってもかまわない、という意味ではないんですよ、ということを強調したわけです。

 ω3系不飽和脂肪酸を積極的に摂取する、あるいはω3/ω6比を増やす(ω6系を減らしてω3系を増やす、という意味です)ことは高脂血症の予防になり、さらに心血管疾患のリスクを減らす、と従来から言われていますが、残念ながらそれを否定する研究が2012年後半に相次いで発表されました。

 ひとつめは、医学誌『JAMA』に2012年9月に掲載されたもの(注4)で、結論を言えば「EPAやDHA製剤を内服しても、全死亡、心血管疾患による死亡、脳卒中などの発症は減少せず、この結果からEPAやDHA製剤の内服を正当化することはできない」、とされています。

 もうひとつは、医学誌『British Medical Journal』に2012年10月に発表されたもの(注5)で、この論文の結論は、「魚の摂取量が増えると心筋梗塞や脳卒中といった血管疾患のリスクは有意に低下するが、ω3脂肪酸自体に有意な利益は見られない。つまりサプリメントや製剤でω3系脂肪酸を摂取しても意味がない」、ということです。

 しかしながら、ω3系の不飽和脂肪酸を豊富に含む青魚を積極的に食べる地域では心筋梗塞などの心臓病が少ないということは、過去にいくつもの大規模調査で指摘されており、これはほぼ間違いありません。いろんな研究があり、それらのなかには相反するものもあるわけですが、確実に言えることは、「薬やサプリメントからではなく食品からω3系の不飽和脂肪酸を積極的にとることは高脂血症の予防につながり寿命を伸ばすことが期待できる」、ということです(注6)。

 このコラムを書きかけていた2013年3月11日、偶然にも国立がん研究センターなどの研究者が飽和脂肪酸に関する疫学調査を発表し同日に各マスコミが報じました。この調査は、日本国内の約82,000人を対象とし、飽和脂肪酸の摂取量と脳卒中及び心筋梗塞との関連を調べています。結果は、飽和脂肪酸を摂り過ぎれば心筋梗塞になりやすく、少なすぎれば脳卒中になりやすい、とされています。つまり「肉や乳製品に含まれている飽和脂肪酸もほどほどに摂るのが一番いいですよ」ということです。

 身も蓋もない結論に聞こえるかもしれませんが、やはり大切なのは「バランスの良い食事」であり、極端な食べ物の制限やサプリメント・薬に頼るのはよくない、ということです。

参考:メディカルエッセイ第101回(2011年6月) 「過熱するコレステロール論争」

注1:ロトリガは、2013年1月より医療機関で処方が開始されました。

注2:「エパデール」は、2013年4月に薬局で処方箋なしで買える薬(OTC)として発売される予定ですが、2013年3月10日現在、正式な発売日や価格は未定だそうです。

注3:この論文のタイトルは、「Use of dietary linoleic acid for secondary prevention of coronary heart disease and death: evaluation of recovered data from the Sydney Diet Heart Study and updated meta-analysis」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/346/bmj.e8707

注4:この論文のタイトルは、「Association Between Omega-3 Fatty Acid Supplementation and Risk of Major Cardiovascular Disease EventsA Systematic Review and Meta-analysis」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1357266

注5:この論文のタイトルは、「Association between fish consumption, long chain omega 3 fatty acids, and risk of cerebrovascular disease: systematic review and meta-analysis」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/345/bmj.e6698

注6:補足しておくと、本文で紹介したふたつの論文では、いずれも調査対象者のEPA摂取量が「エパデール」の1日摂取量1,800mgと比較すると有意に少ないことには留意すべきかもしれません。つまり、市販のサプリメント程度の量なら摂取することに意味がないとしても、EPAを1日あたり1,800mg摂取すれば中性脂肪やコレステロールの値を改善し、動脈硬化の予防を期待できる可能性はあります。しかし、その場合も他の高脂血症の薬との併用や効果的な運動療法、食事療法などについては検討すべきですし、定期的な血液検査も必要でしょうから、主治医と相談するのが最適でしょう。