メディカルエッセイ

96 医師による犯罪をなくすために(後編) 2011/1/21

前回は、医師あるいは医学生になってしまえば、高い倫理観を持たねばならず、それができないなら別の道に進みなおさなければならない、ということを述べました。

 現役で医学部に入学すれば18歳です。彼(女)らの多くは、中学・高校と勉強一筋できており、これまでの社会活動といえばせいぜい学校内のクラブ活動程度で、アルバイトや校外での社会活動の経験豊富な18歳の医学部一年生というのはほとんどお目にかかったことがありません。

 18歳で医学部に入学し6年間で卒業し医師になったとすれば、研修医1年目の4月はまだ24歳です。それまでの人生経験によっては24歳ともなれば立派な大人になっているでしょうが、中学・高校・大学と勉強ばかりの生活では、狭い社会しか知らない24歳になるのは仕方のないことです。しかし、患者さんからみれば医者は医者ですから、24歳であっても医師として、そして社会人としてのプロ意識を持ってもらわなくては困る、ということになります。

 医者患者間に生じるギャップの原因のひとつがこのあたりにあると私は感じています。医師からみると、「あの患者はどうしてこんなことが理解できないんだ。どうしてあんなに非常識な行動をとるんだ」、となり、患者サイドからみれば、「あの医者の言っていることは理解できないし、バカにされているようで質問もできない。あれが他人に接する態度か。非常識にもほどがある」、となるのです。<医者の常識は世間の非常識、世間の常識は医者の非常識>、なのです。

 拙書『医学部6年間の真実』でも述べましたが、私が研修医の頃、例えば九九が言えない患者さんや漢字をほとんど書けない患者さんを「信じられない」と言っている研修医をみて呆れたことがあります。私からみれば、九九が言えないくらいで「信じられない」と言っている研修医こそが信じられませんでしたが・・・。

 また、これも同書で述べましたが、怒られることに慣れていない若い医学生や研修医があまりにも多いことに驚きました。特に、年下の看護師から強い口調で注意されることが許せないという学生(男女とも)の話を何度も聞きました。そもそも、職場というところは年齢よりも立場やキャリアが重視されるべきところで(そうでなければ組織が成り立ちません)、自分よりキャリアが上の年下の人間に注意されたくらいで怒っていては、仕事になりません。

 けれども、小さい頃から優秀だとあがめられ、周囲も優秀な人間ばかり(九九の言えない者は皆無)、アルバイトは家庭教師や塾講師のみ(ここでも「先生、先生」と崇められます)、クラブ活動も医学部内のみ(なぜか医学部の部活というのは医学部生だけで運営されており通常は他学部との交流はありません)では、彼(女)らの価値観というか考え方が偏ってしまうのは無理もないことです。

 しかし私は、彼(女)らの”信じられない”言動を何度も体験しても、その場では否定的な感情を持ってしまうこともありますが、それでも彼(女)らに好意を持つのは(どうしても好意を持てない学生や研修医もなかにはいますが・・・)、元々持っている人間性が大変魅力的だからです。

 実際、彼(女)らの多くは大変素直で、大人の言うことをよく聞きます。なかには反抗期というものをほとんど経ずに成人したような男女もいます。世の中のドロドロした部分をこんな素直な子たちに見せたくない・・・、と思うことすらあります。この子は性格がよすぎるから詐欺にひっかかってしまうんじゃないかな、とか、将来クレームを言ってくる患者さんと対面したときに上手く振舞えずに心が病んでしまうんじゃないかな、とか心配してしまうこともあります(おせっかいですが・・・)。

 ありていの言葉で言えば、彼(女)らは「温室育ち」なのです。しかし、温室であろうがどこで育とうが、社会人になれば甘えは許されませんし、その社会人の中でも医師という職業に従事するには高い倫理観が要求されます。甘い言葉でせまってくる数々の誘惑に打ち勝たなくてはなりませんし、低次元の欲求に対しては厳格にコントロールしなければなりません。

 では、どうすればいいのでしょうか。

 私の医学部の同級生のひとり(彼は現役で合格していました)は、このまま医師になってしまえば社会のことが何も分からないから、という理由で1~2年間の休学を考えたそうです。そしてその1~2年の間に医大生ではできないような経験、例えば会社勤めとか、起業とか、語学留学とか、海外でのボランティアとか、そういったことをやってみようと考えたそうです。私はそれは名案だと思いましたし、彼の気持ちがよく理解できました。しかし、大学側の回答は、「医学部には休学制度がない。どうしてもしたければ授業料を払って留年しなさい」というもので、結局彼のプランは実現しませんでした。

 もしも休学制度がある大学医学部であれば、この私の同級生が考えたように医学部を卒業する前に他の経験をしておくというのはいい方法だと思います。あるいは、医学部を卒業してから1年間から数年間、何か別のことをするというのもひとつの方法ではないかと思います。「これほどの医師不足があるなかでそんな勝手なことは許されない。医師免許を取ったのなら国民のために働け!」という厳しい意見もあるでしょうが、医師側からみたときには数年間遅れたくらいで就職に困るということはありませんから、自分のため(そして将来診ることになる患者さんのためにもなるかもしれません)にいろんな経験を積んで置くのは有意義に違いありません。

 少し私の個人的な経験を話しておきますと、私が自分の人生で初めて頭を打ったと感じたのは18歳で大学(関西の私大です)に入学して数ヶ月が経過した頃でした。当時の私は第1希望の大学に現役合格できたことで有頂天になっていました。わずか2ヶ月でしたが寝食を惜しんで勉強した結果、平均偏差値40だったのにもかかわらず現役合格できたのです。しばらくは、怖いものは何もない、くらいの気持ちでいたことを覚えています。

 大学入学後は勉強以外のことは何でもやってみようと考えていて、複数のサークルやクラブに顔を出し、いろんなアルバイトを始めました。そのなかで、ある旅行会社でのアルバイトの経験が私の人生に大きな影響を与えることになります。この会社にはいろんな大学の学生やフリーター(当時まだこの言葉はありませんでしたが)が集まってきており年齢もバラバラでした。当時はまだコンピュータも普及しておらず、「予約していた宿に泊まれない」「来るはずのバスが来なかった」といったクレームやトラブルが日常茶飯事でした。このようなとき、状況を的確に判断し、怒っているお客さんに納得してもらい(逆に笑いをとるつわものもいました)、さらにスタッフをまとめて的確な指示を出せる人というのは、決して高学歴の人間ではなかったのです。このような経験を何度か経て、私は偏差値の高い大学に現役合格できたことで有頂天になっていた自分を恥じました。そして、自分がいかにちっぽけな人間かを知ることになりました。

 その後私はいくつかのアルバイトを経て、大学卒業後は関西のある商社に4年間勤務しました。医学部入学後もいろんなアルバイトをしましたが、私がアルバイトを選ぶ基準は、「いかに自分が学べるか」です。それまでしたことのないような経験ができて、他のスタッフや社員から学ぶことがあるか、ということを考えるようにしました。もちろん、数え切れないくらいの失敗談もありますし、とてもここには書けないような恥ずかしい体験もあります。

 これまでの経験を噛み締めて、そして医師という職業を相対的に考えたとき、「職業に貴賎がない」という言葉は事実だとしても、医師には高い倫理観が求められ、さらに私生活も含めて何事に対しても誠実にならなければならない、そしてこれこそが医師の矜持である、ということがすっと腑に落ちるのです。

 前回紹介したような犯罪に手を染めた医師たちも、きっと医師という職業を相対化できていれば、つまり医師という職業を客観的にみることができる程度まで人生経験や苦労を重ねていれば、倫理観に背く行動が医師の矜持に反するということが理解できたのではないかと思うのです。