メディカルエッセイ

73 なぜ初診時に尿検査が必要なのか 2009/2/27

それは私が小児科でトレーニングを受けていた頃の話・・・。

 生後6ヶ月の赤ちゃんが発熱と皮疹で入院してきました。発熱はごく普通の咽頭炎が原因で、皮疹は単純な湿疹でしたが、出生時から体重が少し少ないこともあって、しばらく様子を観察するための入院となりました。

 入院してたしか3日目だったと思います。その赤ちゃんの親御さんが当時研修医だった私を呼び止めて強い口調で尋ねてきました。

 「なぜ、この病院では尿検査をしないんですか! 熱は下がってません。尿がいつもより臭いから異常があるんじゃないですか。採血よりもまずは尿をみてください! 尿は簡単に取れるでしょ!!」

 この患者さん(赤ちゃん)は、体表から血管が見えないため採血をするのも点滴をとるのも一苦労です。小児科の外来で私が採血をするときに一度失敗したこともあって、親御さんの立場からすれば、「痛い思いをこんな小さな子にさせるんじゃなくってまずは尿をみてほしい」という気持ちになられたのでしょう。尿の臭いがいつもと違う、ということをしきりに強調されていました。

 一方、医師側からみれば、入院時の尿検査では異常がなく、血液検査では少し気になる点があったので、引き続き採血をさせてほしい、という思いがあります。親御さんが「尿の臭いが・・・」というのは、そのときの状況で言えば、我々からみてあまり重要度が高くなかったのです。

 しかしながら、この親御さんの言われていることはもっともなことです。

 尿を採取するのは、採血とは異なり痛みがありませんし、費用だって血液検査と全然違います。もっとも簡単にできる検査なんだから、なんでもっと積極的にしないんだ、という気持ちになるのは当然でしょう。

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 大きな病院でも小さなクリニックでも、初めて受診したときに受付で「尿検査をお願いします」と言われることが多いと思います。このとき、「今日は尿をみてもらいに来たわけじゃないのに、どうして尿検査が必要になるの?」と感じたことはないでしょうか。

 実は尿検査は、手軽にできて費用も安い上にたくさんの情報を得ることができます。ですから、どのような症状であったとしても、まずは尿をみることが診察の第一歩となることが多いのです。

 今回は、尿検査がどれだけ有用かという点についてお話したいと思います。

 まず、「手軽にできる」というのは説明不要でしょう。採血と違って”失敗”されることもありません。次に費用ですが、一般的な尿検査の場合、3割負担でおよそ90円です。(正確に言うと一般尿検査そのものの費用が80円、通常尿検査はその日に結果がでますから「迅速加算」というものが10円ついて合計90円となります)

 さて、簡単にできる一般尿検査でどれだけの情報が得られるかについては、実際の太融寺町谷口医院の患者さんを例にとってお話しましょう。(ただし、本人が特定できないように少々アレンジを加えています。似たような人を知っていたとしてもそれは偶然であることをお断りしておきます)

 まずは疲労感を訴えて受診した30代の男性です。アルバイト生活が長いため健康診断は受けていないと言います。初診時の尿検査で尿糖が2+、これだけで糖尿病であることが推測できます。その後の血液検査で糖尿病が確定し現在治療中です。

 もしもこの症例で尿検査をせずに、疲労感について延々問診をおこなっていれば糖尿病という診断にたどりつくまでにかなりの時間を費やしたかもしれません。

 次は、風邪でやってきた20代の女性です。これまで健康診断で異常を指摘されたことはないと言います。しかし、初診時の尿検査で蛋白が3+です。風邪とは関係ない可能性が強いですが、私は「最近むくみが気にならないか」聞いてみました。すると、「言われてみれば足がむくむような気がする。仕事が立ち仕事に変わったからだと思っていた」、とのことです。

 この患者さんには、風邪の治療をしてから、再度尿検査をおこなうとやはり蛋白尿が続いていました。今度は特殊な容器を渡し24時間尿をためてもらうと、多量の蛋白尿が検出されたため、腎臓専門内科のある病院を、紹介状を持って受診してもらいました。すぐに入院となりましたが、入院時の精密検査の結果、今後も経過観察が必要となるものの現時点では薬も不要、ということになりました。この患者さんは今も当院に定期的に通ってもらっていますが、蛋白尿は減少しており薬も不要の状態が続いています。

 30代女性のある患者さんが、めまいで受診されたことがあります。尿検査で白血球が3+だったため、尿を遠心分離して沈渣を顕微鏡で観察すると、やや重症の膀胱炎があることが分かりました。問診表には書いていなかったものの、「最近トイレが近くないですか」と聞くと、「なんで分かったんですか?! トイレに行っても少ししか出ないんです!」と答えられました。

 この患者さんの受診の原因であるめまいとは直接関係がありませんが、もし尿検査をしていなければ、せっかく医療機関を受診しているのに膀胱炎を見逃すことになったかもしれません。膀胱炎は重症化すると、細菌感染が腎臓まで到達し、発熱や高度の倦怠感を来たすこともあります。

 その他、水虫で来院した50代男性の患者さんの初診時の尿検査で血尿がみつかり、そこから膀胱癌が分かったケース、花粉症で来院した40代女性の尿検査でウロビリノーゲン尿が見つかり、そこから肝障害が分かったということもありました。

 ここでひとつ、注意点を述べておきます。尿検査は健康診断のときにも必ずおこないますが、労働安全衛生法で規定されている健康診断時の尿検査の項目は「蛋白尿」と「尿糖」のみです。したがって、上にあげたような、「尿中白血球」「血尿」「ウロビリノーゲン」などは、会社などでおこなう健康診断の項目には含まれていないことが多いと言えます。(福利厚生に力を入れている企業であれば、これらも検査してくれているかもしれませんが)

 手軽で安い尿検査をおこなうことで病気が早期発見できるかもしれません。我々は(特に初診の)患者さんを診るときには、そういうことを考えて尿検査をさせてもらっているのです。

注1 上に述べたように尿検査は大変便利で有用なものですが、患者さんに強要するものではありません。太融寺町谷口医院では、初診時の問診表で、尿検査を希望されるかされないかを確認するようにしています。

注2 尿検査で思いもしない病気が見つかった、という話をしましたが、厳密に言えば尿検査に関係ない症状で受診したときに尿検査をおこなえば「健康診断的な検査」とみなされ医療保険が適用されない可能性もあります。