メディカルエッセイ
2 人間見た目が大事 2004/2/19
私が皮膚科に入局して(現在は退局してます)、よく聞かれることのひとつに、「どうして皮膚科をやろうと思ったのですか。」という質問があります。『偏差値40からの医学部再受験』にその理由を詳しく書いていますが、質問する人たち全員に、「本を読んでください」、などと言うわけにもいかないので、このように言うようにしています。
「人間見た目が大事だから。」
これは誤解を招きやすい言葉かもしれませんが、私が皮膚科に決めた最大の理由を短い言葉で説明するとこのようになります。
「いや、人間は見た目ではなく中身が大切だ。」このような反論もあるでしょう。しかし、そんな意見は、その人の見た目がそこそこだからこそ言えるのです。
例えば、あなたの顔面に直径10cmを超える大きな良性腫瘍があったとしましょう。「そんなことあるわけないから想像もできない。」とあなたは言うかもしれませんね。けれども、そのような皮膚疾患で悩んでいる人は、それほど少なくはありません。なぜあなたがそのような人を見たことがないかと言うと、そういう病気を持った人というのは、通常外出をしないからなのです。そしてこの人の腫瘍は良性腫瘍のために、生命が短くなるということもあまりないのです。
皮膚科の患者さんの、最も頻度の高い疾患のひとつにアトピー性皮膚炎があります。きっとあなたの身近にもひとりやふたり、アトピーで悩んでいる人がいるでしょう。たいがいは、肌に優しい化粧品を使ったり、症状が出やすい首を露出しないような服を着たりして、対処しているものと思います。
ところが、このアトピー性皮膚炎にしても、重症例になると、見た目がボロボロで、化粧などまったくできなくなります。カサカサして粉がふいたような顔になったり、真っ赤になって顔が腫れたりします。アトピーでも重症になると、例えば無垢な子供が見れば泣き出してしまうような醜貌になってしまうのです。
にきびにしてもそうです。重症例になると、肌がでこぼこになって、ちょっとやそっとの化粧では隠すことができません。化粧をしない男性ではさらにその醜い肌が露出されることになります。
もうひとつ例をあげましょう。男性でも、そして最近では女性も、若くして脱毛症に悩む人が増えています。50代、60代になってからならまだしも、20代で脱毛が始まれば、その人の人生は大きく変わってしまうこともあります。最近は手術にしても内服薬にしてもかなりいい治療法ができてきていますが、それでもまだまだ悩む人は後を絶ちません。
皮膚疾患というのは、社会的に非常につらい疾患です。例えば、皮膚疾患に悩むために、就職活動を断念した、とか、皮膚症状が目立つようになってきたために、友人の披露宴や同窓会にも出席できないという人がいるのです。
これを一般の内科・外科疾患と比べてみましょう。心臓が悪くても、肝臓が悪くても、かなり症状が進行しない限り、他人からは病気であることすら分からないことが多いと言えます。さらに重症化し、誰の目からも病気であることが明らかになったときは、他人がかなり心配してくれるのではないでしょうか。例えば、職場の人が肝炎や腎炎で入院すれば、同僚がお見舞いにいくのはよくあることです。
ところが、皮膚疾患が重症化すれば、まず患者さん自身が他人と会うことを嫌がります。皮膚の悪性腫瘍の場合など、ほとんどの人が目をそむけるような醜貌に加え、強烈な悪臭がその患者さんの周縁に充満するのです。
つまるところ、端的に言えば、軽症のうちは、死ぬ病気じゃないからということもあり、誰も気に留めず、重症化すれば見舞うことすら困難になるのが、皮膚疾患と言えるのです。
また、もっとも差別を受けやすいのが皮膚疾患であるとも言えると思います。
昨年、ハンセン病の患者の宿泊を拒否したという旅館がマスコミで取り上げられましたが、これとて、ハンセン病という皮膚症状が前面に出る疾患だからこそです。たしかにB型肝炎やC型肝炎の患者さんも、(針刺しや性行為で)他人に感染させる可能性があることから、差別を受けることもありますが、通常の社会生活では、他人に知られることはまずありません。
これに対し、ハンセン病など、皮膚症状が露骨になる疾患では、他人から隠すことができません。そのため、宿泊拒否などいわれのない差別を受けることになるのです。
AIDSにしてもそうです。AIDS患者はそれ自体で差別を受けているという現実がありますが、症状が出るまでの間は、少なくとも街を歩いていて差別を受けることはないでしょう。ところが症状が出現すると、AIDSの症状というのは、カポジ肉腫であったり、皮膚の悪性腫瘍であったりと、皮膚症状から差別を受けることが多いのです。
私が、一昨年に出向き、また今年の夏にも行く予定のタイ国にあるパバナブ寺という寺では約400人のAIDS患者さんが収容されていますが、患者さんの何割かは、皮膚症状が出現して、家族や知人から受け入れられなくなり、社会的に差別を被っている人たちです。
どのような病気をどのように捉えるかは、人それぞれで、医師によってもまちまちですが、私は皮膚疾患がもっともつらい病気だと感じています。これが私の皮膚科志望の最大の理由です。
「人間見た目が大事」なのです。
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