メディカルエッセイ
第184回(2018年5月) 英語ができなければ本当にマズイことに
英語の勉強についてのコラムを書くと感想を寄せてくれる人が多い、という話を以前しました。今回は、そういった感想を募集しているから、というわけではないのですが、どうしても再び英語の勉強について言わねばならない2つの理由ができたために、これを書くこととしました。
ひとつめの理由は、第180回(2018年1月)「私の英語勉強法(2018年版)」で私が推薦したNHKのテレビの英語教育プログラム「ニュースで英会話」が2018年3月で終了し、さらに絶賛した同番組の会員制ウェブサイトも4月末で終わってしまったからです。私のコラムを読んだ方から「早速会員になりました」と連絡をいただいていたので、私としても責任を感じてしまいます。
もうひとつの英語の勉強について書こうと思った理由は私のゴールデンウイークの個人的体験です。第180回で述べたように、マンツーマンのレッスンで現在最もお勧めなのはフィリピンの(超)短期留学(長期で行ける人は長期の方がいいですが)です。私自身も今年の連休を利用してセブ島に飛び、5日間のレッスンを受けてきました。
レッスンは朝8時から5時まで、1コマ50分のレッスンが8つです。その上大量の宿題が出ますからゆっくりできる時間はほとんどありません。たかが英語だからそう疲れないだろう、と高を括っていた私は早くも2日目あたりから疲労感を自覚するようになってきました。それでもマンツーマンのレッスンは実りのあるものですから休むわけにはいきません。特に私の場合、へたくそな発音を矯正してもらえますからとても貴重な時間となりました。
レッスンはテキストやCNNのビデオを使うものもあるのですが、たいていは事実上フリートークになります。そこで、メディアやネットからはうかがい知ることのできない話をフィリピン人の講師から聞くのが楽しみとなります。実は私が以前からフィリピン人に対して抱いていた大きな疑問があります。それは、「英語はあなたたちの母国語じゃないのになぜそんなに上手なの?」という疑問です。
私が初めてフィリピン人と接したのは医学部入学前の会社員時代です。といってもビジネスパーソンとの会話ではなく、西日本のある地方都市に出張に行ったときにそこの支店長に連れていかれた(連れていってもらった)フィリピンパブです。そこには美しく着飾った大勢のフィリピーナ(注1)がいましたが、堪能な英語を話していた女性は皆無でした。日本人よりは少し上手な程度でした。また、その頃フィリピーナに”ハマっていた”私の知人はタガログ語の勉強を始めた、と言ってましたから、当時(90年代前半)の私のフィリピン人のイメージは「さほど英語はできない」でした。
ところが今はまったく異なります。スーパー、コンビニ、カフェなどセブ中のどこに行っても英語がごく普通に使われています。今回の渡航中、レッスンが始まる前の早朝ランニングを日課にしていたために、一度早朝からスラム街に行ってみました。さすがに、そこで遊んでいた子供たちは英語を話していませんでしたし、英語で話しかけても英語が返ってきません。しかし、英語のレッスンをしてくれる先生(といっても20代そこそこの男女が多い)たちの英語は驚くほど上手なのです。特に発音が素晴らしくアメリカ人と何ら変わりはありません。
英語が比較的できる国民、例えば、マレーシア人やインド人の英語はこんなに発音がうまくありませんし、公用語が英語のシンガポール人でさえ、ネイティブに近い英語とは言えません。
フィリピン人の英語能力はスピーキングだけではありません。私の知る限り、英語がかなりできる日本人でも、映画を字幕なしでほぼ100%理解できるという人にはあまりお目にかかったことがありません。また、英語の曲を一度聞けばほぼ100%理解できるという日本人もほとんど知りません。ですが、フィリピンの彼(女)らにとっては当然のことだと言うのです。
読解力も際立っています。私はリスニングとスピーキングは苦手ですが、リーディングはさほど苦痛ではありません。ですが、彼(女)らにはとうていかなわないのです。彼(女)らは、例えば雑誌「TIME」を数ページ読んで知らない単語が1つあるかどうか、というレベルです。要するに完全にバイリンガルなのです。
ここで日本の教育者がよく言うお決まりのセリフを紹介しておきます。それは「日本人は日本人の英語をしゃべればよい。発音ではなく内容が重要だ。そして内容のある発言をするにはまず国語(日本語)が重要だ。だから英語、英語という前に日本語をしっかりと勉強しろ」というものです。
たしかにこれは一理あると私も思います。私の塾講師や家庭教師の経験から言って、英語が苦手であっても国語が得意な生徒は、勉強のコツを教えてあげればこちらが驚くほど英語力が伸びます。そして、英語だけでなく理科系の科目も伸びます。逆に、他の科目はできるけれど国語が苦手という人は他の科目も結局あまり伸びません。ですから私自身も最も重要な科目は「国語」だと考えています。
もうひとつ、私がこの意見にこれまで同調していたのは、「どうせネイティブのようには話せないだろう」と漠然と思い込んでいたからです。ですが、この考えは今では間違っていると認めざるをえません。2つ例をあげましょう。
私が今回フィリピンで学んだ講師のひとりは3歳の息子をもつ母親です。私が何度注意されても上手に発音できないのに対し、その3歳の息子は完全な発音で英語を話すそうです。しかも、父親との会話は現地の言葉で、その母親(講師)も英語で話しかけるようにはするものの、きちんと教えたことはないというから驚かされます。その3歳児の「教師」は何とyoutubeだと言うのです。幼少時からスマホを眺めているだけで私の何十倍もきれいな英語を話すというのです。
もうひとつの例は日本人です。その講師によれば「若い日本人は発音が上手い」そうです。その学校には10代後半の日本の大学生もマンツーマンのレッスンを受けにきており、若い日本人はリスニングとスピーキングに関してはかなりできるそうなのです。つまり、日本人は発音が下手と思っていたのは私の”幻想”であり、いつの間にか日本の英語教育も大きく変わっていたのです。
しかし、このような「カルチャーショック」を受けるのは私だけではないはずです。現在20歳前後の若者が(全員でないにしても)ネイティブに近い発音で英語を話せるということを知れば、今の30代以降、あるいは20代半ば以降の多くの人も驚くのではないでしょうか。
先述したように、日本人は日本人の英語を話せばいいのは事実です。例えば会議の場面などではそれでいいでしょう。ですが、流暢に話せず聞き取りが苦手では、仕事場を離れた場面でのコミュニケーションがうまくいかないこともあるでしょうし、自分自身が楽しめません。パーティで誰かがジョークを言ったときに自分だけが理解できず気の利いたセリフが出てこない、というのはとても辛いものです。
さて、ここからは前向きな話をしましょう。日本人が英語を苦手とする最大の理由は(私も含めて)幼少時(もしくは10代の頃)にリスニングとスピーキングをなおざりにしてきたからです。これらは早くから実践した方がうまくなるのは事実ですが、今からでも間に合わなくはありません。そもそも「英語が苦手でやっても伸びない」という人は、本当は「やっていない」ことが多いのです。(私自身はこれまでそれなりに時間をとって勉強してきましたが、リスニングやスピーキング、特にスピーキングについては充分にやったとは言えません)
一般に、日本語と英語のようにまったく異なる語学をマスターするのには最低でも2,400から2,800時間くらいが必要だと言われています。これだけの時間を”集中して”勉強した人がどれだけいるでしょうか。近い言語、例えばドイツ人が英語をマスターするのには400時間でOKと言われています。ですから、まずは何とかして勉強時間を確保することが大切です。
次に、すぐれた教材を選ぶことになります。時間とお金に余裕があればフィリピン留学がお勧めですが、忙しくてもオンラインでマンツーマンのレッスンを受けることはできます。私の場合、日ごろそういう時間の捻出が困難なこともあり、少しでも時間があれば以前も推薦した「Voice of America」の「Learning English」を利用するようにしています。先述したようにNHKの「ニュースで英会話」が終了したため、私が使っているネット上の英語教材は現在9割がこれになっています。
日本語だけでも生きていける、という意見もありそれは事実でしょう。ですが、ますます日本を訪れる外国人が増え、世界を駆け巡る重要な情報はすべて英語です。それに、全員ではないとは言え、若者がネイティブに近い英語を話すようになってきているのです。今のままのあなたの英語力ではどんどん生活が不自由になってくる、なんてこともあり得るかもしれません。
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注1:英語でフィリピン人女性はFilipina(フィリピーナ)、男性はFilipino(フィリピーノ)と言いますが、公的文書などでは女性もFilipinoと呼ばれることもあります。Filipinaは年齢に関係なく、また未婚・既婚に関係なく使われます。国を示すときはThe Philippinesとなります。つまり、Theがついて、FがPに変わりpが2つになります。この形容詞はPhilippineです。私はこのあたりを混乱していたのですが、今回の超短期留学できちんと教えてもらいました。
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