メディカルエッセイ
第168回(2017年1月) 患者と医師のすれ違い
読売新聞オンライン版の「ヨミドクター」という医療サイトに、「わたしの医見」というタイトルの投稿コラムが掲載されています。診察室では言えないことも、新聞への投稿というかたちでならホンネが出るようで、日によってはなかなか興味深いものもあります。今回は、そのなかで医師の間で特に”不評”だった2つの投稿を取り上げ、なぜこのような医師と患者の「ズレ」が生じるのかを考え、さらに改善策を提案したいと思います。
ひとつめの投稿は、2016年12月19日におこなわれたもので、タイトルは「3時間待たせる病院、患者の立場で対応を」です。これを投稿した40代女性は、いつも病院で長く待たされるそうで、「病院に行く日は、通院時間も含めて半日はつぶれてしまう。もっと患者の立場になって対応してほしい」と書いています。
この女性は、医療者が患者の立場になっていないから待ち時間が長くなると考えています。この女性が望んでいるのは、待ち時間なくすぐに診てほしい、ということでしょうが、医師の数に比べて患者数が多すぎるから待ち時間が長くなるわけです。実際に医療者が考えていることは、この女性の主張とは真逆であり、常に患者の立場になっています。反対意見もあるかもしれませんが、少なくとも「患者の立場になりたくない」と考えている医療者は皆無です。
医療者というのは目の前の患者さんが困っていれば放っておけません。そして、患者さんの訴えが多数あったり複雑であったりすることもしばしばあり、そういった場合診察時間は予想以上に長引きます。すると、当初の予定の診察時間はどんどん後ろにずれこんでいき、順番が後の人は結果として長時間待つことになるのです。
この女性が通院している医療機関は予約制を採用しているのかどうか分かりませんが、3時間待ったなら、おそらく完全予約制ではないのではないかと思われます。受診した人から順番の診察ということであれば現在の日本の医療機関で3時間待ちというのはあり得ます。また、予約制であったとしても、重症の患者さんが相次げば3時間くらいずれこむことはあります。
3時間待ちが苦痛であることはもちろん我々も理解できます。医師が自分自身や家族が医療機関を受診して長時間待たなければならないことももちろんあり(医師だからという理由で優先されることはありません)、その場合、この女性と同じように3時間待つこともあるのです。
ではどうすればいいか。根本的には医師の数を増やすということになりますがこれはすぐには無理でしょう。ではどうすればいいか。住んでいる地域にもよるでしょうが、他の医療機関に変更することをまずは考えるべきです。そして、この場合自分自身で探すのではなく、現在かかっている医師に相談してみるのが最善です。医師は(当たり前ですが)患者さんよりもその地域の医療機関の情報を把握しています。
この女性は「病院」という言葉を用いていて「さんざん待たされた揚げ句、主治医でない医師にまわされることもある」という表現がありますから、受診したのは文字通り「病院」であり「診療所/クリニック」ではないと思われます。特殊な疾患や、重症化している場合は病院でなければ診察できないこともありますが、多くは診療所/クリニックでも診察することは可能です。
ただしクリニックでも待ち時間が長くなることはよくあります。太融寺町谷口医院は、オープンした当初は、午前の診察は「予約がある人を優先しますが、予約がなくても診察します」という方針を取りました。すると、予約がなければ3~4時間待ち、という事態になり、あわてて「完全予約制」に変更し、さらに待ち時間が長くならないように予約の枠の数をどんどん減らしていきました。これにより待ち時間は大幅に短くなり、現在では30分以上待つことはほとんどなくなりました。(午後は以前から予約制をひいていません。一度試みたことがあるのですが、午後は仕事帰りの人が大半であり、予定通り仕事を終われない人が多くキャンセルや変更が相次ぎ、予約制が成立しなかったのです)
この女性の話に戻すと、この次その病院に行ったときに「待ち時間が長くない医療機関を紹介してもらえませんか」と尋ねるのが最適です。おそらく主治医は「では紹介します。ただし、あなたを見放すわけではありませんから、今後は新しい先生と連絡を取りながらあなたにとって最善の治療を考えます」といった回答をしてくれると思います。
もうひとつ紹介したい「わたしの医見」は、2016年12月12日に掲載された72歳男性のものです。この男性は、「様々な医者に出会ったが、新聞やテレビで紹介された治療法を尋ねたり、あの薬を使ってみたい、この検査を受けられないか、と依頼したりして、嫌な顔をされたことが一度ならずある」と述べています。
これはそれほどむつかしい話ではなく、ちょっとした工夫で医師との関係を良好にすることができて、その希望の検査や治療について正確な知識を教えてもらうことができます。
ただし、マスコミで報道されている斬新な薬や検査というのは奇を衒ったものが多いのは事実です。そもそも従来からおこなわれている当たり前の治療法を報道しても視聴者の関心が惹けないでしょうから、マスコミの性質を考えればそれは当然かもしれません。マスコミで紹介されていた薬や検査に興味がでてきたなら、それをそのままかかりつけ医に伝えればいいのです。医師としてもマスコミの報道で患者さんが新しい薬や検査に興味を持つ気持ちは理解できます。しかし、医師は自分の患者を守らなければなりません。有害になるような情報も世の中にはあふれていますから、自分が診ている患者さんが不利益を被らないようにする義務があるわけです。
もしもこの男性が日ごろから信頼している「かかりつけ医」を持っていれば、考えていることや希望を充分聞いてもらった上で最善と思われる対処法を教えてもらえたはずです。希望する治療が受けられることもあれば、現状の治療の方が安全で優れていることを教えてもらえることもあるでしょう。では、なぜこの男性は医師とのコミュニケーションがうまくいかなかったのか。
おそらく「様々な医者に出会ったが」というコメントがありますから、この男性はドクターショッピングを繰り替えしているのではないでしょうか。これは私の推測ですが、この男性は、初めからテレビで聞いた治療法を目的として次々に医療機関を受診しているように思えます。
そうではなく、まずは自宅から最も通院しやすいところにある診療所/クリニックをひとつ見つけて、そこで健康上のことを何でも相談するようにすればいいのです。もちろん医師と患者の相性という問題もありますから、一番近いところにこだわる必要はありません。比較的健康であれば少し遠くに位置したところでもいいと思います。覚えておいてほしいのは、医師は患者さんの健康に貢献したいと常に思っている、ということです。患者さんが希望をいえば、それに対して適切なコメントをおこない、もしもその希望の治療が新しい知見であれば、医師は詳しい情報を収集して患者さんに分かりやすく伝える義務があります。
日本医師会のかかりつけ医の定義は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」です。すべての医師があてはまるとは言えないかもしれませんが、少なくとも「最新の医療情報を熟知する」努力は怠りません。
この二人だけでなく、ほとんどの医師への不満はコミュニケーション不足からきているように思えます。信頼できるかかりつけ医を持つことさえできれば、随分と安心できるはずです。
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