2024年9月19日 木曜日
2024年9月19日 忍耐力が強い人は長生きする
困難にぶつかったときそれに耐えて乗り越えることができる人は長生きする、という研究が発表されました。医学誌「BMJ Mental Health」2024年9月3日号に掲載された論文「健康と退職に関する研究における心理的回復力と全死亡率の関連性(Association between psychological resilience and all-cause mortality in the Health and Retirement Study)」です。
研究の対象者は米国で実施された「The Health and Retirement Study」という調査に2006年から2008年に協力した50歳以上の10,569人(平均年齢66.95歳、58.84%が女性)で、死亡のデータは2021年5月までの記録が使われています。調査期間中に合計3,489人が死亡しています。
対象者には、忍耐力(perseverance)、落ち着き(calmness)、目的の自覚(a sense of purpose、自立心(self-reliance and the recognition that certain experiences must be faced alone)などの性格を測定する尺度を用いて「忍耐力のスコア」がつけられました。スコアが最も低い(忍耐力がもっとも低い)グループはQ1、最も高いグループはQ4とされ、対象者は4つのグループに分類されました。
グループごとに死亡率を解析すると、Q1に比べて、Q2は追跡期間の12.3年間で死亡率区が20.2%減少、Q3、Q4はそれぞれ26.8%、38.1%減少していました。10年生存率でみると、Q1~Q4のそれぞれは、61.0%、71.9%、77.7%、83.9%と「忍耐力が強いほど生存率が高い」という結果になりました。Q4はQ1に比べて死亡リスクが53%低いことを示しています。この関連性は、性別、人種、BMIなどの特性を調整した後でも統計的に有意でした。
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私が研修医の頃にはまったく気づきませんでしたが、医師として長い間大勢の患者さんを診ていると、たしかに忍耐力が強い人は健康な印象があります。高校の同級生で例えていえば、真面目でコツコツと何にでも取り組み決して楽をしようとしないタイプです。
めったに休まず、遅刻は絶対にせず、宿題をきちんと提出し、苦悩に遭遇しても嫌な顔ひとつせずに決してその苦役から逃げ出さないようなタイプです。こういうタイプの人は高齢になってからも太らず、規則正しい生活を続けています。
と考えると、1限目の授業には顔を出さず、学校をさぼって親が呼び出され、宿題をした記憶がほとんどない私のような人間は早死にすることになりそうです。
しかし私の場合、大人になってからいつの間にか忍耐力が出てきたような気がします(そのつもりになっているだけかもしれませんが)。(自分で言うのもなんですが)困難に遭遇しても(まあ、たいした困難ではありませんが)それを困難と感じないようになってきました。こんな私は長生きできるのでしょうか。できたとしてもできなかったとしてもこの年齢になればこれからも忍耐力を維持するしかありません。
では私に忍耐力がついてきた(つもりな)のはなぜか。たぶん、高校卒業以降の経験です。様々な人との出会いがあり、私の精神は鍛えられてきたのだと思います。そして様々な苦悩(といってもたいしたものではないのですが)を通して「人生は耐え忍ばねばならない」という”真実”を知りました。
もしもこんな私が長生きできたとすれば、「忍耐力は成人してからも身につく」を誰かに研究で示してほしいな、と妄想しています。
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|2024年9月16日 月曜日
2024年9月8日 糖質摂取で認知症のリスクが増加
今月号の「はやりの病気」で、「コレステロールが認知症の(予防できる)最大のリスク因子だ」という画期的な報告を紹介しました。その報告には他にも認知症のリスクが紹介されていて、これらはしっかりとしたエビデンスがある因子と考えて差支えありません。
今回紹介する認知症のリスクについても「前向き研究」(対象を2つのグループに分け数年後にどれだけ違いがあったかを検証する方法)で検討されていますから、それなりにエビデンスレベルは高いと言えます。医学誌「BMC Medicine」2024年7月18日号に掲載された論文「砂糖摂取と認知症リスクの関連性:210,832人の参加者を対象とした前向きコホート研究(Associations of sugar intake, high-sugar dietary pattern, and the risk of dementia: a prospective cohort study of 210,832 participants)」を紹介します。
研究の対象者は英国のデータベース「UK Biobank cohort」に参加した210,832人で、平均年齢は56.08±7.99歳、116,153人(55.09%)が女性です。食事中の糖質の相対摂取量(%g/kJ/日)がどれだけ認知症のリスクにつながるかが調べられました。結果、糖質の摂取量が多ければ認知症全体では31.7%のリスク上昇、アルツハイマー病では24%リスクが上昇することが分かりました。
興味深いことに、ApoEε4で調べると、ヘテロでもつ(ApoEε4を1つもつ)場合に、糖の摂取が最もリスクになることが分かりました。なぜ、ホモでもつ(ApoEε4を2つもつ)ときにリスクが低下しているのかは不明ですが、サンプル数が少なくて正確な結果がでない可能性が指摘されています。
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砂糖を含む製品にもいろいろあり、生のフルーツが本当に認知症のリスクになるのかについては結論を出さない方がいいでしょう。確実にリスクとなる砂糖を含む製品は「砂糖入り飲料」です。
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|2024年9月8日 日曜日
第253回(2024年9月) 「コレステロールは下げなくていい」なんて誰が言った?
これほどインパクトがある論文もそうありません。そう思っているのは私だけなのか、世間ではあまり盛り上がっていないようですが、2024年7月31日に医学誌「THE LANCET」に公開された論文を読んで私自身は椅子から転げ落ちるくらいにビックリしました。論文のタイトルは「認知症の予防、介入、ケア:ランセット常設委員会2024年報告書(Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission)」で、要するに「認知症の後天的なリスクを分析した報告書」です。
この論文、結論から言えば「LDLコレステロール(=悪玉コレステロール、以下単に「コレステロール」)が認知症の(予防できるもので)最大のリスクになる」となります。「予防できるもので」と前置きがついてちょっと歯切れが悪くなるのは、「予防できない認知症のリスク」もあるからです。すべてを合わせた最大のリスク因子は「年齢」でこれはどうしようもありません。また「性別(生物学的性)」も変えようがありません。認知症は(生物学的な)女性の方がリスクが高いことが分かっていて、たとえ性自認(sexual identity)を男性に変更したところでリスクが減るわけではありません。
また、遺伝子、特にApoE遺伝子をどのようなタイプで持つかにより認知症のリスクは大きく異なり、過去のコラムで紹介したように、ApoE遺伝子がε3・ε3の人がアルツハイマー病になるリスクを1とすると、ε4・ε4の場合のリスクはなんと11.6倍にもなります。しかし、生まれてしまってからは自分の遺伝子を変えることはできません。
では、認知症における自身の努力で下げられるリスクと自分自身ではどうしようもないリスクの割合はどれくらいなのでしょうか。上記論文によれば、自身の努力で下げられるリスクは45%です。これを多いと考えるか少ないと思うか、ですが、日々患者さんを診ている私の意見としては「こんなにも多いのか(=よかった!)」です。なぜなら、やはり認知症の患者さんは親や親せきに認知症が多いことを思い知らされることがよくあるからです。「認知症は遺伝的に決まっている」などという話には夢も希望もありませんから、誰も語りませんし、こういうことを発言すれば強烈なバッシングをくらいますし、メディアは「〇〇をして認知症を予防しましょう」という話を好みますから「認知症は遺伝で決まる」などと言う表現は医療者の間でさえも「言ってはいけないこと」と考えられているようです。
しかし私は何事も「隠す」ことには反対ですから、若いうちから「もしも両親のどちらかが比較的早い段階で認知症になったのならばあなた自身も覚悟した方がいい。もしも両親が共に認知症ならそのリスクはさらに高くなると考えてください」と伝えています。ApoE遺伝子の測定は安易にすべきではありませんが(その理由は過去のコラムで述べた通りです)、それでも自分がどの程度のリスクがあるのかは血縁者をみれば推測できます。
ところが上記の論文によると45%は努力でリスクを下げられると言います。これはとても夢のある話です。4年前の2020年、この論文の前のバージョンが公開されました。このときは自身の努力で下げられるリスクは40%とされていました。しかし今年は45%、もちろん今年の値の方が正確です。過去4年間で様々な研究が検討され検証され、その結果が5%のアップになったのです。
では、自身の努力で下げられる認知症の最大のリスクとは何か。それがコレステロールなのです。2020年のバージョンにはコレステロールは入っていませんでした。当時はまだコレステロールが認知症の大きなリスクであることを確証するエビデンスが不充分だったのです。2020年の時点で最大のリスクとされたのは「難聴」でした。
2020年当時、この発表が最も歓迎されたのは耳鼻科の世界でした。難聴はそれまでは高齢になれば仕方がないという風潮があり、耳鼻科専門医でさえもあまり真剣に取り合っていないとすら言えました。実際、谷口医院に「耳鼻科ではたいしたことがないと言われたんですけど……」と言って難聴を気にしている患者さんが受診することもありました(今でもあります)。そういう場合、難聴に詳しい耳鼻科専門医を紹介することになりますが、毎回耳鼻科医間の”温度差”に驚かされます。
2024年バージョンでも難聴のリスクが軽減されたわけではありません。難聴はコレステロールと並んで第1位なのです。これらが7%のリスクとなるとされています。残りのリスクは下の図(上記論文に掲載されているもの)の通りなのですが、文字にもしておきます。
〇若年期:低教育 5%
〇中年期:難聴 7%
高LDLコレステロール 7%
うつ病 3%
脳の外傷 3%
運動不足 2%
糖尿病 2%
喫煙 2%
高血圧 2%
肥満 1%
過剰飲酒 1%
〇老年期 社会的孤立 5%
大気汚染 3%
視覚症状 2%
これまでコレステロールはどちらかというと「医者は薬を飲んで下げろというけれど、実際には下げなくてもいい」というのが世間の認識でした。実際、「前の医者からは飲めと言われたけど、本当に飲まないといけないんですか」という訴えで受診する患者さんは少なくありません。
たしかに、わずかに高いだけの患者さんがコレステロールを下げる薬を飲まなければいけないかどうかは簡単には決められません。よく「いくらになれば飲めばいいですか?」と聞かれますが、この問いにも答えられません。なぜなら、その答えは「その人による」だからです。コレステロールは動脈硬化の最大のリスクではありますが、他にも年齢、既往歴、喫煙歴、運動の程度、血圧、血糖値、中性脂肪の値、家族歴などを総合的に勘案して検討しなければならないのです。
コレステロールが認知症のリスクになるという話は、これまでは私自身も診察室であまり触れていませんでした。LANCETの今回の論文が発表される以前から、コレステロールが認知症のリスクになるとする研究や論文は多数あったのですが、やはりエビデンスレベルが高いとは言えず、日本の認知症のガイドラインには「高齢期における LDLコレステロールレベルと認知症発症に関しては一定の傾向を認めない」と書かれているくらいですから、わずかに基準値が高いという人に対して「認知症予防のために薬を飲みましょう」とはなかなか言い辛かったのです。
ですが、私自身は8月から(つまり上記論文を読んだ直後から)コレステロールの値が高いほぼすべての患者さんにこの論文の話をして、結果そのほとんどの人が内服を開始しています(たいていはマイルドスタチンと呼ばれる伝統的な安くて安全な薬を始めます)。なぜか医師の間ではこのような話を聞かないのですが、まず間違いなく、今後コレステロールの治療のハードルが下がります。なぜって、誰も認知症にはなりたくないからです。
今も世間には「コレステロールは本当は下げなくていい」という噂やデマがはびこっているようですが、もしもそんな人がいれば「認知症は怖くないの?」と聞いてみてください。もしも医療者から「下げなくてもいい」などと言われることがあれば「先生は7月のLANCET読んだのですか?」と聞いてみてください。
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|2024年9月8日 日曜日
2024年9月 「反ワクチン派」の考えを受けとめよう
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)について私が記事やコラムを書くと、興味深いことに、ワクチン賛成派からもワクチン反対派(以下「反ワクチン派」)からも苦情やクレームがきて、一部の人たちからは「私の人格を否定するようなメッセージ」が届けられました。以前から薄々気付いていた、コロナを通してはっきりと分かった自分自身のことが2つあります。
1つは「私自身は他人からの悪口に極めて鈍感」なことです。医師によっては、自分が非難されたり否定されたりすることが耐えられないらしく、例えばX(旧ツイッター)で非難されると、すぐさまそれに対して攻撃的な言葉を使って”応酬”することがあります。私にはそういうことをする人たちの”神経”が理解できず、そんな”攻防”を冷めた目でみてしまいます。
なかには非難されたことに耐えられず、名誉棄損の訴訟を起こした医師が何人もいると聞きます。たいていは医師側が勝利するそうですが、お金よりも、そういう面倒くさいことにかける時間がもったいないのに……、と私は考えてしまいます。たしかに、SNSの書き込みで自殺にまでいたったケースがあるわけですから言葉が人間を傷つけることは理解できるのですが、ネット上の文字が人間の身体に変化して画面から飛び出して襲ってくるわけでもあるまいし(こんなホラー映画がかつてあったような……)、と私は考えてしまいます。
そもそも見ず知らずの人たちから非難されてなぜ自分が傷つく必要があるのでしょう。そういう人たちはもしかすると、世界のすべての人から承認されたい、とでも思っているのでしょうか。「承認欲求」の話はこのサイトで何度も述べましたからここでは繰り返しませんが、私の考えを再度紹介しておくと「承認されるのは数人の身内からだけでじゅうぶんであり、見ず知らずの人たちからは何を言われてもかまわない」となります。
念のために付記しておくと、これは「人格に対して」という意味です。例えば、あなたが芸人だったとして、その芸が誰からも認められなければ食べていけなくなります。しかし、万人から支持される芸人がいたとすればまず間違いなくその芸は面白くありません。また、芸人に限らず芸術家の場合、「人格は承認されずに作品は認められる」ということもよくあって、これでOKなのです。
例えば、私自身はピカソという人物を”尊敬”していますが、それは一人で15万点もの作品を残したことにあります(芸術性の高さはよく分かりませんがこれは私に芸術のセンスがないからです)。しかし、その尊敬は作品(の多さ)に対するものであり、だらしない女性遍歴については異なります(ロマンスやセックスへの執着の強さと作品に関連があるかもしれないという意味で興味はありますが)。
コロナワクチンに話を戻すと、公衆衛生学者や感染症専門医の立場からはワクチンを推奨するしかないわけで、少なくともオミクロン株登場までは、コロナワクチンが多数の命を救ったのは事実です(この点について、反ワクチン派から正統なコメントを聞いたことがありません)。だからそういう立場の人は「ワクチンは有効だ(だった)」と言えばいいわけです。
しかし、ワクチンというのは元々全員が賛成するものではありませんし、ワクチンの被害に遭う人もいるわけですから、万人から支持されないことは初めからわかっていたはずです。SNSで「ワクチンをうちましょう」と言えば、当然「ワクチンなんて誰がうつか!」というコメントが届くことも予想できたのです。そして、それがエスカレートして人格が攻撃されることも起こり得るのは自明です。ですから、たとえ「殺すぞ」などと強迫めいたメッセージが届いたとしても放っておけばいいのです。実際に殺しにくることなどあり得ないからです。
私の場合は初めから一貫して「コロナワクチンはうってもうたなくてもリスクがある」と言い続けて一度も主張を変えていません。これを最初に書いたコラムを公開したとき、多数の苦情がきました。編集者がタイトルを変更したほどです。このコラム、もともとは「コロナワクチン、うってもうたなくても『大きなリスク』」だったのですが、これなら炎上するだろうとのことで編集者に「新型コロナワクチン 打つも打たぬもリスク大きい」に替えられました。ところがこれでも炎上したために「新型コロナ ワクチン接種はよく考えて」という何の変哲も面白味もないタイトルに替えられてしまったのです。
つまるところ、ワクチンというもともとコントロバーシャルなものを取り上げて文章を書くのなら(それが140字であっても、医療プレミアのように長いコラムであっても)批判されるのは初めからわかっているわけで、それが過激な表現になることも予想できるのです。ホラー映画のように画面から何かが飛び出してくることはないわけですから、こんなことを気にするのは時間の無駄です。
もうひとつ、私が以前から気づいていたことでコロナを通して確信したことは、「反医学的な話を聞くことに抵抗がない」です。このことに対して「あれっ、自分はどこか違う……」と初めて気付いたのは、20年以上前の皮膚科での研修時代でした。ステロイドをやたら忌避する患者さんに対して、ほとんどの医師は「ああいう非科学的な人たちは来ないでほしい」などと言うわけですが、私にはこの感覚が理解できませんでした。むしろその逆に「そのような考えに至るまでにきっといろんなことがあったんだろう。この人のそんな人生を一緒に振り返ってみたい」と感じてしまうのです。
コロナワクチンが始まったとき「ワクチンにはマイクロチップが埋め込まれていてワクチンをうてば国家に監視されてしまう」というデマがありました。ほぼすべての医師がこのようなデマを一蹴したわけですが、私が感じたのは「それを信じている人と話をしたい!」でした。もっとも、あの頃にそんな時間を捻出する余裕はなかったわけですが。しかし、谷口医院にも何人かこの説を信じている患者さんが受診されました。できるだけ表情に出さないようにして冷静に話すように努めましたが、誤解を恐れずに言えば、私はそういう人たちとの会話が楽しいのです。もっとも診察室ではあまり踏み込んだ話はできませんが。
ちなみに、いまだに私が出会ったことがなくていつか巡り合えることを楽しみにしているのは「地球が平面だと信じている人」(英語では「flat earther」と呼びます)です。地球が平面だなんて馬鹿げていると思う人が多いでしょうが、実は国際学会「Flat Earth International Conference」も存在します。
では、なぜ私がそんな非科学的な説を信奉している人(=science denier)に関心があるかというと、そういう人たちは「過去に人生に挫折していたりそれなりの苦悩を経験していたりするから」です。ステロイドを毛嫌いする人たちは、まず間違いなく自分か知人がステロイドをうまくつかえずに余計にアトピーが悪化した、またはステロイドの副作用に苦しんだ経験があります。「そんな経験があるならステロイドを嫌いになるのは無理もない」と私には思えますが、大半の医師はそうは考えず「自分の言うことが聞けないならもう来るな!」という態度になります。
コロナワクチンの場合も同様です。そして、その”苦悩”はワクチンによるものとは限らずに、どんな背景でも起こり得ます。例えば、仕事や人間関係でうまくいかないことがあって人生に絶望しているときに「政府や専門家が推薦しているコロナワクチンは実は有害で、真実は別にある」と”理解”すれば、自分だけが正しいことを知っているという優越感、さらには高揚感が出てきます。そしてさらにこの感覚が生きがいにつながることさえあるのです。
そういう人たちに対して正論を唱えてもまったく効果がないばかりか逆効果になります。反ワクチン派の人に対して、ワクチンが有効だとするエビデンス(科学的証拠)を示せば示すほど、「”真実”が分かっていない気の毒な人」と思われるだけです。ならば、初めから正論を主張するのではなく、まずは目の前の患者さんがなぜそのような考えを持つにいたったのかを理解すべきです。「オレの言うことが聞けないならもう来るな!」という態度をとれば医師・患者の双方にとっていいことが何一つないのは明らかでしょう。
残念なことに、コロナワクチンが原因で、あるいはマスクや自己隔離などに対する考えを巡って友達や家族の間で対立が生まれてしまい関係を修復できなくなった人たちがいます。そのような経験がある人は、この次その相手に出会ったときに、どうかこのコラムを思い出してみてください。
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|2024年9月6日 金曜日
2024年8月29日 エムポックスよりも東部ウマ脳炎に警戒を
2年ぶりにエムポックスが大きな流行を見せたということで、一部の世論が大騒ぎしているようですが、たとえ海外渡航が多い人でも現時点ではそう心配する必要はありません。一方、現在米国に渡航するなら最大限の警戒をしなければならないのが東部ウマ脳炎です。
まずはエムポックスからみていきましょう。「2022年に流行したタイプと異なり、重症型が流行り出した」と世間では言われているようですが、これは必ずしも正しくありません。報道と論文から下記にエムポックスを分類してみます。
「クレード」という言葉は「タイプ」と考えてもらって差支えありません。また、DRCはコンゴ民主共和国のことなのですが、この言い方は西隣のコンゴ共和国と混乱してしまいますから、ここではDRC(=Democratic Republic of the Congo)とします。なお、この国のかつての名称「ザイール共和国」の方が今も名は通っていると思います。
クレードⅠa:DRCの中央部から西部で以前より報告がある。小児に多く重症化する。致死率は10%とも言われている
クレードⅠb:DRCの東部で比較的最近流行が始まり、これが現在世界のメディアで話題になっている。感染者のほとんどが成人で、性感染による。感染者の1/3が女性のsex worker。致死率は0.6%と低い。現在、DRCのみならず隣国の ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、さらに隣国のケニアに広がり、感染した旅行者がスウェーデンとタイで発覚
クレードⅡ:2022年5月ナイジェリアより広がったタイプ。世界116ヵ国で以上約10万人感染し208人が死亡。ゲイが多数。致死率は3.6%とされる
「2年前のタイプと異なり、今流行しているタイプは恐ろしい」と言われていますが、こうやって数字をみてみると、むしろ2年前のタイプ(クレードⅡ)よりも致死率が低いことが分かります。ただし、この疾患はまだまだ分かっていないことが多く、そもそもアフリカ諸国の統計がどこまで正確か、という問題があります。また、クレードⅠaの致死率が高いのは、死亡者が「不衛生な環境に置かれた小児」であることを考慮しなければなりません。
目下のところ、エムポックスは、性的接触などヒトとの濃厚な接触に注意していれば充分だと思われます。ただし、2年前とは異なり「男性・男性間」だけでなく、その他の”組み合わせ”の場合も気を付けた方がいいでしょう。
あまり注目されていないようですが、現在最も注意しなければならない感染症のひとつが(米国に渡航した場合ですが)、東部ウマ脳炎です。この感染症、感染すれば極めて重症化します。致死率は33%、助かっても何らかの後遺症を残すと言われています。
感染経路は「蚊」です。蚊対策といえば東南アジアや中南米でのデング熱などの対策が重要なことは有名ですが、実は北アメリカの東部でも必要になります。
最近、米国マサチューセッツ州で夜間外出禁止令(curfew)が発令されました。同州は東部ウマ脳炎の好発地区で、報道によると、同州で2019年から2020年にかけて東部ウマ脳炎を発症したのは17人、うち7人が死亡しています。
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新型コロナウイルスの流行が終わり、入れ替わるようにデング熱が猛威をふるっています。蚊対策は思いのほか面倒で「蚊対策が大変だから渡航先を変える」という人もでてきています。米国は安心だと思われていますが、一部の地域では蚊のせいで「夜間外出禁止令」が出されているのが現状です。
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|2024年9月5日 木曜日
2024年8月4日 いびきをかけば認知症のリスクが低下?
意外な研究結果です。一般には「ない方がいい」とされているいびきが「あれば認知症のリスクが低下する」というのです。
医学誌「Sleep」2024年6月29日号に掲載された「いびきと認知症のリスク:前向きコホートおよびメンデルランダム研究(Snoring and risk of dementia: a prospective cohort and Mendelian randomization study)」です。
研究の対象は英国のデータベース(UK Biobank)に登録された451,250人で、自己申告によるいびきの有無と認知症との関係が調べられました。フォローアップ期間が中央値で13.6年で、その間に8,325人が認知症を発症しました。
結果、驚くべきことに、いびきをかく人は認知症全体のリスクを7%、アルツハイマー病のリスクを9%低下させることが分かったのです。特に、高齢者とApoEε4をホモで持つ人(遺伝的にアルツハイマー病のリスクが最も高い人)でその傾向が強いことも分かりました。
メンデルランダム研究という方法で解析すると、アルツハイマー病は体重と関係がある(やせている方が発症しやすい)ことが分かりました。
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この研究には注意が必要です。一般に体重は重いほどいびきをかきやすくなります。そして、一般にアルツハイマー病では体重が減ってきます。ということは、いびきをかくから認知症のリスクが低いのではなく、認知症になったから体重が減って、その結果いびきが少ない、ということなのかもしれません。
つまり、若い頃からいびきをかく人が認知症のリスクが低いのではなく、高齢者でいびきが少ないということは体重が減ってきている可能性があり、その体重減少が認知症によるものかもしれないわけです。
そもそもいびきを伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群は認知症のリスクになることは明らかです。つまり、いびきをかく人は認知症のリスクが少ないと喜ぶのではなく、そのいびきが閉塞性睡眠時無呼吸症候群のサインではないかという点に注意しなければなりません。
ただし、すべてのいびきが閉塞性睡眠時無呼吸症候群と関係があるわけではありません。いくら音が大きくてもそのいびきが規則的であればまず心配いりません。他方、音が小さくても不規則ないびきや呼吸停止があるようなきちんと検査をすべきです。最近は、保険診療で簡単に夜間の計測ができるようになりましたし(当院でも実施しています)、(AppleWatchやAura ringなどの)ウェアラブルデバイスで睡眠の状態を調べることもできます。
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|2024年9月5日 木曜日
2024年7月27日 べンゾジアゼピンは脳を萎縮させる
これまで繰り返し紹介してきているように、ベンゾジアゼピンの長期使用は認知症のリスクになるのかならないのかは研究によって結果が分かれています。過去の医療ニュース「やはりベンゾジアゼピンは認知症のリスク」で紹介した大規模調査では、認知症のリスクが1.51倍となります。他方、リスクが上がらないとする研究もあります。
今回紹介する研究も、一応は「ベンゾジアゼピンは認知症のリスクを上げない」とされています。しかし同時に、「脳を萎縮させる」という結果が出ています。
論文は「BMC Medicine」2024年7月2日号に掲載された「ベンゾジアゼピンの使用と長期的な認知症リスクおよび神経変性の画像検査との関連:人口ベースの研究(Benzodiazepine use in relation to long-term dementia risk and imaging markers of neurodegeneration: a population-based study)」です。
研究の対象者はオランダ人の男女5,443人(平均年齢70.6歳、女性57.4%)です。対象者のなかで2,697人(49.5%)が、調査開始前15年間のいずれかの時点でベンゾジアゼピン系薬剤を使用していました。平均11.2年間の追跡期間中に726人(13.3%)が認知症を発症していました。
これらを分析した結果、ベンゾジアゼピンの使用で認知症発症リスクは統計学的には上昇していませんでした。
しかし、脳MRIを調査した結果、ベンゾジアゼピンの使用により、海馬、扁桃体、視床が萎縮することが判りました。また、ベンゾジアゼピンを使い続けると、海馬が加速度的に委縮し、さらに扁桃体も海馬ほどではないにせよ萎縮していることが判りました。
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認知機能が統計学的に低下していなかったとしても、ベンゾジアゼピンの使用により記憶を司る海馬が萎縮することがはっきりしたわけです。
やはり、ベンゾジアゼピンは初めから使わないのが最善であり、使用せざるを得ないにしても「依存性が強く、認知症リスクも否定できず、海馬は萎縮する」ということを認識した上で開始すべきです。
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|2024年9月5日 木曜日
第252回(2024年8月) 乳がんの遺伝子検査を安易に受けるべきでない理由
前回は、乳がんは病理学的に次の5つに分類することができ、予後の良さ(治りやすさ)は#1>#2>#3>#4>#5であると述べました。
#1 ルミナールA(+HER2陰性)の乳がん
#2 ルミナールB+HER2陰性の乳がん
#3 ルミナールB+HER2陽性の乳がん
#4 ホルモン受容体陰性でHER2陽性の乳がん
#5 トリプルネガティブ乳がん(ホルモン受容体もHER2も陰性)
今回は、乳がんの「遺伝性」についての話をしましょう。遺伝性か遺伝性でないかという視点は、上記の病理学的なものとはまた別の分類となります。#3のトリプルネガティブに遺伝性が多いのは事実ですが、ホルモン受容体陽性乳がん(ルミナールA,B)やHER2陽性乳がんにも遺伝性のものがあります。尚、米国の乳がんの関連サイトによると、遺伝性の乳がんは乳がん全体の5~10%を占めています。
遺伝性乳がんのほとんどがBRCA1またはBRCA2という名の2つの遺伝子の変異に関連しています。同サイトからポイントをまとめてみます。
・BRCA1遺伝子に変異がある女性は70歳までに乳がんを発症するリスクが50~70%
・BRCA2遺伝子の場合は40~60%
・BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異に関連する乳がんは、若い女性に発症する傾向があり、両側の乳房に発生しやすい
・BRCA1またはBRCA2遺伝子に変異を持つ女性は、乳がんのみならず、卵巣がん、結腸がん、膵臓がん、悪性黒色腫を発症するリスクも高い
・BRCA2遺伝子に変異を持つ男性は、80歳までに乳がんを発症するリスクが8%。これは男性全体に比べて約80倍のリスク増
・BRCA1遺伝子に変異を持つ男性は、前立腺がんになるリスクがわずかに高くなる。BRCA2 変異を持つ男性は、変異を持たない男性に比べて前立腺がんを発症する可能性が7倍高い。皮膚がんや消化管がんなどのリスクも、BRCA1またはBRCA2遺伝子に変異を持つ男性の方がわずかに高い
・小児および青年のBRCA2遺伝子の変異は、非ホジキンリンパ腫のリスクが高い可能性がある
「乳がんは検診が重要なことは分かったけれど、遺伝性のタイプに注意すべきなら、遺伝子検査を先にすればいいんじゃないの?」という質問がときどきあります。これは「がんの早期発見だけ」を考えるのならまったくその通りです。
遺伝性の乳がんのリスクがあるということは、同時に卵巣がんのリスクもあることを意味します(双方に生じるがんを「遺伝性乳がん卵巣がん(Hereditary Breast and Ovarian Cancer = HBOC)」と呼びます)。前回述べたように、乳がんには有効な検診(スクリーニング検査=マンモグラフィーか超音波検査)がありますが、卵巣がんには早期発見に適した検診がありません。
有用な検診がないということは「早期発見は困難」であることを意味します。ならば、遺伝的に乳がんと卵巣がんに罹患しやすいのか否かを、あらかじめ遺伝子検査により知っておくことは有益だと考えられます。
BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異は常染色体優性遺伝(最近は「優性」ではなく「顕性」とされることもあります)です。つまり、父・母のいずれかに変異があれば50%の確率で子供に遺伝します。男子に遺伝した場合、乳がんを発症する可能性は女性に比べるとかなり低いのですが、その男性に娘がいればやはり乳がんや卵巣がんのリスクが高くなります。
では、BRCA遺伝子に変異がある(=乳がん・卵巣がんのリスクが高い)人はどれくらいの割合で存在するのでしょうか。これについては、だいたい人口の0.1~0.2%程度とされています。人種で偏りがあり、一部のユダヤ人(アシュケナージ系ユダヤ人)では2~2.5%に変異があり、アイスランド人、スウェーデン人、ハンガリー人にも多いとされています。
日本人は世界平均と同等、つまり0.1~0.2%程度であろうと言われていますが、家族歴がある場合(血縁者に乳がんや卵巣がんを発症した人がいる場合)は10~20%に達するとする報告もあります。ならば、血縁者に乳がん・卵巣がん患者がいる場合はもちろん、家族歴がない場合でも、将来のがんのリスクを知るために誰もが調べるべきではないか、という考えがでてきます。その考えは見方によっては正しいと思いますが、実際には日本ではほとんど普及していません。その理由のひとつは「高すぎる費用」にあります。少なく見積もってもこのような検査は20~30万円ほどします。
しかし、将来のがんのリスクを知ることができるのならこの程度なら検査を受けたいと考える人もいるでしょう。さらに、もしも陽性ならがんを発症していなくても乳房と卵巣を先に取ってしまえばいいではないか、という考えがでてきます。そして、これを実践した人のなかでおそらく最も有名なのがアンジェリーナ・ジョリーです。未発症の臓器を切除したアンジェリーナ・ジョリーのこの行動には賛同する声が多い一方で、発症するかどうか分からない臓器を摘出することには医療倫理的な問題があるとする意見もあります。
乳房を切除すれば乳房形成術が必要になり(不要とする考えもあるかもしれませんが)、これには保険適用がありません。卵巣を切除すれば女性ホルモンの分泌がなくなりますからホルモン補充療法をその後かなり長期間続けなければなりません(この費用も保険適用にならないとされています)。現時点では、20~30万円近くのお金を払って遺伝的リスクを調べるべきか否か、検査した結果BRCA遺伝子の変異がみつかればがんを発症していなくても臓器を切除すべきかどうかは個人の判断に委ねられています(ただし、日本でがん未発症の臓器摘出をしたという話は聞いたことがありません)。
この遺伝子検査が保険で受けられることもあります(その場合6万円ちょっとだったはずです)。例えば、45歳以下の乳がん、60歳以下のトリプルネガティブ、2個以上の乳がん、近親者に乳がんか卵巣がんの患者がいる、男性の乳がん、などの場合は該当します。
ただし、高額の費用を捻出できたとしても、あるいは保険適用があったとしても、この検査は安易に受けるべきではない、と当院では言い続けています。遺伝子の検査は必然的に血縁者に影響を与えます。例えば、あなたが(乳がんを発症していたとしてもしていなかったとしても)BRCA遺伝子に変異があったとしましょう。すると、その時点であなたの兄弟・姉妹も50%の確率で変異があることが決定してしまいます。
例えば、あなたに妹がいたとして、妹がそれを知れば結婚や出産をためらうことはないでしょうか。あるいはあなたにすでに子供がいる場合、子供の人生に影響が及ばないでしょうか。弟がいた場合、その弟ががんを発症する確率はそう高くありませんが、その弟に娘がいた場合、娘の将来の発がんリスクが上昇します。この検査をするときはそこまで考える必要があります。実際、当院の患者さんのなかにも「妹に不安を与えたくないので検査をしない」という選択をした乳がんの患者さんもいます。
治療の話にうつりましょう。ホルモン受容体陽性乳がん(ルミナールAまたはB)はホルモン剤が良く効きます。通常はホルモン剤で小さくしてから手術をおこないます。このタイプは他のタイプに比べて予後良好(治りやすい)とされています。HER2陽性乳がんの場合は、HER2タンパクを標的とする抗HER2薬を投与した上で手術をします。抗HER2療法が実施されるようになったのは21世紀になってからで、この治療法の登場により劇的に予後がよくなったと言えます。
一方、トリプルネガティブの場合はホルモン剤や抗HER2薬は使われずに抗がん剤が使用されます。この場合、抗がん剤がよく効くこともあればあまり効かないこともあります。
ここで話は(前回に引き続き)再び小林麻央さんに戻ります。まったくの私の推測ですが、小林麻央さんが「標準治療」を受けなかったのはトリプルネガティブであったからであり(つまりホルモン剤や抗HER薬が使えなかった)、抗がん剤の否定的なイメージから使用を躊躇したのではないでしょうか。実際、世間ではトリプルネガティブには「予後不良」というイメージがつきまとっているようで、当院の患者さんや相談メールを寄せてくる人からそのようなコメントを聞くことがしばしばあります。
ですが、トリプルネガティブに対して抗がん剤を試す価値は充分にあります。発見が早期であればあるほど抗がん剤の効果が期待できます。抗がん剤の早期使用でがんを小さくすることができれば、トリプルネガティブであったとしても手術でがんを取りきることが期待できるのです。前回も述べたように、早期発見ができていれば(≒Ⅰ期の段階で発見できれば)、トリプルネガティブの5年生存率は9割とも言われています。
乳がんも他のがんと同様、早期発見につとめることが重要であり、もし発見が遅れたとしてもその時点で最善の治療を検討すべきです。当院では(私は)がんに対する標準治療以外の治療(サプリメントや食事療法など)をすべて否定しているわけではありませんが、こと乳がんに関していえば、薬(ホルモン療法、抗HER2療法、抗がん剤)+手術(+放射線治療)を推奨します。もしも発見が遅れ「手遅れ」と言われた場合は、残りの人生をどのように過ごすべきなのかを患者さんと共に考えていくことになります。
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|2024年9月5日 木曜日
2024年8月 谷口医院が「不平等キャンペーン」を手伝うことになった経緯
すでに2024年7月号の「GINAと共に」でも述べたように、ついに谷口医院も(すでに一部の人からは)悪名高い「不平等キャンペーン」に手を貸すことになりました。
まずは、このキャンペーンの概要を説明し、その上で何が不平等なのかを、実際に過去に当院に寄せられた”クレーム”を通してみていきたいと思います。
キャンペーンの内容は「HIV、梅毒、B型肝炎の検査を行政のお金(税金)を使って無料でおこなう」もので、一見気前のいいキャンペーンに思えます。不平等なのは「ただし、この検査を受けられるのはゲイ(性自認が男性で性指向が男性である者)のみ」だからです。
数年前、初診のある女性から「HIVと梅毒の検査、無料って聞いていたX診療所に行ったらゲイだけだと言われたんです。ここ(谷口医院)なら女性でも受けられますか?」と問われました。X診療所は性病検査で有名なところで、その診療所がこのゲイを対象とした無料検査を実施していることは我々も知っていました。なぜなら、事前に行政から「谷口医院もこのキャンペーンに参加してほしい」と依頼されていたからです。
こんな検査、谷口医院でできるはずがありません。あきらかに「差別」だからです。そもそも私が、大学の医局に籍を置きながらとはいえ、比較的早い段階で開業したのはその「差別を許せなかったから」です。現在はある程度ましになっていますが、谷口医院が開業した2000年代当時、セクシャルマイノリティという理由で医療機関でイヤな思いをしたという声が私に多数寄せられていました。なぜ、私のところに寄せられていたのかというと2006年にNPO法人GINAのウェブサイトを立ち上げていたからです。
今でこそウェブサイトなど何も珍しくありませんが、当時はウェブサイトを設けて読者の相談を受け付けていた、医師が中心となりHIVの支援をする団体はさほど多くなかったのです。毎日のように相談メールが寄せられ、そのなかに医療機関で差別的な扱いを受けたというゲイを含むセクシャルマイノリティの人たちからの相談がたくさんありました。
こういう相談メールを読む度に、私の身体の奥から「こんなことが許されていいはずがない!」という怒りの感情が湧いてきて、いつしか「これが現実なら自分が差別のない医療機関をつくればいい」と考えるようになりました。セクシャルマイノリティのなかでも「差」はあります。最も差別的な扱いを受けているのはトランスジェンダーの人たちです。
ゲイの場合、それをカミングアウトしなければいいわけですが、しかし疾患によってはそれを伝えた方が診察がスムースにいくと思われるケースがあります。例えば、肛門疾患がそうですし、あるいは精神疾患も該当することがあります。ところが勇気を振り絞って自身のセクシャリティを医師に伝えたところ、態度が急変し、なかには「専門のところに行ってください」と冷たく言われたり(「専門のところ」ってどこなのでしょう?)、なぜか名前ではなく番号で呼ばれるようになったという人もいました。看護師の対応があきらかに変わったという人もいました。また、当時は(残念ながら今でも似たような話があるのですが)HIV陽性であることを伝えると医師の態度が急変し「もう来ないでください」と露骨に言われたという話も珍しくありませんでした。
こんなことが許されていいはずがありません。そこで私はHIVの有無に関わらず、セクシャリティに関わらず、平等に診察するクリニックをつくることを決意しました。この「平等」の意味はHIVやセクシャリティだけではありません。当時は(やはり今でも、ですが)、外国人だから診てもらえないとか、職業によって差別されたとか、あるいは「それはうちの科ではありません」と言われ、ドクターショッピングを繰り返さざるを得ない人たちが少なくなかったのです。
研修医を終えてから開業するまでの約3年間、私は総合診療の修行をしてきました。まずタイのエイズ施設で約半年間にわたり米国人の総合診療医の指導を受け、帰国後は大学の総合診療部に籍を置き、大学以外にも様々な病院や診療所で研修を受けてきました。開業時には、すべての病気を治せるわけではありませんが、どのような症状であっても初期対応はできる自信がありました。そのうち9割以上は自分自身で治療できることを確信していて、残りの1割も紹介はしますがその後のフォローは自分でするようにしていました。決して「それは分かりませんから自分で別のところを探してください」とは言いませんし、実際、言ったことはありません。
そして「どのような症状も診る」の他に、もうひとつ開院当時から今も遵守していることが「どのような属性の人も診る」です。つまり、どのような職業であっても国籍であっても、そしてどのようなセクシャリティであっても診ることを信条としてきたのです。しかし、セクシャルマイノリティを優先して診るようなこともすべきではありません。いわゆる逆差別もまた差別に変わりないからです。
そして、ゲイだけが無料で受けられる検査はあきらかに(逆)差別です。こんなキャンペーンなどできるはずがありません。2007年の開院した当初、行政の職員からこのキャンペーンに参加してほしいと依頼され、お断りしました。以降、毎年のように「今年こそ」とお願いされ続けてきて、毎回断ってきました。
しかし、2024年8月19日から始まる今年のキャンペーンにはついに参加することにしました。理由は主に2つあります。1つは依頼する大阪府の職員の方々が大変熱心で、ゲイを(逆)差別する悪意があるわけではないからです。行政がこのようなキャンペーンを実施するのは公衆衛生学的な理由です。つまり、「大阪のHIV陽性者はゲイが最多だから、母集団をゲイに絞って検査を促せば効率がいい」からこのような企画をするのです。
もちろん、この理屈は(ゲイ以外の)市民からは受け入れられません。なぜなら「なんで(ゲイ以外の者からも集めた)税金を、ゲイだけのために使うんだ?」という質問に誰も答えられないからです。これは例えて言えば、同じように年会費を払っているホテルなどで「あんたはゲイじゃないから宿泊させません」と言われているようなものです。こんな理屈許されるはずがありません。だから、この点については「ご指摘の通りです。このキャンペーンが不平等なのは明らかです」と謝るしかありません。そこで当院では無料にはできませんが、こういった検査を格安ですべての人に提供することにしました。無料ではなくまだ高いですが(HIV検査は2,200円)、これが限界です。「ゲイは無料なのに……」と言われればやはり謝るしかありません。
谷口医院がこの不平等キャンペーンに参加することにしたもう1つの理由は、先述したX診療所が閉院したからです。この診療所は通常の診療所とは異なるいわゆる「性病クリニック」で、多数の性病検査希望者が訪れていた有名なところです。
当院で苦情を言っていたその女性は、sex worker(フーゾク嬢)のようで、普段からX診療所で定期的に性病検査を受けていたそうです。その”世界”では性病検査の情報の拡散が早いらしく、女性は「ゲイなら無料で検査ができる」という噂を聞き、「ゲイが無料なら私達フーゾク嬢も無料になるはずだ」と考え(おそらく「私達もゲイと同じように性病のハイリスクだから」と考えたのでしょう)、X診療所を定期受診したときに、「いつも受けているHIVと梅毒の検査を無料にしてほしい」とお願いして、あっけなく断られ、気分を害して当院を受診した、というのが経緯でした。
ちなみに、この女性の友達が当院のかかりつけ患者で、その女性はsex workerではありませんが、過去に当院で性感染症の検査を受けたことがあるとのことでした。
性感染症の検査は一見簡単そうでどこの医療機関でも受けられそうな気がしますが、ちょっと複雑な部分があります。例えば、淋菌やクラミジアは、一般のクリニック(泌尿器科や婦人科)では、尿検査や子宮頸部の検査をしますが、性交渉の仕方によっては咽頭や肛門粘膜も診なければならず、柔軟で適切な対応ができないことがあります。梅毒は今でこそありふれた疾患ですが、2000年代は(泌尿器科や婦人科でも)診察の経験がない医師が多く、X診療所の医師のように日々性病を診ていないと診察しにくいことがあります(尚、私の場合はタイのエイズ施設でかなり多数の梅毒を診てきましたから開業当初から梅毒は”見慣れた”疾患でした)。
行政の人から「X診療所はゲイのキャンペーンに貢献してくれていた。X診療所が閉院して困っている」と聞きました。この言葉が決め手となって、谷口医院もついに参加することにしたという次第です。ただし、そうは言っても「不平等であることへの違和感」が私のなかで解消されたわけではありません。「GINAと共に」に書いたように、ゲイだけでなく対象者の幅を広げるつもりです。
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追記(2024年8月10日):大阪府は「レズビアンは本キャンペーンの対象ではない」と通知してきました。納得できませんが、府の意向には従うしかありません。
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