2019年12月28日 土曜日

2019年12月28日 やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか

 胃薬PPIが認知症のリスクを増やす!

 医学誌『JAMA Neurology』2016年2月15日号(オンライン版)に掲載された論文「PPIと認知症の関係(Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of Dementia)」でこのような報告がおこなわれ世界中で物議をかもしました。その後「リスクは増えない」という研究も発表され、研究者の間でも意見が別れています(下記「医療ニュース」参照)。

 そして、新たな大規模研究の結果が報告されました。医学誌『European Journal of Clinical Pharmacology』2019年11月21日号(オンライン版)で中国Anhui Medical Universityのun Zhang氏らの論文では「PPRで認知症のリスクが1.3倍」とされています。

 論文のタイトルは「PPIにおける認知症のリスク:コホート研究のメタアナリシス(Proton pump inhibitors use and dementia risk: a meta-analysis of cohort studies)」です。「メタアナリシス」とは過去におこなわれた研究を集めて総合的に再検討することを言います。このメタアナリシスでは過去に欧州及び中国でおこなわれた合計6つの研究が解析されています。合計の対象者は166,146例です。

 結果、PPI使用で認知症のリスクが1.29倍になっているという結論が導かれました(PPI使用5年以上では1.28倍)。欧州だけでみると1.46倍、65歳以上だけでみると1.39倍です。

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 現在PPIを内服している人がこの研究の影響を受けて直ちに中止する必要はありません。ですが、H2ブロッカーなど他の胃薬に変更できないかどうかは主治医と相談してもいいでしょう。また、太融寺町谷口医院の患者さんの印象で言えば、前にかかっていた医療機関であまりにも気軽にPPIが処方されていた人が目立ちます。

 胃の調子が悪いという人のなかには、PPIが必要な人がいるのは事実です。ですが決して気軽に始める薬ではなく、結論が出ておらず異論もあるとはいうものの「認知症のリスクとなるかもしれない」ということは知っておいた方がいいでしょう。

参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2018年9月28日「胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!」
2018年5月14日「PPI使用で脳梗塞のリスク認められず」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2018年4月6日「胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2017年11月15日「ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」

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2019年12月28日 土曜日

2019年12月28日 テストステロン補充は心臓発作、脳卒中、血栓症のリスク

 ほとんどテレビを見ずSNSもやらない私は世間の”流行”に疎いのですが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんからの質問で「今、何が流行っているのか」が分かることがあります。ここ1年間で受けた質問で多いのが「男性のテストステロン補充療法は有効か、そして安全か」というもので、なかにはすでに「他院で始めているが大丈夫か」というものもあります。

 テストステロン補充療法は、「中高齢の男性を”元気”にする。気分が晴れやかになり、勃起力も回復する!」という触れ込みで”以前は”海外で随分さかんにおこなわれていましたが、現在は”下火”になっています。米国の医療系ニュースサイト「HealthDay」によると、米国では2001年から2013年までにテストステロン補充療法の処方件数が300%以上増加したものの、FDA(米食品医薬品局)が「危険性」を警告したことがきっかけで、このブームは終息しています。危険性とは、テストステロン補充療法による心筋梗塞や脳卒中のリスク上昇です。

 そのFDAの「警告」は2014年1月31日に発表されました。ただちに全員が中止せよ、と言っているわけではありませんし、結論は避けたような表現をとっていますが、「テストステロン療法受けると脳卒中、心臓発作、および死亡のリスクが30%増加する」という結論の研究を引き合いに出して注意を促しています。

 しかしながら、先述の「HealthDay」によると、2016年の時点で全米でテストステロン補充療法を受けている30歳以上の男性は100万人を超えているそうです。

 テストステロンの危険性は心臓発作や脳卒中だけではありません。「HealthDay」の関連サイトで医師向けのサイト「Physician’s Briefing」は、医学誌『JAMA Internal Medicine』2019年11月11日(オンライン版)に掲載された論文「性腺機能低下症のない男性におけるテストステロン補充療法と深部静脈血栓症の関係(Association of Testosterone Therapy With Risk of Venous Thromboembolism Among Men With and Without Hypogonadism)」を紹介し、テストステロン補充療法が深部静脈血栓症(DVT)のリスクであることを伝えています。

 この論文によると、性腺機能低下症がないテストステロン補充療法を受けていた男性が6か月以内にDVTを発症するリスクが2.32倍(性腺機能低下症の診断がついている男性は2.02倍)に上昇していました。

 このリスクは高齢者より中年男性で高いようです。同論文によると、65歳未満の男性ではリスクが2.99倍上昇するのに対し、65歳以上では1.68倍です。

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 テストステロン補充療法の普及について知り合いの泌尿器科医に聞いてみると、(安全性はともかく)効果は確実にあり一度注射するとやめられなくなる患者が多いそうです。危険性を繰り返し伝えても「責任は自分がとるから注射を続けてほしい」という希望も多いのだとか。

 我々は歴史から学ばなければなりません。女性ホルモン補充療法の有効性と安全性が調査された大規模研究WHI(Women’s Health Initiative study)では、乳がんのリスクが当初予想されていたよりもはるかに高いことがわかり、当初の研究の終了予定を待たずに中止されたという経緯があります。もちろん、これが女性ホルモンがすべての人に使えないことを意味しているわけではありませんが、充分に慎重にならねばらないのは確実です。

 谷口医院の患者さんからの情報によると、テストステロン補充療法を勧める医師のなかには「テストステロン補充療法の効果は絶大で安全」とさかんに謳い勧め、なかには、自らがこの治療をおこない高齢で元気であることをアピールしている医師もいるとか。実際にこの治療を始めた40代前半の患者さんによると、「危険性の説明はまったくなかった」そうです。ちなみに、現在この患者さんは(私が危険性を説明したからなのか)この治療をやめています。そして、テストステロンレベルを自然に上げるために「運動」を開始し現在調子がいいと言います。

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2019年12月19日 木曜日

第196回(2019年12月) “遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」

 科学的根拠がない数万円もする検査で被害に会う人が後を絶たない……。

 これが”遅延型食物アレルギー”の実態であることを2014年12月に紹介しました(医療ニュース「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」)。読者の方からこの記事に対して質問を受けることが多く、またこの記事を読んで太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診した患者さんも少なくありません。さらに、メディアからの問い合わせも多数ありました。

 この記事を書いた今から2014年頃は一種の社会問題になりつつあり、日本小児アレルギー学会や日本アレルギー学会もこのような検査には科学的な根拠がなく受けるべきでないことを発表しました。日本アレルギー学会というのは1952年に設立された長い歴史を持つ日本で最大のアレルギー関連の学会です。その学会が正式に「注意喚起」を発表したわけですから(発表は2015年2月)、これで世間の誤解は収束し、今後はこのようないい加減な検査はなくなっていくだろうと私は見ていました。

 ところが、まるでこの注意喚起が無視されているかのように、その後も被害に会う人が続出しています。相変わらず谷口医院に初診で来られて「数万円もの検査を受けた結果、卵をやめるように言われたが…」という相談があります。驚くべきことに、当初私はこのような検査をおこなうのは医療機関ではないだろうと思っていたのですが、保険診療をおこなっている普通の診療所/クリニックで検査を受けたという人もいました。

 メディアからの問い合わせも変わってきました。2014年の時点では「正しい検査なのか?」という問い合わせが多かったのに対し、最近では「”遅延型食物アレルギー”というものがあることを前提に」質問されることが増えてきているのです。

 『週刊新潮』は2019年10月24日号で、ラグビー・ワールドカップで活躍した堀江翔太さんを取り上げ、妻・友加里さんの手記を紹介しています。少し長くなりますが同紙の記事を引用してみます。

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<30歳を過ぎて体の変化を感じて遅延アレルギー(食物過敏)の検査をしました。卵、小麦、牛乳、パンは食べられない。だから玄米、みそ汁、メインはお魚か鶏肉。お酒はテキーラだけ。(中略)。体に合う食事でパフォーマンスにつなげる努力をしています>(9月21日付「スポーツ報知」)
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 最後に「スポーツ報知」からの引用であることを断っています。「自分たちが主張しているわけではない」ということを言いたいのだとは思いますが、まったく否定もされておらず、日本を代表する週刊誌がこの”病気”を認めているような書き方です。

 さらに調べてみると、”遅延型食物アレルギー”という”神話”は世界中で流布されているようです。米国の医療界もこれを問題と考えており、米国アレルギー・喘息・免疫学学会(American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology)はChoosing Wiselyのトップに「(”遅延型食物アレルギー”を調べるときに計測する)血中IgG抗体の検査は無駄である」を挙げています。Choosing Wiselyはこのサイトで何度も取り上げているように「無駄な医療、すべきでない医療」のことです(参照:「Choosing Wisely Top 10」)。

 では、医学会や(ほとんどの)医師が「意味がないからすべきでない」と考えている検査が廃れるどころか”信者”を増やしているのはなぜでしょうか。しかも谷口医院の経験から言えば、”信者”は情報社会から取り残されているような人ではなく、むしろその逆に高学歴・高収入の人が多いのです。私は”信者”が増える3つの理由を考えています。

 ひとつは「遅発型食物アレルギー」との混乱です。食物アレルギーの大半は食べた直後に症状が出ますが、一部には例外がありこの例外を「遅発型食物アレルギー」と呼びます。この実際に存在するアレルギーと神話の”遅延型食物アレルギー”がごちゃ混ぜになっているように思えるのです。遅発型食物アレルギーについては過去にも述べたことがありますが、ここでもう一度紹介しておきたいと思います。

・肉アレルギー:食べてから数時間後に発症することが多い。大腸がんなどの治療に用いるセツキシマブを使用したことがある人、マダニに刺されたことのある人に起こりやすい。

・納豆アレルギー:食べてから半日ぐらいたってから発症することが多い。ネバネバした成分がクラゲと共通しているためクラゲに刺されたことがある人に起こりやすい。患者の多くはサーファーと言われているが海に縁のない人にも生じている。

・アニサキスアレルギー:食直後に生じることもあるが数時間後に発症することもある(参考:はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。

・食物依存性運動誘発性アナフィラキシー:摂取後数時間後に発症することが多い。原因として多い食物は小麦、魚介類、野菜・果物。また、このアナフィラキシーの特殊型として「茶のしずく石鹸」で有名になったグルパール19Sによる小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーがある(参照:はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」)。

 実際に存在する遅発型食物アレルギーで有名なものはこれくらいです。これらと”遅延型食物アレルギー”が混乱されているのではないか、というのが私の考えです。そして、”遅延型食物アレルギー”の神話がなくならない理由として私が考えている2つめが以前も取り上げた「好酸球性胃腸炎」です(参照:はやりの病気第170回(2017年10月)「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」)。

 好酸球性胃腸炎(及び好酸球性食道炎)は厚労省の指定する「難病」に選定されているくらいですから「稀」とされていますが、実際には軽症例も入れればもっと多いのではないかと私は考えています。なぜなら軽度の胃炎症状などで上部消化管内視鏡(胃カメラ)を実施して”たまたま”好酸球性胃腸炎が見つかることもあるからです。そして、軽度の好酸球性胃腸炎がみつかり、小麦や米を中止すると胃腸の調子がよくなることがあります。

 この人が胃腸の調子が悪かったけれども内視鏡検査を受けておらず、”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦、米、大豆、卵、牛乳などが陽性となりこれらの摂取を避けたとすればどうなるでしょう。当然体調はものすごく良くなります(詳しくは「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」参照)。この人は、自分は”遅延型食物アレルギー”だと考えるでしょう。実際は好酸球性胃腸炎なのに、です。

 ”遅延型食物アレルギー”がはびこっている原因として私が考える3つめの理由は以前にも紹介した「コムギ/グルテン過敏症」です(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)。この「コムギ/グルテン過敏症」は私が勝手に命名したもので「認めない」という医療者も多いとは思いますが、このコラムで述べたように「コムギ/グルテンをやめると調子がいい」という人が少なくないのは事実です。こういう人が”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦が陽性となったとすれば”遅延型食物アレルギー”と考えるでしょう。

 最後に改めて”遅延型食物アレルギー”の正体を確認しておきましょう。これは食物の血中IgGが上昇していればアレルギーだとするまったく誤った考えです。日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。つまり、その日の食事内容によって誰もが上昇する可能性があるわけです。

 こんなものを高額で患者に受けさせている医療機関が実在するのが現実だというわけです。

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2019年12月8日 日曜日

2019年12月 「承認欲求」から逃れる方法

 何年か前から、「承認欲求」という言葉をよく目にするなぁ、と思っていると最近は患者さんからこの言葉を聞く機会が増えてきました。そして、診察室でそういう言葉を口にする患者さんというのは、ほぼ例外なく精神の調子がよくありません。というより「心の悩み」を相談しに来た患者さんが話のなかでこの言葉を使うことが多いのです。

 ネット上でもこの言葉は多数検索されているようで、いろんな人がいろんなことを言っています。「なるほど」と同意できるものもあれば、その逆に反論したくなるようなものもあります。ただ、おしなべて言うとどの書き手も「承認欲求は誰にでもある。強くなりすぎるのはよくない」と言っているような印象があります。

 私としては「う~ん、ちょっと違うんだけどなぁ……」という感覚です。つまり、「承認欲求なんて言葉に捉われずにもっと健全に生きていくことができるのに……」と思わずにいられないのです。そこで今回は「承認欲求の呪縛から逃れる方法」の私見を述べたいと思います。この方法は医学の教科書に載っているわけでもなく科学的なエビデンスがあるわけでもありません。ですが、世の中の原理原則に合致したものだと私は考えています。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんの話を紹介しましょう(ただし、プライバシー保護のため細部を変更しています。周囲に似たような人がいたとしてもそれは単なる偶然だと考えてください)。

 20代半ばの女性Aさんは4年前からキャバクラで働いています。谷口医院を受診するのは風邪を引いたとき、じんましんが出たとき、そして定期的な肝機能の検査です。飲酒量が多いAさんは肝臓の数値があまりよくありません。そんなAさんは谷口医院を受診するだけの外出でもきれいに着飾っています。ある日、不眠を訴えたAさんは「お客様のネットでの書き込みに傷ついた」と言います。少し踏み込んだ話をすると「承認欲求」という言葉を口にされました。

 30代前半の男性Bさんは人気の美容師です。自身のブログも人気があり毎日更新し、新しい写真を頻繁に公開しているそうです。勉強熱心でカットやメイクの新しい情報も発信していると言います。感想を寄せてくる人も多く、指名の数はいつもトップです。谷口医院を受診するのは主に喘息と鼻炎ですが、最近あることを告白されました。「3年前から精神科で処方されているデパスをやめたいけどやめられない」と言うのです。詳しく話を聞くうちに「承認欲求」という言葉が出てきました。

 AさんとBさんには共通点と相違点があります。共通点としては二人とも「完璧主義」で「努力家」です。まるで自分に欠点があることが許せないと考えているような印象すらあります。

 異なるのは過去の生い立ちです。Aさんは愛情のある家庭に育ったとは言えず、勉強もできず容姿も美しいとはいえずいじめの被害の経験もあるそうです。高校を中退した彼女はお金をためダイエットに成功し美容外科の手術を何度かうけたと言います。これらがAさんの人生の転機となり、その後は他人から優しくされるようになり男性が寄ってくるようになり、そしてキャバクラで働きだしてから人生が変わったそうです。

 一方Bさんは10代の頃から高身長の美男子でスポーツ万能、サーフィンはかなりの腕前のようです。どこの世界にいても人気者になるという感じです。”華”があり、何をやっても成功しそうな雰囲気が漂っています。

 承認欲求について書かれたネット上の言葉を読んでいると「承認欲求が強いのは幼少時に承認されなかったことが原因」という書き込みが目立ちますが、私自身はその意見には賛成しません。もちろんそういう人もいるでしょうが、Bさんのように対人関係に苦労しているとは思えないような人もいるからです。Bさんも医師の私に言えない幼少時の苦しみがあったとは思いますが、そんなことを言い出せば誰にでもなんらかの辛い経験はあるはずです。

 むしろ私が強い承認欲求を持つ人の特徴だと思うのがAさんとBさんに共通している「完璧主義で努力家」です。こういう人たちは端的に言うと「すべての人から愛されなければ気が済まない」と考えているのではないかと思えてくるほどです。

 承認欲求から逃れるためにはまず「すべての人から愛される人」などこの世に存在しないことを理解すべきです。マハトマ・ガンジーやマザー・テレサですらネット上には悪口があふれています。政治家はどのような業績を挙げようが批判されますし、どれだけの実績を出そうが企業家もバッシングの対象となります。このサイトで何度か述べたように私は稲盛和夫氏から大きな影響を受けていて、私にとって稲盛氏は完璧な方であり氏の悪口を言う者などこの世に存在しないはずだと思っています。しかし、その稲盛氏に対してすら否定的なコメントがネット上にはあります。

 次に「他人から承認されること」を目標とするのが極めて危険であることを理解すべきです。「他人」とは仕事上の顧客や上司はもちろん、身内、あるいは「あなたにとって一番大切な人」であったとしてもです。最も親しい人も含めて「他人」から承認されることを求めすぎると、その「他人」があなたの人生の支配者になってしまいます。その人から認められることが行動の最優先事項となるからです。若い頃に経験する”燃えるような恋”の場合はそれでもいいでしょうが、そういう恋は長続きしないものです。

 承認欲求の呪縛から逃れるために積極的にすべきことがあります。それは「自分のなかに<変わらざる自身>を持つこと」です。自分が何者で何が大切で何のために生きているのか。こういったことを自分自身ではっきりと確立し、それを自分の”中心”に置けば他人の評価など気にならなくなります。

 「そういう考えはひとりよがりでしかない」、あるいは「そんなことを言っていれば(キャバクラや美容院の)顧客が増えないではないか」という考えもあるでしょう。しかし、私は固定客獲得の努力を怠っていいと言っているわけではありません。また、自分にとって大切な人への気遣いをするな、と言っているわけでもありません。自分の命を差し出してでも愛する人を守りたいという気持ちはあっていいと思いますし、そうあるべきだと思うこともあります。ですが、いつも相手に振り回されるような関係では本末転倒です。

 ここで私の個人的な経験を紹介しておきましょう。私は子供の頃から勉強もスポーツもできたわけではありませんし、ひとつめの大学時代に自分がいかに無力であるかということを思い知りました。大学時代に知り合った先輩たちのおかげで世間というものが分かるようになり就職する頃にはそれなりの自信がついていたことは過去のコラムで述べましたが、それでも私の認められ方というのは、たいていは何もできないことを披露して自分が馬鹿であることを分かってもらってそこから頑張るという方法です。

 それまで劣等感を抱えて生きてきた私の人生が一転したのが医学部受験に合格したときです。会う人ほぼ全員から「すごいなぁ」「すごいですねぇ」などと言われ、医学部入学後はどこに行っても一目置かれるという感じで”承認”されるのが当たり前、となりました。私にとってこれは奇妙な体験でした。それまでの人生で承認されることに縁がなかった私は「医学部に合格したくらいで人格が向上するわけでもないのに、こんなことで人を判断するなんて馬鹿げている」と他人からの承認を冷めた目でみていたのです。そして、こういう経験をしたおかげでかえって「<変わらざる自身>を持たなければそのうちにダメになってしまう」ということが分かりました。昔からよく言うように「成功は人間をダメにする」のです。

 この私のエピソードはひとつの教訓と言えると思います。私の医学部受験に賛成する人はほとんどおらず、合格するまでは「無謀なことに挑戦する馬鹿なヤツ」と思われていたわけです。それが合格発表を契機にがらっと変わって”承認”のオンパレードとなったのです。その日を境に”承認”されるにふさわしい人格が私に突然芽生えたとでも言うのでしょうか。つまり、「承認する他人」あるいは「承認しない他人」というのはしょせんその程度のものなわけです。Facebookの「いいね」の数で一喜一憂するなどということがどれだけ馬鹿げたことなのか今一度考えてみるのがいいでしょう。「いいね」に気持ちを揺さぶられるのは<変わらざる自身>を持っていない証なのです。

 <変わらざる自身>を持っていれば、自ずと今何をすべきかが分かるようになります。もしも「何をすべきか分からない」という人がいるとすれば、自分が何者で何が大切で何のために生きているのかということに思いを巡らせて<変わらざる自身>を確立すればいいのです。

 では、具体的にはどのようなことをすればいいのでしょうか。過去に紹介した「ミッション・ステイトメントをつくる」というのは最もお勧めの方法です(下記参照)。また、これも過去に紹介した「人生を逆算する」というのも試してみるべきです(下記参照)。人生はとても短いものです。他人からの承認でなく<変わらざる自身>を維持することに務めればつまらないことに悩む必要はなくなります。そんなことで悩む時間をもったいないと感じるようになるのです。

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参考:
マンスリーレポート
2009年1月号「ミッション・ステイトメントをつくってみませんか」
2016年1月「苦悩の人生とミッション・ステイトメント」
2018年9月「人生を逆算するということ」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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