2014年11月29日 土曜日

2014年11月29日 牛乳1日3杯で死亡リスクも骨折リスクも上昇

  牛乳がタンパク質やカルシウムが豊富で栄養価にすぐれた食品であるのは間違いないのですが、以前から危険性を指摘する声があります。特に乳ガンや前立腺ガンのリスクを上昇させるという指摘は年々増えてきています。

 しかし、日本も含めて世界中の多くの医師は骨粗鬆症の予防に牛乳を薦めており、発ガンのリスクを上昇させるという声があるのは事実ですが、取り過ぎなければ健康増進に寄与するものと考えられています。しかし、です・・・。

 1日3杯の牛乳が全死亡リスクを2倍にし、骨折のリスクも上昇させ、さらにストレスを増悪させる・・・。

 このような研究結果が発表され議論を呼んでいます。医学誌『British Medical Journal』2014年10月28日号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。

 この研究の対象者はウェーデン人の女性61,433人、男性45,339人です。女性は平均20.1年間の追跡調査がおこなわれ、その間に15,541人の死亡、17,252人の骨折が確認されています。男性は平均11.2年間の追跡調査がおこなわれ、10,112人の死亡、5,066人の骨折です。

 男女とも牛乳をたくさん飲むほど死亡リスクが上昇するという結果になっていますが、その傾向は女性で顕著なようです。

 牛乳を1日3杯以上(平均680g)飲む女性を1杯未満(平均60g)の女性と比べると、全死因の死亡リスクは1.93倍となったそうです。心筋梗塞など心血管疾患の死亡でみると1.90倍、ガンのリスクは1.44倍とされています。骨折については1.16倍です。

 男性の場合は、1日3杯以上(平均830g)飲むと1杯未満(平均50g)の男性と比べると、全死亡リスクは1.10倍となったようです。

 さらに意外なことに、ストレスの指標とされている尿中8-iso-PGF2αと血清IL-6についても牛乳摂取量が多いほど高い数値となっています。

 興味深いことに、チーズやヨーグルトなどの発酵乳製品については死亡リスクも骨折のリスクも上昇させないという結果がでています。上昇させないどころか、女性では、逆に死亡も骨折もリスクが低くなっています。男性については関連性が認められていません。

 ストレスについては、チーズでは関連性が認められなかったものの、ヨーグルトでは摂取量が多いほどストレスの指標は低下したそうです。

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 以上をまとめると、

・牛乳はほどほどにしましょう
・乳製品を摂るのなら牛乳ではなくチーズやヨーグルトにしましょう
・ヨーグルト接種でストレス軽減ができるかもしれません

となるかと思います。

 この研究は対象者の多い大規模研究ですから、それなりに信憑性が高いといえるでしょう。しかし、牛乳が栄養学的に優れているのもまた事実であり、いきなり牛乳をやめることは薦められません。

 この論文をよく読んでみると、ハイリスクとされている「1日3杯以上」が女性で680g、男性が830gとされています。日本人の成人で毎日これだけ牛乳を飲んでいる人がどれだけいるでしょうか。牛乳を積極的に飲むべき小児や10代でも毎日これだけ飲んでいる人はそう多くないでしょう。

 私自身の意見としては、他の健康に良いとされている食品と同様に、牛乳も度を超えない程度に摂取する分にはいいかと思います。研究結果を踏まえるとヨーグルトの方がいいかもしれません。ただし、日本のヨーグルト製品はたいてい糖が加えられていますから糖分の摂り過ぎに注意しなければなりません。また、チーズについては、元々塩分摂取量の多い日本人は摂り過ぎに注意する必要があるでしょう。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Milk intake and risk of mortality and fractures in women and men: cohort studies」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/349/bmj.g6015.full?sid=5d26e743-217d-4798-b31f-391359110b2d

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2014年11月28日 金曜日

2014年11月28日 腰痛もちはギャンブル好き!?

  脳の研究というのは非常に魅惑的な領域であり、大昔から多くの学者が学者生命をかけて脳機能の究明に取り組んできました。これまで多くの説が提唱され、いくつかは治療にも応用されるようになってきています。しかし、脳には依然未知のことも多く、すべてが解明できているわけではありません。

 そんな脳の研究のなかで「側坐核」と呼ばれる部位がここ数年でクローズアップされてきています。側坐核とは脳の「前脳」と呼ばれる領域に位置しており、報酬、快感、嗜癖などに関与しているのではないかと言われています。

 快感や嗜癖はいいとして、「報酬」という言葉は分かりにくいかもしれませんので補足しておきます。ここでいう「報酬」とは端的にいえばギャンブルのことと考えて差し支えありません。「報酬」への欲求が強くなりすぎると、その人にとって魅力的なもの(お金)を獲得するために大きなリスクをとってしまうのです。

 今回紹介したい研究は「慢性の腰痛があれば、ギャンブルに依存してしまうかもしれない」というものです。医学誌『BMC Research Notes』2014年10月20日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。

 研究者らはまず側坐核について研究をおこないました。側坐核が身体のどの部分と関連しているかについて調べると、慢性腰痛がある人では側坐核の機能が変化していることが分かったそうです。

 そこで研究者らは、慢性腰痛があるグループと、健康で腰痛のない対照グループを比較しました。ギャンブルを実践してもらい、fMRI(機能的MRI、通常のMRIに加え脳の血流を評価することができる検査)を用いて側坐核の状態を解析し、報酬行動との関連性を比較検討しています。

 その結果、慢性腰痛があるグループでは、報酬獲得への感受性が有意に高い、つまりギャンブルにのめりこみやすいことが分かったそうです。

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 この研究が興味深いのは、ギャンブル依存という精神的な病態と腰痛という身体的な病態が側坐核という共通項で関連づけられているということです。

 もちろん腰痛には様々な要因があり、例えば腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛の人がギャンブル好きとはいえないでしょう。しかしながら、画像検査をいくらおこなっても原因のよく分からない腰痛は非常に多く、最近では腰痛のほとんどが精神的な要因であろう、という考えもでてきています。もしかすると、こういう腰痛もちの人のいくらかは側坐核に問題があるのかもしれません。

 この研究を臨床に応用するのは時期尚早です。先に側坐核に問題があり、その結果としてギャンブル依存や腰痛が生じるのか、腰痛が先にあり側坐核に影響を及ぼしその結果ギャンブル依存になっていくのか、あるいは元々ギャンブル依存があると側坐核が機能的に変性しその結果腰痛が生じるのか、そのあたりは分かりません。

 ですが、重度のギャンブル依存の人がもし腰痛があるなら、先に腰痛の治療を試みるのは価値があるかもしれません。あるいはその逆に、原因不明の難治性の腰痛があるという人でギャンブル依存症があるなら、自助会や患者会などを利用して、ギャンブル依存の克服に努めるのはやってみてもいいかもしれません。

(谷口恭)

注1:この研究のタイトルは「Risky monetary behavior in chronic back pain is associated with altered modular connectivity of the nucleus accumbens」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.biomedcentral.com/1756-0500/7/739

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2014年11月21日 金曜日

第142回(2014年11月) 速く歩いてゆっくり食べる(後編)

 前回は、忙しくて運動の時間がとれない人は日頃から速歩きを心がけましょう、ということを述べましたが、早速何人かの患者さんから「始めました」という声を聞きました。

 なかには「活動量計を買いました」という人もいました。活動量計とは1日の活動量(消費キロカロリー)が計測できる小さな器械で、最近急速に市場に登場してきているようです。ある患者さんはキーホルダーに付けてズボンのベルト通しにかけていました。胸ポケットに入れている患者さんもいましたし、腕時計と一体化したものを持っている人もいれば、ブレスレット型のものを付けている人もいました。

 また、ある患者さんからは「先生はMETs(メッツ)のことを言ってるんですよね」と指摘されました。METsというのは身体活動を評価するための指標で、スポーツ医学や循環器科の領域でよく使われるのですが、最近では随分と世間に浸透してきているようです。この患者さんの言うとおり、運動は単に時間だけで評価するのではなく強度も考慮しなければなりません。そしてこれが私が前回述べた「ゆっくりのウォーキングでは効率が悪い」ということでもあります。

 さて今回は食事について述べていきたいと思います。メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」で提唱した、健康を増進させる「10個の習慣」のひとつにEating(食事)があります(注1)。これは、食べる内容と量に注意しましょう、というのが一番言いたいことですが、「食べる早さ」にも注目しましょう、というのが今回のテーマです。

 このサイトで「フレンチ・パラドックス」について何度か取り上げたことがあります(注2)。フレンチ・パラドックスとは、フランス人はあぶらっこい肉料理を好んで食べて、おまけに喫煙率も高いのに、心筋梗塞など心血管系疾患の罹患率が低いことを表した言葉です。この原因として「赤ワイン」が注目されたことがありました。

 現在では「フレンチ・パラドックス」は否定的な意見の方が多いのですが、この言葉はまだ生きているように思えます。疫学調査というのは統計の取り方によって随分変わりますし、研究者の恣意性が入る可能性は否定できません。また心筋梗塞で死亡した例が統計から漏れることはないでしょうが、軽度の狭心症レベルを心血管系疾患に加えるかどうかというのは議論が分かれるところでしょう。つまり、統計の取り方によって、フレンチ・パラドックスが正しくなることも正しくなくなることもありえるということです。

 虚血性心疾患や脳血管障害を他国の基準と同様に把握することは困難ですが、身長と体重なら客観的に評価することが可能です。そこで世界の肥満者の割合を調べてみると興味深い結果がでてきます。ビジネス誌『Forbes』のウェブサイト(注3)に世界各国の肥満者の割合の表が掲載されています。このデータはBMI(体重(kg)÷身長(m)の2乗)が25以上の人の割合を示しています。例えばアメリカは世界第9位で国民の74.1%がBMI25以上であることを示しています。イギリスは第28位で63.8%、オーストラリアは21位で67.4%です。ちなみに日本は第163位で22.6%です。

 さてフランスですが、この表では第128位で40.1%です。フレンチ・パラドックスを否定する人たちも、この数字を見せられるとフランスでは肥満者の割合が相対的に少ないことを認めないわけにはいきません。そしてフランス料理は高脂肪のあぶらっこい料理がメインであり、朝からクロワッサンとカフェオレという高脂肪・高炭水化物の食事を摂るのが日常なのです。

 つまり、フレンチ・パラドックスが正しいかどうかは別にして、フランス人は脂っこいものを好んで食べるのにも関わらず肥満者が少ない、というのは客観的な事実なのです。

 これはなぜなのでしょうか。結論を言えば「ゆっくる食べるから」が答えではないかと私は考えています。私がフランス人と一緒に食事をしたのは会社員時代の経験を入れても数える程しかありませんが、彼(女)らは話をしながらゆっくりと食べる、という印象があります。

 これを映画のシーンで考えてみましょう。アメリカの映画ではオフィス内でハンバーガーを頬張ったり、紙の容器に入った中華料理らしきものをスプーンで食べたりしながら仕事をしている場面がしばしばありますし、立ちながらホットドッグを食べているシーンなどもよくあります。『オーシャンズ11』を見たことがある人はブラッド・ピットが食事をするシーンを思い出してください。この映画ではブラッド・ピットが何かを食べているシーンが繰り返し出てきますがいつも慌てて何かをかきこんでいる感じです。

 一方、フランス映画ではどうでしょうか。家でゆっくりとディナーを楽しんだり、カフェで長時間くつろいだりするシーンはよくありますが、オフィスで慌てて何かを食べているシーンは思いつきません。オードリー・ヘップバーンの名作『シャレード』では、ニセ刑事がオードリー・ヘップバーンをオフィスに招いてサンドイッチを食べるシーンがありますが、これも緊迫した状況だというのにワインを飲みながら食事をしています。

 映画のシーンで医学を論じるのはあまりにも非科学的ですから、ここからは最近の研究を紹介したいと思います。

 1つめは医学誌『BMJ Open』2014年9月5日号(オンライン版)に掲載された論文で日本の研究です(注4)。2011年に日本国内の健康管理センターの健康診断を受け、心筋梗塞など冠動脈心疾患や脳卒中にかかったことがない56,865人(男性41,820人、女性15,045人)について、食べる速度とメタボリックシンドロームの関係について分析したところ、食べる速度が早いとメタボリックシンドロームになりやすいことが判ったそうです。

 2つめも日本の研究で、医学誌『Obesity』2014年7月10日号(オンライン版)に掲載されています(注5)。この研究では岡山大学の学生が対象とされています。対象者は元々肥満がなかった(BMI25未満)学生1,314人で、入学から3年間の追跡調査がおこなわれています。その結果、元々肥満でなかった学生が早食いを続けるうちに肥満していくことが判ったそうです。「早食いだ」と答えた人は、そうでない人より4.4倍も肥満しやすいという結果となり、性別では男性は女性の2.8倍肥満しやすいことがわかったそうです。

 幼少児期の家族との団らんが肥満を予防する、という研究もあります。医学誌『Pediatrics』2014年10月13日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注6)。研究によりますと、暖かさ(warmth)、家族での団らん(group enjoyment)、親の積極的な関わり(parental positive reinforcement)などが小児肥満の予防になるそうです。

 この研究では、合計120の家庭の食事風景をiPADで録画してもらい、食事に費やす時間、食事の内容、家族同士の交流などが分析されています。その結果、肥満児の家庭では、食卓に明るい雰囲気が少なく、秩序がない傾向だったそうです。また標準体重児の食事時間が平均18.2分なのに対し、肥満児では13.5分と短くなっていたようです。

 なぜ早食いは肥満につながるのでしょうか。いろんな理由があるでしょうが、最も大きいのはいわゆる「満腹中枢」の作動開始時間でしょう。よく言われるように、食事を開始してしばらくすると、脳が「これくらいにしておきなさい」という指令を出しますがこの指令塔が満腹中枢というわけです。満腹中枢は、胃を支配している神経や血糖値からの情報を総合的に判断し、食事開始後およそ20~30分後に指令を出すと言われています。

 つまり、満腹中枢が指令を出すまでの間は食欲はそのまま続いているわけで、20~30分の間に大量に食べることができてしまうのです。こう考えるとフランス料理というのは実に理にかなっています。ワインと会話を楽しみながら「前菜」をゆっくり食べると、食べ終わる頃には満腹中枢が働き始めるのです。メインディッシュの高脂肪の肉や魚は食べ過ぎることなく適量に抑えられ、食後のデザートを食べても肥満につながりにくい、というわけです。

 とはいえ、何かと慌ただしい日本人の多くはフランスの家庭のようにゆっくりと前菜を楽しむ余裕はないでしょう。しかし、「ゆっくり食べる」ことが肥満を抑制し健康増進につながるということは覚えておくべきでしょう。

注1:このコラムは下記を参照ください
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

注2:例えば下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年7月7日「「赤ワインが健康に良い」は、もはや幻想・・・」

注3:『Forbes』のこのサイトは下記を参照ください。
http://www.forbes.com/2007/02/07/worlds-fattest-countries-forbeslife-cx_ls_0208worldfat.html

注4:この論文のタイトルは「Self-reported eating rate and metabolic syndrome in Japanese people: cross-sectional study」で、下記URIで概要を読むことができます。
http://bmjopen.bmj.com/content/4/9/e005241.abstract?sid=f10f5de6-55c4-4fd1-b10c-a5408a3925da

注5:この論文のタイトルは「Relationships between eating quickly and weight gain in Japanese university students: A longitudinal study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oby.20842/abstract;jsessionid=CA99332C6C7E60AFB6700A3CF19DC102.f03t04

注6:この論文のタイトルは「Childhood Obesity and Interpersonal Dynamics During Family Meals」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://pediatrics.aappublications.org/content/134/5/923.abstract?sid=652cabe4-27eb-4c4d-b1f4-1b617ef23df0

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2014年11月21日 金曜日

第135回 乾癬(かんせん)の苦痛 2014/11/21

  あなたは「見た目」で差別されたことがあるでしょうか。例えば、背が低いことでバカにされた、太っていることでいじめられた、ヨーロッパに留学していたときに東洋人というだけで差別をされた、髪が薄いことを笑われた、といったあたりは自身に経験がなくても比較的よくある話だと思います。このようなことで差別をするのが「間違っている」ことは自明ですが、世界中から完全になくなることはないでしょう。

 では、他人に危害を加えるわけでもないのに患っているというだけで温泉や銭湯の入場を拒否されるとしたらどうでしょう。こうなると「間違っている」を越えて「決して許してはいけない」というレベルになります。

 今回お話したいのは乾癬(かんせん)という皮膚の疾患についてなのですが、この疾患は患者数が多い割にはそれほど有名でなく、患者さんの苦痛が伝えられることは比較的少ないように感じられます。しかし、この疾患を患うと痛みや痒みよりもむしろ、見た目から相当辛い思いをする場合があります。

 乾癬とは慢性の皮膚疾患のひとつで、痒みとともに独特の皮膚症状を呈します。重症化すれば痛みの伴う関節炎症状が加わることもあります。皮膚症状には特徴がありますから、多くは見ただけで診断がつきます。

 乾癬の皮膚症状は、よくなったり悪くなったりします。後で詳しく述べますが、生活習慣の乱れやストレスなどから一気に増悪することがあり、そうなると全身に皮疹が出現し、赤みが強いことからかなり目立つようになります。

 このような状態で銭湯や温泉に行くと、ひどい場合は入場を断られるのです。乾癬は悪化すると見た目が”派手”になりいかにも重篤な疾患のように見えるのですが、他人に感染させる疾患ではありません。しかし実際には社会から正しく理解されていません。

 私はこれまでに何度か「この病気は感染させるものではないということを会社や家族に伝えてほしい」と患者さんから頼まれたことがあります。おそらく乾癬(かんせん)も感染(かんせん)も発音が同じために「他人にうつす病気」というイメージがなんとなくできてしまうのでしょう。

 ここでもう一度「見た目」で銭湯や温泉の入場を断られるという辛さを考えてみてください。このようなことはあってはならないわけで、実際に起こってしまっているのは社会に対しての啓発活動が不充分な我々医療者の責任もありますが、銭湯や温泉、あるいは宿泊施設の方々にもきちんと理解してもらいたいと思います。

「見た目」の病気を理由に温泉施設の利用を断られた最近の事件として有名なものに、2003年の熊本の「ハンセン病元患者宿泊拒否事件」があります。これは国立療養所菊池恵楓園というハンセン病の元患者さんが入所している施設の行事として計画されていた温泉旅行で、いったん予約を入れた宿泊先のホテルから「他の宿泊客への迷惑」という理由で宿泊を断られたという事件です。

 もっとも、ハンセン病はすでに「治る病気」であり、この事件は”現在の”「見た目」で宿泊を拒否されたのではなく(もしかすると後遺症で手指や鼻が変形していた人がいたのかもしれませんが)、ハンセン病のイメージがホテルにこのような行動をとらせたのでしょう。この事件についてここではこれ以上深入りしませんが、結論を言えば、このホテルは社会から非難をあび、現在は廃業しています。

 ハンセン病がなぜこれほどまでに差別を受けるのでしょうか。ハンセン病の感染力というのは非常に弱く、よほど緊密な接触がなければ感染しません。にもかかわらず隔離されて差別を受けていた歴史があるのは「見た目」の理由が大きいでしょう。顔面にも特徴的な皮疹が出現しますから重症化するとかなり目立ちます。感染力が弱いとはいえ、感染症であるのは事実ですからあってはならない差別が生まれてしまったのです。

 ちなみに私は医学生の頃からハンセン病に何らかのかたちで関わりたいと考えており、宿泊拒否事件で報道された国立療養所菊池恵楓園にも訪れたことがありますし、北タイにあるMcKean Hospitalというハンセン病の専門病院にも数年に一度は訪問しています(注1)。そういう事情もあって、ハンセン病の話をしだすと止まらなくなるので、このあたりで乾癬に話を戻したいのですがもうひとつだけ。

 日本映画史に残る名作中の名作に『砂の器』というものがあります。著名な音楽家がなぜ殺人を犯したのか、それがラストのオーケストラの演奏と同時に描写されるのですが、これをみればハンセン病という病がどれだけ差別を受けてきたか、ハンセン病を家族にもつ者がどれだけ辛い思いをしてきたかが分かります。

 この映画の最後に「本浦千代吉(映画に登場するハンセン病の患者)のような患者はもうどこにもいない」というキャプションが流れるのですが、今の時代にこれを見ると少し違和感を覚えます。「もうどこにもいない」とするより「今も差別は完全になくなっていない」とする方がいいのではないかと私には思えるのですが、おそらくこの映画が作製された1970年代には今よりも差別が根強く残っていたのでしょう。「現在は治療できる病気です」ということを強く訴えたかったがゆえにこのようなキャプションが入れられたのではないかと私は推測しています。

 さて乾癬に話を戻しましょう。信憑性のあるデータを見つけることができなかったのですが、この病気は確実に増えています。元々は白人に多い疾患でしたが日本人にも増えています。これは生活習慣病と同様に戦後欧米型の食事が普及したからだと思われます。

 また、これもきちんとしたデータは見たことがないのですが、あるベテランの皮膚科の先生から、日本人よりも在日韓国人に多いようだ、と聞いたことがあります。これは日本人に比べて韓国人の方が肉を食べる機会が多いからではないかとその先生は話されていました。

 肉食が乾癬を悪化させるのはほぼ間違いありません。糖尿病や高脂血症(特に高トリグリセライド血症)のある人が、西洋型の食事から和食に替えると数値が改善しますが、乾癬も(あるいは乾癬の方がむしろ顕著に)大きく症状が改善することが多いのです。一部の症例では”劇的に”とも言えるほど改善します。私が研修医時代に診た患者さんは、入院を要する程重症化していましたが、入院後1週間もすれば入院前と薬を替えたわけでもないのにもかかわらずほとんど完全に皮疹が消えた程です。

 乾癬の患者さんのなかには、食事に気をつけて規則正しい生活を送っているのにもかかわらず重症化していく人もいます。そういう人のなかには、爪や関節にも症状が及び、やがて日常生活もままならなくなっていく人もいます。そこまでいくと強力な免疫抑制剤や生物製剤といって関節リウマチに用いるような高価な薬剤が必要になります。まだ完全に解明されたわけではありませんが乾癬は関節リウマチと遺伝子学的に近い病態であることが指摘されています。

 規則正しい生活を送っていても関節リウマチを発症するのと同様に、乾癬の場合も生活習慣に問題がなくても発症することがあります。ですから、乾癬は生活習慣が乱れているからだ、ということを言い過ぎると”差別”を生むことになりかねません。

 ですが、それなりに重症の人でも食事の内容を変えるだけで、あるいは禁煙をするだけで見違える程改善する人が少なくないのも事実です。実際、太融寺町谷口医院の乾癬の患者さんの多くは、初診時には「皮膚をなんとかしてほしい」といって受診されますが、そのうちに生活習慣病の治療や指導、禁煙治療などが主になっていきます。

 そして、全例とは言いませんが、大部分の人は生活習慣病がよくなり、禁煙も成功します。これは、辛い思いをした皮膚症状に二度と悩まされたくないという気持ちがあるからではないでしょうか。皮膚のところどころが真っ赤になり他人から避けられるという辛さ、さらに実際に銭湯や温泉の入場が断られる(かもしれない)という恐怖は並大抵のものではありません。

 ところで「世界乾癬デイ」はいつかご存知でしょうか。私はこれまでいろんな医師に尋ねてみましたが、皮膚科専門医も含めて答えられた医師はひとりもいません。しかし私は知っています。なぜかというと「世界乾癬デイ」は私の誕生日と同じ10月29日だからです。私は自分の誕生日が近づくと、「見た目」で温泉の入場を断られたという乾癬の患者さんを思い出すのです。

注1:McKean Hospital及びタイのハンセン病の事情についてNPO法人GINAのサイトで詳しく書きました。興味のある方は参照してみてください。
GINAコラム「タイのハンセン病とエイズ」2006年5月

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2014年11月10日 月曜日

2014年11月号 「総合」なるものの魅力(前編)

  「専門は何ですか」というのはプロフェッショナルの領域ではよくある質問であり、医師の世界でも同様です。医師にこの質問をすると、例えば「脳外科です」とか「循環器内科です」という答えが返ってきます。もう少し踏み込んで聞いた場合は「てんかんの外科を専門としています」「心臓のカテーテルアブレーション専門です」といった回答になります。

 では私の場合はどうかというと、医療者から聞かれたときは「大阪市立大学の総合診療部に所属していて、日本プライマリ・ケア連合学会の認定医と指導医をもっています」となります。もう少し具体的なことを聞かれた場合は、「日頃は大阪の都心部にあるプライマリ・ケアのクリニックで働いており、働く若い世代を中心に診ています」となります。

  一般の人や患者さんから聞かれた場合は、最近は随分「プライマリ・ケア」という言葉が浸透してきましたが、まだまだ周知度は低いために「総合診療をおこなっています」と答えています。「総合診療」という言葉もまだ充分に認知されているとは言えないかもしれませんが「プライマリ・ケア」という言葉に比べると、まだなんとなく理解してもらいやすいかな、という気がします。

 私が「総合診療」を医師としての専門にしたいと本格的に思ったのは、医師になりたての研修医1年目の夏休みでした。大学病院から1週間の夏休みをもらった私は、かねてから訪れたかったタイのロッブリー県にある世界最大のエイズ・ホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)を訪問しました。わずか1週間という短い期間でしたから、ボランティアをするつもりで訪れたものの、患者さんの役に立つことはほとんどできませんでした。

 何もできなくて患者さんや施設のスタッフには迷惑をかけただけでしたが、私にとっては、人生の中でこれほど重要な1週間もなかったといっても過言ではないと思います。まずエイズという病の凄絶さを目の当たりにしました。当時のタイではまだ抗HIV薬がなくその施設では毎日数人が死亡していました。当時のタイではHIV陽性者は生きる場所がなく、職を失い、道を歩けば石を投げられ、バスに乗ろうとすると引きずり下ろされ、病院では診察を拒否され、家を追い出され、行く場がなかったのです。それでも前を向いて生きていこうとしている患者さんがその施設にいて私は胸を打たれました・・・。この話をしだすと止まらなくなりますので話を元に戻します。

 その施設に訪問して私はエイズという病に本格的に取り組みたいと思ったわけですが、もうひとつ、私の人生に大きなインパクトを与えた出来事がありました。それは、当時その施設でボランティアとして活躍していたベルギー人の男性医師です。この医師はエイズ専門医ではありません。いわゆるGPと呼ばれる医師だったのです。

 GPとはgeneral practitionerまたはgeneral physicianの略で、日本語にすると「一般医」または「総合診療医」となります。ベルギーを含むヨーロッパ諸国の多くは、日本のようにどこの医療機関でも受診できるわけではなく、まずGPを受診します。そして必要あればGPの紹介状を持って「脳外科」「循環器内科」などの専門医や大きな病院を受診するシステムになっています。

 GPのそのベルギー人医師はエイズ専門医ではなく抗HIV薬を処方しているわけではありません。GP(総合診療医)として、HIVに伴う諸症状、というよりはHIVが原因かどうかに関係なく、患者さんの悩みをすべて聞いていました。間違っても(日本の医師がよく言う)「それは自分の専門外だから分からない」とは言わないのです。

  もちろんこの医師にできないこともありますが(というより、充分な薬剤や検査装置のないこのホスピスでできることは限られていました)、少なくとも「なぜそのような症状が出現していて、どのような経過をたどることが予想されるか、その症状を取り除くのに今できることにはどのようなものがあるか、そしてどの程度その症状が改善することが見込めるか」といった説明をするのです。「できることは限られているが、それでもあなたにできる最大限の医療をします」というメッセージがそばで診ている私にもビシビシと伝わってくるのです。

 ここで言葉を整理したいと思います。欧米諸国では「GP」という言葉が一般的ですが、医療者でない日本人にGPという言葉はほとんど普及していません。そもそも日本では少し前まで医学部を卒業すれば、整形外科とか産婦人科といった何らかの臓器を専門とする医局に入るのが普通であり、欧米諸国のようにGPという制度が存在しませんでした。

 しかし日本でも、今から10年くらい前から、臓器だけをみるのではなくすべてを診ることのできる医師が必要だという声が大きくなり、「プライマリ・ケア」「総合診療医」「家庭医」などという言葉が注目されるようになりました。学会としては日本プライマリ・ケア学会、日本総合診療医学会、日本家庭医療学会があり、これらは独自で活動していたのですが、目指すところは共通している部分も多く、紆余曲折があったものの、2010年に「日本プライマリ・ケア連合学会」として統一されました。

 したがって、現在の日本では医療者の間では「プライマリ・ケア」という言葉が最も浸透していると思われます。GPという言葉は日本では医療者の間でもあまり使用しません。一般の人たちの間ではプライマリ・ケアという言葉はまだそれほど浸透していないでしょうから、私自身が、専門は?と聞かれれば、プライマリ・ケアというよりも「総合診療」という言葉を用いるようにしているのです。(GP、プライマリ・ケア医、家庭医、総合診療医と多くの言葉を使うとややこしくなりますので、ここからは「総合診療医」で統一します)

 話を戻します。研修医時代に夏休みを利用してタイのエイズ施設を訪問し、そこで私はベルギー人の医師から総合診療の魅力を感じとりました。帰国後、残りの研修医の期間は、将来総合診療が担えるようにできるだけ多くの科でトレーニングを積み、毎日のように救急外来を手伝わせてもらい、可能であれば手術見学もさせてもらっていました。

 研修期間が終了しても私の実力などまだまだです。しかし、2年前に訪れたタイのエイズ・ホスピスにもう一度訪れたいと考えた私は再びタイに渡航しました。元々の予定では最低でも半年はボランティアを行う予定でしたが、諸事情から急きょ帰国しなければならなくなり、いったん1ヶ月ほどでボランティアを打ち切りました。

  しかし、この1ヶ月間で私が学んだことは非常に実りのあるものでした。このときは2年前にいたベルギー人の医師はいませんでしたが、アメリカ人の総合診療医(GP)が長期間のボランティアに来ていたのです。私はこの医師からも日本では学べないような多くのことを学ぶことができ、大変貴重な経験となりました。

 帰国後、いくつかの事情からタイに長期間滞在することができなくなり、日本で総合診療を学びたいと考えた私は、母校の大阪市立大学医学部の総合診療科の門を叩きました。当時は、日本で、しかも大学病院で総合診療を本格的に学ぶのは困難であることは分かっていましたが、それでも大学に所属しておくことで勉強がしやすくなるのではないかと考えたのです。

 大学病院にも総合診療科の外来がありますが、やはり大学病院を受診する患者さんには偏りがあります。そこで私は、大学での自分の外来は水曜日だけにさせてもらい、金曜日には他の先生の診察(主に婦人科)を見学させてもらうことにし、月、火、木は別の医療機関(内科、整形外科、皮膚科、アレルギー科など)に研修に行かせてもらうことにしました。(今考えればよくこんなわがままを聞いてもらえたものだと思います。自分の厚かましさに辟易とします・・・) 

  見学や研修ではお金はもらえませんから、平日の昼間はほとんど無収入でした。そこで土日や平日の夜中にいくつかの救急外来でアルバイトをして生活を凌ぎ、そして次回のタイのエイズ・ホスピス訪問にかかる費用を捻出していました・・・。

 今回のコラムでお伝えしたかったのは「総合診療」がなぜ興味深いのかということであり、さらに「総合」というものの魅力について話したかったのですが、自分の医師としての経歴の振り返りで文字がオーバーしてしまいました。

 実は、私のこれまでの人生で「総合」というものの魅力にとらわれたのは、総合診療というものを知った今回述べたタイでの出来事が初めてではありません。つまり過去にも何度か「総合」というものに魅せられたことがあるのです。次回はそのあたりについても述べていきたいと思います。

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2014年11月8日 土曜日

2014年11月8日 グレープフルーツでダイエット

  すでに糖尿病がある人や、その予備群の人、あるいは血糖値は正常だけれどもダイエットをしているという患者さんから言われる言葉に「果物は糖分が多いので食べないようにしています」というものがあります。

 また、医療従事者の中にも、果物の摂取が血糖コントロールに悪影響を与えることを懸念する声もあります。

 しかし、果物の制限は不要という意見もありこれを実証した研究があります。医学誌『Nutrition Journal』2013年3月5日号(オンライン版)(注1)に掲載された論文によりますと、肥満があり糖尿病の診断がついている患者に対して、果物摂取を制限しても血糖値や体重減少がみられることはないようです。

 この論文が正しいとすると、肥満があっても糖尿病があっても好きな果物をやめる必要はない、ということになるわけですが、さらに「グレープフルーツで血糖値改善+体重減少」という論文が出ましたので紹介したいと思います。

 医学誌『PLOS one』2014年10月8日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)でマウスにグレープフルーツを与えた実験が紹介されています。実験では12匹のマウスを2つのグループに分け、双方に高脂肪食を与えながら、一方のグループにはグレープフルーツジュースを、もう一方のグループには水を飲ませています。

 100日後、グレープフルーツを与えたグループのマウスは、水のグループに比べ体重増加は18%低く、血糖値も13%低かったそうです。

 研究者は、グレープフルーツに含まれるnaringin(ナリンギン)と呼ばれる成分に血糖値を下げる効果があることを確認したそうです。

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 この研究はマウスを対象としたものでヒトでも同様の効果が得られるかどうかは判りませんし、食事療法の大原則として「同じものばかりを摂取するのはNG」です。間違ってもグレープフルーツジュースを1日1リットルというような日課を課してはいけません。

 しかしながら、過剰な効果は期待しない方がいいとは思いますが、グレープフルーツが好きな人は積極的に摂取してもいいと思います。糖尿病(予備軍も含めて)のある人や体重を気にしている人たちのなかには、日頃から食事制限で辛い思いをしている人も少なくありません。グレープフルーツが好きな人はどんどん食べればいいと思います。

 ところで、以前私はある患者さんから「あたしはマンゴーとドリアンが大好きなんですけど食べ過ぎると太りますか?」と質問されて答えに困ったことがあります。この患者さん(女性)は東南アジアが大好きで年に4~5回は短期旅行にでかけるそうです。

  熟れたマンゴーやドリアンはたしかにかなり糖分が多そうで、グレープフルーツとは同じように考えられないかもしれません。このようないかにも糖分が多そうな果物の研究について知っている人がいれば教えてください。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Effect of fruit restriction on glycemic control in patients with type 2 diabetes – a randomized trial」で下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.nutritionj.com/content/12/1/29

注2:この論文のタイトルは「Consumption of Clarified Grapefruit Juice Ameliorates High-Fat Diet Induced Insulin Resistance and Weight Gain in Mice 」で下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0108408

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2014年11月7日 金曜日

2014年11月7日 米国のA型肝炎流行は輸入ザクロが原因

  このサイトの「はやりの病気」の第127回(2014年3月号)「A型肝炎に要注意、可能ならワクチンを」でお伝えしましたように、日本では今年(2014年)A型肝炎が流行しました。米国では2013年に複数の州でA型肝炎がアウトブレイクしたのですが、その感染経路が特定され医学誌『The Lancet Infectious Diseases』2014年9月4日号(オンライン版)(注1)に掲載されましたので紹介します。

 2013年3月31日から8月12日に米国の10の州で合計165人がA型肝炎を発症しています。このうち153人(93%)がA店のBという商品(イチゴ、ラズベリー、ブルーベリー、チェリー、ザクロの実を含む冷凍ミックスベリー)を摂取していたことが判りました。合計69人(42%)が入院し、2人(1%)が劇症肝炎を発症し、そのうち1人は肝移植まで実施したそうです。幸いなことに死亡者はなかったようです。

 A型肝炎を発症した人から採取した検体を用いて遺伝子解析をおこなった結果、トルコから輸入されたザクロが疑わしいことが判明しました。

 A店は顧客カードに基づいて商品Bを購入した約25万人の顧客に電話で連絡し、Bを食べないように指導したそうです。さらにA店は、1万人を越える顧客のワクチン代金を支払っています。

 尚、アメリカでは2006年より生後12~23ヶ月の小児全員にA型肝炎ウイルスのワクチン接種をしており、小児での感染者はゼロだったようです。

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 この論文を読んで私が驚いたのは、A店及び行政の対応です。25万人に電話連絡し謝罪するのも大変だと思いますし、1万人以上のワクチン代金を負担したということに驚きました。また、暴露後(商品Bを食べた後)2週間以内の人にワクチンと免疫グロブリンを速やかに投与した州や地域の保健局の対応も見事です。

 同じことが日本で起こったとき、果たして今回のアメリカと同様の対応ができるでしょうか。

 A型肝炎ウイルスが混入したザクロを輸出したトルコがけしからん!と感じる人、あるいは、輸入時に検疫をすべき、と考える人もいるかもしれません。しかし、A型肝炎ウイルスというのは、日本や欧米を除いた地域ではいくらでもありますから、私自身の考えをいえば、国に頼るのではなく対策は個人でおこなうべきです。

 日本でのA型肝炎の発症の原因で最も多いのは生ガキの摂取です。次いで多いのは海外(特にアジア)で屋台などの現地料理を食べての感染です。タイの大洪水以降、A型肝炎ウイルスのワクチン接種希望者が増えていますが、無関心の人も依然少なくありません。

 ワクチン後進国のこの日本で、米国のようにA型肝炎ウイルスのワクチンが定期接種に組み入れられるのは現時点では絶望的だと私は思っています。ならば自分の身は自分で守るしかありません。

 劇症肝炎を起こしたアメリカ人は肝移植で救われたようですが、日本ではアメリカほどスムースに肝移植がおこなえるわけではありません。生ガキを食べたい人(ただし生ガキはノロウイルスのリスクもあることをお忘れなく)、海外(特にアジア方面)に行く人は、自分の身を守るためにワクチン接種を検討すべきです。

(谷口恭)

参考:はやりの病気第127回(2014年3月号)「A型肝炎に要注意、可能ならワクチンを」

注1:この論文のタイトルは「Outbreak of hepatitis A in the USA associated with frozen pomegranate arils imported from Turkey: an epidemiological case study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099%2814%2970883-7/abstract

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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