マンスリーレポート
2011年7月号 運命が決める医師の道
去る2011年7月2日、3日、札幌で日本プライマリ・ケア連合学会の第2回学術大会が開かれました。この学会は昨年(2010年)に第1回の学術大会が東京で開催され、かなりの盛り上がりをみせたのですが、今年も昨年と同様、来訪者が多く、かなり広い会場を使っているのにもかかわらず、シンポジウムによっては立ち見でも入れないほどでした。
この学術大会では、プライマリケアに関する多くのことが学べて大変勉強になるのですが、今年私が一番注目していたのは、個々の疾患に対する講演やシンポジウムではなく、東日本大震災に関連した報告や発表でした。
日本プライマリ・ケア連合学会は、震災の発生2日後の3月13日に「東日本大震災支援プロジェクト(以下PCAT)」を立ち上げました。翌14日には第1回本部会議を開催しています。そして17日には先遣隊として1名の医師が被災地に派遣されています。
一般的に災害発生の初期には、自衛隊や災害救助隊などの活動が中心となり、医療者で言えばDMATと呼ばれる災害急性期の医療を担うチームが活躍することになります。しかし、亜急性期から慢性期にかけては(そして慢性期はかなり長くなるのですが)、急性期の災害医療に長けた医療者よりも、慢性疾患や生活習慣病、心のケア、公衆衛生、介護などの分野で活躍できるプライマリケア医の出番となります(注1)。そこで、日本プライマリ・ケア連合学会は社会的な使命を担ってPCATを立ち上げたという次第です。
PCATがどのような活躍したかを、私が聞いた報告を元に簡単に紹介しておきたいと思います。PCATがまずおこなったのは、現地で被災した医師の支援をおこなうことでした。そして次のステップとして、医師、歯科医師、看護師、介護師、薬剤師、栄養師、理学療法士、作業療法士などのスタッフを全国から集めて医療チームとして現地に派遣しています。このとき、現地の医療者と常に連携を取るようにし、被災者にとって最良の医療ケアを供給するよう努めています。
また、PCATは、妊婦さん、あるいは産褥期の女性に対するケアも重視しました。今回の震災では、様々なルートから大勢のボランティア医師が被災地に集まったのは事実ですが、出産のケアができる産科医はほとんどいなかったそうです。それだけ日本全国で産科医が不足しているということです。一方、海外の医療救護隊、例えばイスラエルの医療チームは、被災地での産科ケアが必要になることを自明と考えており、分娩台や新生児の蘇生台を持参してきていたそうです。
そこでPCATは、出産時及び産後のケアのできるプライマリケア医を全国から被災地の分娩施設に集めました。日本では出産については産科専門医がおこなうのが一般的で、プライマリケア医がお産に立ち会うケースというのはまだまだ少数なのですが、世界的にはプライマリケア医が出産を担うことが多いのです。
さらにPCATは、避難施設で医療行為をおこなうだけではなく、避難施設に来ることができず家庭で持病を患っている患者さんの自宅訪問も開始しました。そして他の医療スタッフと協力して、栄養改善や環境改善にもつとめています。
PCATのスタッフの報告によりますと、被災地ではこれからのケアも重要になると考えており、最低でも2年、できればあと5年は現地で活動を続ける予定だそうです。
さて、札幌での学術大会では複数の医師によるPCATの報告があったのですが、どの医師の発表も非常に興味深いもので、現地で活躍している医療者に対し、私は少しうらやましく感じたのと同時に、多くのところで共感しました。
私はタイのエイズ施設でボランティア医師として働いていた経験がありますが、そのときに感じたのは、「エイズを診る医師はエイズという”病”だけを診るのではなくエイズを患っている”人”を診なければならない」、というものでした。
私がボランティアをしていた頃は、まだ充分に抗HIV薬が普及しておらず、エイズとはまだまだ「死に至る病」だったのです。その施設には軽症の人から、数日後には他界するだろう、という人まで様々な状態の患者さんがいました。同じエイズと言っても、下痢で困っている人、皮膚の痒みに悩まされている人、熱が下がらない人、結核を発症したかもしれない人、前日に自殺未遂をした人、HIV脳症を発症し夜間に徘徊する人、進行性多巣性白質脳症(PML)という病気を発症しすでに意識のない人、などいろんな患者さんがいるわけで、当然ひとりひとりに対するケアの内容は異なります。薬もしくは点滴ですぐによくなる場合もあれば、まったく何もできないようなこともあります。ときには患者さんの手を握ってうなずくだけ・・・、ということもあります。
さらにエイズを発症してその施設に入所している人の多くは社会的な問題を抱えていました。具体的には、違法薬物に依存していたり、10代前半で親に売られ売春を強制させられていたという過去があったり、幼少児に男性からレイプをされたことで自分の性がいまだによくわかっていない男性がいたり・・・、といった感じです。また、エイズを発症したことで、地域社会から、病院から、そして家族からも追い出されてこの施設にたどり着いたという人は想像を絶するほどの心の苦痛を有しています。医師にできることが限られているのは事実ですが、こういったことに対するケアも必要になってきます。(この施設での私の経験で言えば、心のケアに対しては医療者よりもむしろ僧侶や牧師といった宗教家の方が患者さんの支えになっていたように思えます)
タイのエイズ施設での経験を通して、私のその後のたどる道を決定付けたのは欧米から来ていたプライマリケア医の存在でした。私がタイの施設で出会った医師たちは、いわゆる専門医ではなく日頃から多くの疾患をみて患者さんに最も近い位置にいるプライマリケア医だったのです。実際、彼(女)らは、エイズを患っているどんな患者さんのどのような悩みにも応えるようにしていました。私がいた施設ではエイズ専門医は月に1~2度施設にやってきて我々と会議をおこない、必要な患者さんに抗HIV薬の処方を検討するというもので、実際に患者さんに長い時間接するのはエイズ専門医ではなくプライマリケア医だったのです。
タイから帰国した私は、プライマリケア(総合診療)を本格的に学ぶことを決意し、母校の大阪市立大学医学部の総合診療科の門を叩くことになります。
PCATのメンバーとして活躍している医師の講演を聴いて私が感じたのは、「研修医を終えた時点で私はタイのエイズ施設に行くことを決めていたわけだが、もしも東日本大震災が研修医時代に、あるいは研修医を終えた直後に起こっていたとしたら、私はPCATに参加していたかもしれない。そして、エイズという疾患を通してではなく、震災医療を通してプライマリケア医を目指すことを決意していたかもしれない・・・」、というものです。
PCATで活躍している医師達のことを想うと、現地で活躍できるということに対してうらやましい気持ちが増してくるのですが、現在の私は太融寺町谷口医院がありますから、クリニックを閉めることはできず、現地に行くべきではないと考えています。(被災地での医療も含めて、「プライマリケアは長期で」、というのが私の基本的な考えです)
よく考えてみると、私がタイに行くことができたのは様々な偶然やいくつかの幸運なことが重なったからであり、タイ渡航とエイズに直面した経験からプライマリケア医を目指すことになった道のりは、あらかじめ私に定められた運命だったのかもしれません。そういう意味では、PCATに加わり現在被災地で活躍されている医師たちもまた、そのような運命なのかもしれない、と思えてきます。
私の現在の生活の中心は、太融寺町谷口医院での日々の診療とNPO法人GINAの活動ですが、これらは運命が与えてくれた私のミッションということなのかもしれない・・・。最近の私はそのように考えています。
注1 慢性期のケアはプライマリケア医が担うべき、という私の考えを、最近「LAZAR(ラゼール)」というタブロイド紙で述べました。近いうちに、その内容をこのサイトもしくはGINAのサイトで紹介したいと思います。
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