マンスリーレポート
2025年5月 「筋を通す」ができないリーダーは退場あるのみ
「男なら筋(スジ)を通せ!」という言葉を私が初めて聞いたのは、18歳の頃、1つ目の大学の1回生のとき、当時のアルバイト先の先輩からでした。今の時代なら「男なら」なんて言葉はNGワードでしょうが、昭和の当時も別に深い意味があったわけではなく、単なる接頭語のようなものであって、女、あるいは他のセクシャリティの場合は筋を通さなくていい、という意味ではもちろんありません。重要なのは「筋を通す」で、言い換えれば「ズルいことや卑怯なことをするな」「自分が言ったことは守れ」という意味です。
その先輩から人生で最も大切なこの教訓を教わってから40年近くたった今も、私は「常に筋を通す」「損をしてでも筋を通す」を信条としています。自分の行動が間違っていないかどうかは「筋が通っているか否か」が基準となります。そして、他人をみるときにも「その人の言動は筋が通っているか」でその人物が信用に値するか否かを見極めます。
例えば、(たぶん過去にも似たような話をしたと思いますが)たいていの医療者が嫌がるクレームを言う患者さんに対し、私はむしろ積極的に話をしにいきます。谷口医院開院前に病院で勤めていた頃、「外来(特に救急外来)に怒っている患者がいる」という話を聞けば、私は率先して現場に駆けつけていました。怒り心頭の患者さんには一見近づきがたく、言っているのが無茶苦茶なことも多いのですが、なぜ怒っているのか、その理由をよく聞けば納得できることも少なくありません。というよりも、怒りの度合いが強ければ強いほど言い分には筋が通っていることが多いのです。医療者の立場からみれば「そうではないんですよ」という見方になるのですが、それでも患者サイドに立てば「たしかにそう考えたくなりますよね」と理解できることが多いのです。
このときに医療者がやってはいけないことは「安易に謝ること」です。とにかくその場を抑えたいが故に(気持ちのこもっていない)謝罪をする人がいますが、それは相手の怒りに油を注ぐだけです。気持ちのない薄っぺらい謝罪の言葉はすぐに見破られます。特に組織の上の立場の者は簡単に謝罪の言葉を述べるべきではありません。しかしながら、こちら側に「非」があるのなら誠心誠意の謝罪をしなければなりません。
組織の上の立場の者、あるいはリーダーなら、まず自分自身が常に筋を通すこと、他者と対立したときには相手の言い分に耳を傾けること、相手の言い分に筋が通っている部分があるのならそれを理解すること、そして自分の側に「非」があるならそれを認めて謝罪することが必要です。これができない人たちは(私の目には)とても格好悪くうつります。
例えば、「パパ活してる場合か!」とメディアで報じられた大病院の理事長は、パパ活の女性とラブホテルに入店する「証拠写真」を公開され、利用したラブホテルの名前やパパ活サイトの名称まで詳らかにされたというのに、今も理事長の立場を保持しています。パパ活は犯罪行為ではないのでしょうが、自身が論文捏造やパワハラの加害者としての責任を問われている状況のなか、そのような行為に手を染めるのは千数百人の医療従事者を率いる立場に立つ者として筋が通っているとは言えません。まともなリーダーなら自身の行動に責任をとり、疑惑に対しては説明をすべきです。
製薬会社に”おねだり”して、ソープランドの接待を繰り返し受けていた大学病院の教授も黙っていることは許されません。この教授、猫背姿でソープランドに入店するときの写真やさらには顔写真まで公表され、指名したsex workerの情報も露にされていますから弁解の余地はないはずです。明らかな犯罪行為ではないのかもしれませんが、自身の部下たちが勤務している平日の昼間にフーゾク接待を受けることが組織の上に立つリーダーとして筋の通った行動でないのはあきらかでしょう。「パパ活理事長」と同様、何の説明もせずに見過ごされていいはずがありません。
トランプ新政権が誕生することが決まるや否や、それまでの自分たちの言動に蓋をして、手のひらを返し、せっせと「トランプ詣で」に精を出し始めたリーダーがいます。例えば、メタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグ氏は、それまでの自社の「ファクトチェック」を廃止し、トランプ氏にすり寄り100万ドルもの寄付をしたと報じられました。これ、ものすごく格好悪くないでしょうか。まるでいじめっ子にこびへつらうズルい弱虫のようです。
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏も、元々は民主党を支持していたのに、トランプ氏が選挙で勝利するや否や100万ドルの寄付をしています。もしも、何らかの理由で自身の信条が代わり共和党を支持するようになったのならそれはそれで筋が通りますが、それならば社会に対してきちんと釈明をすべきです。
世界中の子供たちに夢を与え続けていたはずのディズニーのCEOロバート・アイガー氏も私の目にはとてもかっこ悪くうつります。ディズニーの系列のABCニュースでトランプ氏の性犯罪について触れたことを発端とした裁判は充分に勝つ見込みがあったのにもかかわらず、1500万ドルをトランプ氏の大統領図書館に寄付し、さらに100万ドルの法的費用を負担することで和解したのです。
一方、トランプ氏に「NO!」と言える人たちもいないわけではありません。日本ではあまり報道されていないようですが、共和党内にも勇気のある政治家がいます。例えば、アラスカ州の上院議員Lisa Murkowski氏は「報復に対して不安があるものの」と前置きし、堂々とトランプ氏の誤りを指摘しています。他にも、共和党の議員では、Mitt Romney氏、Liz Cheney氏、Adam Kinzinger氏はトランプ氏に対して批判的です。
メイン州のジャネット・ミルズ知事のトランプ氏への態度は一貫して筋が通っています。トランス女性の選手の女子スポーツ大会への参加を認める州の差別禁止法をめぐってトランプ氏と対立し、揺るぎない信念を維持しているのです。トランプ氏がメイン州への資金提供停止をちらつかせると、知事は「裁判所で会いましょう(See You in Court)」と毅然とした態度で答えました。
予算を削られ人員を削減されている大学も黙っていません。少なくとも、ハーバード大学、コロンビア大学、プリンストン大学、エール大学では教員や学生がトランプ氏の方針に反対する声明を発表しています。ハーバード大学は、助成金凍結の差し止めを求めて訴訟を起こしました。
このように、米国のメディアを丁寧に探せばトランプ氏を堂々と批判している組織やリーダーも見つかります。ですが、全体でいえば、かなり少数ではないでしょうか。その理由は「報復が怖いから」でしょう。実際、トランプ氏に反対意見を表明すれば共和党議員はすぐに嫌がらせをされるでしょうし、メイン州のミルズ知事は次回の選挙で不利になるかもしれません。大学が声を上げればますます予算を減らされるリスクに晒されます。
トランプ氏は単に強引なだけではなく復讐心の強い人間でもあります。ヴァージンの創業者リチャード・ブランソン氏は、以前食事の席でトランプ氏から「最近の破産後、多くの人々に助けを求めたが、そのうち5人は協力してくれなかった」と言われ、「残りの人生をかけてこの5人を破滅させるつもりだ」と告げられた経験をコラムにし、トランプ氏のこの性格を「vindictive streak(復讐心に燃える性格)」と呼んでいます。ちなみに、もしもトランプ氏がブランソン氏に助けを求めれば「6人目」になっていただろうとのことです。最近、ブランソン氏は、トランプ氏が世界に「甚大な損害を与えている」と公然と非難しました。ヴァージングループは英国が拠点だとはいえ、トランプ氏がその気になれば嫌がらせもできるでしょう。しかし、そんなことに屈することなくブランソン氏は「正しいこと」をしました。筋を通したのです。
米国人は「Do the right thing」という表現が好きなように(私には)思えますが、ことトランプ大統領に対しては「正しいことを主張する」、つまり「筋を通す」姿勢をもったリーダーが少ないようにみえます。日本にもミルズ知事やブランソン氏のようなリーダーが登場することを期待します。そして、小さな組織であってもリーダーたるものは、言動と行動に一貫性を持って筋を通さなくてはなりません。谷口医院のリーダーである私自身もそうあらねばなりません。
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