メディカルエッセイ
83 投薬ミスはいかにして防ぐべきか 2009/12/21
医療事故のなかで最も多いミスのひとつが「投薬ミス」です。似たような名前の薬を誤って処方・投薬することにより、患者さんに害のある薬を与えることとなり、結果として患者さんに不利益となることがあり、最悪の場合は死につながることもあります。
喘息が悪化したときなどによく使うステロイドの点滴に「サクシゾン」というものがあります。これと似た名前の薬剤に「サクシン」というものがあり、こちらは強力な筋弛緩剤で、全身の筋肉に作用するため呼吸筋も動かなくなり呼吸停止となります。
2000年11月、北陸地方のある病院で事故は起きました。40代の男性患者にサクシゾンを投与すべきところを誤ってサクシンが投与されその患者は死亡しました。これを受けたサクシンの製造会社は、製品ラベルを分かりやすいものに変更するなどで再発防止に努めましたが、悲劇は再び起こりました。
不幸な事故から8年後の2008年11月、今度は四国のある病院で、70代の男性患者に解熱目的で医師がサクシゾンを指示しようとしたところ、実際に投薬されたのはサクシンで、そのおよそ2時間後、この患者は呼吸停止による死亡が確認されました。
この事故は夜間に起こっています。宿直していた医師がなかなか解熱しない患者さんに対して、コンピュータを用いて投薬の指示をおこないました。端末に「さくし」と打ち込んで自動的に表示された「サクシン」を選択したのです。
この事故の後、製造会社は、「薬の名前を変更する以外に再発を防ぐ方法はない」、と考え、「スキサメトニウム」という名称に変更しました。サクシンは15年ほど前から使われている筋弛緩剤で、「サクシン」という名称に慣れ親しんでいる医療者の間で混乱を招くのではないかという声も一部にはあったようですが、二度の死亡事故を踏まえて名称変更に踏み切ったのです。
薬の名前なんてきちんと確認していれば間違うはずがないんじゃないの?、と思われる方も多いと思いますが、時間が勝負の臨床の現場では似たような名前には神経がすり減らされる思いがする、というのが我々医療者のホンネであります。
似たような名前の薬剤は他にも多数あり、例えば、「ノイロビタン」と「ノイロトロピン」、「アレロック」と「アロテック」、「ノルバスク」と「ノルバデックスD」などが有名です。
さて、今回は私自身がしてしまった投薬ミスについてお話したいと思います。
週末の混雑している夕方の外来に受診されたある患者さんに対し、ある薬を処方したのですが、その薬は少し胃に負担がかかることがあるために、患者さんが胃がそれほど強くないと話されたこともあり、私は胃薬を同時に処方しました。しかしこの胃薬の投薬が結果的に投薬ミスとなってしまったのです。
その胃薬は、ムコスタという胃粘膜保護剤の後発品(ジェネリック薬品)で、名前を「レバミピド」と言います。私は、電子カルテに「れ」と打ち込んで表示されたレバミピドを選択したつもりでした。
ところが、その日の診察終了後、カルテをチェックしていると、実際に処方したのは「レバミピド」ではなく「レボフロキサシン」という抗生物質であることが判りました。
それに気づいた私はその場で患者さんに電話をしました。幸い、その患者さんはまだ薬を飲んでおらずなんとか事なきを得ました。謝罪をおこない、状況を説明し誤って処方した「レボフロキサシン」は内服しないように伝えました。
今回は、その日のカルテチェックで気づきましたが、同じミスを二度と起こさないという自信はありません。以前から「レバミピド」と「レボフロキサシン」は名前が似ているから注意が必要ですね、という声は院内から上がっていましたが、私は「レ」が同じだけで間違えるなんてことはないだろう、と考えていたのです。
そう考えていたのにもかかわらずミスをしてしまったわけですから、同じことを再度してしまわない保障はありません。私は翌日の朝のミーティングでこの問題を取り上げ、取り扱う薬の変更を提案しました。
「レボフロキサシン」は「クラビット」という抗生物質の後発品です。「クラビット」は非常に優れた抗生物質ですが、値段が高いという短所があります。1錠あたり173.7円もするのです。例えば、この薬を1回1錠1日3回で5日間処方すると、3割負担でも800円近くかかることになります。これを後発品の「レボフロキサシン」にすると、患者負担額が500円ちょっとにまで下がります(それでもまだ高いように思えますが・・・)。
抗生物質のクラビットに比べると、胃粘膜保護剤「レバミピド」の先発品であるムコスタは1錠あたり22.1円とそれほど高くありません。後発品のレバミピドが15.5円で、ムコスタとの1錠あたりの差は(3割負担の)患者負担で1.98円です。院内で検討した結果、この程度の差なら、値段の高い先発品を使っても似たような名前から生じる投薬ミスのリスクを考えれば許容されるのではないかという結論に達しました。(胃薬は抗生物質に比べると長期の処方になることが多いという違いはありますが・・・)
それにしても、今回の投薬ミスは、自分の能力の限界というか、注意力のなさというか、ともかく自分自身の無能さを自覚することになり大いに反省しました。
「人間だから誰でもミスをする」とか「ミスは完全に防げない」とか言われることがあり、私は「そうかもしれないが医療者はあってはならない」と考えていました。しかし、今回のこの自分のミスで少し考えが変わりました。
「医療者は絶対にミスをしてはいけない」ではなく、「ミスを最小限にするために最大限の努力をしなければならない」と考えるべきではないかと今は思います。
今回の私の投薬ミスによって、直ちに取り扱う薬を変更するという決定をしました。しかし、今後太融寺町谷口医院で投薬ミスが二度と起こらないという保障はありません。現在もおこなっている薬のダブルチェック(実際に薬を患者さんに渡す前に最低2人のスタッフがチェックすること)を丁寧におこなうこと、どれだけ忙しくても患者さんが飲み方をきちんと理解してくれているかどうかを薬を渡すスタッフが確認すること、そして、今回のように似たような名前の薬が他にないかをいつも考えること、などを徹底したいと考えています。
そして、私にしかできないカルテのチェックにも念を入れたいと思います。たとえ長時間に及ぼうとも、その日の診察のカルテは何度も読み直すという習慣を大切にしたいと考えています。
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