メディカルエッセイ
71 病気の予防に王道なし 2008/12/20
「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」
これは2008年11月20日に開かれた政府の経済財政諮問会議で、社会保障費の抑制を巡って麻生太郎首相が発言したと報道されている言葉です。(報道は11月28日の読売新聞)
麻生首相は、与謝野経済財政相が社会保障費の抑制や効率化の重要性を指摘したのを受けて、自身が出席した同窓会の話を紹介しながら、「67歳、68歳で同窓会にゆくとよぼよぼしている。医者にやたらかかっている者がいる」、「彼らは学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら(首相)の方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているから」と発言した、とされています。
何もしない人の分の医療費を何で私が払うんだ、という言葉を聞いて、我々医療従事者がまず言いたいのは、「ちょっと待って! 病気にならないように日ごろからいろんな努力をしている人も病気になるときはなるんですよ。そんなあなただって明日検査を受けてみるとガンが発見された、なんてこともあるかもしれませんよ」、ということです。
たらたら飲んで、食べて・・・、の代表のように思われている糖尿病でも、10代の元気な少年少女が突然発症し、その後生涯にわたりインスリンの自己注射を余儀なくされる、なんてことも医療の現場にいれば珍しくないことです。また、悪性腫瘍の場合も、たしかに長年の喫煙が原因で肺がんになるというような場合も多いですが、若い女性がいきなり進行性の胃がんになった、ということもあるのです。
したがって、「何もしない人の分の金を何で・・・」という言葉には反発したくなるのです。
しかしながら、麻生首相の立場になって考えてみると、この言葉の意味が分からないでもありません。
先ほど、健康に気を使っていても病気になるときはなるんだ、という話をしたばかりですが、生活習慣の不摂生が原因と思われる病気に罹患している人がいかに多いかということを医療の現場では日々実感します。メタボリックシンドロームという言葉はすっかり社会に定着してきたように思われますが、この状態になっている人のほとんどが患者さん自身にいくらかの原因があります。
メタボリックシンドロームの条件である「肥満」は、体質や遺伝に左右されることもありますが、やはり自身の日ごろの行動の結果と考えるべきでしょう。
では、日ごろから肥満に気をつけ、健康な身体を維持するにはどうすればいいでしょうか。
麻生首相のように、「毎朝歩く」というのは大変すばらしい健康維持法だと思われます。一言に「毎朝歩く」と言っても、寒い日も雨の日もあるわけですし、前の晩に飲みすぎてしんどい、というようなこともあるでしょう。「毎朝歩く」という習慣を維持しようと思えば、確固とした意思と強い忍耐力が必要です。麻生首相の立場に立てば、こういう努力もしないで病気になった人は自分自身に責任がある、という気持ちになるのでしょう。
若い人の場合は、もっと積極的な運動をするのがいいでしょう。大きな負荷をかけて筋トレをおこなったり、歩くのではなく走ったり泳いだりするのもおすすめです。私は、よく患者さんにスポーツジムに通うことをすすめますが、ジムに通うことは「保険のきかない予防治療」と考えています。
運動以外にはもちろん食事が大切です。どんなものを食べればいいですか、というのもよく患者さんから聞かれる質問です。巷では「1日30品目以上」とか「粗食がいい」とかいろいろ言われますが、私個人としては”適正な体重とウエストラインを維持していれば”好きなものを食べればいいと考えています。肥満が多くの病気の原因になるわけですから、まずは太らないこと!、これが最も大切です。
ただし、食生活が極端に偏ったものになると、体重とウエストラインだけに注目していればいいというわけにはいきません。この点については定期的な健康診断を受けて血液検査などをおこなっていれば、異常があっても早期発見できるでしょう。
さて、運動と食事が重要なことに異論のある人はいないと思いますが(それ以前に禁煙が大切なのは言うまでもありません)、例えば、「これを毎日服用すれば健康維持」とか「毎日1錠飲むだけで若返る」などと言われれば、安易に手をだしたくなるものです。ビタミンやミネラル、その他健康食品やサプリメントにはこのような思いがきっかけとなって飲み始める人が多いようです。
こういった類のものが本当に健康や美容に効果があるなら試す価値は充分にあるでしょう。しかしながら、実際には、サプリメントの有効性については否定的な研究の方がずっと多いのが現状です。
最近発表された研究から少し例を挙げてみましょう。
まずはビタミンCとビタミンEです。この2つのビタミンは抗酸化作用があることがわかっており、老化防止や健康維持に有効ではないかと考えられてきました。ところが、これを否定する研究が増えてきています。
例えば、医学誌『JAMA』2008年11月12日号に掲載された論文によりますと、中高年男性がビタミンEとCを長期的に摂取しても心臓病の抑制効果がないことが分かったと報告されています。ビタミンCもEも抗酸化作用があるため動脈硬化に有効と以前は考えられていましたから、この結果は多くの人をがっかりさせたことと思います。しかし、それだけではありません。ビタミンEに関しては、出血性脳卒中リスクが1.7倍にもなるという結果がでたのです。こんなことを聞かされるとビタミンEは身体にいいどころか有害になる可能性もでてきます。
ビタミンBについても否定的な研究が発表されています。同じく『JAMA』の2008年11月5日号によりますと、ビタミンB群を大量に摂取しても女性のガンのリスクは減少しないことが分かったようです。これまでビタミンB群はガンの予防になると考えられていただけに、この結果も多くの人を落胆させていることでしょう。
ビタミンだけではありません。頭がよくなり認知症を予防するサプリメントと言われているイチョウの葉は、実際には認知症予防効果がないとする研究が『JAMA』2008年11月19日号で発表されました。認知症を予防する薬は現在存在しませんから、イチョウの葉は大変期待されていたのですが、残念な結果に終わってしまいました。
ではサプリメントや健康食品の病気の予防効果がまったくないかというと、そういうわけでもないでしょうが(このウェブサイトの医療ニュースでもときどき紹介しています)、やはり「病気の予防に王道なし」と考えるべきでしょう。
すなわち、日ごろの食事と運動の地味な積み重ねこそが、最も信頼できる健康で長生きの秘訣だというわけです。
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