メディカルエッセイ
65 医師倍増は実現するか その1 2008/6/24
2008年6月17日、福田康夫首相と舛添要一厚生労働相が首相官邸で会談し、医師の増員を検討していく方針で一致したことを各マスコミが大きく取り上げました。
実際に医師の増員(=医学部定員の増加)がおこなわれるようになるかどうかは別にして、首相と厚生労働相が一致して「医師増員を検討」としたことには大きな意味があります。
それは、1997年の閣議決定では、「医師数抑制のため大学医学部の定員削減」が盛り込まれていたからです。今回の厚生労働相の見解は、この1997年の決定を根本からくつがえすことになります。
私が医学部に入学したのは1996年ですが、この1997年の行政の見解が発表されたこともあり、この頃には「医師数を抑制しなければならない」という空気が医療界に芽生えていたように思います。
しかし、私は医学部5回生の臨床実習の頃には、「医師数抑制なんてとんでもない。医師はもっと増やさなければならない」と感じるようになっていました。なぜそう感じるようになったかと言うと、単純に「患者さんの病院での待ち時間が長すぎる」からです。長時間待たされたあげくに診察は数分間などということが日常化しており、一方では、医師は外来と病棟の業務をかかえ、研究発表の準備をおこない、その上大量の勉強をしなければならないのです。緊急手術や入院患者さんの急変で夜中に病院から呼び出されることもあります。
私には、そんな日本の医療事情が異常に思えてなりませんでした。一方で、医師の給与は高すぎるという世論があったために、それならば「医師数を倍にして給料を半分にすればいいのでは」という自説を持つようになり、これは拙書『偏差値40からの医学部再受験』にも書いたとおりです。
給与を半分にすべきかどうかは後で述べるとして、まずは医師数を倍にすべきかどうかを検討していきたいと思います。
舛添大臣は、今回の発表で、「週80から90時間の医師の勤務を普通の労働時間に戻すだけで、勤務医は倍必要だ」とコメントしています。政府は従来、「小児科医や産婦人科医など一部の医師が少ないのと僻地の医師が足りないなどの”偏在”が問題であって、医師数総数は不足しているわけではない」との立場にいましたから、今回の舛添大臣のコメントはそれを否定することになります。
この舛添大臣の意見に反対する声もあるようですが、常識的に考えても「週80から90時間の勤務時間」は異常ではないでしょうか。もちろん、日本のビジネスパーソンのなかにはもっと長い時間勤務している人が大勢いることは私も知っています。しかしながら、医師はこの勤務時間以外にも研究発表の準備や日々の勉強もしなければならないのです。(一般企業で働くビジネスパーソンも勉強しなければならないことは同じかもしれませんが・・・)
今回の舛添大臣の発表では述べられていませんが、実は開業医の勤務時間も相当長いのが現実です。
例えば私の1週間を振り返ってみると、月・火・水・金・土は遅くとも午前9時から業務が始まり(診察時間は10時から)、診察が終わるのは早くて午後8時半、遅ければ10時頃になります。しかし、診察が終わったからといって帰れるわけではありません。その日に撮影したレントゲンや血液検査の見直し、その日に撮影した症例写真の整理、カルテ記載(診察中は必要最低限のことしか記載しないため診察終了後に不足している部分を追加で記入していきます)などをおこないます。さらに仕事に関連したメールや手紙のチェック、経理やその他の業務もあり、これらがすべて終了する頃には日付が変わっていることも珍しくありません。
木・日・祝は、クリニックは休診ですが、医師会や大学関連の仕事、他院での勤務もありますから、実質休日はゼロです。1週間の勤務時間は、多いときは90時間を越えます。もちろん、勉強は勤務時間以外にしなければなりません。
それで、私がその勤務時間に満足しているかというと、もっと働いている医師をたくさん知っていますからあまり自分勝手なことは言えませんが、本音を言えばもう少し勤務時間を減らしたいという気持ちがあります。
すてらめいとクリニックは一応2診制で診察できるように(医師2人で診察できるように)設計してありますし、もしも可能であれば、例えば私は午後の診察(午後4時から8時)だけをおこない、午前の診察(午前10時から午後2時)は他の医師に代わってもらいたいと思うこともあります。
そのため、実はすてらめいとクリニックでは、オープンしたときから医師を派遣する会社に医師の紹介を頼んでいます。しかしながら、すてらめいとクリニックで働いてくれる医師はまだ見つかっていませんし、当分の間見つかりそうにありません。
その理由のひとつは、すてらめいとクリニックの医療コンセプトに合致した医師がなかなか見つからないというものです。私は、医師になった頃から「どんな疾患にも対応できる医師」を目指していました。ですから、二年間の研修期間ではできるだけ多くの疾患の勉強をすることに努めましたし、その後は大学の「総合診療センター」という医局に籍を置いて総合診療の習得につとめ、さらに大学に集まる患者さんだけでは不充分と考えたために、合計6箇所のクリニックに(もちろん無給で)勉強に行っていました。
私の目標である「どんな疾患にも対応できる医師」にはまだまだ程遠く、これからも多くの勉強をしなければならないことは自負していますが、それでも「とりあえず初期の診察をおこない、自分で診られない疾患や症状に対しては然るべき医療機関や医師を紹介する」という方針の医療はできるようになったと考えたために開業する道を選んだのです。
けれども、私のような考えを持っている医師はそれほど多くありません。実際、ほとんどの医師はいわゆる「専門医」を目指しています。それに、私がたどってきた道は後輩医師に自信をもってすすめられるものではないという問題もあります。なぜなら、私がおこなったように、「大学での仕事は週に1~2度にして、あとは無給で勉強に行く」といった方法では身分が不安定ですし、経済的にも大変です。
では、なぜ私がそのような社会的にも経済的にも不安定な立場をあえて選択したかというと、既存の医師教育システムでは私のニーズに合致するものがないからです。
今回、舛添大臣が発表した対策のなかに「総合的な診療能力を持つ医師の育成 」というものがあります。私は個人的には、この対策を早急に実現化してもらいたいと考えています。もしも、総合的な診療能力を持つ医師の育成システムが充実化すれば、「専門医」ではなく、私が実践している(つもりの)「どんな疾患にも対応できる医師」を目指す若い医師が増えるかもしれないからです。
そうすれば、私の勤務時間を減らすことができるようになるかもしれません。(なんだか自分勝手な意見になってしまいました・・・)
さて、勤務医を倍増させるには、(あるいは開業医やクリニックで働く医師を倍増させるには)、医師の人件費の問題がでてきます。次回はそのあたりを考えてみたいと思います。
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