メディカルエッセイ
52 目標は患者数ゼロ?! 2007/5/22
以前、尊敬するある医師から質問されました。
「医師の究極の目標は何か分かるか?」
何と答えていいか分からず黙った私にその先輩医師は言いました。
「それは、患者数をゼロにすることや」
患者数ゼロ・・・、これでは病院の経営が成り立たなくなりますし、医師は失業してしまいます。
その先輩医師は患者数ゼロが目標であるその理由を話してくれました。先輩医師の話をまとめると次のようになります。
現在、日本の病院には、本当は病院に来なくてもいいと思われる患者さんが少なくない。過剰に心配しすぎて些細なことで何度も医師にかかろうとする人もいれば、まるで待合室をサロンのように考えて近所の人たちとの話を目的に通院しているような人すらいる。このような人たちに通院は不要であることを分かってもらうことも医師の仕事のひとつである。
たしかに、この先輩医師の言うことは正論です。実際、ごく軽度の頭痛でMRIを撮ってほしいと言って病院を受診する患者さんや、「胸のレントゲンを撮りましょうか」と言うと、「レントゲンではなくCTを撮ってください」と言う人もいます。「もう注射や点滴は必要ないですよ」と言っても、「点滴をうたないと元気がでないんです」と言って毎日のように点滴を希望する人もいます。
もちろんすべての事例にあてはまるわけではありませんが、医師からみて「それは過剰な検査や投薬だろう・・・」と思うことでも、ときに患者さんは求めてきます。
そんなとき、ほとんどの医師は、なぜ今その検査や投薬が必要でないかを患者さんに理解してもらおうと努めます。つまり、医師というのは、できるだけ過剰な検査や投薬を避けようと考えているのです。
しかしながら、このことは世間一般ではあまり理解されていないようです。
例えば、ある大手新聞の5月11日の夕刊に掲載された医療関係の記事には次のような表現があります。
「医療機関は検査や投薬をすればするほど収入は増えるため、必要のない診療行為をする例も目立つ」
果たしてこのようなことを考えている医師は本当に存在するのでしょうか。言うまでもなく、医師は患者さんのために存在するのであって、常に患者さんにとって最善の方法を考えながら治療をおこなっています。検査や投薬は患者さんの利益になるからこそおこなうのであって、それは医療機関のためのものではありません。
しかし、先に述べた大手新聞の記事にみてとれるように、この点はあまり理解されていないのかもしれません。
昨今、病院を株式会社にしようとする議論が浮上していますが、私を含めてほとんどの医師が反対する理由はここにあります。医療機関は患者さんのためのものであって、株主のものとなるようなことは絶対に避けなければなりません。アメリカでは医療機関にも市場原理を取り入れて株式会社化している病院が増えているようですが、株式化して治療成績や患者満足度が低下している施設が少なくないと聞きます。
もしも病院が株主のものであれば、不必要な事例に対してまで高額な検査や投薬がおこなわれることになりかねません。そんなことは絶対にあってはならないのです。
さて、冒頭で紹介した先輩医師は、患者ゼロを目標にすべき理由としてもうひとつの例を話してくれました。まとめると次のようになります。
予防をしていないことが原因で病院に来ざるを得ないような患者さんも少なくない。糖尿病や高脂血症といった生活習慣病がその典型で、日頃から食事や運動に取り組んでいれば病気になることを防げたと思われる人があまりにも多く、そのような人たちに対しては健康なときから予防の大切さを理解してもらうのも医師の仕事である。
これもまさに正論であり異論はありません。私は常日頃から患者さんに、「最低でも年に一度は健康診断を受けるようにしてください」と言っています。特に生活習慣病は早期発見が大切だからです。
生活習慣病の他にも早期発見・早期治療が大切な病気はいくらでもあります。
もう少し早く来てくれたらごく軽い薬だけで済んだのに結果として強い薬を使わざるを得なくなった事例や、点滴に通ってもらわなければならなくなってしまったケースもあります。
心の病でも同じです。早めに来てくれれば対処方法があったかもしれないのに、症状が進行し、仕事を辞めてから初めて受診する人や、なかには自殺未遂の後にようやく受診された人もいます。
一方では些細なことを過剰に心配する人がいて、その一方ではなかなか医療機関にかからずに症状が進行するまで放っておく人もいるのが現実なのです。
都心に住む人たちのなかには(地方でも同じかもしれませんが)、健康診断を何年も受けていない、という人が少なくありません。大きな企業に勤めていなければ健康診断の機会がないのかもしれませんが、健康診断くらいならたいていのクリニックで実施できます。
また、健康診断の機会を待たなくとも、気になる症状があれば気軽にクリニックで相談すればいいのです。過剰に心配して不必要な通院を繰り返す前に、その症状に対する適切な検査と(必要なら)治療をおこなえば、無駄な時間と無駄なお金を費やさずにすみます。
「患者数ゼロ」という究極の理想には届かなくても、私自身は当面の目標を「患者さんの通院を最小限に」としています。
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