メディカルエッセイ
47 美しい身体をつくるには 2006/12/21
メタボリック・シンドロームという言葉が定着してきたからなのか、健康診断を受ける人が増えてきたからなのか、最近では30代で生活習慣病に罹患している人、もしくは放っておけば罹患するであろう、いわゆる”予備軍”の人を診察する機会が増えてきています。
生活習慣病には、糖尿病、高血圧、高脂血症、高尿酸血症、・・・・、といろいろありますが、こういった疾患に罹っている、もしくはその予備軍の人たちに共通している点は「肥満」です。メタボリック・シンドロームの診断基準にあるように、特にウエストラインの太さが目立つ人が多い印象があります。
「肥満」になれば、生活習慣病のリスクが高まるだけでなく(「肥満」そのものが生活習慣病だとする考え方もあります)、自身のボディイメージが損なわれますから、肥満に悩む多くの人たちは「ヤセル」ことを目標としているようですが、なかなかこの「ヤセル」ということは簡単ではないようです。
世間では、様々なダイエット方法が氾濫し、痩身効果をうたった器具が次々と開発されていますが、なかなか劇的な効果の得られるものは多くないようです。こういったものは有効性が怪しいどころか、危険性の伴うものも少なくなく、医師などの専門家の指導のもとでおこなわなければ大変危ないと思われるのですが、それでも世間の関心はとどまることがありません。
しかしながら、あらためて言うまでもなく、ヤセルのに最も効果的なのは「食事」と「運動」です。このふたつをないがしろにしていれば、どれだけ痩身効果をうたった高価な器具を使ったところでそれほど効果は得られません。
「食事」について言えば、あきらかに現代日本の食生活は「過食」です。その人の生活環境にもよりますが、事務職に従事している人であれば、一日に必要なエネルギー量は男性であれば2,000キロカロリー前後、女性なら1,600から1,800キロカロリー程度で充分でしょう。
しかし、例えば食堂やレストランで、ランチセットなどとして組まれているもののなかには、一食で1,000キロカロリーを超えているものが少なくありません。昼食がメインであればまだいいかもしれませんが、夕食にも同じようなもの、あるいはそれ以上のものを食べ、さらにおやつまで食べていれば一日の摂取カロリーは軽く3,000キロカロリーを超えてしまいます。これでは肥満になるのは時間の問題です。
それに、日本人の体質は高脂肪食を日常的に摂取するようにはできていません。もともと高蛋白・低脂肪の食生活に適した遺伝子を日本人は持っているはずですから、欧米型の食事を導入すれば、一気に肥満となり生活習慣病を発症するのは時間の問題です。
そして、これは日本に限ったことではなく、例えばフィリピンの一部では、西洋の食文化が入ったために以前は肥満などなかったのに、現在では住民の過半数が肥満に悩んでいるという地域もあります。最近、タイでも食生活の変化から肥満児が増えており、行政が伝統的なタイ料理を食べるように呼びかけています。
とは言え、カロリーの高いものは美味しいものが多いですから、ついつい食べ過ぎてしまう人の気持ちが分からないわけではありません。医師という仕事をしていれば、とにかく時間がなくて食事の時間を捻出するのに苦労を強いられますから、私の場合、できるだけカロリーの高いものを食べられるときに食べるようにしていますが、これは世間からみると例外的なことでしょう。もしも、私も昼食時と夕食時にある程度の時間が確保できるなら、過食によって肥満となるかもしれません。
「運動」はその重要性をほとんどの人が認識しているでしょうが、時間を決めてエクササイズに通ったり、ジョギングを規則的におこなったりしている人はそれほど多くないのかもしれません。おそらく現代の日本人のライフスタイルでは、よほど大きな決心をして運動の時間を確保しない限り、規則的な運動というのは相当むつかしいのでしょう。
しかしながら、「食事」と「運動」を適切におこなうことによって、「肥満」のない身体、そして美しい身体をつくることは、本当は誰にでもできることなのです。「あたしは太る体質だから仕方がないの・・・」という人がいて、確かに太りやすい太りにくいというのは体質(遺伝子)によってある程度は規定されていることが分かっていますが、それがすべてではありません。日本人もフィリピン人もタイ人も少し前までは、肥満に悩む人などほとんどいなかったのですから。
私はこのことを以前、タイのイサーン(東北)地方で実感したことがあります。タイという国は、地域によって文化が大きく異なり、イサーン地方の奥地ではバンコクなどとは食生活がまったく異なり、西洋食が存在しません。コンビニもほとんどなく、日本人が日頃食べているようなお菓子も入手できません。
私はその地域に5日間ほど滞在しましたが、年齢・性別を問わず、太っている人をひとりも見かけませんでした。太っているどころか、男女とも非常に美しいプロポーションをしているのです。
男性であれば、肩幅が広く、腹筋が割れており、重いものを平気で片手で持ち上げます。私は、家をつくっている現場で仕事を手伝わせてもらったことがあるのですが、彼らはいとも簡単に50キロのセメントを片手で運んでいました。あまりにも簡単そうに運んでいるので私も手伝わせてもらったのですが、私の体力では片手では不可能で、結局私だけが両手で運ぶことになりました。彼らには無駄な脂肪がついていないどころか、無駄な筋肉もついていません。
女性の場合も、ウエストに余分なぜい肉が付いている人などひとりもおらず、全員が美しい手足をしています。しかし、無理なダイエットでやせた身体ではなくて、筋肉はしっかりとついており、少々の力仕事ならなんなくこなしています。彼女たちは家をつくるといった肉体労働はあまりおこないませんが、日頃から魚や(食用の)カエルを捕ったり、農作業に従事したりしているためにバランスよく運動ができているのでしょう。
イサーン地方では食事にも驚かされます。主食はもち米で、魚を醗酵させてつくった味噌のようなものにつけて食べます。あとはキノコや野菜、アリの卵や昆虫がメインです。肉や魚はないわけではありませんが、それほど食卓には乗らず、肉についてはホルモン(内蔵)がほとんどで、日本人が好んで食べるような部分の肉はほとんど口にしません。
さらに驚くのは”おやつ”です。彼(女)らがおやつに食べるのは、昆虫か果物のどちらかなのです。その地域のある女性はこう話していました。
「あたしは以前バンコクに住んでいたことがあるけど、コンビニにはほとんど行ったことがないわ。バンコクでも屋台で昆虫や果物は買えるんだもの。昆虫や果物の方が安くて美味しいんだから、あたしたちにはコンビニは不要なのよ」
この食生活は栄養学的にみて抜群です。主食は米で、野菜やキノコと少量の肉や魚がおかずとなっており、醗酵した魚でアミノ酸や乳酸菌を摂取し、昆虫と果物でビタミンとミネラルがバランスよく効果的に取れています。
つまり、イサーン人がほとんど例外なく美しい身体を保持しているのは、彼(女)らの特有の遺伝子がそうさせているのではなくて、合理的な食生活と運動(仕事)をしているからなのです。
日本人もイサーン人と同じような食生活と運動を・・・、というのは非現実的ですが、彼(女)らの美しい身体とイサーンの文化をときどき想像するようにすれば、あるいは昔の日本の文化を思い出せば、今自身が何をすべきかについてのヒントが得られるのではないでしょうか。
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