メディカルエッセイ
第5回(2004年6月) 66歳の研修医
私のところに寄せられる読者からの質問のひとつに、「私は○○歳ですが医学部受験は大丈夫でしょうか」というものがあります。この質問は非常に多く、そのためすべてのお問い合わせに返答できていません。そこで、この場でこの質問にお答えしたいと思います。
先日今年(2004年)の医師国家試験の合格者が発表されました。8,439中7,457人が合格し、合格率は88.4%で、3年ぶりに9割を下回りました。最高年齢合格者は54歳でした。ちなみに昨年の最高年齢合格者は66歳でした。
「私は○○歳ですが、・・・」という質問をされる方のメールをよく読んでみると、その懸念を3つに分類することができます。
まず1つめは、「○○歳で医学部入学が可能か」という点です。2つめは、「○○歳で医学部の授業についていけるか」という点です。そして3つめは、「○○歳で研修医となるのに問題はないか」という点です。
これらをひとつずつみていきましょう。
まず1つめの「○○歳で医学部入学が可能か」という点について。66歳で医師国家試験に合格した人は、いくら若くても50代で医学部に入学したはずです。したがって、「医学部受験を考えている人が50代以下であれば問題ありません」ということになりますが、この質問をもう少し踏み込んで考えてみると、「○○歳で受験すると(現役生に比べて)不利になる大学はあるのか」ということになると思います。これについてお答えするのはちょっとむつかしいかもしれません。実際に現役生の比率が圧倒的に多く、再受験生があまりいない大学もあって、そういう大学では再受験生が不利になっている可能性が否定できないからです。
私の場合は、医学部受験の前に、受験する大学の学生に再受験生がいるかどうかについて事前に調べました。この方法についても質問されることがありますので説明しておきましょう。実際にその大学に足を運んで聞いてみればいいのです。再受験生の割合や合格者最高年齢のデータを揃えている大学は少ないかもしれませんが、「他の大学を卒業してから来る人もいるよー」とか「30代の一年生もいるみたいよー」とかいうような情報は事務員に教えてもらえると思います。もしも「非公開です」と言われれば、キャンパスで暇そうにしている医学生に聞いてみればいいのです。
次に2つめの「○○歳で医学部の授業についていけるか」という質問について。これはその人がどれだけ医学に興味を持っているか、どれだけ情熱をもって医者を目指しているかという点によります。私の場合で言えば、受験を決意したときからどうしても医学を学びたいという意思がありましたから、結果的に言えば、たしかにかなりしんどかったのは事実ですが、6年間を通して楽しく学べました。少なくとも私が経験した関西学院大学理学部の1、2年生での勉強よりは遥かにおもしろかったですし、社会人時代に経験した難題よりはくらべものにならないくらい楽しかったです。
社会に出られた経験のある方にはこう言えばお分かりいただけると思います。すなわち、「実社会で経験する困難さに比べれば医学部の6年間でやらなければならないことなど何でもない」と。
最後に3つめの質問、「○○歳で研修医となるのに問題はないか」という点について。結論から言えば、「問題はないかどうかはその研修医による」ということになります。
そもそも「○○歳で研修医・・・」という不安は、年齢が原因となる人間関係のことを言っているのだと思います。つまり、いろんなことを教わらなければならない研修医という身分の存在が、あまり年をとりすぎていたら教わりにくいのではないか、あるいは教える方がやりにくいのではないか、という問題だと思います。
けれども、これは実社会ではよくあることで、日本の会社ではだいたいどこも年齢ではなく、その会社、あるいはその業界でのキャリアで上下関係が決まります。
例えば、私が以前会社員をしていた商社では、新入社員の大半は、大学を卒業した直後の人間でした。けれども毎年30代の転職して入社する人も数人はいました。彼(女)らは、例えば20代後半の中堅よりも年齢は上だけれどもキャリアは下なわけです。 上手く順応する人であれば、自分の方が年齢は上であっても、「年下の先輩」に指導を受けて、もちろん敬語を使って接するわけです。また、教える方も、「年上の後輩」に、最初は多少の敬語は使うこともあるでしょうが、基本的には自分の方が先輩なんだから、先輩らしく「年上の後輩」の指導にあたります。こういった光景は別段珍しいものではありません。
もうひとつ例をあげましょう。
私は、20歳のとき、しばらくアルバイトでディスコのウェイターをしていました。この世界、いわゆる水商売の世界は上下関係がかなり厳しいのが普通です。少しでもミスをすればペンやフォークなどが飛んできますし、言葉づかいは絶対です。中途半端な敬語を使おうものなら容赦なく手や足が出てきます。そしてこの世界でももちろん、上下関係は年齢ではなくキャリアで決まります。それも一日でもキャリアが上であれば絶対的な先輩となるわけです。
私は当時20歳でしたが、中卒と同時にこの世界に入った2年目の先輩はまだ17歳でした。逆に私より後に入った30歳の後輩もいました。17歳の先輩からみれば私は「20歳の後輩」となるわけですが、容赦なく厳しい指導をしていただきました。その逆に20歳の私からみた「30歳の後輩」にも容赦なく厳しい指導をしました。
そういう社会が苦手という人もいるかもしれませんが、仕事とは厳しいものなのです。その代わりというわけではありませんが、厳しさの裏側にはいろいろな楽しいこともあります。厳しい分だけ人間関係も強固なものになることもよくあるのです。
ただ、心配しなくても、医師の世界では手や足が容赦なく出てくるということはありませんし、例えば人間性を否定するような厳しい言葉を浴びせられることもありません。私の知る限り、看護師の世界の方がよっぽど厳しい上下関係があります。
話を元に戻しましょう。たしかに研修医の多くは20代半ばであり、私のように33歳の研修医というのは少数派でした。40代、50代の研修医はさらに少なく、66歳の研修医となると相当珍しいわけです。
けれども、私はその「年齢」から不利益を被ったことは一度もありませんし、おそらく40代、50代の人たちも、彼(女)らがまともな社会常識を有している限り、20代の研修医と同様の研修が受けられるものと思います。
教える方、例えば指導医や看護師、その他のスタッフの方に抵抗があるのでは、いう意見もあるでしょう。しかしながら、彼(女)らとて立派な社会人のはずです。20代の研修医には丁寧に指導するけれど、40代の研修医にはいい加減に教える、なんてことはしないはずです。絶対にそんな人間がいないとは言い切れませんが、どんな世界にも良識のある人間は必ずいますから、そういう良識というか常識のある人たちから教わればいいわけです。
「○○歳で研修医となるには・・・」という疑問が浮かんだときには、あらためて社会常識というものを振り返ってみてはどうでしょうか。
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