メディカルエッセイ
第148回(2015年5月) 高齢の研修医はなぜ嫌われるのか
一般のマスコミではあまり取り上げられていませんが、医師が見るインターネットのニュースサイトでは、今年(2015年)医師国家試験に合格し、現在青森県の病院で研修を受けている60歳の研修医が話題となっています。
この手のサイトでは、ニュースを閲覧したユーザーが意見を投稿できます。他の医師の意見を見てみようかな、と思って私がまず驚いたのは投稿の多さです。あるサイトではこのニュースが公開されてから1週間もたたないうちに200件以上の医師からのコメントが寄せられていました。それだけ「高齢の研修医」は医師から注目されているということです。
次に驚いたのは大半の医師の意見が辛辣であることです。つまり、多くの医師は「高齢の研修医」に否定的なのです。代表的な意見を紹介したいと思いますが、過去に同じようなテーマでコラムを書いたことがあり(「メディカルエッセイ」第19回(2005年7月)「「年齢が理由で医学部不合格」は妥当か」)、このときにまとめたものと今回のニュースに投稿を寄せた医師たちの意見もほぼ同じものであり、このことにも驚かされました。
そのコラムでも紹介した高齢研修医(高齢医学部生)に対する否定的な意見は下記の4つに分類できます。
①高齢者が医学部合格を果たして卒業したとしても、一人前の医師として働ける期間は長くない。これは税金の無駄遣いである。
②医師は他の職業よりも体力と知力が要求される。体力が衰えて記憶力の鈍った高齢者に適切な医療はできない。
③高齢の研修医は、年下の指導医や看護師などが指導をおこないにくく迷惑である。
④高齢者が医学部に入学することによって、若い受験生がひとり不合格になる。この若い受験生が気の毒である。
これらひとつひとつがいかに的を外した馬鹿げた意見かということを、そのときのコラムで述べました。その意見を述べたのは2005年ですから今から10年前になりますが、興味深いことに、今回の青森県の研修医に対する辛辣な医師のコメントも、またそういったコメントに対する私の反論もまったく同じです。
まったく同じなら、今回のコラムを書く意味もないかと初めは考えたのですが、前回書いてから10年が経過していることと、もしも現役医師の否定的な意見を聞いて、医学部受験を躊躇する高齢の(何歳からが高齢かはわかりませんが)受験生がでてきたり、高齢の研修医が自分たちを否定的に感じるようなことがあったりしてはならないと考えたことから、今回のコラムを書くことにしました。
まず医学部というところは医学を学ぶところであり、将来医師になり国民に貢献することを入学時点で義務づけられているわけではありません。防衛医大や自治医大は卒業後一定の年数は与えられた職務に従事しなければなりませんがこれらは例外的な学校です。
「学問の自由」は憲法で保証されている国民の権利です。ちなみに私は医学部入学時には医師になる気持ちはなく、自分の取り組みたい研究をするのに医学の知識が必要と考えていたというのが医学部志望動機です。面接の際、これを話しましたが、それで落とされるということはありませんでした。
高齢研修医否定派の医師がよくいうセリフに「税金の無駄遣い」というのがあります(上記①参照)。医師のなかには、いったん医師になってから他の道を選択する者も数は少ないですがいないわけではありません。高齢研修医否定派の医師たちは、そのような医師以外の道を進む者にも同じように「税金の無駄使い」と言うのでしょうか。そもそも、高齢研修医否定派の医師は、自分は税金を無駄遣いしないために日々の医療をおこなっている、と本気で考えているのでしょうか。
「税金の無駄遣い」という理由は、私には「とってつけたつまらない正論」を振りかざしているだけにみえます。
③について述べましょう。以前コラムを書いたのは2005年で、当時の私は自分より年下の指導医に教えてもらう立場でした。私は「年下の先輩」と接しにくいと感じたことは一度もありませんし、「年下の先輩」が私に教えにくいと感じていたこともないと思います。(これは私が鈍感で気付いていなかっただけかもしれませんが・・・)
それから10年がたち、私が自分より年上の研修医と接する機会が何度かありました。また私より年上で経験の少ない看護師はたくさんいます。(マンスリーレポート2014年10月号「「社会人ナース」という選択」参照)
私がそういった自分より年上の研修医や看護師にどのように接するかというと、現役で入学した研修医や看護師とまったく同じです。医療の現場ですから、あまり乱暴な言葉は使わず、基本的には丁寧語を使うようにしていますが、これは年下の研修医や看護師に対しても私は原則として丁寧語を用いるようにしていますから言葉使いも変わるわけではありません。
以前のコラムに書きましたが、私は19歳から20歳の頃アルバイトでいわゆる水商売をしていたことがあります。今は分かりませんが昭和時代の水商売というのは大変厳しいもので、先輩からは蹴られたり物を投げられたりということが日常茶飯事でした。中学を出て間もない17歳の少年(とはいえこの世界で頭角を現す者は立派な成人にみえます)が、うだつのあがらない(失礼!)30代の”おじさん”をぼろくそに言い、蹴り倒すような場面もあるわけです。
水商売は極端だとしても、大人の世界では年齢ではなくキャリア、そして実力が重要なわけです。これは賭けてもいいですが、年上の研修医を指導しにくいと言う医師は、アルバイトなどを含めて社会経験の乏しい医師に違いありません。
高齢の医学部生、高齢の研修医が「有利」なことをいくつか述べたいと思います。
まず、高齢の医学生は勉強に専念できます。これはおそらくどこの医学部・看護学校でも同じだと思いますが、いったん社会に出てから勉強しにきた学生は前の方に座り熱心に講義を聴きます。そして、若者特有の”悩み”に煩わされることもありません。
例えば、人生の目的や意味が分からなくなり勉強に疑問を持つとか、周りが見えなくなり学校がどうでもよくなるほど恋愛に深く溺れるとか、そういったことはないわけです。もっとも、そういった経験は若いうちにはやっておいた方がいいわけで、このような経験は医師になってからも役立ちます。ですから、そういった経験を経ている(とは限らないかもしれませんが)高齢の医学部生の方が勉強に専念できるだけでなく、将来役に立つかもしれない豊富な人生経験があるという意味で有利なのです。
研修医となると、社会人経験がある方が有利なのは明らかです。現役で医学部に入学しそのまま医師になった研修医は、患者さんとのコミュニケーションにしばしば苦労します。その点、社会人を経験していれば、患者さんが、医療不信を持っている人であろうが、九九が言えないような勉強とは縁がない人であろうが、やたら偉そうにする官僚や大企業の重役であろうが、あるいは反社会的な人物や反社会的な組織の構成員であろうが、患者さんがどのような人であったとしても、少なくとも社会経験のない若い医師よりはコミュニケーションを取ることに抵抗はないはずです。(とはいえ、そういう私自身も反社会勢力の人と話すのは好きではありませんが・・・)
最後に、高齢の研修医が「不利」なことを述べます。それは、これまで述べてきたように高齢の研修医を否定的に捉えている医師の方が残念ながら多く指導が不充分となる可能性があるということです。しかし、これまでの社会経験のなかにはそんなことよりも遙かに大変なことや理不尽なことがいくらでもあったはずです。
高齢の研修医に否定的な「年下の先輩医師」に遭遇したときは、その医師の人生観を変えるほど影響を与えられるような立派な医師になることを目標とすればいいのです。
参考:
メディカルエッセイ第19回(2005年7月)「「年齢が理由で医学部不合格」は妥当か」
メディカルエッセイ第5回(2004年6月)「66歳の研修医」
マンスリーレポート2014年10月号「「社会人ナース」という選択」
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