マンスリーレポート
2014年12月号 「総合」なるものの魅力(中編)
前回は、私が研修医1年目のときに訪れたタイのエイズホスピスで、ボランティアに来ていたGP(総合診療医)のベルギー人医師から「総合診療」の魅力を感じ取ったこと、研修期間を終えてから再びエイズホスピスに訪問し、そのときにボランティアをしていたアメリカ人のGP(総合診療医)からも多くのことを学んだこと、帰国後に大学の総合診療科の門を叩き、複数の医療機関の複数の科で勉強させてもらうようになったこと、などを述べました。
その後自分はどのような道を歩むべきなのかについては随分と悩みました。流れに身をまかせるなら、そのまま大学病院に勤務するという道になりますが、この選択肢は比較的早い段階で消しました。
というのは、大学の総合診療科の外来には、たしかに「どこの科に行っていいか分からない・・・」とか「これまでいくつもの病院を受診したけど診断がつかなくて・・・」といった患者さんも来られ、このような患者さんの診察に私はやりがいを感じますが、多くは診断がつけばそれで終わりになり「この次からは近くの診療所を受診してください」となります。これが大学病院のあるべき姿ですから仕方がないのですが、私としては「気になることがあればまたいつでも相談してくださいね」という医師でありたいのです。
再びタイに渡航してタイのエイズホスピスでボランティアを続ける、という選択肢も現実的でないという気持ちが強くなってきました。ボランティアを続けるにはどこかでお金を稼がなければなりません。例えば、日本の病院で何ヶ月か働いて、お金が貯まれば再びタイに、という方法はできなくはありませんが、こういう働き方であれば深夜や土日の救急外来のアルバイトや健康診断のアルバイトで稼ぐことになり、このようなことだけをやっていると自分の勉強にはあまりならずに医師として成長できません。医師としてまだまだ勉強しなければならないことがあるのに、このような働き方をしてしまうと結果として患者さんに貢献できなくなります。
そこで私が最終的に下した結論は、大学に籍を置きながら自分自身のクリニックを開設する、という方法です。この方法なら継続して患者さんを診ることができて「気になることがあればいつでも相談してくださいね」という医療を実践することができます。国内(外)の学会や研究会に参加することもできますし、大学での仕事も続けられますし、研修医や学生をクリニックに招いて研修を受けてもらうこともできます。タイのエイズ患者さんの支援については、年に1回はタイに渡航し、患者さんの直接支援は困難になりますが、エイズ孤児やHIV陽性の人たちをケアしている組織や施設、地域社会を支援することならできます。
今の私の生活は丸1日休める日は年に10日程度しかありませんし、朝7時前にはクリニックで仕事を開始し、クリニックを出ることができるのは午後9時前後、遅ければ10時を回ります。昼休みもカルテ記載などで休憩時間は食事の時間を入れて20分程度しかありません。労働時間だけをみると明らかに「過重労働」で、身体的にも精神的にもストレスを感じているのは事実ですが、それでも「やりがい」を感じることができています。医学生や研修医から「プライマリ・ケア(総合診療)の醍醐味は何ですか?」と聞かれると、「患者さんからどんなことでも相談を受ける、患者さんから最も近い医者であること」と答えています。
総合診療が好きでないという医師からよく聞くセリフに「何でも診るということは結局何も診ないことと同じ」というものがあります。たしかに総合診療医は、大きな手術はしませんし、心臓カテーテル検査もおこないません。分娩をおこなうこともありませんし、虫歯の治療もしなければコンタクトレンズの処方もしません。
では「何も診ていない」のかと言えばもちろんそんなわけはなくて、受診された患者さんの95%くらいは治療をおこなうことができます。この数字は世界どこでも共通しているようで、現在太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する患者さんに対して、専門病院を受診するよう助言し紹介状を作成するのは全体の5%未満です。しかも紹介状を書けばそれで終わり、というわけではなく専門的な検査や治療が終われば大半の患者さんは再び戻ってこられます。
ただし、コモンディジーズ(よくある病気)については、可能な限り自分が診るべきだ、という考えはありますから、谷口医院(当時は「すてらめいとクリニック」)を開院した当時は、簡単な皮膚の手術はしていましたし、時間をとったカウンセリングもおこなっていました。また、結局実施することはありませんでしたが、関節疾患に対する関節内注射や骨折に対するギプス固定、小児のアレルギー検査などもおこなう予定をしていました。(さすがに分娩や中絶手術は初めから考えていませんでした。しかし、離島や僻地などでは総合診療医がこれらもおこなっています)
ところが、実際にクリニックを始めてみて「現実」を思い知ることになります。最も問題となったのは「時間」です。ギプス固定や手術、カウンセリングなどはそれなりに時間がかかり、また看護師や他のスタッフの人手も必要になります。結局、医師ひとりのクリニックでできることは限られているという現実を思い知らされ、次第に診療内容を狭めていくことになりました。
ただ、よく考えてみると、普段当院を受診している人が明らかな骨折をすればまず当院を受診するよりも初めから救急対応をしてくれる医療機関を受診した方が早いですし、谷口医院のように都心部に位置したクリニックであれば周囲に専門機関がありますから、例えばカウンセリングが必要な症例はそちらにお願いするのが現実的です。手術については、皮膚のできものを取る程度のものや巻き爪の手術は開院当初は実施していましたが、そのうちにすべての手術症例を近くの外科対応してくれる病院にお願いするようになりました。
現在の谷口医院は「どんなことでも相談してください」というスタンスは崩していませんが、受診される患者さんの層にはいくらかの特徴があります。大半の患者さんは働く若い世代であり、小児や高齢者はあまり多くありません。総合診療医の多くは在宅医療や看取りまでしていますが、谷口医院ではこれらに対応していません。
谷口医院で多い疾患は、まず風邪や胃腸炎、膀胱炎などの急性感染症、ついで喘息やアトピー性皮膚炎、花粉症などのアレルギー疾患、その次が生活習慣病になるでしょうか。ただし、「高血圧などの生活習慣病があって、それに花粉症もあって、そられは落ち着いているけど今日は風邪で受診」といった人が多く、むしろ何かひとつの疾患単独で受診している人の方が少ないと言えます。長引く倦怠感、原因不明の熱、不眠や不安、抑うつ状態といったことで受診される患者さんは開院以来常に多く、HIVを含む性感染症の治療や感染したかもしれないので相談に来た、という人も少なくありません。
総合診療医の対局にあるのが「専門医」であり、現在の医療はより専門的な知識や技術が要求されますから専門医は絶対に必要です。例えば、私はこの夏(2014年8月)に自身の変形性頚椎症に対して手術(全身麻酔下観血的後方除圧及び椎弓形成術)を受けましたが、これは極めて高度な手術であり、執刀してくれた先生はこの道一筋の名医です。椎弓形成に必要な人工骨を自ら開発されているような先生ですから専門医のなかの専門医です。
総合診療医と専門医は対極の関係にあるということができます。しかし、総合診療医は総合診療の「専門医」という考え方もあり、この考え方も間違ってはいないと思います。実際、2017年から始まる新しい専門医制度では「総合診療専門医」というものをつくることが決まっています。
この話を聞いたとき、つまり、総合診療医は専門医か専門医の対極なのかという議論になるとき、私はある<懐かしい記憶>を思い出しました。そしてもうひとつ。総合診療医のように「どんなことも診るべき」と考える医師と、「専門分野だけを診たい」と考える医師がいるのがなぜなのかについて、私は最近新聞に掲載されたあるコラムをみて、なるほど、と思いました。次回はそのあたりについてお話いたします。(<懐かしい記憶>については今回述べる予定でしたが、字数がオーバーしてしまいましたので次回に回すことにしました)
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