メディカルエッセイ

55 「ダイエットに報奨金」の意味するもの 2007/8/22

先日、イタリア北部のバラッロ・セシアという町で、ダイエットに成功した住民に報奨金が贈られる、という制度が導入されました。

 この制度では、1ヶ月で、男性なら4キロ、女性であれば3キロの減量に成功すれば、50ユーロ(約8千円)の賞金がもらえます。さらに、5ヶ月後にその体重を維持していれば、100ユーロ(約1万6千円)の賞金が交付されます。

 人口約7,400人のこの町では肥満が深刻化しており、町長自らがこの制度を提案したそうです。当初の予算は1万ユーロ(約160万円)です。

 この地域では、すでに多くの住民が医師や薬局で「肥満証明書」を発行してもらい、「肥満」の登録をおこなっているようです。

 イタリアでは人口のおよそ1割に相当する500万人が肥満と言われており、トゥルコ保健相は、この制度を「革新的で前向きな自治体の施策」とたたえ、「結果次第で国として導入できるかもしれない」とコメントしているそうです。

 この制度が大変有益なのは、住民と行政の双方にメリットがあるからです。住民側からすれば、健康で美しい身体を手に入れることができる上にボーナスまでもらえます。ボーナスを励みにダイエットをおこなえば成功しやすいかもしれません。

 一方、行政側からみれば、住民の肥満を減らせばそれだけ病気が減り、医療費の削減が期待できます。

 「肥満は万病の元」と呼ばれるように、肥満はほとんどの生活習慣病の原因です。メタボリック・シンドロームの診断基準に肥満が含まれていますし、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症などは、初期の段階で肥満の改善を図れば薬に頼らなくてもすみます。

 こういった病気が進行すると、いずれ心筋梗塞や脳梗塞がおこることになります。突然心筋梗塞が起こった場合は急死することもありますし、命が助かったとしてもその後の人生はたくさんの薬を飲み続けることになり、また定期的な検査も必要になりますから、医療にかなりの時間とお金をとられます。

 ときどき「好きなものを食べまくって心筋梗塞でそのまま逝ってしまえば苦痛も少なくて幸せ」と言う人がいますが、肥満の結果が心筋梗塞になるとは限りません。動脈硬化が進行し、脳梗塞を患った場合、若くして「寝たきり」となることもあります。こうなれば、その後の何十年の人生を「寝たきり」で過ごすことになります。

 肥満を放置し糖尿病になった場合、その後の人生は大きく変わります。目が障害され視力を奪われ、足が腐り切断を余儀なくされ、腎臓が破壊され人工透析を強いられます。週に何度も透析を受けるために通院しなければなりませんから、病院が生活の中心になります。

 このような「肥満の成れの果て」は、患者当事者からみれば、できるだけ、というよりなんとしても避けたいものですが、行政側からみても同じです。例に示した、心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病からの人工透析などは、ひとりあたりの年間の医療費が数百万円になります。入院を繰り返せば1千万円を軽く越えるでしょう。

 さて、報奨金目当てにダイエットをおこなう人で実際に成功するのはどれくらいの割合でしょうか。もちろん、誰もが成功するような課題であればこのような制度は誕生しませんから、「肥満」の登録をおこなった住民が全員報奨金を手にするということはないでしょう。ダイエットとはそんなに容易なものではないからです。

 つまり、行政が報奨金を出してさえも成功しない人は少なくない・・・、これがダイエットの真実なのです。

 すてらめいとクリニックに通院されている患者さんのなかにもダイエットに取り組んでいる人は少なくありません。なかには、1ヶ月で7キロの減量に成功した人もいれば、数ヶ月たってもまったく進展のない人もいます。

 すてらめいとクリニックでは、効果的な減量ができるような薬剤(主に漢方薬)を患者さんの特性をみながら処方していますが、これは食事療法と運動療法の双方をしっかりとおこなってもらうのが前提です。食事と運動の重要性をないがしろにして「ヤセル薬」に頼ろうとしても結果は目に見えています。ダイエットに「王道」はない、というわけです。

 薬剤に詳しい人なら、マジンドールやシブトラミンがあるじゃないか、と思われるかもしれません。これらはいずれも食欲抑制剤で肥満の治療に使われることのある薬剤です。マジンドールは日本でも極めて高度な肥満症の場合には保険適用があります。しかし、使用は長くても3ヶ月までと決められていますし、副作用の少ない薬剤ではありません。シブトラミンは日本では取り扱われていませんが、インターネットで海外から比較的簡単に入手できます。

 こういった薬剤の危険性はこのウェブサイトでも何度か指摘してきましたが、実際、個人輸入の結果、死亡にいたったというケースは少なくありません。おおざっぱに言ってしまえば、食欲抑制剤というのは覚醒剤に近いようなものです。覚醒剤をキメれば食欲がなくなりますから若い女性が覚醒剤にハマる理由のひとつがダイエットです。(日本では以前は覚醒剤(ヒロポン)が合法でしたが、その効果・効能に「痩身」と書かれていたことを思い出しましょう)

 先日、知人から興味深い体験談を聞きました。その知人の知人(主婦)がアルバイトをしたそうなのですが、その内容は「3ヶ月で10キロ太れば10万円」というものです。しかもアルバイト先の会社に行くのは初めの日と3ヵ月後の2回だけで、あとは家でテレビをみながら好きなものを食べるだけだそうです。

 このいかがわしいアルバイトのカラクリは次のようなものです。太りだす前の写真と太ってからの写真を撮影します。そしてそれら2枚の写真は週刊誌のダイエット製品の広告に載せられます。

 もちろん、ダイエット製品使用前が3ヵ月後の10キロ太った写真、使用後が太りだす前のやせているときの写真です。