メディカルエッセイ

第97回(2011年2月) 鎮痛剤を上手に使う方法

 一生の間に一度も鎮痛剤(痛み止め)のお世話にならない人はそう多くはないでしょう。太融寺町谷口医院にも、頭痛、生理痛、関節痛などで鎮痛剤を求めて受診される方は少なくありません。私自身も2002年に交通事故で首を痛め、その後しばらくは数種類の鎮痛剤に頼っていたことがあります。

 2011年1月21日、第一三共ヘルスケアは「ロキソニンS」という解熱鎮痛薬を発売しました。「ロキソニン」という同じ薬効の薬がありますが、これは医療機関で処方されるものです。ロキソニンSは薬局で買える「スイッチOTC薬」として発売されたのです。スイッチOTC薬とは、これまでは医師の判断でしか使用できなかった医薬品が、薬局で買えるようになったもののことをいいます。(OTCとはover the counterの略です)

 ロキソニンは医療機関で最も処方されることの多い解熱鎮痛剤の1つです。ですから、ロキソニンを処方してもらうことのみを目的として受診される患者さんも少なくないのですが、これからは医療機関で長時間待たされなくても、薬局で簡単に買えるようになったのでこれは歓迎されるべきことです。

 では、頭痛、生理痛などが起こったら直ちに薬局に行って「ロキソニンSをください!」と言えばいいのか、というとそこまで単純に考えるべきではありません。

 まず、ロキソニンの副作用に注意しなければなりません。ロキソニンは薬理学的な分類では、非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs、以下NSAIDs)に入ります。NSAIDsの副作用で最も頻度が高いのが「胃の痛み」です。これはロキソニンを含むNSAIDsの成分が胃粘膜の微小血管を障害するためにおこります(注1)。最初は胃があれる程度ですが、進行すると潰瘍(かいよう)といって胃の粘膜がただれた状態になり、さらに進行すると胃に穴があいてしまうこともあります。

 ロキソニンを飲んで胃が痛くなる、というのは決して珍しい副作用ではなく、(正確な数字は見たことがありませんが)けっこうな割合で起こっていると思われます。最初はまったく症状がなかったけれど飲み続けているうちに胃が痛くなってきた、という人もいます。ですから、医療機関ではロキソニンを処方するときに、元々胃が弱いという人には、胃薬を同時に処方することがあります。なかには、ロキソニンの処方時にはほぼ全例胃薬を処方するという医師もいるほどです。(胃薬が必ずしも有効とは限らないのですが・・・)

 スイッチOTCとして発売されたロキソニンSは、腸で体内に吸収されてから活性型となる(効果を発揮する)いわゆるプロドラッグ製剤で、第一三共ヘルスケアのウェブサイトには「胃への負担が少ない」と書かれています。

 しかし、プロドラッグ製剤だからといって胃への負担がなくなるわけではありません。なぜなら、先に述べたようにロキソニンを含むNSAIDsは体内に吸収された後で胃粘膜の微小血管を障害するからです(注1も参照ください)。そもそも医療機関で処方される従来のロキソニンもプロドラッグでありますから、ロキソニンSとの差がどれほどのものなのかよくわかりません。

 ここは大切なポイントなのでもう1つ例をあげて確認しておきたいと思います。ときどき「鎮痛剤は胃に負担がかかるから飲み薬ではなく座薬を使えばいい」と考えている人がいますが、これは完全な誤りです。なぜなら、胃粘膜の微小血管を障害するのはいったん体内に吸収された後であり、座薬の場合は吸収のスピードも速く、また1回使用量が内服よりも多いのが普通ですから、むしろ飲み薬よりも胃への障害が起こりやすいのです。

 というわけで、ロキソニンSを使用するとき、あるいは使い続けるときは、「胃の痛みがでればすぐに中止しなければならない」と肝に銘じておくべきです。しかしながら、NSAIDs全体でみたときには、ロキソニンは胃への負担が少ない方です。

 ロキソニンと同じカテゴリーに入る鎮痛剤にブルフェン(注2)というものがあり、一般名称は「イブプロフェン」といいます。イブプロフェンは昔から市販の鎮痛剤や風邪薬の主成分として広く使用されています(注3)。ロキソニンはイブプロフェンよりも歴史が新しく、イブプロフェンに比べて胃への副作用が少ないと言ってもいいと思います。ということは、薬局で買える鎮痛剤としては、今後ロキソニンSがイブプロフェンにとって代わるようになることも考えられます。

 ロキソニンでも胃痛を起こす人が少なくないなら、もっと胃にやさしい鎮痛剤はないのだろうか、という疑問がでてきますが、実はロキソニンを飲む前に推薦したい解熱鎮痛剤があります。

 それはアセトアミノフェンという物質で、海外では「パラセタモール」(後述するように「タイレノール」も有名。他には「パナドール」も)という名前で多くの薬局で売られているものです。実は私も頭痛時や発熱時にはまずアセトアミノフェンを使います。アセトアミノフェンは日本の医療機関では「カロナール」という名前で処方されていますが、数多くの後発品(ジェネリック薬品)が発売されており、様々な名前のものがでています。アセトアミノフェンの最大の特徴は、胃への負担がほとんどなく胃痛は極めて起こりにくい、ということです。

 アセトアミノフェンはいくつかの風邪薬の主成分として使われていますが(注4)、単独製剤としては、(日本では「パラセタモール」という名前で販売されているものはなく)「タイレノール」という名前でジョンソン・エンド・ジョンソンから発売されています。これは私の偏見かもしれませんが、私にはこのタイレノールよりもイブプロフェンが主成分の「イブ」などの方が世間で名が通っているように感じています。イブプロフェンで副作用が出なければいいのですが、私としてはまずすすめたいのはタイレノールの方です。

 しかしタイレノールが不利、というか日本では使いにくい理由があります。それは1回使用量に制限があるということです。タイレノールは使用説明書によれば1回1錠の服用で1日3回までとなっています。日本製のタイレノールは1錠につきアセトアミノフェン300mgですから、アセトアミノフェンの量で考えれば1回300mg、1日900mgまで、となります。ちなみに、以前私がタイのチェンマイの薬局でアセトアミノフェン(パラセタモール)を購入したとき、タイでは1回600mgの内服が基本と言われました。タイ人の方が日本人よりも小柄なのにもかかわらず、です。

 実は医療機関でアセトアミノフェンを処方するときも、少量しか処方が認められていないことがネックになっていたのですが、つい最近(なぜかロキソニンSの発売と同じ2011年1月21日)、1回処方量が300~1,000mg、1日最大量4,000mgと、海外と同じ量が処方できるようになりました。薬局でタイレノールを購入して自分の判断で量を増やすことは危険ですが、医療機関での処方量が大きく改善されたことにより、今後アセトアミノフェンが使われる機会が増えることになるでしょう。

 このように、解熱鎮痛剤に関する私の基本的な考え方は、胃痛を含む副作用の観点から、ロキソニンやイブプロフェンなどのNSAIDsよりも、まずはアセトアミノフェンを使うべき(もちろん症例によっては例外も多々あります)なのですが、今後アセトアミノフェンがさらに積極的に使われるのではないか、と私が感じている理由が他にもあります。

 それは、NSAIDsの心血管系疾患に対するリスクが注目されだした、ということです。『British Medical Journal』という医学誌に最近掲載された論文(注5)によりますと、ほとんどのNSAIDsは、心血管系疾患のリスクを増大させ、逆に安全性を示すデータはほとんどありません。例えば、脳卒中では、イブプロフェン服用でリスクが3.36倍増加、ジクロフェナク(商品名は「ボルタレン」)では2.86倍増加とされています。

 私はこれからの日本の医療にはセルフメディケーションが不可欠と考えています。盲目的に医療機関を受診するのではなく、ある程度の医学知識を持ってもらって薬局で買える薬はできるだけ薬局で買うべきだと思うのです。もちろん、薬局の薬が効かないときや、副作用がでた(かもしれない)ときは直ちに医療機関を受診しなければなりませんが・・・。

 では、今回のポイントをまとめておきましょう。

1、ロキソニンSがスイッチOTCとして2011年1月21日より薬局で買えるようになった。

2、ロキソニンはNSAIDsと呼ばれる解熱鎮痛剤のなかでは胃への副作用が少ない方で、理論的にはイブプロフェンよりも安全と言える。

3、しかし胃粘膜に対する障害がないわけではなく、胃痛を放置すると潰瘍になることもある。

4、ロキソニンやイブプロフェンを含むNSAIDsは心血管疾患に対するリスクも考慮しなければならない。

5、アセトアミノフェンは胃痛が起こりにくく、心血管疾患に対するリスクも極めて小さいと考えられる。

6、アセトアミノフェンは日本の薬局では「タイレノール」という商品名で発売されているが、認められている使用量は少ない。

7、どれだけ安全と言われている薬でも、予期せぬ副作用が起こる可能性があるということを忘れてはいけない。副作用を疑えば直ちに医療機関を受診することが必要。

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注1 この機序を少し細かく解説すると、まずNSAIDsのほとんどはCOX(シクロオキシゲナーゼ)という酵素を阻害する作用があります。COXにはCOX-1とCOX-2があり(最近ではCOX-3の存在も指摘されています)、このうちCOX-1が阻害されるとPGE2(プロスタグランジン)という物質の産生が低下します。PGE2はTNF-αという物質の産生を抑制しているのですが、PGE2の産生量がCOX-1の阻害により低下すると結果としてTNF-αの産生量が増加します。TNF-αというのは血管内皮細胞を障害するために胃粘膜の微小血管が障害を受け、その結果胃粘膜に潰瘍ができるというわけです。

注2 NSAIDsを大まかに分類すると「酸性」と「塩基性」に分けることができます。「酸性」のものをさらに分類すると、サリチル酸系、フェナム系、アリール酢酸系、プロピオン酸系、ピリミジン系、オキシカム系となります。ロキソニンもブルフェン(イブプロフェン)も共にプロピオン酸系に入ります。

注3 イブプロフェンが主成分の薬局で買える薬剤は、最も有名なのが「イブ」(エスエス製薬)でしょうか。「ナロンエース」(大正製薬)、「ノーシンピュア」(アクラス)や「リングルアイビー」(佐藤製薬)も相当します。風邪薬ではパブロンエース、パブロンN、ベンザブロックL、ベンザブロックIP、ルルアタックあたりの主成分となっています。尚、ナロンエースはイブプロフェンの他に「ブロモバレリル尿素」という大変依存性の強い物質が含まれているため依存症に注意しなければなりません。

注4 アセトアミノフェンが配合されている風邪薬には、ジキニン、エスタック、コルゲンコーワ、新ルルA、ストナなどがあります。

注5 この論文は『British Medical Journal』オンライン版の2011年1月11日号に掲載されており、タイトルは、「Cardiovascular safety of non-steroidal anti-inflammatory drugs: network meta-analysis」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/342/bmj.c7086?sid=a47bf2f5-21d8-41d7-9aca-369fb73fc1c7