メディカルエッセイ

66 医師倍増は実現するか その2 2008/7/18

前回は、舛添大臣が6月17日に発表した「勤務医倍増」について述べ、さらに開業医も勤務時間が長すぎるために、勤務医だけでなく開業医も倍増させる必要があるのではないか、という話をしました。

 医師数を倍にすれば、それに伴う人件費の増加をどうするのか、という問題が出てきます。今回は「医師の人件費」について考えてみたいと思います。

 私は、拙書『偏差値40からの医学部再受験』で、「医師数を倍にするかわりに医師の収入を半分にすればいい」という自説を述べました。

 まず、年収半減に医師たちが同意するか、という問題があります。「年収半減」などと聞くと「とんでもない!」ということになりますが、同時に「勤務時間も半分」となればどうでしょう。おそらく研修医を除く勤務医の平均年収は、当直代を入れれば1千万円を越えると思われます。例えば、年収1,200万円、週あたりの勤務時間が90時間の勤務医がいたとして、年収600万円となる代わりに勤務時間が週45時間となれば、そう悪い話ではないのではないでしょうか。さらに、1週間の夏休みと労働基準法が定める有給休暇が取得できるようになるとすればどうでしょう。かなり魅力的な労働条件ではないでしょうか。

 では開業医の場合はどうでしょう。この場合、少し計算が複雑になるのですが、その理由は主に2つあります。ひとつは「借入金」という問題です。通常クリニックを開業するときには銀行などから借り入れをおこないます。ですから、開業医の収入を考えるときには借入金の返済の分を考慮しなくてはなりません。

 もうひとつ計算が複雑になる理由は、通常開業医は会計的には「個人事業主」になるということです。一方で、勤務医は「従業員」であり、会計的には「給与所得者」です。「給与所得者」(=勤務医)は、「給与所得控除」というものがあり税金が大幅に安くなります。

 世間では、「開業医は勤務医よりも高収入である」と思われているようですが、「借入金」と「給与所得控除を受けられない」という2つの点を考えると実際にはそうでもありません。

 例えば、ある開業医の年収を2千万円とすると(実際には2千万円もないことの方が多いのですが・・・)、給与所得控除が受けられないため、税金(所得税+住民税)で約半分が持っていかれます。ここから借入金の返済をおこなうわけですが、例えば4千万円の借入金があったとすると、おそらく年の返済額は500万円程度になると思われます。(参考までに、借入金の利子は経費とみなされますが、元本は経費にはならず控除されません。消費税と事業税は経費の扱いとなります)

 すると、2千万円の収入から1千万円の税金をひかれ、借入金の返済で500万円が消えますから、実際の手取りは約500万円ということになります。「手取り500万円」というと決して悪くはないのですが、世間の考えている開業医の年収からは差があるのではないでしょうか。

 すてらめいとクリニックも、この試算に近からず遠からずといったところなのですが、受診したことのある患者さんはこれを意外に思われるかもしれません。なぜなら、いつも混雑していて予約がなければ長時間待たされることが少なくないからです。これだけ待たされるんだからここのクリニックは儲かっているに違いない、と思われる人もいるでしょう。

 少し話がそれますが、すてらめいとクリニックがなぜそれほど儲かるクリニックでないかというと、それは患者さんひとりあたりの診察時間が長いからです。一日の患者数がだいたい50人から70人くらいですが、これでも予約がなければ2~3時間待ちなんてことも珍しくありません。(ですから、みなさん、できるだけ予約を入れてくださいね)

 1日の患者数が100人を越えるクリニックも多く、先日点滴で死亡事故を起こした三重県のクリニックでは、医師ひとりで1日300人を診ていたといいますから、すてらめいとクリニックとは診察の仕方が全然違うのでしょう。ちなみに、私が大学の総合診療科で外来をしていた頃は、3時間で10人前後の患者さんを診察していました。これくらいが最も適していると私は考えています。(それでは経営が成り立ちませんが・・・)

 さて、話を戻すと、すてらめいとクリニックを受診される患者さんの側からすれば、医師を増やすなどして待ち時間を減らしてほしい、という気持ちになられると思います。けれども、クリニックに医師を増やすというのはそう簡単にできることではありません。

 その理由のひとつは、前回述べたように「どんな疾患にも対応できる医師」は簡単には見つからないことですが、もうひとつの理由は、医師を雇うと「経営的に成り立たない」のです。外来を担当する医師を雇おうと思えば、時給8千円から1万円くらいの人件費が必要になります。もちろん人件費は経費として計上できますが、借入金が残っている段階で高い人件費を支払うには経営上のリスクが発生します。

 では、借入金がなければ、つまり無借金経営であればどうなるかですが、この場合は、開業医の年収はかなり高額であると言えるでしょう。2千万円のうち半分をもっていかれたとしても1千万円が残ります。これをまるまる自分の収入にできるわけですから充分すぎる年収となります。さらに、借入金がなければ、高い人件費を払って医師を雇うことのリスクも軽減できます。

 さて、開業医が別の医師1人を雇い、自らは、勤務時間半分・年収半分になったとします。その場合、額面上の年収は半分の1千万円になりますが、実際の手取りは半分にはなりません。なぜなら、税金は累進課税になっていますから、1千万円の年収では半分も税金に取られないからです。(おそらく手取りは600万円くらいになると思われます)

 さらに手取りを増やす方法があります。それはクリニックを医療法人にするという方法です。そうすれば、院長自らが「給与所得者」となりますから、「給与所得控除」が受けられるようになります。(1千万円の年収の場合、これで手取りはおそらく700万円くらいになると思われます)

 長々と説明してきましたが、私が思うのは、「借入金のないクリニックであれば、勤務医の試算と同じように、年収半分・勤務時間半分という勤務が可能になるかもしれない」、ということです。

 借入金なしでクリニックを開業するのは、よほどの資産がない限りはむつかしいと思われます。では、上に試算したような「勤務時間半分・年収半分」というのは無理かというと、私が提唱する方法を採用すれば実現することが可能です。

 それは、以前にもこのコーナーで何度か触れたことがありますが、「開業医を含めて医師をすべて公務員にする」という方法です。開業医の場合は、その医師が物件を探してきて行政に申請すると、行政が内装や器械の購入に伴う初期費用を負担してくれるというようにするのです。そして、医師はあらかじめ決められた給与を行政からもらいます。一般の企業は営利を追求しなければなりませんから、こんなことをすると従業員の士気が下がるでしょうが(社会主義の衰退を思い出せば自明です)、営利を追求すべきでない医療機関であればこの方法が最も適切ではないかと私は考えています。

 今のところ、舛添大臣は勤務医倍増と言っているだけで開業医を増やすことには言及していませんが、いずれ真剣に検討してもらいたいものです。

 診察の待ち時間が長いのは何も大病院に限ったことではないのですから・・・