2026年9月28日 月曜日
2026年9月28日 8年間の禁煙で認知症のリスク4割低下、タクシードライバーも低下
喫煙がアルツハイマー病を含む認知症のリスクになるのはあきらかですが、それが分かっていてもやめられないのがニコチン依存症の辛いところです。しかし、どれだけがんばればどれだけの効果を期待できるか、という目安があれば禁煙に取り組む気持ちになる人もいるのではないでしょうか。
興味深い論文を紹介しましょう。医学誌「Alzheimer’s Research & Therapy」に2026年6月29日に公開された「禁煙期間とアルツハイマー病のリスク:韓国における全国規模のコホート研究(Smoking cessation duration and risk of Alzheimer’s disease: a nationwide cohort study in Korea)」です。
この研究の対象者はデータベース「Korean National Health Insurance Service」に登録されている1,403,636人で、調査期間は2002~23年。2年ごとの定期健康診断で、喫煙状況が調査されています。「非喫煙者」「現在喫煙者」「継続的禁煙者」の3つのグループに分類し、アルツハイマー病との関係が調べられました。
平均10.5年の追跡期間中に、58,519人がアルツハイマー病を発症しました。禁煙が続いている人は、禁煙期間が長ければ長いほど、アルツハイマー病の発症リスクが低下していることが分かりました。
禁煙期間が2年未満であれば1割のリスク減少(調整ハザード比=aHR:0.899)、8年以上禁煙を続ければ40%以上のリスク低下(aHR:0.582)が認められました。
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禁煙以外にできることはないか、と考えている人は、まずは2024年の「はやりの病気」「『コレステロールは下げなくていい』」なんて誰が言った?」をご覧いただきたいのですが、ここではそれ以外のことを紹介しましょう。
それは職業です。タクシードライバーは脳の記憶を司る領域の海馬の体積が大きいことが分かっていて、「タクシードライバーになるための訓練中に海馬が実際に大きくなる」こともすでに示されています(興味がある方は、毎日メディカル「認知症リスクは努力で下げられる!老化進む山場は三つの年齢」を参照ください)。
ここでは、実際に、タクシードライバー(及び救急車のドライバー)のアルツハイマー病による死亡の割合が他の職種と比べて大幅に低いことを示した論文を紹介しましょう。2024年の「BMJ」に掲載された「タクシーおよび救急車のドライバーにおけるアルツハイマー病による死亡:集団ベースの横断研究(Alzheimer’s disease mortality among taxi and ambulance drivers: population based cross sectional study )」です。
下のグラフをみればあきらかのように、他の職業に比べてタクシー及び救急車のドライバーのアルツハイマー病による死亡の割合が際立って低いことがよく分かります。

研究の対象者は、米国のデータベース「National Vital Statistics System」に登録された8,972,221人。2020年1月1日から2022年12月31日に死亡した成人が443職種に分けて解析されました。対象者のなかでアルツハイマー病で死亡したのは全体の3.88%。タクシードラーバーは1.03%、救急車のドライバーは0.91%でした。年齢・性別・人種・学歴等で調整すると、全体では1.69%、タクシードラーバー1.03%、救急車のドライバー0.74%と、この2つの職業は大きくリスクが低下していることが分かりました。
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というわけで、認知症が気になる喫煙者は禁煙を考えてみるのがいいでしょう。認知症リスク低減のためだけに仕事を替える必要はありませんが、タクシー・救急車のドライバーでリスクが低いという事実は興味深いと言えるでしょう。先に紹介した「はやりの病気」で取り上げた「Lancet」が指摘するリスクも再度見直してみてください。
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2026年9月10日 木曜日
第277回(2026年9月) 睡眠時無呼吸、認知症のリスクも予想以上に深刻
「はやりの病気」の5月号と6月号は片頭痛の、7月号は低用量ピル(OC/LEP)の、8月号はアトピー性皮膚炎とじんましんの治療について、過去20年間で大きく変わったことを取り上げました。これらはいずれも治療法は大きく変わったものの、疾患の概念や特徴自体には変化がありません。他方、疾患そのものに対する認識や検査方法、診断方法が大きく変わった疾患もあります。今回取り上げる睡眠時無呼吸症候群(SAS=Sleep Apnea Syndrome)(以下、「睡眠時無呼吸」)もそのひとつです。
谷口医院を開院した2007年当時から睡眠時無呼吸の存在は知られていましたし、重症例にはCPAP(=Continuous Positive Airway Pressure=持続的陽圧呼吸療法)と呼ばれる、睡眠中に気道に空気を送り込む器械が使用されていました。気道が閉塞して空気が吸えないのだから圧力をかけて空気を肺に押し込めばいい、という単純な発想から生まれた器械です。決して軽いものでも小さいものでもなく持ち運ぶのは困難です。そのため出張が多い患者さんには不評で、特に海外渡航が多い人に説明すると嫌がられることも多々ありました。
ところが、いったん使用を開始すると、ぐっすり眠れるようになるだけではなく、日中の疲労感が大きく減少し、おまけに体重は減り、血圧が下がり、といいことばかりになり「こんなに優れたものならもっと早めに使っていればよかった」とコメントする人が少なくありません。
しかしながら、そうは言っても、診断にたどりつくのは一苦労で、当時は専門的に治療している医療機関で一泊入院してもらって検査を受けなければなりませんでしたし、器械の導入にはやはりそれなりの抵抗を感じる人が少なくありませんでした。
ここで、先に進む前に基本事項を補足しておきましょう。通常「睡眠時無呼吸」というと「閉塞性無呼吸」(OSA=Obstructive Sleep Apnea)のことを指します。これは単純に(例えば扁桃肥大や肥満、あるいは持って生まれた解剖学的な特徴のせいで)気道が閉塞し、睡眠時に空気が吸えなくなる状態です。他方、「中枢性無呼吸」(CSA=Central Sleep Apnea)という概念があります。例えば心不全や脳機能障害などの基礎疾患があって、その結果呼吸がうまくできない状態を指します。この場合もCPAPを使うことがありますが、空気ではなく酸素や薬剤を使うこともあります。もちろん基礎疾患の治療もしっかりおこなわねばなりません。頻度としては圧倒的に閉塞性無呼吸が多く、ここでの話も閉塞性無呼吸を前提として進めます。
もう1つ、念のため補足しておくと、CPAPで送り込むのは普通の空気です。ときどき酸素吸入と間違えている人がいますが、それはまた別の治療で、CPAPは単純に空気を送り込むだけの装置です。流入の圧も通常は一定です。APAP(=Auto CPAP)といって患者の状態に合わせて空気圧が変わるタイプのものもあり、少しずつ普及してきていますが、最初に試すべきは従来のCPAPです。
谷口医院では、以前は睡眠時無呼吸を疑った患者さん、あるいは自己申告があった患者さんに対しては入院して検査を受けられる病院を紹介していたのですが、2023年の移転時に、谷口医院で検査(ポリソムノグラフィー=PSG)(以下「PSG」)を実施し、CPAPも谷口医院で開始するようにしました。
「谷口医院で検査(PSG)」といっても、谷口医院に入院してもらうわけではありません。手続きをすると、CPAPのメーカーから患者さん宅にPSGを測定する器械が送られてきます。使用方法は極めて簡単で、説明を読みながら患者さんが自分自身で装着します。するとデータはメーカーから谷口医院に送られてきます。患者さんとしては、メーカーから器械が届くのを待つ → 器械を装着して一晩寝る → 器械をメーカーに返却する → 谷口医院を再診して結果を聞く、という流れになります。
PSGを受けると睡眠時無呼吸の状態が点数で評価されます。その指標をAHI(=Apnea–Hypopnea Index=無呼吸低呼吸指数)と呼びます。通常、クリニックでは簡易PSGをおこないますので、AHIの前にp(=portable)がつき、pAHIと呼びます。谷口医院で実施しているのは簡易PSGで、ここからは(AHIでなく)pAHIで話を進めます。
pAHIは数値が高いほど睡眠時無呼吸の重症性が高いことを示します。そして一定の数値を超えればCPAPの適応となります(保険適応になるという意味です)。この基準が最近変わりました。今年(2026年)の5月まではpAHIが40を超えなければCPAPが使えなかったのですが、これが30まで緩和されました。簡易検査をしてpAHIが30を超えればそれなりに重症の睡眠時無呼吸とみなされCPAPが使えるようになったのです。
ではCPAPが、例えば10程度なら問題がないのかというと、そういうわけではありません。29.9が正常でないのは分かるでしょうが、pAHIが10であっても、就寝時に空気がうまく吸えていない時間があるはずです。一応の基準としてはpAHIが5未満なら正常です。
では、pAHIの値が5から29.9のときはどうすればいいのでしょうか。結論からいえば、最もお勧めしたいのはマウスガード(マウスピース、ナイトガードとも呼びます)の利用です。歯科医院を受診してもらってオーダーメイドのマウスガードをつくってもらうのです。通常は保険診療の対象となります。歯科医院は自身で探してもいいですし、医療機関から紹介することもできます。
谷口医院の経験でいえば、このマウスガードの評価はすこぶる良好です。睡眠時無呼吸の状態が改善することがもちろん最大の理由ですが、意外なことに(よく考えると意外でもなんでもないのですが)一緒に寝ているパートナーからの評判がすごくいいのです。いびきが激減するからです。横に寝ているパートナーがいびきをかけば、それが仰臥位(仰向け)なら身体を横にすれば止むことが多いのですが、なかには体位に関係なくいびきをかくという人もいます。ですから、最近当院ではマウスガードに抵抗がある患者さんに「一緒に寝ているパートナーのためにもつくってみませんか」と助言することもあります。
医師が歯科領域の話をするのは越権行為かもしれませんが、私は個人的に大勢の患者さんにマウスガードを推薦しています。睡眠時無呼吸以外にも、歯ぎしりが気になる時、顎関節症がある場合などは特に強く勧めています。なにしろ使用するだけで熟睡できて、翌日の疲労感がなくなって、おまけにパートナーからも感謝されるのですから。
それに、睡眠時無呼吸の改善によるベネフィットは「翌日の疲労感解消」だけではありません。前半にも述べたように、肥満が解消され、血圧が下がり、血液検査のデータも軒並み改善します。さらに、最近は認知症のリスクが軽減することも分かってきました。2026年6月29日に医学誌「Alzheimer’s & Dementia」に掲載された論文「認知機能が正常な中年成人における、自己申告による閉塞性睡眠時無呼吸と認知機能および認知症リスクとの関連(Associations of self-reported obstructive sleep apnea with cognition and dementia risk in cognitively unimpaired middle-aged adults)」を紹介しましょう。
この研究の対象者は「Healthy Brain Project」と呼ばれる豪州のデータベースに登録されている2,795人。睡眠時無呼吸の有無と、認知症の最大の遺伝リスクであるApoEε4の有無との関係が分析されています。結果は驚くべきものです。

睡眠時無呼吸があるグループは、ないグループに比べ、記憶力が低下し、認知症リスクを評価するCAIDEスコアが高くなっていました。ただし、以前から「睡眠時無呼吸は認知症のリスクになるであろう」という指摘がありましたからここまでは予想できた結果です。驚くべきなのはApoEε4との関係です。睡眠時無呼吸があればε4の有無にかかわらずCAIDEスコアが高かったのに対し、ε4を持っていて睡眠時無呼吸がないグループではスコアが上がっていなかったのです。
このことだけを取り上げればApoEε4は認知症のリスクでないのでは?と思いたくなりますが、ε4がアルツハイマー型認知症のハイリスクであることはこれまで何度も実証されてきています。この研究が興味深いのは、ε4の有無よりも睡眠時無呼吸の有無の方が認知症のリスクになるという結果が出たことです。ということはε4をもつ人はそれを替えることはできないわけですが、睡眠時無呼吸を治療することにより、認知症のリスクを大きく軽減させることが期待できるわけです。
睡眠時無呼吸は検査をして初めて分かる疾患です。忙しい人や早く結果が知りたい人はPSGよりも先にwearable device(スマートリングなど)で調べてみてもいいかもしれません。2025年に耳鼻科系の医学誌「Oto Open」に掲載された論文「Oura Ringと医療用睡眠検査の比較:システマティックレビューおよびメタアナリシス(The Oura Ring Versus Medical-Grade Sleep Studies: A Systematic Review and Meta-Analysis)」によると、Oura RingはすでにPSGと同等の精度を誇ります。(p)AHI自体が計測できるわけではありませんが、医療機関で使用するPSGと同様の精度で、総睡眠時間、睡眠効率、中途覚醒時間、各睡眠段階(浅睡眠・深睡眠・REM)などが計測できるとされています。
いずれにしても気になる人はかかりつけ医に相談しましょう。
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2026年9月3日 木曜日
2026年9月3日 CTE(慢性外傷性脳症)をこれ以上無視すべきでない
このサイトで初めてCTE=慢性外傷性脳症(以下「CTE」)の危険性を報告したのは2015年です。サッカーやアメリカンフットボールの経験者はかなりの高確率でこの疾患を発症し、いずれ認知症や人格崩壊で人生が大きく狂うことになります。実例を含めた詳しい話は下記の「参考」を参照してほしいのですが、今回は「いったいどれくらいの確率でCTEを発症するのか」について新しい論文が出たので報告したいと思います。
その前に過去の「数字」についてみておきましょう。2017年のコラム「アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!」で紹介した医学誌JAMAに掲載された論文「アメリカンフットボール選手における慢性外傷性脳症の臨床病理学的評価(Clinicopathological Evaluation of Chronic Traumatic Encephalopathy in Players of American Football)」はCTEの有病率を次のように報告しています。
・元アメリカンフットボール選手202人のうち177人(87%)がCTE
・NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の選手111人のうち110人(99%)がCTE
アメリカンフットボールに本格的に取り組めば9割近くがCTE、プロになれば99%がCTEというこの数字、あまりにも衝撃的ですが、この報告に対しては冷ややかな視線もあります。それは「調べられたほとんどの患者がCTEを疑う症状が出ていたのだから、高確率になるのは当然」とする意見です。
では、症状が出ていない人も含めて、どれくらいの人にCTEの脳の所見が認められるのでしょうか。それを検証した論文が医学誌「BMJ」2026年8月25日号に掲載されました。タイトルは「NFL選手における死亡時の慢性外傷性脳症(CTE)の有病率:2008~2021年の後ろ向き集団ベースコホート研究(Prevalence of chronic traumatic encephalopathy at death in National Football League players: retrospective population based cohort study, 2008-21)」です。
研究の対象とされたのは死亡したNFL選手1712人で、そのうち、338人(19.7%)の脳が解剖され、そのうち315名(93.2%)にCTEの診断が認められました。したがって、死亡したNFL選手1712名全体における死亡時のCTE有病率は、18.5%から98.7%の範囲ということになります。脳の提供が最も頻繁に行われた2016年から2021年の期間において、死亡時の推定有病率は24.5%から97.7%の範囲でした。結論として、「2016年から2021年の間に死亡したNFL選手の少なくとも4人に1人がCTEを発症していた」とされていす。
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この論文を報じたメディア、例えばScienceは「少なくとも4人に1人がCTE」という表現を使っていますが、これはかなり控えめな報道です。実際は、18.5%から98.7%、または24.5%から97.7%の間ですから、「少なくとも4人に1人」という表現は間違ってはいませんが、もっと高確率に発症すると考えるべきでしょう。
一番いいのはCTEを生前に(死ぬ前に)診断することです。しかし血液検査でも画像検査でも現時点ではCTEを的確に評価する方法がありません。CTEの診断方法は「剖検(脳の死後解剖)」しかないのです。治療法として、アルツハイマー病に使う薬を用いる試みもあるようですが、奏功したという話は聞きません。予防法としては「はじめからコンタクトスポーツを避ける」とか「サッカーをやるならゴールキーパーにする」(ディフェンダーのCTE発症リスクが4.98倍なのに対し、ゴールキーパーは1.83倍。下記の医療ニュース参照)という対策を取るしかありません。
CTEのリスクを抱えてコンタクトスポーツに取り組むのなら問題はないでしょう。ですが、これだけリスクがはっきりしていてエビデンスもあるのに、それを(特に子供に)知らせずにこういったスポーツを奨励することが続けられていいのでしょうか。
参考:
はやりの病気第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
医療ニュース2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症
医療ニュース2017年3月6日 ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク
医療ニュース2017年8月30日 アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!
医療ニュース2019年11月23日 やはりサッカーも認知症のリスク
医療ニュース2020年8月17日「小児のヘディングは禁止すべきか」
医療ニュース2021年4月27日 たった一度の頭部外傷で認知症リスクが上昇
医療ニュース2021年12月22日 サッカーは直ちにやめるべきかもしれない
医療ニュース2023年4月23日 やはりサッカーは危険
医療ニュース2024年11月22日 アメリカンフットボール経験者の3分の1以上がCTEを自覚、そして自殺
毎日メディカル2025年3月31日 スポーツ界にとって「不都合な真実」? 日本では周知されない脳へのダメージ
日経メディカル2024年2月21日 コンタクトスポーツによる慢性外傷性脳症リスクの周知を!
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2026年9月3日 木曜日
2026年9月 薬剤師と分かちあえることはない、のか
2026年8月の日経新聞「私の履歴書」は、調剤薬局やドラッグストアを全国展開するアインホールディングスの代表取締役社長・大谷喜一氏でした。一代で大手チェーンを築き上げたサクセスストーリーで、家電店経営にまで乗り出し、企業買収を繰り返す姿はドラマティックだと言えるのかもしれません。著名な政治家や経済人、スポーツ選手も登場し、読み物としては世間から好評だったのではないかと思います。しかし私は、強烈な違和感を覚え続けました。
なぜか。最初はこの違和感は何だろう?と自分でも分からなかったのですが、毎日読み進めていくうちに気付きました。大谷氏は薬剤師ですが、医師の私からみて「同志」とか「仲間」とはどうしても思えないのです。
医療の醍醐味のひとつは多職種との「協働」です。視点は異なっても、目指すものはひとつ、すなわち「患者への貢献」です。このミッションを共有しているからこそ、議論には熱が生まれ、ときに「感動」すらあります。医師には医師の役割があり、看護師には看護師の役割があり、そして薬剤師には薬剤師の役割があります。多職種カンファレンスでは「そうか、そういう視点があるのか」と気づかされる瞬間が多く、医療は多様な職種があって初めて成り立つことを改めて実感できます。
薬剤師は薬のプロフェッショナルであり、医師が文献から得た知識以上の経験を持っています。例を挙げましょう。甲状腺手術で副甲状腺機能が失われた場合、患者は生涯にわたりカルシウム製剤を1日3回飲まねばなりません。研修医の頃の私は「飲み続ければ不足しないのだから問題ないだろう」と考えていました。しかしこの粉薬は非常に飲みにくく、生涯にわたり1日3回となれば誰でもくじけます。執刀医から「うまくいきましたよ」と言われても患者は納得できないわけです。しかし薬剤師はその辛さを理解し、どうすれば飲み続けられるかを助言してくれます。
私が以前タイのエイズ施設でボランティアをしていた頃、交通事故にあって(爆走したトラックにバイクの私が当て逃げされて)捻挫したことがありました。骨折はないだろうと自己判断して病院ではなく薬局に行きました。すると、まず捻挫した足を見てくれて、私が「日本では通常湿布を使う」と言うと、「タイでも同じだけどタイの湿布には薬草が入っている」といって、詳しく説明してくれました。私はタイ語が中途半端、その薬剤師は英語が中途半端だったため、完全にコミュニケーションが取れたわけではありませんが、私は薬剤師のスピリットのようなものを感じました。
その薬局は私がロッブリー県で宿泊していたゲストハウスの近くで、何かあれば、いえ何もなくてもときおり立ち寄るようになりました。驚いたのは地域住民が薬局、そして薬剤師を信頼していること、薬剤師と客の会話時間が長いこと、そして必ずしも薬を売ることを目的としていないように見えたこと、です。「患者さんのために」などという言葉は使い古された陳腐な表現で、こんなことを堂々と宣う医療者はたいてい偽善者ですが、その薬局の薬剤師は間違いなく患者に貢献することをミッションとしていました。その後、バンコクやチェンマイでも薬局を見つけると覗くようにしています。タイの薬局は店の前に「ยา」(日本語で発音すると「ヤー」)とたいていは緑色で書かれた看板が出ていますからすぐに分かります。私が訪れたほとんどの薬局では顧客が薬剤師を信頼していることがよく分かりました。
薬剤師がお金を稼いでいけないわけではありませんし、薬局も赤字にするわけにはいかないのも分かるのですが、儲かるからという理由で臨床検査に手を出し、家電製品にも食い込もうとし、他の薬局を買収し、東証プライムに上場を果たすことが薬剤師のあるべき姿だとは私にはどうしても思えないのです。そこには「患者に貢献する」というミッションはあるのでしょうか。もっとも、患者からみたときの利便性をよくする、あるいは待ち時間を短くする、さらには宅配サービスをする、といった取り組みは患者からも評価されるでしょう。ですが、上場企業になってしまえば、会社は株主のものとなり、株主が求めているのは一人ひとりの患者の健康ではなく己の利益でしょう。そうなると、薬局を訪れる患者から少しでも多くの利益を得たいという発想にならないでしょうか。
率直に言うと、私は薬剤師のいくらかをすでに信用していません。これまでもいろんなところで述べてきたように、危険性や副作用のリスクを説明することなく薬を売りまくっている薬剤師があまりにも多いからです。ブロムバレニル尿素は90年代の名作『完全自殺マニュアル』で「最もお勧めの自殺薬」として紹介されている成分です。しかし、例えばこの成分を含む「ナロンエース」を”愛用”している患者さんに「薬局ではどのような注意点を聞きましたか」と尋ねて、そのリスクを教えてもらったという答えが返ってきたことは谷口医院の20年の歴史のなかで一度もありません。
アリルイソプロピルアセチル尿素は依存性があり、広義の麻薬ともいえる鎮痛剤です。韓国の航空会社Air Premiaはウェブサイトに「麻薬成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」として、イブA、バファリンプレミム、ロキソニンSプレミアム、新セデス、ノーシンピュアといった商品を名指しして、この成分を含む鎮痛薬の持ち込みを禁止しています。ここに挙げられている鎮痛薬を薬局で購入したという患者さんに「薬局でどのような注意点を聞きましたか」と尋ねると、やはりリスクを教えられたという人は皆無です。ほぼ全員が「そんな危険な成分が入っているなら初めから買わなかった」と言います。
こんなことが許されていいのでしょうか。ブロムバレニル尿素にしてもアリルイソプロピルアセチル尿素にしても、その危険性を知らない薬剤師はいないわけです(薬剤師免許を持っていれば)。(麻薬を”楽しむ”目的以外で)こんな薬を飲む薬剤師はいませんし、自分の大切な人に勧めることもないわけです。ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素に依存してしまって人生を台無しにしている人も少なくありません。薬剤師はそれを知っているのです。知っているのにそのリスクを説明せずに販売を続け、良心の呵責に苛まれることはないのでしょうか。
谷口医院の患者さんのなかに、咳止め(コデインとエフェドリン)の依存症となり、仕事を辞めざるを得なくなり、今も依存症で苦しんでいる若い女性がいます。なぜ薬局は連続購入を阻止しなかったのでしょう。もしもこの女性が初めから”楽しむ”目的で購入していたのなら話は分かります。ですが、この女性の場合、知らない間に依存症となり、大切なものの多くを失ったのです……。
依存性の説明をせずに危険な薬を売りつけているのが大手薬局だとは言いませんが、利益を増やすことに集中しすぎるあまり営利主義になっている薬局はないでしょうか。同じ医療者としては、日本医師会倫理要綱第6条の「医業にあたって営利を目的としない」と同じように「薬業にあたって営利を目的としない」という気持ちを持ってもらいたいと思いますが、これは叶わぬ望みでしょうか。一応、旧薬剤師倫理規定第10条には「薬剤師は、その職務遂行にあたって、品位と信用を損なう行為、信義にもとる行為及び医薬品の誤用を招き濫用を助長する行為をしない」と書かれているのですが……。
稼ぎたいのでそんなこと言ってられない、というのなら、せめて稲盛和夫さんの名言「動機善なりや、私心なかりしか」を思い出してもらうことはできないでしょうか。そういえば私が稲盛さんのこの言葉を知ったのも、医学部の学生の頃、たしか「私の履歴書」だったはずです……。
参考:メディカルエッセイ第86回(2010年3月)「動機善なりや、私心なかりしか」
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