2026年3月26日 木曜日
2026年3月26日 枕をやめて眼圧を下げて緑内障を予防
50歳を超えると一気にリスクが上がる緑内障は日本では失明の原因第1位です。40代から発症することがあり、50代で人口の3~5%、60代で5~10%、70歳以上では10~20%が発症します。治療を受けずに放置すれば次第に視野が欠損し、ついには失明にいたります。
リスクは近視、糖尿病、喫煙、ステロイド使用(特にアトピー性皮膚炎)などで、予防にはこれらへの対策や治療が有効です。しかし最近、もっと簡単に予防する方法があることが報告されました。「枕を使わない」です。
医学誌「British Journal of Ophthalmology」2026年1月27日号に掲載された論文「緑内障患者における高い枕使用時の睡眠姿勢と眼圧との関連(Association of high-pillow sleeping posture with intraocular pressure in patients with glaucoma)」を紹介します。
研究の対象は緑内障の患者144人です。枕を2つ重ねて頭部を20~35°挙上した姿勢と枕を使わない姿勢(仰臥位)でそれぞれの眼圧を測定しました。また、健常ボランティア20人を対象に、超音波検査を用いて体位変化に伴う頸静脈内腔の変化が評価されました。
結果、仰臥位と比較すると、高い枕を使用した姿勢では眼圧が有意に上昇していました。また、健常ボランティアを対象とした超音波検査では、枕を高くした姿勢では、内頸静脈および外頸静脈の内腔が有意に狭窄し(これはよくないことです)、内頸静脈の最大血流速度が上昇することが示されました(これもよくないことです)。

上記論文に掲載されたグラフ:眼圧は日中活動しているときは低く、夜間就寝時に上昇する。黄色が高い枕を使ったときで、枕なし(青色)よりも眼圧が上昇していることがわかる
これらから言えることをまとめてみましょう。まず、枕を重ねると首の位置が変わり、その結果、頸静脈が圧迫されます。そして、この圧迫により、眼球内の液体である房水の自然な排出が妨げられます。
また、枕を高くすることにより、眼灌流圧(ocular perfusion pressure=OPP)が有意に低下することも分かりました。眼灌流圧とは、眼球内の微細血管に血液を送り出すための圧力のことを差します。直接眼圧に関係するわけではありませんが、眼灌流圧の低下は緑内障のリスクとなることが知られています。
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枕は高い方がぐっすり眠れるという人もいますが、高すぎる枕は頸椎に負担がかかりますから、枕なしでは眠れないと言う人も高くし過ぎない方がいいでしょう。
それから、よくある質問に「オーダーメイドの枕はどうですか」というものがあります。これについてはどの程度の効果があるのかよく分かりませんが、この論文が示した「高い枕は頚静脈を圧迫し、緑内障のリスクが上昇する」という点については、どのような枕を使用する際にも知っておくべきでしょう。
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2026年3月19日 木曜日
第271回(2026年3月) 入浴と室温の工夫で不眠を克服
不眠については本サイトで度々取り上げ、過去にも述べたように、当院では「睡眠薬の処方」よりもむしろ「睡眠薬をやめること」を目的に受診する人が増えています。彼(女)らのなかにはいわゆるドクターショッピングを繰り返している人も多く、東京を含めた遠方からオンライン診療で「睡眠薬を断ち切りたい」と訴えるケースも少なくありません。
このような治療を20年間続けてきて確実に言えるのは、「眠れない」よりも「睡眠薬依存症から抜けられない」の方がはるかに苦しいということです。本人には依存症だという自覚がない場合も不幸な事故が起こり得ます。2023年のコラム「睡眠薬の恐怖」で紹介した「意識のないまま5歳のわが子を殺めた40代の女性」がその典型です。この女性が飲んでいたマイスリー(ゾルビデム)は、当院の経験でいえば、記憶が消えることが非常に多いのですが、非常に興味深いことに「前のクリニックでは一番軽い睡眠薬と言われた」と信じられないことを言う患者さんがいます。1人だけならその患者さんの勘違いかもしれませんが、複数の人が同じ証言をするということは、実際にそのように伝えて気軽に処方している医師がいるのでしょう。
東京在住のある患者さんの情報によると、彼女の住む地域ではクリニックが複数あって睡眠薬の入手にはまったく困らないそうです。なかにはきちんとした問診もなく、希望する睡眠薬は何でもすぐに出してもらえるとのこと。彼女はそのせいでベンゾジアゼピン依存症になってしまったのですが、不思議なことに、そういうクリニックは睡眠薬をすぐに処方するものの、睡眠薬依存症の治療は一切おこなっておらず、ひどい医師になると「一生飲み続けても問題ない」と断言するとか。
谷口医院もいつのまにか開院してもうすぐ20年が経過します。総合診療を実践していますから患者さんの訴えは実に様々です。そして、最も治療に難渋する疾患のひとつが「睡眠薬依存症」です。
睡眠薬依存症に陥らないために最も重要なこと、それは「依存性のある睡眠薬には初めから手を出さない」につきます。では、いくら不眠に苦しんでいても絶対に飲んではいけないのかというとそこまでは言えないのですが、薬の特徴とリスクを理解した上で上手に付き合っていく必要があります。このあたりは最近「毎日メディカル」に「不眠でも睡眠薬には手を出さないで! 依存と副作用避けるために」というタイトルのコラムを書きましたからそちらを参照してもらえればと思います。
さて、今回お伝えするのは、「ちょっとした入浴と室温の工夫で不眠を克服する方法」です。そんなことで眠れるなら誰も苦労しない、と思う人もいるでしょうが、これらの方法、意外に効果は高く、きちんとしたエビデンスもあります。
まずは入浴から。以前、不眠で悩むある患者さんから「少しでも寝たいから早くベッドに入るようにしている。風呂もさっとシャワーで済ませる」という話を聞いたことがあります。それで寝つきがいいのかと聞くと、まったくそんなことはなくて眠れないのが辛いと言います。睡眠の基本は「眠くなるまでベッドに入らない」です。「早くベッドに入る」はむしろすべきでないのです。
重要なのは「湯舟につかること」です。特に冬場に言えることですが、夏も入浴する方がよく眠れます。このときに重要なのは「時間」と「温度」です。
非常に興味深い日本の論文を紹介しましょう。医学誌「Journal of Physiological Anthropology」2023年5月号に掲載された「入浴による体温変化が睡眠に及ぼす影響(Effects of bathing-induced changes in body temperature on sleep)」です。
研究の対象者は「シャワー群」「短時間入浴群」「長時間入浴群」の3つに分けられています。「短時間入浴群」は5.2分、「長時間入浴群」は16.1分、湯舟につかりました。3つの群のそれぞれのシャワーや湯舟の温度は40度に設定されました。シャワーまたは湯舟につかった後に、各自が寝床につきました。
驚くほどきれいな結果が出ています。下記の図をみればあきらかでしょう。「長時間入浴群」は「寝つき(falling asleep)」も「睡眠の質(sleep quality)」も有意差をもって他の2つのグループとは大きくかけ離れて優れていることが一目で分かります。

この論文から言えることは「入浴は長めに。5分ではなく15分くらい」です。ここまでくると、では30分なら?、60分なら?と考えたくなりますが、それはデータがないので、まず15分での寝心地を確認した上で、少しずつ伸ばしていくのがいいでしょう。当院の患者さんのなかには「30分くらい入浴するとぐっすり眠れる」という人もいます。なかには「風呂のなかで寝てしまう」という人もいて驚かされます。
次に知りたくなるのは「温度」です。この研究では実験の条件が40度で統一されていましたが、では、例えば38度と42度では睡眠に差が出るのでしょうか。
これを調べた研究が2つ見つかりました。いずれも同じ学者によるもので、ひとつは、1996年に医学誌「Journal of Geriatric Psychiatry and Neurology」に掲載された「高齢女性不眠症患者の睡眠に対する受動的な体温調節の効果(Effects of passive body heating on the sleep of older female insomniacs )」。もう1つは、1999年に医学誌「Sleep」に掲載された「高齢女性不眠症患者における受動的な体温調節前後の深部体温と睡眠(Core body temperature and sleep of older female insomniacs before and after passive body heating )」です。
いずれの研究も対象は不眠症に悩む高齢女性で、就寝1.5時間前に熱いお風呂(40~40.5℃)に入ると、ぬるめのお風呂(37.5~38.5℃)のときよりも、睡眠の継続性が有意に改善し、徐波(slow wave sleep)が増加していました。徐波(デルタ波とも言います)とは深い睡眠中に現れる脳波のことで、いわゆる「ノンレム睡眠(NREM)」の中でも最も深いレベルの睡眠時に出現します。徐波がじゅうぶんな時間出現すると、深い睡眠が得られ、身体の疲労回復が効率よくおこなわれ、成長ホルモンの分泌が活性化し、記憶の定着に役立ちます。
最近はAppleWatch、Fitbit、Ouraringなどのwearable deviceを用いればどの時間にどのくらい徐波が出現したかが分かります。どこまで正確か、という問題がありますが、私自身がAppleWatchとOuraringを同時に装着して実験してみたところ、睡眠スコア自体には差が出ましたが(Apple Watchの方が高くでました)、徐波についての記録はほとんど一致していましたからそれなりには参考になると思います。
では入浴後はどうすればいいのでしょう。やはり眠くなるまで待つべきでしょうか。これは私見ですが、適切な入浴をしたのなら眠くなるまで待つ必要はなく、そのままベッドに入ってもいいと思います。ただし、寝室の環境には条件があります。当然ですが、静かで暗くなくてはなりません。「幹線道路沿いのマンションから、奥まったところに引っ越してよく眠れるようになった」という当院の患者さんが複数います。当然といえば当然ですが静かな環境の方がよく眠れます。また明々とした光のもとでは寝にくいのは当然でしょう。真っ暗がいいかどうかは意見が分かれるでしょうが、燦燦とした光のもとでは眠りにくいことに異議を唱える人はいないでしょう。
大切なのは「室温」です。結論からいえば室温はちょっと寒いくらいが理想です。なぜなら、生理学的にみて、深夜に向けて中核体温は自然に約0.5~1.0度下がり、その下がり始めに、末梢(手足)の血管が拡張し「熱放散」が起こり、これが眠気を促すからです。寝室の温度が涼しければこの「熱放散」がスムーズになります。
何度くらいがいいかについては意見が分かれるのですが、The Sunday Timesは「良質な睡眠には涼しい部屋が重要で、体温が約1℃下がると眠気が誘発される。16~18℃が望ましい。ただし、ベッドは暖かくする必要があり、冬は15togの羽毛布団を使うのが賢明」と述べています。
米国オハイオ州クリーブランドに本部を置くクリーブランドクリニック(Cleveland Clinic)という医療機関があります。この施設、「クリニック」と付きますが、実際は世界中から患者が集まる心臓医療でも有名な非営利の医療施設です。クリーブランドクリニックのウェブサイトに「睡眠時の適度な室温」があって、「目安として室温は15~19度が望ましく、涼しく、暗く、静かな環境が必要。21度以上の室温は不適切」とされています。
夏に眠れないという人がいれば是非室温を見直してみてください。おそらく21度を超えているのではないでしょうか。「熱い湯舟にじゅうぶんな時間つかった後、涼しい部屋でぐっすり睡眠」、早速今日からでも実践してみてください。
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2026年3月8日 日曜日
2026年3月 不幸せなお金の使い方
前回に引き続き今回も「幸せ」の話をしましょう。本サイトでは度々「幸せ」を取り上げていて、このテーマでコラムを書くと、それなりに感想メールが増えます。これまで述べてきたことを簡単にまとめてみたいと思います。
・2017年のコラム「なぜ『幸せ』はこんなにも分かりにくいのか」で取り上げた「タイの農夫と日本のビジネスマン」の逸話が幸せの本質をついている
・しかし、2023年のコラム「『幸せはお金で買える』という衝撃の結末」で紹介したように、「幸せはお金で買える」という説が現在世界の通説となっている
・2023年のコラム「幸せになりたければ自尊心を捨てればよい」で紹介したように「幸せ度は年齢でかわる。世界では「最も不幸せな年齢は48.3歳でそれ以降は幸せに向かっていく」とされているが、「日本人は例外的に年をとればとるほど不幸になる」ことを内閣府が発表している
・2024年のコラム「自分が幸せかどうか気にすれば不幸になる」で述べたように、自身が幸せかどうかを気にし過ぎると幸せになれない
今回は再び「お金」を取り上げたいと思います。上述のコラムで述べたように、この話には「歴史」があります。その歴史を振り返っておきましょう。
・ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは科学誌2010年の「PNAS」に論文「高収入で人生の評価が改善しても感情的な幸福は改善しない(High income improves evaluation of life but not emotional well-being)」を発表。年収が75,000ドルを超えると、それ以上収入が増えても「感情的な幸福」が変わらないとした
・2021年、マシュー・キリングスワースが「PNAS」に論文「年収75,000ドルを超えたとしても幸せは収入に連れて上昇する (Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year)」を発表し、カーネマンの主張を否定し、幸せの年収の”上限”はないとした
・2023年、カーネマンとキリングワースの”対決”に決着がついた。二人が共同で「PNAS」に論文「収入と精神的幸福: 対立が解決(Income and emotional well-being: A conflict resolved)」を発表。カーネマンは自身の「75,000ドル説」を取り下げ、幸せを感じる年収に上限がないことを認めた
私自身は彼らの主張を正しいとは思えず、実際、金銭を目的に行動を決めたことは(少なくとも医師になってからは)一度もなく、これからもカネを求めた行為をとるとは思えません。過去のコラム「故・ムカヒ元大統領の名言から考える『人は何のために生きるのか』」で述べたように、「カネで買えないものを追求する」が私のポリシーです。そのときにも言及したように、私には「カネを求める人生はものすごく格好悪い」と感じられるのです。
しかしながら、カネがまったくなければ生きていけませんし、「幸せになるお金の使い方」があることも知っています。
例えば、お世話になった人にプレゼントを贈るためには少しくらいのお金は必要です。気の置けない仲間と食事を楽しんだり、一緒に旅行に行ったりするときにもお金が要ります。私が宿に求めるのはホットシャワーと窓くらいなのですが、旅行を共にするメンバーによっては私だけがそのようなところに泊まることを快く思いませんから、そういうときにはお金を使います。私は(正直に言うと)高級料理よりもジャンクフードが好きなのですが、例えば初めて共に食事をする人にそのようなところに行こうとは言えません。よって、家族や友人、知人と楽しく過ごすにはそれなりのお金が必要なのは間違いありません。
では、その逆に「無駄なお金の使い方」とはどのようなものでしょうか。ギャンブルと答える人がいるかもしれませんが、私はそうは思いません。私自身はギャンブルをしませんが、ギャンブルに大金をつぎ込んで非日常の感動を覚えるという使い方は、私自身は否定しません。いつかどこかで述べたような気がしますが、ホストに大金をつぎ込むとか、ブランド物の服を借金して買いまくる、といった行動も人間らしくて素敵だと思います。
しかしながら、例えば「他人に自慢したいから高級品を買う」とか「同僚が3000万円の家を買ったから自分はなんとしても3500万円の家を手に入れる」とか、あるいは「出世したいから教授にお金を包む」とか、もっと極端な例を出せば「違法な賄賂」などはすごくバカらしいものに感じられます。
こういう私の考え、というか感性に対し、「バカじゃないの? お金をどのように使おうが人の勝手でしょ。なんであんたにごちゃごちゃ言われなきゃならないの?」と感じる人もいるでしょう。たしかに、自分のお金をどのように使おうが、その人の勝手です(他人を陥れるような行為でなければ)。しかし「幸せになるお金の使い方」となれば、それが余計なお世話だとは分かっていても、ちょっと口出ししてみたくなるのです。そして、私が考えることと同じことを考える学者がいるようで、興味深い論文があります。
2014年に科学誌「Journal of Personality and Social Psychology」に掲載された「物質主義と個人の幸福感の関係:メタ分析(The Relationship Between Materialism and Personal Well-Being: A Meta-Analysis)」です。
この論文は小規模なものでなく、これまでに発表された259の研究を総合的に分析(メタ解析)したもので、それなりにエビデンスレベルは高いと言えます。この研究結果は「物質至上主義(Materialism)の人は、人生の満足度が低く、また自己評価も低く、身体及び精神の健康状態も良くない」ことを示しています。さらに、物質至上主義は抑うつ感や不安感をもたらすとも結論づけています。
興味深いことに、この論文では、どのようなお金の使い方が「主観的な幸せ(subjective well-being=SWB)を妨げるか」、つまり「不幸せなお金の使い方」を4つに分類しています。その4つは次の通りです。
#1 to overcome self-doubt(=自己不信の克服):自己不信を克服するためのカネ(例:自分にやましいところがあるから、高級な衣服をまとってごまかす)
#2 to seek power over others(=権力の追求):他者よりも上の立場に立つためのカネ(例:賄賂を使って選挙に勝とうとする)
#3 to engage in social comparison(=他人との比較):他者よりもよく見られるためのカネ(例:同級生の〇〇さんよりもきれいに見られたいからという理由で美容外科手術を受ける)
#4 to show off(=誇示):目立つためのカネ(例:別に興味があるわけではないのに、高級レストレンに行って写真を撮りSNSで公開する)
「例」は私が考えたものです。このように「不幸せなお金の使い方」が4つに分けられていますが、これらは結局「根」は同じようなものだと思います。
ではこれら4つの視点からみた私が考える「幸せなお金の使い方」を紹介しましょう。
#1 大切なパートナーと晴れの場に参加するために二人で高級な衣服を買う
#2 他人に理解されることを求めない趣味にお金を使う
#3 コンプレックスだった顔面のほくろを除去するために美容外科の施術を受ける
#4 大切なひととちょっと贅沢な食事や旅行にお金を使う。写真は撮るがSNSには上げない
「自分のカネをどのように使おうが他人からごちゃごちゃ言われる筋合いはない」、はまったくその通りではありますが、お金はあればあるほど幸せと考えている人は、一度上記4つの「不幸せなお金の使い方」をしていないかどうかを省みてもいいのではないでしょうか。
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2026年3月8日 日曜日
2026年3月8日 数週間の脳トレーニングで認知症発症リスクが25%減少!?
2月15日の医療ニュース「レッドライトセラピーで慢性外傷性脳症が防げる!?」で、信じられないような慢性外傷性脳症の予防法の話をしました。今回紹介する話も俄かには信じ難い報告です。なんと、わずか数週間の簡単な脳トレーニングで認知症発症リスクが25%も減少するというのです。
この報告は医学誌「Alzheimer’s Association」2026年2月9日号に掲載された論文「20年間にわたる認知トレーニングが認知症に及ぼす影響:ACTIVE研究からのエビデンス(Impact of cognitive training on claims-based diagnosed dementia over 20 years: evidence from the ACTIVE study)」にまとめられています。
研究の対象者は米国の65歳以上の2,802人です。対象者はACTIVE研究と命名された認知トレーニングを受けた人(対照含む)です。対象者は次の4つのグループに分けられました。
#1 視覚による情報を処理する能力に焦点を当てた処理のスピードトレーニング
#2 言語エピソード記憶の向上に重点を置く記憶訓練
#3 推論する能力の訓練
#4 対照群(何もしないグループ)
#1~#3のグループは、5~6週間にわたり、小グループで60~75分のトレーニングを最大10回受けました。その後、8回以上トレーニングを受けた被験者の一部のグループは、11ヶ月後と35ヶ月後に、追加トレーニング(各セッションは最大4回の75分間)を受けました。この研究が開始されたのは1998年で、その後20年間追跡調査がおこなわれました。
結果は驚くべきものとなりました。#1のなかで追加トレーニングを1回以上受けたグループはアルツハイマー病を発症するリスクが25%減少していたことが分かったのです。興味深いことに、#1のなかで追加トレーニングを受けなかったグループでは認知症リスクの低下は認められませんでした。
#2、#3のグループもリスクの低下は認められませんでした。
************
この研究は米国では相当大きなニュースとして捉えられているようで、NIH(米国国立衛生研究所)は「数週間にわたる認知スピードトレーニングは、認知症の診断を数十年遅らせる可能性がある(Cognitive speed training over weeks may delay the diagnosis of dementia over decades )」というタイトルで、論文が公表された翌日の2月10日、ニュースリリースを発表しました。
認知症の予防に役立ちそうなトレーニングがあるとすれば、なんとなくスピードトレーニングよりも#2や#3のじっくりと頭を使うトレーニングの方が有効なイメージがないでしょうか。それが、#2や#3では認知症のリスク低下につながらず、スピードトレーニングのみが有効というのです。
ここまでくると、#1の「視覚処理のスピードトレーニング」とはどのようなものかが気になります。調べてみると米国メディアNMR(National Public Radio)に興味深い解説記事がありました。
この研究で実施されたスピードトレーニングでは、ユーザーはコンピューター画面を見つめます。ある時点で、画面中央で車かトラックが点滅し、周辺に道路標識が表示されます。正しい車両を識別し、道路標識がどこに表示されたかを覚えておくことが課題となります。ゲームが進むにつれて、車両は見分けにくくなり、周辺にも注意をそらすものが現れ始めます。
このトレーニングなら、例えば学校で習うような基礎知識や文章作成能力や高度な数学の能力などはまったく不要です。求められるのはゲームセンターでよくあるようなゲームで高得点を獲るような能力であり、このような能力であればたいてい繰り返し実践すれば上達します。
ということは、近いうちに「認知症予防ゲーム」が市場に登場するに違いありません。それにしてもわずか数週間のトレーニング(+追加トレーニング)でアルツハイマー病のリスクが25%も低下するとは驚きです。近いうちに、「65歳になれば国民全員がこのゲームに参加することが義務付けられる」といった社会になるかもしれません。
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