2023年11月23日 木曜日

2023年11月23日 22分の運動で座りっぱなしのリスクを相殺できる可能性

 死亡や認知症罹患のリスクを上昇させることが明らかな「座りっぱなし」。その弊害を解消できる候補が「運動」ですが、これまで世界で発表された研究を振り返ると、運動をすることで座りっぱなしのリスクが解消できるという報告と、運動をしてもリスク低下につながらないとする研究があります。

 今回紹介するのは「1日22分間の中から高強度の運動によって座りっぱなしによる死亡リスクを相殺できる」とする報告です。

 医学誌「British Journal of Sports Medicine」2023年10月24日号に掲載された論文「デバイスで測定された身体活動、座りっぱなしの時間、および全死因死亡のリスク: 4つの前向きコホート研究の個人参加者のデータ分析(Device-measured physical activity, sedentary time, and risk of all-cause mortality: an individual participant data analysis of four prospective cohort studies)」を紹介します。

 研究の対象者の合計は50歳以上の11,989人(女性50.5%)で、中央値5.2年の追跡期間中に6.7%(805人)が死亡しました。1日当たりの中から高強度運動の時間が22分未満の人は、1日当たりの座りっぱなしの時間が8時間と比べて、12時間であれば死亡リスクが38%上昇します。

 他の数値もまとめると、「中から高強度の運動で座りっぱなしによる死亡リスクが低下する」という結果となっています。

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 ただし、座りっぱなしが健康によくないという事実に変わりはなく、ウォーキング程度ならともかく、中から高強度の運動を生涯継続するのは困難です。しかも、この研究は死亡リスクのみを検討したものであり、本サイトで何度か取り上げている認知症のリスクについては言及していません。

 これまでの世界の研究を振り返ってみても、座りっぱなしは相当厄介な健康を脅かすリスクです。座りっぱなしで仕事をする人も、なんとか工夫をしてマメに立ち上がる習慣を身に着ける必要があるでしょう。

参考:医療ニュース
2023年9月30日 座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇
2021年1月29日 1日わずか11分の運動で「座りっぱなし」のリスク解消
2018年6月9日 「座りっぱなし」は認知症のリスクか

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2023年11月19日 日曜日

第243回(2023年11月) GLP-1受容体作動薬で依存症の治療ができるか

 2023年3月に、ダイエット(正確には「肥満症の治療」)目的として保険で処方できることが承認されたのにもかかわらず、長い間「薬価収載」されずに発売が延期になっていた「ウゴービ」(一般名はセマグルチド)が、11月22日についに薬価収載されることが決まりました。正確な発売日は未定ですが、おそらく12月には処方できると思われます。

 GLP-1ダイエットについては過去に何度か取り上げ危険性も指摘しましたが、基本的には使用者は増加の一途をたどると私はみています。最大のリスクは自殺念慮と自傷行為で、EMA(European Medicines Agency、欧州医薬品庁)の安全委員会が注意喚起を促しています。実際、谷口医院の患者さんのなかにも自殺や自傷までは進まなくても抑うつ状態になる人はいます。

 ただし、それらは重篤なものではなく「食べる楽しみを失って……」とか「パーティに行きたくなくなった。行っても飲み食いする気持ちになれなくて……」という感じで、食欲がなくなることに起因する軽度の抑うつ状態であるため、そういった副作用があることを事前に承知してもらい、なおかつかかりつけ医が見守りながら続けるのであれば、たいていはそう大きな問題ではないと思います。

 これまでGLP-1ダイエット(正確には「GLP-1受容体作動薬を用いたダイエット、以下は単に「GLP-1ダイエット」とします)をしている人をみてきた私が不思議に感じることが3つあります(尚、谷口医院ではダイエット目的でGLP-1受容体作動薬を処方したことは一度もありません。ダイエットしている人を診ているのは谷口医院では別のことでかかっているからです)。

#1 まったく、あるいはほとんど効果がない人がいる。おそらく全体の1割程度。

#2 食欲がなくなるだけでなく摂食障害が大きく改善する人がいる

#3 食のみならず、飲酒、さらに買い物やギャンブルなどへの衝動が抑制できるようになる人もいる

 #2については、最初の一人から聞いたときは「食欲がなくなるのだからあり得るだろう」と思ったのですが、よく考えてみると摂食障害というのはそんなに簡単に治る疾患ではありません。精神科医でさえも診察を嫌がることが少なくなく紹介しても断られて戻って来ることが多く、そのため、結局谷口医院で診ることになるのです。

 そもそも摂食障害というのは「満腹でも食べなければならないという思いが頭を支配する」と表現する人もいるほどで、他人より空腹感が強いから起こるわけでは決してありません。ですから、食欲が低下したからといって摂食障害までが良くなるとは思えないのです。しかし、実際に改善(しかも大きく改善)する人がいます。

 さらに#3です。食欲は低下したとしても、アルコールに対する欲求までが減るのはなぜなのでしょう。飲酒はまだ口にするものですから理解できるとしても、買い物やギャンブルへの衝動が低下するのはなぜなのでしょう。

 食欲低下、特に嗜好品に対する欲求がどれだけ変化するのかをみてみましょう。ニューヨークに本社を置くモルガン・スタンレーがGLP-1ダイエットを開始した300人を対象とした興味深い調査を実施しました。「Healthier categories see a boost in consumption by patients after starting on AOM(抗肥満薬の開始後、より健康的なカテゴリーの食品の消費が増加)」というタイトルのグラフに注目してみましょう。「健康に悪い」のが自明な飲食物の摂取量が大きく減っているのがわかります。

 例えば、GLP-1ダイエットを開始してスイーツ(Confections)の摂取量が減った人が72%。清涼飲料水(Carbonated / sugary drinks)は70%、スナック菓子(salty snacks)は67%、アルコールは66%もの人たちが消費量を減らしています。一方、その逆に野菜や果物の摂取量が増えた人が54%もいます。

 「Patients report the most significant changes to fast food and pizza restaurant trips(患者はファストフードやピザレストランへの利用に最も大きな変化があったと報告)」というタイトルのグラフもみてください。77%もの人が「ファストフード店の利用が減った」と回答しています。

 モルガン・スタンレーのアナリストPamela Kaufman氏は、「食品、飲料、レストラン業界では、不健康な食品、高脂肪食、甘いもの、塩辛いものに対する需要が低下するだろう」と述べています。同社は、GLP-1ダイエットが流行した結果、炭酸飲料、焼き菓子、塩味のスナックの総消費量は2035年までに最大3%減少するとみています。実際、すでにウォルマートはGLP-1ダイエットをしている人たちの食品購入の減少を実感していると発表しています。

 さらに驚く報告を紹介しましょう。医学誌「nature」はGLP-1ダイエットによりアルコール、ニコチン、さらにギャンブルへの欲求が低下する可能性について言及しています。

 具体的な論文をみてみましょう。まずはアルコールです。好んで飲酒をすることが知られているアフリカベルベットザルにGLP-1受容体作動薬を投与した研究があります。結果は、プラセボ投与群に比べてGLP-1作動薬を投与したグループのサルは、アルコール消費量が有意に減少していました。ラットを用いた別の研究でもGLP-1受容体作動薬がアルコール消費量を減少させることが分かりました。

 日本に比べて米国ではアルコール依存症に苦しむ人が多いのですが、その米国でアルコールよりも遥かに深刻なのが麻薬依存です。そして、なんとGLP-1受容体作動薬は麻薬(オキシコドン)の依存も減らすという研究があります。さらに、コカインへの渇望が減るとする研究もあります。

 米国紙「The Atlantic」の記事によると、GLP-1受容体作動薬はアルコール、ニコチン、オピオイドなどの薬物のみならず、買い物、爪を噛む、皮膚をむしるといった依存症、あるいは強迫行動を改善させることができると報告しています。これは私見ですが摂食障害の病態は「依存症+強迫障害」です。この記事が言うように、GLP-1受容体作動薬で依存症と強迫行動が改善するなら、摂食障害の治療に使える可能性があります。

 谷口医院では禁煙治療のみならず、(受け入れてくれる精神科の医療機関がないために)覚醒剤(メタンフェタミン)を代表とする薬物依存の患者さんも診ています。そして、治療の困難さを日々実感しています。一時は自助グループやグループセッションに積極的に紹介していたのですが、こういった試みもうまくいった試しがほとんどありません。もしもGLP-1受容体作動薬の投与で改善するのなら、少なくともその可能性があるなら試してみる価値はありそうです。

 ただし、肥満も糖尿病もない患者さんに保険診療でGLP-1受容体作動薬を処方することはできませんし、自費診療によるこういった薬の処方も谷口医院ではおこなっていません。覚醒剤依存症の人は例外なく肥満はありません(というより全員がやせています)から、そもそも現時点では処方が不可能です。もしも将来、依存症の治療に使うことができるようになったとしても、全員に効くわけではありません。これは上述の論文でも指摘されていて、効く人と効かない人がいるのです。上記#1で述べたGLP-1受容体作動薬を使ってもやせない人が一定数いることと関係があるのではないかと私は考えています。

 しかし、すべての事例に有効なわけではないにせよ、他に有効な治療法のない依存症に対してGLP-1受容体作動薬が効くかもしれないというのは夢のある話です。

参考:はやりの病気

第239回(2023年7月) 「GLP-1ダイエット」は早くも第3世代に突入?!
第228回(2022年8月) GLP-1ダイエットが危険な理由~その2
第223回(2022年3月) GLP-1ダイエットが危険な理由

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2023年11月12日 日曜日

2023年11月 幸せになりたければ自尊心を捨てればよい

 半年ぶりに「幸せ」を取り上げます。今回注目するのは「年齢」です。一般に、人は何歳頃が最も幸せで、何歳頃が最も不幸なのでしょうか。若さが失われることで年をとればとるほど不幸になっていくのでしょうか。それとも、加齢と共に人生を達観できるようになり、その結果幸せが訪れるのでしょうか。

 実は「年代と幸福感」については世界で繰り返し研究されています。そして、一致した見解があります。それは「幸福度と年齢の関係はU字型になる」です。おそらく最も有名な論文は、これまでに発表されているデータをまとめ直した研究(これを「メタアナリシス」と呼びます)で、2021年に科学誌「Journal of Population Economics」で発表された「幸福はどこでもU字型を示すか? 145か国の年齢と主観的健康状態(Is happiness U-shaped everywhere? Age and subjective well-being in 145 countries)」です。この論文によると、世界中のほとんどの地域で「幸せ曲線」はU字型を描きます。つまり、「若い頃は幸福で、次第にその程度が低下し、いったん底をついて、再び上昇する」のです。この論文によると、そのU字カーブの底、つまり「最も不幸せな年齢」は48.3歳です。ということは、48.3歳を過ぎれば人はどんどん幸せになるというわけです。本当でしょうか。

 どれくらいの人がこれを信じることができるでしょう。この論文では日本のデータも加味されています。日本人の「U字カーブのどん底」は世界平均より少し高くて50歳だそうです。では、あなたの周囲の人たちは50歳が最も不幸で、40歳や60歳の人は50歳の人よりも幸せそうに見えるでしょうか。そして、50歳を超えた人は安心していいのでしょうか。

 日本独自のデータもみてみましょう。第一生命経済研究所が、30歳から89歳の全国の男女800名を対象に幸福観に関する意識調査を実施し、2012年に発表しています。この報告によると日本人の年齢ごとの幸福度は男女で異なります。男性の場合、先の論文と同様、30代から40代にかけて落ち込み、その後どんどん上昇します。最も幸せなのは80代で、20代よりも上です。他方、女性の場合はまるで異なり、年齢ごとの変化はほとんどありません。60代で少し幸福度が上昇し、最低は80代ですが大きな差ではありません。ただし、この研究は対象がわずか800人ですから信頼性はさほど高いとは言えないでしょう。

 内閣府によるかなりショッキングな調査があります。日本人の幸福度は年々低下することを示しているのです。グラフをみると明らかで、調査対象最年少の15歳をピークにして幸福度はどんどん低下していきます。興味深いことに、このグラフには米国人の幸福度が合わせて記されています。米国人の幸せはやはり40歳頃で底をうつU字型カーブです。

 レポートには「諸外国の調査研究では、(幸福度は)U字カーブをたどるとされる。(中略)しかし、日本では高齢期に入っても他国(たとえばアメリカ)に比べると幸福度が上昇していかない」と、「日本人は例外的に年を取るほど不幸になる」と断言されているのです。内閣府からこれだけはっきりと言われると、日本人でいることを恨みたくなってこないでしょうか。

 では、(第一生命経済研究所ではなく)内閣府の見解が正しいとすれば、なぜ日本人は(日本人だけが)年を重ねても幸せが訪れないのでしょうか。この疑問に対する答えになるかもしれない興味深い報告を紹介しましょう。

 科学誌「Frontiers in Public Health」に2020年に掲載された興味深い論文があります。タイトルは「日本の生涯にわたる自尊心の発達の軌跡: 青年期から老年期までのローゼンバーグ自尊心尺度のスコアの年齢差(The Developmental Trajectory of Self-Esteem Across the Life Span in Japan: Age Differences in Scores on the Rosenberg Self-Esteem Scale From Adolescence to Old Age)」で、日本人による日本人を対象とした「自尊心(self-esteem)」に関する研究です。結論は「ヨーロッパ系アメリカ人では中年期以降自尊心が低下するのに対し、日本人の自尊心は青年期で低くなりその後成人期から老年期にかけて高くなり続ける」です。

 論文に掲載されたグラフをみれば一目瞭然です。調査対象最年少の15歳での自尊心が最も低く、その後は男女とも一貫して上昇し続けています。はたして、これは事実を反映しているのでしょうか。そして、なぜ日本人の(日本人だけの)自尊心が年齢と共に上昇し続けるのでしょうか。この点は世界からも注目されているようで、英国紙The Guardianに2023年9月に掲載された記事もこの研究を紹介しています。記者は、日本人の自尊心が年齢と共に上昇する理由として「日本人は謙虚でバランスのとれた態度をとっているからではないか」と推測しています。

 世界中の人々が読んでいる著名な新聞で「日本人は謙虚で……」と書かれると、我々は誇りに思っていいのかもしれませんが、ここでは「日本人は年をとればとるほど不幸になる」という内閣府の調査と合わせて考えてみましょう。もちろん直ちに自尊心と幸福度に直接の因果関係があるとは言えないわけですが、自尊心も幸福度も共に本人の主観、つまり「本人がどう思うか」で決まることを考えると、「日本人は加齢とともに次第に自尊心が高くなることが理由でどんどん不幸せになっていく」と言えないでしょうか。

 では「自尊心」とはいったい何なのでしょうか。一言で言えば「自分に対する自信」となりますが、これは様々な意味に解釈できますから、ここでは「自尊心が低すぎる人・高すぎる人はどんな人たちか」を考えてみましょう。

 自尊心が低すぎる人はアイデンティティが持てず自分に自信がない人で、「薬物などの依存症になりやすく、自殺未遂をしやすい」という傾向があります。

 他方、自尊心が高すぎると、いわゆる自信過剰となり過度なナルシシズムに陥ります。そういえば、自分の非は一切認めず大声で若者に説教している高齢男性をしばしば見かけます……。これはThe Guardianの記者がほめてくれている「謙虚」とは正反対のものです。おそらくこの記者は日本人の自尊心の高さをステレオタイプの「武士(サムライ)」に当てはめているのではないでしょうか。寡黙でいつも他人を慮りときには自身を犠牲にするようなタイプです。

 しかし当事者である我々がよく知っているように、実際の日本の高齢者はこのような「武士タイプ」ばかりではありません。年齢と共に自尊心が高くなるのが事実だとしても、それはいばりちらしているだけの「見苦しい自尊心」であることも多そうです。しかし、いずれにしても自尊心が上昇する代わりに幸せ度が低下するのであればまったく嬉しくありません。

 ではその自尊心を捨ててしまえば幸せになれるのでしょうか。そして、世界の人たちはいったいどのようにして自尊心を上手に低下させているのでしょう。「年齢と共に自尊心を低下させることで幸せ度が増す」と考えるのは論理の飛躍かもしれませんが、あながちこの仮説も間違っているとは言えないのではないでしょうか。

 では、自尊心を上手く低下させる方法を考えてみましょう。最も簡単なのは「謙虚になること」です。The Guardianの記者は「自尊心が高いから謙虚だ」と言っているわけですが、私はその逆だと思っています。「もう年をとったから何でも若者に任せて年寄りらしく目立たないように人生を楽しもう」と考えて自尊心を徐々に低下させるのです。そういえば、いつまでたっても権力にしがみつこうとする見苦しい高齢者が日本社会のいたるところにいるような気がします。

 50代以降、幸せになりたければ自尊心を少しずつ下げることを意識してみましょう。「年をとり体力や認知力などが低下していることを自覚し、チャンスはどんどん若者に譲り、周囲の人たちに感謝しながら、自身はおとなしく目立たぬようにする」が50代以降の幸せになる秘訣ではないか、というのが現在の私の考えです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2023年11月5日 日曜日

2023年11月5日 運動がアルツハイマー病を抑制することが解明された

 運動は認知症、とりわけアルツハイマー病の予防になるのか否か、については議論が分かれています。「予防する」とした研究も少なくないのですが、「予防しない」というものもあります(参考:医療ニュース2022年12月30日「運動で認知症を予防できる?できない?」)。

 今回紹介する研究は、「運動で分泌されるホルモンがアルツハイマー病を抑制する」ことが分子レベルで解明された、というものです。

 医学誌「Neuron」2023年8月30日号に掲載された論文「イリシンがERK-STAT3シグナル伝達の下方制御に続いてアストロサイトからのネプリライシンの放出を誘導することによりアミロイドβを減少させる(Irisin reduces amyloid-β by inducing the release of neprilysin from astrocytes following downregulation of ERK-STAT3 signaling )」を紹介します。

 タイトルがかなり複雑です。まずは「イリシン」から説明しましょう。最近、マイオカインという言葉を聞く機会が増えていると思います。マイオカインとは、筋肉から分泌されるホルモンやペプチドなどの物質の総称です。マイオ(筋肉)から分泌されるサイトカイン(生体で分泌される物質の総称)だから「マイオカイン」です。様々な種類のものがあり、現在数十種類のマイオカインが明らかにされつつあります。筋肉を肥大・増強させるにもマイオカインの分泌が不可欠であることが分かっています。

 イリシンはそのマイオカインの1つで、運動をすると骨格筋から分泌されて血中濃度が上昇します。そして、エネルギー消費量を増大させる(つまり脂肪を燃焼させてダイエットにつながる)のです。

 また、イリシンはアルツハイマー病の患者やアルツハイマー病を起こさせたモデルマウスで血中濃度が低下していることも分かっています。

 ということは、イリシンを外から投与する、または(運動により)血中濃度を上げることでアルツハイマー病を予防(あるいは治療)することができるかもしれないわけです。今回の研究に使われたのはモデルマウスではなく、研究者が作成したアルツハイマー病の「3次元細胞培養モデル」です。これを用いてイリシンがどのように脳内の作用を引き起こすかが調べられました。

 結果、イリシン投与により、アストロサイトと呼ばれる脳内の細胞からネプリライシンと呼ばれる物質が活発になることが分かりました。ネプリライシンはアミロイドβを分解できることが分かっています。アミロイドβはアルツハイマー病の患者の脳内にたくさん蓄積されているものです。つまり、イリシン投与→ネプリライシン活性化→アミロイドβ減少という流れがあったのです。

 ややこしいタイトルをもう一度見直すと、「ERK-STAT3」という言葉が残っています。ERK-STAT3は、イリシンがアストロサイトに結合するときのアストロサイトの表明に発現している受容体のことです。ここでもう一度、流れをまとめると次のようになります。

 イリシン投与→イリシンがアストロサイトの表面にあるERK-STAT3という受容体に結合する→アストロサイトからネプリライシンが放出されて活性化する→ネプリライシンがアミロイドβを分解する

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 ここまではっきりとメカニズムが解明されれば、やはり運動はアルツハイマー病を予防できそうに思えます。次の問題は、「どのような運動でイリシンが効率よく分泌されるか」、そして、欲を言えば「イリシンをアルツハイマー病の予防薬として使えないか」です。

 理論的には後者にも期待できるでしょう。ですが、実用化はできたとしてもまだまだ先になります。前者、すなわち「どのような運動が有効か」については調べることができます。運動ごとに応じて血中イリシンの値を計測すれば分かるからです。とりあえず、現時点では有酸素運動とワークアウト(筋トレ)の双方をおこなってイリシン分泌に期待するのがいいでしょう。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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