マンスリーレポート

2023年2月9日 木曜日

2023年2月 閉院でなく「移転」は可能か?

 2023年、当院が診療を開始したのは1月4日の午後でした。その日の午前にはスタッフ全員が集合し、毎年恒例の「新年会議」を開き、「これ以上針刺し事故のリスクを抱えられない。よって6月30日をもって閉院する」と発表しました。その後、本ウェブサイトでそれを公開し、その日の午後から受診するすべての患者さんに閉院を決定したことを告げました。

 私の今後の身の振りはまったく決まっていません。意外なことに、閉院を公表後、全国の病院から「うちで働きませんか」というオファーをいただきました。こういった話はとてもありがたいのですが、私自身は病院勤務は考えていません。

 大学病院の総合診療科で勤務していた頃はとても楽しかったのですが、「いつでもどんなことでも相談してくださいね」とは言えませんでした。それは大学病院を含め、病院のすることではないからです。病院の役割として「診断がつきましたから次からは近くの診療所/クリニックに行ってください」と言わねばなりません。また、総合診療科以外の病院の科はいわゆる”縦割り”になっていますから、現在おこなっているような、例えば、子宮内膜症と片頭痛と過敏性腸症候群と気管支喘息とアレルギー性鼻炎とじんましんを同時に診る、といったことはできません。

 病院だけでなく、「クリニックを引き継いでもらえませんか」という申し出を、開業している複数の医師からもらいました。これは魅力的な話なのですが、いくつか解決せねばならない問題があります。まず、その診療所が入っているビルが「発熱患者もOK」と言ってくれなければならないのですがそういうところはほとんどありません。あったとしても、再び新型コロナウイルスが強毒化したり、似たような感染症が流行したりしたときに当院の患者さんがバッシングを受けることはないかと懸念します。

 一番いいのは医療モールに入居することですが、総合診療科の当院は他の科から嫌われます。実際、ある医療モールに入居を申し込むと、モールのオーナーからは「歓迎します」と言われたのですが、そのなかに入っているクリニックから反対されてこの話はなくなりました。

 ということは、当院に残された方法は、ビル一棟をまるごと借りるとか、土地を探して建物を建てるといったものになります。しかし、このあたり(大阪市北区)では土地が高すぎてとても手が出ません。

 ここまで八方塞りになると、通常の臨床医は諦めざるを得ません。そこで、私は、通常の臨床でない医師、例えば、産業医や労働衛生コンサルタント(共に資格があります)、学校医(留学生の多い大学などを考えています)、刑務所の医師(法務省の矯正医官と呼びます)、外務省の医師(医務官と呼びます)などを考え始めました。

 あるいは、さらに選択肢を広げ、いっそのこと「医師を辞める」道も考えるようになりました。海外の大学に行く、あるいは海外を放浪する、というのもいいかな、と様々な生き方を想像するようになりました。この1ヵ月の間、将来のビジョンが日ごとに変わっているような状態です。

 診療はこれまでと同じように続けています。診察室で私の方から閉院の話をすると、ときに患者さんは涙を浮かべ、「新しいところ、なんとか見つけてください」と訴えられます。私の方ももらい泣きしそうになることもあります。なかには、「自分がなんとか見つけます」と言って物件を探してきてくれたり、知り合いの不動産屋を紹介すると言ってくれたりする人もいます。不動産関係で勤務している人は「探してみます」と言ってくれます。

 そこまで言われる人の訴えを聞いていると、閉院するということがどれほど「罪」なのかが分かってきます。閉院を伝えた後、「新しい受診先を紹介します」とは伝えますが、たしかに当院のなかには紹介先を探すのに相当苦労するだろうな、と思われる患者さんが少なくありません。

 意外なことに、単純な疾患で診ている患者さん(たとえば、喘息だけ、とか、高血圧だけ、とか、じんましんだけ、というケース)のなかにも「先生(私のこと)には何でも相談できると思っているから(当院に)来ている」という声が多くありました。私にはこれがとても意外でした。数年間、ひとつの症状だけで通院し、いつも診察時間が短時間で終わっていた患者さんからもこのようなことを言われるからです。

 そのような状況のなか、閉院を公表してから新たな受診先を見つけられた患者さんはまだ3人だけです。

 涙を見るから心が動く、という単純な話ではありませんが、「閉院は困ります」という患者さんたちからの訴えを繰り返し聞いているうちに、私の心は次第に揺れ動いてきました。いったん決意したはずの「永遠に閉院」が「なんとかならないか……」に変わってきたのです。しかし移転先はさんざん探して見つかりませんでした。

 ではどうすればいいか。現在考えているのは「少し遠くの場所で探す」という方法です。医療法上、移転は半径2km以内にしなければならないという規定があります。これにこだわるから移転先が見つからないのであって、それ以上遠くに行けばいいわけです。つまり、医療法上の狭義の「移転」ではなく、医療法を外れた”移転”をすればいいのです。

 ただし、この方法であればいったん「廃院」し、新たに別のクリニックを「新規開業」するというかたちになります。いくら詰めたとしても数か月のブランクがあきます。それに、そもそも北区に見つからないものが隣の区まで探したとしてもそう簡単に見つかるとは思えません。適切な物件というのは、一棟そのまま借りられるようなものか、土地を購入するというプランです。そう都合のいい物件はないでしょう。

 しかし、患者さんや医療者が持ってきてくれる情報から、検討できそうな物件もありそうなことが分かってきました。これからしばらくの間、休診日に物件探しに明け暮れることになります。

 ただし、新たな”新規開業”にたどり着けたとしても、相当先の話になります。早くても年明けになるでしょう。ブランクの期間は、私の知人の開業医に頼んでその分の処方をお願いしようと思っています。また、新規開業後も、初めのうちはオンライン診療のみになるかもしれません。

 この話を数人の患者さんにしてみると、全員が「それで充分ですから絶対にまた開業してください!!」と言ってくれました。もちろん、「そんなブランクができるなら、もうけっこうです。新たなクリニックを探します」という人もいるでしょう。新たな開業ができるという保証は現時点では確約できないわけですから、そうしてもらう方がいいと思います。

 実際には、このような条件を受け入れてでも「新規開業すればまた受診する」と言ってくれる患者さんが少なくなく、そういった人たちの存在を考えると、「何としても新規開業に向けて全力を尽くさなければ」、という気持ちが体の底から沸き上がってきます。

 私が発行するメルマガ(谷口恭の「その質問にホンネで答えます」)及び次回の「マンスリーレポート」で進捗状況をお伝えしたいと思います。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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