2018年2月26日 月曜日

2018年2月26日 片頭痛は心筋梗塞、脳卒中、静脈血栓症のリスク

 ちょっと物議をかもしそうな論文が発表されました。

 今から8年前の2010年6月、「片頭痛は脳梗塞のリスク」という論文が発表され、このときは一般のメディアで取り上げられたこともあり話題になりました。この論文の主旨は「前兆(閃輝暗点)を伴う片頭痛のある女性は脳梗塞を起こしやすい」というものでした(注1)。

 今回発表された論文はデンマークの住民を対象としたもので、2010年のものよりも調査の規模がかなり大きく、また結果もインパクトの強いものです。医学誌『British Medical Journal』2018年1月31日(オンライン版)(注2)に掲載されました。

 研究の対象者は、デンマークの51,032人の片頭痛患者、対照は510,320人の一般住民。調査期間は1995年から2013年です。結果は以下の通りです。数字は「片頭痛あり」と「片頭痛なし」は1,000人あたりの発症者の人数、「リスク」は片頭痛があればない人に比べて何倍になるかを示しています。

           片頭痛あり  片頭痛なし  リスク
心筋梗塞        25       17      1.49
脳梗塞          45       25      2.26
脳出血             11         6      1.94
静脈血栓症       27       18      1.59
心房細動・粗動    47       34      1.25

 さらに、脳卒中(脳梗塞+脳出血)は、片頭痛の診断がついてから短い人の方が発症しやすいことが分かりました。また、閃輝暗点と呼ばれる目の前がチカチカする前兆(これを英語でauraと呼びます。「あの人にはオーラがある」と使うときのオーラと同じ単語です)を伴う人の方がない場合よりもリスクが高いという結果が出ています。性差としては女性にリスクが高いようです。

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 女性で前兆を伴う片頭痛があれば脳梗塞のリスクという2010年の発表に矛盾しない結果となっています。さらに、脳梗塞のみならず他の心血管疾患のリスクにもなるという結果がでたわけです。

 では(特に前兆のある)片頭痛を持っている人がすべきことは何か。まず、こういった心血管疾患の他のリスクを取り除くことが最重要です。喫煙、肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病があればそれらを治すことを考えるべきです。

 同時にすべきことは「規則正しい生活」です。毎日同じ時間に起きて、できるだけ同じ時間に就寝する、これを徹底するだけで頭痛の頻度が大きく減少する人は少なくありません。そして「治療」です。治療には症状が生じたときに飲む薬のみならず、頻度の多い人は予防薬を上手に使うことが大切になってきます。

注1:過去の「医療ニュース」で取り上げたことがあります。

医療ニュース2017年2月10日「片頭痛があると術後脳卒中のリスク上昇か」

注2:この論文のタイトルは「Migraine and risk of cardiovascular diseases: Danish population based matched cohort study」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/360/bmj.k96

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2018年2月26日 月曜日

2018年2月25日 ペットは精神状態を癒してくれる

 ペットと一緒にいると心が癒される、というのは多くの人が感じていることです。そして、これは科学的にも正しいようです。

 英国リバプール大学が、ペットと飼い主の精神状況の関係についてこれまでに公表された合計17の研究を総合的に解析し(これを「メタアナリシス」と呼びます)、結果を医学誌『BMC Psychiatry』2018年2月5日号(オンライン版)(注1)に発表しました。

 ペットの肯定的な側面と否定的な側面についてそれぞれ考察されています。肯定的な面としては、「つながり」(connectivity)が強くなり、飼い主の精神状態がいくつもの方法で(multifaceted ways)安定することが分かり、特に「危機的な状況」(crisis)になったときにペットは強い味方となってくれるようです。

 一方、否定的な面として、ペットを飼うことの実際的または精神的な「負担」(burden)が挙げられています。また、ペットを失くしたときの心理的ダメージも指摘されています。

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 論文では、研究者らは「さらなる調査が必要」としていますが、この研究は特に真新しい発見があるわけではなく、ほとんどの人が同意することでしょう。先日は「犬を飼えば長生きできる」という研究結果を報告しました。我々は、犬や猫と共に過ごすことが‶自然”なのかもしれません。ただし、一方で、ペットからうつる感染症や「権勢症候群」といった少しやっかいな問題があることもお忘れなく。

注1:この論文のタイトルは「The power of support from companion animals for people living with mental health problems: a systematic review and narrative synthesis of the evidence」で、下記URLで全文を読むことができます。

https://bmcpsychiatry.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12888-018-1613-2

また、医師向けのポータルサイト「Physician’s Briefing」でも紹介されています。

http://www.physiciansbriefing.com/Article.asp?AID=731112

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2018年2月18日 日曜日

第174回(2018年2月) トキソプラズマ・前編~猫と妊娠とエイズ~

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のような総合診療のクリニックでは妊婦さんからの相談をよく受けます。妊娠に関することは産科医に相談してもらいますが、妊娠中に風邪をひいた、湿疹ができた、頭痛が悪化した、などの場合は谷口医院を受診されます。妊娠前から通院していた人のみならず、妊娠してから谷口医院をかかりつけ医にする人もいます。

 そんな妊婦さんからの質問で、以前からしばしばある誤解の多いものが「妊娠中にネコと過ごすのは良くないのですか?」というものです。そして、妊娠中のネコとの付き合い方やその他の注意点については妊婦さんのコミュニティのなかでも混乱があるようです。それはトキソプラズマという寄生虫に対する誤解があるからです。まずはトキソプラズマ全般のことから述べていきます。

 トキソプラズマに感染すると一生体内から消えません、と伝えると多くの患者さんは驚きますがこれは事実です。ヘルペスウイルスやEBウイルスのようなウイルスなら生涯体内に潜むのはなんとなくイメージできるものの、トキソプラズマは寄生虫だから、そんな”虫”がずっと体内に居座っているなんて気持ち悪いし信じられない、と感じる人が多いようです。

 しかし、トキソプラズマがいったん感染すると生涯我々と共に暮らすことになるのは歴然とした事実で、世界の人口のおよそ3分の1が感染していると言われています。では日本人の陽性率はどれくらいかというと、これがきちんとした調査がなく実態はわかりません。一部の自治体では妊婦健診に取り入れられていて、およそ妊婦さんの1割が陽性と言われています。極端な男女差があるとも思えませんし、そういった報告も聞きませんから、男性もこれくらいの陽性率だと考えるべきでしょう。

 ではどのような人がトキソプラズマに感染しやすいのでしょうか。「ネコを飼っている人」と答える人が多く、これは間違いではありませんが、実際に多い感染経路はネコと過ごすことよりもむしろ、生肉の摂取や屋外・野外での作業です。ネコの飼育については後で話すとして、まずはより現実的な話をしましょう。

 牛でも豚でも鶏でも、あるいは鹿や猪でも、肉を生やタタキで食べるとトキソプラズマに感染するリスクがあります。肉の生食で生じる食中毒としては、カンピロバクター、サルモネラ、無鉤条虫、E型肝炎といったところが有名かと思いますが、トキソプラズマも忘れてはならない感染症です。肉の生食は「日本食の文化」という声もありますが危険を孕んでいることを忘れてはなりません。トキソプラズマの場合、生ハム、燻製肉、乾燥肉、塩漬肉などにも注意が必要ですし、滅菌が充分でないヒツジのミルクの危険性も指摘されています。

 屋外の作業で感染するのはネコの糞が口に入るからです。そんなものには触らないし万一触れても口に入ることなどないと考える人もいますが、野生のネコの糞(が散らばったもの)は屋外のあらゆるところ、例えば土や水にも存在すると考えなければなりません。そして、それが手に触れて食べ物に付着して…、ということが実際にあるわけです。ですから、きれいな庭先でガーデニングをしていて感染、ということはあり得ます。これを防ぐには手袋をいつも装着するようにします。
 
 しかし手袋のみですべて防げるわけではありません。屋外に散らばったトキソプラズマが野菜や果物に付着することがあります。ということは、生野菜やフルーツを食べるときにはよく洗わないと感染の可能性がでてくることになります。

 では感染するとどのような症状が出るかというと、ほとんどは不顕性(つまりまったく無症状)と言われていますが、数パーセントに頸部リンパ節炎が生じるという報告もあります。さらに頭痛、発熱、倦怠感が続き、血液検査で異型リンパ球という特殊な白血球が出てくることがあり、見かけ上、急性HIV感染症や、EBウイルスによる伝染性単核球症(いわゆる「キス病」)と区別がつかないこともあります。

 しかしこういった症状は通常は数か月で自然に消失します。ですから、微熱や倦怠感などいろいろと症状が出て長引いて結局原因は分からなかったけれど最終的には治癒した、というエピソードがあったとすればそれはトキソプラズマによるものかもしれません。ただし、一部の人は治癒せずに、肺炎、脳炎、筋炎などを起こすことがあります。トキソプラズマ脳炎は免疫能が低下すると生じますからエイズの合併症として有名ですが、時に免疫正常者でも起こり得るのです。また、後で述べるように、妊娠中に感染すると生まれてくる赤ちゃんに奇形が生じる可能性があります。

 ところで、私がタイのエイズホスピスで本格的にボランティアをしていたのは今から14年前の2004年です。そのときはまだ抗HIV薬が充分に使われておらず、死に至ることが日常的でした。進行すると、脳にも様々な合併症が起こります。その原因はいくつもあり、トキソプラズマ脳炎もそのひとつです。

 このエイズ施設では、重症病棟にもイヌのみならずネコも出入りしていましたからトキソプラズマはいつ発生してもおかしくありません。ただし、エイズ患者にトキソプラズマ脳炎が発症するのは、初感染での可能性もあるでしょうが、むしろ過去に感染して体内でおとなしくしていたトキソプラズマが増殖しだすことの方が多いと考えられます。何しろ世界の人口の3分の1がこの寄生虫を体内に”飼育”しているわけです。

 トキソプラズマのことはいったん置いておくとしても、重症病棟にイヌやネコがいるのはおかしいではないか、と我々日本人は思いますが、そこはタイ。さらに抗HIV薬が使えないとなると、あとは「死へのモラトリアム」となるわけですから、患者さん自身が気にしないというか、むしろ動物と過ごす時間を貴重なものと考えていたのです。ですが、感染予防上好ましくないのは自明ですから、施設に強く抗議をした西洋人もいました。しかし、郷に入っては郷に従え、という言葉があるように、施設側は「自国の価値観を押し付けるな」という対応でした。結局、強く抗議をした西洋人の何人かは施設を追い出されました。

 話を戻します。脳の症状というのは、意識障害、片麻痺(右か左のどちらかの上肢、下肢が動かない)、歩行時にフラフラする、話せない、飲み込めない、物が二重に見える、認知力が低下する、人格が変わる、など様々です。エイズを発症している状態になると、いろんな原因でこういった症状が起こりますから、「これはトキソプラズマが原因に違いない」と推測できることはまずありません。他に、例えば、エイズの合併症として有名なサイトメガロウイルスやクリプトコッカスでもありえますし、結核も鑑別に入れなければなりませんし、進行性多巣性白質脳症という感染症に起因するものもあります。また、HIVが進行すると悪性リンパ腫を起こしやすくなり、脳に起こることもあります。さらにHIV脳症と呼ばれるHIV自体が脳を破壊する病状もあります。これらのいずれでも様々な脳の症状が出てきます。

 当時はちょうど抗HIV薬が無料で入手できつつあったときで、元気のなかった患者さんに使用しだすと、パワーがみなぎってきて食欲が出てくることもありました。ですが、脳に関する症状が出現している場合は、元の姿に戻ることはほとんど望めません。この施設でボランティアをしていたのは医療者だけではありませんでした。性格が狂暴になったり、認知症が進行したり、あるいは夜間に徘徊する患者さんに対するケアというのは本当に困難です。日本の高齢者の施設でも認知症の人は大勢いますが、当時のタイのその施設ではまだ20代の男女がこういった症状を呈していたのです。

 タイのエイズの話になると、ついつい懐かしくなり、述べる予定のなかったことを書いてしまいました。冒頭で言及したように、妊婦さんの話をすることが今回の目的でした。次回は、妊娠を考えたとき、あるいは妊娠しているときにネコとどのように過ごすべきか、そして検査はどのタイミングで受けるべきかについて話していきます。

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2018年2月18日 日曜日

第181回(2018年2月) 英語勉強法・続編~有益医療情報の無料入手法~

 このサイトではいろんな話題を取り上げていますが、英語の勉強については興味を持っている人が多いのか、コラムを書くと問い合わせが増えます。前回の「私の英語勉強法」についても、「早速、NHKの『ニュースで英会話』の会員登録をしました」というメールも届きました。

 そこで今回は英語勉強の応用編として、医学情報を入手する方法について述べたいと思います。なぜこのような話をするかというと、医学情報は日本語より英語で入手する方が断然「正確で新しい」からです。そして、英語の文献を読むことは、世間で考えられているよりも簡単であることを伝えたいからです。しかも後で詳しく述べるように、日本語では有料の同じ記事が英語なら無料で読めます。

 我々医師は日々世界中の論文を検索し新しい情報の収集に努めています。日本語のサイトを使った情報収集も一応はしますが、はっきり言うと日本語のものは良質なものが少なくあまり役に立ちません。医師向けのポータルサイトはそれなりに参考にはなりますが、内容・量とも不十分です。それに、一般の人は医師向けのサイトにアクセスすることができません。

 おそらく一般の人が医学情報を入手したいときは、グーグルやヤフーで日本語のキーワード検索をすることが多いのではないでしょうか。この方法には2つの「欠点」があります。ひとつは正確な情報が検索上位に上がってくるとは限らない、ということです。DeNA(ディー・エヌ・エー)が運営する医療系サイト「WELQ(ウェルク)」のいい加減さが問題となり廃止に追い込まれたのはまだ記憶に新しい2016年11月です。その後グーグルやヤフーは検索ランキングのアルゴリズムを修正し、有用なサイトが上位に表示されるよう工夫をしています。がんについては、2018年1月に国立がん研究センターとヤフーが連携し、検索上位に同センターの「がん情報サービス」の内容が表示されるようになりました。

 ですが、これでがんに関する有益な情報のすべてが得られるわけではありませんし、広告代を払っているサイトは今も上位に表示されます。また、がん以外の疾患については依然”質の悪い”サイトが出てくるようです。いかがわしい民間療法やサプリメントが上位に現れ、ガイドラインを重視した標準治療に関するものが必ずしも表示されるとは限りません。

 グーグルやヤフーで医療情報を検索するときのもうひとつの欠点は、正確な情報が書いてあるサイトにたどり着いたとしても、日本語だと情報量が少なく必ずしも新しくないということです。ですから、日本語のサイトをみるときにはちょっとした「コツ」がいります。そのコツとは、まず誰が書いているか、そしていつ書かれたものかを確認することです。さらに、その書いた人に連絡が取れるようになっていれば良質なサイトと言えます。医学の情報はどんどん更新されていきますから一昔前の情報だと、そのときは正しかったとしても現在は必ずしも有用とは限らないからです。また、これは私見ですが、ネット上に文章を公開する以上、執筆者は内容の責任をとる義務があると思います。というわけで、執筆者も執筆時期も分からないサイトについては参考にする程度にとどめておくのが無難です。

 さて、英語のサイトについてです。まず、日本の大手メディアと比べると、例えば、Reuter、BBC、CNNといった世界を代表するメディアの情報は新しく正確で参考になります。一部の医療者は、一流の医学誌に掲載された論文でないこういった一般のメディアは不正確と言いますが、そういう人たちも日本のメディアよりは遥かにグレードが高いことは認めています。

 私自身は毎日新聞の医療サイト「医療プレミア」に連載をもっていますから、私の立場で日本のメディアを批判するのは失礼というか非常識かもしれませんが、日本のメディアが欧米(特に米国と英国)のものより劣るのは事実です。それに、医療プレミアは内容が良質であったとしても「有料」であり、ここは欠点だと思います(ただし、月に5本程度は無料の登録だけでも読めるようです)。

 私自身が現在最も有用だと考えていてほぼ毎日閲覧しているのは「Physician’s Briefing」という医師向けのサイトです。これは、編集者が世界中の論文を検索し、良質なものをまとめて読みやすい記事にしてくれています。さらに原論文にもリンクが張られているために詳しく知りたければそちらを参照することもできます。

 このサイトは医師向けですが、同じ会社が運営している別のサイトに一般向けの「Health Day」というサイトがあり、これが非常に優れています。上記の医師用のサイトよりも(当たり前ですが)分かりやすい表現で文章が書かれていて、取り上げている論文が世間の関心を引きそうなものばかりなのです。例を挙げましょう。

 2018年1月19日、同サイトは「Flu May Be Spread By Just Breathing」(インフルエンザは呼吸するだけで感染する)というタイトルの記事を発表しました。そして、遅れること2週間の2月2日、この記事の日本語訳が「医療プレミア」に掲載されました。また、いくつかの他の日本語サイトでも同じものがやはり2週間遅れで掲載されました。それらのほとんどは医師しかログインできないサイトです(注1)。

 調べてみると、「Health Day」は日本語版もあるものの、記事をクリックすると「『ヘルスデーニュース』記事の使用は、有料でのご契約企業様のみとなっております」と表示されます。おそらく毎日新聞やその他の医療系サイトは日本語版の記事をこのサイトから「購入」して自社のサイトに掲載しているものと思われます。

 私がこの会社のビジネスに文句を言う資格はありませんが、ちょっとひどくないでしょうか。英語なら無料で読める記事の日本語版は、同社の日本語版サイトで入手できるのは「ご契約企業様」のみ、その「ご契約企業様」のサイトで記事を読もうと思うと2週間遅れ、しかも有料、もしくは医師しかログインできないのです。ちなみに「Health Day」のスペイン語版サイトは無料で読むことができます。

 最近の流行りの言葉に「健康格差」というものがあります。高学歴・高収入の者が健康で長生きできることを指したものです。最新の医学情報が入手できればそれだけで長生きできるわけではありませんが、日々発展していく医学では次々と新しい知見が生まれ、少し前まで正しいとされていたことが否定されるということも珍しくありません。

 もちろん重要な情報のなかには、日本語でも遅れてなら入手できるものもあるわけですが、日本語のものだと編集者や翻訳者の”手垢”がついていますし、あなたにとって重要なものが取り上げられるとは限りません。繰り返しますが、日本語の医療情報サイトは、いい加減なものが多く、過去に紹介したコクラン共同計画や医療プレミアなどの良質なサイトも、量が満足できるものではありません。

 ならば「Health Day」のオリジナル版(英語版)を各自が読めばいいのです。おそらくこれを読む人口が増えると、自分の訳をブログなどに公開する人も出てくるのではないでしょうか。そこで、適切な訳について意見を交わせるようになると英語の知識もアップして医学情報にも詳しくなれます。

 こんなことが無料でできるわけですから、英語に興味を持てば健康で長生きできて人生を楽しめる、とまで言えば言い過ぎでしょうか…。

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注1:「糖尿病ネットワーク」では「Health Day」の日本語の記事が無料で誰でも読むことができます。ただし、取り上げられているのは生活習慣病関連の記事だけであり、しかも英語版(オリジナル版)に比べると情報量が少なすぎるように感じられます。

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2018年2月9日 金曜日

2018年2月 医師が医師を非難するのはNGだけど…

 私が13年前に書いたコラムで「後医は名医」という言葉を紹介し、よほどのことがない限り医師は前医を批判してはいけない、ということを述べました。

 なぜ前医を批判してはいけないかについて、そのコラムで例をあげて医学的な観点から説明しましたから興味のある人はそちらを見てもらいたいのですが、別段医学の話でなくても、例えばライバル会社の悪口を言うセールスパーソンから物を買う気になれないというのは普通の感覚だと思います。

 実際の医療現場では、たしかに前医の診断が間違っていたということはしばしばあります。ですが、そんなときに「前医の診断は間違っている。初めからこちらを受診すれば良かったのに」と患者さんに言うことはありません。なぜなら、最初の時点ではそのように誤診しやすい事情があった可能性があるからです。このようなときは、「結果としては前の医師の診断は正しくなかったが、その状況ならそう診断するのが自然であり、決して前の医師がいい加減な医師ということではありません」と説明します。

 ときどき、こういう説明で納得しない人もいますが、先述の13年前のコラムで述べたように後から診察する方が診断の手掛かりが多く有利なのです。それに医師が互いを尊重し合わねばならないことはいくつかの医師のミッションとして定められています。「ヒポクラテスの誓い」にもそのような内容がありますし、以前のコラムで紹介した私が自分自身の「掟」としているフーフェランドの『扶氏医戒之略』にもまさにこれについて述べている文言があります。少し長いですが引用してみます。

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同業のものに対しては常に誉めるべきであり、たとえ、それができないようなときでも、外交辞令に努めるべきである。決して他の医師を批判してはならない。人の短所を言うのは聖人君子のすべきことではない。他人の過ちをあげることは小人のすることであり、一つの過ちをあげて批判することは自分自身の人格を損なうことになろう。医術にはそれぞれの医師のやり方や、自分で得られた独特の方法もあろう。みだりにこれらを批判することはよくない。とくに経験の多い医師からは教示を受けるべきである。前にかかった医師の医療について尋ねられたときは、努めてその医療の良かったところを取り上げるべきである。
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 医師になってから私はいつもこの”教え”に従うことを心がけてきました。ですが、自分が書いたものや話したことを改めて振り返ってみると、前医を批判していることもまあまああります。先日も、毎日新聞ウェブサイト版の「医療プレミア」で、毎回風邪でジェニナックを処方するという医師を”例外”のおかしな医師として痛烈に批判しています。

 また、このサイトでも、必要のない手術をおこない患者を死に至らせた奈良県のY医師、医学的にまったく意味のない臍帯血移植をおこない患者から高額な治療費を請求していた東京のS医師、わけのわからないウェブサイトをつくり金儲けをたくらんだとしか思えない元医学部教授などを批判しています。

 さらに、改めて自分の書いたものを振り返ってみると、滅菌処置をせずに器具を使いまわしている歯科医院を糾弾したり、HIV陽性というただそれだけの理由で診察を拒否した医師を批判したりしています。

 書いたものだけではありません。フーフェランドの”教え”に忠実でなければ、といつも考えているつもりですが、実際には前医を批判していることが週に何度かあります。先週は、「前医(健康診断に力を入れているクリニック)で、腫瘍マーカーとPETの検査を強く勧められた(しかもかなりの高額で!)が必要でしょうか」、とある患者さんに尋ねられて「不要です」と即答しました。(腫瘍マーカーが無意味であることは過去のコラムで説明しました。またPETががんの早期発見につながらないだけでなく大量に被曝することから安易に実施すべきでないのは世界の常識です)

 最近、父親ががんになり「オプジーボを使った”免疫療法”を勧められているがどうでしょうか」とある患者さんから尋ねられました。話を聞くと、現在通院している病院の主治医からは「標準治療」を勧められているが、知り合いの紹介で訪れたクリニックで”免疫療法”を勧められたとのことで、「数百万円もするんですがどうなのでしょう」と質問されました。

 これは先述のS医師のやり方に似ています。オプジーボという画期的な免疫チェックポイント阻害薬はメディアで何度も取り上げられ随分有名になりました。この薬が有効ながんはわずかですし、それも全員に効くわけではありません。ですが、患者さんの心理としては「とてもいいがんに効く薬があると聞いた。現在の主治医は適用がないとか言ってとりあってくれないが、別のクリニックに行けば高価だが使ってくれる」となるわけです。そこでこの患者心理につけこんで、初めから効かないことを知っておきながら勧めるのです。

 また、一部の”免疫療法”を謳っているクリニックでは、患者自身の細胞を取り出して培養して戻すという”治療”をおこなっているようです。これは数十年前に可能性が期待されたことがあったもののとっくの昔に否定されているものです。

 私はエビデンス(科学的確証)がない治療を否定しているわけではありません。例えば「ニンニク注射」と呼ばれるものは、もちろんエビデンスはありませんし、理論的に考えると到底推薦できるものではありませんが、実際は”治療”を受けると調子がいい、という人がいます。太融寺町谷口医院ではお願いされても実施しませんが、別のクリニックで注射してもらって調子がいいという人には「よかったですね」と言うこともあります。その逆に「エビデンスのない治療だからやめなさい」と言ったことは一度もありません。

 ニンニク注射なら高くてもせいぜい数千円程度でしょうが、安いからかまわないと言っているわけではありません(ただし私の金銭感覚からすればとてもこのようなものに数千円も出せません)。ニンニク注射は危険な”治療”ではありませんから気に入っている人は続けてもいいと思います。ですが、数十万円のがん早期発見を謳ったPETや数百万もする”免疫療法”となると、目の前の患者さんをそういった「悪徳医療」から守らねばなりません。

 しかし、こういった悪徳医療に手を染める医師たちはどこで道を誤ったのでしょうか。私の知る範囲ではこのような医師は一人もいません。医学部の同窓会に行っても皆無ですし、私が所属する大阪市立大学の総合診療部の医局にも、またこれまでお世話になった先輩医師や、研修医の頃一緒にがんばった同期の医師も、あるいは学会で初めて会う医師たちを振り返ってみても、こういったおかしな医師は一人もいません。もしかすると、悪徳医療に手を出す医師は精神がすでに破綻してしまっているのかもしれません。ならばそういう医師を医師ではなく”患者”とみなして手を差し伸べなければ…、そのように思わずにいられません。

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2018年2月2日 金曜日

2018年2月2日 インフルエンザワクチンの「謎」が解けたかも…

 インフルエンザのワクチンは有効だが完全ではなく、そのため”誤解”が多いということは過去に何度か述べています。なぜ”誤解”が多いかは過去に書いたもの(注1)を見ていただきたいのですが、今回は我々医療者も以前から感じていたある「謎」が解けたかもしれない、という話をしたいと思います。

 その「謎」とは、「なぜベテランの医師でなく若い研修医に感染するのか」、というものです。医師だけではありません。看護師も他のメディカルスタッフもベテランよりも若手が感染するのです。そのため、若い看護師は「日ごろの体調管理がなってない!」と自分の母親くらいの年齢の先輩看護師から叱られることになります。

 この理由として、よく言われるのが「若手の医師や看護師の方が患者さんと接する時間が長く、熱心であればあるほど感染しやすい」というものがあります。また、「ベテランの医療者は若い頃に何度かかかっているから免疫がある」というものもあります。この2つの意見はどちらも正しいとは思います。ですが、あまり”熱心でない”若手の医療者も感染しますし、何度もかかっている(医療者以外の)高齢者も感染します。そして、高齢者の場合重症化して死に至ることもあります。

 インフルエンザを軽く考える人もいますが、年間死亡者数は、世界で約25~50万人、日本で約1万人と推計されています。(参考:厚労省の該当ページ

 さて、なぜベテランの医療者はインフルエンザにかかりにくいのか、その「謎」が解けたかもしれない研究を紹介したいと思います。それは、「ワクチンは毎年接種で効果が高くなる」というものです。なるほど、医療者なら毎年ワクチンを接種することを義務付けられていますから、今年は忙しくてうてなかった、ということはありません。

 この研究は医学誌『Canadian Medical Association Journal』2018年1月8日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。この医学誌はカナダ発のものですが、研究の対象者はスペイン人です。スペインの病院20施設で2013年から2015年のシーズンにインフルエンザで入院した65歳以上の患者について調査されています。

 結果は想像以上のものです。過去4年間で一度もワクチンを接種していない人に比べると、4年連続でワクチンをうっている人は「軽症インフルエンザ」への罹患が31%少なかったのです。31%ならそう多くないかも…、と思えるかもしれませんが、重症例では歴然とした差が出ています。ワクチンを連続して接種していると、集中治療室に入らなければならないような「重症インフルエンザ」を74%減らすことができ、インフルエンザでの死亡は70%減らせることが分かったのです。

 そして、興味深いことに、その年にしか接種しなかった人では未接種の人と比べて大差なかったのです。その年と過去3年間で1回(つまり合計2回)接種していた場合は重症化を55%減らせていました。

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 この研究が正しいとすれば、ベテランの医療者はインフルエンザに感染しにくく、また感染してもより軽症で済むということになります。ということは、若い医療者たちは「日ごろの健康管理がなっていない」からインフルエンザに感染するのではなく、単にベテランの人たちが繰り返しワクチン接種をしているからだ、ということになります。ベテラン勢はもう少し謙虚になった方がいいのかもしれません…。

注1:下記を参照ください。

そもそもインフルエンザのワクチンって効くの? 
毎日新聞「医療プレミア」2016年1月31日「インフルエンザワクチンは必要?不要?」

注2:この論文のタイトルは「Repeated influenza vaccination for preventing severe and fatal influenza infection in older adults」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.cmaj.ca/content/190/1/E3

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2018年2月1日 木曜日

2018年2月1日 妊娠中のアセトアミノフェンで言語発達の遅れ?

「妊娠中には市販のものも含めて風邪薬や解熱鎮痛剤はほとんど飲めない。どうしても必要なときにはアセトアミノフェンを使用しなければならない」ということは過去にもお伝えしてきました。また、そのアセトアミノフェンも妊娠中の危険性を指摘する意見がなくはなく、新生児のADHD(注意欠陥多動性障害)のリスクとなるという研究も紹介しました(いずれも下記参考文献を参照)。

 今回、新たに妊娠中のアセトアミノフェンの危険性についての研究が発表されましたので報告します。医学誌『European Psychiatry』2018年1月10日号(オンライン版)に論文が掲載されました(注1)。

 研究の対象者はスウェーデンの妊娠8~13週に登録された妊婦754人です。妊娠中のアセトアミノフェンの使用と生後30カ月(2歳6カ月)での子供の言語発達との関係が解析されています。

 結果は、まず妊娠8~13週の間にアセトアミノフェンを内服していた妊婦は全体の59.2%。言語発達の遅滞は女児(4.1%)より男児(12.6%)に多いものの、アセトアミノフェンとの関連があったのは女児のみでした。妊娠中にアセトアミノフェンを1日6錠(注2)以上内服すると、まったく飲まない妊婦に比べて女児の言語遅滞がみられるリスクが5.92倍増加しています。また、リスクは内服量にも影響するようで、尿中アセトアミノフェン濃度が最も高かった母親から生まれた女児は、最も低かった母親に比べてリスクが10.34倍にもなっています。

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 妊娠中に頭痛や発熱が起こったときに何もせずに放っておくと、胎児に影響を与える可能性があります。一方、バファリンやロキソニンといったNSAIDsと呼ばれる鎮痛薬は内服すべきでありません。もちろん麻薬(オピオイド系)は論外です。痛みや発熱が生じたときにはアセトアミノフェンに頼らざるを得ません。

 月並みなコメントになりますが、まずは健康に注意し、規則正しい生活をこころがけ(頭痛は生活の乱れがリスクとなります)、可能な限り鎮痛薬に頼らぬよう予防することが最重要となります。

注1:この論文のタイトルは「Prenatal exposure to acetaminophen and children’s language development at 30 months」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.europsy-journal.com/article/S0924-9338(17)32989-9/abstract

注2:論文にはミリグラム数が記載されていません。日本ではアセトアミノフェンの製剤は1錠200mgが多いのですが、海外では300mgが一般的です。海外での6錠(1,800mg)は日本の9錠に相当するのではないかと思われます。(ただし、スウェーデンに渡航したことのない私には確証はもてません)

参考:
毎日新聞「医療プレミア」2016年1月10日「解熱鎮痛剤 安易に使うべからず」
医療ニュース2015年1月30日「妊娠中のアセトアミノフェンの是非は?」
医療ニュース2014年4月4日「妊娠中のアセトアミノフェンがADHDを招く?」

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2018年2月1日 木曜日

2018年1月31日 うつ病の背景にヘルペス2型とサイトメガロが?

 うつ病は心(精神)の病であり、通常は感染症とは無関係です。一方、疲労についてはヘルペスウイルス6型(HHV-6)との関連が指摘されています。HHV-6は幼少期に感染する突発性発疹の原因ウイルスのひとつで、いったん感染するとウイルス自体は生涯体内から消えません。また、疲労が強いときに口唇ヘルペスや性器ヘルペスを発症しやすくなりますから疲労が単純ヘルペス1型(HSV-1)や2型(HSV-2)と関連しているのも間違いありません。(ちなみに、昔はHSV-1が口唇ヘルペス、HSV-2が性器ヘルペスの原因と言われていましたが、実際には口唇ヘルペスの病変からHSV-2が、性器ヘルペスからHSV-1が検出されることも多々あります)

 しかし、疲労ではなくうつ病が一部のウイルス感染が関与しているという研究が発表されました。医学誌『Psychiatry Research』2018年3月号(オンライン版)(注1)に掲載されています。

 研究の対象は米国の成人で、CDC(米国疾病管理局)の国民健康栄養研究調査(National Health and Nutrition Examination Survey)のデータを解析することによりおこなわれています。研究の対象となった感染症はいずれもウイルスで次の6つ。A型肝炎ウイルス(HAV)、B型肝炎ウイルス(HBV)、HSV-1、HSV-2、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)、サイトメガロウイルス(CMV)です。

 うつ病と関連があることがわかったのはHSV-2とCMVです。HSV-2感染はうつ病のリスクを上昇させ、CMVはその抗体価が高ければうつ病を発症しやすくなるとの結果がでています。

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 CMVは幼少時もしくは青年期までに感染することが多く、抗体価が高くなるのは免疫が低下したときです。例えば、HIVに感染して無治療でいるとCMVは活性化し、その結果、抗体価が高くなります。(CMVの抗体はCMVをやっつけることはできません) 一方、HIV感染とうつとはいかにも関係がありそうですが、これが否定される結果となりました。ということは、HIV感染→免疫能低下→CMV抗体価上昇→うつ病、というわけではないということになります。

 また、HSV-1では無関係で、HSV-2のみがうつ病のリスクになるというのは、それを説明する合理的な理由が見当たりません。

 まだまだ謎だらけのウイルスとうつの関係と言えそうです。また、冒頭で述べた疲労の原因であることが分かっているHHV-6とうつの関係も知りたいところです。

注1:この論文のタイトルは「Association between virus exposure and depression in US adults」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.psy-journal.com/article/S0165-1781(17)30980-0/abstract

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