2016年6月30日 木曜日

2016年6月30日 酒さが認知症のリスク

 よくある疾患なのにも関わらず、一般の人があまり病名に馴染みのないものに「酒さ(しゅさ)」があります。顔面に生じる非感染性の慢性の炎症性疾患で、赤くなったり、一見ニキビのようなブツブツができたりします。痛みはなくかゆみもほとんどありません。酒さは男女ともに起こりますが、医療機関を受診する患者さんは圧倒的に女性の方が多く、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で言えば9割は女性です。

 なぜ男性は医療機関を受診しないかというと、女性ほどは「見た目」が気にならないのでしょう。実際、谷口医院では、別のことで受診した男性の患者さんに、「その顔面の赤みは酒さによるものですけれど治療はしなくてもいいのですか」と尋ねると、「気にしていません」と答える人が多く、なかには「放っておいてくれ」と言わんばかりの人もいます。一方、女性の場合は、気になる人が多いようで、酒さで受診する患者さんの多くは谷口医院を受診するまでにいくつかの医療機関をすでに受診しています。

 酒さが気にならないという男性は、おそらく「見た目の問題だけで別に寿命が短くなるわけでもないし・・・」ときっと思っているはずです。しかし、酒さがあれば認知症になりやすい、となればどうでしょう。

 酒さがあればアルツハイマー病になるリスクが2倍近くになる・・・

 これは医学誌『Annals of neurology』2016年6月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)が言っていることです。研究の対象者は、18歳以上のデンマークの住民5,591,718人で、調査期間は1997年1月1日から2012年12月31日です。行政に提出されているデータを分析することにより検討が加えられています。

 調査期間中に何らかの認知症を発症した人は99,040人で、そのなかでアルツハイマー病は29,193人です。皮膚科医が「酒さ」の診断をつけた患者で解析をおこなうと、酒さがあれば何らかの認知症になるリスクが1.42倍、アルツハイマー病に限って言えば1.92倍にもなるそうです(注2)。ただ、リスク上昇が有意に認められたのは60歳以上の高齢者のみだったようです。

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 アルツハイマー病のリスクが1.92倍と聞けば、現在自分の酒さに無関心な男性も治療をおこなう気になるかもしれません。しかし、酒さの治療はそう簡単ではありません。先に述べたように谷口医院を受診する(女性の)酒さの患者さんは、すでにいくつもの医療機関を受診しています。これは、満足いく治療効果がでなかったために自身の判断で医療機関を変更しているということです。

 また、いったんよくなっても再び悪化する例が多く、それを繰り返しているうちに外出が億劫になったり、精神的にしんどくなったりする女性もいます。しかし、治療がないわけではありませんし、「完治」が困難だったとしても、最初の状態よりは大幅に改善させることは可能ですし、治療をあきらめなければならないような疾患ではありません。

 これまで治療に関心がなかったという男性も、よくなることを諦めてしまっているという女性も、将来の認知症のリスクを挙げないようにするためにも治療を考えてみればどうでしょうか。

注1:この論文のタイトルは「Patients with rosacea have increased risk of dementia」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ana.24645/abstract

注2:ただし、この調査はデンマーク人を対象としたものであり、日本人に同じことが当てはまるかどうかは不明です。

参考:
トップページ:ニキビ・酒さ(しゅさ)を治そう
医療ニュース
2015年10月6日「「酒さ」の原因は生活習慣と遺伝」
2015年11月28日「酒さは生活習慣病や心疾患のリスク」酒さが認知症のリスク

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2016年6月27日 月曜日

2016年6月28日 ポテト食べすぎで高血圧

 以前、この「医療ニュース」でじゃがいもをたくさん食べると糖尿病のリスクが上昇するという報告(注1)をおこないました。今回はじゃがいもが高血圧のリスクになるという話です。

 じゃがいもは血圧を上昇させ、なかでもフライドポテトが最も危険である・・・

 医学誌『British Medical Journal』2016年5月17日号(オンライン版)(注2)にこのような論文が掲載されました。

 この研究はこれまでに米国で実施された3つの大規模調査の結果を分析することによっておこなわれています。これら大規模調査の対象者は、「NHS(Nurses’Health Study)」と呼ばれる調査に協力した女性看護師88,475人、「NHS Ⅱ」と呼ばれるやはり女性看護師を対象とした調査に協力した88,475人、③HPFS(Health Professionals Follow-up Study)と呼ばれる医療者を対象とした調査に協力した男性の医療者36,803人です。

 ジャガイモは、①焼き(baked)/ゆで(boiled)/すりつぶし(mashed)、②フライドポテト(French fries)、③ポテトチップス(potato chips)の3つに分類し、高血圧のリスクが検討されています。結果、焼き/ゆで/すりつぶしで11%、フライドポテトで17%のリスク上昇が認められています。(ポテトチップスでは有意なリスク上昇はなかったようです)

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 この研究から言えることは「じゃがいもは野菜ではない」ということです。じゃがいもには食物繊維と多量のカリウムが含まれていることから、むしろ高血圧に有用な食べ物ではないかと言われることもありますが、この研究でそれが否定されたことになります。

 ちなみにWHOは以前よりじゃがいもを野菜と認めていません。ポテト料理を食べ過ぎて体重増加を経験した人も少なくないのではないでしょうか。糖尿病と高血圧のリスクを上昇させるじゃがいも。我々はじゃがいもとの付き合い方を見直すべきなのかもしれません。

注1:医療ニュース「ポテト食べすぎで糖尿病」(2016年1月29日)

注2:この論文のタイトルは「Potato intake and incidence of hypertension: results from three prospective US cohort studies」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/353/bmj.i2351

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2016年6月27日 月曜日

2016年6月27日 米国の減塩対策と日本の減塩食品

 塩分を減らしましょう、というのはほとんどの診察室で医師が毎日何度も言うセリフで、太融寺町谷口医院も例外ではありません。しかし、この塩分対策というのは容易ではなく、定期的な運動や体重コントロールがきちんとできている人でもなかなかうまくいきません。

 米国でもそれは同様で、FDA(アメリカ食品医薬品局)のレポート(注1)によれば、アメリカ人が摂取している塩分は1日8.6g(原文ではナトリウム量の表記で3,400mg)(注2)、米国の推奨値は5.8g(ナトリウム2,300mg)です。(ちなみに、日本人の塩分摂取量は2013年の厚労省の調査では男性11.1g、女性9.4g、2015年版の推奨値は男性8g未満、女性7g未満です)

 米国では、摂取する塩分の7割は加工食品や飲食店での食事と言われています。そこで、FDAは食品メーカーやレストランなどに対し、自主的に塩分含有量を減らすことを求めた指針を発表しました。チーズやパン、ドレッシング、お菓子、加工肉など150の食品カテゴリーごとに2年後と10年後のナトリウム含有量の目標値が示されています(注3)。例えば、プロセスチーズなら現在1,358mgで、2年後には1,210mg、10年後には1,000mgが目標とされています。

 日本では、このような具体的な指針の発表はありませんが、日本高血圧学会の減塩委員会は減塩にふさわしい食品の検討をおこない、昨年(2015年)から「減塩アワード」というコンテストをおこなっています。下記は第1回と第2回の受賞製品です(注4)。

〇第1回受賞製品(2015年5月発表)

味の素(株)                     やさしお
ヤマキ(株)                     減塩だしつゆ
ユニー(株)                     スタイルワン素材のうまみ引き立つよせ鍋つゆ
                            スタイルワン素材のうまみ引き立つちゃんこ鍋つゆ
ヤマモリ(株)            減塩でおいしいとり釜めしの素
                            減塩でおいしいごぼう釜めしの素
キッコーマン食品(株)  味わいリッチ減塩しょうゆ
一正蒲鉾(株)                サラダスティック
                                       鯛入りまめかま赤
                                       鯛入りまめかま白
シマダヤ(株)                 「流水麺」うどん
                                       食塩ゼロ本うどん
                                       東京「恵比寿」ラーメンやさしい醤油味
                                       東京「恵比寿」ラーメンやさしい味噌味
サンヨー食品(株)          サッポロ一番大人のミニカップきつねうどん
                                       サッポロ一番大人のミニカップきつねそば
(株)マルタイ                  マルタイラーメン
寿がきや食品(株)        小さなおうどんお吸いもの

〇第2回受賞遺品(2016年5月発表)

味の素(株)           お塩控えめの・ほんだし
ヤマモリ(株)               地鶏釜めしの素
                                      山菜五目釜めしの素
(株)マルタイ                屋台とんこつ味棒ラーメン
一正蒲鉾(株)              SHさつま揚
中田食品(株)             梅干し おいしく減塩うす塩味塩分3%
                         梅干し おいしく減塩しそ風味塩分3%
                         梅干し おいしく減塩はちみつ塩分3%
(株)新進                 国産野菜 カレー福神漬 減塩
ユニー(株)               スタイルワンだしのうまみ引き立つしょうゆラーメン
                        スタイルワンだしのうまみ引き立つシーフードラーメン

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注1:下記URLでFDAのレポートが参照できます。
http://www.fda.gov/food/ingredientspackaginglabeling/labelingnutrition/ucm315393.htm

注2:ナトリウムと食塩の換算式は、「食塩(g)=ナトリウム(mg)x2.54÷1,000」です。

注3:下記のサイトで150項目の詳細がわかります。
http://www.fda.gov/downloads/food/guidanceregulation/guidancedocumentsregulatoryinformation/ucm504014.pdf

注4:高血圧学会減塩委員会が推奨する減塩食品のリストは下記URLを参照ください。
http://www.jpnsh.jp/data/salt_foodlist.pdf

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2016年6月20日 月曜日

第154回(2016年6月) 誰が薬剤耐性菌を生みだしたか

 薬剤耐性菌という言葉、誰もが聞いたことがあり、言葉の意味も、なぜ薬剤耐性菌が生じるかについてもほとんどの人が知っています。我々医療現場にいる者からすると、この薬剤耐性菌というものに対する恐怖は並大抵のものではないのですが、マスコミも一般の人たちも、そして(腹立たしいことに)行政も今ひとつその危機感を持っていないように思えてなりません。

 今回は、薬剤耐性菌の問題に対してきちんとした対策をとっていない人たち、主に行政を批判するコラムになります。批判の前に、現在の薬剤耐性菌についてまとめておきます。

 抗菌薬を多用しすぎると、遺伝子に変異をおこしその抗菌薬で死なない細菌だけが生き残るようになり、これを「薬剤耐性菌」と呼びます。薬剤耐性菌が出現すると、今度はその耐性菌を退治できる抗菌薬の開発がおこなわれることになります。するとその新しい薬に対して耐性を獲得した菌が出現し、再び新しい薬剤が・・・、とイタチごっこのような「細菌vs人類」の対決が繰り広げられているわけです。

 で、現在の”戦況”はどうかというと、人類に分が悪いというか、耐性菌の恐怖は次第に大きくなってきています。例えば、米国CDC(疾病管理局)は2014年に「CRITICAL – 2014 Year in Review」というタイトルの発表をおこない、そこで「新しい4つの感染症」を驚異として取り上げています(注1)。その4つのうち1つが薬剤耐性菌です。(あとの3つは、エボラ出血熱ウイルス、エンテロウイルスD68(注2)、MERSウイルスです)

 実際にアメリカでは薬剤耐性菌の被害が深刻で、最近よく取り上げられるのが通称CREと呼ばれるカルバペネム耐性菌(正確には「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌」)です。カルバペネムという名の従来は「最後の切り札」として使われていた抗菌薬が効かない菌のことで、特定の菌種を指すのではなく、カルバペネムが効かない菌を総称して呼びます。

 カルバペネム耐性菌に対して唯一有効なコリスチン(注3)という薬があるのですが、細菌vs人類の歴史は細菌側に有利な展開となります。2015年11月、コルヒチンが効かない細菌が中国の養豚場で見つかったのです。そして2016年5月、米国でコリスチンが効かないカルバペネム耐性菌に罹患した患者がみつかりました。この患者は49歳の女性で、尿路感染症がなかなか治らず、やむを得ずコリスチンが使われたものの効かなかったと報じられています。(その後この女性がどのようにして治療されたのか、現在も感染症が治癒せず続いているのかどうかについては報道がなく不明)

 日本でもカルバペネム耐性菌は深刻な問題ですがそれ以外にもあります。ここ数年でよく取り上げられる薬剤耐性菌に「ESBL産生菌」と呼ばれる細菌(正確には「基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ産生菌」)があります。2016年6月16日の日経新聞によりますと、これまでに少なくとも66人の子供(うち9人は生後3日以内)がこの細菌による敗血症を発症し、うち2人が死亡しているそうです。ESBL産生菌は現在のところ先に述べたカルバペネム系が有効とされていますが、すべての患者に使えるわけではありません。

 他には通称「KPC」と呼ばれる「カルバペネム耐性クレブシエラ」、ニューデリーで最初に発見されたことから命名されたNDM-1あたりが注目されています。NDM-1については過去のコラム(注4)で紹介したこともあります。

 2016年5月26~27日に開催された伊勢志摩サミットで、薬剤耐性菌に対して世界各国で協調して取り組んでいくことが首脳宣言に盛り込まれました。評価されるべきなのは「畜産業で成長促進のために抗菌剤を使用することを段階的に廃止する」(注5)という合意が得られたことです。先に述べたコリスチン耐性の報告があった中国でも発見されたのは養豚場で、つまり家畜のエサに大量に抗菌薬が入れられていることが原因です。家畜に対する抗菌薬の使用については米国もおそらく中国とそう変わらないはずです。あまりマスコミは取り上げませんが、オバマ大統領が米国での畜産業から抗菌薬を廃止することに同意したのは画期的なことです。

 伊勢志摩サミットで検討された薬剤耐性菌対策は、基本的には2015年の(ドイツの)エルマウサミットでの決定事項の流れを汲んだものです。ただエルマウサミットでは「抗生物質の適正使用を促進し」という表現にとどまっており具体性がありあません。そこで、日本政府は、伊勢志摩サミットの開催に先駆けて、2016年4月1日の閣議で「抗菌薬の使用量を2020年までに現状の3分の2に減らす」とする行動計画案を発表しました。マスコミの報道によれば、「医療機関向けに抗菌薬使用の指針などをつくる」としているそうです。

 それから約2ヶ月が経過しましたが、医療機関向けの政府のこのような指針の発表はありません。私は新聞報道でこの政府の発表を聞いたとき、「医療機関への指針の前にすることがあるだろう」と感じました。

 日本政府がまずすべきなのはアジア諸国に対する注意勧告です。タイやインドでは屋台で抗菌薬が売られている光景を目にすることがあります(本物かどうか疑わしいのもありますが・・・)。また、医師の処方箋がなくても薬局で抗菌薬が誰でも買える国は多数あります。例えばフィリピンの薬局では「ペニシリン1錠ください」と言えば、実際に1錠だけ買うこともできます。このような使用はもちろん「完全な誤り」であり、医師は抗菌薬を処方するときに量を適当に決めているわけではありません。ときには3日分、ときには7日分となるのは菌の種類と重症度、その患者さんの免疫能などを考えて総合的に判断しているからです。先に述べたNDM-1は、インドでは不適切な抗菌薬の使用が横行していることが原因で生まれたと言われています。日本政府がまずおこなうべきなのはアジア諸国への注意勧告に他なりません。

 次に自国に目を向けてみましょう。私が日ごろ感じている日本での抗菌薬に関する最大の問題は「個人輸入」です。薬物の個人輸入は麻薬や覚せい剤でない限りは合法だそうですが、私は抗菌薬を禁止にすべきと考えています。いくつかある薬剤の個人輸入代行のホームページをみてみると、多くの抗菌薬がごく簡単に買えることが分かります。しかも、よほどの重症例でない限り処方しないような貴重な抗菌薬までもがクリック1つで購入できるのです。

 例えば、ニューキノロン系の抗菌薬というのは重症例にしか処方すべきでないもので、そのニューキノロン系のなかでも極めて強力なグレースビットやアベロックスといった薬剤が必要な症例というのはごくわずかです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の例でいえば、こういった強力なニューキノロンを処方するのは年に一度あるかないかです。それくらい重症例にしか使うべきでない抗菌薬がネット上で誰でも簡単に買えるのです。以前、谷口医院を初めて受診した患者さんから「ネットで買った抗菌薬が効かないんです」と言われたことがありました。このような言葉を聞くと絶望的な気持ちになります。私個人としては、「抗菌薬取締法」を制定し、抗菌薬は麻薬と同じように医師でないと処方できないようにするべきと考えています。

 医療機関で抗菌薬を処方しすぎている、という声があります。この声は正しいのでしょうか。医師は、必要な症例に必要な日数分しか抗菌薬を処方していません。そして、なぜ抗菌薬が必要なのかを可能な限り説明しています。例えば風邪症状で受診した場合、喀痰や咽頭スワブ(喉を綿棒でぬぐったもの)を用いて、グラム染色をおこない、細菌感染の像が顕微鏡で観察されたから抗菌薬が必要といった説明をするわけです(注6)。グラム染色で細菌感染が疑えなければ抗菌薬は処方しませんし、ときには一切の薬を処方しないことも谷口医院ではよくあります。

 ほとんどの医師は(グラム染色をおこなうかどうかは別にして)処方するときには患者さんに抗菌薬が必要な理由を話しているはずです。しかし、全員がかと問われるとそうでない可能性もあります。というのは、谷口医院を受診する人で、「前の病院では”とりあえず”抗生物質を飲むように言われた」と言う人がいるからです。抗菌薬は”とりあえず”飲むものではありません。喉が痛い、熱がある、といった理由だけで抗菌薬を飲んではいけません。飲むことによって余計に悪くなることだってあるのです(注7)。

 こういうケースでは、実際には前の病院の医師も”とりあえず”などという言葉を使わずきちんと説明していることも多いと思うのですが、なかには、このケースは前の医療機関で説明不足かもしれない・・、と私自身が感じることがあるのも事実です。

 しかしながら、抗菌薬の過剰使用の問題を世界全体でみたときに、日本の医師の過剰使用はあったとしてもごくわずかだと思います。まずはアジア諸国の無秩序で無法状態の抗菌薬の氾濫を食い止める政策をおこなうこと、次いで個人輸入での抗菌薬の購入を禁止することが重要です。最後に、個人レベルでおこなえる抗菌薬対策を挙げておきます。

・抗菌薬は必ず医師に処方してもらう(個人輸入はおこなわない!)

・処方された抗菌薬は大きな副作用が出ない限りは最後まで飲み切る。(ときどき、「自宅にあった抗菌薬を飲みました」、という人がいますが、抗菌薬が自宅にあること自体がおかしいのです)

・診察時に「抗菌薬が必要か」を尋ねるのはOK。「抗菌薬をください」はNG。(ときどき「お金を払うって言ってるでしょ!」と怒り出す人がいますが、抗菌薬の処方はそういう問題ではありません)

・抗菌薬を処方してもらうときは必要な理由を尋ねる。(抗菌薬を過剰に処方している医師が本当にいるなら、患者さんが毎回尋ねるようにすれば解決するでしょう)

注1:CDCのこの報告は下記URLを参照ください。

http://www.cdc.gov/media/dpk/2014/dpk-eoy.html

注2: エンテロウイルスD68の脅威については下記を参照ください。

はやりの病気第150回(2016年2月) エンテロウイルスの脅威

注3:カルバペネム耐性菌にも有効なコリスチンという抗菌薬は日本人が1950年代に開発しました。そんな優れた抗菌薬が、しかも日本人が開発したものがなぜこれまではそれほど使われていなかったかというと、副作用の頻度が高くまた重篤化することもあること、そして開発された当時はもっと安全で有効なものがあったことが理由です。尚、コリスチンの耐性菌は最近日本でも報告されました。

注4:はやりの病気第85回(2010年9月号)「NDM-1とアシネトバクター」

注5:外務省の下記ページを参照ください。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160313.pdf

注6:これについては、毎日新聞ウェブサイト版「医療プレミア」にコラムを書いたことがあります。

実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「その風邪、細菌性? それともウイルス性?」

注7:例えば、伝染性単核球症(キス病)に抗菌薬を使えば大変なことになります。詳しくは下記を参照ください。

実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「抗菌薬が引き起こす危険な副作用と、「キス病」」

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2016年6月20日 月曜日

第161回(2016年6月) 超高額の「夢の薬」に対処する2つの方法(後編)

 超高額の薬を使い続けると国家財政が破綻するのは火を見るより明らかです。いずれどこかで一定の「線引き」をする必要があります。つまり、患者Aさんには保険で診療ができるけれど、患者Bさんには適用されません、としなければ医療費はもちません。当然この「線引き」は容易でありません。

 年齢を基準にすればいいではないか、という考えがありますが、そう単純な話ではありません。実際にオプジーボが100歳の症例に使われた例があるらしく、「100歳を101歳にするのに3,500万円を使うのはおかしいのでは?」、という意見は賛同が得られやすいでしょう。しかし、この例でも、元来とても健康な100歳であり、日本最高齢の記録を塗り替えるのではないか、と言われているような人であったとしたらどうでしょう。

 もっと分かりやすい例を挙げましょう。例えば、オプジーボを使用する年齢基準を80歳未満と決めたとしましょう。80歳の誕生日を迎えればもう保険診療はできない、とするのです。78歳からオプジーボを使い続けてがんがほとんど消失している、という人がいたとして、「はい。80歳の誕生日が来ましたから治療は終わりです。またがんが大きくなるでしょうができることはありません」と言うことが許されるでしょうか。

「80歳未満」というのを使用時の年齢でなく「使用開始」の年齢にすれば?という意見もあるでしょう。では次の2つのケースではどうでしょうか。

 患者Xは、地域医療を担う医師。その地域には医師がひとりしかおらず住民は24時間365日その医師を頼っています。引き継いでくれる医師を探していますが見つかっておらず、引退したくてもできません。そんななか自分自身に肺がんが見つかりました。しかし先月80歳の誕生日を迎えたためにオプジーボは保険適用がありません・・・。

 患者Yは、強姦事件で何度も逮捕され、少なくともあと10年は刑務所を出られません。おまけに刑務所内で脳梗塞を起こし、ひとりでなんとかトイレに行ける程度の活動度です。最近は軽度の認知症もでてきました。そんななか、定期検診で肺がんが見つかりました。患者Yは現在77歳です・・・。

 さて、患者Xと患者Y、あなたが医師ならオプジーボを使いたくなるのはどちらでしょうか。ここで、犯罪歴のある人には高額医療を受けられないようにすればいいではないか、ということを考えた人がいるかもしれませんが、その理屈はおそらく受け入れられないでしょう。強姦で何度も逮捕と聞くと、「そんなやつに貴重な医療費を・・・」という気持ちになる人もいるでしょうが、犯罪歴があるというだけで医療を受ける機会を奪われるのは問題です。また、認知症があればオプジーボを使えなくする、というアイデアを思いついた人がいるかもしれません。しかし、認知症かそうでないかというのは境界が非常に曖昧ですし、オプジーボを使い出してから認知症を発症すればどうすればいいのか、という問題もでてきます。

 つまり、年齢でオプジーボの適応を決める、というのはそう簡単なことではないのです。

 では、お金で線を引く、というのはどうでしょう。オプジーボについては高額養費制度が適応されないようにして保険適応で3割負担とするのです。この方法でも年間3,500万円の3割、すなわち1,050万円を払えるという家庭はほとんどないでしょうし、差額の2,450万円は保険が負担することになります。現在の高額療養制度はその人の収入にもよりますが、最高でも月の上限が14万円ほどです。オプジーボに限りこの上限を50万円程度にするというのもひとつの方法です。別の方法としては、これは公的保険のオプションとしてでもいいですし、民間保険でもかまいませんが「オプジーボ保険」というのをつくるというのもひとつです。

 このような方法をもし採用すれば「医療はいかなる人にも平等におこなわれなければならないものであり、金持ちのみがいい治療が受けられるなどという制度は言語道断である」という意見が必ずでてきます。というより医師の大半はそう言うでしょう。私自身もそう言いたいです。ただし、国に潤沢なお金があれば、です。

 多くの医師は、このような議論になったときに「国民皆保険制」がある日本の医療システムは世界一だと言います。それはその通りかもしれません。しかし、です。このような制度は日本の伝統とまでは言いがたいものです。そもそも国民皆保険制が国民健康保険法の改正により成立したのは1961年ですからまだ55年しかたっていないのです。わずか55年間しか維持していない制度を、当然のように主張するには無理があるのではないか、というのが私が感じることです。

 では、なぜ国民皆保険制度がこれまで維持できたのか。これはいろんなところで議論されていますからここでは多くは語りませんが、一番のポイントは「これまではそんな高い薬が存在しなかった」ということです。(高齢化社会以前の社会では働く若い世代が多く充分な保険料と税金が集まった、というのも大きな理由です) 

 21世紀に入るまでに最もお金がかかっていた医療行為はおそらく「人工透析」でしょう。ひとりあたり年間約500万の医療費がかかります。これまでの日本の国民皆保険制度の歴史を振り返ってみれば、この金額くらいがおそらく限界になるでしょう。その人工透析も高齢化社会で実施すべき人が増えていますからいずれ国の財政がもたなくなるという声もあります。

 人工透析が誕生した当初は、極めて高額なものでありごく一部の人しか使用できなかったはずです。米国でもそれは同様で「生と死の委員会」または「神の委員会」と揶揄された会議があります。人工透析の実用化に成功したスクリブナーという米国の医師は「医療は非営利であるべき」と唱え、人工透析の適用はお金で決めてはいけないと主張しました。そこで、どの患者に透析をおこない、どの患者を(言わば)見殺しにするか、ということを決める委員会が1961年に開かれたのです。「3人の子どもの母親と、子どものいない偉大な芸術家、どちらが透析を受けるべきか」といった問題にきちんと答えられる人はいないわけで、この委員会は今でも医療倫理を語るときによく引き合いに出されます。

 それで、現在のアメリカはどうかというと、オバマ・ケアで改善されたとは言え、今も保険に加入しておらず腎臓が悪化しても人工透析を受けられない人が大勢いると聞きます。(ただし、米国の場合、低所得者はメディケアと呼ばれる保険があり、無保険者は中所得者に多いと言われています)

 世界に目を広げてみると、お金がなければ治療を受けられないのはむしろ当然のことです。日本では、心臓疾患の子供が米国で移植を受けるための募金が行われますが(親御さんの気持ちを考えると理解できることではあります)、米国でお金がないが故に心臓移植を受けられない子供がいるのも事実です。もっと言えば、例えばカンボジアやラオスで同じ心臓疾患の子供がいたとして、米国渡航を考える両親はほぼ皆無なわけです。

 フィリピンでは、低から中所得者の大半は無保険です。私の知人のフィリピン人は、妹が呼吸困難で食事も摂れない状態だけどお金がなくて病院に行けないと言っていました。そのうち死ぬだろうがこれがこの国では当然だと言います。タイは2001年に「30バーツ医療」という政策がおこなわれ、30バーツ(約90円)支払えばどんな医療も受けられる制度になり、現在は実質無料で治療が受けられます。しかし、この医療でできることは、基本的な治療だけで高額な検査や薬は対象になりません。(抗HIV薬は安いものは無料でもらえますが、それが効かなかったり副作用が出て使えなくなったりした場合は手がうてないのが現状です)

 私が興味深いと感じるのは、フィリピンやタイでは多くの人が、庶民が高額医療を受けられないのは当然と考えていることです。おそらくオプジーボのことをフィリピン人やタイ人に話すと、彼(女)らはたとえ自分自身が肺がんを患っていても笑い飛ばすでしょう。そして「生まれ変わったら日本に生まれてそんな治療を受けてみてもいいかも」と言うかもしれません。日本人を羨ましがるどころか、そこまでして生に固執する日本人を笑う人もいるに違いありません。

 さて、不気味なのは日本の厚労省です。これだけ高価な薬を承認しているわけですから、将来の医療費について何らかの説明があってもいいと思うのですが、私の知る限り何も発表していません。マスコミや有識者が、このままでは国が滅びる、と言っているのに、です。「高い薬剤を保険で認めるな」、という世論の声を待っているのでしょうか。そして、そのような声がある程度大きくなった時点で、保険診療の医療行為をバッサリと削減するつもりなのではないか。そのような穿った見方をしたくなります・・・。

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2016年6月10日 金曜日

2016年6月 己の身体で勝負するということ

 「お前、まだ△〇◇□大学って言うてるんか?」

 これは、少し前に偶然再会した旧友から言われた言葉で、私はこれを聞いて思わず赤面してしまいました。この旧友は私が18歳、つまり関西学院大学(以下「関学」)に入学してすぐ知り合い仲良くなった同級生で、関学の1回生の頃、学校で会うとよく話をしていた仲です。

 入学直後、私は至るところで「唯一の志望校、関学に入学できて本当に良かった! 自分はなんて幸せなんだろう」と言いまくって、関学がいかに素晴らしい大学であるかということを誰彼かまわずに力説していました。それが、1回生の夏休みが終わり、後期の授業が始まる頃には、他人に自分が関学の学生であることを隠すようになったのです。隠しただけではありません。今思えば愚かなことですが、名前さえ書けば合格できる、と当時言われていたような偏差値の極めて低い△〇◇□大学の学生だ、と言いだしたのです。最近再会した旧友がそれを覚えていて指摘され、恥ずかしさがこみ上げてきたというわけです。

 なぜ夢にまでみた理想の大学に入学できたのにもかかわらず、その数ヶ月後にはその憧れの関学を否定するようなことを言い出したのか。それは私のアルバイトでの経験によります。以前にもどこかに書きましたが、私は大学生時代におこなったいくつかのアルバイトで、それまでの考えを根底から覆される体験をしたのです。

 まず、自分が全然仕事ができず、受験勉強で得た知識など微塵も役立たないことを知りました。しかも偏差値の高さと仕事のできる・できないには逆の相関関係がある、つまり(関学のような)偏差値の高い大学生は無能であり、逆に聞いたこともないような大学生がバリバリと仕事をこなすことに気づいたのです。もちろん、このようなことが事実であるはずもなく、後に「仕事(どのような仕事かにもよりますが)のできる・できないは偏差値にはまったく関係が無い」ことを理解するようになるのですが、18歳当時の私は、自分の無能さと、偏差値の低い大学に行っている仕事がよくできる同僚や先輩の魅力を痛いほど思い知らされ、「偏差値が低い方が仕事ができる」といった極端な考えを持つようになったのです。そして、自分も早く仕事ができるようになりたいと思う気持ちから、関学の大学生であることを恥じるようにまでなってしまったのです。

 このような考えは無茶苦茶であり、四半世紀後に冒頭で紹介した旧友の言葉を聞いたときは「穴があれば入りたい」気持ちになりました。しかし、当時の私が偏差値の低い大学の先輩や同僚達から学んだことは、それまでの価値観をひっくり返すほどの衝撃だったのです。例えば、私がおこなっていたアルバイトのひとつに旅行会社での現地駐在があります。当時の旅行業界では(もちろんすべての会社ではありませんが)、予約システムがいい加減で、旅先に到着したが予約されているはずの宿に宿泊できず、他にも空いているところがない、などということは日常茶飯事でした。こういう状況で、関学など偏差値の高い大学生はあたふたするだけで何もできません。

 しかし、こんなときにも怒り心頭のお客さんを上手くもてなし、後に感謝の手紙をもらうような強者もいるのです。彼らは、例えば翌朝に早朝の便で帰るノリの良い若者のグループを見つけて、「今日は朝までパーティをするからチェックアウトの準備をして宴会場に集合!」と誘い出します。そして、その日に到着した別の客をその部屋に案内するという”荒技”をいとも簡単にやってしまうのです。巧みな話術やパフォーマンスなどで、朝まで客を飽きさせない先輩たちの人心掌握のパワーにはただただ圧倒されるばかりでした。

 仕事(アルバイト)の場面だけではありません。当時私が仲良くしていた女性たちは「関学とか偏差値の高い大学の男は話がおもんない。女は男の所属を見てるわけやない。男そのものを見てるんや」と言っていました。ある女性は就職後東京に研修に行き「合コン」に参加して「東京の男どもには驚いた」と言っていました。まだ盛り上がってもいない最初の段階で出身大学を聞かれたというのです。しかも、その大学(短大)は関西でもそれほど有名でないのにだいたいの偏差値を言われたというのです。さらに、「〇〇大学の学生は~」などと、関西人でも聞いたことのないような関西の大学の話をされ、さらに東京の大学の特徴の話を延々と語り出したというのです。この女性は「そんな話おもんないねん! 他に話題ないの?」と怒鳴って途中で退席したそうです。

 憧れの関学に入学した私はその数ヶ月後、授業にまったくついていけなかったことから嫌気がさし、退学することも考えていました。(そんなとき、偶然にもアルバイト先で出会った関学社会学部の先輩に「社会学」の魅力を聞くことになり、退学ではなく社会学部編入を目指すことになったという話は過去のコラムで述べました) 

 1回生の夏休みが終わった後期には大学に行ってもおもしろいことは何もなく、周囲の学生がみんな”子供”に見えたことを覚えています。怒り心頭のお客さんを笑わせて感謝の手紙をもらうような先輩たちと一緒に時間を過ごせば退屈な大学でそう感じるのも無理はありません。

 当時私が尊敬していた先輩や同僚から学んだことは「己の身体で勝負せよ!」ということです。学歴や家柄などそんなものは何の役にも立たない、頼れるのは自分自身だけだ、ということです。

「己の身体で勝負せよ!」この言葉を金科玉条とするようになった私は、就職活動もあえて大企業を避けました。大企業の歯車になることを嫌い、企業内の競争が不毛だと思っていたことに加え、もうひとつ私が大企業を避けた理由は「大企業〇〇会社の谷口恭」と思われるのがイヤだったからです。名刺を見せれば会ってくれるような立場の人間にはなりたくなかったのです。名前の通っていない中小企業であれば、名刺や肩書きは役に立たず、自分自身の魅力をつくり上げ理解してもらうしかありません。

 その後私はその会社に4年勤務し多くのことを学びました。自分がいかに未熟であったかを知るようになり、冒頭で紹介したエピソードのように自分の大学を偽るということがいかにバカげていたかを理解するようになり、自分の極端な考えが少しずつ修正されていきました。そして、人間的に魅力のある人たちに共通することとして「誠実」「謙虚」が不可欠であることを知るようになりました。また、この頃に読んだ稲盛和夫さんの本で「利他の精神」が真実であることも学びました。

 ただ、今も「己の身体で勝負せよ!」という言葉は私の中に深く根付いています。だから、今も学歴や職歴にこだわる人を見ると「かわいそうに・・・。早く真実に気づけばいいのに・・・」と感じます。誤解を恐れずにいえば、学歴や職歴にこだわる人は関西よりも関東に多いように私は思います。先に紹介した女性の体験もそうですし、東京の人は「〇〇大学卒業者は…」とか「△△社の人間は…」という話をよくするなぁという印象があります。

 さて、私の恥ずかしい話までして延々とこのようなことを述べてきたのは、少し前にSKという名のテレビ・ラジオのパーソナリティが学歴を詐称していたことが話題になったからです。私はこの事件というか出来事にとても大きな違和感を覚えます。ウソをつくことが良くないのは自明ですし、ウソを言ったなら謝らなければならないとは思います。

 しかし、これが番組を降板しなければならないような大きなウソでしょうか。SK氏は自ら降りたのでしょうか。あるいは番組側が降板させたのでしょうか。私がテレビ・ラジオ局の側の者なら、降板させることはありません。逆に、話題性がありますから、「SKさん、なんで学歴詐称してたの? 詐称していいことあった?」と言った質問をおこなって視聴率を稼ぎます。私はこの出来事が報道されるまでこのSK氏について何も知りませんでしたが、一連の報道を聞いて「ハデな学歴詐称というそんな面白いことする人物なら、話を是非聞いてみたい」と思いました。

 SK氏は学歴詐称が発覚する前までは、大変な売れっ子で多くの人気番組のパーソナリティをつとめていてファンも多かったと聞きます。学歴詐称が発覚していなかったとしたら人気を維持していたのではないでしょうか。そして、SK氏が卒業したと言っていた一流大学を実際に卒業してもそのような人気パーソナリティになれる人はほとんどいないわけです。ということは、人気のあるパーソナリティになるには学歴は一切不要ということにならないでしょうか。

 私自身は、友達はもちろん、仕事で出会う人も、また面識のないテレビやラジオのパーソナリティでも作家やジャーナリストであったとしても、その人の出身大学などまったく気になりません。自分自身の目で、信頼できる人か否か、面白い人かどうかを判断できる自信があるからです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年6月1日 水曜日

2016年6月1日 うつ病と性病の意外な関係

 うつ病と性感染症、一見まったく関係のないように思えますが、これらには相関関係があるようです。

 うつ病があると性行為感染症のリスクが上昇する・・・

 私はこの論文のタイトルをみたときに自分の目を疑いました。 「Young adults with depression are at increased risk of sexually transmitted disease」というタイトル、直訳すると「うつのある若い成人は性感染症のリスクが上昇する」となります。うつ病があると、気分が滅入り外出するのも億劫になりますから、性行為などというエネルギーのいる行為などとてもできない。だから性感染症のリスクは下がるのではないか、というのが私が感じたことです。しかし、そう考えるのは当然すぎて面白くもなんともありませんから、私が考えたような結果ならそもそも論文にはならなかったでしょう。

 医学誌『Preventive Medicine』2016年7月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、うつ病があれば性感染症のリスクが上昇し、うつ病の治療を受ければリスクが低下するというのです。

 この研究の対象者は米国の12歳以上の合計18,142人の男女で、うつ病(過去にあった例も含めて)の有病率は15.3%、性感染症の有病率は2.4%です。常識的には何ら関連のなさそうなこれら2つを分析してみると、うつ病があれば性感染症に罹患するリスクが男性で2.23倍に、女性で1.61倍になるそうです。白人のみでみると3.02倍にもなります。さらに興味深いことに、治療を受けるとなんと性感染症に罹患するリスクが0.55倍に、つまり45%も減少するというのです。

 この研究者は、「プライマリ・ケアの領域でうつ病に積極的に介入することによって性感染症を防ぐことができる」と主張しています。

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 先に述べたようにこの研究結果は私にとっては意外なものでした。ただし、うつ病があれば感染症全般に罹患しやすくなるというのは納得できることです。なぜならうつ病があれば、免疫能が落ちることが予想されますから、当然病原体に対する抵抗力が弱くなるからです。そしてこれを調べた研究があります。医学誌『International Journal of Epidemiology』2015年11月19日(オンライン版)に掲載された論文(注2)によれば、うつ病のエピソードがあれば感染症全般のリスクが1.61倍になるそうです。この研究の対象者は976,398人と大規模なものですから、信憑性が高いと言えるでしょう。

 性感染症というのは、HIVにしてもB型肝炎にしても、あるいはクラミジア頸管炎/尿道炎といった簡単に治癒する感染症であったとしても自覚症状がないのが普通です。ということは、うつ病のエピソードがあればこれら性感染症のリスクを考慮して検査をすべきなのでしょうか。それともこの研究はアメリカのものであり、日本では結果が異なるのでしょうか。

 いずれにしても、うつ病や性感染症というのは上記で述べたように有病率が高いものですから、プライマリ・ケア(総合診療)の現場では積極的に介入すべき疾患であるということは言えそうです。

注1:この論文のタイトルは「Young adults with depression are at increased risk of sexually transmitted disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0091743516300421

注2:この論文のタイトルは「Depression and the risk of severe infections: prospective analyses on a nationwide representative sample」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://ije.oxfordjournals.org/content/45/1/131.abstract?sid=573d6c57-6af5-47d2-8818-94e253ac4106

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