2014年9月29日 月曜日

2014年9月29日 世界の自殺者、ガイアナ、北朝鮮、韓国がトップ3

 長い間日本は自殺大国と呼ばれてきました。1998年に年間の自殺者が初めて3万人を超え、警察庁の統計(注1)によると、その後2011年まで14年間連続で年間3万人以上の自殺者が続きました。2012年、2013年はいずれも3万人を下回っていますが、それでも依然、日本は自殺大国と感じている人が多いのではないでしょうか。

 WHOによる世界の自殺者数の報告によりますと(注2)、2012年の日本の自殺者は人口10万人あたり18.5人です。これは決して少なくない数字ですが、世界にはもっと大勢の自殺者をうみだしている国もあり、日本は18位になります。

 1位から20位を並べてみると(かっこの中の数字は人口10万人あたりの自殺者数)、ガイアナ(44.2)、北朝鮮(38.5)、韓国(28.9)、スリランカ(28.8)、リトアニア(28.2)、スリナム(27.8)、モザンビーク(27.4)、ネパール(24.9)、タンザニア(24.9)、カザフスタン(23.8)、ブルンジ(23.1)、インド(21.1)、南スーダン(19.8)、トルクメニスタン(19.6)、ロシア(19.5)、ウガンダ(19.5)、ハンガリー(19.1)、日本(18.5)、ベラルーシ(18.3)、ジンバブエ(18.1)となります。

 地域でまとめてみると、南米2国(ガイアナ、スリナム)、東アジア3国(北朝鮮、韓国、日本)、南アジア3国(スリランカ、ネパール、インド)、旧ソ連5国(リトアニア、カザフスタン、トルクメニスタン、ロシア、ベラルーシ)、アフリカ6国(モザンビーク、タンザニア、ブルンジ、南スーダン、ウガンダ、ジンバブエ)、東ヨーロッパ1国(ハンガリー)となります。

 自殺者が少ない(トップ20に入っていない)地域は、ハンガリー(及びリトアニア)を除くヨーロッパ諸国と北米とオセアニア、中東、そして東南アジアということになります。

 自殺者が少ない地域はおおむね先進諸国に多いようですが、東南アジアに少ないことにも注目すべきでしょう。また、かつては自殺が多いと言われていた北欧諸国は相対的には多いとはいえません。

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 マスコミの報道をみていると、「日本は先進国で〇番目」という表現をよくおこないますが、私はこのような報道の仕方に疑問を感じています。例えば読売新聞は2014年9月5日のオンライン版で「韓国1位の自殺者割合、日本は4位…高所得国で」というタイトルでこのWHOの報告を紹介し、日本を、韓国、リトアニア、ロシアに次いで4番目に自殺者数の多い国としています。

 読売新聞がハンガリーを高所得国に入れないのはなぜでしょうか。1人あたりのGDPをみてみると、リトアニアが16,529ドル、ハンガリーが19,449ドルで、リトアニアを高所得国とするならハンガリーも入れなければならないことになります。もっとも、この数字はwikipediaに記載されたものですから私のこの意見も信憑性はありません。私が言いたいのは、ハンガリーを高所得国に加えるべき、ということではなく、高所得とそうでない国を分けて自殺者を論じることにどれだけの意味があるのかが疑問、ということです。

 さて、自殺の国際比較というのは日本では内閣府自殺対策推進室がときどき発表していますし、先進国だけのものならOECDも公表しています。今回のWHOの発表がおそらく一番新しいものと思われますが(ただしWHOのサイトには更新した日付が記載されていません)、私の知る限り、これまでのどのデータでもガイアナを1位としたものはありませんでした。

 ガイアナはカリブ海に面する南米の国で、以前はガイアナではなく「ギアナ」と呼ばれていたはずです。今でもあのあたりの高地は「ギアナ高地」と呼ばれており、テーブルマウンテンと呼ばれる台形状の切り立った山は観光地として有名です。6位にランクされているスリナムはガイアナの東に位置しています。

 南米のラテン系の民族は自殺から最もほど遠い、と言われることがありますが、これはすでに過去のことなのでしょうか。もっとも、この2国を除けば南米だけでなく中米も含めて自殺者数はさほど多くありません。北米も相対的には多いとはいえません。では、なぜガイアナ、スリナムの2国のみ突出して自殺者が多いのでしょうか。私には皆目見当がつきませんが、この理由は調べる価値があるのではないかと思います。

 自殺する理由は人それぞれでしょうが、地域に偏りがあるということは何らかの文化的・社会的な背景があるはずです。貧困や社会格差、社会保障制度、医療へのアクセス、地域社会ネットワークの充実度など様々な要因があり、これらの分析はかなり複雑になるとは思いますが、自殺学を研究している人たちに是非頑張ってもらいたいと思います。

 我々のように日々患者さんをみている医療者にとって、患者さんが自殺するということは何としても避けたいのですが、残念ながらなかにはそのような選択をする患者さんがいます。医療者による自殺のリスクを図る検査の研究や自殺を減らす食事などの研究も増えてきていますが実用化には至っていません。少しでも自殺を防ぐために、医療以外の観点からの自殺に対する考察に私は期待しています。

(谷口恭)

注1:警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等は下記のURLで閲覧できます。
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/toukei/pdf/saishin.pdf

注2:WHOのこのデータは下記URLで閲覧できます。
http://apps.who.int/gho/data/node.main.MHSUICIDE?lang=en

参考:
メディカルエッセイ
第27回(2005年11月)「なぜ日本人の自殺率は高いのか①」
第28回(2005年12月)「なぜ日本人の自殺率は高いのか②」
第29回(2005年12月)「なぜ日本人の自殺率は高いのか③(最終回)」
医療ニュース
2014年9月2日「血液検査でわかる自殺のリスク」
2013年11月11日「自殺のリスクが低くなる食事とは」
2013年1月31日「自殺者が3万人を切ったものの・・・」

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2014年9月22日 月曜日

第133回 デングよりチクングニアにご用心 2014/9/22

 今月(2014年9月)に日本で最も注目された感染症といえばデング熱でしょう。8月27日に国内での感染が1945年以来69年ぶりに報告され、その後感染の報告が相次ぎました。厚生労働省の発表によりますと、9月19日時点で感染者は141名に上り、大半は代々木公園を中心とした東京の公園に近づいた人ですが、なかには、最近東京を訪れたことがなく、海外への渡航歴もない千葉県の男性が感染していたという報告もあります。

 2014年8月は連日エボラ出血熱の報道が相次いでいたわけですが、それが東京でデング熱の報告があったとたんに、各マスコミは手のひらをかえしたようにエボラ出血熱にはほとんど触れなくなり、連日デング熱一辺倒となりました。(エボラ出血熱は9月中旬の時点で終息に向かっておらず今回の流行による感染者は6千人にせまる勢いで、すでに2,700人以上が死亡しています)

 デング熱を媒介する蚊はネッタイシマカとヒトスジシマカの2種が知られており、ネッタイシマカの方が感染を広げやすいと言われています。日本にはネッタイシマカは存在せず、それほど感染が広がらないと言われているヒトスジシマカのみが生息しているだけであり、さらにそのヒトスジシマカも気温が下がれば生息できませんから、今後急速に感染者の報告がなくなることが予想されます。マスコミは次々に旬の話題を探しますから、おそらく10月になれば紙面から「デング熱」という文字が消え去ることでしょう。

 来年(2015年)以降はどうかというと、ヒトスジシマカが再び出現しだす5月頃からデング熱の新たな報告が出始めるかもしれません。国内在住の日本人の感染が起こるとすれば、おそらく今回と同じように海外から渡航した感染者を日本の蚊が刺すことから始まるものと思われます。(『医療ニュース』「デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと」(2014年9月5日)で述べたように、流行地域から来日した外国人のなかに感染者がいた可能性を私は考えています)

 デング熱は現在台湾や香港でも問題になっています。地球温暖化と共にデング熱の流行地域も少しずつ北上しているわけで、地理的に考えると、日本で流行するならまずは沖縄が考えられます。台湾の最北部である基隆市と与那国島は100km程度しか離れておらず、天気のいい日は与那国島から台湾が、また台湾から与那国島が見えることもあるそうです。(台湾のどこから与那国が見えるのかは分りません。私は一度台湾の基隆市を訪れたときに港まで行ってみたのですが曇っていたこともありまったく見えませんでした)

 ただ、私は台湾や香港から沖縄へデング熱が波及するのには少し時間がかかるのではないかと考えています。東南アジアから中国大陸は陸続きですし、中国大陸と台湾は目と鼻の先で、数多くのフェリーが運行しています。しかし、台湾と沖縄は、かつては人の行き来が相当盛んであったのにもかかわらず、現在は文化的に遮断されているとまでは言えないでしょうが、かつての交流が嘘のように社会的距離が遠のいています(注1)。

 台湾や香港、あるいは中国南部とのフェリーの行き来がほとんどない沖縄にデング熱が流行するのにはしばらく時間がかかると思われます。しかし、今年(2014年)に東京で流行したのと同じ理由で沖縄に感染者が出る可能性はありますし、沖縄で最も注意が必要な点は、ネッタイシマカが生息しうる気候であるということです。

 現在ネッタイシマカの生息地域はじわじわと東南アジアから北に上ってきており、すでにベトナムとの国境付近の中国や台湾でも生息が確認されています。もしもネッタイシマカが沖縄に上陸すれば一気に蔓延する可能性があります。実際、現在は沖縄にネッタイシマカはいないとされていますが、過去には報告もあったのです。そして、先にも述べたようにデング熱はヒトスジシマカよりもネッタイシマカで流行しやすいのです。

 さて、前置きが長くなりましたが、今回はここからが本題です。デング熱に注意が必要であることには変わらないのですが、私は今後日本人が蚊が媒介する感染症で最も注意しなければならないのはデング熱ではなくチクングニア熱(注2)ではないかと考えています。

『医療ニュース』「米国国内で蚊からチクングニアに感染」(2014年8月18日)でお伝えしましたように、現在フロリダではカリブ海由来のチクングニアが問題になっています。ちょうど日本のデング熱流行と同じように、カリブ海から渡航した人を元々フロリダにいた蚊が刺して、次に米国人に刺してウイルスが感染、というケースが考えられているそうです。

『医療ニュース』でも少し触れましたが、現在カリブ海ではチクングニア熱が極めて早いスピードで蔓延しています。この感染症は従来この地域になかったものです。1~2年前から広がったのではないかと言われていますが、チクングニア熱のカリブ海沿岸での正式な報告はつい最近、2013年の12月です。その後瞬く間に感染者の報告が増え、これまでにカリブ海沿岸の約50万人が感染したと言われています。この増殖のスピードはデング熱の比ではありません。

 チクングニアと聞くと、今はアジア方面によく旅行に行く人はガイドブックなどでも目にするでしょうが、そのアジアでもこれだけ有名になったのはつい最近のことです。チクングニアはアジア発症ではなくアフリカ由来の感染症です。私が医学部の学生時代にはチクングニア熱などという疾患名はほとんど聞きませんでしたが(アフリカにはもっと重要な感染症が山ほどあります)、チクングニアというこの”奇妙な”名前はタンザニア語で「折り曲げる」という意味だそうです。感染すると、関節痛がひどいために身体を”折り曲げて”歩くようになるからこのように命名されたのだそうです。そして、世界初のチクングニアの報告は1953年のタンザニアです。

 ちなみにタイでは初めてのチクングニアの報告は1958年ですが流行にはいたっていません。1995年に小さな流行がありましたが翌年には終息したそうです。ところが2009年に南部地方を中心に流行が起きその後は現在も感染者が増加する一方です。カリブ海沿岸諸国と同様、やはり流行のスピードには注目すべきです。2009年前半に2万人以上の報告が寄せられましたが、このときの首都バンコクでの報告は10人未満です。

 チクングニア熱について、最近ではマスコミの記事が散見されるようになってきましたが、どうも「デング熱と同じようなもの」というニュアンスで伝えられているような感じがします。しかし、これは一見正しいようで正しくありませんのでここで解説しておきたいと思います。

 まず、デング熱と似ているのは、ネッタイシマカとヒトスジシマカが媒介すること(注3)、蚊に刺されて比較的短期間で発症すること、ワクチンも特効薬もないこと、重症化することは少ないこと、などです。

 ここからは異なる点をあげたいと思います。

 まずは多くはありませんが「重症化」についてです。デング熱で重症化することがあるとすればデング出血熱を発症する場合ですが、これは2回目以降の感染時に前回とは別のタイプのデング熱ウイルスが感染した場合とされています。一方、チクングニア熱は、1回目の感染でも(頻度は多くありませんが)呼吸不全、心不全、髄膜脳炎、劇症肝炎、腎不全などが起こることがあり、さらに死亡例の報告もあります。

 次いで母子感染のリスクがあります。デング熱が母親から胎児に母子感染する例はあってもわずかとされていますが、チクングニア熱は母親から胎児への感染率は約50%とされています。(タイの英字新聞『The Nation』2009年7月1日) ちなみに、ウィキペディアでチクングニア熱を調べると「妊婦に対して悪影響はない」と書かれていました・・・。

「慢性化」があるということも知っておくべきでしょう。デング熱は高熱で苦しめられることはありますが、ほとんどは1週間程度で回復します。一方、チクングニア熱は、大半は急性症状を乗り越えれば治癒しますが、なかには1年以上症状が続くこともあり、関節痛がひどくて日常生活がまともに過ごせないこともあります。(チクングニアの名前の由来を思い出してください)

 最後に、これは先にも述べたことですが、感染力の強さというか蔓延のスピードをもう一度考えてみてください。カリブ海沿岸では正式な報告の第1号から半年ほどの間に約50万人が感染しているのです。チクングニアがいったん日本で流行しだすと2014年のデング熱騒ぎの比ではないかもしれません。

 蚊取り線香、虫除けスプレーやクリーム(DEET)、肌が弱い人はシトロネラ(レモングラスに似た植物です)、などは来年の夏から必需品になるかもしれません。ちなみに、蚊取り線香は日本製が世界で最も優れていると言われています。最近はマンションが増えたこともあり蚊取り線香を使う家屋が減っているかもしれませんが、マンションでも高層階でなければ蚊は出ます。

「日本の夏、〇〇〇〇〇の夏」というのは昔よく聞いた蚊取り線香のメーカーのキャッチコピーですが、今一度日本の”文化”を思い出し、「夏になれば蚊取り線香」という日本人の習慣を取り戻すべきかもしれません。

注1:「表の日本史」には出てきませんが、戦後しばらくの間、八重山諸島は台湾との密貿易で驚くほどの好景気に沸いた時代がありました。これがエスカレートし、沖縄の米軍基地から盗まれた最新の兵器が台湾に流れていることが発覚し、それまで大目に見ていた日米政府が厳しく取り締まるようになったと言われており、八重山諸島の好景気はわずか数年で幕を閉じたそうです。

注2:チクングニア(chikungunya)の日本語表記は、媒体により「チクングニア」であったり「チクングニヤ」であったりしており、このウェブサイトでもこれまではどちらを使ったこともありました。厚生労働省のサイトでは「チクングニア」とされているために、当院でも今後は「チクングニア」に統一したいと思います。

注3;ヒトスジシマカもネッタイシマカも日中にも活動します。一方、マラリアを媒介するハマダラカは夜間に活動します。このためなのか、私は以前、タンザニア方面に長期渡航するという患者さんから「蚊の対策は夜だけでいいですよね。日中は短パンでも問題ありませんよね」と言われたことがありますがこれは完全に誤りです。この患者さんにデング熱やチクングニアを媒介する蚊は昼間に活動すること、チクングニアの名前の由来はタンザニア語であることを伝えると大変驚かれていました。

参考:
医療ニュース「デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと」(2014年9月5日) 
医療ニュース「米国国内で蚊からチクングニアに感染」(2014年8月18日)
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」

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2014年9月20日 土曜日

第140回(2014年9月) 頑張れマクドナルド!

  私のようにクリニックを開業している医師は法的には公務員ではありませんし、クリニック自体も法的には公的機関ではありません。しかし、保険診療中心のクリニックであればクリニック自体は”公的な”機関と言えるでしょうし、医師というのは”公的な”存在、もっと言えば「全体の奉仕者」あるいは「公僕」とみなされるべきと私は考えています。
 
 公僕として存在すべき医師は、日本医師会の「医の倫理要項」第6条にもあるように、営利を求めてはいけませんし、特定の団体に便宜を図るようなことをおこなってもいけません。特定の製薬会社の薬品を偏って処方してはいけませんし、特定のサプリメントや健康食品、化粧品などをすすめることもできません。マスコミからの問い合わせや取材依頼はしばしば来ますが、「特定の製品や治療法に肩入れするような取材は受けない」というのが太融寺町谷口医院のポリシーです。

 かつて、このサイトの『マンスリーレポート』で「この夏の暑さと塩と味の素」(2013年8月号)というタイトルで「味の素」を絶賛したことがありますが、これは味の素が塩分を制限するのに有効であり、かつ競合品が日本でもアジアでも(私の知る限り)存在しないからです。

 今回はこのように私が決めている「特定の製品を肩入れしない」というルールから逸脱するかもしれませんが、あえてマクドナルドについて取り上げたいと思います。

 2014年8月31日の日経新聞に掲載された「マクドナルド負の連鎖」というタイトルの記事は同社の停滞ぶりを多角的に伝えています。中国の鶏肉の「期限切れ事件」や「豆腐しんじょナゲット」が8割以上の店舗で過剰請求されていた事件などに触れ、既存店売上高が急落し、業績の予想すらできない窮状に陥っていることを報じています。

 この日経新聞の記事は法的、あるいは経済的・経営的な観点から論じられており、また日経以外のマスコミのマクドナルドの報道をみてみても、数年前まで「原田マジック」などと持ち上げられていた原田前社長の経営方法は実はフランチャイズの売却益が出ていただけではないのか、とか、現在のサラ・カサノバ社長兼CEOでは再建は無理ではないか、とか、そういった内容のものが目立ちます。

 今回は、医学的な観点から(と呼べるほどのものではありませんが)、私は日頃接している患者さんにマクドナルドについてどのように話しているか、そしてマクドナルドがこれからどのように社会貢献できるのかについて意見を述べてみたいと思います。

 その前に、私自身にとってマクドナルドとはどのような存在なのか、なぜ、他のバーガーショップではなくマクドナルドが気になるのか、について話したいと思います。

 私がファストフード店でハンバーガーを初めて食べたのは小学校5年生のとき、1979年でした。大阪の近鉄上本町にあるマクドナルドで食べたメニューは、普通のハンバーガーとフライドポテトS、そしてマックシェイクのセットです。このときのことを私は今でもはっきりと覚えています。

 そもそもハンバーグなどというものは、当時の私の家にとっては月に一度食卓に上がるかどうかの贅沢品でした。それをパンにはさんで手で食べるというのが私には衝撃的だったのです。最初の一口を食べたときのあの美味しさは絶筆に尽くしがたいとしか言いようがありません。私にとってはピクルスというものも初めての経験で世の中にこんなに美味しいキュウリがあるのかと驚きました。じゃがいもと言えば、てんぷらにするか味噌汁にいれるかくらいしか知らなかった私はマックフライポテトにも感動しました。マックシェイクにいたっては、じっくりと味わって食べなければならない貴重なアイスクリームをストローで飲んでしまっていいのか、こんな贅沢は許されるのか、と罪悪感を覚えたほどです。

 物心がついたときからマクドナルドは身近にある、という人にはこういった感覚は分らないでしょうし、私のことを大袈裟と思うでしょう。しかし、当時の私たちにはマクドナルドというのは頭をハンマーで殴られるほどのカルチャーショックであり、私の友達などは「妹にも食べさせてあげたい」と言って、ハンバーガーをお土産に持って帰っていたほどです。大阪から当時の私たちの地元(三重県伊賀市)は2時間くらいはかかりますから、家に着く頃にはハンバーガーは冷たくなっています。それでも貴重なお土産になったのです。(ちなみに三重県伊賀市(当時は上野市)にマクドナルドができたのは私が高校を卒業してからです。ファストフード店がない田舎では、学校が終わってから友達とダラダラする場所は友達の家かゲームセンターくらいでした)

 大学生になってからの私はマクドナルドに入り浸りでした。多いときは週に5回は利用していました。朝マックを食べて夕食もマクドナルドで、という日もありましたし、夜中の店舗のメンテナンスのアルバイトをしていた当時の友人から廃棄処分にするハンバーガーを分けてもらってもいました。(このようなことは今の時代に発覚すれば大変なことになるでしょうが1980年代当時はあまり問題視されていなかったと思います)

 念のために言っておくと、私はマクドナルドを盲目的に崇拝しているわけではありませんし、他のバーガーショップよりマクドナルドが優れていると言っているわけでもありません。私が沖縄を訪れるときはマクドナルドよりもむしろ「A&W」をよく利用しますし、大阪にいるときも他のバーガーショップにもよく行きます。

 それでも私にとってのマクドナルドというのは、初めて食べたときの衝撃が今でも脳裏に焼き付いていますし、学生の頃(関西学院大学時代)に最も頻繁に利用した食べ物屋ですから、いくらかの思い入れがあるのは事実です。新聞の見出しに「マクドナルド」という文字があれば必ず目を通しますし、これからも少なくとも月に一度くらいは食べに行くつもりです。

 さて、私のマクドナルド回想記はこれくらいにして、少しは医学的な観点から述べてみたいと思います。同社には申し訳ないですが、私は患者さんに食事指導をするときに「マクドナルドは利用回数を減らしましょう」と話すことが増えてきています。ファストフードが健康によくないという研究が増えてきていますし(注1)、研究を待たなくても生活習慣病や肥満を気にしている人がマクドナルドのメニューが良くないのは自明です。

 他のバーガーショップに比べてもマクドナルドが良くないのは「マックフライポテトM」の量が多すぎる、ということです。これにハンバーガーのパンを食べるわけですから、カロリー過剰摂取になるだけでなく炭水化物の過剰摂取も明らかです。特に糖質制限を考えている人などからすれば、マクドナルドのポテトを含んだセットメニューは絶対NGと考えるべきでしょう。ならばSサイズのポテトを選べばいいではないか、となりますが、ほとんどのハンバーガーのセットにつくポテトはだいたいMサイズになっています。ポテトの代わりにサラダも選べますが、サラダは1種類だけであり、ポテトMに比べると魅力に乏しい気が(私は)します。

 余計なお世話だ、と思われるでしょうが、これからのマクドナルドに求められるのは「健康になるためのファストフード」と私は考えています。もっと言えば「健康のためにマクドナルドへ!」というキャッチコピーをつけるくらいになってほしいのです。現在は輸送技術が随分と発達しており、新鮮な野菜や果物を産地直送で届けるサービスなども普及してきています。もしもマクドナルドに行けば新鮮な野菜や果物がふんだんに食べることができて健康になれる、となればどうでしょう。ハンバーガーはカロリーと炭水化物の量を考慮したものとして、セットメニューのポテトを今のSサイズの半分くらいにし、新鮮な野菜や果物を加えられないでしょうか。

 さらにウェブサイトではマクドナルドを利用して健康になる食事療法を紹介し、糖質制限や塩分制限をおこなっている人のためのメニューも紹介するのです。健康教室を開いてもおもしろいでしょう。はっきり言えば、現在のマクドナルドは「ジャンクフードの代表」というイメージがあります。これを根底から覆して「健康食の代表」にするのです・・・。

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 このコラムの下書きを書き終えた日、私はたまたま大阪駅近くのマクドナルドに行く機会がありました。よく訓練された従業員がてきぱきと顧客を案内し丁寧な対応をしてくれるおかげで私も含めてみんなが満足している様子でした。憧れの「ビッグマック」(学生の頃は手が出ない高級品でした)を食べた私はその美味しさに満足し店を後にしました。店内は満員でしたが、次から次へと新しいお客さんが押し寄せ長い行列をつくっていました。

 どうやら私がマクドナルドの先行きを心配するのは「余計なお世話」だったようです。ですが、1人のマクドナルドファンとして、マクドナルドが「健康食の代表」と呼ばれる日がいつか来ることを願っています・・・。

注1:例えば、週2回のファストフード店の利用で、糖尿病発症リスク、心筋梗塞による死亡のリスクが、それぞれ27%、56%上昇するという研究があります。この論文のタイトルは「Western-Style Fast Food Intake and Cardiometabolic Risk in an Eastern Country」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/126/2/182.full?sid=309d67ec-0597-48b8-8be8-686391b53d96

参考:
医療ニュース2013年6月7日「近所にファストフード店が多いと肥満リスク増大」
メディカルエッセイ第126回(2013年7月)「我々はベジタリアンの道を進むべきか」 
メディカルエッセイ第114回(2012年7月)「糖質制限食の行方」

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2014年9月12日 金曜日

2014年9月号 私のリハビリ体験記~させない傘とウォーキング~

  交差点まであと20メートル・・・。もう少し・・・。しかし私の左腕はいうことを聞いてくれず傘が左横にずり落ちていきます。右腕は雨に濡れだした状態をとっくに超えて半袖のTシャツの右腕の部分はもはや絞れば水がしたたりおちるほどびしょびしょになっています。ついに私は左手で傘をさすことを断念し右手に持ち替えました・・・。

 前回の『マンスリーレポート』では、手術は成功したものの左腕の筋力低下はほとんど改善していない、ということをお伝えしました。『メディカル・エッセイ』では、「難病を患うということ」というタイトルで、症状が改善しないことから治らないと思い込み、私の精神状態が悪化していったこと、過去に診させてもらった脊髄損傷の患者さんやタイで出会ったすでに他界しているエイズの患者さんのことなどを思い出し頑張るしかないと認識したこと、などについて述べました。

 最近はコラムの内容が自分のことばかりになり恐縮ですが、今回もその後の経過のことについて述べてみたいと思います。

 冒頭で紹介したのは、8月下旬のある日、夕立のような大粒の雨が降るなか、クリニックからの帰宅途中の私の体験です。筋力低下が進行した2014年4月中旬から左手で傘を保持するのが困難になっていたのですが、手術を受けた後ですからリハビリのひとつとして左手でさしてみることにしたのです。50メートルくらい進んだところで左腕に力が入りにくくなり、それは加速度的に悪化していきました。

 傘がさせない悔しさ、というのは体験してみないと分りにくいと思います。機能障害を伴う他の疾患もそうだと思いますが、今まで何の問題もなくできていたことが突然できなくなる、というのは、たとえそれが些細なことであったとしても本人からすると辛いものです。左がダメなら右で持てばいいんじゃないの?という意見もあるでしょうし、私自身もそのように考えるように努力していますが、「そっか、自分にはまだ右手が残っているんだ」、と瞬時に発想を切り替えられるような人はそれほど多くないでしょう。

 しかし、時間がかかったとしても、結局のところはそのように発想を切り替えて、今ある機能を大切にし、障害がでた部分については可能であればリハビリで回復を期待するのが現実的な対策ということになります。

 私の場合は、大変幸いなことに、リハビリに積極的にむかえるモチベーションがあります。退院して診療の現場に復帰すると、大勢の患者さんから励ましの声をかけていただきました。20代から70代まで、男性の患者さんも女性の患者さんも私の身体を心配してくれて、「退院できてよかったですね」とか「思っていたより元気そうで何よりです」とかいった嬉しい言葉をかけてくれるのです。(よく考えてみると、これらの言葉は本来医者が患者さんにかける言葉です・・・)

 なかでも意外だったのは複数の患者さんからいただいた「おかえりなさい」という言葉です。「おかえりなさいって・・・。これが医師が患者さんからもらう言葉か・・・」と、後になってこの言葉を何度も噛みしめて嬉しさに浸ることも何度かありました。

 こういった言葉を繰り返し聞いていると、頑張らなければ・・・、という思いが強くなりリハビリに励むことができます。入院中から執刀医の先生に歩くことをすすめられていて、手術の翌々日からは毎日病院の外でウォーキングをしていましたから、私は可能な限り退院後もウォーキングを続けています。

 入院するまでの私は、毎朝5時に起きて、少し長めに入浴を楽しんで、それから新聞を読んで、その後メールのチェックと返信をして、6時すぎにクリニックに到着、という生活スタイルでしたが、これを少し変更して、5時起床、ウォーキング、入浴ではなく短時間のシャワー、新聞、メールは読むだけで返信はクリニックに到着してから、というかたちにかえました。クリニック到着は6時半を回ることになり、それからメールの返信をしますから時間に追われることになりますが、なんとか続けていけそうです。

 ウォーキングを始めてみて意外だったのは、ウォーキングは思っていたような退屈なものではない、ということです。私は左腕の障害がでるまでは、クリニックが休診の木曜と日曜の早朝に(元気があれば)ジョギングをしていたのですが、ジョギング中にウォーキングをしている人をみると、「歩いているだけで楽しいのかな、まだ若いんだから走ればいいのに・・」などと(大変失礼なことを)感じていたのですが、ウォーキングで充分、というかむしろウォーキングの方が楽しく続けられることに気付きました。

 もっとも、以前私がジョギングをしていたのは、走っているときが楽しいからではありませんでした。私にはいまだに「ランナーズ・ハイ」が訪れたことがありません。ジョガーやランナーのなかには、ランナーズ・ハイの快感がたまらず、いくらでも走り続けていたくなる、という人がいますが、私にはこの感覚はなく、走っているときに考えることは「いつ走ることをやめてこの苦しさから解放されるか」だけです。

 では何のために私は走っていたのかというと、ジョギングの後のシャワー、ジュース、食事、この3つが最高に楽しめるからです。特にジョギングの後の炭酸ドリンクは私にとって至福の時間であり、生きていることを実感できるひとときなのです。(減量目的や糖尿病の治療目的でジョギングをしている人、つまり炭酸ジュースNGの人には大変失礼なコメントですが・・・)

 ウォーキングではジョギングほどカロリーを消費しませんし発汗量も少ないですから、私の3つの楽しみのシャワー、ジュース、食事はそれほど楽しめません。しかし、ウォーキングの長所もあります。

 一番の長所は「開始時のハードルが高くない」ということです。ジョギングの場合、やはりしんどいことですから、とっかかりにそれなりの”勇気”が必要です。実際、早朝に目覚めたのはいいものの、ジョギングがイヤになり何とか走らなくてもいい言い訳はないかと考えてしまうことがしばしばありました。激しい雨が降っていると「ラッキー、これで走らなくてもいい理由ができた!」などと考えてしまうこともありました。これでは強制されているわけでもないジョギングを何のためにしているのか分りません。

 その点、ウォーキングはハードルが低く、もう少し寝ていたいな、という気持ちはありますが、とりあえず外に出て数歩も歩けば、「よし、今日もいつものコースを歩こう」、という気持ちに切り替わります。雨の日でも傘を(右手で)させばウォーキングはできますから、雨だから中止という言い訳はできません。実際、退院してから3回ほど雨が降った日がありましたが(コースは少し短くしていますが)降っていない日に比べてそれほど辛いというわけではありません。退院後に私がウォーキングを休んだのは2日だけで、その2日とは東京で開催されたアレルギー専門医セミナーに参加するため6時前に家を出た日と、やはり東京での渡航医学会の研修に参加するのに深夜特急(サンライズ瀬戸)に乗るために深夜に家を出た日です。

 二番目の長所は、これは今の私にしか当てはまらないことですが、左腕をどこまで振り続けることができるか、を評価できるということです。腕をおろし普通に歩く分には困りませんが、走るときのように、あるいは競歩の選手のように腕を振って歩くと、私の左腕は冒頭で述べた傘をさしたときのように次第に力が入らなくなりだらりと垂れ下がってしまいます。退院直後のウォーキングでは、せいぜい数百メートルくらいしか腕を振り続けられなかったのですが、少しずつその距離が伸びてきています。今日は昨日より20メートル進んだけど翌日には30メートル後退して・・・、というような感じで毎日確実に伸びているわけではないのですが、長いスパンでみてみると確実に距離が伸びているのは間違いなさそうです。このように距離が伸びていることを実感できるのはリハビリの大きな励みになります。

 ウォーキングの三番目の長所は、総運動量はジョギングに勝る、ということです。これも「私の場合」ということになりますが、ジョギングは毎日続けるのは困難です。左腕の障害がでる前の私は月に80~100キロメートルを走ることを目標としていましたが、実際に走れていたのはせいぜい50~60キロ程度でした。ウォーキングに切り替えてから毎日の距離は約4.8キロ(GPSの測定による)なのですが月あたりで換算すると140キロを超えます。

 毎日運動することのメリットをこのサイトではさんざん紹介していますし患者さんにも薦めていますが、改めて考えてみると私自身がそれほど運動していたとは言えません。しかし、左腕が言うことを聞かなくなり手術を受けたことの”おかげで”ようやく実践できるようになりました。運動には生活習慣病の予防だけではなく精神状態にもいいということを伝えたこともありますが、実際、ウォーキングをしてから仕事に取りかかると精神的に調子がいいような感じがします。

 左腕がダメでもまだ右腕があるさ・・・、とすぐに発想を切り替えられるほどには楽観的でない私も、左腕に力が入らなくなったおかげで患者さんから嬉しい言葉をかけてもらうことができてウォーキングの楽しさを発見できた、というふうに前向きに考えることができています。

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2014年9月8日 月曜日

◎新発売の爪水虫の塗り薬について

爪の水虫(爪白癬)は従来の塗り薬ではほとんど治ることがなく飲み薬が必要です。しかし、爪の水虫にも効果がある塗り薬「クレナフィン」が2014年9月に発売されました。全例が治るわけではありませんし(製造元の科研製薬のデータによれば1年後の完全治癒率は17.8%)、薬価も安くはありません。しかし何らかの理由で内服薬が飲めない、あるいは飲みたくないという患者さんには今後普及していくかもしれません。

詳しくは科研製薬の下記URLを参照ください。
http://clenafin.jp/press.html

★(医)太融寺町谷口医院の見解

飲み薬で爪の水虫を治療した場合、ほとんどのケースで治癒します。飲み薬は2種類あり、双方とも登場した当初は薬価が高く使いにくかったのですが、現在は後発品(ジェネリック薬品)がありますから、飲み薬で爪水虫を治すのが現在の一般的な治療です。
2つの内服薬と「クレナフィン」を比べてみたいと思います。(治療法1と2の薬は当院で扱っている後発品の場合です。価格はいずれも3割負担の場合です)

〇治療法1 イトラコナゾール内服パルス療法(治療期間3ヶ月、合計約15,000円)

1日8錠を7日間内服し3週間休みます。これを3回繰り返します。薬剤費は処方代を入れて合計10,980円(3,660円x3回)です。
薬剤費以外に診察代3回分と水虫がどの程度いるかを調べる顕微鏡の検査代がかかり、薬剤費も入れた総合計は15,000円程度です。

〇治療法2 テルビナフィン内服(治療期間6ヶ月、合計約14,000円)

1日1錠を約6ヶ月続けて内服します。薬剤費は処方代を入れて合計5,820円(970円x6回)です。薬剤費以外に診察代6回分と水虫がどの程度いるかを調べる顕微鏡の検査代、さらにこの薬は肝機能障害のリスクがあるために最低一度は血液検査が必要になります。
これらをすべて合算すると、薬剤費も入れた総合計は14,000円程度です。

〇治療法3 クレナフィン外用(治療期間12ヶ月、合計約63,000円)

1日1回爪全体に塗布します。1本で2週間もつと考えた場合、合計24回の受診が必要になります。(新しい薬は2週間ごとの処方しかできないという規則があります) 薬剤費は1本約1,800円で処方代も含めて考えると合計約46,000円となります。
薬剤費以外に合計24回分の診察代と月に一度の水虫がどの程度減っているかを調べる顕微鏡の検査代を加えると総合計約63,000円となります。

このようにみてみると、塗り薬のクレナフィンは費用もかかり、治療期間も長く、また治癒率17.8%ということを考えると、手放しでとびつきたくなる治療法とはいえないかもしれません。治療中はペディキュアもできません。とはいえ、例えば妊婦さんのようにどうしても薬が飲めない(飲みたくない人)という人もいるでしょうし、軽症であれば1年間も使わずに治ることもあるかもしれませんから選択肢の1つとして考えるのは悪くないと思います。

2014年9月8日

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2014年9月5日 金曜日

2014年9月5日 デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと

 連日マスコミで報道されているように、現在代々木公園付近でデング熱に感染した症例があいついでいるようです。厚生労働省に  よると、2014年9月4日までに12都道府県で合計59人が確認されており、いずれも最近の海外渡航歴はなく代々木公園付近での感染が疑われているようです。

 また、2014年9月4日、東京都は代々木公園内で採集した蚊からデング熱ウイルスが検出されたことを発表し、同日午後2時から公園の大半を閉鎖しました。

 では公園閉鎖で充分かと言えば、蚊は風にも流されますから、デング熱ウイルスを保持した蚊が代々木公園の外にいる可能性も充分にあります。(私の率直な感想を言えば、まさか公園が閉鎖されるとは思ってもみませんでした)

 さて、このようなことはマスコミでも報道されていますから、このサイトでとりたててお伝えする必要はないのですが、マスコミが報道しないことで周知されなければならない2つのことをここで述べたいと思います。

 1つめは、代々木公園以外で感染する可能性のある場所についてです。

 そもそもなぜ空港から離れた代々木公園でデング熱が発生したのかというと、代々木公園にいた日本の蚊がデング熱を持っている人を刺したときに血液と一緒にデング熱ウイルスも吸い込み、それを別の人を刺したときに感染させたから、と考えられています。

 では、デング熱を持っていた人は誰なのかというと、もちろん海外から帰国した日本人の可能性もありますが、代々木公園という場所に今一度注目してみましょう。代々木公園は毎週のように様々なイベントがおこなわれており、外国人が中心となるものも少なくありません。

 ここからの私のコメントは物議を醸すことになるかもしれませんが、大切なことなので誤解を恐れずに言いたいと思います。代々木公園では8月2日と3日に「アセアンフェスティバル2014」が、8月16日と17日には「カリブ中南米フェスティバル」が開催されています。アジアもカリブ海も共にデング熱の流行地域です。つまり、これらのフェスティバルの参加目的で来日した外国人が持ち込んだ可能性があるということです。

 ここで私が主張したいのはデング熱を持ち込んだ”犯人”を探せ、ということではもちろんありません。アジアや中南米の人たちを排斥せよ、と言っているわけでももちろんありません。そうではなくて、アジアや中南米から日本にやってくる人のなかには、自身も気付いていないけれどデング熱ウイルスを持っている可能性がある、ということを言いたいのです。デング熱は軽症もあれば不顕性感染(感染しても無症状)の場合もあります。
 
 日本でこのようなかたちでデング熱の流行がおこった以上は、代々木公園に行かなくてもアジアや中南米の人たちが集まる場所に行くときは「蚊対策」をしっかりしましょう、ということが、私が主張したい「マスコミが報道しない重要なこと」の1つめです。

 デング熱の予防については過去にこのサイトで取り上げていますし、マスコミも報じていますが、基本的なことは長袖長ズボンと、DEETと呼ばれる虫除けスプレー・クリームです。ただしDEETは日本製のものは有効成分の濃度が不十分と指摘されることがあります。(ちなみに私はアジアに渡航する際、到着日に現地のコンビニでDEETを購入します) DEETはけっこうな割合でかぶれる人がいます。そういう人にはシトロネラと呼ばれるアロマがおすすめですが、何度も塗り直す必要があります。

 さて、デング熱でもうひとつの「マスコミが報道しない重要なこと」は、デング熱の可能性があれば(つまり原因不明の熱が出現すれば)市販の鎮痛薬を安易に飲まない、ということです。絶対に避けるべきなのは、サリチル酸系の鎮痛剤で、薬局で買えるものの代表は「バファリン」です。(製薬会社の方はどうか「営業妨害」と思わないでください)
 
 また、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)も注意が必要です。例えば「イブプロフェン」と呼ばれる鎮痛剤を含む「イブ」や「リングルアイビー」は避けるべきでしょう。

 もしもデング熱ウイルスに感染しているときに、サリチル酸系の鎮痛薬やイブプロフェンなどのNSAIDsを内服すると、場合によっては全身から出血が起こり、アシドーシスという血液中に酸が異常に蓄積する危険な状態になることがあります。

 では何を飲めばいいのか、ということですが、高熱があればデング熱かどうかにかかわりなく医療機関を受診すべきです。クリニックに行くほど高熱でもないし、倦怠感もたいしたことがない、けどデング熱が心配、という場合は何を飲めばいいかというと、アセトアミノフェンを選択するのが賢明です。代表的な市販のアセトアミノフェンは日本では「タイレノール」です。(念のために断っておくと私はタイレノールを販売しているジョンソン・エンド・ジョンソンと何の利害関係もありません) 

 アセトアミノフェンは、まったく危険性がないとは言いませんが、世界中で新生児から高齢者まで広く使用されている解熱鎮痛剤で、原因不明の発熱のときにも用いることができます。(ちなみに私は海外渡航時には常にアセトアミノフェンを持参し、切れたときは現地の薬局で購入しています)

 繰り返しになりますが、アジアや中南米から渡航した人が集まる場所ではそこに蚊がいればデング熱のリスクが上がるということ、感染を疑ったときは鎮痛剤の選択に注意しなければならないということ、この2つはしっかりと覚えておくべきだと私は思います。

(谷口恭)

参考:
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
医療ニュース2014年8月29日「デング熱の国内感染が確実」
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

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2014年9月2日 火曜日

2014年9月2日 血液検査でわかる自殺のリスク

  自殺をするリスクが血液検査でわかる・・・

 このような論文が医学誌『The American Journal of Psychiatry』2014年7月30日号(オンライン版)に掲載され(注1)議論をよんでいます。

 研究者らは「SKA2」と呼ばれる遺伝子に注目しています。SKA2という遺伝子が変異を起こすと、つまりこの遺伝子が働きにくくなると、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの制御がきかなくなり、過剰に分泌されることは以前から指摘されていました。

 研究者らが実際に自殺を図った人のSKA2遺伝子を調べてみると、正常に機能していないことが多いことが判ったそうです。つまり、自殺しやすい人は、SKA遺伝子が働かない→コルチゾールの分泌量が増える→ストレスが増加する→自殺のリスクが上昇する、というわけです。

 研究者らは合計325人の対象者の血液検査をおこない、SKA2がどのような状態で自殺のリスクが上昇するかを検討し、自殺をほのめかしている患者が実際に自殺を図るかどうかが約80%説明できる検査方法を考案したそうです。

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 この研究は医療者の間で現在物議を醸しており、これからも注目されていくと思います。自殺にいたった過程は様々であり、ほとんどのケースで自殺の原因をクリアカットに説明することなどできません。にもかかわらず、この研究ではたった1つの遺伝子で80%が説明できるとしているのです。

 ただ、自殺をするほど思い詰めている人の血中コルチゾールが相当上昇していることは間違いないでしょう。コルチゾールは唾液でも測れますから、ストレスがどの程度貯まっているかを調べるのに唾液のコルチゾール濃度を測定するのは有効な方法かもしれません。(近いうちに簡易キットが誰にでも入手できるようになるかもしれません)

 普段楽観的な人でも強烈なストレスを感じる環境に身を置けばコルチゾールは上がります。ですからコルチゾールの濃度が一時的に高くなるのは正常です。この研究で言っているのは、SKA2遺伝子に生まれ持っての変異があればそれだけで自殺のリスクが上昇する、ということであり、もしも健康診断や人間ドックで調べられるようになれば、おそらく調べたいという人が出てくるでしょう。それを知ってしまったことで余計に自殺を考え出す人がいるかもしれません。また、この検査を入社時の健診時に会社側が黙っておこなえば(もちろん違法ですが)人事に影響を与える可能性もなくはありません。

 たったひとつの遺伝子で自殺の予測を80%説明できるとしているこの研究が正しいかどうか、さらにこの遺伝子を検査することに倫理的な問題がないのかどうか、こういったことをこれから議論していく必要があるでしょう。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Identification and Replication of a Combined Epigenetic and Genetic Biomarker Predicting Suicide and Suicidal Behaviors」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://ajp.psychiatryonline.org/article.aspx?articleID=1892819&resultClick=3

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2014年9月1日 月曜日

2014年9月1日 パンや麺類でなくお米で良い睡眠

 数年前から流行している「糖質制限」の影響を受けて、炭水化物はすっかり不人気になってしまいました。極端な人になると、炭水化物があたかも”毒”であるかのように考えて可能な限り日常の食事から除去しているようです。しかし、以前別のところで述べたように、極端な糖質制限は、たしかに短期間で大きく体重が減少しますが、それを継続することは極めて困難で、結局挫折して体重も元通り、という人が少なくないのです。

 ただ、自身の体重や血糖値、その他健康上の問題点を考慮した上で、緩徐な糖質制限は有効な場合も多く、おしなべて言えば炭水化物をもう少し減らすべき人が少なくないのも事実です。多くの人にとって、飲みに行った後のしめのラーメン、パスタについてくるパンの食べ過ぎ、お好み焼き定食(お好み焼きにご飯は炭水化物過剰です)、などはすぐにでもやめるべきでしょう。

 何かと悪者になりがちな炭水化物ですが、もちろん、人間が生きていく上で炭水化物は必要な栄養素です。「美味しい」ということ以外にいいことはないのかというと、「お米で良質な睡眠が得られる」という研究結果が発表されましたのでここに報告します。

 医学誌『PLoS One』2014年8月15日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、20~60歳の1,848人の日本人男女を対象とした研究がおこなわれ、米・パン・麺類の摂取量と睡眠の質との関係が調べられています。食べたものの内容も睡眠の質も質問票を用いてデータが収集されたようです。

 その結果、米をたくさん食べると質のいい睡眠が得られるという結果がでたようです。パンでは摂取量と睡眠の質には関連性がなく、麺類は摂取量が多いと睡眠の質が低くなる、という結果になったそうです。

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 お米好きの人には嬉しい結果に見えますが、私自身はもう少し検討の余地があるのではないかと考えています。その理由は2つあります。

 1つは、論文ではGI値(グリセミック指数)の違いが睡眠の質に影響を与えるのではないか、つまりGI値が高い炭水化物はよい睡眠が得られるのではなか、と考察されているのですが、お米といっても、白米と玄米では異なりますし(この理屈でいくと、GI値の低い玄米では質のいい睡眠が得られない、ということになります)、パンにも様々な種類のものがあります。麺類はうどんとそばでは異なるでしょうし、ベトナムのフォーやタイのクイッティアオのように米からつくられている麺もあります。つまり、「米」「パン」「麺類」といったグループ分けではおおまかすぎて現実的でないということを指摘しておきたいと思います。

 もうひとつは、元々よく睡眠がとれる人にお米好きが多い、ということはないのか、ということです。つまり、米を食べるから良い睡眠、ではなく、良い睡眠を取る人は米をよく食べる、という可能性を検討する必要はないのか、ということを言いたいのです。

 例えば、夕食に米を食べる人は家で炊飯器でお米を炊いて家族と一緒に過ごしている可能性が高いでしょう。一方、一人暮らしの人や生活習慣が乱れている人のなかには、ついつい夕食をコンビニのパンやパスタですませたり、終電間際に駅前でラーメンを掻き込んだりしている人もいるでしょう。このような人たちは生活習慣が乱れていて、そのせいで睡眠の質がよくないことは充分ありえます。

 不眠など睡眠障害で悩んでいる人は少なくありません。さらなる研究を待ち「良い睡眠のための食事療法」のようなものが将来的に提唱されることを期待したいと思います。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Associations between Rice, Noodle, and Bread Intake and Sleep Quality in Japanese Men and Women」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0105198

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