マンスリーレポート

2024年10月 コロナワクチンは感染後の認知機能低下を予防できるか

 最近は新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)以外の質問や相談が増えているのですが、今月よりコロナワクチンの第8回目の接種が開始されたこともあり、過去1~2週間は再びコロナの質問が増えていて、ほとんどがワクチンに関するものです。谷口医院は過去7回のコロナワクチン接種を見送っていましたが、ついにこの秋から院内で接種を開始することにしました。といっても、適応はかなり絞り込み、こちらから勧めることはほとんどありませんし、また希望されてもすぐに接種できるかどうかは分かりません。このワクチンには充分な問診が必要だと考えているからです。

 初めに「谷口医院ではこれまでやっていなかったのになんで今になってコロナワクチンを始めたのですか?」という質問に答えておきましょう。谷口医院が過去7回のワクチン接種に不参加だったのは、「mRNAワクチンは副作用が未知。アナフィラキシーショックなどが生じたときの対応が困難」と私自身が考えていたからです。薬についても同じことがいえて、谷口医院では発売された直後から処方を開始した薬は過去にもほとんどありません。登場してから「当初は想定していなかった副作用が……」という事態が日本の薬剤の歴史にはいくらでもあるのです。

 ただし、コロナワクチンが重要であることは認識していましたから私自身が集団会場に出掛けて接種していました。そして、実際アナフィラキシーを疑う事例に遭遇したこともあります。会場には止まった心臓を動かす薬やAED(自動体外式除細動器)が準備され、救急車がすぐ近くに待機していました。このような環境でなければ自院でのワクチン接種に手を出すべきではないと考えていたのです。

 そして現在。諸事情から移転を余儀なくされた谷口医院のすぐ近くには偶然にも新しい大きな病院が誕生しました。院内スタッフも緊急事態に対応できるような体制になってきました。今ならたとえ大きな副作用が起こったとしても対処できます。これが谷口医院が今秋からコロナワクチンを開始するようになった理由のひとつです。

 もうひとつの理由は「ワクチンの誤解を解きたい」という気持ちが私のなかで次第に高まってきたことです。繰り返し述べているように、私自身のコロナワクチンに対する見解は「うってもリスク、うたなくてもリスク」です。副作用がこれだけ多いワクチンですから、ワクチンをうつことにリスクがあるのは自明でしょう。

 しかし、コロナワクチンが登場した2021年の時点では、まだコロナは強毒性のウイルスであり、感染すれば日頃健康な人でも死に至る可能性があり、薬がじゅうぶんに揃っておらず、しかも病床逼迫とやらで、感染しても治療を受けることができないおそれすらありました。そんななかで颯爽と救世主のように登場したワクチンはいわば「唯一の武器」だったわけです。しかも国民の8割がうてば”集団免疫”とやらができて未接種者も救われるのだとか……(これを主張していた専門家には是非現時点の見解を述べてもらいたいものです)。

 一方、2024年の現時点では、ウイルスは弱毒化し、内服薬も出そろい(必ずしも効果が高くないという声もありますが、谷口医院での実績をみているとパキロビッドはもちろん、ゾコーバでもかなり効いている印象があります)、病床逼迫で入院できないということもありません。つまり、ワクチンは「唯一の武器」から「数多い対策のひとつ」に成り下がったのです。ならば重篤な副作用が生じるリスクを抱えてまで受ける必要性は大きく低下します。

 しかし、それはコロナを「死に至る病」とみたときの話です。「死ぬか生きるか」という視点で考えればすでにコロナだけに注目する必要はあまりありません。この議論になると必ず出てくる「重症化リスクのある人は……」という話も、「それを言うなら他の呼吸器感染症、インフルエンザやRSウイルスでも重症化するのでは?」となります。

 では後遺症はどうでしょうか。いっときに比べればコロナ後遺症で悩んでいるという声は随分と減りましたが、今もなくはありませんし、最近は「諦めている」人が増えています。どこに行っても治らない、どんな治療を受けても治らない、と考えている人が多いのです。実際には根気よく治療を続けていれば回復していくことが多いのですが、「治療を続ける」モチベーションが維持できず、さらに認知機能が衰えてくることがあり、こうなるとまともな思考ができなくなってしまいます。ここで論文を紹介しましょう。

 2022年4月に公開されたバングラデシュでコロナに感染した401人を対象とした研究によると、感染者の19.2%に記憶障害が認められました。興味深いのは、理由は不明ながら都心部よりも農村部の住民で記憶障害が顕著であったこと、もうひとつは年齢・性別・コロナの重症度と記憶障害の有無に関連がなかったことです。つまり、若年者でもコロナ感染時の症状が軽症であっても記憶障害が起こるときは起こるのです。

 2024年7月のTIMESの記事にも「30代や40代でも、軽度の認知症のような神経認知障害を発症する」とする意見が掲載されています。

 コロナ罹患後の記憶障害は高齢者で顕著だ、とする研究もあります。イタリヤのトリエステの医療機関の外来に通う平均年齢82歳の111人(男性32%)が対象者です。調査期間中31人がコロナに感染し、44人に認知機能低下がみられました。コロナ感染者では認知機能が低下した人が約3.5倍多いという結果がでました。

 これまでにコロナ感染と認知症の関連が調べられた研究を総合的に解析しなおした研究(メタアナリシス)もあります。過去に発表された質の高い11件の研究が解析されています。コロナ感染者が939,824人、対照者が6,765,117人です。コロナに感染すると認知症を新たに発症するリスクが58%増加することがわかりました。

 イギリスでは80万人の成人を対象にオンラインによる認知機能評価が実施され結果が発表されました。やはりコロナに感染するとその後認知障害を発症するリスクが上昇しています。この研究では、感染時に重症であったときに認知症のリスクが上昇しやすいという結果がでています。

 規模は小さいものの、若年者を対象とした非常に興味深い研究が最近発表されました。対象者は若くて健康な過去にコロナに感染していないボランティア34人で、この研究ではなんと人工的にコロナに感染させています。34人中、感染したのが18人(感染しなかったのが16人)で、1人は無症状、残り(17人)は軽症でした。34人は急性期及び、30、90、180、270、360日後に追跡され認知機能検査を受けました(調査期間は2021年3月から2022年7月)。結果、感染したボランティアは、急性期および追跡期間中のいずれの時点でも非感染ボランティアに比べ認知機能のスコアが低かったのです。ということは、コロナに感染すれば急性期には軽症であったとしても、少なくとも1年間は認知機能や記憶力が衰えることを意味します(下記のグラフは一目瞭然です)。

 もちろん、コロナに感染しても認知機能低下どころかまったく何の後遺症も残さない人の方が圧倒的に多いわけですが、上記の若年者の研究も自覚症状があるわけではないことに注意が必要です。認知機能検査が実施されたことで機能が低下していることが判ったのです。これを考えると、やはりコロナは侮ってはいけないと考えるべきでしょう。

 ではワクチンは認知機能低下を予防するのでしょうか。残念ながらそれを検証した報告は見当たりません。ですが、「ワクチンが後遺症を減らす」とした研究は数多くあり、オミクロン株登場以降は感染リスクや重症化リスクはデルタ株までに比べれば効果が低下していると言われていますが、オミクロン株以降も後遺症のリスクを下げるとした研究もあります。下記のグラフをみればそれはあきらかでしょう。

 さて、今秋以降コロナワクチンをうつべきか否か。たしかに登場して間もないレプリコンワクチンは未知数だらけで安全性が担保されているとは言い難いですが、ファイザー製(またはモデルナ製)であれば従来のmRNAワクチンと同様のリスクとみなしていいでしょう。それでも従来のワクチン(mRNAワクチンが登場するまでのワクチン)と比べれば副作用のリスクは桁違いに高いわけですが。また、mRNAワクチンのリスクが背負えないのであれば武田薬品製のワクチンを接種するという方法もあります。こちらは不活化ワクチンですからmRNAワクチンのリスクはありません(ただし、mRNAワクチンに比べて効果はやや劣るとする声もあります)。

 いずれにしても当分の間、ワクチンをうつべきか否かで悩むことになるでしょう。そういう意味でコロナは「まだ終わっていない」のかもしれません。

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