マンスリーレポート
2009年12月号 スポーツ医という仕事
太融寺町谷口医院にときどき来られる40代男性の患者さん(仮に「Mさん」としておきます)がおられます。
Mさんは最初、「健康診断で中性脂肪が高いと言われた」と言って受診されました。健康診断の結果を見せてもらうと、中性脂肪が高いといってもたいしたことはありません。この程度なら薬を飲む必要がなく、食事と運動、特に中性脂肪は効果的な運動で大きく改善する可能性があることを伝えて、薬の処方はおこないませんでした。
その3ヵ月後、Mさんは肩が凝ると言って受診されました。最近は頭痛や頭重感も自覚することがあると言います。しびれや腕の症状はなくレントゲン撮影までは必要なさそうです。私は、またもや薬を処方することなく、運動、特に肩や背中の筋力を鍛えるような運動をおこなうよう指導しました。
その半年後、今度は「眠れない」と言って、Mさんは受診されました。Mさんは私に睡眠薬を処方してもらうつもりで受診されたようですが、眠れない→睡眠薬、と単純に話をすすめるわけにはいきません。よく話を聞いてみると、2か月前に勤務先で部署が移動となり、新しい環境に馴染めず上司ともソリが合わないと言います。さらに問診を重ねるとうつ状態になっていることが分かりました。
しかし、うつ→抗うつ薬、と単純に考えるわけにもいきません。よく聞くと、週末におこなっている趣味のサークル活動(詳しくは聞いていませんが何やら同人誌の発行までおこなっているようです)はこれまで通り楽しくおこなっているようです。このようなケースでは、薬の力を借りなくても状況を客観的に見直すことによってうつ状態や不眠症状がとれていくケースが少なくありません。そして、生活のなかに運動を取り入れることをすすめました。運動は、それほど重症でない気分の落ち込みやうつ状態に有効なことが多いのです。
Mさんは別々の訴えで私の元を3回受診されましたが、私は薬の処方は一度もおこなわず、3回とも「運動」をするように助言しました。
このように、私は薬を処方する代りに(あるいは薬の処方と同時に)運動をすすめることが多いのですが、これは私に限ったことではなく、おそらく多くの医師が同じような助言をおこなっているのではないかと思われます。
しかしながら、私は運動を助言してそれで満足しているわけではありません。というより、実は運動の助言をおこなうときにはいつも不安を感じています。それは、いくら運動の重要性を患者さんに訴えたところで、必ずしも運動をおこなってくれるとは限らないからです。
むしろ、「先生に言われて運動をするようになってこんなに元気になりました!」と言われたことはこれまで数えるくらいしかなく、ほとんどの患者さんは運動に取り組まれたとしても長続きしていません。私が運動の有用性を話して勧めると少しは始められるのですが、そのうち「忙しくて時間がなくて・・・」といった理由で断念してしまう患者さんが大半ですし、なかには「大切なのは分かるのですが・・・」と言って一度も運動されない方もいます。
運動ができなかったり継続できなかったりするのは、何も患者さんだけの責任ではありません。やはり、結果として効果的な助言をできなかった私にも責任があると考えるべきでしょう。なんとか患者さんに運動をしてもらえる方法はないものか・・・。悩んだ挙句に私がだした結論は、「スポーツ医」の資格をとる、というものです。スポーツ医という資格をとったからといって患者さんに運動してもらえるわけはありませんが、まずは私自身がスポーツ医学を勉強する必要があると考えたのです。
「日本医師会認定スポーツ医」という資格があります。一般的に「スポーツ医」と言えば、スポーツをする人々の健康管理や、スポーツ傷害に対する予防、治療等の臨床活動を行う医師のことと考えられると思いますが、スポーツ医は何もプロのスポーツ選手を専属で診る医師だけではありません。一般の患者さんに運動の指導をおこなう医師もまたスポーツ医なのです。
というわけで、私は10月と11月の合計4日間、東京に「日本医師会認定スポーツ医」の講習を受けに行ってきました。この資格は講習を受けるだけで取得できるもので、テストや面接もありません。ラクと言えばラクな資格なのですが、一方ではこの資格があれば何か特別なことができるわけでもありません。一応資格はもらえますが、講習を受ける目的は資格取得よりもむしろ講習の内容そのものにあります。
循環器内科、内分泌内科、整形外科、脳外科などの分野で特に運動療法やスポーツ障害を診ている専門家の講習が聞けますし、なかにはプロのアスリートを専属にみている医師の講習もあります。教科書を読むだけではなかなか分からないことも、直接講義を聞けば知ることができますから、なかなか価値のある講習なのです。
さて、私は合計4日間の講習を終え、現在は使用したテキストとノートを中心に復習をしているところです。これからもスポーツ医という資格を維持していくためには、ときどき講習を受ける必要があるのですが、講習はそう度々あるわけではありませんから(あっても参加する時間が確保できません)、日頃は自分自身で勉強していくしかありません。
さて、私が勉強している間も、健康のためにスポーツや運動に取り組んでいる患者さんもおられるでしょうし、これからどのように効果的な運動を始めようかと悩んでいる人もおられるでしょう。私がおこなう医師としての勉強とは少し趣が異なるかもしれませんが、患者さんの方も健康のための運動に対する情報を集め勉強なさっていることでしょう。
運動の仕方にもいろいろあって、その人によって適切な運動の内容は違ってきます。例えば、ウォーキング中心が適切で激しい運動はすべきでない人、筋トレ中心の運動がいい人、余裕があればフルマラソンに出場してもいい人など、その人の年齢、スポーツ歴、病気の種類・重症度、日頃の活動の度合い、などによって適切な運動の種類や時間、負荷のかけ方などが変わってきます。
当分の間、私は運動が必要と思われる患者さんを診察するときは、患者さんと一緒にどのような運動が適していて、そして実際にできるかどうかを検討してみたいと考えています。運動は続けなければ意味がありませんから、一方的に運動内容を助言するのではなく、一緒に考えていければと思います。
そして、私自身も運動を始めることにしました。これまでも時間があるときはフィットネスに通ったこともありましたが、もう何ヶ月も足を運んでいません。なかなか時間が確保できないのがその理由なのですが、これでは重要性が分かっていながら一向に運動を始めてくれない患者さんと同じです。
なかなか時間が確保できないながらも私がおこなっている運動は、仕事から帰ってきたとき(だいたい10時半から11時半くらい)、腕立て伏せ、腹筋、ダンベルを使った筋トレなどを15分程度おこなうというものです。これを週に3~5回程度おこなっています。まだ1ヶ月半ほどしか続いていませんが、最近は負荷も上げられるようになってきて少しだけ楽しさを見出しています。
このような運動ならほとんどの人がすぐに始められるのではないでしょうか。これからクリニックを受診される患者さんにも積極的にすすめてみたいと考えています。
注:Mさんは、当院に受診している複数の患者さんをモデルにして私がつくりあげた架空の人物です。もしももあなたに、Mさんと似たような知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということをお断りしておきたいと思います。
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