マンスリーレポート

2012年8月号 簡単でない守秘義務の遵守

2012年7月12日、医療者の守秘義務に対し一石を投じる興味深い判決がでました。今回は守秘義務について検討してみたいのですが、まずはこの事件について簡単に振り返っておきたいと思います。報道をまとめると以下のようになります。

 

 

 この事件に関して医師が書き込みをおこなうサイトをみていると、この看護師がおかした罪は許されるべきでないという意見の他に、看護師の軽率な行動にまで医師に管理責任を求めるのは酷すぎるではないか、という意見が目立ちます。

 看護師が業務上知りえたことを自分の夫に話すのは職業人として失格ですが、果たして現実の問題として、院長がここまで責任を負えるでしょうか。院長が職員全員の家族の会話を監視することなどできるわけがありません。「そんなとんでもない看護師を採用した院長が悪い」という意見もあるでしょうが、面接のときにそこまで見抜くことは現実的には不可能です。

 どこの医療機関でも守秘義務については徹底しています。ちなみに太融寺町谷口医院では、ミッション・ステイトメントの第2条を「すべての受診者のプライバシー遵守を徹底し、クリニックで知り得た情報は院外に持ち出さない」と定めており、ミッション・ステイトメントは開院以来何度も全員参加の会議で見直していますが、その度に守秘義務遵守の重要性をスタッフ全員で再認識しています。

 しかし、本当にスタッフ全員が「職場で知りえた情報を誰にも言わずに墓場まで持っていく」ことを保証できるものはありません。この事件の被告人の職種は看護師ですが、事務員もパートもアルバイトも同じ意識を持たねばなりません。守秘義務というのは職種によって規定されている法律(注1)が異なるのですが、患者さんの立場に立てば、医療機関に働く者がどのような立場であったとしても自分の「秘密」を他者に知らされては困るわけです。

 ですから、医療機関のトップに立つ者は、職種に関係なくスタッフ全員に守秘義務の重要性を理解させる義務があるのは間違いありません。けれども、スタッフがこの義務に違反したときに院長が有罪にされるとなると問題が生じます。なぜなら、これで院長が有罪になるなら、その医療機関で働いていた者は院長をゆすることが簡単にできてしまうからです。

 例えば、職場を辞める前に、ガンを患って余命の告知が済んでいない患者の情報を控えておいて、院長に「あの患者の余命をばらされたくなければ言うことを聞きなさい」と脅迫することが簡単にできます。もちろんこんなことをすれば脅迫罪に問われますが、ばらされれば守秘義務違反に問われ罰金を払わされ、報道されるリスクを考えると、このような脅迫に屈する医師もでてくるかもしれません。ばらした本人も罪になるではないか、という意見もあるでしょうが、一般事務員であれば罪に問える法律がせいぜい個人情報保護法くらいですし、有罪となったとしてもたいした罰は受けないでしょう。

 この事件の最大の問題は、言うまでもなく、この看護師があまりにも非常識でプロ意識が微塵もないことです。守秘義務を守れない看護師は二度と医療の現場に戻るべきではありません。しかし、我々医療者であればこの看護師を「最悪の看護師」と瞬間的に判断しますが、果たして一般の人々からはどのように思われるのでしょう・・・。

 大分の事件と離れて、次のような状況を想像してみてください。

 

 さて、これを読んだあなたはどう感じたでしょうか。「A子がB男にC氏のことを話すのは当然でしょ」、そのように感じた人も少なくないのではないでしょうか。しかし、このケースでも守秘義務違反となります。大分の事件は余命を知らされていない難治性疾患、このケースは単なる骨折で、ことの重要性が違うようにみえるかもしれません。しかし、次のようなことがあればどうでしょう。

 

 ここでは極端な例をつくりましたが、このようなことは起こらないとも限りません。医療機関で働く者は、職種が何であれ、職場で知りえた患者さんの情報は、それは「受診した」ということも含めて、文字通り墓場まで持っていかなければならないのです。

 守秘義務を遵守するというのは実は簡単ではありません。実際、医療機関で働く者が守秘義務違反を犯していることを私は過去に何度か目の当たりにしています。例えば、私が医学生の頃、ある病院で受付をしている女性は、プロのスポーツ選手が怪我をしてその病院に受診した、という話をしました。彼女からすれば私が医学生だから話していいと思ったのかもしれませんが、これも明らかな守秘義務違反です。(ただし、例外として「公益性が守秘義務に優先する」という理由で守秘義務違反が問われないこともあります。詳しくは下記参考のコラムを参照ください)

 守秘義務についてきちんと教育を受けていないと、このように有名人が受診したときに誰かに話したくなってしまうことがあります。もうひとつ守秘義務を犯しやすいのは、先のエピソードのA子のように共通の知人が受診したときです。私が何度か「しっかり守秘義務を守らなければ・・」と意識の整理をしたことがあるのは、同級生が受診したときです。久しぶりに同級生と再会した場所が診察室だったとき、その同級生は軽い気持ちで軽い症状で受診しているかもしれませんが、診察をすすめていくなかで重大な病気が見つかる可能性もないことはないわけです。ですから、私は同級生を含めて知り合いが受診したときには「あなたが受診したことは誰にも言わない、ということをこの時点でよく理解してください」と話すようにしています。

 もしもこれを読んでいるあなたが医療機関で働いていて、A子の行動を「理解できる」と感じたならもう一度守秘義務について熟考すべきでしょう。

 また、これを読んでいるあなたが医師や看護師を目指している、あるいは受付や医療事務も含めて医療機関で働くことを考えているならば、守秘義務を遵守できるかどうか、よく考えてみてください。

注1:守秘義務については、医師(と薬剤師)は刑法134条第1項で、看護師(と准看護師)は保健師助産師看護師法第42条の2で定められています。受付や医療事務には個人情報保護法くらいしか適用される法律はないと思います。

参考: メディカル・エッセイ第56回(2007年9月) 「阿部首相と朝青龍と医師の守秘義務」

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