マンスリーレポート

2008年9月号 産業医の仕事と過重労

昨年秋に「認定産業医」という資格をとったものの、すてらめいとクリニックや他院での仕事の忙しさを理由に(言い訳にして)、これまであまり本格的な産業医活動をというものをやってきませんでした。

 とはいえ、まったく何もやっていないというわけではなく、クリニックでは職場の環境から心身にトラブルを抱えた患者さんを診ていますし、ときには「過重労働」の労働者の面談をおこなうこともあります。

 「過重労働」という言葉は、現在の”労働”を考える上で非常に大切な言葉なので少し説明をしておきます。

 労働安全衛生法という法律があります。これは、分かりやすく言えば「労働者が不当に危険な目に合わされたり、心身に害を与えるような労働を強制されたりすることを防ぐ」ことを目的としており、もっと端的に言えば「労働者を守る法律」です。

 この労働安全衛生法が平成18年4月1日に改正され、そのなかで「過重労働」という言葉の存在が大きくなりました。

 改正後は、「労働者の月の残業時間が100時間を越えたとき、または2~6ヶ月の平均が80時間を越えたときには、事業者が産業医の面談を受けさせなければならない」という規則が設定され、産業医は、過重労働の確認、疲労の蓄積、心身の状態などを診察することになります。

 「産業医ってどこにいるの・・・?」と感じている人もいるかもしれないので少し説明を加えておきます。

 通常300人以上の労働者がいる事業所(1つの「事業所」に300人以上という意味で、その会社の他の営業所などを加えた「全従業員数」ではありません)、もしくは産業医学上危険を伴う業務内容(工場や化学品を扱う事業所)で従業員100人以上の事業所には常勤の産業医がいます。(この場合、産業医は通常その会社の従業員となります)

 従業員数が300人未満でも50人以上であれば、専属の産業医と契約をしなければならないことになっています。この場合、選任された産業医(病院の勤務医のこともあれば開業医のこともある)は、月に1~2度程度、その事業所に出向いて職場の巡視や従業員との面談をおこなうことになります。

 ひとつの事業所に50人以上の従業員がいれば(通常派遣社員は除く)、会社側としては必ず専属の産業医と契約しなければならないことになっています。この「50人以上」という数字は以前から度々議論されており、「(従業員を守るために)30人以上に引き下げるべき」という意見がある一方で、「50人以上としても実際に守れていない会社があるので、まずは産業医を選任していない会社を厳しく罰すべき」との意見もあります。

 では、49人未満の事業所はどうすべきかというと、この場合は、事業所側が地区の医師会などを通して労働者と面談をおこなう産業医を紹介してもらうことができます。医師会から依頼を受けた産業医は指定された日時に指定された場所に訪問し労働者との面談をおこなうことになります。また、事業所が医師会などを通さずに産業医の資格を有する勤務医や開業医に直接依頼することもできます。
 
 ところで、実際に面談を受けるのは、残業時間が該当し、かつ労働者本人が面談を受けることを希望した場合に限られます。ですから、日本中の月の残業時間が100時間を越える労働者全員が産業医の面談を受けているわけではもちろんありません。

 それに、もっと現実的なことを言えば、残業時間が100時間を越えた従業員に、「産業医の面談を受けますか?」などと聞いてくれるような会社ばかりではありません。さらに、もっと言えば、各従業員の労働時間をきちんと管理していない会社も多々あります。特に、タイムカードのない営業職や管理職ではその傾向が顕著でしょう。さらに、もっともっと言えば、はじめから、「産業医の面談なんてうちの会社には関係ない」と思い込んでいる企業もあるでしょう。実際には零細企業の大半がそうではないでしょうか。

 さて、私自身はすてらめいとクリニックで、「労働環境が原因で心身に不調をきたしている」患者さんを診ることもありますし(この場合は必ずしも「産業医」として診察しているわけではありません)、医師会からの要請で49人以下の事業所の労働者の面談をすることもあります(この場合は「産業医」として診ます)。

 労働安全衛生法が「月に100時間以上・・・」と決めているわけですから、労働者の方も「自分は先月の残業時間は○○時間で・・・」というような言い方をしますが、実際には疲労や心身の不調の程度と残業時間はそれほど関係がないように思えます。

 例えば、「職場の環境が自分にあっていないことが原因で不眠が続いていて・・・」と言う人の残業時間がそれほど多くなかったということがあります。逆に、「以前から疲労がたまって・・・」と言っていた患者さんから「仕事がかわって労働時間が長くなりましたが疲労感はほとんど感じなくなりました」と言われたことがあります。(参考までにこの患者さんは週に2回ほど泊り込みをし、休日は月に一度あるかないかだそうです。週に40時間労働を基準とすると月の残業時間は200時間を越える!計算になります)

 たしかに、例えば『蟹工船』の労働者の職場環境と、グーグル本社の労働者の環境ではまったく別のものでしょうから、単純に月の残業時間だけを指標とすることにはほとんど意味がありません。(グーグル社では、敷地内に広い芝生や無料のカフェがあり、従業員は自由な出勤スタイルをとれるそうです。従業員は与えられた仕事以外に”遊び感覚の”プロジェクトもおこなっていて、つい最近利用が開始されたインターネットの無料ブラウザーソフトもこうした”遊び”から誕生したそうです。もっとも、最近はグーグルにも大企業病が広がり始めたという噂もありますが・・・)

 月の残業時間がどうであれ、「疲労」が蓄積していたり「心身の異常」があったりすればひとりで抱え込まない方がいいでしょう。(そもそも、「疲労」は職場のせいだけではないこともありますし、「心身の異常」は仕事をしていなくても起こりうるものなのですから)

 しかしながら、「疲労」や「心身の異常」が職場に起因していることがよくあることは事実ですし、きっかけが他にあったとしても「疲労」や「心身の異常」に対して、労働環境が悪化因子になっていることもよくあります。

 ならば、心身の不調を自覚したときには、残業時間に関係なく気軽に産業医を受診してみればいかがでしょうか。産業医の敷居というのはそんなに高いものではありません。なかには、「産業医に自分の悩みを話したら上司にばれるんじゃないのか」と考えている人もいますが、この点も心配はいりません。医師には「守秘義務」がありますから、その人が望まない限りは上司や会社に話の内容を報告することはないのです。

 労働環境が疲労や心身の不調をきたしているかもしれない・・・。そう感じる方は、一度産業医との面談を考えてみてはいかがでしょうか。

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