2024年11月22日 金曜日
2024年11月22日 アメリカンフットボール経験者の3分の1以上がCTEを自覚、そして自殺
いまだに日本ではほとんど取り上げられることのない慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy=CTE、以下「CTE))に関する新しい論文が医学誌「JAMA」2024年9月23日号に掲載されていましたのでここに報告します。
論文のタイトルは「元プロアメリカンフットボール選手における慢性外傷性脳症の自覚と自殺傾向(Perceived Chronic Traumatic Encephalopathy and Suicidality in Former Professional Football Players)」で、ポイントは次の通りです。
・元プロアメリカンフットボール選手の34%がCTEを自覚している
・研究の対象者は1960年から2020年までプロリーグと契約していた元選手4,180人のうち、調査に協力した1,980人(47.4%、平均年齢57.7歳)。このうち681人(34.4%)が「CTEがある」と答えた
・調査されたのは、ポジション、キャリアの期間、現在の健康問題(不安、注意欠陥/多動性障害、うつ病、糖尿病、感情および行動のコントロールの困難さ、頭痛、高脂血症、高血圧、テストステロンレベル、痛み、睡眠時無呼吸、主観的認知機能など)
・CTEの自覚に関連していたのは、主観的認知障害、低テストステロン、頭痛、現役時代に蓄積した脳震盪の兆候と症状、抑うつ/感情および行動のコントール困難、痛み、若年
・CTEを自覚している681人のうち自殺傾向(suicidality)があるのは171人(25.4%)。CTEの自覚がない1,299 人のうち自殺傾向があるのは64人(5.0%)。よってCTEの自覚があれば自殺傾向が5倍以上になる
・うつ病などの自殺傾向の予測因子を調整した後でもCTEを自覚していれば自殺傾向を生じるリスクは2.06倍
************
CTEを自覚することによってうつ病のリスクが上昇することも考えられますから、このケースでは「予測因子を調整した後の2.06倍」よりも「CTEの自覚があれば自殺をしやすくなるリスクは5倍以上」と認識すべきだと思います。
私自身は「こういうデータがあるのだから、アメリカンフットボールを(あるいはサッカーなど他のコンタクトスポーツも)禁止にすべきだ」とまでは考えていませんが、少なくとも競技を始めるとき、つまり小学生から高校生くらいまでの間にこういったリスクがあることを説明すべきだと思います。
<参考>
はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース
2023年4月23日「やはりサッカーは危険」
2021年12月22日「サッカーは直ちにやめるべきかもしれない」
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|2024年11月17日 日曜日
2024年11月17日 「座りっぱなし」をやめて立ってもメリットはわずか
このサイトでは「座りっぱなし」のリスクを繰り返し紹介してきました。座りっぱなしは様々な疾患のリスクとなり、「第二の喫煙」と呼ばれることもあり、しかも「運動しても帳消しにならない」とする研究もあり、非常にやっかいな現代人の習慣だと言えます。
では座りっぱなしをやめて「立てば」いいのか、例えば(バーカウンターのような)スタンディングディスクで仕事をすればいいのか、と考えたくなりますが、残念ながらそうでもないようです。「座りっぱなしをやめて立ってもメリットはほぼない」というショッキングな研究が医学誌「International Journal of Epidemiology」2024年10月16日号に掲載された論文「デバイス測定による静止行動と心血管疾患および起立性循環器疾患の発生率(Device-measured stationary behaviour and cardiovascular and orthostatic circulatory disease incidence)」に報告されたので紹介します。
研究の対象者は「UKバイオバンク」に登録された83,013人の成人(平均年齢61.3歳、女性55.6%)、追跡期間は6.9年です。
この間、「心血管疾患」(冠動脈性心疾患、心不全、脳卒中)が6,829件、「起立性循環器疾患」(起立性低血圧、静脈瘤、慢性静脈不全、静脈性潰瘍)が2,042件発生しました。
「起立性循環器疾患」のリスクは、(座っていても立っていても)じっとしている時間が1日12時間を超えると1時間あたり22%増加しました。座りっぱなしの時間が1日10時間を超えると1時間増えるごとに26%増加しました。1日2時間以上立っていると1日30分増えるごとに11%増加しました。
「心血管疾患」のリスクは、じっとしている時間が1日12時間を超えると1時間あたり13%増加しました。座りっぱなしは、1時間あたり15%増加していました。立っている時間についてはリスク増加を認めませんでした。
ということは、立っていればとりあえず「心血管疾患」は防げそうです。ですが、「起立性循環器疾患」については立っていても(動かなければ)リスクは上がることが示されています。
************
立っていると、座っているときに比べて疲れますから、なんとなくやせそうな気がしないでしょうか。ですが、2019年に報告された論文によると、その効果はほとんどなく、1時間立っていた人は座ったままでいた人よりもわずか9カロリー多く消費しただけだったそうです。
健康を維持するには運動が不可欠だと言えそうです。
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|2024年11月17日 日曜日
第255回(2024年11月) ビタミンDはサプリメントで摂取するしかない
以前から「問題のビタミン」として本サイトで繰り返しているビタミンDについては相変わらず多数の質問が寄せられています。その後、いくつもの研究が発表され、複雑さが増しているのですが、結論をいえば「ほとんどの日本人はビタミンD不足で、サプリメントで摂取するしかない」となります。そして「不足すれば大変なことになる」も言えそうです。今回はそれについて述べますが、まずはこれまで本サイトで紹介してきたことをまとめてみましょう。
・ビタミンDの摂取基準が以前から大幅に引き上げられている。そのため、2001年の基準(男性2.9μg/日、女性3.0μg/日)ならクリアできても、新しい基準(男女とも8.5μg/日)で考えると大半の日本人が摂取できていない
・ビタミンDが不足すると、骨量低下、免疫能低下、アレルギー疾患のリスク向上など様々な弊害がある。がんのリスクを高めるとする意見もある
・ビタミンDをサプリメントで摂取しても健康上の利点がないとする研究がある
・しかし、食事から必要なビタミンDを補給するのはかなり難しい
・ビタミンDの血中濃度は30~50ng/mLが望ましい。20~30ng/mL未満は「不足」、20ng/mL未満は「欠乏症」とされている
ビタミンDのサプリメントにうさん臭さが伴う理由のひとつは驚くほど高額で売られていることがあるからです。ある患者さんからの情報によると、コロナ後遺症で有名なそのクリニックでは「ビタミンD不足が原因だ」と言われ、月額8千円もの高価なサプリメントを(半ば強制的に)買わされたそうです。ビタミンDに月8千円とは……。ファンケル、小林製薬、大塚製薬などが扱うビタミンDのサプリメントはせいぜい月に300~400円程度です。
大勢の日本人がビタミンDが不足しているのは事実です。医学誌「Osteoporosis International」に2013年に日本人を対象とした血中ビタミンD濃度を調査した研究が公開されました。日本人の男性の70~85%、女性では約90%がビタミンDの血中濃度が基準を下回っています。
この研究はけっこう衝撃的で、谷口医院ではこの論文が発表されてから、職員健診の際に(職員全員が希望することもあり)全員のビタミンD濃度を実施しています。結果は、私自身も含めて(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が毎回基準値に足りていません。約半数が20ng/mL以下、一番高いスタッフでも30ng/mLを超えていません。谷口医院では私自身も含め(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が「欠乏症」または「不足」なのです。
不思議なのは、これだけ大勢の日本人がビタミンDを適正に摂取できていないのにもかかわらず、厚労省なり地域の行政がサプリメントの摂取を勧めないことです。食事または日光からの摂取が困難なことを認め、治療薬として保険診療でビタミンDを処方できるようにすべきではないでしょうか。しかし行政は消極的です。
厚労省のサイトには「ビタミンDは不足しがちな栄養素ですが、特にカプセル・錠剤形態のサプリメント類からの摂取については、過剰摂取に留意する必要があります」と記載されています。しかし、「留意する必要」と言われても何をすればいいのかまるで分かりません。例えば、厚労省がお墨付きを与えるサプリメントを紹介するとか、あるいは医薬品として処方できるようにすべきでしょう。
では、なぜ行政はそのような対策に出ないのでしょうか。おそらくビタミンDについてはよく分かっていないところが多いからだと思います。過去に医療プレミアにビタミンDについてのコラムを書いたとき、複数の伝手を頼っていろんな役人に話を聞いてみたのですが、どうも厚労省としても、不明な点が多いために明確な基準をうちだせないようです。
それは同省のサイトに掲載されている言葉からも読み取れます。ビタミンDの血中濃度の適正基準について、「一般に、30nmol/L(12ng/mL)を下回る血中濃度は骨や健康を保つには低すぎ、125nmol/L(50ng/mL)を超える血中濃度は恐らく高すぎます」という表現があります。
「恐らく高すぎる」という言葉に自信のなさが表れています。これを執筆した役人も「もしかすると50ng/mLでも問題ないかもしれない。けれども、あまり高い数値を書いてしまうと健康被害が起こったときに責任問題になるかもしれない……」と考えたのではないでしょうか。
しかし、高すぎるビタミンD血中濃度が危険なのは事実です。サプリメントマニアのなかには「自分はビタミンD濃度が高いから風邪をひかず、花粉症も治った。自分の場合は50ng/mLを超えるくらいが調子がいい」と言う人がいますがこれは危険です。最悪の場合、腎臓の機能が低下して元に戻らなくなるかもしれません。
ではどうすればいいか。「定期的に測って血中濃度が適正化どうか確認する」が最善なのですが、この検査は保険適応にならず自費で受けるしかなく、費用はそれなりにします(谷口医院の場合1,800円)。しかし、食品(と日光)からでは不十分、サプリメントは摂取過多に注意、しかしそのサプリメントで充分な量が摂れているのかは不明、となんとももどかしいのがビタミンDなのです。
しかし、ビタミンDは非常に重要な栄養素ですから、やはり自身が摂取できているかどうかは調べた方がいいでしょう。原則として谷口医院では自費検査を勧めていませんが、年に一度程度のビタミンDの検査は例外的に推奨しています。
ではビタミンDを摂取して適正な血中濃度を保てばどんないいことがあるのでしょうか。この話がまた複雑です。まず、従来ビタミンDが有用と言われていた疾患についてはことごとく否定されています。例えばビタミンDをいくら摂取しても骨折や骨粗しょう症の予防にはなりません。
参考:
はやりの病気第244回(2023年12月)「なぜ「骨」への関心は低いのか」
医療ニュース2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」
また、虚血性心疾患、脳血管障害、がんなどの予防にもほとんど寄与しません。
参考:医療ニュース2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」
では、ビタミンDが不足していればどのような不都合があるのでしょうか。あるいはどのような症状があればビタミンD不足を疑えばいいのでしょうか。英紙「The Telegraph」から「ビタミンD不足で起こり得る7つの症状」を紹介しましょう。尚、この記事ではビタミンD不足を20ng/mL以下としています。
#1 疲労
疲労が慢性化している場合にビタミンD不足を疑います。興味深いことに、英国でもビタミンDの血中濃度を保険診療で測定することができるのは、慢性かつ広範囲の疼痛や骨疾患などの深刻な事態がある場合のみで、日本と同様のもどかしさがあるようです。
#2 風邪をひきやすい
すでにビタミンDが急性上気道炎(風邪)の予防になることを示した研究はいくつもあります。
また、エビデンスはありませんが、「ビタミンDでコロナ後遺症は治る」は”結果としては”正しいと思います。実際、谷口医院の患者さんにもそのような人はいます。しかし、一部の反ワクチン派が主張する「コロナ後遺症になればビタミンDは不足する」は正しいわけではありません。なぜなら、上述したように国民の8~9割が初めからビタミンD不足だからです。
#3 骨が痛い
ビタミンD不足が原因で骨粗しょう症や骨軟化症などを起こしている可能性があります。興味深いことに、上述したように「ビタミンDのサプリで骨粗しょう症は防げない」という研究がある一方で、若くして骨粗鬆症を発症する人はビタミンDが欠乏していることが多いのです。
#4 筋肉が痛い
慢性疼痛患者の71%にビタミンD不足(<20ng/mL) が認められたとする研究があります。谷口医院の患者さんのなかにも線維筋痛症や慢性疲労症候群が疑われていて、ビタミンDのサプリメントで治ったケースがあります。
#5 傷の治りが遅い
傷が治るには炎症を抑えなければなりません。ビタミンDは炎症を抑えてくれます。957 人の60歳以上のアイルランド人(日照時間が短いためビタミンDが不足しやすい)を対象とした調査では、ビタミンD血中濃度が10ng/mL以下であれば、炎症マーカーのCRP(C反応性蛋白)、IL-6(インターロイキン6)が上昇しやすいことがわかりました。
足に潰瘍を起こしている糖尿病患者にビタミンDを投与すると大きく改善した、という報告もあります。
#6 脱毛
48人の円形脱毛症の患者にビタミンDのクリームを外用すると、69.2%に効果があったとする報告があります。
びまん性脱毛(全体的に抜け毛が増えるタイプの脱毛)のある人はビタミンDが不足しており、その傾向は特に女性で顕著であることを示した報告があります。
#7 体重増加(糖尿病)
The Telegraphの記事ではビタミンD不足で体重増加が生じることを示したエビデンスが示されていませんが、糖尿病を予防するという研究は複数あります。
これだけの研究を提示されるとビタミンDが重要であると認めざるを得ません。しかし、摂取し過ぎは不足以上に問題です。しかし検査に保険適用はない……。なんとももどかしいのがビタミンDです。
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|2024年11月11日 月曜日
2024年11月 自分が幸せかどうか気にすれば不幸になる
1年ぶりにマンスリーレポートで「幸せ」を取り上げましょう。改めてこのサイトを振り返ってみると、私は「幸せ」をテーマにいくつものコラムを書いています。自分自身でも「幸せとは何か」がよく分かっていないから取り上げる機会が多くなるのでしょうが、それはたぶん私だけではなく世界の多くの人たちも同じではないでしょうか。何しろ「幸せ」は哲学の根源的なテーマなのですから。
これまで私が「幸せ」について書いたコラムを振り返ってみると、私自身はがむしゃらに働いたり金銭を稼いだりすることを求めていないことが分かります。一番分かりやすいのはおそらく2017年のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」だと思います。この中で取り上げた「タイの農夫と日本のビジネスマン」の逸話、私はタイで知り合ったある日本人に教えてもらったのですが、初めて聞いたときからとても気に入り、今でもときどき思い出しています。そして、金儲け主義の人たちを冷めた目でみています。
ところが、経済界ではこのような考えは人気がなく、2023年のコラム「『幸せはお金で買える』という衝撃の結末」で紹介したように、「幸せはお金で買える」という説がまかりとおっています。上述の2017年のコラムで紹介したように、元々はノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは「年収が75,000ドル(当時のレートで約900万円)を超えると、それ以上収入が増えても『感情的な幸福』は変わらない」と主張していました。
そこに異論を唱えたのが経済学者のマシュー・キリングスワースで、2021年のコラム「幸せに必要なのはお金、それとも愛?」でも紹介したように、「年収75,000ドルを超えたとしても幸せは収入に連れて上昇する」という、まるでカーネマンを挑発するかのようなタイトルの論文を発表し物議を醸しました。
そして、2023年のコラムで述べたように、カーネマンとキリングワースの2人は共同で「幸せ」を検討し直した結果、キリングワースの主張が正しかったという結論が導かれ、「お金はあればあるほど幸せ」というのが世界の経済界と定説となってしまったのです。しかも、一定の収入で幸せを感じ、それ以上収入が増えても幸せ度が上がらない人は「精神疾患を患っている変わり者」だとされたのです。
「『幸せ度』は年齢でかわってくる」という研究は2023年のコラム「幸せになりたければ自尊心を捨てればよい」で紹介しました。このコラムでは、世界では「最も不幸せな年齢は48.3歳でそれ以降は幸せに向かっていく」のだけれど、「日本人は例外で、年をとればとるほど不幸になる」ことを内閣府が発表していることを紹介しました。
ここまでをまとめると、「幸せがどのようなものかには個人差があるが、まともな人であれば収入が増えれば増えるほど幸せ度は増す。年齢でみれば、日本以外の世界では若い頃から中年にかけて低下して48.3歳で底を打ち、その後は右肩上がりに幸せ度が増していく。しかし、日本人だけは例外で、48.3歳以降もどんどん不幸になっていく」、となります。
今回は幸せについての新たな研究を紹介しましょう。結論は「自身が幸せかどうかを気にし過ぎない方がいい」となります。論文は米国心理学会(American Psychological Association)が今年発行した医学誌に掲載された「幸福の追求を紐解く: 幸福について考えるだけで、幸福を目指さなければ、否定的な感情に支配され、幸せは訪れない(Unpacking the pursuit of happiness: Being concerned about happiness but not aspiring to happiness is linked with negative meta-emotions and worse well-being.)」です。
ややこしくて分かりにくいタイトルですが、本文を読めば言わんとしていることが伝わってきます。著者によると「幸せを目指すこと(aspiring)自体には問題がない」ようです。ところが、「幸せを気にすると(being concern)、人は自分の幸福度を判断(judge)するようになり、無意識的に、本来ならポジティブな出来事をネガティブに捉えるようになり、その結果、幸せが妨げられる」と言います。
これではまだ分かりにくいので、次にこの論文を解説したカリフォルニア大学(University of California)のサイトに掲載された分かりやすいコラム「幸せについて心配するのはやめましょう(Stop worrying about being happy)」から核心となる部分を引用してみましょう。
・幸せについて心配しすぎると、実際には幸せを感じにくくなり、さらにメンタルが落ちる可能性がある
・「幸せになりたいという願望」と、「自分の幸せのレベルを気にする」という側面は分けて考える必要がある。「幸せになりたいという願望」は持っていていい。しかし、「自分の幸せのレベルを気にする」は、人生の満足度の低下や抑うつ症状の悪化など、幸福度の低下と大きく関連している
・幸せになるためのコツは、ポジティブな経験をしたときに「それ以上の幸福を感じることはないかもしれない」と受け入れること。また、ポジティブな経験をした時に「完璧ではない側面」に執着すれば、結果としてはそのポジティブな経験を台無しにしてしまう
・そもそも、幸せを感じる瞬間はあったとしてもごくわずかであり、その瞬間に自覚した幸せの感情を受け入れることで、その経験に余計な否定的感情を加えずに前進することができる
・精神的に健康な状態を維持するために、「否定的感情を自覚することは誰にでもある自然な反応である」ことを受け入れて、「自分が幸せになれると思うからという理由だけで何かをする」ことを慎んで、「社会的つながりを伴う活動に参加する」のがよい
これでかなり分かりやすくなったと思います。よく考えるとこの論文が言わんとしていることは我々が過去に繰り返しどこかで聞いていたような内容に似ていないでしょうか。例えば、老子の「足るを知る」という言葉はまさにこれらを表していると言えるでしょう。
2010年から2015年にウルグアイの大統領を務めたホセ・ムヒカ氏は在任中も大統領公邸ではなく、郊外の小さなトタン屋根の家で、妻と3本足の犬と暮らしていました。2012年のBBCの取材に対し、ムヒカ氏は次のように答えています。
「貧しい人とは、贅沢な生活を維持するために働き、常にもっともっとと欲しがる人たちです(Poor people are those who only work to try to keep an expensive lifestyle, and always want more and more)」
The New York Timesによると、現在89歳のムヒカ氏は自己免疫疾患に加え食道がんを患っています。同紙の取材に対し、氏は次のようにコメントしています。
「欲求の法則から逃れ、人生の時間を自分の望むことに費やすとき、人は自由になれます。欲しいものが増えれば増えるほど、その欲求を満たすために人生を費やすことになります(You’re free when you escape the law of necessity — when you spend the time of your life on what you desire. If your needs multiply, you spend your life covering those needs)」
老子やムヒカ元大統領の言葉をゆっくりと噛み締めると、爽快な幸福感に身を包まれるような感覚になるのは私だけでしょうか。「スマホを捨てよ」とまでは言いませんが(ちなみにムヒカ氏は4年前に携帯電話を捨てたそうです)、自慢話と誹謗中傷だらけのSNSに時間を割くのをやめて、ふと手を伸ばせば得ることができる小さな幸せをひとつひとつ味わう……。そんな生活が理想ではないでしょうか。いくら優れた経済学者の主張であろうが、「幸せはお金で買える」に私は同意しません。
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