2024年2月15日 木曜日

2024年2月15日 若年性認知症の15のリスク因子

 若年性認知症について英国で実施された大変興味深い研究を紹介します。論文が掲載されたのは医学誌「JAMA Neurology」2023年12月26日号、タイトルは「英国バイオバンクにおける若年性認知症の危険因子(Risk Factors for Young-Onset Dementia in the UK Biobank)」です。

 研究の対象者は英国のデータベース「バイオバンク」に登録された「65歳未満で、観察開始時点で認知症の診断を受けていない」356,052人で、観察開始は2006年から2010年まで、観察期間の終了はイングランドとスコットランドは2021年3月31日、ウェールズは2018年2月28日です。

 39のリスク因子が検討され、若年性認知症のリスク要因となるのは次の15であることが分かりました。

#1 低学歴(lower formal education)
#2 社会経済的地位の低さ(lower socioeconomic status)
#3 ApoEε4を2つ所有(carrying 2 apolipoprotein ε4 allele)
#4 飲酒しない(no alcohol use)
#5 アルコール使用障害(alcohol use disorder)
#6 社会的孤立(social isolation)
#7 ビタミンD欠乏(vitamin D deficiency)
#8 CRP高値(high C-reactive protein levels)
#9 低握力(lower handgrip strength)
#10 難聴(hearing impairment)
#11 起立性低血圧(orthostatic hypotension)
#12 脳卒中(stroke)
#13 糖尿病(diabetes)
#14 心疾患(heart disease)
#15 うつ病(depression)

 検討された結果、若年性認知症のリスクでなかった24項目(39-15)は下記の通りです。

性別(sex)
身体活動(≒運動不足)(physical activity)
喫煙(smoking)
(低栄養の)食事(diet)
認知活動(cognitive activity)
結婚(marriage)
窒素酸化物(nitrogen oxide)
(PM2.5などの)微粒子(particulate matter)
殺虫剤(pesticide)
ディーゼル(diesel)
腎臓の機能(estimated glomerular filtration rate function / eGFR)
アルブミン(albumin)
高血圧(hypertension)
低血糖(hypoglycemia)
心房細動(atrial fibrillation)
アスピリンの使用(aspirin use)
BMI
不安症(anxiety)
ベンゾジアゼピンの使用(benzodiazepine use)
せん妄(delirium)
睡眠障害(sleep problems)
外傷性脳損傷(traumatic brain injury)
関節リウマチ(rheumatoid arthritis)
甲状腺機能異常(thyroid dysfunction)

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 この分析は「若年性認知症」であることに注意が必要です。運動不足、喫煙、低栄養の食事、肥満、ベンゾジアゼピンの使用などが「認知症全体」のリスクであることが否定されたわけではありません。

 「15項目」には努力と定期的な検査で防げるものもありそうです。概して言えば、健診を受け、(健診には含まれない)ビタミンDとCRPを調べ、勉強して(低学歴をカバーし社会経済的地位をあげる)、身体を鍛え(握力)、友達を大切にし、お酒をほどほどに飲む?、といったところでしょうか。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2024年2月12日 月曜日

第246回(2024年2月) 我々は飲酒を完全にやめるべきなのか

 少し前まで「健康に良い」とされていたものが、ある日突然”悪者”になることがあります。典型的なのは薬やワクチンで、突然副作用がクローズアップされて使われなくなることがあります。コロナワクチンは依然公衆衛生学的には優れたものですが、個人レベルでみたときには取返しのつかない副作用が起こることがあり、それが知れ渡ると一気に”人気”がなくなりました。

 現在、アルコール飲料(以下、単に「アルコール」)が悪者に成り下がろうとしています。言葉の起源はよく分からず誰が言い出したのかはっきりしませんが、つい最近まで「酒は百薬の長」という言葉すら使われていました(今も未練がましく言う人がいます)。しかし、今の時代にこんなことを言えば「時代に取り残された人」というレッテルを貼られかねません。

 アルコールが優れているとする科学的なデータがある(あった)のは事実です。日本の研究で有名なのは2005年に医学誌「British Journal of Cancer」に発表された「がんになるリスクに対する飲酒の影響:日本における大規模集団研究のデータから(Impact of alcohol drinking on total cancer risk: data from a large-scale population-based cohort study in Japan)」です。結論は「男性では『時々飲む人』(occasional drinkers)のがんの発生率が最も低い」です。「時々飲む人」ががんになるリスクを1.00とすればまったく飲まない人のリスクは1.10。つまり、「まったく飲まない人はときどき飲む人に比べて発がんリスクが1割高い」のです。ビール酒造組合も参考文献としてこの論文を挙げています。

 酒好きでかつインテリの人はよくこういう研究を話題にするわけですが、実はこの論文、よく読めばさほどアルコールを絶賛していないことがわかります。まず、女性には飲酒でがんのリスクが下がるとは一切書かれていません。また「時々飲む」の定義は「毎日少量飲む」でも「休肝日をつくる」でもなく「定期的に飲まず宴会などで機会があれば少量飲む」という意味です。改めてよく読んでみると「時々飲む」人のがんのリスクを1.00とすれば、週に350mLの缶ビールを1~10本飲む人(つまり1日1~2本飲む人)のリスクは1.18と18%上昇しているのです。論文の「時々飲む」がどれだけ少量かを認識しなければなりません。

 現在世界的には「飲酒は一切しないのが理想」という考えがすでに主流となっています。そのような研究は2010年代に入ってから相次いでいたのですが、大きく舵が切られたのは2023年1月4日、世界保健機関(WHO)が発表した「我々の健康に安全なレベルのアルコール消費はない(No level of alcohol consumption is safe for our health)」という声明です。WHOがはっきりと「アルコールはわずかでも健康を害する」と主張したのです。

 このWHOの声明をいち早く取り入れて国の方針にしたのがカナダです。カナダは国のガイドラインにこの考えを取り込み、アルコールの有害性を国民に強調しました。大麻が完全合法のカナダが「アルコールはわずかでも危険だ」と発表していることは興味深いと言えるでしょう。

 「酒は百薬の長」などという言葉が、いかに時代錯誤かが分かるでしょう。我々は世界の見解を謙虚に受け止め、アルコールはわずかでも有害であることを認めなければなりません。

 では、アルコールが有害であることを認めるとして、長所はまったくないのでしょうか。そんなことはありません。リラックス効果があるのは間違いありませんし(ただし個人差が大きい)、アルコールのおかげで人間関係が構築できた、あるいは関係性がより強固になった、ということはいくらでもあるわけです。ということは、「有害性を自覚しながら各自が飲酒量をコントロールしていく」ことが重要となります。

 アルコールについて考えたとき「生涯飲酒をしない」と選択する人もこれからはどんどん増えるでしょう。特にまだ酒を口にしたことがない未成年の人たちのいくらかは生涯飲酒をすることはないのではないか、と私は予想しています。「送別会などどうしても参加しなければならない席で乾杯だけ付き合う」という選択肢も出てくるでしょう。

 他方、「飲酒をやめたいけれどやめられない」あるいは「減らしたいけれど飲み始めると理性が効かなくなる」という人はどうすればいいのでしょうか。その場合「断酒」または「節酒」を考えることになります。

 アルコール依存症の診断がついている人には以前は「断酒しか選択肢がない」と言われていました。実際、長期間やめていても1滴のアルコールが引き金となり再び依存症に……、というケースは実によくあります。ですから「依存症には断酒しかない」とされ、今でもその考えは根強くあります。

 しかし、その一方で依存症には断酒が最適だとしても断酒に踏み切れない人や、あるいは依存症とまでは呼べないけれどもう少し飲酒量を減らすべき人には「節酒」が推薦されるようになってきました。この理由はいくつかありますが「断酒しなくても、一定の割合の人は上手に節酒できるから」もそのひとつです。実は、これはあまり指摘されませんが、私が診てきた患者さんでも、アルコールのみならず、大麻はもちろん、覚醒剤でさえも上手に付き合っている人がいます。ただし(特に覚醒剤については)そのようなことを言うと「自分もそっち側だ」と都合よく解釈する人がほとんどですから「やめたくてもやめられなくなり人生が崩壊していくリスク」を私自身も強調するようにしています。実際、私の経験でいえば(少なくとも覚醒剤については)そのように崩壊していく人の方がずっと多いのです。

 アルコールに話を戻しましょう。最近、「断酒は古い。これからは節酒だ」と言われるようになった理由のひとつは、セリンクロ(一般名「ナルメフェン」)という薬が登場したことです。この薬は従来の抗酒薬と呼ばれるノックビン(ジスルフィラム)、シアナマイド(シアナミド)、あるいはレグテクト(アカンプロサート)のように「断酒」が内服の条件ではなく、飲酒することを前提としています。通常、飲酒する1~2時間前に1錠(または2錠)飲みます。すると、アルコールによる快楽が減少し、結果として飲み過ぎを防いでくれるのです。

 ということは、「飲酒量を減らしたい。だから家では飲まないようにしている。だけど、飲みにいくとついつい場の雰囲気に負けて飲んでしまうんだよなぁ。つがれた酒はあけなければならないと教えてくれたのは誰だっけ……」などという人には最適な薬です。なにしろ、飲酒しない日には飲む必要がなく、友人知人と飲酒をする日にのみ飲み会が始まる少し前に飲んでおけば効果が期待できるのですから。

 ところで、依存症はどの医師が診るのかというと、一応は精神科医ということになっています。しかし、当院では2007年の開院以来大勢の依存症の患者さんをいろんな精神科に紹介してきましたが、たいていは結局診てもらえずに帰されています。精神科を受診してもらっても門前払いされているケースが大半なのです。特に覚醒剤依存症についてはほとんど診てもらえた試しがありません。摂食障害ですらも(摂食障害も広義には依存症だと私は考えています)精神科クリニックから断られることがしばしばあります。

 そういう事情もあって、覚醒剤のみならず、咳止め/風邪薬、ベンゾジアゼピン(これはそもそも精神科で処方された薬が原因です)、大麻なども結局当院で診ることになるケースが以前からあり、次第に増えてきているのです。

 アルコールについては「節酒」を選択した場合、超音波検査で肝臓の状態をチェックし、血液検査の値や各種がんのリスクも考えながら、セリンクロを生活のなかに上手に取り入れてもらっています。


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2024年2月10日 土曜日

2024年2月 「競争しない」という生き方~その3~

 谷口医院は「精神科」を標榜していませんが、総合診療のクリニックということもあり、2007年1月の開院当初から精神症状を訴える患者さんも少なくありませんでした。開院当初は患者さんが拒否しない限りは、精神科クリニックに積極的に紹介していました。ところが、精神科を受診してもらっても必ずしも上手くいくわけではなく、それなりの患者さんが再び谷口医院に戻ってきます。これは「その精神科医がよくない」という意味ではなく、精神疾患とはそういうものだとそのうちに気付きました。

 2010年代半ばからは「精神科で処方されている薬をやめたい」という訴えが少しずつ増えてきました。特に依存性のある薬を長期間内服している人たちはその悩みが深刻で、「どうしてもやめられない。そういう薬を出す精神科には行きたくない」と訴えます。

 「その診断、合っているのかな?」と思わずにはいられないケースもあります。最近顕著なのが発達障害です。本来、発達障害は幼少時のエピソードを確認する必要もあり、簡単には診断できなかったはずなのですが、初診時に簡単な問診で確定診断を下され、いわゆる「精神刺激剤」が処方されているケースが少なくありません。しかも薬の説明がほとんどされておらず、「(従来の発達障害の薬と異なり)依存性はない」と言われたという患者さんがたくさんいます。しかし、アトモキセチン(ストラテラ)、グアンファシン(インチュニブ)などの精神刺激剤は、これらが登場する前によく使われていたメチルフェニデート(リタリン、コンサータ)、あるいは米国でよく処方されているリスデキサンフェタミンメシル(ビバンセ)のような覚醒剤類似物質とは異なるカテゴリーではありますが、決して副作用がない薬ではありません。そして、こういった処方に疑問を感じて谷口医院を受診する患者さんがいます。

 こういった経緯もあって、数年前から(あくまでも患者さんが希望すれば、ですが)谷口医院で精神疾患の治療をおこなうことがあります。

 まず気付いたのは、精神疾患の大部分は「環境に原因がある」という当たり前の事実です。以前、精神科でうつ病と言われたという男性が「僕はうつ病なんかじゃありません。安定した仕事と貯金があればすぐに回復します」と言っていました。そして後日、これが真実であることを身をもって証明していました。ある患者さんは失恋から立ち直り新しいパートナーができた瞬間に精神症状がすっかりなくなりました。その後、そのパートナーと入籍し今も元気にしています。

 では、どのような人がなかなか改善しないか、というと、もちろん持って生まれた素因や自身では変えようのない環境なども原因になるのですが、最近よく感じるのは「競争によるプレッシャーから逃れられない人」は治りにくいんじゃないか、ということです。

 というわけで、精神状態を改善させるために「競争から降りること」を提唱したいと思います。といっても、すでに過去に2回、「馬鹿らしい競争なんてさっさとやめて楽しく生きましょうよ」というコラム(「競争しない、という生き方」「競争しない、という生き方~その2~」)を書いていますので、今回は視点を変えて、「競争することは人間らしくない」ことを歴史的に”証明”したいと思います。

 歴史上、初めて人が人らしくなったのはおそらく集団で狩りをする狩猟生活をするようになった頃ではないかと私は考えています。一人一人がバラバラに行動していれば人どうしで殺し合いになることもあったでしょうし、獲物が効率よく獲得できません。仲間で力を合わせて狩猟生活を開始したことで人は集団生活の必要性と利便性を理解したはずです。

 次の転機は農耕生活の始まりです。身体能力にさほど恵まれていなかった弥生人が頑強な肉体を有する縄文人になぜ勝利できたかについては諸説ありますが、「集団行動に長けていた」が最たる理由ではないか、つまり一致団結できる力を有する集団の方が最終的には強いのではないか、というのが私の見立てです。そして集団での力を向上させるには「協調性」が不可欠となります。

 狩猟生活であれば、その集団が嫌になれば他のグループに移ることもできるでしょうが、農耕生活の場合は自身の土地を持っているわけですし、持っていない場合でも、他の村に入れてもらおうとしてもよその集団からやってきた者は不審者とみなされるでしょう。ならば多少嫌なことがあったとしても自身が生まれたその村で生きていくしかありません。

 村の中には他人の言うことを聞かず、すぐに争いごとをおこす者もいたでしょう。そのような者たちは村八分にされ子孫を残すことができません。「革命家」が現れ、村の有志を引き連れて新しいコミュニティをつくるというケースもあったでしょうが、それは極めて稀だったと予想されます。また、誰にも頼らず一人きりで生きていくことはほとんど不可能だったわけです。ということは、よほどの人物でない限りはその村のルールに従い、ある程度は自身の欲求を抑えて仲間に合わせていく他はなく、そのようなことができる人間のみが子孫を残すことができたわけです。そして「我々はその末裔だ」ということが重要です。

 つまり、我々現代人の大半は、歴史的に、そして遺伝的に「集団のなかでしか生きていくことができない」のです。そして、集団のなかでは弱肉強食ではなく、強い者が弱い者を守ろうとする文化が構築されたことが予想されます。なぜなら、誰もがいつ病気や怪我で身体が不自由になるかもしれない状況の中、「我々の社会では弱い者を助ける文化が根付いている」とメンバー全員が理解していれば、その村全体に安心感が広がるからです。村人の大半が頻繁に喧嘩している集団より、助け合いの精神にあふれている集団の方が存続しやすいのは当然です。このような集団ではひとりひとりの精神状態が良好であったに違いありません。

 では、この歴史上の”事実”を現代社会にあてはめてみましょう。同僚との競争を強いられ、いつリストラに遭うかもしれないという環境は、例えていえば「村人の大半が頻繁に喧嘩している集団」、あるいは「誰もが革命家を目指さねばならない集団」のようです。これではストレスから逃れられないのは当然で、同僚を蹴落として勝ち続けることができる人はほんのわずかしかいない、まさに弱肉強食の社会です。しかも、(私の仮説が正しければ)人間は”遺伝的に”助け合いの精神を持っているはずで、他人を蹴落とす行為はその”自然”に逆らうことになるわけですから心が痛くなるのは当然です。

 だからこんな競争社会からは降りてしまえばいいのです。例えば、私の知人に出世などにははなから興味がなく、職場のグチは言うものの家族や近しい友人との週末のキャンプやドライブを楽しみにしている男性がいます。また、パートナーはいないものの友達は男女共に多く、馴染みの客だけを対象に小さな飲食店を経営している女性がいます。彼(女)らは、金持ちではなく、世間がいうステイタスも高くありません。けれども、気の置けない身内に囲まれ楽しくやっています。いろんな愚痴を私には言いますが、どこか微笑ましいというか、話のネタとしてそのような不平不満を話すことを楽しんでいるようにすら見えます。診察室で患者さんから聞く苦しみとは異なるものです。

 出世、高収入、高級車、高級品、名誉、ステイタスなど、このようなものに興味を持たず、友達やパートナーとお金をかけずに楽しく過ごす人生の方が魅力的だと思えてこないでしょうか。このことを私は谷口医院の患者さんやプライベートの友人・知人をみていて強く感じます。社会的なステイタスや収入が低くても、仕事のグチは言うものの、プライベートを楽しんでいる人の精神状態は軒並み良好です。他方、中年の男性で精神的に弱っているのは昔から優等生をやめられない大企業の人たちに多いのです。

 中年の女性でいえば、メンタルが不安定なのはいつまでも他人との”比較”をやめない人たちです。特に高学歴の女性で専門職に就いている人たちは、世間では「男社会の不平等さに苦しんで……」というようなことが言われていて、「不平等」についてはその通りなのですが、精神状態にフォーカスして言えば、私はむしろ、女性どうしの「ライバル意識」が不幸を招いているような気がします。たとえば「同僚の〇〇さんはすごく恵まれているのに私はいつもひどい目に遭って……」というようなことを繰り返し訴える人がいます。このような人たちは他人との比較をやめるだけで随分と精神状態が改善すると思うのですが、これがなかなか困難です。

 ちなみに私自身は、「医者はステイタスが高いでしょ」と言われることがありますが、実際にはそんなことはありません。年収は医師の平均よりも(たぶんずっと)少ないですし、今も大学に籍を置いていますが役職は「非常勤講師」のままですし、医師会や学会には入っていますが役職はありませんし、論文は読むのは好きですがほとんど書きませんから誰からも評価されません。つまり、医師のなかでは最低のランクです。農耕社会で言えば「小作人」くらいでしょうか。しかしそれを悔しいなどとは思ったことは一度もなく、競争社会に乗る気は一切ありません。競争社会から距離をとることで気楽な生活が楽しめているのですから。

 出世、高収入、名誉などに初めから興味を持たなければそれなりに楽しくやっていけます。逆に、そのようなものにこだわって他人と競争しようとしても、人類は歴史のなかで集団内のメンバーとは争わない方が有利なように”進化”してきたわけですから、その進化に抗うのは賢明ではないのです。

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2024年2月4日 日曜日

2024年2月4日 道路の空気汚染が血圧を上昇させる

 個人的な話になりますが、私が医学部の1回生から研修医の1年目が終了するまで住んでいたワンルームマンションは高速道路の横に位置していました。19歳から26歳までは大阪市北区の幹線通り沿いにあるワンルームマンションに住んでいました。研修医2年目を迎えるとき、新たに研修医として勤務することになった枚方市の病院の敷地内の寮に入りました。

 驚きました……。こんなにもぐっすりと眠れることに。それまでは意識したことがありませんでしたが、住宅街に位置する病院のその敷地内の寮の環境はとても静かで、その静かな環境では深い睡眠が得られるのです。今から考えれば当然かもしれませんが、その当時は思いもしませんでした。

 2021年8月、当時の太融寺町谷口医院は階上キックボクシングジムが起こす振動で診療が度々妨げられるようになり、繰り返し申し入れをしても無視されたため(2024年2月現在も裁判中)、新しい場所を探していました。

 不動産屋が紹介したある物件は新築で広さはじゅうぶん、家賃も高くなく、クリニックには適しているかと思えました。結局、この物件は「コロナを診るなら患者にビルのトイレを使わせないでほしい」と言われたために断ったのですが、私はそれがなくても「ここでは診療ができない」と考えていました。

 高速道路の横だったからです。キックボクシングジムがつくる振動よりははるかにましですが、高速道路ですから騒音は避けられません。また粉じんが舞います。

 前置きが長くなりましたが、今回紹介したいのは「道路の空気汚染が血圧を上昇させる」を示した研究です。論文は医学誌「Annals of Internal Medicine」2023年11月28日号に掲載された「交通関連の大気汚染による血圧への影響(Blood Pressure Effect of Traffic-Related Air Pollution)」です。

 研究の対象者は正常血圧の22~45歳の16人(平均年齢29.7歳)です。シアトル市のラッシュアワーの時間帯に、外気が車内に入り込む車(フィルターなし)で2日間運転を行うグループと、外気の微粒子を取り除く高性能フィルター(HEPAフィルター)が装備された車で1日だけ運転を行うグループに振り分けられました。尚、被験者にはどちらのタイプの車かは知らされず、HEPAフィルターの有無は乗っただけではわかりません。

 結果、外気がHEPAフィルターで取り除かれた車を運転した場合と比べて、外気が車中に入り込む車を1時間運転した場合、拡張期血圧(下の血圧)が平均で4.7mmHg上昇、収縮期血圧(上の血圧)は4.5mmHg上昇しました。24時間後の平均血圧でみても、外気が車中に入り込む車を運転した場合は、拡張期血圧が3.8mmHg、収縮期血圧が1.1mmHg上昇していました。

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 車がゆっくりとしか走れない住宅地よりも早いスピードで走る幹線道路や高速道路の方が粉じんはたくさん舞います。音もしますし、場所によっては振動も伝わってくるでしょう。そういった環境に現在住まれている人には失礼ですが、そのような場所は「住むだけで不健康」と言えるでしょう。

 新・谷口医院は、旧・谷口医院から徒歩で5分しか離れていないのに、前がお寺、横がお墓、後が高級タワーマンションという大変静かで恵まれた場所に位置しています。つい7ヶ月ほど前までは階上から壁がゆれる程の振動を加えられていたわけですから夢のような環境です。今回紹介した研究は「振動」ではなく「粉じん」についてのものですが、旧・谷口医院(太融寺町谷口医院)を受診していた人も階上にキックボクシングが入居してからは振動で血圧が上昇していたかもしれません……。

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2024年2月1日 木曜日

2024年1月31日 起床・就寝時間が不規則なら認知症のリスクが53%上昇

 「シフト勤務をすればしない場合に比べて認知症発症リスクが31%上昇する」という研究を過去の医療ニュース「夜勤もシフト勤務も認知症のリスク(2023年2月9日)」で紹介しました。今回は「起きる時間と寝る時間がバラバラの人は認知症のリスクが上昇する」という興味深い研究を紹介しましょう。

 その研究は、医学誌「Neurology」2023年12月23日号に掲載された論文「睡眠規則性指数と認知症発症および脳容積との関連(Association of the Sleep Regularity Index With Incident Dementia and Brain Volume)」です。

 研究では英国の「UKバイオバンク」と呼ばれる研究機関のデータが使われています。研究の対象者は88,094人(平均年齢62歳、女性56%)で、研究機関中に認知症を発症した人は480人いました。睡眠の規則性(日々の起床時刻と就寝時刻がどれだけ規則的か)と認知症発症との関連が検討されました。研究には「睡眠規則性指数」(sleep regularity index、以下「SRI」とします)と呼ばれる指標が使われています。SRIは毎日同じ時刻に起きて同じ時刻に寝れば「100」となり、両者がまったく異なれば「0」となるように設定されています。対象者の中央値は「60」でした。

 最も不規則な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは41、反対に最も規則的な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは71でした。最も不規則な睡眠をとる人の認知症のリスクは平均的な人たちに比べ53%上昇していました。

 しかし、最も規則的な睡眠サイクルの人もまた、平均的な人に比べ16%のリスク上昇が認められました。

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 この研究が興味深いのは、不規則な睡眠サイクルが認知症のリスクになっていたという事実に加え(こちらは予想どおりです)、規則的なサイクルの人たちが平均的な人たちよりもリスクが上がっている点にあります。

 16%ですから、統計学的に有意ととれるかどうかは判断が難しいのですが、ひとつ言えることは「起床時刻と就寝時刻を完璧にいつも同じにしても認知症のリスクが下がるわけではなさそうだ」ということです。

 ということは、友達との飲み会を早めに切り上げたり、体調が悪いのに無理やり早朝に起きたりする必要はなさそうです。

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