2021年8月29日 日曜日
2021年8月29日 片頭痛を大きく改善させるω3脂肪酸
ω3不飽和脂肪酸(以下、単に「ω3」とします)をしっかり摂取して、ω6不飽和脂肪酸(以下「ω6」)を減らすと、いろんな病気の予防になり健康に良い、ということが随分前から言われています。特に日本では、伝統的にω3を豊富に含む青魚をたくさん食べることから「支持されやすい健康法」だと言えるでしょう。
今回ご紹介するのは、そのω3が「片頭痛の予防効果がある」という話です。尚、ω3は「n-3系脂肪酸」とも呼ばれ、医療者の立場で言えばこちらの方が馴染みのある表現なのですが、一般的にはω3の方がむしろ人口に膾炙しているようですので、ここではω3で統一します。
医学誌「British Medical Journal」2021年7月1日号に「成人の片頭痛を軽減するためのω3およびω6脂肪酸を含む食事変更:ランダム化比較試験 (Dietary alteration of n-3 and n-6 fatty acids for headache reduction in adults with migraine: randomized controlled trial)」という論文が掲載されました。
この研究では米国人の対象者がω3及びω6の摂取量を基準に3つのグループに分けられています。ω3としてEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)を含む食事が採用されています。ω6にはリノール酸が用いられています。尚、リノール酸を多く含む油の代表がコーン油や大豆油です。
・グループ#1:ω3を多く摂取+ω6は通常(ω3を1.5g/日摂取、リノール酸を摂取エネルギーの7%とする)
・グループ#2:ω3を多く摂取+ω6を減らす(ω3を1.5g/日摂取、リノール酸を摂取エネルギーの1.8%以下とする)
・グループ#3:ω3もω6も通常の食事と同様(ω3を0.15g/日以下、リノール酸を摂取エネルギーの7%とする)
結果、グループ#2では、1日あたりの頭痛時間が減り、1か月あたりの頭痛の日数は平均で4日間減少しました。また、グループ#1でも、グループ#2ほどではないものの、1日あたりの頭痛時間も月あたりの日数も減っています。
ただし、「生活の質を劇的に改善した(significantly improve quality of life)とまでは言えない」、と研究者らは付記しています。
************
平均で月あたりの頭痛回数が4日も減ったのなら、生活の質(quality of life)はかなり改善したのではないのか?と私は論文を読んだときに感じたのですが、それはさておき、食の「質」を損なわない、つまり美味しく食べられるのであれば、「ω3を増やしてω6を減らす食事療法」を再考してみてもよさそうです。
ω3について書かれたウェブサイトは星の数ほどありどれを信頼していいのか迷うこともあるでしょう。日本語で読めるサイトとしては厚労省のサイトがお勧めです。ここに書かれていることを簡単にまとめると次のようになります。
・ω3が心疾患に有効なのはまず間違いない
・ω3は関節リウマチにも有効
・ω3が、脳疾患、眼疾患、前立腺がんに有効かどうかは分からない
・ω3は食品から摂ることが推奨され、サプリメントの効果は不明
サプリメントで摂取しても効果がないなら食品から摂るしかありません。まず、日本人は食品からω3がどれだけ摂取できているのかをみてみましょう。
厚労省のサイト(の137ページの表5)を簡略化してまとめると次のようになります。
男性 女性
18~29歳 2.0g/日 1.6g/日
30~49歳 2.0g/日 1.6g/日
50~64歳 2.2g/日 1.9g/日
50歳を超えると摂取量が増えるのは年をとれば肉から魚に食事の趣向が変わるからでしょうか。なぜ、男性が女性よりも多いのかについては、単に食事の総量が多いからだと思われます。
次に、厚労省の定める「1日あたりの目標摂取量」(上記サイトの151ページ)をみてみましょう。
男性 女性
18~29歳 1.92g/日 1.62g/日
30~49歳 2.03g/日 1.59g/日
50~64歳 2.16g/日 1.85g/日
これをみる限り、日本人は男女ともほとんどが基準量を摂取できているようです。基準を満たしていないのは、30~49歳の男性と18~29歳の女性だけですし、いずれもわずかです。先に紹介した米国の研究では1.5g/日を「積極的摂取」とし、通常摂取を0.15g未満としていることに注意してください。米国の標準的な料理ではω3がほとんど摂れていないことがよく分かります。
ちなみに厚労省の同じ資料からω6をみてみると、男女ともほとんどの年齢で基準値をやや超えた量を摂取しています(18~29歳の男性はわずかに基準値を下回っています)。
では、ω3を多く含む食材にはどのようなものがあるのでしょうか。これは以前からいろんなところで発表されていますからお馴染みだと思いますが、改めて確認しておくと、サバやイワシなどの青い魚、亜麻仁油、エゴマ、くるみなどが有名です。
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<参考>
メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」
医療ニュース
2018年12月30日「ω3系脂肪酸、心血管疾患にもがんにも予防効果なし」
2013年7月31日「ω3系脂肪酸で前立腺ガンのリスクが4割上昇」
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|2021年8月15日 日曜日
第216回(2021年8月) 抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?
「抗体医薬」という言葉を聞く機会が増えていると思います。もともとは「がん」の領域で広がってきた言葉です。がん細胞の表面に現れた蛋白質(抗原)をピンポイントで狙い撃ちできるのが抗体医薬の特徴です。
「抗体」という言葉自体からは、感染症、あるいはアレルギーの領域で出てくる「抗原・抗体反応」を思い浮かべる人の方が多いかもしれません(参考:メディカルエッセイ第69回(2008年10月)「「抗体」っていいもの?悪いもの?」)。「抗体」はいろんな場面で出てきますから、とてもややこしいわけですが、「基本」をおさえておけば苦手意識を持つ必要はありません。
その「基本」とは「「抗体」と言われれば常に「抗原」が存在する」ということです。がんの抗体(医薬)であれば、がん細胞の表面の蛋白質が抗原になります。現在、「ロナプリーブ」と呼ばれる新型コロナウイルスの治療薬が注目されています。これも抗体医薬で、コロナウイルスの表面の蛋白質(抗原)を標的にしています。
アレルギーでいえば、例えばスギ花粉の表面の蛋白質(抗原)に対して、あなたが「抗体」を作り出せば、抗原(スギ花粉)に結合(抗原抗体反応)し、様々な症状が出現します。関節リウマチや膠原病であれば、自分自身の一部を抗原とみなし抗体が形成され、抗原が抗体と結合(抗原抗体反応)することにより炎症が生じ、痛みが現れます。
このように抗体には「いい抗体」も「悪い抗体」も、また「良くも悪くもない抗体」(例えばHIV抗体)などもあります。そして、今回お伝えするのが、片頭痛も抗体医薬で治療する時代がついに到来?という話です。
片頭痛に有効な抗体とはどのようなもので、抗原はどこにあるのかを考えていくに際し、まず片頭痛のメカニズムをおさらいしておきましょう。
片頭痛が起こる仕組みは「三叉神経・血管説」で説明されます。これは脳内にある三叉神経と呼ばれる神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出し、そのCGRPが、脳内に分布する血管の壁を構成する平滑筋細胞と呼ばれる細胞に取り込まれると、血管が拡張し、そのせいで血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが刺激となり神経に「炎症」が起こり痛みが誘発されるというわけです。
ちょっとややこしいですね。今度は逆からみていきましょう。炎症というのは何やら「腫れている」という雰囲気を想像できると思います。この「腫れ」の原因が脳内を走行する血管から漏れ出た蛋白質による刺激です。血管から蛋白質が漏れ出すには血管が拡張する必要があり、そのためには、血管の壁(平滑筋と呼ばれる筋肉)が緩まなければなりません。血管壁を緩める合図となるのが、CGRPと呼ばれるペプチド(蛋白質のようなもの)です。そして、このCGRPは三叉神経の末端から放出され血管に向かってやって来て、血管を構成する平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合するというわけです。
ということは、そもそもCGRPが三叉神経の末端から分泌されなければ片頭痛は起こらない、ということになります。そして、CGRPが分泌されるには、三叉神経の外に存在しているセロトニンと呼ばれる物質が、三叉神経の表面に存在する「セロトニン受容体」に結合する必要があります。もう一度まとめ直すと次のようになります。
・三叉神経の外に存在しているセロトニンが、三叉神経の表面にあるセロトニン受容体に結合する
↓
・すると、三叉神経の内部にあったCGRPと呼ばれる物質が外に放出される
↓
・CGRPは脳内の血管に近づいていき、血管の壁を構成する平滑筋の表面に存在するCGRP受容体に結合する
↓
・すると血管壁が緩んで血管が拡張する
↓
・血管内の一部の蛋白質が漏れ出てそれが刺激となり脳内に炎症が起こる
なぜ抗体医薬が片頭痛に効くかを説明する前に、もうひとつ復習しておくべきことがあります。それは片頭痛の特効薬として使われる「トリプタン製剤」です。製品名でいえば、スマトリプタン(イミグラン)、リザトリプタン(マクサルト)、エレトリプタン(レルパックス)、ナラトリプタン(アマージ)などです。
これらトリプタン製剤はセロトニンより先回りしてセロトニン受容体に結合することにより、セロトニンがセロトニン受容体にくっつけなくなり、そのためCGRPの分泌が阻止されるのです。トリプタン製剤は飲むタイミングが遅いと効果は半減します。これは、すでに多量のCGRPが放出されてからでは遅いからです。頭痛を感じたときにすぐに飲むのがトリプタン製剤の効果を最大限に引き出すコツです。
ここでようやく抗体医薬の登場です。今年(2021年)になり、一気に次の3種もの抗体医薬が発売されました。
#1 ガルカネズマブ(商品名エムガルティ):1回約45,000円、月に1回の注射
#2 フレマネズマブ(商品名アジョビ):1回41,356円、月に1回の注射、または3倍量を3か月に1回注射
#3 エレヌマブ(商品名アイモビーグ):1回41,356円、月に1回の注射
このうち#1のガルカネズマブと#2のガルカネズマブはCGRPに直接結合します。CGRPが抗原となり、抗原・抗体反応が起こるというわけです。一方、#3のエレヌマブはCGRPそのものではなく、血管平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合します。#1と#2は、CGRPとくっつくことでCGRPの形がかわり、CGRP受容体に結合できなくなります。#3はCGRPに先回りしてCGRP受容体にくっついて、CGRPを寄せ付けないというメカニズムです。
さて、問題は費用です。上に述べたように、注射の費用だけで3割負担で月に13,000円ほどがかかります。これらを毎月(あるいは3か月に1回)注射することにより完全な予防ができればいいのですが、実際はどうなのでしょうか。治験ではいい成績が出ていますし、副作用もさほどないようですが100%完全に効くわけではありません。
既存の片頭痛予防薬はどうでしょうか。比較的よく使われる予防薬はバルプロ酸(デパケン)、インデラル(プロプラノロール)、アミトリプチリン(トリプタノール)などです。これらも100%完全に効くわけではなく、なかには効果が乏しい人もいます。ですが、内服をきちんと続けていればほぼ100%防げる人も大勢います。
当院の経験でいえば、既存の内服の片頭痛予防薬が効く人というのは、毎日同じ時間に飲める人です。ついでに言えば、毎日同じ時刻に起きて(これが最も大切!)、できるだけ同じ時刻に就寝することを心がけ、昼寝も極力しない(これも大切!)という生活習慣を確立できた人が大きく改善しています。
新しい薬は発売後に何が起こるか分かりません。当院の患者さんのなかで、既存の予防薬に満足できない人は、抗体医薬の投与目的で専門病院への紹介を検討しますが(当院では今回紹介した抗体医薬を扱う予定はありません)、まずは生活習慣をもう一度見直し、既存の予防薬を適正に使用することが重要です。
まちがっても、「規則正しい生活ができず同じ時刻に薬を飲めないから」、という理由で高価な抗体医薬に頼るべきではありません。
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|2021年8月15日 日曜日
2021年8月15日 不眠に対する運動は有効か
当院で不眠の相談をしたことがある人には「またかよ」と言われるでしょうが、私は不眠を訴える患者さんほぼ全員に繰り返し「運動をしましょう」と言い続けています。実際、運動だけで不眠症が治った人は決して少なくありません。また、定期的な運動をしている人で不眠で悩む人はほとんどいません(過剰な運動で不眠になる人はいますが)。
しかし、運動が不眠に有効なのはば確実ですが、どの程度有効なのかを評価した質の高い大規模研究はあまりみたことがありません。今回、そういった研究が報告されたのでお伝えします。
研究は医学誌「The Journal of sports medicine and physical fitness」2021年6月号に「原発性不眠症に対する運動介入の効果:メタ分析(Effect of exercise intervention on primary insomnia: a meta-analysis.)」というタイトルで掲載されています。
この研究では、これまでに発表されている運動と睡眠の関係を検討した23の研究をメタ解析しています。運動をした人1,269例と対照グループ(運動をしなかった人)1,203例が比較検討されています。
その結果、運動をすれば不眠を改善する効果が認められることが分かりました。尚、この研究ではSMDという指標が使われています。運動が不眠に有効であることを示すSMDは-(マイナス)1.64、有酸素運動であれば-2.21です。-(マイナス)がついていて、なおかつ絶対値が大きければ大きいほどその関係が強いことを示します。よって、この研究から言えることは、運動が不眠を改善するのは確実であり、なかでも有酸素運動が有効だ、ということになります。
************
ところで、睡眠の質が高いか低いかはどのように判断すればいいのでしょうか。専門的には睡眠中の脳波や心拍数を測定するのですが、自宅で医療者の介入なしに簡単にできる方法があります。
それはFitbitを使うことです。AppleWatchではなくFitbitの方が有効です(私見ですが)。Fitbitなら、睡眠の深さがどの程度かを知ることができ、何時に深い睡眠(あるいはレム睡眠)をとっていたかが分かります。同時に心拍数も測定できますから、健康管理にとても役立ちます。念のために付記しておくと、私はFitbitの会社と関係があるわけではなく利益供与はありません。
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|2021年8月9日 月曜日
2021年8月 「絶対悪」の基準は「ずるい行為」か否か
いつ、どこで、誰から聞いたのか、あるいは何かに書かれていたものを読んだのか、そのあたりの記憶がはっきりしないのですが、私には「人を裁いてはいけない」という言葉が20代の頃からずっと頭の片隅にあります。たしか、このような言葉は聖書にもあったはずですから、関西学院大学時代にキリスト教学の授業で聞いたのかもしれませんが、はっきりとした記憶はありません。
「人を裁いてはいけない」というこの言葉がなぜ私の頭から離れないのか。おそらく「人を裁くのはみっともないことだけれど、えてしてやってしまう可能性がある」という恐怖が私の心にあるからだと思います。
「人を裁く」という行為が実に恥ずかしく醜い行為にうつることがあります。「人間は平等だ」「人の上に人をつくらず」といったきれいごとを言いたいわけではありません。自分の価値観のみを信じ他人の意見を聞き入れない行為や、正義感に酔いしれた独りよがりの行動に遭遇したときには、思わず目を伏せたくなります。
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)の関連で言えば、私は「マスク警察」を気取る人が愚かに思えます。「自粛警察」も自らの正義感に酔った人たちのやることだと冷めた目でみていますが、私の感覚で言えば「マスク警察」の方がみっともないのです。
なぜでしょうか。私自身は実際に「マスク警察」をしている人たちを直接見たことがないのですが、目撃者の話によると、どうも弱々しい若者や女性がマスクをしていないときに近づいていって上から目線で注意をするのが実態のようです。一方、例えば100kgを超える巨体の西洋人や黒人がマスクをしていなくても何も言わないそうです。要するに、マスク警察というのは単なる「弱い者いじめ」なわけです。
もうひとつ例を挙げましょう。「子供の教育に悪いから」という言葉を金科玉条のように掲げて、性を取り上げたテレビ番組に抗議をしたり、アダルト本を置いているコンビニに苦情を言ったりする人たちがいます。しかし、そういったテレビ番組やアダルト本は本当に子供の教育に悪いものなのでしょうか。悪いものだったとしても、子供にも自分で考える頭と行動力がありますから、そういった情報を入手しようと思えばいくらでも手に入れることができるわけです。抗議をしたり苦情を言ったりする本当の理由は、子供のことを思っているのではなく、本人が不快に思っているからに他なりません。
要するに、マスク警察は「自分の考え(マスクは全員がすべき)と異なることをやっている他人が憎いから」、アダルト番組や書籍に苦情を言う人は「そのようなものが視界に入るのが苦痛だから」正義や正論を振りかざして他人を攻撃しているだけではないのか、と私には思えるのです。しかも、弱々しい若年者や女性、テレビ局や店舗(コンビニ)など、絶対に反撃を加えてこない対象を攻撃しているのです。
さて、ここまでの私の文章を読まれて何か矛盾を感じられたでしょうか。そう、「人を裁くなと言っているお前が人を裁いているではないか」という矛盾です。では、私自身は自分の行動を棚に上げて、自分本位な理屈で好きなことを言っているだけ、つまり「同じ穴のムジナ」なのでしょうか。
この問題を検討するために、次の場面を考えてみましょう。
****
小学生のA君が、B君とC君にいじめられている。そこにD君が通りかかった。D君は弱い者いじめをしているB君とC君が許せないと考えて、B君とC君に殴り掛かってやっつけた。そしてA君を助けた。
****
この状況で、「D君はA君を助けたいという自分勝手な欲望でB君とC君を裁いた」と考えてD君を非難する人はいないでしょう。
では、D君の行動とマスク警察やアダルトを非難する人たちの違いはどこにあるのでしょうか。まず私が用意したい答えは「その欲望は<絶対悪>に対抗するものか」を基準にするというものです。
A君をいじめているB君とC君の行動は「絶対悪」です。マスクをしていない弱々しい若者や女性に詰め寄る行為も「絶対悪」です(私はそう思います)。「子供の教育に悪い」を言い訳にアダルト情報の苦情を言うのも「絶対悪」です(私はそう思います。理由は後述します)。
ですが「絶対悪」などというものは簡単に定義できるわけではありません。いじめが絶対悪であることには同意が得られるでしょうが、マスク警察やアダルト情報の抗議を「絶対悪」と言えば違和感を覚える人の方がずっと多いでしょう。
実はそこがポイントで、だからこそ、「絶対悪」の”認定”には慎重にならねばならないのです。自分と異なる意見を持っている人がいたとすれば、自身の価値観でその人を裁くのではなく、その人は「絶対悪」と呼べるほどの間違った主張をしているのかを見極めなければなりません。絶対悪を簡単に”認定”してしまえば、歪んだ正論や正義が生まれてしまいます。戦争はその最たるものでしょう。
コロナワクチン肯定派の人は、反対派の意見を聞くとき、その反対の根拠が「絶対悪」と呼べるようなものかを吟味しなければなりません。反対派の人も同様です。こういう視点を常に持つようにすれば、そう簡単には自分と異なる意見の人のすべてを否定できなくなるはずです。
私自身も、もしもマスク警察の人たちが、巨体の外国人や暴力団の人たちに「マスクを着けてください」と詰め寄るならむしろ応援したいと思いますし、アダルト情報に反対する人も「子供の教育に悪い」などと言わずに、「子供ではなく私が不快だから控えてください」という抗議の仕方をするのであれば支援するかもしれません。
ここまでくれば理解いただけるかと思いますが、私自身が「絶対悪」と考える基準はそれが「ずるい行為」かどうかです。いじめはもちろん、強い者には何も言えないくせに弱者にだけマスクをしろ!と強制する行為は「ずるい行為」です。「子供の教育に…」を盾にして自分の欲求を正当化するのも「ずるい行為」です。
20代の頃から私の心のなかにある「人を裁いてはいけない」についてずっと考えてきました。この命題を文字通り実践するなら、極悪人を目の前にしても何も言えず何もできなくなってしまいます。ですが、「善」「悪」「正義」などは簡単に判断することはできません。どの立場に立つかによっても異なります。しかし、「ずるい行為」なら判別は比較的容易です。もちろん、厳密に決めることはできず人によって判断がずれることもあるでしょうが、私自身にとっては「ずるい行為」を基準に考えるとたいていのことがすっきりします。
私が連載している日経メディカルのコラムで、2回連続で医師を非難しました。最初の回はわいせつ医師に対して、後の回では金儲けを企んだ悪徳医師を糾弾しました。医師が医師を非難するのはタブーという考えが根強いのですが、私がこういった医師について書くことを決めた最大の理由は、「ずるい医者を許してはいけない」という気持ちがあるからです。
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