2015年11月28日 土曜日

2015年11月28日 酒さは生活習慣病や心疾患のリスク

 酒さ(しゅさ)という疾患は患者数が多い割には、知名度が低いというか、医療に携わる者であれば知らない者はいませんが、一般的にはこの病気の名前自体を知らない人が少なくありません。

 酒さは顔面に生じる慢性の炎症性疾患です。以前からこの病気のリスクには様々なことが言われており、心疾患がそのひとつという考えもあります。

 今回紹介する研究はその「逆」で「酒さがあると心疾患のリスクが上昇する」というものです。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2015年5月25日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)に報告されています。研究は台湾人によるもので、対象者は33,553人の酒さの患者と67,106の酒さでない人です。

 分析の結果、酒さがある人はない人に比べて、高コレステロール血症などの脂質異常症となるリスクが1.41倍、同様に高血圧が1.17倍、狭心症や心筋梗塞などの心疾患を患うリスクが1.35倍となっています。この傾向は女性よりも男性で強く認められたようです。

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 日頃診ている患者さんのことを思い出してみても、たしかに男性では、酒さと高脂血症・高血圧症が合併しているような印象があります。酒さが先か、高脂血症・高血圧症が先か、というのは「ニワトリが先か卵が先か」と似たような感じがします。

 つまり、高脂血症・高血圧症がある人が顔面が赤くなってきたとすれば速やかに主治医に相談すべきですし、すでに酒さの診断がついている人は定期的に健康診断を受けて、血圧や脂質異常に注意すべきでしょう。

注1:この論文のタイトルは「Cardiovascular comorbidities in patients with rosacea: A nationwide case-control study from Taiwan」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2815%2901597-2/abstract

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2015年11月27日 金曜日

2015年11月27日 抗生物質の使用が体重増加を引き起こす

 日常の診療で私が最も困っていることのひとつが、「抗生物質をください」と言って引き下がらない患者さんに、どのようにしてそのような治療が不要であるかを説明するか、ということです。なかには「お金を払うのあたしですよ!」などと怒る人もいて、そういう患者さんと話すのは大変疲れます。

 風邪の患者さんが問診票に「コーセーブッシツ(ひらがなのこともあります)をください」と書いてあることもあり、そういった患者さんは抗生物質こそが現在の症状を取り除く「救世主」と思っています。

 抗生物質というのは抗菌薬のことを指し、細菌感染症にしか効果はありません。そもそも「抗生物質」という言い方が誤解を招いています。「抗菌薬」という表現をとるべきだと私は考えています。本コラムもここからは「抗菌薬」とします。

 抗菌薬は決して安易に使用すべきではありません。細菌性の咽頭炎には抗菌薬が必要、と考えている人もいますが、この理解も必ずしも正しくありません。軽症の細菌感染なら自然治癒力で治すべきです。薬には副作用がつきものです。抗菌薬は、薬のなかでも最も副作用が多いもののひとつです。必ずしも必要でなかった抗菌薬を内服し、その結果入院しなければならないような副作用が出現すれば目も当てられません。

 副作用だけではありません。抗菌薬の過剰な使用は「耐性菌」を生み出すことになります。そうすると個人の問題ではすまなくなります。抗菌薬の使用は社会全体で最小限に抑えるべきなのです。

 今回お伝えする情報は、抗菌薬の新たな「副作用」です。

 小児が抗生物質を繰り返し使用すると体重増加につながる・・・。

 医学誌『International Journal of Obesity』2015年10月21日号(オンライン版)にこのような研究が発表されました(注1)。研究の対象となったのは、米国の3~18歳の子供163,820人です。

 分析の結果、小児期に7回以上の抗菌薬の処方がおこなわれていれば、15歳の時点で、抗菌薬を使用していない子供に比べ1.4kgの体重増加が認められたそうです。

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 抗菌薬を処方するのは「医師」であり、この論文を素直に読めば、医師に責任がある、と感じられます。しかし、冒頭で述べたように、患者さんの方から執拗に抗菌薬の処方を求められることもしばしばあります。(そういう人は、ほぼ例外なく「抗菌薬」とは呼ばず「抗生物質」と言います)

 一方、医師側も、特に小児科の領域で軽症例に抗菌薬を処方していることがないわけではありません。そして、このように過剰に抗菌薬を処方するようになるきっかけとなった「事件」があります。

 その「事件」とは、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群という重症例の子供に対し、初回に診察した医師が抗菌薬を用いなかったことでその子供が死亡したという「事件」です。この「事件」は訴訟になり医師側が敗訴しています(注2)。つまり、初期の段階で抗菌薬を使用すべきであったというのが判決です。しかし、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群というのは極めて稀な重症感染症であり、たとえ初期に抗菌薬を処方していても助からなかった可能性が強く、この判決は随分と物議を醸しました。この判決が、その後医師が抗菌薬を軽症例に処方する原因となった可能性がある、という意見があります。

注1:この論文のタイトルは「Antibiotic use and childhood body mass index trajectory.」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nature.com/ijo/journal/vaop/naam/abs/ijo2015218a.html

注2:この裁判記録は下記URLで読むことができます。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/660/005660_hanrei.pdf

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2015年11月20日 金曜日

第154回(2015年11月) 「かかりつけ薬局」という幻想

 2015年11月2日、医薬品やドラッグストアなど健康関連の企業で構成する「一般財団法人日本ヘルスケア協会」が発足され、代表理事にマツモトキヨシHDの松本会長が就任しました。協会には発足時点で約500社が加盟したそうです。

 この協会設立のきっかけになったのは、2015年10月23日、医療費の抑制に向けて厚生労働省が発表した「患者のための薬局ビジョン」です(注1)。厚労省のこのビジョンでは「かかりつけ薬局」という言葉が用いられています。「かかりつけ薬剤師・薬局の推進を図り、患者・住民から真に評価される医薬分業の速やかな実現を目指して参ります」と記載されています。

 また、10月29日には日本薬剤師会の山本信夫会長が記者会見で、かかりつけ薬局に対し「5年後くらいまでには何らかのメドは示したい」との考えを示したと報じられています。

 かかりつけ薬局という構想は私個人としては大変素晴らしいものだと思っています。もしも、国民全員が健康のことで困ったことがあれば、医療機関ではなく近くの薬局を訪れて薬剤師に相談することができればどれだけ有益でしょう。たとえば、風邪症状で薬局に相談したとき、その症状に応じて適切な風邪薬を選んでくれて、場合によっては医療機関受診をすすめてくれるかもしれません。「かかりつけ医を持っていないなら、この時間なら〇〇クリニックがすいていますよ」などといった情報を教えてくれるかもしれません。また、「この程度なら薬に頼るのではなく暖かくして早く寝なさい」といった助言がもらえるかもしれません。

 ありがたいのは風邪をひいた患者さんだけではありません。医療機関の側からみても、わざわざ医療機関を受診する必要のない風邪を薬局で治療してもらえるなら、その分の時間をより時間をかけて診察する必要のある重症例に使うことができます。薬局が「ゲートキーパー」の機能を担ってくれるなら大変ありがたいことです。

 薬剤師も仕事の満足度が上がるはずです。薬剤師の本来の任務は「いかに薬を飲んでもらうか」ではありません。「いかに薬を最小限にするか」を考え、「正しい薬の使い方を伝える」のが正しいミッションです。そして薬剤師が本来のミッションを遂行することができれば、患者さんからも喜ばれ感謝の言葉を聞くことになります。これが薬剤師のやりがいとなり、ますます勉強を重ね、地域のために貢献しようという気持ちが強くなるでしょう。

 つまり、もしもすべての国民が「かかりつけ薬局」を持つことができれば、患者・薬剤師・医師の三者が幸せになり、さらに無駄な通院が減るでしょうから医療費も抑制されることになり、行政にも喜ばれ、その分のお金(税金)が他の必要な領域に使われることになるでしょうから、病気には縁が無く薬局にも病院にも行かないという人にも利益がもたらされることになります。

 こんな素晴らしい構想はそうありません。では、国民のみなさん、さっそく「かかりつけ薬局」を決めましょう・・・、と言いたいところですが、現実はそう甘いものではありません。

 私は現在の日本の薬局をみていると「かかりつけ薬局」など夢のまた夢で、到底実現不可能だろうと感じています。まず、街を歩いて探してみても「薬局らしい薬局」がありません。商店街や大通りには確かに”薬局”がたくさんあります。日本ヘルスケア協会の代表が経営する「マツモトキヨシ」はそのような薬局の代表といえるでしょう。「マツモトキヨシ」は関西にはそれほど店舗が多くありませんが、同じような薬局がたくさんあります。

 そしてこういった薬局では薬以外のものが多数売られています。お菓子やジュースが店頭に大量に並べられ、一般のスーパーよりも安い値段が表示されています。ワゴンには化粧品が大量に陳列され、大量のサンプルが配られ、ときには販売員が大きな声をだしてパフォーマンスがおこなわれています。「タイムセール」と書かれた看板を手に持って大声を出している店員がいることもあります。

 さて、あなたはこのような薬局に健康の相談をしに行きたいと思うでしょうか。実は私もこういったマツモトキヨシ型薬局はしばしば利用しています。安い商品というのは大変ありがたいですから、お菓子やジュース、またコンタクトレンズの洗浄液や入浴剤を大量に買って帰ります。こういった商品は安いに超したことはないので、私はこれからも利用させてもらうつもりです。

 しかし、です。これは「余計なお世話」だとは思いますが、私はレジを打っている薬剤師の人たちが気の毒になることがあります。両手をへそのあたりで合わせて深々とお辞儀をし、レジを打ちながらも「毎月〇日は全品5%割引キャンペーンをおこなっておりま~す。是非ご利用くださ~い」、といった丸暗記した宣伝文句を声に出し、サンプルを袋に入れ、再び深く頭を下げています。

 職業に貴賎はない、のは事実ですが、これが本来の薬剤師のするべき仕事でしょうか。そして、このような薬局を自分の「かかりつけ薬局」にして、健康のことで困ったことがあれば何でも相談しよう、と思える人がどれだけいるでしょうか。

 ここで私の個人的な体験を話したいと思います。研修医を終えてタイのある施設でボランティアをしていた頃の話です。その施設に向かうためにレンタルバイクを運転していたある日、交差点に猛スピードでつっこんできたトラックにバイクごと倒された私は足にケガを負いました(注2)。病院に行くべきかどうか迷いましたが、骨折はないだろうと判断し、近くにあった薬局に行きました。私が医師であることは伏せて、薬剤師に状況を説明すると、その薬剤師は丁寧に問診をしてくれて、必要な薬とガーゼ、包帯などを用意してくれました。私が「骨折はないと思う」と言うと「私もそう思う。病院は行く必要がない」と答えてくれました。

 それ以来私は、海外で(タイだけでなく他の国々でも)健康上のことで何かあると医療機関ではなく薬局を訪れるようにしています。といっても必要な薬(鎮痛剤や胃薬)は日本から持って行きますから、薬局のお世話になるのはそういった薬を紛失したときくらいですが。ただ、時間があれば薬局を覗くことはしばしばあります。どのような薬が置いているかに興味があるからです。医師であることをカムアウトして世間話をすることもありますが、客のフリをして薬剤師と話すこともあります。どのようなことを尋ねてくるのかが興味深いからです。

 なぜ私の個人的な海外での話をしたかというと、こういった薬局であれば文字通りの「かかりつけ薬局」となるからです。実際私は多くの海外旅行に行く患者さんに、軽症なら医療機関でなく薬局にまず相談するように助言しています。それだけ薬剤師が頼りになるのです。

 海外の薬剤師は頼りになるが日本の薬剤師には頼れない、ということはないはずです。ですから日本も海外と同じように、街にたくさんの小さな薬局をつくり、そこで患者さんの悩みを聞くようにすればいいのです。しかし、この私の考えに同意する薬剤師がいたとしても、薬局をオープンさせることは困難でしょう。

 ではどうすればいいのか。マツモトキヨシ型大型薬局のなかに「健康相談ブース」を設ければどうでしょうか。小さな個室がいくつかあり、プライバシーに配慮した部屋の中には体温計や自動血圧計を準備しておきます。そして薬剤師が健康上の悩みを聞くのです。医師の診察に近いことをすれば医師法違反となるのかもしれませんが、悩みを聞き、生活習慣の助言をおこなうくらいは問題ないでしょう。必要あれば適切な医療機関の受診を促し、受診が必要なければ薬局に置いてある薬を使ってもらうようにすればいいのです。場合によっては、何もせずに自宅で休んでいなさいという助言が最適ということもあるでしょう。

 薬剤師の助言も含めて医療行為というのは営利目的であってはなりません。タイムセールや毎月〇日のお得日といったものを盛んに宣伝されれば、この薬局儲けたいだけじゃないの?と思われても仕方がありません。それを挽回するためにも健康相談の個室を設けるのはひとつのアイデアだと思うのですがどうでしょうか。

「かかりつけ薬局」、現在の大型薬局のあり方が変わらない限りは「幻想」に過ぎない。それが私の意見です。

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注1:厚労省のこのビジョンは下記URLで詳細を知ることができます。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/gaiyou_1.pdf

注2:ちなみにこのときこのトラックはそのまま猛スピードで逃げて行きました。その日に警察に行くと、「担当者がいないから明日に来てくれ」と言われ、しぶしぶ納得した私は翌日に再び警察に行きました。すると「そんな話を聞いた職員はいないからわからない」と言われ、どの職員もまともに対応しようとしないので、これがタイの警察か、と納得しそのまま警察を後にしました。

それからしばらくして、バンコクである日本人にホテルまで車で送ってもらう機会がありました。このとき我々は道に迷い、一方通行を逆走してしまい運悪く警察に止められました。パスポートの提示を求められたとき、この日本人は500バーツ紙幣(約1,500円)をパスポートにはさんで警官に手渡し、警官はパスポートの中身を確認することなく500バーツを受け取りそのまま我々は解放されました。この日本人によると、このようなことはこの国では日常茶飯事だと言います。

ちなみに、タイの警察や司法がいい加減なのは有名な話で、最近の出来事でいえば、2010年に16歳の少女が無免許で高速道路を運転し交通事故を起こし大学生ら9人が死亡するという痛ましい事故がありました。この16歳の少女は「ナ・アユタヤー」という王室関係の姓であることが報道され注目を浴びました。なかなか起訴されず、「王室関係者だから許されるのか」、という世論のバッシングなどを受けて最終的には起訴されましたが、裁判所の判決はなんと執行猶予4年付きの懲役2年です。9人の命を奪ったのにもかかわらず、です。4年間の保護観察中に、1年あたり48時間の社会奉仕活動が命じられていますが、勉学に忙しいという理由で全くしていないことも報じられています。

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2015年11月20日 金曜日

第147回(2015年11月) 毛染めトラブルの4つの誤解~アレルギー性接触皮膚炎~

 2015年10月23日、消費者安全調査委員会は「消費者安全法第23条第1項の規定に基づく事故等原因調査報告書 毛染めによる皮膚障害」というタイトルの報告書を公表しました(注1)。毛染めによる皮膚のトラブルが相次いでいて、消費者に注意を促すのが目的です。

 しかし、トラブルが相次いでいるといっても最近になって突然増え始めたわけではありません。コムギアレルギーを誘発した「茶のしずく石けん」や、白斑症を起こしたカネボウなどのロドデノールを含む化粧品、最近の事件ではダイソーが扱っていたホルムアルデヒドが含有されていたマニキュアなどの事件とは性質が異なります。

 つまり毛染め(ヘアダイ)のトラブルは昔からあり、実際、消費者安全調査委員会が公表しているデータをみても被害が急増しているとはいえません。では、なぜ今になって同委員会がこのような報告書を発表したのか。それは、避けられるはずの被害が一向に減らないから、そして毛染めに対する「誤解」が蔓延している事態を打開すべきと同委員会が判断したからではないかと私はみています。

 毛染めのかぶれに対する「誤解」は大きく4つあると私は考えています。順にみていきましょう。

 頭皮や顔面の皮膚のトラブルを訴えて受診される患者さんに対して、「これはおそらく毛染めが原因ですよ」と言うとそれを否定する人がときどきいます。そういう人がいうセリフは「前から同じものを使っているから原因は毛染めではありません」というものです。

 ここを誤解している人は非常に多いようです。毛染めのかぶれは、主に「アレルギー性接触皮膚炎」です。これはその毛染めを使い続けているうちに、身体が毛染めの成分を”外敵”とみなし、アレルギー反応が起こるようになるのです。つまり、「長い間使っていたからこそアレルギーが生じた」と考えなければなりません。

 ここは多くの人が誤解しているのでもう少し続けたいと思います。薬疹を疑ったときも「この薬はもう半年も飲んでいるから原因ではありません」という人がいますが、これも「半年間飲んだからこそアレルギーになった」と考えるべきです。抗菌薬などは飲んで2回目以降にでます。もう少し例をあげると、スギ花粉症になる人は、生まれたときからスギ花粉症なのではなく、長い年月をかけてスギ花粉を少しずつ吸い込んである一定量を超えたときにアレルギーを発症します。ペットショップのオーナーがいきなりイヌアレルギーになり廃業せざるを得なくなったとか、そば屋の主人がソバアレルギーになり店をたたまなくてはならなくなったというエピソードを思い出せば理解しやすいと思います。

 毛染めのかぶれに対する2つめの誤解は「自分が毛染めでかぶれるのは知っているし、実際いつもかゆくなる。けど、これくらいなら我慢できる」というものです。これは気持ちは分かりますが危険です。アレルギー性接触皮膚炎というのは、繰り返せば繰り返すほど重症化していきます。最初は頭皮の軽度の発赤と痒みだけだったけれど、そのうち程度が強くなり、ひどい場合は全身が腫れ上がったり、使用をやめてからも長期間通院しなければならなくなったりということもあります。実際、消費者庁に2010年度からの5年間で寄せられた事例が約1,000件あり、そのうち約170件は治療に1ヶ月以上かかった重症だったそうです。

 ちなみに、5年間で1,000件と聞くと、そんなに多くないのかなと錯覚しそうになりますが、これは届け出があった数ですから、実際にはその何百から何千倍もあるはずです。消費者安全調査委員会の報告によれば、自宅での毛染めで15.9%、美容院での毛染めで14.6%がかゆみなどの異常を感じた経験があると回答しています。

 毛染めに興味がない、あるいは縁がない、という人には理解しにくいかもしれませんので補足しておきます。少しでもかゆみが出るならそんなもの使ってはいけないんじゃないの?と考える人もいるでしょう。なぜ彼(女)らは、かぶれると知っていても使おうとするのか。それはそのリスクを抱えてでもきれいに染めたいからで、他に代替できるものがないのです。

 毛染めのかぶれの原因物質のほとんどはパラフェニレンジアミン(以下PPAとします)と呼ばれるものです。(他にはメタアミノフェノール、トルエン-2、5-ジアミンなどもあります) なぜ高頻度でかぶれることが分かっていながら市場で売られているのかというと、これほどきれいに染まる染料が他にないからです。毛染め(ヘアダイ)でのかぶれを起こしたことがある人に対して、私はヘアマニキュアを勧めるようにしています。しかし、ヘアマニキュアでは好みの色(特に明るい色)がでないことが多く、また、すぐに色が取れてしまうという問題もあります。

 フランスでは、あまりにかぶれの被害が多いことから、過去にPPAの毛染めへの使用が禁止されたことがあったそうです。しかし、それではきれいな色が出ないことで消費者から使用を認めてほしいという声が大きく、現在では6%の濃度を上限に再び許可されています。PPAは「究極の染料」と呼ばれることもあるほどです。

 3つめの誤解は「パッチテストをしたから安心していた」というものです。パッチテストというのは、毛染めをおこなう前に、あらかじめその製品を腕などに塗ってみて反応が起こらないかどうかをみるテストのことを言います。ただ、本来医療現場で言う「パッチテスト」とは、該当する物質を皮膚に塗布しその上からカバーをかぶせる(まさにpatchです)方法のことを言います。

 毛染めで本来のパッチテストをおこなうのは危険です。先に述べたようにかなりの確率でかぶれるわけですから、そのようなものをパッチして密閉すればそのテストで重症の皮膚炎が起こることもあるからです。ですから覆ってはいけません。そしてこのように該当する物質を皮膚に塗布して覆わないテストのことを「オ-プンテスト」と呼びます。しかし、消費者安全調査委員会はなぜかこの名称は用いずに報告書のなかで「セルフテスト」という名称を用いています。(本コラムでも「セルフテスト」と呼ぶことにします)

 問題はセルフテストの「判定時期」です。かぶれの正式名称は「接触皮膚炎」といい、接触皮膚炎には2種類あります。1つは「刺激性接触皮膚炎」でこれは該当物質に接触してすぐに(せいぜい15分程度で)症状がでます。もうひとつが「アレルギー性接触皮膚炎」でこれは1~3日程度たたないと判定できないのですが、ここをきちんと理解していない人が多いのです。セルフテストはその毛染めを皮膚にぬってそこを濡らさないようにして少なくとも丸2日は経過をみなければなりません(注2)。「パッチテストをした」と言っている患者さんの何割かは、せいぜい30分くらいしか経過をみていないのです。これでは意味がありません(注3)。

 そして4つめの誤解は「このようなかぶれのトラブルが起こったのは毛染め製品の会社や美容院の責任だ」というものです。これは気持ちが分からないわけではありませんが、まず会社の責任は問えません。先にも述べたように、PPAは一定の割合の人がかぶれることが初めから分かっている物質であり、これを前提に製品としているのです。では、会社に責任がないなら、販売者はどうなんだ、美容院はどうなんだ、という疑問を感じる人もいるでしょう。

 たしかに販売者にはいくらかの説明義務違反があるかもしれません。しかし薬局ならまだしも、たとえばスーパーの棚に並んでいる毛染めをカゴに入れてレジで精算をおこなうときに、レジ打ちの職員がかぶれの説明をおこなうことが現実的にできるでしょうか。

 美容室でなら、毛染めを用いる前に充分な説明をおこない、場合によってはセルフテストを先におこなうべきです。しかし、「美容室で15分間のパッチテスト(セルフテスト)をおこなったから安心と言われたのにかぶれた」と言って受診する人が少なくないのです。これはつまり、その美容師が刺激性接触皮膚炎とアレルギー性接触皮膚炎の区別がついていない、ということを意味しています。同じようなことはエステティックサロンにもいえます。エステティシャンがそのサロンで用いている美容液やクリームなどについて「パッチテスト(セルフテスト)をしました」と言ったときもそのテストを15分程度で済ませていることが多いのです。

 これは私の個人的な考えですが、アレルギー性接触皮膚炎やセルフテストのことについては美容師やエステティシャンに任せるべきではないと思います(注4)。知識のある美容師を探すよりも、自身で知識を身につけて、たとえば美容室でヘアダイを勧められたなら、そのサンプルをもらって自宅でセルフテストをおこなうといった対策をとる方がずっと現実的です。つまり「自分の身は自分で守る」べきなのです。

 最後に「毛染めトラブルの4つの誤解」をまとめておきます。

1 毛染めのかぶれは主に「アレルギー性接触皮膚炎」。使い続けるとアレルギーになるものであり「これまで使えていたから大丈夫」というわけでは決してない。

2 「これくらいなら我慢できる」は危険。アレルギー症状は次第に悪化する。重症化すれば長期間通院が必要になることも。

3 セルフテスト(パッチテスト)は少なくとも2日以上たってから効果判定しなければならない。方法がわかりにくければかかりつけ医に相談を。

4 充分な知識のない美容師(やエステティシャン)が存在するのは事実。彼(女)らに知識の向上を期待するよりも「自分の身は自分で守るべき」と考える方が現実的。

 
注1:この報告書については下記URLを参照ください。

http://www.caa.go.jp/csic/action/pdf/8_houkoku_gaiyou.pdf
 
注2:セルフテストを実施するときは原則として丸2日はシャワーもできません。これが患者さんがこのテストをいやがる最大の理由です。ただし、どうしてもシャワーをしたいいう場合は、サランラップなどを用いてその部位を濡れないような工夫をしてもらって短時間シャワーをするという方法もあります。

注3:医療機関でPPAのパッチテストをおこなうことは可能です。本文で「毛染めの(本来の)パッチテストは危険」と述べましたが、医療機関でおこなうPPAのパッチテストは濃度を調節していますので危険性はほとんどありません。下記ページも参照ください。

湿疹・かぶれ・じんましん Q&A Q4 パッチテストをしてほしいのですが・・・

注4:このようなコメントが正しい知識をもった美容師やエステティシャンに対し失礼になることは充分承知しています。しかし「30分のパッチテストをしたから美容師(エステティシャン)に大丈夫と言われた」といって受診する患者さんが当院でも一向に減らないのです。これは、「パッチテスト」の意味が分かっておらず、接触皮膚炎の刺激性とアレルギー性を混同している美容師(エステティシャン)が少なくないことを物語っているのではないかと私には思えます。

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2015年11月10日 火曜日

2015年11月 熊本の変容と他者への貢献

 私が熊本を初めて訪れたのは社会人をしていた20代前半の頃で、仕事での出張が目的でした。「飲み屋が多い街」というのが私の第一印象で、同じ九州でも博多とは異なり、小さな飲み屋がたくさん密集していることや、大都市とは違う独特の情緒ある雰囲気がなぜかとても魅力的に感じられました。その飲み屋街は白川という大きな川の西に位置しています。この川を東から西に渡ると、空気が一変し別世界に来たような感じがして、なんだかとても不思議な気持ちになったことを覚えています。

 その後私は会社を辞め、仕事で熊本に行くことはなくなりましたが、機会があれば訪れるようにしていました。私が最も好きな地方都市のひとつです。熊本訪問時にはいつも白川より西のエリアに宿を取るようにしています。東側の整然とした「官」の雰囲気のあるエリアよりも、少し猥雑とした24時間眠らない非日常的な西側の時空間が私はたまらなく好きなのです。

 2015年10月上旬のある日、9年ぶりに熊本の地を踏みました。ある学会に参加するのが目的です。空港からバスに乗り換え白川を西に渡るとき、街の雰囲気がこれまで私が知っていた熊本と少し異なることに気づきました。なぜか街がとても明るく感じられます。ライトの数を増やしたのだろうか、もしかするとLEDをたくさん使っているのだろうか・・・、それにしてもこの人の多さは何なんだ、それに外国人もこんなに多いとは・・・。

 投宿し、そのあたりを散策しに出かけた私は、私が知っている過去の熊本と違っていることをさらに強く感じました。過去の雰囲気も魅力的でしたが、現在の熊本はかつてなかったようなエキサイティングでわくわくするような活気があります。この原因はいったい何なのでしょうか・・・。

 その理由が分かったのは、意外にも翌日に参加した医学会でした。

 受付会場で最も目立ったのは、「くまもんが来ます」というポスターでした。これを見た段階ではまだピンと来なかったのですが、受付で手続きを済ませると「くまもんバッジ」を渡され、ここで私は気づきました。そして前日に見た数々の光景がよみがえってきました。商店街に掲げてあるくまもんの巨大なポスター、いたるところに置かれた大小のぬいぐるみ、くまもんのシールが貼ってある食料品やペットボトル、くまもんの絵が大きく描かれたタクシーまで・・・。

 そうなのです。この街はくまもんのおかげで明るく元気になっているのです。それにしても医学会でもくまもんバッジが配られて、本物のくまもんがやって来るとは驚きです。

 医学会というのはその学会にもよりますが、医師でないゲストの特別講演が企画されていることがあります。私はこういった講演を聴くのが学会参加の楽しみのひとつであり、参加する前には誰がそのような講演をおこなうかを確認しています。これまでに私が聴いた講演で印象に残っているのは、故・渡辺淳一氏、スキージャンプの葛西紀明氏、車いすランナーでパラリンピックメダリストの伊藤智也氏などです。

 今回熊本で開催された学会の特別講演は熊本県知事の蒲島郁夫氏。しかし、私は(失礼ながら)蒲島氏のことをほとんど知りませんでした。ですから(これまた失礼ですが)講演にはそれほど期待していなかったのです。

 ところがところが、蒲島知事の話は最初から最後まで刺激的で、息つく暇もないほど夢中にさせられました。幼少時に苦労をして成功した人の話はたくさんあり、どれも興味深いもので、偉人の伝記や自叙伝などを読むのは私の趣味のひとつです。しかし蒲島知事ほどインプレッシブな人生を歩んでいる人はそういないのではないでしょうか。

 1947年熊本で9人兄弟の7番目に生まれた蒲島知事。幼少時は貧困に喘ぎ、白い米を食べられるのは正月のみ。小学2年生から高校3年生までの11年間、1日も休まずに新聞配達をして家計を助ける。当然勉強はできず高校時代には220人中200番台の成績。そのうち高校に行かなくなり丘の上の一本松の下で景色を眺め本を読む生活。出席日数ギリギリで卒業させてもらい就職もできたがわずか1週間で退職。その後農協に勤めるが2年で退職し、農業研修生とし渡米。ここで人生が開けるかと思いきや「研修生」とは名ばかりで実際は過酷な条件でのいわば強制労働。しかしプログラムにネブラスカ大学での3ヶ月の研修があり知事はここで勉学に目覚めます。いったん帰国した後、ネブラスカ大学に入学するために猛勉強。そして再び渡米し試験を受けるも結果は不合格・・・。しかし大学の講師の計らいで「仮入学」という形で大学で学べることに。高い成績を取らなければ半年で退学という条件のなか、日々猛勉強に明け暮れ一学期の成績はなんとオールA。その後4年でネブラスカ大学農学部を卒業。

 これだけでも充分なサクセスストーリーですが、ここからが蒲島知事のおもしろいところです。大学院は農学部ではなく、なんとハーバード大学の政治学部。ここでも猛勉強を継続し、通常は卒業までに5年はかかる大学院を3年9ヶ月でクリア。その後帰国し筑波大学の教授。その後東大教授に。高卒で東大教授という経歴は蒲島知事の他にはいないそうです。しかし熊本知事に立候補するため東大教授を退職。そして当選。2012年にも再選を果たし現在2期目です。

 私は新聞には毎日目を通しているつもりですが「くまもん」についてはその名前くらいしか知りませんでした。多くの実績のある蒲島知事の活躍のなかでも「営業部長にくまもんを抜擢」はその最たるものです。それにしても知事の(知事だけでなく熊本県の職員もですが)くまもんの戦略には驚かされます。知事はくまもんの知名度を上げるためにまず大阪をターゲットにしたそうです。しかも、大阪のテレビで取り上げてもらう、といった単純なことではなく言わば”ゲリラ的”な戦略を展開されました。

「くまもんを探しています。目撃された方は情報をお寄せください」といった内容の記者会見をネット上でおこない、大阪の各地に瞬間的に神出鬼没するくまもんの目撃情報を募集したそうです。またあるときには営業部長の任務としてくまもんに1万枚の名刺を道行く人に配らせていたそうです。これ、むちゃくちゃ面白い企画ではないですか。私はくまもんと熊本県がこのような斬新的なパフォーマンスをしていたことを後から知って少し後悔しました。太融寺町谷口医院は大阪市北区の繁華街の近くにありますから、きっとこの近くにもくまもんが来ていたはずです。そう思うと残念でなりません。

 学会での蒲島知事の講演では後半にくまもんが壇上に登場しました。われんばかりの拍手と止むことのないフラッシュのなか、くまもんは特に緊張した様子もなく知事をフォローしていました。講演終了後は、くまもんがロビーにやってきて撮影会が始まりました。驚いたことに、多くの医師たちが、日頃は笑顔を見せないようなタイプの医師たちも含めて(失礼!)、くまもんとのツーショット写真は相当嬉しいようで、順番の奪い合いをし、ようやく写真撮影となると満面の笑みを浮かべているのです。(ちなみに、私はそういった医師たちに圧倒され、ツーショット写真に並ぶ気力が起こりませんでした・・・・)

 さて、今回のコラムで私が最も言いたかったのは蒲島知事の努力のストーリーでもなく、くまもんの大阪でのエピソードでもありません。それは、現在の蒲島知事の「公僕としての精神」です。講演のなかで、知事が直接このような言葉を使われたわけではありません。しかし、就任1年間月給を百万円カットしたといったエピソードなどを持ち出すまでもなく、言葉の節々や話し方、表情などから、知事がいかに熊本に貢献したいかという思いがビシビシと伝わってきました。そして、このことが私がもっと蒲島知事のことを知りたい、これから応援していきたいと感じた理由です。

 私は人間の欲求のなかで「他人や社会に貢献する」ということが最も安定した欲求になるのではないかと考えています。機会があれば詳しく述べたいと思いますが、他者(他人や社会)への貢献の欲求は、一時的なものではなく永続し、飽きることがなく、迷うこともなく、また他人から共感を得られるものです。

 蒲島知事の講演を聴いた私は、自分は医師として他者(患者さんや社会)に貢献し続けたい・・・、そのような思いが次第に強くなっていきました。そして受付でもらったくまもんバッジを手に取り、カバンに取り付けました・・・。

参考:
『私がくまモンの上司です――ゆるキャラを営業部長に抜擢した「皿を割れ」精神』
蒲島 郁夫 祥伝社
『逆境の中にこそ夢がある』蒲島 郁夫 講談社

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2015年11月6日 金曜日

2015年11月6日 抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分

 風邪のシーズンになると「うがい・手洗い」がよく言われるようになります。「手洗いするときに抗菌石けんは有用ですか」というのは昔からよくある質問です。以前から、我々は(すべての医師ではないかもしれませんが)、手洗いには「普通の石けん」で充分、抗菌作用を謳ったものは不要、ということを言い続けてきました。最近、それを裏付ける研究が発表されたのでここに紹介しておきます。

 研究は韓国のKorea University(漢字名は「高麗大学校」だそうです)の研究者によりおこなわれ、医学誌『Journal of Antimicrobial Chemotherapy』2015年9月16日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。20種の細菌を試験管に入れ、一方には普通の石けん、もう一方には抗菌作用のある石けんを加えて細菌がどの程度減少するかを調べました。その結果、9時間以上経過すれば抗菌作用のある石けんを加えた方に強い抗菌効果が認められたそうです。

 ところが、石けんを加えて30秒程度では両者に差がない、という結果がでています。通常手洗いは30秒程度で終わるでしょうから、これでは抗菌石けんの意味がないということになります。

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 この研究は”意外な結果”が導かれたわけではなく、冒頭で述べたように、以前から医師の間では抗菌作用を謳った石けんは疑問視されていました。むしろ、抗菌成分によるかぶれ(接触皮膚炎)が起こる危険性を危惧しなければなりません。さらに、我々としては(これも医師全員ではないかもしれませんが)通常のものも含めて石けんの使いすぎを懸念しています。

 石けんを使いすぎると、皮膚のバリア機能に必要な皮脂をも洗い流すことになり、そうなればかえって微生物に対し脆弱になるからです。

 手洗いの際、石けんを使い汚れ(特にアブラ汚れ)を浮きだたせてその後水洗いするのが細菌やエンベロープを持つウイルスを除去するのには有効です。しかし、洗いすぎてバリア機能を損なうようなことがあれば本末転倒になるのです。

 ちなみに「エンベロープ」というのはウイルス表面の”殻”のようなもので、これを皮膚から取り除くのにはたしかに石けんが有効です。そしてエンベロープを持つウイルスとしては、インフルエンザ、ヘルペスウイルスといった感染力が強く馴染みのあるものがあります。また、B型肝炎ウイルスやHIVもこのタイプです。

 一方、エンベロープを持たないウイルスとして有名なのは、ライノウイルスやアデノウイルスといった「風邪」を引き起こすウイルスや、食中毒で有名なノロウイルスがあります。こういったウイルスには石けんはまったく無効であり、時間をかけて水で洗い流すしかありません。ちなみに、ノロウイルスはアルコールでも死滅しません。アルコールも石けんも無効、しかも感染力は極めて強いというやっかいなウイルスです。

 では、手洗いはどうすればいいのでしょうか。答えは簡単で、「抗菌作用を謳った石けんは不要。普通の石けんは用いるべきだが使いすぎに注意。むしろ水洗いに時間をとり、1日に何度もおこないましょう」となります。

 それからもうひとつ。太融寺町谷口医院の患者さんのなかには「不潔恐怖」から手を洗いすぎている人が何人かいます。(重症化すると「強迫神経症」という病名がつきます) 先に述べたようにこれをおこなうと必要なバリア機能が損なわれ、かえって感染しやすくなります。ですから、「洗いすぎに要注意!」というのも覚えておくべきでしょう。

 尚、今回は手洗いの話なので述べませんでしたが、「うがい」については殺菌作用のあるうがい液は無効であり、たとえばヨード含有のうがい液を用いれば、まったくうがいをしない人と同じように風邪をひくという研究結果があります。つまり、水でのうがいは風邪予防に非常に有効だけれど、ヨード入りのうがい液を使ってしまうとまったく意味がないということです。

注1:この論文のタイトルは「Bactericidal effects of triclosan in soap both in vitro and in vivo」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://jac.oxfordjournals.org/content/early/2015/09/22/jac.dkv275.abstract?sid=0e3d5d15-af3f-451c-ad2d-7b6967b08d7e

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2015年11月2日 月曜日

2015年11月2日 マニキュアに含まれるホルムアルデヒドの実態

 すでに各マスコミで報道されているように、100円ショップ「ザ・ダイソー」を展開する大創産業(広島県東広島市)が、2015年8月に発売したマニキュア「エスポルールネイル」全148種類の販売を中止し、自主回収すると発表しました。理由は、「ホルムアルデヒドが検出されたから」というものです。

 大創産業によりますと、件のマニキュアは中国の工場から大阪市の会社を通じ約576万個を仕入れたそうです。76種類からホルムアルデヒドが検出され、10月16日に大阪府健康医療部薬務課に販売中止が指示され、22日より製品回収と返金をおこなっているようです。

 実際に、このマニキュアを使用した消費者から「手荒れ」「爪の変色」などの被害が寄せられているようで、回収は適切な判断であり、このマニキュアを使用したことがある人はしばらくの間注意が必要でしょう。(爪の変化、変色などは時間がたってから生じる可能性があります) 

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 一連の報道から分からないことがあります。ホルムアルデヒドは、かつて建材に含まれていることからシックハウス症候群の原因になることが指摘され、規制が厳しくなったという経緯があります。現在の規制は(一般人からみると)非常に複雑であり、たとえばホルムアルデヒドを発散する建築材料を使用するときには一定の面積制限が設けられており、また一定の条件で換気設備を設けなければならないという規則もあります。しかしながら、ホルムアルデヒドを発散する建材が一切禁止されているわけではありません。

 他の製品も同様です。家庭用品からもホルムアルデヒドは検出されることがあり、これらは規制値以下であれば問題ないとされています。たとえば、乳幼児用のおしめや寝具(枕や毛布)では16ppm以下、大人用のシャツや靴下、パジャマでは75ppm以下、かつらやつけまつげも75ppm以下と規定されています(注1)。

 ホルムアルデヒドには防腐作用があり、また速乾性ですから、おそらくマニキュアには(健康被害のリスクを除外すれば)適しているのでしょう。しかし被害の報告が世界中であるのも事実です。

 私が調べた限り、マニキュアのホルムアルデヒドの検出の規制値に触れた情報はありません。ここは消費者庁、または厚生労働省が上記に記したおしめやパジャマなどと同じように規制値をきちんと公表し、各メーカーが発売時に数値を発表すべきだと私は思います。

 ちなみに、ニューヨークでもマニキュアを含むネイルサロンでの健康被害が問題になったことがあり、「三大毒素(toxic trio)」として、トルエン、ホルムアルデヒド、フタル酸ジブチルが挙げられています(注2)。

注1:この規定は東京都福祉保健局の下記のページに掲載されています。

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kenkou/iyaku/anzen/law_qa/horu_kisei.html

注2:Reuterの下記の記事が参考になります。タイトルは「New York City needs to step up nail salon inspections: watchdog(ネイルサロンへの検査を厳しくすべき)」です。

http://www.reuters.com/article/2014/09/15/us-usa-new-york-nails-idUSKBN0HA26D20140915

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