2015年5月29日 金曜日

5月29日 座りっぱなしの危険性は1時間に2分の歩行で解消?

 なぜか日本のマスコミはあまり報道しませんが、海外(特にアメリカ)ではここ数年、「座りっぱなし」のリスクがよく取り上げられています。以前にも紹介しましたが(下記「メディカル・エッセイ参照)、「座りっぱなし」の生活は、高血圧や糖尿病のリスクを上げ、死亡率も上昇させることが指摘されています。

 しかもやっかいなことに、この「座りっぱなし」のリスクは、定期的な運動をしていても下がるわけではなく、その運動の健康へのベネフィットを帳消しにするとされているのです。(もっとも、運動をすることにより座りっぱなしのリスクを軽減するという研究もあります。下記「医療ニュース」を参照ください)

 歩行など軽度な活動を1時間に2分間おこなうと「座りっぱなし」のリスクが解消される・・・

 このような研究結果が医学誌『Clinical Journal of the American Society of Nephrology』2015年4月号(オンライン版)に掲載されました(注1)。

 米国ユタ大学の研究者によっておこなわれたこの調査は、3,623人(うち383人は慢性腎臓病)を対象としています。

 分析した結果、ただ単に立っているだけでは効果がないものの、激しい運動をしなくても、歩行などの軽度の運動を1時間に2分間おこなうと座りっぱなしのリスクを軽減できることが判ったそうです。

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 1時間にわずか2分でいいなら、仕事中に少し遠回りしてトイレに行くとか、別の部署に行くのに階段を使うとか、そういった工夫でできそうです。

 しかし、この研究は、1時間に2分の歩行で「十分」と言っているわけではありません。定期的な運動が必要であることは自明ですし、また、この研究がすべてではありません。

「座りっぱなし」については、どれだけ座れば何がどれだけのリスクなのかということは不明な点が多いですし、また運動をしてもリスクは下がらないのか、ある程度は下がるのか、下がるとすればどの疾患がどの程度下がるのかについてなどよく分からないことが多いと言えます。また、被験者に長時間何日間も座りっぱなしを維持させるのも困難でしょうから、大規模比較試験をおこなうというのも現実的ではありません。

 現時点で言えることは、日々定期的な運動をおこなうこと(毎日が望ましいですが、週あたりで考えてもいいと思います)、できるだけ座りっぱなしを避けて休憩をこまめにとる、ということでしょう。

 可能なら、立ったまま仕事ができれば尚いいと思います。アメリカの映画に出てくるような、ノートパソコンが置かれたバーカウンターだけがあって従来の机や椅子がないようなオフィスが望ましいのかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Light-Intensity Physical Activities and Mortality in the United States General Population and CKD Subpopulation」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://cjasn.asnjournals.org/content/early/2015/04/29/CJN.08410814.abstract?sid=1a7f9a7c-7677-49d5-afcd-51bb8b8a561a

参照:
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
医療ニュース(2014年8月22日)「運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性」

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2015年5月22日 金曜日

第148回(2015年5月) 高齢の研修医はなぜ嫌われるのか

 一般のマスコミではあまり取り上げられていませんが、医師が見るインターネットのニュースサイトでは、今年(2015年)医師国家試験に合格し、現在青森県の病院で研修を受けている60歳の研修医が話題となっています。

 この手のサイトでは、ニュースを閲覧したユーザーが意見を投稿できます。他の医師の意見を見てみようかな、と思って私がまず驚いたのは投稿の多さです。あるサイトではこのニュースが公開されてから1週間もたたないうちに200件以上の医師からのコメントが寄せられていました。それだけ「高齢の研修医」は医師から注目されているということです。

 次に驚いたのは大半の医師の意見が辛辣であることです。つまり、多くの医師は「高齢の研修医」に否定的なのです。代表的な意見を紹介したいと思いますが、過去に同じようなテーマでコラムを書いたことがあり(「メディカルエッセイ」第19回(2005年7月)「「年齢が理由で医学部不合格」は妥当か」)、このときにまとめたものと今回のニュースに投稿を寄せた医師たちの意見もほぼ同じものであり、このことにも驚かされました。

 そのコラムでも紹介した高齢研修医(高齢医学部生)に対する否定的な意見は下記の4つに分類できます。

①高齢者が医学部合格を果たして卒業したとしても、一人前の医師として働ける期間は長くない。これは税金の無駄遣いである。

②医師は他の職業よりも体力と知力が要求される。体力が衰えて記憶力の鈍った高齢者に適切な医療はできない。

③高齢の研修医は、年下の指導医や看護師などが指導をおこないにくく迷惑である。

④高齢者が医学部に入学することによって、若い受験生がひとり不合格になる。この若い受験生が気の毒である。

 これらひとつひとつがいかに的を外した馬鹿げた意見かということを、そのときのコラムで述べました。その意見を述べたのは2005年ですから今から10年前になりますが、興味深いことに、今回の青森県の研修医に対する辛辣な医師のコメントも、またそういったコメントに対する私の反論もまったく同じです。

 まったく同じなら、今回のコラムを書く意味もないかと初めは考えたのですが、前回書いてから10年が経過していることと、もしも現役医師の否定的な意見を聞いて、医学部受験を躊躇する高齢の(何歳からが高齢かはわかりませんが)受験生がでてきたり、高齢の研修医が自分たちを否定的に感じるようなことがあったりしてはならないと考えたことから、今回のコラムを書くことにしました。

 まず医学部というところは医学を学ぶところであり、将来医師になり国民に貢献することを入学時点で義務づけられているわけではありません。防衛医大や自治医大は卒業後一定の年数は与えられた職務に従事しなければなりませんがこれらは例外的な学校です。

「学問の自由」は憲法で保証されている国民の権利です。ちなみに私は医学部入学時には医師になる気持ちはなく、自分の取り組みたい研究をするのに医学の知識が必要と考えていたというのが医学部志望動機です。面接の際、これを話しましたが、それで落とされるということはありませんでした。

 高齢研修医否定派の医師がよくいうセリフに「税金の無駄遣い」というのがあります(上記①参照)。医師のなかには、いったん医師になってから他の道を選択する者も数は少ないですがいないわけではありません。高齢研修医否定派の医師たちは、そのような医師以外の道を進む者にも同じように「税金の無駄使い」と言うのでしょうか。そもそも、高齢研修医否定派の医師は、自分は税金を無駄遣いしないために日々の医療をおこなっている、と本気で考えているのでしょうか。

「税金の無駄遣い」という理由は、私には「とってつけたつまらない正論」を振りかざしているだけにみえます。

 ③について述べましょう。以前コラムを書いたのは2005年で、当時の私は自分より年下の指導医に教えてもらう立場でした。私は「年下の先輩」と接しにくいと感じたことは一度もありませんし、「年下の先輩」が私に教えにくいと感じていたこともないと思います。(これは私が鈍感で気付いていなかっただけかもしれませんが・・・)

 それから10年がたち、私が自分より年上の研修医と接する機会が何度かありました。また私より年上で経験の少ない看護師はたくさんいます。(マンスリーレポート2014年10月号「「社会人ナース」という選択」参照)

 私がそういった自分より年上の研修医や看護師にどのように接するかというと、現役で入学した研修医や看護師とまったく同じです。医療の現場ですから、あまり乱暴な言葉は使わず、基本的には丁寧語を使うようにしていますが、これは年下の研修医や看護師に対しても私は原則として丁寧語を用いるようにしていますから言葉使いも変わるわけではありません。

 以前のコラムに書きましたが、私は19歳から20歳の頃アルバイトでいわゆる水商売をしていたことがあります。今は分かりませんが昭和時代の水商売というのは大変厳しいもので、先輩からは蹴られたり物を投げられたりということが日常茶飯事でした。中学を出て間もない17歳の少年(とはいえこの世界で頭角を現す者は立派な成人にみえます)が、うだつのあがらない(失礼!)30代の”おじさん”をぼろくそに言い、蹴り倒すような場面もあるわけです。

 水商売は極端だとしても、大人の世界では年齢ではなくキャリア、そして実力が重要なわけです。これは賭けてもいいですが、年上の研修医を指導しにくいと言う医師は、アルバイトなどを含めて社会経験の乏しい医師に違いありません。

 高齢の医学部生、高齢の研修医が「有利」なことをいくつか述べたいと思います。

 まず、高齢の医学生は勉強に専念できます。これはおそらくどこの医学部・看護学校でも同じだと思いますが、いったん社会に出てから勉強しにきた学生は前の方に座り熱心に講義を聴きます。そして、若者特有の”悩み”に煩わされることもありません。

 例えば、人生の目的や意味が分からなくなり勉強に疑問を持つとか、周りが見えなくなり学校がどうでもよくなるほど恋愛に深く溺れるとか、そういったことはないわけです。もっとも、そういった経験は若いうちにはやっておいた方がいいわけで、このような経験は医師になってからも役立ちます。ですから、そういった経験を経ている(とは限らないかもしれませんが)高齢の医学部生の方が勉強に専念できるだけでなく、将来役に立つかもしれない豊富な人生経験があるという意味で有利なのです。

 研修医となると、社会人経験がある方が有利なのは明らかです。現役で医学部に入学しそのまま医師になった研修医は、患者さんとのコミュニケーションにしばしば苦労します。その点、社会人を経験していれば、患者さんが、医療不信を持っている人であろうが、九九が言えないような勉強とは縁がない人であろうが、やたら偉そうにする官僚や大企業の重役であろうが、あるいは反社会的な人物や反社会的な組織の構成員であろうが、患者さんがどのような人であったとしても、少なくとも社会経験のない若い医師よりはコミュニケーションを取ることに抵抗はないはずです。(とはいえ、そういう私自身も反社会勢力の人と話すのは好きではありませんが・・・)

 最後に、高齢の研修医が「不利」なことを述べます。それは、これまで述べてきたように高齢の研修医を否定的に捉えている医師の方が残念ながら多く指導が不充分となる可能性があるということです。しかし、これまでの社会経験のなかにはそんなことよりも遙かに大変なことや理不尽なことがいくらでもあったはずです。

 高齢の研修医に否定的な「年下の先輩医師」に遭遇したときは、その医師の人生観を変えるほど影響を与えられるような立派な医師になることを目標とすればいいのです。

参考:
メディカルエッセイ第19回(2005年7月)「「年齢が理由で医学部不合格」は妥当か」
メディカルエッセイ第5回(2004年6月)「66歳の研修医」
マンスリーレポート2014年10月号「「社会人ナース」という選択」

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2015年5月20日 水曜日

第141回(2015年5月) マラリアで死んだ僕らのヒーロー

 そろそろ蚊の心配をしなければならないシーズンとなりました。昨年(2014年)はデング熱の日本で日本人が感染した症例が69年ぶりに報告され、最終的には150人以上に確定診断がつきました。デング熱を媒介するヒトスジシマカは冬になると姿を消しますが、夏前には出現しますから、そろそろ対策を立てなければなりません。

 ヒトスジシマカが媒介するやっかいな感染症にはチクングニア熱もあります。私自身は、将来的にはデング熱よりもチクングニア熱の方がむしろ重要になるのではないかとみています。(詳しくは下記「はやりの病気」を参照下さい)

 デング熱もチクングニア熱も、ウイルスを媒介する蚊はヒトスジシマカだけではなくネッタイシマカもあります。ネッタイシマカはデング熱もチクングニア熱もヒトスジシマカよりも人に感染させる可能性が高いことがわかっています。しかし、ネッタイシマカは文字通り「熱帯」に生息していますから現時点では日本にはいません。ただ、台湾で確認されていることから、今後沖縄や奄美諸島に上陸する可能性は充分にあります。

 さて、今回お話したい蚊はヒトスジシマカでもネッタイシマカでもなく「ハマダラカ」という蚊です。現在この蚊は日本にはいません(注1)。中国を含むアジア、アフリカ、中南米に生息しており、世界三大感染症のひとつであり年間60万人以上を死に至らしめるマラリアを媒介する蚊です。(ちなみに三大感染症のあとの二つは結核とHIVです)

 海外渡航をしない人や、するとしても欧米やオセアニアにしか行かないという人にはマラリアはほとんど縁がないでしょうが、アジア、アフリカ、中南米に渡航する人は充分な対策を立てなければなりません。とはいえ、例えば上海やバンコクに短期旅行や出張に出かけるという人は特に対策を立てる必要はありませんし、長期滞在の場合でも、例えば休日にジャングルを探検するといったようなことをしなければハマダラカに対する特別のことをする必要はありません。

 ただし、これらの地域にはデング熱やチクングニア熱はありますから、一般的な蚊(つまり、ネッタイシマカやヒトスジシマカ)の対策は必要です。今回は、その「一般的な蚊の対策」に加え、「マラリアに対する予防・治療」の話をしたいと思いますが、その前に、マラリアを語るときにどうしても外せないある日本人の話をしたいと思います。(「どうしても外せない」というのは私が勝手に思っているだけで、今からする話を医療者から聞いたことはありません・・・)

『快傑ハリマオ』というヒーローをご存知でしょうか。1968年生まれの私で名前を知っている程度というか、私が子供の頃は『月光仮面』と対比されて語られていたような記憶がかすかにあります。wikipediaで調べてみると「1960年4月から1961年6月まで日本テレビ系で放送」という記載がありました。再放送で観たかどうかも記憶になく、私の世代にとっては「昔のヒーロー」という印象です。

 そのハリマオが実在した人物ということを私が知ったのは大人になってからです。そして、そのハリマオこと谷豊(たにゆたか)という日本人がマレーシアでマラリアに罹患し他界したことを知ったのは医学部に入学してからです。

 谷豊は1911年に福岡県で生まれ、2歳の時に一家で現在のクアラトレンガヌに移住しています。クアラトレンガヌは(私は訪ねたことがありませんが)マレーシア半島の東海岸に位置する都市で、クアラルンプールからは飛行機で1時間程度で着きます。当時はイギリス領でした。

 谷豊は5歳の頃に日本に帰国し日本の小学校に入りますが、13歳の頃には再びマレーシアに渡り10代を過ごします。20歳になったとき徴兵検査を受けるために帰国するのですが、不合格になったそうです。この理由は諸説あり、谷豊自身が天皇制に反対していたとするものもあれば、身長が足らなかったとするものもあります。

 同時期に悲劇が起こります。谷豊が日本滞在中に満州事変が起こり、マレーシアにいる華僑が排日暴動を起こし、なんと谷豊の妹が暴徒と化した華僑に斬首されたのです。しかも暴徒は妹の首を持ち帰りさらしものにしたそうです。

 日本でこれを知った谷豊は怒りに身を任せ単身マレーシアに乗り込みます。そして10代を共に過ごしたマレー人の若者たちと徒党を組み、華僑の悪党たちを襲撃する盗賊団を結成しリーダーになります。これが『快傑ハリマオ』の原型です。マレー語をほぼ完璧に話し、すでにイスラム教に帰依している谷豊は日本人ではなくマレー人と思われていたそうです。ハリマオとはマレー語で「虎」を意味するそうですが、盗賊団のリーダーをしていた頃にハリマオと呼ばれていたかどうかには諸説あり、死後に英雄視する見方が広まりその頃に伝説の人物として「ハリマオ」という名が後からつけられたとする説が有力です。

『快傑ハリマオ』として描かれている姿と実際の谷豊にはギャップがあるでしょうが、大勢のマレー人から慕われていたのは間違いなさそうです。谷豊は日本陸軍の諜報員として活躍していたのも事実ですが、このあたりの話はここではやめておきます。(興味のある方は下記参考文献①を読んでみて下さい)

 谷豊の最期はマラリア感染です。当時もキニーネというマラリアの特効薬があったそうなのですが、谷豊は「白人のつくった薬は使いたくない」と言い、最後まで拒否し30歳で他界したそうです。作家の下川裕治氏は、谷豊の墓を探してクアラトレンガヌを訪れ紀行文を書いています。(興味のある方は下記参考文献②を読んでみて下さい)

 さて、マラリア対策ですが、まずは渡航する地域がマラリアの可能性がある土地かどうかを調べるところから始めます。先に、上海やバンコクでは心配しすぎる必要はない、と書きましたが、私はタイの医療者からバンコクでもマラリアが発症することがある、という話を聞いたことがあります。大都市滞在のみでも、マラリアの予防薬内服までは不要ですが、「一般的な蚊の対策」は必要です。

 一般的な蚊の対策としては、ホテル滞在なら蚊取り線香で充分でしょう。私はリキッドタイプのものを日本から持参します。部屋にバルコニーがついていればバルコニーには従来型の火をつけるタイプの蚊取り線香を使います。こういった蚊取り線香は現地で調達するという方法もありますが、私は日本から持参しています。(リキッド型は電源がいるために電圧変換器も持参します)

 屋外に出るときは、ジャングルまで行かなくても、森や山、あるいは海岸に行くときにはDEETと呼ばれる蚊の忌避剤を使います。私はスプレー型のものを用いていますが、クリームタイプやローションタイプのものもあります。蚊取り線香は日本から持参しますが、DEETについては私は現地のコンビニや薬局で購入しています。日本のDEETは濃度が薄いために不充分である可能性があるからです。ただし、(幸いにも私は大丈夫なのですが)海外製のDEETはかぶれやすいと言う日本人は少なくありません。そのような人は日本製のDEETを使うか、それも使えない人はシトロネラと呼ばれるレモングラスに似た植物からつくられた一種のアロマを繰り返し塗ることになります(注3)。

 ハマダラカが多数生息している地域でなければこういった一般的な蚊の対策で充分ですが、マラリア罹患率が高い地域に短期間渡航するときには、予防薬を内服すべきこともあります(注2)。

 運悪くマラリア原虫を宿したハマダラカに刺されてしまい、高熱や皮疹などそれらしき症状が出現した場合は早急に医療機関を受診しなければなりません。マラリアにも種類があり、どのタイプかで重症度が変わりますが、早期発見できて早期治療ができれば治癒が期待できます。谷豊が拒否したというキニーネは最近ではあまり使われず、キニーネよりもよく効いて副作用の少ない薬剤が用いられます。ワクチンは現時点ではありませんが、近い将来登場する可能性はでてきています。

 しかし、マラリアで最も重要なことは蚊(ハマダラカ)に刺されないようにすることです。もしも谷豊がそのときハマダラカに刺されなかったとすると、大勢のマレー人を従えたハリマオの活躍で太平洋戦争の歴史が変わったかもしれません。

 一匹の蚊が日本の運命を変えた・・・、と言えなくもありません。

注1:正確に言えば、沖縄にはハマダラカは生息しています。しかし、現在マラリアはおらず、現在沖縄に生息しているハマダラカに刺されてもマラリアを発症することはありません。

注2:具体的な予防薬については当院のウェブサイトの下記を参照ください。
http://www.stellamate-clinic.org/kaigai/#__question_6__

注3(2016年12月25日追記): 最近は「イカリジン」が注目されています。2016年後半より高濃度のイカリジンが発売されています。また、DEETも2016年後半より日本でも高濃度のものが入手できるようになりました。詳しくは下記を参照ください。

旅行医学・英文診断書など → 〇海外で感染しやすい感染症について → 3) その他蚊対策など

参考文献:
①『マレーの虎ハリマオ伝説』中野不二男著 (文春文庫)
②『アジアの日本人町歩き旅』下川裕治著 (新人物文庫)

参考:
医療ニュース「デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと」(2014年9月5日) 
医療ニュース「米国国内で蚊からチクングニアに感染」(2014年8月18日)
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
はやりの病気第133回(2014年9月)「デングよりチクングニアにご用心」

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2015年5月15日 金曜日

2015年5月15日 リベリア、エボラは終息するもコンドームは永遠に

  2015年5月9日、WHO(世界保健機関)はリベリアにおけるエボラ出血熱流行の終息を宣言しました。同国では今回の流行で合計10,564人が感染し、そのうち4,716人が死亡しています。3月27日に最後の感染者が死亡し、その後42日間が経過しても新たな感染者の報告がなかったために終息したと判断されました。

 このリベリアの終息宣言については外務省のウェブサイトにも掲載されていますし、マスコミでも報道されました。しかし、日本のマスコミはほとんど報じていないものの、このリベリアでの<最後の死亡者>で注目すべきことがあります。

 2015年3月28日の『New York Times』によると、リベリア政府は、エボラ出血熱ウイルスに感染して治癒した男性全員が性交渉においてコンドームを「永遠に」着用しなければならない、という通達を出したのです(注1)。(「永遠に」は原文ではIndefinitelyです)

 同紙によると、リベリアで3月27日に死亡したのは44歳の女性で、診断がついたのは3月19日です。エボラ出血熱ウイルスの潜伏期間は最長21日であり、感染したのは2月26日以降ということになります。感染源はパートナーからとしか考えられず、そのパートナー(男性)はそこからみて3ヶ月前に「完治」しています。

 研究者は、このパートナーの男性の精液を分析しウイルスを検出したようです。ウイルスは精液のなかではかなり長期で生息することが判り、リベリア政府は「永遠に」コンドームを使用することを義務づけたのです。

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 エボラ出血熱ウイルスの感染力は強く、世界中から支援に集まった複数の医療者も治療行為を通して感染しています。

 2015年5月10日には、イタリアの人道支援のNGOに所属しているイタリア人男性がエボラ出血熱を発症し現在入院治療を受けているそうです。この男性も回復後「永遠に」コンドームを装着しなければならない、ということになるでしょう。精液からウイルスを完全に除去する技術が確立されない限りは、この男性は生涯出産を諦めなければならなくなります。

注1:『New York Times』のこの記事のタイトルは「Liberia Recommends Ebola Survivors Practice Safe Sex Indefinitely」で、下記URLで読むことができます。
http://www.nytimes.com/2015/03/29/world/africa/indefinite-safe-sex-urged-for-liberia-ebola-survivors.html?_r=0

参考:はやりの病気第132回(2014年8月)「エボラ出血熱の謎」

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2015年5月11日 月曜日

2015年5月号 「医療否定本」はなぜ問題か(後編)

  前回紹介した近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』には到底及ばないものの、医師が書いたそれなりに売れている「医療否定本」が何冊かあるようです。そのうちの何冊かを実際に読んでみたのですが、私が最後まで読みすすめることができた本はほとんどありませんでした。

 こういった「医療否定本」のほとんどは、根拠がない、とまでは言えないにしても根拠が脆弱な理屈を持ち出して、現代の標準的な医療を否定しています。私が最後まで読むことができないのは、そのいい加減な理屈に辟易としてくるからです。

 ここに書くのも馬鹿らしい気がしますが、ひどいものになると、すべてのワクチンを否定しているものすらあります。この本を書いたのも医師ですから、現在もどこかで診療をしているのでしょう。医師であれば院内感染のリスクを知っているはずで、この医師も医学部の学生のときにB型肝炎ウイルスのワクチンを接種しているはずです。B型肝炎は針刺しで簡単に感染しますし、血液でなくとも、唾液、汗、尿などから感染することもあります。

  ワクチンを接種しているから安心して医療がおこなえているわけで、ワクチンに感謝しなければならないはずなのに、すべてのワクチンを否定しているというのは明らかな矛盾です。

 ワクチンでもうひとつ例をあげると、この医師が海外で犬に噛まれたときには狂犬病ワクチンを拒否するのでしょうか。狂犬病は犬に噛まれた後でも速やかにワクチン接種をすれば助かります。しかしワクチンをうたずに発症すれば100%死亡します。この医師も医師ですからそういった知識はあるはずです。それを知っていて、すべてのワクチンを接種するな、と読者に呼びかけるのは犯罪でさえあると私は思います。

 ここまでひどいのは極端だとしても、化学療法の一切を否定したり、生活習慣病の薬を使うな、と主張したりしているものもあります。すべてを否定とまでいかなくても、例えばある医師の文章には「降圧薬を3種以上出す医師はNG」といったことが書かれていました。

 この医師のこの主張に呆れるのは、どんな医師も薬を最小限にすることを考えている、という基本的な常識を無視しているからです。おそらく、この医師がみた患者さんで3種の降圧剤を服用している人がいて、自分ならもっと減らすのに、と考えたことが、こういった主張をするきっかけになっているのでしょう。

 しかしこれは完全な「思い上がり」です。この患者さんを以前に診ていた医師も薬を最小限にすることを考えていたはずです。それで試行錯誤を繰り返しながら3種でようやく血圧が安定したのでしょう。「降圧薬を3種以上出す医師はNG」などと叫んでいる医師は前医の処方のおかげで血圧が安定した患者さんをみて、このような馬鹿げた主張をしているにすぎません。

 医師や薬剤師の仕事というのは、いかに薬を減らすか、にあります。「ポリファーマシー」という言葉がありますが、これは「ひとりの患者がたくさんの薬を飲みすぎていること」で、できるだけ減らしていくことを考えなければなりません。最近私が参加したある研究会では、医師と薬剤師が合同でこの「ポリファーマシー」について検討しました。多くの実りのある意見がでましたが、医師も薬剤師もそれぞれの立場からいかに薬を減らしていくべきかという考えを披露し合いました。

 おそらく「降圧剤を3種以上出す医師は・・」などと頓珍漢なことを言う医師は、職場でも孤立しているのではないでしょうか。ほとんどの医師や薬剤師がいかに薬を減らすかに尽力していることを知らないから、ひとりよがりのこのようなことを言い出すのではないかと私は考えています。

 このように、ワクチン接種や薬剤処方を含む治療方針について他の医師の悪口を言うことも理解に苦しみますが、「医療否定本」にはこれ以上に看過できないことがあります。それは、他の医師の人格を否定するような表現があるということです。

 最も目立つのは、「〇〇をおこなうような医師は金儲けのためにやっている」といった内容です。実際にこの世界で働いてみれば分かりますが、医療行為を金儲けの手段と考えている医療者は”ほとんど”いません。

“ほとんど”という副詞をつけなければならないのは確かに一部に例外があるからです。例えば2009年に逮捕された奈良県大和郡山市のY病院のY医師は、生活保護受給者の診療報酬を不正受給し、必要のない手術をおこない患者を死に至らしめ(しかもY医師にこの手術の経験がほとんどなかった)、カルテを改ざんしていたことが報道され、我々医療者を驚かせました。

 一部のマスコミはこの事件を「氷山の一角」と捉えているようですが、私はこのような医師は例外中の例外であると考えています。他にも同じような医療機関がないと断言することまではできませんが、医療の常識からすると考えられないのです。

 先に私は「実際にこの世界で働いてみればわかりますが」という表現を使いましたが、このような理論の持っていき方は議論をおこなう上では卑怯であり、本当は使ってはいけない表現です。なぜなら、医師でない人が医師として働くことはできないからです。一般に「あんたは立場が違うから分からないだろうが・・・」という言い方はすべきではありません。

 しかしあえて私がこのような表現を用いたのには理由があります。それは実際に医師にならなくても、目の前に病気の苦痛を抱えた患者さんがあなた自身を頼って来たことを想像することは難くないからです。病気で苦悩を抱え、貧困にあえぎ、生活保護を受給しなければならない人を目の前にして、「この患者からいくらひっぱれるかな?」などと考えることのできる人間はほとんどいません。いるとすれば初めから精神が破綻している病人です。つまり、私は大和郡山市のこのY医師は「病気」であったとみています。

 このような現象はどの職業にもあると思います。例えば、幼女趣味の小学校の男性教師が生徒の着替えを盗撮して逮捕されるといった事件がときどき報道されます。この男性が教師を続けてはいけないのは自明ですが、同時にこの「病気」を治すことも考えなければなりません。(治るかどうかは別にして)

 話を戻しましょう。金儲けという点だけでなく、医師が他の医療者の人格を批判するなどということは、普通に研修を受けて医師として働き出せば到底考えられないことであり、実際にはその「逆」です。私が感じている医師という仕事の醍醐味のひとつとして、他の医師や医療者の献身的な態度に感銘を受ける、ということが挙げられます。優秀な医師であれば「目の前の患者さんのために自分は存在している」といった雰囲気がにじみ出ています。そしてこれはベテランの医師だけではなく、なかには研修医から感動させられることもあります。多くの医師は高い人格を持っているのです(注1)。

 医師だけではありません。看護師も薬剤師も理学療法士もその他の医療従事者も、目の前の患者さんに対して誠心誠意の貢献をおこなおうとします。私はこれまでアルバイトも含めれば20以上の会社やショップ、レストランなどでの仕事の経験がありますが、医療機関ほど日々感動させられる職場というのはありません。

 たしかに医師は他の職業に比べてうつ病罹患率や自殺率が高いことが指摘されますし、セクハラやパワハラは日常茶飯事だと言われます。しかしながら、そういった苦痛を差し引いたとしても、医療機関ほど他人に貢献できて、日々学ぶことのできる職場というのは私の知る限りありません。

 先輩医師のみならず、研修医からも他の医療従事者からも感動させられることに私は感謝の気持ちを持っています。非人間的なとんでもない医療者がいることは否定しませんが、自らの本のなかで「〇〇する医師はNG」などという表現を安易に用いる医師がいることが私には理解できません。こういった本を読んで適切な治療が受けられなくなった患者さんの責任はいったい誰がとるのでしょうか。

 非難されるべき医師は、「実際に診療の現場をみたわけでもないのに他の医師を非難する医師」、つまり「医療否定本を書く医師」だと私は考えています。

注1:下記コラムも参照ください。
メディカルエッセイ第134回(2014年3月)「医師に人格者が多い理由」

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2015年5月9日 土曜日

2015年5月9日 脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに

 「はやりの病気」第137回(2015年1月)で紹介したように、「慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy)」(以下CTE)と呼ばれる疾患がアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツの選手に生じ、うつ病、アルツハイマー病など精神疾患を発症、さらには自殺にまでいたる例が相次いでいる、という話を紹介しました。

 アメリカの報道によれば、2013年8月時点でNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)に対する「脳振盪訴訟」の原告となった元プレイヤーは約4,500人、賠償総額約7億6,500万ドルで和解成立、とされていましたが、これからさらに動きがあったようです。

 2015年4月22日、NFLが総額10億ドル(約1,200億円)を支払うことで和解した、という記事が「The New York Times」により報道されました。

 この記事によれば現在原告は5千人以上とされており、2013年の時点よりも増加しています。脳振盪が原因で引退した選手は2万人いるとする説もあり、今後も原告が増える可能性もあるとみられています。

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 一部の報道では、今後このような訴訟がアメリカンフットボールだけでなく、NHL(ナショナル・アイスホッケー・リーグ)などにも及ぶであろうとされています。

 下記「はやりの病気」でも述べましたが、脳振盪後にCTEを発症し、うつ病、アルツハイマー病などに苦しんでいる元選手は、野球選手や格闘技の選手にもいます。

 今のところ、日本ではこのことを詳しく取り上げているメディアは見当たりませんし、(なぜか)医師の間でもあまり取り上げられないのですが、私自身はそれぞれのスポーツがどの程度の危険性があるのかをきちんと検証すべき、それも可及的速やかに検証し公表すべき、と考えています。

 オバマ大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言しているのです。

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参考:はやりの病気第137回「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」

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2015年5月9日 土曜日

2015年5月8日 バンコクの飼い犬の4割が狂犬病のリスク

   ゴールデンウィークにタイを訪れた人も少なくないと思いますが、動物に咬まれるということはなかったでしょうか。タイの英字新聞『The Nation』2015年4月23日(オンライン版)に興味深い記事が掲載されました(注1)。バンコクの飼い犬の4割が狂犬病のリスクがあるという報告が当局よりおこなわれたのです。

 記事によりますと、現在バンコクには60万匹の飼い犬がいて、さらに約10万匹の野良犬が生息しているそうです。

 当局は、WHOが2020年までに狂犬病を撲滅することを目標としていることを引き合いに出し、犬や猫を飼っている人はワクチン接種をさせるように呼びかけています。

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 タイは一時期日本からの渡航者が減少しましたが、最近は再び増加に転じており、2015年1~3月は、毎月12万人前後の日本人が訪タイしています。(前年同月でみると2月は32%の増加、3月は16%の増加です)

 タイに一度でも行ったことのある人なら分かると思いますが、道ばたに犬がだらしなくねそべっている光景はとても印象的です。日本では、犬といえば几帳面で働き者というイメージがありますが、タイではだらしない生き物の代表のように思えます。(これを日本人とタイ人の国民性になぞらえて語る人は少なくありません。タイ人には失礼ですが・・・)

 その昼間はだらしなく寝そべっている犬たちは夜になると豹変します。私は以前、バンコク近郊のある県で車に乗っているときに大型の犬3匹に囲まれ吠えられたことがあります。このときは車の中にいましたから咬まれる可能性はなかったわけですが、それでもいくらかの恐怖を覚え、そして昼間のだらしなさとのギャップに驚かされました。

 飼い犬の4割に狂犬病のリスクがあるということは、野良犬の場合は、ほとんどがウイルスを持っていると考えて行動すべきでしょう。

 もちろん狂犬病に気をつけなければならないのはタイだけではありません。日本、英国、豪州以外のほとんどの国ではリスクがあります。海外渡航の前に(可能なら)ワクチン接種をしておくべきです。ワクチンをうっていない場合は、充分動物に気をつけて、もしも咬まれた場合は速やかに医療機関を受診しなければなりません。

注1:この記事のタイトルは「Bangkok pet owners warned of rabies danger」で、下記URLで本文を読むことができます。
http://www.nationmultimedia.com/national/Bangkok-pet-owners-warned-of-rabies-danger-30258549.html

参考:
はやりの病気第130回(2014年6月)「渡航者は狂犬病のワクチンを」
はやりの病気第40回(2006年12月)「狂犬病」
医療ニュース2015年4月27日「バリ島の狂犬病対策の是非」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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