2014年4月28日 月曜日

2014年4月28日 MERS、感染者も死亡者も着実に増加

 このサイトで何度かお伝えしているMERS(中東呼吸器症候群)は、まだ日本人の発症者がいないこともあり日本のマスコミではほとんど報道されていないようですが、医療者の間では次第に注目度が高くなってきています。ビジネスや観光で中東に渡航する人も少なくありませんから、太融寺町谷口医院でも中東方面に渡航する人には注意を促すようにしています。

 前回MERSについてお伝えしたのは2013年12月ですが、この時点での世界での感染者は160人でそのうち死亡者は68人でした。この数字が着実に増加しています。WHOの発表によりますと、2014年4月24日現在までに報告された感染者数は243人で死亡は93人に昇っています(注1)。

 MERSの原因はコロナウイルスの一種で発生源は中東です。これまでの感染者は中東諸国の人々とヨーロッパ人でした。ヨーロッパ人の感染者の大半は中東に渡航したときに感染していますが、渡航していないヨーロッパ人にも感染例があります。感染力は弱いもののヒトからヒトへの感染もあるからです。またサウジアラビアでは患者からの院内感染で看護師や別の患者に感染した例も報告されています。

 中東とヨーロッパに限られていたMERSの報告ですが、今月(2014年4月)にはマレーシアでの感染が報告されています。50代のマレーシア人男性が2014年3月にサウジアラビアに旅行に行き、帰国後発症し医療機関を受診してから1週間以内に死亡したようです。この男性はサウジアラビア渡航中にラクダと接触していたことが判っており、そのラクダからの感染が疑われているようです。

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 同じコロナウイルスが原因のSARS(重症急性呼吸器症候群)がアウトブレイクしたのは2002年ですが、その後1年もたたない間に(なぜか)終息しその後は鳴りを潜めています。ちなみにSARSでは合計8,069人が感染しそのうち775人が死亡しています。死亡率は9.6%ということになります。

 一方、MERSは2012年9月に初の報告があり、それから1年半以上が経過し、じわじわと着実に増えています。SARSの感染力は大変強く、ヒトからヒトに一気に広がったのに対し、MERSはヒトからヒトへの感染力は強くなく感染者数の増加のスピードはゆるやかです。しかし死亡率は4割近くに昇ります。

 MERSの動物の感染源は、ラクダはほぼ確実のようですが、他の動物も安心はできません。また感染力が弱いとはいえヒトからヒトへの感染もある以上、人混みは危険かもしれませんし、何らかの事情で中東の病院を受診することになったときには院内感染の可能性もでてきます。MERSにはワクチンがありませんし治療薬もありません。中東方面に渡航される方はWHOのサイトや外務省の「海外安全ホームページ」(注2)などを参照し、情報収集と充分な対策が必要でしょう。

注1:WHOの下記ページを参照ください。
http://www.who.int/csr/don/2014_04_24_mers/en/

注2:外務省の「海外安全ホームページ」の該当ページは下記URLを参照ください。
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo.asp?infocode=2014C143

参考:医療ニュース
2013年12月2日「MERSの最新情報」
2013年6月28日(金)「新型コロナ(MERS)の最新情報」
2013年5月27日(月)「新型コロナ、人から人への感染がほぼ確実・・・」

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2014年4月28日 月曜日

2014年4月28日 豆類がコレステロールを下げる

  「まごわやさしい」というのは、愛媛大学の吉村裕之医師が提唱された健康にいい食事の覚え方です。簡単に解説しておくと、ま(マメ)、ご(ゴマ)、わ(ワカメ)、や(野菜)、さ(魚)、し(しいたけ)、い(イモ)をバランスよく食べることが健康につながる、というものです。

 食事に関する最近の流行りは「糖質制限」で、一部の患者さんは、あたかも糖質を「毒」のように考えていて、いかに食事から糖質を除去するかに躍起になっていて驚かされます。糖質制限はたしかにダイエットにも糖尿病にも効果がありますが、極端な制限は危険であり、いったん成功した人も長続きせずに元の木阿弥に・・・、ということも少なくありません。

 一方、「まごわやさしい」のようにバランスよく身体にいいものを食べるという方法には危険性がありませんし、長続きさせることも可能です。「まごわやさしい」は、伝統的な和食から摂取できるものばかりですし、実際に提唱者の吉村医師はそれを主張されているそうです。

 2013年12月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により和食が「無形文化遺産」に登録されました。これは日本人としてもちろん喜ばしいことでありますが、最近の世界の医学界では日本料理が<健康食>ともてはやされたのはすでに過去の話であり、現在ではそれほど注目されていないような印象が私にはあります。

 そして日本料理よりもずっと健康であると位置づけられているのが地中海料理です。その地中海料理についてはいずれ詳しく取り上げたいと思いますが、ここでは、和食と同様に材料に「ごまわやさしい」が豊富に使われていることと、ナッツ(豆類)については日本料理以上に使われていることを指摘しておきたいと思います。

 前置きが長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「豆類がコレステロールを下げる」ということです。

 医学誌『Canadian Medical Association Journal』2014年4月7日(電子版)に掲載された論文(注1)に豆類がコレステロールを下げるという研究結果が掲載されています。もっとも、豆類のコレステロール低下効果については以前から指摘されていました。今回の研究では、過去に豆類摂取とコレステロール低下について調査された研究を総合的に分析(メタ分析)することにより検証がおこなわれています。

 研究者は、これまでに発表されている合計26件の疫学調査を分析しています。対象者は合計1,037人です。豆類を摂取したグループ(摂取量の中央値は130グラム/日)は、摂取しなかったグループに比べてLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の値が有意に低下していたそうです。グループ間でのLDLコレステロールの差は平均で6.58mg/dL(0.17mmol/L)だったそうです。

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 豆やナッツは油分が多いので太るとか肌荒れをするとか言う人がいますが、おそらくこれらは都市伝説のようなものではないかと私はみています。少なくとも私自身は豆やナッツで肥満になるとか肌荒れを起こすとかいった科学的な論文をみたことがありません。しかし、アーモンドやピーナッツを食べ過ぎると翌日に必ず肌荒れをおこす、という人はけっこう多い印象があります・・・。

 コレステロールを下げるには「スタチン」と呼ばれるグループの薬を使うのが最も一般的な方法で、副作用がないわけではありませんがスタチンの有用性はかなり社会に浸透してきており、欧米ではまだコレステロールが高くない人も予防的に内服すべきではないか、という議論もある程です。(いずれスタチンについても詳しく取り上げたいと思います)

 しかし、スタチンがいくら安全で有用性の高いものであったとしても、食事でコレステロールを安定させることの方が重要なのはあきらかでしょう。日本料理でも地中海料理でも豆類やナッツを積極的に加えてみてはどうでしょう。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Effect of dietary pulse intake on established therapeutic lipid targets for cardiovascular risk reduction: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials」で、下記のURLで概要を読むことができます。ちなみに「豆」の英語は一般的にはbeanを使いますが、「豆類」というときには(dietary) pulseと言います。私は以前このことを知らなくてpulseを「脈拍」もしくは「パルス療法(薬剤を大量の投与する治療法)」のことと思い込んで論文がまるで理解できなかったことがあります。
http://www.cmaj.ca/content/early/2014/04/07/cmaj.131727

参考:
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
メディカルエッセイ第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」

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2014年4月21日 月曜日

第128回 混乱する高血圧の基準 2014/4/21

 2014年4月1日、日本高血圧学会は5年ぶりに高血圧のガイドラインを改定し「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」という名称で発表しました。改定のポイントはいくつかあるのですが、血圧を下げる努力目標である降圧目標の「若年・中年者高血圧」が130/85mmHgから140/90mmHgとされたことは注目に値するでしょう。

 今月になってから「血圧の基準、変わったんですよね」と言って受診される患者さんが増えています。

 最近はマスコミやインターネットから病気の情報を積極的に入手する人が増えてきておりこれは好ましいことであります。学会が発表するガイドラインというのは大変複雑であり簡単には理解しづらいのですが、それでも情報入手に努めるのは大変立派なことだと思います。

 しかし、です。「血圧の基準、変わったんですよね」と言う患者さんの何人かとはどうも話が噛み合いません。しばらく話すと分かるのですが、こういう患者さんは日本高血圧学会が発表したガイドラインの改定ではなく、日本人間ドック学会が発表した「健康人の基準」について話しているのです。

 2014年4月4日、日本人間ドック学会は、人間ドックを受診した約150万人を分析し、年齢差や男女差を踏まえた「健康な人」の検査値を発表しました。改めて2014年4月のマスコミの報道を調べてみると、一般紙では日本高血圧学会のガイドライン改定について触れている記事はわずかで、一方で日本人間ドック学会の発表を大きく報じていることが分かりました。

 マスコミはおもしろおかしい記事を書くのが使命なのでしょうから、意外な発表、もっといえば奇をてらったような発表を積極的に取り上げます。日本人間ドック学会の発表は特にうがった見方をしなくても、「これまで異常とされてきた血圧やコレステロールの数字、本当は問題ないんですよ。だからそこのあなたも必要のない薬を飲まされているかもしれませんよ」、と素直に読めば感じてしまいます。

 実際、先に紹介した例のように、診察室でこのことを話される患者さんもいるわけです。そして、この患者さんが「血圧の基準、変わったんですよね」の言葉の次に言いたいことは、「だから薬やめてもいいですよね」ということなのです。

 もちろん、これまで飲んでいた血圧の薬は必要だから飲んでいたわけで、その必要性が突然なくなるわけではありません。しかしこの説明には少々の苦労を要します。なにしろ、マスコミは「血圧の正常値が変わった」という誤解を与えるような表現をとりますから、患者さんの立場からすれば「じゃあ飲まなくていいんだ」と解釈してしまうのは無理もありません。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のようなプライマリ・ケア(総合診療)のクリニックでさえ、このような質問が急増しているのですから、生活習慣病専門のクリニックなどは連日パニックになっているのではないでしょうか。ここでは述べませんが、日本人間ドック学会の発表は、血圧だけでなく中性脂肪やコレステロールの基準についても「健康な人」の基準値について言及しており、これが各学会の発表しているガイドラインと異なるために混乱を招いています。

 混乱が生じているのは医療機関だけではないようです。おそらく日本高血圧学会に対しても質問が相次いだのでしょう。2014年4月14日、日本高血圧学会は「人間ドック学会と健康保険組合連合会による小委員会の新しい「正常」の基準値に関する報道を受けて、高血圧学会から国民の皆様へのお願い」というタイトルの声明(注1)を発表しました。内容を簡単にまとめると、健康診断(人間ドック)での基準と介入が必要な心血管疾患のリスクとなる高血圧や正常血圧の基準は異なるために必要な人は医師の診察が必要、となりますが、これではわかりにくいでしょう。

 そこで私なりにまとめなおしてみたいと思います。人間ドック学会が発表したのは、自覚症状がなく過去に大きな病気をしたこともなく、高血圧が進行したときにおこる動脈硬化もない人、つまりまったく健康な人だけを集めて血圧のデータを集めてみると、「健康な人」の血圧の上限は147/94mmHgであった、ということです。しかし、実際にはここまで上がらなくてももっと低い血圧で動脈硬化をきたし、心筋梗塞や脳梗塞を起こす人がいるのも事実です。つまり、人間ドック学会に所属する医師が診ているのは健康な人が大半であり、高血圧学会に所属する医師が診ているのはすでに動脈硬化がある人が多いわけです。大雑把にいってしまえば、そもそも人間ドック学会と高血圧学会で比較する対象が異なっているというわけです。

 まだあります。そもそも人間ドックを受ける人というのは、お金持ちか、一流企業に勤めていて会社が全額(もしくは一部)を負担してくれるような恵まれた人に限られます。そのような人たちの多くは健康に関心があり、日頃から体重コントロールにつとめ、定期的な運動をおこないバランスの良い食生活をしていることが多いのです。きちんとしたデータはみたことがありませんが、人間ドックを受ける人と受けない人で喫煙率に大きな差があるのではないかと私はみています。つまり、人間ドックを受けるような健康に関心が高い人は、遺伝的な要因で少々血圧が高かったとしても、体重を維持し、禁煙、運動、バランスのいい食事摂取ができているために、動脈硬化や他の心血管のリスクが帳消しになっている可能性が強いというわけです。

 ではどう考えればいいのかというと、日頃から市民健診や会社の定期健診を受けて「まったく問題ない」と言われているような人であればあまり気にする必要はありませんが、すでに治療を受けている人や、定期的な経過観察が必要と医師から言われている人は、人間ドック学会の発表ではなく主治医の意見を聞くべき、というわけで、高血圧学会の発表に従うべきなのです。

 しかし、です。一般人の立場からみると、高血圧学会、というよりも日本の医療界全体に対する不信感のようなものがぬぐえないのではないでしょうか。ノバルティス社の「ディオバン問題」は大変物議を醸しましたが、これに続いて日本最大手の製薬会社である武田薬品も「ブロプレス」という血圧の薬で広告に虚偽があることが発覚しました(注2)。日本最大手の製薬会社が不正行為をしていたとなると、庶民からすると何を信じていいか分かりません。この広告が不正であることに気付いたのは京都大学のある医師ですが、大半の医師はメーカーの広告にだまされていたわけです。しかし、私は製薬会社を責めるつもりはありません。広告が誇大であることを見抜けずに処方をおこなっていた医師にも責任はあるからです。

 ノバルティス社のディオバンも武田薬品のブロプレスも「アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬」(以下「ARB」)というグループに入ります。では、ARBが信頼できないものかと問われれば決してそういうわけではありません。高血圧の治療には必要な薬剤であり、谷口医院でも(これらとは異なる製品ですが)ARBを処方している患者さんは少なくありません。

 しかしARBを高血圧の第一選択薬にすることは谷口医院ではあまり多くはありません。カルシウム拮抗薬の方が効く印象があるからです。発表されたばかりの「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」によりますと、高血圧の第一選択薬は、ARB、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬の4つとなっています。このなかでACE阻害薬はARBと似たような薬でいい薬ですがやはり効きやすさではカルシウム拮抗薬に分があります。利尿薬は心不全の合併などがあると最初に使いたい薬で値段も安いのですが、薬疹がけっこうな割合で起こることもあり第一選択薬にすることは谷口医院では多くありません。

 このように書くと、私はカルシウム拮抗薬を手放しに信じているように思われるかもしれませんが決してそういうわけではありません。薬の使用には、肝臓や腎臓の機能が低下している場合や他の薬を飲んでいる場合には充分な注意が必要ですし、副作用についても軽視してはいけません。様々な要素を考慮してその人にあった薬を総合的に決めていく必要があります。ガイドラインというのはあくまでもガイドラインであって、それに盲目的に従うわけにはいかないのです。今回の改定ではβブロッカーと呼ばれる降圧剤は第一選択薬からはずれていますが、場合によってはβブロッカー中心で血圧を下げることもあります。

 高血圧を含む生活習慣病でコラムを書くと毎回同じような結論になってしまい面白みにかけますが、大切なのは「定期的な健診と生活習慣の改善」(注3)です。そして、健康のことならどんなことでも相談できる主治医を持つことです。最近血圧が上がり気味だという人は一度主治医に相談してみてください。

注1:この声明は下記のURLで読むことができます。
http://www.jpnsh.jp/files/cms/351_1.pdf

注2:詳細は下記メディカル・エッセイを参照ください。
メディカル・エッセイ第135回(2014年4月)「製薬会社のミッションとは」

注3:定期的な検診と生活習慣の改善については下記コラムを参照ください。コラムの中の「3つのENJOY、3つのSTOP、4つのデータに注意して」というところがポイントです。
メディカル・エッセイ第129回「危険な「座りっぱなし」」

参考:はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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2014年4月21日 月曜日

135 製薬会社のミッションとは 2014/4/21

 高血圧の薬「ディオバン」に関する研究に不正があり、いくつかの論文が取り下げられ関係者が職を辞したという事件が昨年(2013年)にありました。世界で最も権威のある医学誌のひとつである『ランセット』にも論文が載せられたものの、そのデータに問題(捏造と言ってもいいでしょう)があり、これまで築き上げられてきたディオバンに対する、そして製造元のノバルティス社に対する信頼が一気に崩壊しました。

 このような不正行為は極めて特殊なものでノバルティス社以外にはありえないだろう・・・、そう思いたいのが社会の感情だと思いますが、残念ながら今度は日本最大の製薬会社である武田薬品で問題が発覚しました。

 医学誌『Hypertension』2014年2月25日(オンライン版)(注1)に、京都大学病院循環器内科の由井芳樹医師が武田薬品の降圧剤「ブロプレス」に対する疑問点を指摘した論文が掲載されました。

 由井医師は、降圧剤を比較した日本の大規模研究「CASE-J」について言及しています。「CASE-J」の結果に基づいて作成したとされている「ブロプレス」のパンフレットにはあるグラフが載せられています。そのグラフでは、従来からよく使われている「アムロジピン」という降圧剤と「ブロプレス」が比較されています。投薬を開始しだして最初の頃は効果が高いのはアムロジピンですが、36ヶ月からブロプレスの方が効果が高くなり、降圧効果を示した曲線が逆転します。この逆転のポイントが、パンフレット上では「初めて明らかになったゴールデンクロス」と謳われているのです。

 しかしこのグラフは”くせ者”です。由井医師によりますと、2008年に発表された論文(しかもこの論文は由井氏が今回投稿した『Hypertension』に掲載されたものです)にも「CASE-J」の調査結果が載せられているのですが、そこにはこの「ゴールデンクロス」がないそうなのです! 『Hypertension』の側からすると、今回の由井医師の論文を掲載するということは2008年の自誌の論文を否定することにつながるわけです。にもかかわらず掲載したということは由井医師の主張が全面的に正しいことを認めた、ということになります。

 この由井医師の主張を聞いて、長年感じていたもやもやした感覚がふっと消えた感じがしたのは私だけではないと思います。というのは、実際に患者さんに使ってみてより高い効果を実感できるのはアムロジピンを初めとするカルシウム拮抗薬だからです。ブロプレスなどのアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(以下「ARB」)も確かに大変有用な降圧剤であることは間違いありません。しかし、降圧効果はカルシウム拮抗薬に比べるとやや弱いような印象があります。ブロプレスに掲載されたグラフが(今となっては)憎らしいのは、36ヶ月を待てばアムロジピンよりも効果が高くなるんだ、と思わされてしまうこと、そしてそれに輪をかけるように「ゴールデンクロス」などというキャッチーなコピーがつけられ、このクロスポイントが強く印象づけられてしまうことです。

 ちなみに武田薬品には「タケダイズム」と呼ばれる社の基本精神があるそうです。そしてその精神のコアとなるのが「誠実」だそうです・・・。

 武田薬品のブロプレスについてはまだ日が浅いこともあり、ノバルティスのディオバンほどは大きな問題に進展していないようです。一方、ノバルティス社は今も大変なようで、「お前らが長らくだましていたせいで患者さんに迷惑をかけたじゃないか!」とMR(製薬会社の営業)に怒りをぶちまける若い医師もいるそうです。

 しかし私は、これは違うと思います。たしかにノバルティス社に対しても武田薬品に対しても「やれやれ・・」という気持ちになりますが、私は医師にも責任があると思っています。これは不正な研究に関わっていた医師にも責任がある、という意味ではありません。論文やパンフレットに書かれていることを鵜呑みにして処方していた医師にもまったく責任がないとは言えない、言い換えれば不正が公になってからあたかも鬼の首をとったかのように自分らだけが正義だと言わんばかりの態度をとるのはおかしい、ということです。

 最終的に薬を処方するのは医師ですからやはり医師にも責任があります。それに(こう感じているのは私だけではないと思いますが)ARBを単剤で投与した場合、カルシウム拮抗薬に比べると降圧効果は弱い場合が多いですから、それならばカルシウム拮抗薬に変更するか、あるいは2剤併用でコントロールをすればいいわけです。ディオバンの問題は、ディオバンはARBで最も優れている、ということを、データを不正に操作(捏造)して発表したわけですが、この場合も、臨床医はひとりひとりの患者さんを注意深く観察し、必要であればディオバンから他のARBに変更すれば済む話です。

 とはいえ、やはり製薬会社にも「良心」を持っていてもらいたいものです。誤解を避けるために言っておくと、私はここで医師には「良心」があり製薬会社にはない、と言っているわけではありません。このような議論をすると医師の方が断然”有利”になってしまいます。なぜ有利かというと、医師に収入が入るのは、薬を処方して、ではないからです。医師は薬を処方してもしなくても医師(医療機関)に入る収入はほとんどかわりません。以前別のところでも指摘しましたが、医療機関の薬の利益というのはほとんどありません。在庫管理に伴う手間を考えるとマイナスといっても過言ではないと思います。

 医師は薬を処方することよりもむしろ、いかにして薬を減らすか、あるいは処方をなくして生活習慣の改善を促すかが仕事です。そして、医師の診察には診察代が発生し、これが医師の利益になるのです。端的に言えば、医師は薬を処方してもしなくても収益にかわりはないのです。一方、製薬会社は薬を売らなくては会社が成り立ちません。ですから、私が「薬は使わない方がいい」というと、これは真実であり正論ではありますが、この正論を振りかざすのは製薬会社の立場からするとフェアではありません。

 原点に戻って考えると、医師も製薬会社も最終的なミッションは同じです。つまり患者さんの命を救いQOLを向上させる、というものです。共通のミッションを持っているわけですから、医師と製薬会社は同じ方向をみて共に手を取り合い、相乗効果を発揮してミッションに取り組めばいいわけです。
 
 実際我々医師は薬がなければ治療をおこなうことができず無力感にさいなまれるだけです。分かりやすい例として「化膿した傷」を取り上げたいと思います。細菌感染をおこし感染症が深部にまで進行しているような傷に対しては洗浄だけでは治りません。抗菌薬が必要になります。もしも抗菌薬がなかったとすれば、我々医師は簡単な傷の治療もできないのです。

 このように考えると製薬会社というのは世の中になくてはならない大切なものです。もしも製薬会社がこの世からなくなれば1年後には世界の人口は半減しているでしょう。結核やHIVが再び「死に至る病」となり、術後の感染予防ができないことからほとんどの手術ができなくなります。動物にかまれただけで感染症で命を落とし、食べ物でアナフィラキシーをおこしても手の施しようがありません。

 つまり我々は、医療者も治療を受ける患者さんの側も、製薬会社に感謝すべきなのです。しかし、だからこそ、製薬会社で働く従業員の人たちには高い人格をもちミッションを忘れないでほしいのです。けれども実際には製薬会社の従業員の目標が「売り上げ」になってしまっているのではないでしょうか。ノバルティス社が「10Bプロジェクト」と命名した1,000億円を稼ぐための社内プロジェクトをつくっていたことからもそう思わざるをえません。

 たしかに、製薬会社も資本主義経済の中に存在する株式会社ですから株主からはコンスタントに利益を出すことを要求されます。そしてある程度は株価が上がらなければ開発費用が捻出できなくなり、開発費用がなければ新しい薬をつくることができません。結核やHIVには大変有用な薬が登場しましたが、まだまだ治療法の確立されていない病気がたくさんあります。社会から製薬会社に対する期待は大きいのです。

 ではどうすればいいのか、ですが、これは簡単ではありません。しかし方法がないわけではありません。まず株主は、コンスタントな収益に期待せず「将来、大勢の命を救うような薬をこの会社が開発すれば大きな配当が期待できるだろうがそれはないかもしれない。しかしこうやって株を買うことで今薬を必要としている人のために役立っているんだ」というふうに考えて、投資というよりも”寄付”に近い感覚で株を買ってもらえるようにすればどうでしょうか。

 医師は製薬会社に感謝の気持ちを持たなければなりません。同じミッションを持っているということを思い出し、薬がなければ目の前の患者さんを救うことができない、ということに今一度思いを巡らすのです。

 そして製薬会社は、もう一度自社のミッションを見直すべきではないでしょうか。前回述べたようにすぐれたミッション・ステイトメントを組織が(あるいは個人が)もてばこれほど強いものはありません。ただし絵に描いた餅に終わってはいけません。武田薬品の壁には今も「誠実」の文字が掲げられているのでしょうか・・・。

注1:この論文のタイトルは「Concerns about the Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan (CASE-J) Trial」です。下記URLを参照ください。
http://hyper.ahajournals.org/content/51/2/393/reply#content-block

参考:
はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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2014年4月14日 月曜日

2014年4月14日 妊婦・授乳婦・乳児のマクロライド系抗菌薬のリスク

  前回は、妊婦さんがアセトアミノフェンを服用すると生まれてくる子どものADHDのリスクが上がるかもしれない、という研究結果をお伝えしましたが、今度は抗生物質(抗菌薬)のリスクについて最近発表された研究を紹介したいと思います。

 妊婦や授乳婦、乳児がマクロライド系抗菌薬を使うと、幽門狭窄症に罹患するリスクが上昇する・・・

  医学誌『British Medical Journal』2014年3月11日号(オンライン版)(注1)にこのような研究が報告されました。幽門狭窄症とは、胃の出口(十二指腸の手前)の筋肉が肥厚して内腔が閉塞し、食べたものがつまってしまう疾患です。食後の嘔吐で発覚されることが多く、徐々に進行することもあれば突然発症することもあります。治療は、飲み薬で治ることもありますが、手術になることが多いといえます。

 研究では、1996年から2011年に出産した母親999,378人とその子どもが対象とされ、マクロライド系抗菌薬の使用と幽門狭窄症発症との関係が調べられています。これらの母親のうち30,091人(3.0%)が妊娠中に、21,557人(2.2%)が出産から分娩120日までにマクロライド系抗菌薬を使用し、6,591人(0.6%)の乳児が生後120日までに投薬されていたそうです。

 妊婦・授乳婦・乳児のリスクは次のようになったそうです。数字は、マクロライド系抗菌薬を使わなかった場合に比べて幽門狭窄症に罹患するリスクが何倍になるかを示しています。

<乳児>
・生後0~13日に使用    29.8倍
・生後14~120日に使用     3.24倍

<授乳婦>
・分娩0~13日の使用    3.49倍
・分娩14~120日後の使用 リスクなし
<妊婦>
・妊娠0~27週の使用          1.02倍
・妊娠28週から分娩までの使用 1.77倍

 この研究の対象となった母子に使われたマクロライド系抗菌薬は、エリスロマイシン、アジスロマイシン、ロキシスロマイシン、クラリスロマイシン、スピラマイシンだったそうで、最も多く使われたのはエリスロマイシンだったそうです。

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 抗菌薬は使わないに超したことはなく、ウイルス性の感冒ではもちろん使いませんし、細菌性のものであっても重症でなければ使うべきではありません。しかし、どうしても使わざるをえないケースもあります。例えば、乳児が百日咳に罹患すると、咳が重症化し呼吸が止まることもありますから抗菌薬が必要になります。百日咳にはマクロライドがよく効きますからこの場合は使わざるを得ないでしょう。百日咳はワクチンで防げる病気ですが、第1回目のワクチン接種は生後3ヶ月以降になります。

 妊婦さんでときどき問題になるのが、クラミジア子宮頚管炎が妊婦健診などで発覚する場合です。地域にもよりますが、若い妊婦さんの10%近くが妊婦健診でクラミジアが発覚するという報告もあるくらいですから、決して珍しい感染症ではありません。そして、クラミジア子宮頚管炎が見つかった場合、マクロライド系抗菌薬を使わざるをえません。(クラミジアに有効で、かつ妊婦さんに使える抗菌薬はマクロライド系しかありません)

 妊婦さんがクラミジア子宮頚管炎に罹患した場合、早期破水や早産のリスクになることが知られていますし、そもそもクラミジアという細菌が多数増殖した子宮のなかで赤ちゃんを育てるべきでないのは自明でしょう。しかし一方で、治療薬であるマクロライド系抗菌薬を用いると幽門狭窄症のリスクにつながる、というわけです。もちろん、一番いいのは妊娠する前にきちんと検査を受けておくことです。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Use of macrolides in mother and child and risk of infantile hypertrophic pyloric stenosis: nationwide cohort study」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/348/bmj.g1908

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2014年4月11日 金曜日

2014年4月号 医療費を安くする方法~後編~

  前回は「初診」と「再診」の区別が大変複雑であり、医療機関によって解釈が変わる可能性があることを延べました。保険点数の改定で2014年4月から初診代が40円、再診代が10円値上がりしましたから(いずれも3割負担の場合)、診察代が「初診」になるか「再診」になるかは3月までよりも重要になったと言えるかもしれません。

 診察代が複雑なのは初診と再診の区別が複雑だから、だけではなく、他にもいくつか複雑なルールがあるということもあります。例を挙げて紹介したいと思います。

 Xクリニックに通院しているA氏とB氏。同じ会社に勤めていて同い年の45歳です。2人とも1年ほど前からXクリニックにいろんなことで通院しています。A氏には「高脂血症」、B氏には「高尿酸血症」がありますが、2人ともまだ薬をどうしても飲まなければならないレベルではなく、Xクリニックで生活指導を受けています。2人が勤める会社では毎年4月に健康診断があり、今日はその健診の結果を持って相談に行く日です。2人は仕事が終わってからXクリニックを受診しました。健診結果を医師に見せて日頃の生活について相談をしアドバイスをもらいました。2人とも診察時間はほぼ同じで、この日は検査も投薬もありませんでした。当然診察代は同じかと思われましたが、A氏は1,050円、B氏は380円で、その差が670円もあります。自分だけ料金が高かったA氏は納得がいきません。2週間前に、共に風邪の症状で受診したときには薬の内容も料金もまったく同じだったのです。

 診察代には、疾患の種類によっては「特定疾患療養管理料」というものが加算されます。これはいくつかの決められた疾患について食事(栄養)や運動などの生活指導に対して算定されるものです。そしてA氏の高脂血症はこの管理料の対象疾患に該当することが決められていて、B氏の高尿酸血症は該当しないのです。しかし実際には、高脂血症も高尿酸血症も生活習慣病の一種であり、医師や看護師による生活指導も似たようなものになります。

 算定される疾患とされない疾患がある以上はどうしても不平等感が出てきます。他に例を挙げれば、ウイルス性肝炎は状態が安定していたとしても算定される一方で、脂肪肝による肝機能障害は算定されません。実際の生活指導は脂肪肝の方が時間のかかることが多いのに、です。もうひとつ例を挙げると、胃炎の場合は算定されますが、逆流性食道炎の場合は算定されません。用いる薬は同じものである場合が多いですし、逆流性食道炎の方が生活指導に時間がかかることも多いのに、です。

 不平等感がぬぐえない例は他にもあります。「特定疾患治療研究事業対象疾患」(以下「難病」とします)に指定されている疾患が現在56あります(注1)。これら56の疾患に罹患していると認定されれば、特定の医療機関を受診した場合診察代がほとんどかかりません。3割の自己負担の分も公費で補われるからです。しかし実際には生活に支障がでるほどの”難病”なのだけれども56疾患に入れられていない疾患もいくつもあります。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の例でいえば、例えば「慢性疲労症候群」や「線維筋痛症」があります。膠原病では「全身性エリトマトーデス」や「強皮症」といったものは56疾患に含まれていますが、「シェーグレン症候群」や「強直性脊椎炎」、「関節リウマチ」などは除外されています(注2)。

 また、谷口医院でしばしば感じるのがHIVについてです。現在HIVは難病指定されていません。エイズを発症した後にHIV感染が発覚したような場合は、障がい者の1級に認定されることもありますが、症状がないけれども思い当たることがあり自らの意思で検査を受けて感染が発覚したようなときは障がい者認定を受けることができません。投薬が開始されるようになると、それなりに公的扶助が受けられるのですが、それでもすべての医療費が無料になるわけではありません。HIVに感染すると、エイズ関連疾患以外にも、例えば、風邪をひきやすくなったり、下痢が続いたり、湿疹に悩まされたり、ということがしばしばあります。また、職場ではたいていは感染の事実をカムアウトしておらずストレスにさらされていますから(職場で感染していることを伝えて結果的に退職においこまれたという例が谷口医院では多数あります)、不眠や抑うつ感といった精神症状がしばしば現れます。したがって医療機関を受診する機会が多く医療費がかさむのです。

 この疾患は管理料が算定され、こちらの疾患は(なぜか)されない、という例や、この疾患は難病指定されているけれども(同じような苦しみの伴う)別の疾患はされない、という例は他にもいくつもあります。つまり、診察料のアップにつながる管理料がかかってくる疾患で受診すればそうでない疾患で受診する人に比べて料金が高くなりますし、その逆に難病指定されている疾患でかかると公費が適用され安くなるというわけです。診察代にはこれら以外にも複雑な規定がいくつもあるのですが、これ以上の具体的な例を挙げることはやめにして、そろそろ「医療費を安くする方法」のまとめをおこないたいと思います。

 これまで述べてきたことを確認すると、検査や投薬は最小限にして、なおかつ安い検査・薬を選ぶ、ということが重要です。次に、診察代は可能なら「初診」ではなく「再診」にしてもらうという方法があるかもしれませんが、これは医療機関が決めるものなのでどうしようもありません。(しかし「再診」と思っていたのに「初診」とされた場合は納得いくまで説明を聞くべきです) また、管理料がかかるものとかからないものがあり、難病指定されるものとされないものがあることについてもどうしようもありません。(患者会をつくってロビイスト活動をおこなうという方法はあるかもしれませんが・・・)

 そこで提案としては、一番いいのは「何でも相談できるかかりつけ医をもつ」ということです。薬局なら、相談するだけなら無料ですが、医療機関の場合は診察代がその都度かかります。医療機関を変更すればそれだけで新たに「初診代」がかかります。ときどき、「今日は薬も検査もないからタダですよね」と言う患者さんがいますが、医療機関とはそういうところではありません。そもそも医療機関の使命というのは、いかに検査や薬を減らすか、ということでもあるのです。

 我々が最も「この患者さん、医療費がもったいないなぁ・・・」と感じるのが、ドクターショッピングをしている人たちです。つまり、受診した医療機関での診察に満足できずに次々と医療機関を替える人たちです。医療機関を何度も替えることほどムダな医療費の使い方もありません。たしかに、満足いく診察が受けられなかったので医療機関を替えたいということがあるのは分かります。しかし、ならば「ここで診てもらえないなら適切な医療機関を紹介してください」と言えばいいわけです。

 そんなことを言うと失礼じゃないの・・・。そのように感じる人もいるかもしれません。しかしそんなことはありません。我々医師は病気で苦しんでいる患者さんを放っておくことはできません。自分で診ることができないなら、その症状や疾患に適した医療機関を紹介するのは医師のミッションのひとつです。ですから、遠慮なく「では適切な医療機関を紹介してください」と言えばいいのです。

 ちなみに私が医学部の学生時代に(研究者でなく)医師になろうと考えたきっかけのひとつが、こういった患者さんの力になりたいと思ったということです。どこの医療機関を受診していいか分からず何軒も受診して(症状は取れないのに)診察カードばかりが増えました・・・。医学部の学生の頃にこのような訴えを何度か聞く機会があったのです。研修医を終えてから、私はタイのエイズ施設にボランティアに行きましたが、そのとき欧米から来ていた医師たちはエイズ専門医ではなくプライマリ・ケア医(総合診療医・家庭医)でした。彼(女)らは、患者さんのあらゆる症状を聞いて治療にあたっていたのです。プライマリ・ケアが重要であることを改めて実感した私は、帰国後母校の大阪市立大学医学部の総合診療科の門を叩き、本格的なプライマリ・ケアの修行にのぞむことになりました。

 話を戻しましょう。医療費を安くする最善の方法は、自分のかかりつけ医を持つことです。そして健康に関することならどんなことでも相談すればいいのです。より高度な医療が必要であれば、かかりつけ医は適切な医療機関に紹介状を書いてくれます。こんなこと相談していいのかな・・・、と感じる必要はありません。実際、谷口医院に長年通院している患者さんは実に何でも尋ねてきます。飼おうと思っているペットの相談、友達にすすめられたけど躊躇している健康食品について、筋トレやマラソン時の栄養補給について、といったこともよく質問されます。自分自身のことでなく家族やパートナー、知人のことでも相談を受けます。さすがに、最近飼い猫の元気がないんですが・・・、という相談には力になれませんが・・・。

 私からみれば、多くの人たちはかかりつけ医をもっと頼るべきだと思います。そうすれば、より早く病気が発見され早期治療ができますし、正しい予防の方法が学べます。また、高価なサプリメントや美容関連の出費で後悔することが防げるかもしれません。

 患者さんはかかりつけ医をもっと頼るべきと私は考えていますが、一方で、行政のかかりつけ医に対する期待は我々の想定以上のものです。厚労省保険局医療課長の宇都宮啓氏が、最近医療関連のウェブサイト「m3.com」のインタビューに答えています(注3)。宇都宮氏によれば、「患者さんに24時間対応する役割を果たすのが本来のかかりつけ医」だそうです。

 この言葉は行政の忠告として受け止めはしますが、現実的には24時間の対応は(私には)無理です。私は現在のクリニックを開業したとき最初の1年間はクリニックに寝泊まりしていたのですが、朝までぐっすり眠れることはほとんどありませんでした。ひっきりなしに患者さんから電話がかかってくるからです。それも直ちに医療を要するような例はほとんどなく「深夜の悩み相談室」になっていました。現在私が通常の診療以外にしていることはメールでの相談と午前7時から9時の電話応対です。これが現時点での限界であり、厚労省の役人が期待する「24時間対応」が理想であることは認めますが、実際にはできません。

 お役人からすると、こんな私は「かかりつけ医失格」となるのでしょうが、すべての人が24時間対応するかかりつけ医を持てるとは到底思えません。24時間対応のかかりつけ医を持っていない人は、とりあえず24時間”非対応”の(私のような)かかりつけ医を持つことから始めればどうでしょう。それが結局は医療費を最も安くする方法に他ならないのです。

注1:これら56の疾患については難病情報センターの下記のサイトを参照ください。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/513

注2:強直性脊椎炎は国が指定する「特定疾患治療研究事業対象疾患」には含まれていませんが、東京都には助成制度があります。(しかし東京都だけです) 関節リウマチは「悪性関節リウマチ」であれば56疾患のひとつですが、動けないほどの重症であったとしても「悪性関節リウマチ」の条件を満たさなければ難病の認定はされません。

注3:このインタビューは「m3.com」のサイトで読めますが、会員登録が必要で、しかも会員には医師しかなれないかもしれません。一応URLを付記しておきます。
http://www.m3.com/iryoIshin/article/197571/?portalId=mailmag&mmp=RA140404&mc.l=37066120

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2014年4月4日 金曜日

2014年4月4日 妊娠中のアセトアミノフェンがADHDを招く?

 妊婦さんが風邪をひいて受診、妊婦さんが耐えられない頭痛で受診、ということは太融寺町谷口医院でもよくあるのですが、妊婦さんに対する薬にはいくら注意してもしすぎることはありません。妊婦さんに薬を処方することもありますが、「絶対に何も問題がありません」と言って出せる薬はありません。妊婦さんに処方することのある薬も、伝統的に妊婦さんにも使われていて特に副作用の報告がないようなものに限られます。

 風邪をひいたときの発熱や咽頭痛に、あるいは慢性の頭痛や関節痛のある妊婦さんに処方できる薬といえばアセトアミノフェンになります。アセトアミノフェンは新生児にも使うことがありますし、あらゆる解熱鎮痛剤のなかでもっとも安全だと言われています。(アセトアミノフェンの詳細については下記コラム「鎮痛剤を上手に使う方法」を参照ください) アセトアミノフェン以外では漢方薬を用いることもありますが、インフルエンザを含む風邪症状によく用いる麻黄湯は動悸を生じることがあるため、妊婦さんには少し処方しにくいと言えます。葛根湯あたりであれば比較的処方されやすいですが、それでも動悸などの副作用がないわけではありません。

 そのアセトアミノフェンについて、妊婦さんが内服すると出生児がADHD(注意欠陥多動性障害)を発症するリスクが上昇するという研究が米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のZeyan Liew氏らによりおこなわれ、医学誌『JAMA Pediatr』2014年2月24日(オンライン版)(注1)に掲載されました。
 
 この研究は、デンマークの周産期母児合併症に関する調査(Danish National Birth Cohort)に参加した合計64,322人の妊婦さんが対象です。妊娠中のアセトアミノフェン内服と、出生児のADHDリスクとの関連性が検討されています。

 調査の結果、まず妊婦さんの半数以上(56%)がアセトアミノフェンを妊娠中に内服していたことが判りました。妊娠中にアセトアミノフェンを内服していた場合、内服していなかった場合に比べて、子どもがADHDの診断を受けたり、薬物療法が開始されたりする割合が有意に高かったようです。(具体的には、出生児が多動性障害(hyperkinetic disorder、HKD)と診断されるリスクが1.37倍、ADHDの薬物療法が開始されるリスクが1.29倍、7歳の時点でADHDを疑う問題行動を生じるリスクが1.13倍とされています)

 また、妊婦さんがアセトアミノフェンを内服した期間が長いほど、内服量が多いほど、これらのリスクは上昇したそうです。

 このような結果に対し、研究者らは、アセトアミノフェンが胎盤関門を通過できることを指摘し、アセトアミノフェンに内分泌攪乱作用があり、性ホルモンや甲状腺ホルモンといった母体から分泌されるホルモンに影響を与えるのではないか、あるいはアセトアミノフェン自体が何らかの神経毒性があるのではないか、と考察しています。そして、「アセトアミノフェンを妊娠中の安全な薬と考えるべきではない」と述べています。しかし同時に、「さらなる研究が必要である」とも述べています。

 この研究に対し、英国ウエールズのCardiff UniversityのMiriam Cooper氏は、同じ医学誌にコメントを載せています(注2)。Cooper氏は、妊娠中のアセトアミノフェンと神経発達異常との関連性について否定はしていませんが、「因果関係を断じるには時期尚早であり、現時点で臨床を変えてはならない、つまり、慎重さは必要だが従来通りアセトアミノフェンを必要な症例においては使用すべき」、という見解を述べています。

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 激しい痛みや高熱を我慢すれば、その我慢が母体にストレスを与え胎児に影響を及ぼす可能性が出てきます。もちろん薬は安易に使うべきではありませんが、内服するメリットと薬の副作用のリスクをよく考えた上で、必要と判断されれば使うべきです。

 今後のさらなる研究を待ちたいと思います。

(谷口恭)

参考:メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

注1:この論文のタイトルは「Acetaminophen Use During Pregnancy, Behavioral Problems, and Hyperkinetic Disorders」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1833486&resultClick=3

注2:この論文(論評)のタイトルは「Antenatal Acetaminophen Use and Attention-Deficit/Hyperactivity DisorderAn Interesting Observed Association But Too Early to Infer Causality」で、下記URLで一部を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1833483&resultClick=3

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