2013年12月27日 金曜日

2013年12月27日 ワールドカップに出かける前に黄熱ワクチンの検討を

  2014年の最大の楽しみにサッカーのワールドカップをあげる人も少なくないと思います。今月からチケットが発売されましたから席の確保に奔走している人もいるのではないでしょうか。

 さて、開催地がブラジルとなるといくつか注意しなければならない感染症があります。今年話題になったシャーガス病(カメムシに刺されて感染)や、マラリアなどにも注意が必要ですが、ブラジルで忘れてはいけない感染症に黄熱があります。

 黄熱はアフリカが有名ですが、アマゾンなどブラジルの奥地にも生息しています。ネッタイシマカと呼ばれる蚊に刺されることにより感染し、致死率は10%にも及ぶ大変危険な感染症なのですが幸いなことにワクチンがあります。

 現在厚生労働省は黄熱ワクチンの接種をよびかけていますので、ブラジル渡航の予定がある人は目を通しておいてください(注1)。黄熱ワクチンはどこででも接種できるわけでなく全国25カ所の機関でのみとなります。

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 ただし、ではブラジルに渡航する誰もが黄熱ワクチンを接種すべきなのか、と言えばそういうわけでは決してありません。都心部だけの渡航であれば特に接種する必要はないでしょう。黄熱ワクチンは、ワクチンのなかでは比較的副作用が強いことも知っておくべきです。

 では、どのような人が黄熱ワクチンを接種すべきなのか、ですが、例えば「せっかくブラジルに渡航するんだからアマゾンまで行ってみよう」などと考えている人は積極的に接種を検討すべきでしょう。

 また、国によっては、ブラジルから入国する場合、黄熱ワクチンを接種した証明書が必要になる場合があります。例えば、ブラジルからアフリカ経由で帰国しようとしたときに、サンパウロ→ケープタウンというのはポピュラーな経路ですが、南アフリカ共和国ではブラジルから入国する場合、黄熱ワクチン接種の証明書が必要になります。(日本で接種したときに交付される証明書を携帯していなければなりません) 

 詳しくは、注1の厚労省の案内のなかにある「黄熱ワクチン接種を行っている機関」に直接相談されるのがいいかと思います。また、FORTH(厚生労働省検疫所)のサイト(注2)も参考になります。

 ブラジル渡航では黄熱だけに気をつけていればいいというわけではもちろんありません。上に述べたシャーガス病、マラリアにも注意すべきですし、他にも、デング熱、フィラリア、リーシュマニア、狂犬病、ワイル病など日本にない感染症がたくさんあります。もちろん水道水は飲めませんし、食べ物にも注意が必要で、A型肝炎ウイルスなどにも注意しなければなりません。黄熱以外のワクチンとしては、B型肝炎ウイルスはもちろん、A型肝炎ウイルス、狂犬病、破傷風なども考慮すべきでしょう。

 まずはかかりつけ医に相談してみてください。

(谷口恭)

注1:厚労省の案内は下記URLを参照してください。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11133000-Shokuhinanzenbu-KenekijogyoumuKanrishitsu/leaflet_2.pdf

注2:FORTH(厚生労働省検疫所)の説明については下記URLを参照してください。
http://www.forth.go.jp/useful/yellowfever.html

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2013年12月27日 金曜日

2013年12月27日 長期間の失業で老化が促進

  長期間失業している男性は老化が早い・・・

 フィンランドOulu大学のLeena Ala-Mursula氏らにより、フィンランド人の男女を対象とした研究でこのような分析がおこなわれ、医学誌『PLoS One』2013年11月20日号(オンライン版)に論文が掲載されました(注1)。

 この研究は、フィンランドで1966年に出生した男女5,600人が対象とされています。対象者が31歳となった1997年にDNAが採取され「テロメア」の長さが調べられています。テロメアの先端部の長さを調べると老化の状態を知ることができることがわかっています。つまり、老化とはテロメアが短縮することに他ならない、というわけです。

 研究の結果、過去3年間で2年以上失業していた男性は、仕事をしていた男性に比べると、テロメアの短縮が2倍以上多くみられたそうです。これは、テロメア短縮の原因となり得る(つまり他の老化因子である)喫煙、運動、体重、疾患の有無、教育、婚姻状態などの因子の影響を取り除いた上での結果だそうです。

 興味深いことに、女性ではこの傾向が認められなかったそうです。ただし、この研究では女性の失業者はそれほど多くなかったことがこうした結果となった可能性が指摘されています。

 また、筆者は論文のなかで別の研究を引き合いに出しています。その研究は米国の35~74歳の608人の女性が対象とされており、長時間労働や複数の仕事を持つことがテロメアの短縮と関係がある、つまり老化が早くなるという結果が出ているそうです。

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 男性は失業で老化・女性は働き過ぎで老化、と短絡化すべきでないと思います。この線で押し進めて考えると、「男は働いてこそ幸せ、女は仕事をすべきでない」という時代錯誤の結論になってしまいかねません。このようなことを断定するには、もっとたくさんの調査が必要と考えるべきです。

 精神的ストレスがテロメア短縮の要因であることは以前から指摘されています。失業期間が長くなったとしても過重労働があったとしても精神的ストレスが蓄積するのは間違いないでしょうから、仕事の有無でテロメアを論じるのではなく、仕事の有無とストレスの関係に注目すべきだと私は思います。

 私にとってこの論文が印象的なのは、研究の対象者がフィンランド人、ということです。高負担・高福祉国家のフィンランドでは失業保険が充実していたはずですし、(私の記憶が正しければ)失業後も職業訓練を無料でおこなうことができて次の仕事を見つけるのは他国に比べるとむつかしくないはずです。

 同じ研究を日本でおこなえば、さらにテロメアが短くなっている、つまり、日本人で長期にわたり失業している人は精神的ストレスが極めて強くなっている、そして結果として老化が早まり寿命も・・・、ということを危惧します。

(谷口恭)

注1:この研究のタイトルは「Long-Term Unemployment Is Associated with Short Telomeres in 31-Year-Old Men: An Observational Study in the Northern Finland Birth Cohort 1966」で、下記のURLで全文を読むことができます。
 http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0080094

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2013年12月21日 土曜日

第124回(2013年12月) 睡眠薬の恐怖

  薬に対するイメージというのは人それぞれで、危険性をまるで顧みずに処方を強く希望する人もいれば、使用することをすすめたいのだけれど頑なに使用を拒否する人が混在する薬というのがいくつかあります。今回お話する「睡眠薬」はその代表的な薬です。(ちなみに、他にはステロイドと抗菌薬でこの傾向があります)

 日本では、少し年配の方であれば、睡眠薬と言えばサリドマイドを思い出す人が少なくないでしょう。サリドマイドを内服した妊婦さんから生まれた子どもたちの悲惨な姿を報道された写真などで目にすると「睡眠薬=恐怖の薬」という方程式が頭の中でできあがるのも無理もないかもしれません。(サリドマイドは現在睡眠薬としては用いられていませんが、一部の難治性の疾患に奏功することからその後再び注目されるようになりました)

 一方、現在の若い人たちのなかには、サリドマイドを知らず、また睡眠薬を友達からわけてもらって気軽に飲んでいる人や、インターネットで入手して使っている人もいるようで、もちろんこれらは違法行為なのですが、随分と睡眠薬に対する敷居が低くなっているような印象があります。そしてこの傾向は年を経るごとに加速しているような気がします。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)がオープンした7年前は、不眠の相談に受診される人は「睡眠薬はできるだけ使いたくない」という人が多かったのですが、最近は、薬の名前を指定して処方してほしい、というような人もいます。

 改めて言うまでもないことですが、睡眠薬というのはそんなに簡単に使うべきものではありません。谷口医院に不眠を訴えて受診された人に最初から睡眠薬を処方するのは、3人に1人もいません。

 現在医療機関で標準的に処方される睡眠薬はサリドマイドのような催奇形性のあるものはありませんが、原則として妊婦さんは使うべきではありませんし、副作用については誰もが充分に理解しなければなりません。またアルコールとの併用は絶対にNGです。

 患者さんを必要以上に怖がらせることはしたくありませんが、最近起こった事件を取り上げて睡眠薬の注意点について改めて考えてみたいと思います。

 2012年9月2日、日曜日の正午過ぎ、東京都目黒区の高級住宅街の豪邸に住む会社社長(当時46歳)が3階の自室から1階の居間に降りると、変わり果てた当時5歳の息子の姿がありました。目と口をガムテープでふさがれ、ビニール紐で身体が縛り上げられ、さらに家庭用ゴミ袋を二重に被せられガムテープで密閉されていたのです。

 この無惨な殺人事件の犯人は、なんと実の母親(当時42歳)でした。これだけを聞くと、母親に化けた鬼畜が犯した断じて許すことのできない児童虐待か、と思いますが、事実はまったくそうではありませんでした。

 この事件を後に詳しく報道したジャーナリストの森哲志氏のレポート(注1)に、この母親の法廷での様子が描写されていますので少し引用したいと思います。

 開廷中、(母親の名前が書かれていますがここでは実名を伏せます)のすすり泣きが絶えない。細身の体に黒袖のカーディガンと白いブラウス。ブラウンのメガネをかけた顔立ちに、理知的な上品さ。細い右手のピンクのハンカチは濡れている。(中略)進学校を出て(中略)税理士資格を取得、玉の輿に乗り、3億円超の豪邸に住むセレブの面影が、長期留置を経ても漂う。(中略)イタリア製外車が置かれた豪邸。夫婦のいさかいもなく、上の男の子2人は野球少年。仲のよい家族と見られていた。

 つまり、この母親は残虐性を持ち合わせている反社会的な人間ではなく、我が子を殺すような動機はまったく見当たらないのです。では、何がこの女性を殺人に導いたのか。それが睡眠薬、しかも、日本で最も頻繁に処方されている睡眠薬のひとつである「マイスリー」だったのです。

 誤解を避けたいのでこの時点で解説しておくと、数多い睡眠薬のなかでマイスリーが危険な睡眠薬というわけでは決してありません。マイスリーは作用時間が短く、翌日に眠気やだるさが残ったりしにくいために、危険どころか、日本でもっとも処方量の多い睡眠薬であり、睡眠薬を初めて使うという人にも比較的処方されやすい薬なのです。

 では、なぜそれほど危険性のないと考えられているマイスリーでこのような悲惨な事件が起こったのか。それはアルコールを同時に摂取していたからです。睡眠薬とアルコールの同時摂取、または睡眠薬内服後に眠れないからといってアルコールを摂ることは絶対にやってはいけないことなのです。この母親が睡眠薬とアルコールの併用の危険性をどれだけ認識していたのかは報道からは分かりませんが、きちんと理解していればこのような事件は起こらなかったはずです。

 では、アルコールさえ摂らなければ危険性は完全に回避できるのか、と言えばそういうわけでもありません。もうひとつ、最近の事件を紹介しましょう。

 2012年3月31日未明、兵庫県明石市内の総合病院の病室。夜勤の看護師が異様な光景を目撃しました。肺炎で入院していた72歳(当時)の男性が、女性の病室に忍び込み、87歳(当時)の女性に馬乗りになり、自らの下腹部を押し当てていたそうなのです。

 病院側は警察に通報し、この男性は準強姦未遂罪で起訴されました。しかしこの男性、犯行のことはまったく記憶になく、「夢の中で、縛られたおばあさんの縄をほどこうとした。何も覚えていない」と証言したそうです。

 2013年11月21日、神戸地裁はこの被告に無罪を言い渡しました。(検察の求刑は懲役3年でした) 無罪とした理由について、地裁は「睡眠導入剤の副作用で心神喪失状態だった可能性」を認めたのです。つまり、この男性は事件を起こす7時間前に睡眠薬(この事件もマイスリーでした)を内服しており、この薬が心神喪失の原因となった可能性を認めた、というわけです。念のために付記しておくと、この男性はアルコールを摂取していたわけではありませんし、精神疾患を有していたわけでもありません。

 先にも述べたように数多い睡眠薬のなかでも、マイスリーは短時間しか作用せずに作用強度もさほど強くないために相対的にはそれほど危険なものではないのですが、なぜか睡眠薬に関連した事件はマイスリーが原因であることが目立ちます。2006年5月に、故ケネディ大統領の甥であるパトリック・ケネディ下院議員が議会敷地内で自動車事故を起こしたのもマイスリーが原因であると報道されています。

 こういった事件はインパクトが強いために、睡眠薬を処方するときにすべての患者さんに事件の詳細を伝えているわけではありませんが、谷口医院では(というより以前から私は)、高齢者にはよほどのことがない限り睡眠薬の処方はしませんし、若い方に対しても注意点をしつこいくらいに話しています。しかし、それでも”副作用”が出現することがあります。例えば、翌朝台所に大量に食べ散らかした後があった(つまり暴食した記憶が一切ない)という患者さんがいましたし、谷口医院宛てに記憶のないまま赤ちゃん言葉のメールを送ってくる人もいました。ちなみにこの患者さんは社会的ステイタスの大変高い立場にいる人です。

 では、眠れないときはどうすればいいのか。私が不眠を訴えるすべての患者さんに話すのは、まずは「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということです。海外出張が多く時差が睡眠を妨げている場合や、夜勤があって生活が乱れている場合でも、まずは薬なしで眠れる工夫をしてもらいます。そして薬が必要と判断すれば、マイスリーのような睡眠薬ではなく、メラトニン作動薬であるロゼレム(一般名は「ラメルテオン」)を使ってもらいます(注2)。

 それでも眠れないときは、一時的にマイスリーのような睡眠薬を処方することがありますが、危険性は充分に承知してもらった上での処方になります。睡眠薬は怖がりすぎるのもよくありませんが(睡眠薬を飲んだことで不安が昂じて眠れなくなれば本末転倒です)、安易に飲むのはもっと問題です。日本人が気軽に睡眠薬に頼りすぎていることは以前から指摘されており、先に紹介した森哲志氏のレポートによりますと、睡眠薬の世界市場125億円中、日本人は75億円を消費しているそうです。

 もしもあなたが睡眠薬の使用が常習化しているなら、危険性を改めて顧みて、「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ことの重要さをまずは見直してみてください。

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注1:このレポートは『新潮45』2013年12月号に「目黒碑文谷「愛児袋詰め殺人」の真相」というタイトルで掲載されています。

注2:下記コラム「新しい睡眠薬の登場」を参照ください。
(2016年1月付記:2015年12月以降は「ベルソムラ」(一般名:スボレキサント)という従来とは異なる機序で作用する薬が広く使われるようになっています)

参考:
はやりの病気第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」
メディカルエッセイ第130回(2013年11月)「噛み合わない薬の論争」

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2013年12月21日 土曜日

第131回(2013年12月) 不可解な公表された医師の収入

 2014年度の診療報酬改定率について実質マイナスになることが報道されています。「診療報酬」というのは、診察代がいくらで、胸部レントゲン1枚がいくらで……、など診察にかかる費用のことで、これが高くなれば患者さんの負担が増えて、医療機関の収入も高くなります。

 消費税の増額が決まっているわけですから、我々医療機関としては多少なりとも診療報酬を上げてもらわないと経営的に苦しくなるわけですが、そのあたりは考慮してもらえないようで、マスコミも医療機関の立場からはあまり報道していません。

 少し例をあげると、例えばレントゲン1枚撮影するのにもフィルムの他、現像液なども必要ですし、電気代にも消費税が反映されることになるでしょう。医療機関では医師が曝露されたX線の量を定期的に計測する必要があり、この計測費用も値上がりするでしょうし、メンテナンスの費用も消費税増額分が加味されるでしょう。レントゲン1枚あたりの診療報酬が上げられないのなら利益は小さくなります。だからといって(当たり前ですが)撮影する必要のないレントゲンをとることはできません。

 では私自身は、「診療報酬を実質下げる」という政府の方針に反対しているのかというと、そうではなく、医療機関を倒産させない範囲でなら下げてもらってかまわない、というか、被災者の支援やエネルギー問題など他にお金がかかることがいろいろとあるでしょうから、全体のバランスをみて必要なところに使ってほしいと考えています。

 マスコミの報道をみていると日本は好景気に突入したような印象を持ってしまいますが、実態はどうなのでしょうか。たしかに株価が上がり円は下がっています(自国の通貨価値が下がってなぜ喜ばなければならないのか、私にはいまだに理解できないのですが……)。高級品が売れ、九州の豪華列車「ななつ星」は 3泊4日で55万円だった価格を77万円に値上げすることを決めたそうです。

 しかし、私には景気が上向いているという実感がありません。患者さんから話を聞いていると、相変わらず「仕事が見つからない」という人は多いですし、「今日はお金がないから2千円までで治療してください」などという人も依然少なくありません。

 「豪華列車に乗る予定です」とか「高級時計を買いました」といった人は健康であり、そもそも医療機関を受診しないということもあるのでしょうが、私の周りには公私ともども景気のいい人はほとんどいません。

 さて、そろそろ本題に入りましょう。政府が「診療報酬の下げ」について発表をおこなう前に「第19回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告(平成25年11月6日公表)の概要」というものが公表されました。

 実は私は2年前にも同じことを指摘したのですが、政府は「診療報酬を下げますよ」と言う前に、必ず医師の年収を発表します。なぜこのタイミングで公表するのか。「医師はこれだけ儲けているんだから診療報酬を下げるのは当然でしょ」と政府が世間に訴えたいからではないか、と私はみています。

 しかし政府が算出している医師の収入にはトリックがあります。2年前のコラム「「開業医は儲かる」のカラクリで、厚生労働省が公表した「開業医の月収は231万円」がいかに誤解を招くだけの”デマ”なのかということを述べました。ここでは繰り返しませんが、ポイントを述べておくと、開業医の約7割は医療法人としておらず個人事業の形態であり、個人事業の収入から税金と借り入れ金の返済と損金計上できない経費を引くと、手取りは利益(”月収”)の5分の1程度になる、ということです。

 私のこの指摘を意識して……、というわけではもちろんありませんが、今年は政府がもう少し手の込んだ数字を公表しました。医師の年収を一般病院と診療所に分け、さらに一般診療所のなかで医療法人を別にしているのです。詳しくは上記報告書を参照してもらいたいのですが、下記に数字を引用してみます。

◆一般病院
・病院長
  医療法人立:3,098万円
  国立:1,964万円
  公立:2,070万円
・医師
  医療法人立:1,590万円
  国立:1,491万円
  公立:1,517万円

◆一般診療所
・院長
  医療法人:2,787万円
・医師
  医療法人:1,336万円
  個人:1,345万円

 さて、みなさんはこの数字をみてどう思われるでしょうか。まず、病院の病院長であれば2~3千万円の年収というのは妥当でしょうか。意見が分かれるところでしょうが、数百人から数千人の職員のトップであればこれくらいの年収はおかしくはないのでは、と私は感じます。医療機関は営利団体ではありませんし、医師は利益を追求してはいけない職業ですが、数百人から数千人のリーダーと考えれば妥当ではないかと私は思います。

 一方で、一般診療所の医療法人の院長が2,787万円というのはどう考えるべきでしょう。私には一般診療所のこの3つの分類の意味がよく分かりません。医療法人の院長(2,787万円)と医療法人の医師(1,336万円)を区別しているということは、ここでの医療法人の院長というのは、19床以下の入院施設を完備した医療機関の院長という意味なのでしょうか。法律上は「病院」とは20床以上(つまり20人以上が入院できる施設)で、「診療所」とは19床以下の施設です。ならば、多くの職員のリーダーである医療法人の院長であれば、ある程度たくさんもらって妥当かなとも思います。しかし、2,787万円というのは多すぎます。

 他にも分からないことがあります。無床の(つまり入院施設のない)医療法人の診療所の医師がひとりであればその医師も「院長」となります。太融寺町谷口医院も医師は私ひとりですから私も一応は「院長」ということになります。私の年収は、上記の「医療法人の医師」とだいたい同じですから、私のような医師は「医療法人の院長」ではなく「医療法人の医師」に入れられているということなのでしょうか。

 また、「個人の医師」(1,345万円)とはどのような医師なのでしょう。これが2年前のコラムで私が問題にした「医療法人にしていない開業医」のことなのでしょうか。だとすると、2年前は月収231万円(年収2,772万円)で今年が1,345万円なら、2年間で半減したことになりあまりにも不自然です。

 政府の発表を少し穿って解釈すれば、このような分かりにくい分類をわざとすることにより、医療法人の院長の収入が高すぎるというイメージを植え付け、「病院はともかく、診療所の院長はもらいすぎでしょ。だから診療報酬は下げましょうね」と国民に暗示をかけようとしているようにみえます。一般の人は、19人以下の入院施設がある医療機関も診療所とは呼ばずに病院とみなすのが普通でしょう。政府はその盲点をついてこのような発表をしたように思えてなりません。

 さて、では医師の収入と診療報酬はどうあるべきなのでしょうか。そもそも医師は営利を追求してはいけない職業だからすべての医師の収入を同じにする、というのもひとつの考えですがこれはあまりにも非現実的でしょう。ならばどうすべきか。これは私個人の考えであり、以前にも述べたことですが、「保険診療を担っているすべての医師の収入の上限と下限を決める」、という方法がいいと思います。

 診療報酬を下げることに私は賛成だと述べましたが、下がりすぎて従業員の給与が払えなくなればそうも言っていられません。ですから、医師の年収の上限を1,200万円くらいにする代わりに下限を500万円くらいにし、さらに、従業員のある程度の収入を保証してもらえれば、安心して日々診療に没頭することができます。

 最近は「プア充」なる言葉が流行していて、年収200万円くらいで満足しているプア充推進派の人たちからは、「下限が500万円なんてバカじゃないの。そんなに必要ないでしょ」と言われるかもしれませんが、学会参加や教科書の購入などの勉強代で何かとお金がいるのが医師なのです。

 保険診療に携わる医療者の年収の上限と下限を決めるというこの方法、医療費を安定させるのに最適だと私は思うのですがみなさんはどう思われますか。しかし、こういったことを議論する前に、政府には分かりやすいきちんとした情報を提供してもらいたいと思います。

参考:
メディカルエッセイ第117回(2012年10月)「医師の勤務時間・年収の実態」
メディカルエッセイ第106回(2011年11月)「「開業医は儲かる」のカラクリ」

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2013年12月10日 火曜日

2013年12月号 分子生物学の魅力

 前回・前々回のコラムでは、理系に興味がないのであれば理系の大学に進学すべきではない、ということを私の実体験に基づいてお話しました。私の場合、遅ればせながら理系の学問の魅力に気付き、あらためて受験勉強を開始することになったわけですが、この決意はそれほど単純だったわけではありません。

 もともと私は社会学をもっと本格的に学びたいと考え、仕事の合間を見つけて社会学関連の書籍を積極的に読んでいました。ただ、「社会学」というのは、どこからどこまでが社会学、というのが他の社会科学系の学問に比べると非常に曖昧で、そこが社会学の魅力でもあるわけですが、私が興味を持って読んでいた本も他人からみれば何の整合性もなく気の向くままに乱読していたと思われることだと思います。

 例えば、ピーター・ドラッカーのようなマーケティングや経営論、レヴィストロースのような人類学、ドゥルーズ/ガタリやフーコーのような哲学、などは比較的時間をとって読んでいましたし、学問とは呼べないような経済の入門書や文学などの読みやすいものも読んでいました。

 哲学もしくは哲学的な書物を読めば、心理学や精神分析学について知りたくなりますし、文化人類学を学べば遺伝学に自然に興味が出てきます。私の興味の対象が精神医学、脳生理学、遺伝学などに広がったのは、今から考えるとあながち偶然とは言えず必然であったのかもしれません。

 さらに、この頃の私は英語ができなければ仕事がまったく進まないというような部署(海外事業部)に配属されたため、(英語がまるでできなかった私は最初はこの人事を恨みましたが)そのおかげで英語への抵抗が小さくなり、教科書や論文は英語で読むようになっていきました。おそらく私の人生で最も知識が吸収できたのはこの頃、つまり大学を卒業して社会人になったばかりの20代前半の頃です。

 リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』は、おそらく今も読まれている歴史的な名著だと思いますが、私がこの本を手にしたのは1993年頃だったと思います。今思えば、この本を読み出したあたりから、私が手にする本は理系のものに大きく傾いていったような気がします。基礎的な生命科学系の書物を次々と読んでいき、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックの二重らせん構造の発見というものを知ったときには、生命とはなんて神秘的なものなのだろう・・・、と感じました。

 私が関西学院大学時代に学問に興味をもつきっかけとなった「集団力学」という学問は、人が集団をつくる理由や集団としてとる行動などについて学びます。その後私の興味はリーダーシップにうつり、さらに人間の行動、感情、思考などについて知りたい、という欲求が強くなっていきました。そして、これらの分析には社会学的なアプローチが最適であると当初は考えていました。
 
 しかし、人間の遺伝情報はDNAと呼ばれるたった4つの塩基でできたものであることを知り、しかもそれらは視覚的にも大変魅力的(というより私にとっては”魅惑的”)な二重らせん構造をしているというではないですか。

 私は人間の行動、感情、思考といったものが、従来の社会学ではなく、生命科学の領域の学問で解明できるのではないか、とりわけ分子生物学の発展によって一見不可解な人間の行動や感情まで説明できる日が来るのではないか、とまで考えるようになりました。例えば、人はなぜ悲しくなるのか、幸せというものの正体は何なのか、人はなぜ感動するのか、音楽を聴いて気持ちよくなるのはなぜなのか、人にとって恋愛とは何なのか、人はなぜ自殺をするのか、・・・、こういった問題のすべてがいずれ明らかになるのではないか、とまで思えたのです。

 私の理系に対する興味は加速度的に増えていきました。当時発売されていた文化系出身の者でも読めそうな生命科学に関する本は手当たり次第に読んでいきました。講談社のブルーバックスなどは20冊以上読んだような記憶があります。

 そのようななつかしい書籍の中から、最近私は1冊の本を再び手に取りました。ノーベル賞受賞の利根川進氏と立花隆氏の共著『精神と物質』です。私がこの本を初めて読んだのは、ちょうど医学部受験を決意して間もない頃、おそらく1994年だったと思います。この本は、これから医学部を受験しようと考えている者にとっては最適というか、生物学の教科書としても使えるといっても過言ではないような良書で、私のために出版してくれたのではないか、と感じたほどです。

 最近になり、なぜこの本がもう一度読みたくなったかというと、前回・前々回と以前の自分を振り返ったコラムを書いてなつかしくなった、ということもありますが、一番の理由は日経新聞のコラム『私の履歴書』の2013年11月が利根川進氏だったからです(注1)。

 このサイトで過去に述べたことがありますが、私は『私の履歴書』の大ファンで、途中新聞代が捻出できず何度か中断したことはありますが、20年以上ずっと継続して読んでいます。(私はこのサイトで日経新聞の悪口を何度か書いた記憶がありますし、これからも書くことがあると思いますが、日経新聞には『私の履歴書』以外にも私の好きな連載がたくさんあり、特集記事なども楽しみにしています。もしも関係者の方がこのサイトを目にする機会があったとしてもどうか私への配信を止めないでください・・・)

 2013年11月1日から30日までの30日間、毎日利根川進氏の連載を読むのが楽しみでした。利根川氏はもちろん科学者として偉大な方ですが、ひとりの人間として大変魅力的な方です。卒論を書かずに卒業されたエピソードは興味深いですし、自分の決めた研究に一心不乱に取り組まれる様子は感動的ですし、才能豊かなお子さんが夭折されたときの話には胸をうたれます。

 私が利根川進氏の名前を初めて聞いたのは氏がノーベル賞を受賞された1987年です。このとき私は関西学院大学の理学部に在籍していました。受賞が決まって1週間くらいの間は、教壇に立つほとんどすべての先生が利根川氏の話をされていたように記憶しています。

 ところが私の方は、利根川進という日本人の学者がノーベル賞を受賞した、という以上のことがさっぱり分かりませんでした。つまり「抗体の多様性」などと言われても当時の私にはほとんど意味不明で、その前提となる「免疫グロブリン」という言葉も、わかるようなわからないような・・・で、私には利根川進氏の偉大な功績がまったくといっていいほど理解できなかったのです。その後、理学部のテストで、サービス問題として「利根川進氏の功績について述べなさい」という問題が出たのですが、私には1行も書けませんでした。

 その後私が利根川進という名前を見かけたのはおよそ7年後、大型書店の一角でした。それが前述した立花隆氏との共著『精神と物質』だったのです。
 
 このコラムで利根川氏が解明された抗体の多様性について解説するようなことはしませんが、ある程度の生物学の基本的な知識をまず身につけて少しずつ理解するようにつとめれば、おそらくほとんどの人が、いかにこの研究が偉大であるか、そして分子生物学とはこれほどまで魅力的なものなのか、ということに気付かれると思います。

 私が医学部受験を決意するにいたったのは、いくつもの素晴らしい書籍に出会ったからなのですが、この『精神と物質』は間違いなくそのひとつに入ります。医学部受験に関心のある人のみならず、生命科学に興味のあるすべての人に推薦したい良書です。

 前回のコラムで述べたように、結局私は医学部在籍中に研究者への道を断念しますが、分子生物学という学問が私にとって色あせたわけでは決してありません。私自身が新しい発見をすることはあり得ませんが、世界中の偉大な学者たちが発表する新たな知見を読むことは私にとっての喜びです。私が大阪市立大学医学部在籍時代に直接講義をしてもらった山中先生は、iPS細胞の発見により利根川進氏の受賞の25年後にノーベル賞を受賞されました。

 分子生物学、そして生命科学の魅力を改めて考えてみると、これから理系の学問を本格的に学び始める若い人たちがうらやましくなってきます・・・。

注1 『私の履歴書』に利根川進氏が1ヶ月分にわたり書かれたものが日経ストアで購入できます。興味のある方は是非購入して読んでみてください。

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2013年12月6日 金曜日

2013年12月6日 平均寿命2位、自殺ワースト4位、健康自覚度ワースト1位

 OECD(経済協力開発機構)は国際経済について統計を出したり協議をしたりする国際組織ですが、医療に関するデータ分析もおこなっています。2013年11月21日、2013年版の医療に関する統計を発表しましたので、かいつまんで紹介したいと思います(注1)。

 世界的に平均寿命が延長しており、OECD加盟国全体での平均寿命が80歳を超えています。(正確にいうと、女性では82.8歳、男性は77.3歳です。また、念のために付記しておくと、OECDに加盟しているのは先進国と一部の中進国だけですから、世界全体での平均寿命がこんなに高いわけではありません)

 日本の平均寿命は82.7歳でスイス(82.8歳)についで世界第2位です。死因をみてみても三大疾病の2つである虚血性心疾患(心筋梗塞など)と脳血管疾患(脳梗塞や脳出血)での死亡率は世界平均を下回っています。悪性腫瘍については他国と同様です。

 交通事故死や新生児死亡も日本は他国よりも少ないのですが、日本の死因で問題なのは自殺でワースト4位(人口10万人対20.9)になります。ちなみに、自殺ワースト1位は韓国で(33.3)、2位がハンガリー(22.8)、3位がロシア(22.5)です。

 OECDの調査で興味深いのは「健康自覚度(perceived health status)」の調査があることです。健康自覚度がもっとも低いワースト1位の国はなんと我が国で、健康の自覚がある人はわずか30%しかいません。

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 この統計「Health at a Glance 2013」はたいへん読みやすくて興味深く時間があれば隅から隅まで読みたくなってきます。関心のある方は是非参照してみてください。

 上ではポイントをごく簡単に述べましたが、もう少し補足しておくと、自殺については日本が4位であるということよりも、韓国が2位のハンガリーと大きく差をつけて飛び抜けて高いことが興味深いと言えます。「Health at a Glance 2013」の35ページのグラフをみれば韓国の自殺の異常な様子が一目でわかります。

 健康自覚度は日本がワースト1位で、韓国がワースト2位です。ちなみに1位はアメリカで、これが私には意外でした。アメリカ人が不健康と断定したいわけではありませんが、アメリカ人には肥満が多く、実際に虚血性心疾患での死亡率はOECD平均よりも高くなっているのです。アメリカ人はのんきというか楽天的なのでしょうか。

 虚血性心疾患のデータも興味深く、死亡率が最も少ないのは日本です。2位は韓国で、ここでも日本・韓国の相同性がみてとれます。しかし、興味深いのは1990年からの比較で、日本では32%減少しているのに対し、韓国では逆に60%も増加しているのです。ちなみに虚血性心疾患での死亡第1位はスロバキアで日本の約10倍です。

(谷口恭)

注1:この統計のタイトルは「Health at a Glance 2013」(あえて訳すとすると「一目でわかる医療」とでもなるでしょうか・・)で下記のURLですべてのページを読むことができます。
http://www.oecd.org/els/health-systems/Health-at-a-Glance-2013.pdf

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2013年12月2日 月曜日

2013年12月2日 MERSの最新情報

 日本のマスコミはまだあまり報道していませんが、現在世界中の医療者が最も注目している感染症のひとつがMERS(中東呼吸器症候群)です。このサイトでは過去に何度か紹介していますが、WHOが発表した最新情報をお伝えしておきたいと思います。

 WHO(世界保健機関)の発表(注1)によりますと、2013年11月29日の時点で、MERSの確定診断がついた症例が世界中で160人、そのうち68人が死亡しています。

 10月末にはクェートで、11月にはオマーンでも新たに感染者が発覚し、中東諸国で徐々に広がりをみせています。感染者が最も多いのはサウジアラビアでこれまでに合計130人が報告されており、うち56人が死亡しています。2位がカタールの9人、3位がアラブ首長国連邦(UAE)の7人です。

 感染した月をみてみると、5月が33人で最多、6月27人、9月22人と続きます。10月は19人、11月は29日の時点で11人と減少傾向にあります。

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 実は医療者の間では10月に患者数が激増するのではないかとの懸念がありました。これは、10月にハッジと呼ばれるイスラム教の巡礼がサウジアラビアでおこなわれたからです。

 MERSはヒトからヒトへの感染の可能性は低いとされていますが、それでも家族内での感染例がありますし、2名の看護師への院内感染も報告されています。ハッジでは、大勢の人が隙間もないほどに集まるそうなので、集団感染が起こるのではないかと危惧されていたのです。

 ハッジが終了しても大規模感染の報告がありませんから少しは安心できそうですが、以前中東方面に渡航される方は注意が必要でしょう。

(谷口恭)

注1:WHOのウェブサイトに掲載されています。タイトルは「Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) – update」です。興味のある方は下記URLを参照ください。
http://www.who.int/csr/don/2013_11_29/en/index.html

参考:医療ニュース
2013年6月28日(金)「新型コロナ(MERS)の最新情報」
2013年5月27日(月)「新型コロナ、人から人への感染がほぼ確実・・・」

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