2013年6月15日 土曜日

第56回 ついに登場! 飲む禁煙薬 2008/4/22

すてらめいとクリニックでは保険診療で禁煙外来をおこなっていますが、現在の薬の主流はニコチンの貼付薬です。ニコチンが含まれたこの貼付薬は、一定量のニコチンが体内に吸収されることによって、タバコを吸いたくなくなります。(無理に吸おうとすると吐き気などの不快な症状が現れます)

 そして、徐々に貼付薬のニコチン量を減らしていって、最終的には貼付薬なしでもタバコを欲しなくなる、というのが禁煙への道のりです。

 このニコチンが含有された貼付薬が禁煙成功率が高いのは「一定量のニコチンが体内に吸収される」からです。これがニコチンガムとの違いで、ニコチンガムは噛んでいる間だけニコチンが体内に吸収されます。実際、ニコチンガムでは失敗したけれどニコチンパッチ(貼付薬)で成功した、という人は珍しくありません。

 禁煙薬にはニコチン貼付薬以外にも飲み薬があります。海外では以前から使用されていましたが、来月から日本でもようやく処方できることになります。

 この「飲む禁煙薬」は「チャンピックス」という名前で、最大の特徴はニコチンを含んでいないということです。ニコチンガムやニコチンパッチが、少量のニコチンを体内に吸収させることでタバコが欲しくなくなるのに対し、チャンピックスは、ニコチンに類似した物質を吸収させることでタバコが欲しくなくなります。

 この理屈は少しむつかしいかもしれませんので分かりやすく説明します。

 まず、なぜ人がタバコを吸って(ニコチンを吸収して)快楽を感じることができるかというと、それは脳内の神経細胞にニコチンを結合させる「受容体」があるからです。これは、よく「鍵」と「鍵穴」の関係で説明されます。つまり、この場合、ニコチンが「鍵」で、ニコチンの受容体が「鍵穴」になります。ニコチンという「鍵」がニコチン受容体の「鍵穴」に結合することによって、神経細胞がドパミン(ドーパミン)という神経伝達物質を放出します。このドパミンの放出によって人は快楽を感じるのです。

 物質と受容体の関係(「鍵」と「鍵穴」の関係)はニコチンだけでなく、覚醒剤でも麻薬でも同様のメカニズムがあります。なぜ、人が麻薬(ヘロインやモルヒネ)を吸収して恍惚感が得られるかというと、それは、麻薬という「鍵」と結合できる「鍵穴」(麻薬の受容体)が脳内の神経細胞に存在するからなのです。

 話を戻しましょう。チャンピックスでなぜ禁煙できるかというと、それはチャンピックスがニコチンに似ているからです。ニコチンにかたちが似ているチャンピックスは、ニコチン受容体に結合することができるのです。

 ニコチンがニコチン受容体と結合すると、神経細胞はドパミンを放出します。そしてドパミンは別の神経細胞の受容体に結合することによって人は快楽を感じます。チャンピックスの場合、ニコチンのときほどたくさん放出されず、少量のドパミンのみが放出されます。これで、禁煙に伴う離脱症状やタバコに対する切望感が軽減されるというのがチャンピックスで禁煙ができるメカニズムです。

 「メサドン療法」という言葉をご存知でしょうか。これは、なぜか日本ではおこなわれていませんが、海外では麻薬を断ち切るときにおこなわれる治療法です。つまり、麻薬にかたちがよく似たメサドンという物質を内服し、麻薬の受容体にメサドンが結合し、麻薬に伴う離脱症状や麻薬に対する切望感が軽減されるというわけです。

 チャンピックスを用いた禁煙治療は、麻薬を断ち切る治療におけるメサドン療法と似たようなメカニズムというわけです。

 さて、チャンピックスを用いた禁煙は具体的にはどうするかというと、まず、禁煙の開始日を決めて、その1週間前から服薬を開始します。1日目から3日目までは少量(1日0.5mg)のチャンピックスを内服し、4日目から7日目は1日1mgを内服します。

 8日目に禁煙を開始します。そしてこの日からチャンピックスを1日2mgに増量します。12週までこの量を毎日服用します。12週が経過した時点で禁煙が続いていれば、さらに最長24週までチャンピックスを継続することが可能です。

 成功率が気になるところですが、チャンピックスの製造元のファィザー製薬のデータでは、12週の時点での禁煙成功率が65.4%となっています。一方、ニコチンパッチの成功率はどうかというと、ニコチンパッチ(商品名はニコチネルTTS)の製造元であるノバルティスファーマのデータでは52.3%となっています。(単純に数字を比較すると、65.4>52.3となりますが、統計の取り方が同じでなく完全な比較試験がおこなわれているわけではありませんから、一概にどちらが成功しやすいとは言えません)

 価格については、すてらめいとクリニックの「禁煙外来」にもあるように、ニコチンパッチでおこなった場合は、5回の受診で約12,000円(3割負担の場合)が必要となります。チャンピックスを使用した場合は、総額で18,000円から20,000円くらいになるものと思われます。

 ところで、すてらめいとクリニックの禁煙に成功した患者さんにはある”共通点”があります。それは、「強い動機を持っていること」です。私は、禁煙を始めたいという人には必ず動機を確認するようにしています。この動機が”はっきりとしたもの”で、”シンプルなもの”であればあるほど禁煙成功率が高いように思われます。

 最も顕著なものは「(タバコのせいで)自分が病気をした」というものです。心筋梗塞で救急搬送されたり、成人してから喘息発作があらわれたりといった経験のある人は強固な動機を持っています。

 自分が病気をしなくても、「身近な人が(タバコで)病気をした」というのも強い動機になります。また「子供から(孫から)タバコ臭いと言われた」というのもよくあります。「歌を歌う職業だから」、「社内の規定でタバコを吸ってはいけないことになっている」、「医療職だから」、「喫煙者は就職に不利だから」というのもあります。

 これに対し、確固とした動機はなくて「最近はラクにやめれる薬ができたって聞いたんで・・・」と言って受診される人の成功率はそれほど高くありません。

 つまるところ、ニコチンパッチにしても内服薬(チャンピックス)にしても、これらはあくまでも「禁煙補助薬」であって、禁煙するあなたを手伝ってくれるにすぎません。実際、ニコチンパッチを貼っている間は禁煙できたけれども、パッチを終了してしばらくするとまた吸ってしまった、という人は決して少なくありません。

 最も大切なことは「強い動機」だということをお忘れなく・・・

参考:
はやりの病気第32回 そろそろ本格的な禁煙を!① 2006/05/15
はやりの病気第33回 そろそろ本格的な禁煙を!② 2006/06/01
はやりの病気第34回 そろそろ本格的な禁煙を!③(最終回) 2006/06/19

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2013年6月15日 土曜日

第55回(2008年3月) SSRIは本当に効果がないのか

 SSRIと呼ばれる抗うつ薬があります。selective serotonin reuptake inhibitor(選択的セロトニン再取り込み抑制剤)の略で、世界でもっとも売れている抗うつ薬です。

 SSRIは従来の抗うつ薬に比べ大幅に副作用が少なく効果も期待できるとされ、90年代半ばには「最も売れている薬(the world’s fastest-selling drug)」の地位を確立しました(現在はバイアグラにその座を明け渡しています)。

 SSRIは複数の製薬会社が発売しており、世界で最も有名なSSRIはおそらくプロザック(Prozac)だと思われます。日本ではなぜかプロザックは発売されていませんが、他のSSRI(商品名で言えば、パキシル、ルボックス、デプロメールなど)は日本の医療機関でも処方されています。また、プロザックを個人輸入して服用している日本人も大勢いると言われています。

 SSRI、特にプロザックは、別名「happy drug」、「happiness pills」などと言われ、通勤前に気軽に服用するユーザーも多く、実際アメリカでは2回目以降は薬局で医師の処方箋なしに購入できます。

 このようにSSRIは最も身近な抗うつ薬として世界中で愛用されています。

 ところが、です。「SSRIは効果がない」とする発表が先月末にイギリスでおこなわれ、世界中で物議をかもしています(なぜか日本のマスコミはほとんど報じていませんが・・・)。

 2月26日のThe Independent(UKのタブロイド紙)によりますと、イギリスの研究者がSSRIに関するメタ分析をおこなったところ、SSRIは非常に重症なうつの症例を除いては効果がほとんどないとの結果がでました。今回の研究では、従来、非公開となっていた治験結果をも含めて検討されています(メタ分析とは、先行する多くの研究を評価・検討する研究方法です)。

 この発表を受けて製薬会社は反論をしています。プロザックと並んでよく処方されているSSRIにSeroxat(日本発売名は「パキシル」)というものがあり、これはグラクソスミスクライン社が製造販売しています。

 「SSRIは効果がない」とする今回の研究発表に対して、グラクススミスクライン社は、「今回の研究ではSSRIがもたらす利益が充分に評価されていない。実際の臨床の現場で認められているSSRIの有用性が研究に反映されていないのは奇妙である。今回のたったひとつの研究で患者に不必要な警戒心をもたせることがあってはならない」、とコメントしています。

 さて、ここからが私には大変驚きでした。

 今回の発表を受けて、イギリス政府は、「今後3年間で3,600人のセラピストを養成し、薬剤に頼らないうつ病の治療法を推進する」という方針を公表したのです。

 イギリス政府が直ちにこのような発表をおこなった背景には様々な要因があるでしょうが(例えば3,600人の新たな雇用が生まれる可能性があります)、イギリス政府が「SSRIには効果がない」とする発表を信憑性のあるものと受け止めて、改善策を提示しているのは事実です。

 谷口医院ではどうかというと、パキシル(Seroxat)を含めていくつかのSSRIを大勢の患者さんにすでに処方しています。SSRIとよく似た作用を示すとされているものでSNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitorsの略、日本語ではセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、商品名はトレドミン)というものがあり、これも多くの患者さんに処方しています。

 処方した結果はどうかというと、劇的に効いたケースもあります。例えば30代のある男性は、仕事をなくし自宅に引きこもっていましたが、SSRIの処方で(それも少量の処方で)、自信を取り戻し、仕事をみつけ恋人までできるに至りました。
 
 しかし一方では、あまり効果のでなかったケースもあります。一部のSSRIは、うつ症状だけでなく、過食症や強迫性神経障害にも効果があるとの報告もありますが、こういった症状に対していつも効果が現れるとは限りません。

 それに、SSRIは従来の抗うつ薬に比べると副作用が少ないとされていますが、実際は吐き気や眠気の副作用を訴える患者さんもいます。さらに、SSRIには自殺を助長することがあるとの研究発表もあり、自殺企図のあるケースや未成年に対しては処方に慎重にならざるを得ません(当院ではこういうケースに対してはうつの専門医を紹介するようにしています)。

 今回のイギリスの発表を受けたからというわけではありませんが、当院では、SSRI以外の治療をすすめるケースもよくあります。SSRI以外にも副作用が少ない薬剤もありますし、患者さんのなかには自主的にサプリメントのセントジョンズワート(オトギリ草)を入手して服用している人もいます(参考までに、ドイツではセントジョーンズワートは抗うつ薬として承認されています)。

 薬物以外にも、例えば「運動」がうつの改善につながる場合もあります。また、近年有効性が認められている治療法に「認知療法」と呼ばれるものがあります。認知療法とは、患者さん自身が様々な事象に対する認知を修正することによって、苦しみの少ない方向に情動が変化し、より建設的な方向に行動出来るようになることです。

 実際の診療の現場では、時間をとって「認知を修正する手助け」をするのは難しいことも多いのですが、クリニック内のカウンセラーが話を聞いて、建設的な行動ができるようになる場合もあります。

 上に紹介したThe Independentの記事のなかには、うつに対する様々な治療法が紹介されており、「友達と話す」というのがあります。これは、軽症のうつの場合、友達など親密な人と話をすることにより、うつが軽減されるというものです。

 これは、実際の臨床の現場でもよく体験することです。「話を聞いてもらえる友達ができて気分がラクになりました」という話は患者さんからよく聞きますし、薬剤を投与してもなかなか効果のでなかった患者さんから「恋人ができて薬は一切不要になりました!」と聞いたこともあります。「うつの改善のために友達や恋人を見つけましょう!」と直接的に患者さんに言うことはあまりありませんが、友達や恋人の存在がうつを改善するというのはよくあることです。

 実際にうつで苦しんでいる患者さんをみていると、薬が効くケース、カウンセリングで効果がでるケース、新たな友達の存在でよくなったケース、運動療法を加えることでよくなったケース・・・、と様々です。

 こうして考えてみれば、happy drugなどと呼ばれ世界中に広く浸透したSSRIはこれまで強い効果を期待されすぎていたのかもしれません。

 私自身は「SSRIは効果がない」とは考えていませんが、数多いうつの治療の選択枝のひとつであるということを再確認したいと思います。

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2013年6月15日 土曜日

第54回 尖圭コンジローマ -新薬登場で短期治癒が可能に- 2008/2/14

尖圭コンジローマという感染症をご存知でしょうか。

 いわゆる性感染症のひとつで、ときに治療に時間のかかるものです。この感染症は性交渉を通してヒトパピローマウイルス(以下HPV)というウイルスが感染することによって、性器にイボができます。通常このイボには痛みも痒みもありません。

 (”コンジローム”と書かれているものもあるようですが、英語ではcondylomaですし、コンジローマが正しいです。名前が似ている病気に「扁平コンジローマ」がありますが、これは梅毒に感染することによっておこる性器のイボで、尖圭コンジローマとは別の病気です)

 男性ならペニスや尿道に、女性なら外陰部や腟の中にイボができます。また、肛門周囲にできることもあります。尖圭コンジローマが不思議なのは、肛門周囲にできるのは肛門性交をする人に限らないということです。肛門周囲の尖圭コンジローマは男性同性愛者に多いのですが、異性愛者、それも肛門性交の経験のない男女にもみられます。

 尖圭コンジローマがやっかいなのは、治るまでに時間がかかることがあるからです。治療法はいくつもありますが、これは裏返せば、決定的な治療法がないという言い方もできるわけで、症例によっては治療期間が数ヶ月から1年以上になることもあります。それに、いったん治っても再発することが多く、治癒後もしばらくは注意深く観察しなければなりません。

 尖圭コンジローマに対する画期的な塗り薬が最近になって保険適用が認められるようになり、この感染症の治療法が変わりつつあります。この塗り薬は名前をイミキモド(Imiquimod、商品名はベセルナクリーム)といい、海外では数年前から使用されていた塗り薬です。日本でも最近になってようやく認可がおりて保険診療ができるようになったというわけです。

 すてらめいとクリニックでも最近この薬の処方を開始しました。これまで10人以上の患者さんに処方し、そのほとんどの人が「よく効く」と答えています。

 尖圭コンジローマに対する従来の治療方法としては、まず液体窒素があげられます。これは、マイナス196℃の液体窒素(窒素が液体から気体になるのがー196℃です)を、患部に塗布してウイルスの含まれている細胞を死滅させるという治療法です。

 液体窒素の利点としては、まず保険適用があるために比較的安価で治療ができること、痛みはあるがそれほど強くなく施術時に麻酔が必要ないこと、(レーザー治療や電気焼灼治療に比べて)傷跡が残らないこと、などが挙げられます。

 欠点は、完全に治癒するまでに何度か通院しなければならないことと、腟壁には使用できないことです。(手前側ならなんとか可能ですが、腟の奥の場合は窒素の白い気体が視界を邪魔して施術できないのです) それに、何度おこなっても効果がほとんどでないこともあります。

 他の治療法についても簡単に述べておきます。

 レーザー治療は保険適用がなく値段が高くつきますが、一度で治すことも可能です。ただし、再発しにくいというわけではありません。また、それなりの傷跡が残るのも欠点です。痛みは大きいですから麻酔をしなければなりません。

 電気焼灼治療は保険診療でおこなうことができ、一度で治すことも可能ですが、やはり麻酔が必要なこと、傷跡が残ることが欠点といえるかもしれません。またこの場合も再発しにくいというわけではありません。しかし、男性の尿道の奥や、女性の腟壁の奥の場合はこの治療法が唯一の選択肢となります。

 ヨクイニンという漢方薬があります。これは元々尋常性疣贅(「じんじょうせいゆうぜい」、いわゆる普通の”イボ”)によく効く薬ですが、尖圭コンジローマに対しても、ときによく効く場合があります。これは、尋常性疣贅の原因ウイルスもHPVだからだと考えられています。(HPVのなかには100種類以上のサブタイプがあって、尖圭コンジローマと尋常性疣贅ではそのサブタイプが異なります。これ以上の説明は専門的になるのでここではやめておきます)

 ヨクイニンはきちんとした薬ですが、実はハトムギエキスからできています。昔から、「イボにはハトムギを飲むといい」と言われていますが、これは現代医学にも応用されている民間療法なのです。

 この他には、抗がん剤の塗り薬を塗るという方法があります。もともとこういった外用の抗がん剤は一部の皮膚悪性腫瘍に使われてきました。尖圭コンジローマは悪性腫瘍ではなく良性腫瘍ですが、ときによく効くことがあります。

 しかし、抗がん剤には欠点もあります。保険適用がないこともそうですが、最大の欠点は副作用が出やすいということです。皮膚の細胞を破壊する力が大きいために、ときに正常な細胞もダメージを受けることになり、結果として、皮膚がただれたり痛みが出ることもあります。

 さて、新しく登場したイミキモドにうつりましょう。

 イミキモドはこれまでは保険適用がなかったために大変高価な塗り薬でしたが、保険診療が可能となったことで安く使用できるようになりました。(ただしそれでも高価で、保険を使っても3割負担で2週間分2千円以上もします)

 実際に使用してもらった患者さんをみていると、液体窒素の効果がいまひとつだったケースでも劇的に効いている場合が少なくありません。患者さんの満足度も大変高く強い効果を実感されます。液体窒素と併用すると効果はさらに大きくなります。

 ただ、欠点もあります。

 まず、抗がん剤と同じように、尿道や腟壁には使用できません。(粘膜に対しては効能がきつすぎて正常な細胞も破壊することがあるからです) それに、ペニスや肛門周囲、外陰部といったところにも塗りすぎるとやはり正常な細胞を破壊してしまうことがあります。そのため、寝る前に塗って朝起きてから洗い流すという作業をしなければなりません。これを怠ると、皮膚がただれてきたり痛みがでる可能性があります。

 性感染症というのは、堂々と人に言えるものでない場合が多く、できるだけ早く治してしまいたいものです。

 イミキモドの登場で大勢の患者さんが早くも恩恵を受けています。もしも、お悩みの方がおられれば医療機関を受診してみてください。

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2013年6月15日 土曜日

第53回 花粉症の治療はお早めに 2008/1/22  

 確実に年々増えている病気のひとつが花粉症です。

 小児の花粉症、特に幼稚園以下の花粉症が増えているというのはアレルギー疾患をみているほとんどの医師が感じていることですし、高齢者の花粉症も確実に増えてきています。

 また、症状も多様化しており、典型的なものは、「くしゃみ、鼻水、鼻づまり」ですが、鼻の症状に加えて目の痒みを訴える人が増えてきているように感じますし(目の症状だけを訴える人もいます)、皮膚症状(皮膚の痒みや赤み)が出てくる人もいますし、花粉症のシーズンになると咳が止まらないという人もいます。小児では花粉症と喘息が合併することも珍しくありません。

 花粉症のシーズンになると、「仕事や勉強の能率が落ちる」という人が大勢おられ、ひどい場合は「外出するのが苦痛」、「日本を脱出したい」という人もいます。

 「日本を脱出したい」と言っても、そうそう簡単には脱出するわけにはいきませんし、この”美しい”日本に住んでいる限り、スギやヒノキの花粉から逃れることはできません。

 結局のところ適切な治療をおこなっていくしか方法がないわけですが、きちんと治療をするかどうかでクオリティ・オブ・ライフが随分と変わってきます。花粉症なんかのせいで「仕事や勉強の能率が落ちる」ようなことはなんとしても避けるようにすべきです。

 治療法の話に入る前にまずは”予防法”をみていきましょう。

 ある医学の教科書には、花粉症の予防として次のように書かれています。

 「花粉情報を参考にしながら、花粉の飛散が多いときは外出を控え、窓や戸を閉めておく。外出時にはマスク、メガネ、帽子を使用する。帰宅したら、洗顔(眼)、うがい、鼻かみを行い、できればシャワーを浴び、衣類を着替える」

 このようなことが実際にできるでしょうか。メガネ、帽子、帰宅後のうがい・鼻かみ、くらいはできるでしょうが、「外出を控える」「シャワーを浴びる」などは必ずしも現実的ではないと思われます。

 ということは、”予防法”には限界があると考えるべきで、適切な治療をおこなわなければなりません。

 花粉症の治療には、大きく分けて、「薬物療法」「免疫療法」「手術療法」があります。最も普及しているのは「薬物療法」ですが、先に「免疫療法」と「手術療法」をみていきましょう。

 「免疫療法」は、別名「減感作療法」ともいい、日本ではスギ花粉症に対して治療がおこなわれています。スギ花粉のエキスを少しずつ注射していってスギに対する感受性を弱めるという方法です。

 この方法は科学的に効果がある(evidenceがある)とされていますが、かなり長期の治療機間を要することと、ときに重症化する可能性のある副作用があることが問題として指摘されています。それに、現在の日本ではスギに対する治療しかなくて、ヒノキやブタクサといった他のアレルゲン(アレルギーを引き起こす物質)にはまったく効果がないことも患者さんによっては難点となります。

 「手術療法」は、鼻粘膜の縮小と変調を目的としたレーザー手術や、鼻づまりの症状の改善を目的とした下鼻甲介粘膜切除術があります。レーザーは、炭酸ガスレーザーが主流ですが、施設によっては他のレーザーも試みられているようです。

 患者さんからみたときの満足度は施設や術者によって様々ですが、いくつかの研究報告をみてみると、「薬物療法」をおこなったグループに比べると満足度が劣るものもあり、何度も治療をおこなうことが必要になりますから、薬物療法に比べるとまだまだ普及していないのが実情です。

 結局のところ、大多数の患者さんが「薬物療法」を選択することになります。そして、最新のガイドライン(2005年改訂)に基づいた治療をおこなえば、かなり満足のいく結果となります。

 すてらめいとクリニックにも昨シーズン多くの花粉症の患者さんが来られましたが(スギとヒノキの春がピークでしたが、カモガヤやブタクサのシーズンにも増えました)、ほとんどの患者さんは薬物療法のみで治療をおこなっています。

 使用する薬は、基本的には第2世代の抗ヒスタミン薬と、ステロイドの点鼻薬です。第2世代の抗ヒスタミン薬のなかでもいくつかは眠くなることがほとんどなく、ほとんど副作用がないと考えていいと思います。(これに対し、市販の風邪薬などに含まれているのは第1世代の抗ヒスタミン薬で、これはかなりの割合の人が眠気を訴えます)

 ステロイドの点鼻薬も非常にすぐれた薬で副作用はほとんどないと言えます。内服のステロイドは様々な(そしてときに重篤な)副作用の出現に注意する必要がありますし、湿疹などに使用する塗り薬のステロイドは使用方法を誤ると大変な副作用がでますから、それらと比べると実に使いやすいステロイドということになります。(ちなみに、喘息の治療で使う吸入ステロイドも内服や外用に比べると副作用を気にせずに使えます)

 ステロイドの点鼻薬に欠点があるとすれば、効果がすぐに現れないということです。最低でも1~2日、長ければ1週間くらいして初めて効果が出ますから、使用開始時にはこのことを理解しておく必要があります。

 鼻づまりに対しては速効性のある点鼻薬があって患者さんには重宝されます。ただし、こういった薬は使いすぎると副作用が出ますから、使用には注意が必要です。

 これら以外の薬として、ロイコトリエン拮抗薬と呼ばれる飲み薬や、喘息のときに使用する薬などを追加することもあります。

 さらに眼の症状には点眼薬を、皮膚症状には外用薬を用います。

 症例によっては漢方薬を用いることもあります。なかには、漢方薬のみで花粉症を抑えることのできる人もいます。

 薬物療法の最大のポイントは、花粉が飛散する前から治療を開始する!ということです。上に述べた薬の効果を最大限に出すには、花粉がまだ飛んでおらず症状が出ていないときに使い始めることが必要です。

 花粉がピークになれば患者さんの数が増え、待ち時間が長くなりますから、そういう意味でも早めの受診がおすすめになるのです。

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2013年6月15日 土曜日

第52回 不思議な不思議なクラミジア② 2007/12/25

前回は、クラミジアは尿道や子宮けい部だけでなく、のど(咽頭や扁桃)や肛門に感染していることもある、という話をし、さらに血液検査はそれほど有用でないという点について述べました。

 今回は、よくある質問、「自分はいつどこで誰から感染したのか」という問題について考えていきたいと思います。

 例えばこういうケースがあります。

 30代の主婦で結婚2年目、結婚後は自分の夫以外の男性とはまったく性交渉がない。不正出血が気になり、すてらめいとクリニックを受診して、念のために調べたクラミジア検査で陽性反応がでた・・・

 という場合です。この場合、不正出血の原因がクラミジアかどうかは別にして、クラミジアに陽性反応が出た以上は治療を開始しなければなりません。そして、もうひとつしなければならないことがあります。
 
 それは、自分の夫のクラミジア検査です。これは、もしも夫もクラミジアに感染している場合、自分だけが治してもいずれ再び夫からクラミジア感染をする可能性が高いからです。

 さて、この場合、この主婦はこのように考えます。

 「自分は結婚後、他の男性との性交渉がまったくない。夫がどこかで浮気してきて自分にうつしたに違いない・・・」

 場合によっては、夫を厳しく追求したり、離婚を考えたりするかもしれません。そして、夫に受けさせた検査結果が”陰性”だったとします。

 夫の検査結果が陰性だった場合、どのように考えればいいでしょうか。実際にこのようなケースは珍しくありません。

 このようなケースではいくつか考えられることがあります。

 ひとつは、この主婦が推測したとおり、夫が浮気をして自分の妻にクラミジアを感染させたというケースです。実際、これはよくあることです。

 特に多いのが、フェラチオ(fellatio)でクラミジア感染するという知識を男性が持ち合わせておらず、風俗店に行きセックスワーカー(風俗嬢)ののど(咽頭)からクラミジアに感染し、自覚症状がないこともあり自身が感染していることを知らずに妻に感染させるというケースです。

 ちなみに、日本ほど、コンドームなしのフェラチオ(fellatio)が普及している国はおそらく他にはありません。国(というか文化)によってはフェラチオなど考えられないというところもありますし、セックスワーカーがフェラチオをする地域もあるにはありますが、コンドームを使用するのが常識です。ときどき、「コンドームをしたフェラチオなんて考えられない」という日本人男性がいますが、「コンドームなしのフェラチオなど信じられない」というのがグローバルスタンダードなのです。

 さて、話を戻しましょう。

 夫が浮気などでクラミジアに感染して、気づかないまま妻にうつしたとき、妻にうつした後で自然治癒したということが可能性としては考えられます。前回、お話したようにクラミジアには自然治癒もありうるのです。

 妻がクラミジア陽性、夫は陰性というケースでは、他にもいくつかの可能性があります。

 この妻が夫と交際しだす前に、すでにクラミジアに感染していたという可能性もあります。クラミジアはときに慢性化する感染症で、数年間持ち続けていたということもあるのです。

 あるいは、交際を始める前に夫の方が以前の交際相手(ex-girlfriend)から感染していて気づいていなかったという可能性もあります。そして、妻に感染させた後に自然治癒していたということがありうるのです。

 クラミジアは自然治癒する場合が少なくないのですが、こういうケースは実はかなり多いのではないかと私は考えています。

 その最大の理由は、「日本人は抗生物質を服用するケースが多い」というものです。

 以前別のところでも述べましたが、日本ほど抗生物質を消費している国はなく、「世界の抗生物質消費量の4分の1が日本である」、と言われることもあります。

 抗生物質というのは安易に服用すべき薬では決してありません。国によっては、抗生物質は保険適用外というところもあります。海外で医療機関にかかられたことのある方なら経験があるかもしれませんが、いくら症状があっても(ウイルスや真菌ではなく)細菌に感染していることが証明されなければ(あるいは強く疑われなければ)、医師は抗生物質の処方をしません。

 ところが、日本では単なる風邪と思われるような症状でも抗生物質をほしがる患者さんが少なくありません。すてらめいとクリニックでは「抗生物質が必要な風邪症状ではありませんよ」と説明して、原則としてウイルス性と思われる”単なる風邪”には抗生物質を処方しませんが、「私は風邪のときはいつも抗生物質をもらっています」と答える患者さんもいます。

 抗生物質が安易に処方された結果がクラミジアの自然治癒の一因となっているのではないか・・・。これが私の仮説です。

 抗生物質のなかにはクラミジアには一切効果がないものも少なくないのですが、それでもなかには”単なる風邪”に処方される抗生物質が効く場合もあります。

 そろそろ、本日のまとめに入りましょう。

 夫婦間(あるいはカップル間)で、どちらかがクラミジア陽性、一方が陰性の場合、(あるいはふたりとも陽性の場合でも)、どちらが先に感染したかというのは推測不可能と考えるべきです。

 もっとも大切なのは、少しでもクラミジア感染の可能性があるなら、ふたりで検査を受けるということです。その際はクラミジアだけでなく可能性のある性感染症すべての検査をするのです。そして、どちらかが感染していることが分かった場合、その原因を追求するようなことはせずに、治療に専念し、すべての性感染症が陰性であることを確認すればいいのです。

 そして、その後は・・・、

 お互いに本当の忠誠心があれば、それからは性感染症の検査は一切必要ないはずです!

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2013年6月15日 土曜日

第51回 不思議な不思議なクラミジア① 2007/12/3

すてらめいとクリニックは、総合診療の名の下、「どんなことでもお気軽にご相談ください」というコンセプトで診療をおこなっています。実際、発熱や倦怠感から、手術が必要な症例、メンタルケア、・・・・、と実に様々な症状の患者さんがやって来られます。そんななか、最近増えているな・・・、と感じられるのが、性感染症、特にクラミジア感染症です。

 クラミジアは自覚症状が出ないことが多く、検査をして初めて感染に気付いたという人が圧倒的に多いという特徴があります。私の印象では、男女とも8割以上の人はまったく自覚症状がありません。

 自覚症状があったとしても、ほとんどは軽症です。女性なら、「なんとなくおりものの調子がおかしい・・・」、「下腹部に違和感があるような気がする・・・」、男性なら、「残尿感があるように思う・・・」、「おしっこをするとき違和感を感じることがある・・・」といった感じです。

 また、男女とものど(咽頭や扁桃)に感染していれば、ほとんど100%の人に自覚症状がありません。性交渉の仕方によっては肛門に感染していることもありますが、やはりこの場合もほとんど自覚症状がありません。

 私がすてらめいとクリニックを始めて気付いたことのひとつに、男性のクラミジアの咽頭感染がかなり多いということがあげられます。以前は、コンドームを用いないフェラチオ(fellatio)をする女性や男性同性愛者に対しては、必ずのどの検査もすすめていましたが、異性愛者の男性に対しては、患者さんからの申告がない限りは咽頭の検査はおこなっていませんでした。

 ところが、「自分は女性器を愛撫(クンニリングス、cunnilingus)するので喉も調べてほしい」という男性異性愛者の咽頭検査をすると、かなりの確率でクラミジアが陽性となります。

 それに気付いてからは、異性愛者の男性に対しても、必ず「喉に感染している可能性はありませんか」と尋ねるようにしています。

 先日、性感染症に従事するある医師と話したときにも、この話題となり、その医師も男性異性愛者の咽頭クラミジア感染の多さに驚いていると話していました。

 さて、ここまでをまとめると、クラミジア感染症は、その人の性行動によって、尿道(尿で検査できます)、子宮けい部、のど、肛門のそれぞれを検査しなければならない、ということになります。

 ここでよくある質問に答えておきます。「クラミジアの検査を、子宮けい部とのどの両方でおこなった場合、料金は高くなりますか」という質問がよくあるのですが、(少なくともすてらめいとクリニックでは)料金は同じです。子宮けい部だけの検査をしても、のどの検査を加えても、さらに肛門の検査までおこなったとしても、料金はまったく同じです。(ただし、結果が陽性と出た場合、どこで検出されたかは分かりません。しかし、どこで検出されたとしても治療方法は同じです。また、例えば子宮けい部とのどを別々に検査することも可能ですが、その場合は保険適用ができず自費となります)

 自覚症状が出ない(出にくい)以上は、身に覚えがあれば検査を受けなければなりません。次に、これもよくある質問に答えておきます。それは、

 クラミジアの血液検査は信頼できるのか・・・

 というものです。

 結論から言えば、クラミジアの血液検査は参考程度にしかなりません。通常、クラミジアの血液検査ではクラミジア抗体を調べます。抗体とは病原体が体内に入ったときに身体が反応してつくるたんぱく質のことです。一般的に、クラミジアに感染すると、まずIgM抗体という抗体がつくられIgM抗体が減少する頃にIgA抗体という抗体がつくられます。そしてIgA抗体が減少する頃にIgG抗体という抗体がつくられます。

 クラミジアの検査では、通常IgA抗体とIgG抗体の有無を調べます。もし、IgA抗体が陽性でIgG抗体が陰性であれば、比較的最近感染した可能性があります。IgA抗体、IgG抗体の双方が陽性であれば、感染して時間がたっている可能性があります。IgA抗体が陰性、IgG抗体が陽性であれば、さらに感染してから時間がたっていることが考えられ、治癒した場合も含まれます。

 では、IgA抗体が陽性であれば必ず感染しているかと言えばそういうわけでもありません。クラミジアには自然治癒の報告もあるからです。

 結局、血液検査で陽性反応がでてもすぐに治療が必要になるわけではありません。血液検査で陽性反応がでれば、きちんとした検査を必要に応じて、尿道、子宮けい部、のど、などでおこなわなければならないというわけです。

 では、血液検査で陰性と出れば(IgA抗体、IgG抗体の双方が陰性であれば)、クラミジアに感染していないと言いきれるのかと言うと、そういうわけでもありません。抗体ができるまでには時間がかかりますから、血液検査の信頼性は劣ります。抗体ではなく、クラミジアそのものを調べにいく尿検査、子宮けい部やのどの綿棒の検査の方がずっと信憑性が高いのです。

 それに、血液検査は結果が出るまでに数日間を要するという欠点もあります。尿検査や綿棒の検査であれば、(検査の種類にもよりますが)30-40分で結果が出ますから、より現実的なのです。

 また、クラミジア感染症は通常飲み薬で治しますが、必ず確認検査をしなければなりません。どんな飲み薬を使ったとしても100%治る保障はないからです。確認検査の際には、必ず尿検査や綿棒の検査をおこなわなければなりません。なぜなら、血液検査で調べる抗体は治療後も残る(陽性反応がでる)からです。

 要するに、クラミジアを調べるには血液検査はあまり役に立たないと言えるのです。以前、あるアメリカ人の医師と話をしたときに、彼女は「なぜ日本ではクラミジアの検査を血液でおこなうのかが理解できない。アメリカにはそのような検査はない」と言っていました。彼女だけでなく、私自身も「理解できない」のです。

 つづく・・・

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2013年6月15日 土曜日

第50回 インフルエンザ予防接種の誤解 2007/10/24

現時点ではまだ報告がないものの、今シーズンもインフルエンザは間違いなく流行するでしょう。我々医療従事者にとっても、インフルエンザは大変やっかいな病気です。

 なにしろ、普段健康で風邪などまったくひかないという人でも突然高熱で倒れることは珍しくありませんし、一度かかると薬を飲んでも2、3日はあのしんどさと戦わなくてはなりません。熱は解熱剤で強制的に下げることはできますが、強烈な倦怠感はどうしようもありません。

 私が数年前にインフルエンザに罹患したときは、寝返りをうつのも一苦労で、トイレに行くのにわずか数メートルの距離を這いつくばって進まなければなりませんでした。

 幸いなことに、タミフル、そしてリレンザという特効薬が発売されてからは、この強烈な倦怠感に悩まされる時間がかなり短縮されるようになりましたが、今年になってタミフルの副作用が相次いで報告されるようになってからは、こういった特効薬の使用も安易にはできなくなってきました。

 2月にはタミフルの副作用と思われる異常行動で10代の転落事故が2件相次ぎ、3月20日に(当時の)柳沢労働大臣が、「10歳以上の未成年については原則タミフルの処方を控える」という発表をおこないました。タミフルの異常行動についてはこれまでにも多数報告されており、2004年以降合計15件の転落事例がわかっています。

 では、もうひとつの特効薬であるリレンザはどうかというと、今のところ重篤な副作用はそれほど多く報告されていないようですが、タミフルとリレンザでは使用されている量がまったく異なり、今後リレンザの消費量が増えれば新たな副作用が問題になるかもしれません。

 また、インフルエンザの場合、使用する解熱剤にも注意が必要です。通常、インフルエンザや水ぼうそうなどの一部の感染症を除く発熱には、多数の解熱薬から適切なものを選択できます。少し乱暴に言ってしまえば、「より高い熱にはより強力な鎮痛薬を使う」という方法である程度対処できるのです。

 ところが、インフルエンザの場合は、一般的に強い解熱作用があるとされている鎮痛剤は使用できない(使うと重篤な副作用を招く恐れがある)ため、インフルエンザと確定した場合、あるいはインフルエンザが疑われる場合には、原則としてアセトアミノフェンなどの比較的安全だけれども強力ではない鎮痛剤しか処方されません。

 アセトアミノフェンとは市販の風邪薬の一成分としてよく使用されている解熱薬で、小児にも使えます。パラセタモールと呼ばれることもあり、海外の薬局では誰でもパラセタモールの錠剤を処方箋なしに買うことができます。

 ここまでをまとめると、インフルエンザの薬としては、特効薬のタミフルとリレンザには充分な注意が必要で、解熱薬も強力なものが使えない、ということになります。

 こうなると、インフルエンザとは相当やっかいな感染症に思われます。しかし、そう落胆する必要もありません。

 まず、インフルエンザは手洗いとうがいでかなりの確率で感染を防げるからです。私は、冬になると、高熱の患者さんを診察する度に手洗いとうがいをおこなうようにしています。自分自身の実感として、これをおこなうとインフルエンザを含めてかなりの感染症を予防できるように思います。

 もうひとつの有効な方法はワクチン(予防接種)です。しかし、ワクチンは最もすぐれたインフルエンザ対策なのにもかかわらず、日本では誤解も多く、諸外国に比べると接種率が低いのが現状です。

 このウェブサイトでも何度か指摘しましたが、日本ほどワクチン接種が遅れている国も珍しく、とても先進国とは言えない状況です。例えば、日本では今年”はしか”(麻疹)が大流行し、多くの学校が休校の措置をとらざるを得なくなり、それで初めてワクチン接種の重要さが認識され、その結果ワクチンが大幅に不足するという事態に陥りました。これは、お隣の韓国がWHO(世界保健機関)から”はしか”の排除に成功したと発表されたことと対照的です。

 以前、別のところでも述べましたが、日本でワクチン接種がすすまない理由は「知識の欠如」で、それに拍車をかけているのが「マスコミ」の報道ではないかと私は考えています。

 1980年代後半に、ある民法の報道番組が、「インフルエンザワクチンはまったく効果がなく危険性すらある」などといった誤った報道を全国ネットでおこないました。この番組に出演し、まったく根拠のない誤った学説を述べた学者に対し、海外のメディアは揶揄したそうですが、日本のマスコミは「正しい知識」よりもワクチンバッシングといった「スキャンダル」が好きなようです。

 ここで、インフルエンザワクチンの誤解を解いておきましょう。

 まず、「インフルエンザは予防接種をおこなってもかかってしまう」というものです。

 これは、ワクチンをうったのにもかかわらずインフルエンザにかかってしまった人にしてみれば、「何のためのワクチンだったの・・・」という気持ちになりますから、「じゃあ予防接種なんて意味がないじゃない」となるわけです。実際、私もワクチン接種をした年にかかってしまったことがあります。

 しかし、個人レベルではそう感じられたとしても全体で(公衆衛生学的に)みれば、予防接種は大変有効なのです。

 インフルエンザワクチンの有効率は、年にもよりますがだいたい75%程度であることが分かっています。これは、ワクチン接種をせずにインフルエンザにかかった人を100人集めたときに、もしもワクチン接種をしていればそのうち75人はかからなくても済んだ、という意味です。

 次にインフルエンザワクチンの副作用を確認しておきましょう。ときどき、「ワクチンは副作用が怖いからうたない」という人に遭遇しますが、やみくもに怖がるのではなく、この場合も「正しい知識」をもつことが重要です。

 インフルエンザワクチンの副作用は毎年100人前後が報告されています(2006年度は107人)。2006年度は107例のうち死亡例が5人あったそうですが、専門家で構成される検討会では、4人は「因果関係は評価できない」、1人を「因果関係は認められない」としています。後遺症については、視力低下や自力歩行不能などが6例報告され、うち4人を「因果関係が否定できない」とし、2人を「因果関係は評価できない」としています。残りの100人近くは、発熱や発疹、注射部位の腫れなど、比較的軽度なものです。

 一方、インフルエンザにかかると合併症を併発する場合があり、細菌の二次感染による肺炎、気管支炎、慢性気管支炎の増悪が起こりえます。乳幼児では中耳炎や熱性けいれんも起こりえます。また、インフルエンザウイルスそのものによる肺炎や気管支炎、心筋炎などもあり、なかには入院を要したり、死亡したりする例もあります。最近では、小児において年間100~200例の、インフルエンザに関連したと考えられる急性脳症の存在が明らかとなっています。

 インフルエンザ感染によってもたらされるこれらの合併症と、数十万人から数百万人にひとりの割合でしかおこらないワクチンによる合併症を比較したときに、ワクチンを接種すべきか否か・・・。

 あなたはどう考えますか・・・。

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2013年6月15日 土曜日

第49回 ストレスと機能性胃腸症 2007/9/21

 安倍首相が突然の辞任を表明し、その原因が「機能性胃腸症」と報道されたことで、最近この病名を耳にする機会が増えてきました。患者さんの方から、「私も機能性胃腸症ですか?」と質問されることもあります。

 「機能性胃腸症」とは、あまり聞きなれない言葉だと思いますので、まずはこれについて説明いたします。

 病名に「機能性」と付けば、おおまかに言えば、「どこを検査しても異状が出ないけれども症状があるもの」を示します。

 「機能性」に対して、ガンなどのできものが原因となっていれば「器質性」もしくは「腫瘍性」、炎症が原因になっていれば「炎症性」(例えば、潰瘍性大腸炎やクローン病)、腸炎ビブリオやノロウイルスといった病原体が原因であれば「感染性」と言います。また、糖尿病ケトアシドーシスなど内分泌性疾患からくる腹痛なら「代謝性」、腸管膜動脈血栓症のように血管がつまることによって起こる腹痛なら「血管性」となります。

 報道によりますと、阿部首相は食欲がなく、吐き気や下痢に苦しめられていたといいます。医師側からすると、「器質性」、「炎症性」、「代謝性」などの大切な疾患を見落とすわけにはいきませんから、こういった疾患ではないことを確認し、さらにストレスや精神状態を考慮した上で、ようやく「機能性」という表現を使います。

 つまり、機能性胃腸症とは、血液検査や画像検査、内視鏡検査などをおこなってもまったく異状がなく、ストレスや精神状態が原因で吐き気や下痢などの症状が出現している状態のことを言います。

 さて、マスコミの報道をみていると、ときに(無責任な)評論家は、「一国の首相が精神的な原因で病気になり首相を退陣するなどけしからん」、「この程度の病気で辞任するのは無責任」、などといった発言をおこなっています。

 機能性胃腸症に限らず、精神的な要因が原因、もしくは悪化因子となり症状が出現する病気に対しては、ときに周囲の理解が得られないことがあります。

 これは、日本人の多くが、武士道など強い精神力や忍耐力が要求される精神論が好きだからというのがひとつの理由でしょう。

 しかしながら、ひとりの人間が生涯にわたり、常に強い精神力を発揮するなどということは到底不可能なことであり、精神的ストレスからきたした病気に対し、「気がゆるんでいるからだ」、「甘えている証拠だ」、「自分の若い頃はこの程度のストレスはむしろ励みになったものだ」、などと言うのは、病気で苦しむ人を傷つけるだけであり、何の解決にもなっていません。

 また、悪意がないにせよ、「頑張れ!」と言い続けるのも、本人にとっては迷惑でしかありません。そもそも、限界を超えて頑張りすぎた結果が、ストレス性の病気になっていることが多いのです。その人に対し、「頑張れ!」などと言えば、その人は、すでに周囲に迷惑をかけていることに罪の意識を感じているところに、追い討ちをかけられるわけですから、精神状態はさらに悪化してしまいます。そもそも機能性胃腸症などのストレス性疾患を発症する人は、責任感が強く真面目な性格であることが多いのです。

 では、機能性胃腸症と診断されればどうすればいいのでしょうか。

 もちろん、かかりつけ医と相談して自分に合ったもっとも適した治療をおこなっていく必要がありますが、ここでは一般論を述べたいと思います。

 まずは、この病は、「治る病気」であることを自覚することが大切です。機能性胃腸症が死因となることはなく、いくらかの時間がかかるにしてもやがて治癒します。(ただし、再発はあります)

 次に症状がどのようなものかをある程度的確に医師に伝える必要があります。医師は聴診や触診である程度の状態を把握することはできますが、患者さん自身の訴えを最重視します。

 最も困っているのは、吐き気なのか、食欲が出ないことなのか、おなかが痛いことなのか、痛いとすればそれは胃なのか腸なのか、痛みは持続するのか、強くなったり弱くなったりするのか、食前と食後ではどちらが痛みが強いのか、下痢と便秘のどちらで悩んでいるのか、また、胃腸以外には症状はないのか、・・・、といったことを医師に伝える必要があります。

 もちろん、医師の方からもこのような具体的な質問をしていくことになりますが、患者さんの方から話してくれれば適切な薬を早く見つけられることがあるのです。

 機能性胃腸症に使う薬剤は、単に胃の働きを助ける消化酵素や整腸剤だけのこともありますし、胃の粘膜を保護する胃薬、胃酸の分泌をおさえる薬、胃の動きを適切にする薬、吐き気止め、下痢止め、などがあります。

 すてらめいとクリニックでは、必要に応じて漢方薬の処方もおこなっています。漢方薬のなかには、機能性胃腸症に対しては、西洋薬よりもシャープに効くものもあります。(もちろん症例にもよりますが)

 また、気分をリラックスさせる薬や、ときには、抗不安薬や抗うつ薬などを用いることもあります。場合によっては、時間をとってカウンセリングをおこなうこともあります。

 さて、機能性胃腸症は治る病気であることを自覚し、適切な薬が見つかったとして、もうひとつ大切なことが残っています。

 それは、「周囲の理解を得る」ということです。先に述べたように、例えば直属の上司が、「自分の若い頃はこの程度のストレスは励みになったものだ」と言ったり、やみくもに「頑張れ!」と応援したりすれば治るものも治りません。

 もしも、職場の上司や同僚の誰もが理解を示さないとすれば、社内の保健室(あれば)や産業医(いれば)に相談しましょう。場合によっては、総務部や人事部に相談するのもいいかもしれません。

 社内に相談できる人がいないのであれば、かかりつけ医に頼むのが懸命です。実際、すてらめいとクリニックを受診される患者さんのなかにも、「職場では誰も理解してくれない」と話される方がいます。そういう人には診断書を発行し、上司との相談の際に使ってもらうようにしています。

 最後に、これを読まれている方にお聞きします。
 
 あなた自身の胃腸が健康だったとしても、最近、あなたの周りに胃腸の不調を訴えている人はいませんか。その人が真面目で責任感が強い人であればあるほど機能性胃腸症の可能性は大きいと言えます。その人に対し、叱咤激励をしていませんか。もし、しているならあなたがその人の病状を悪化させている可能性もあるのです・・・。

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2013年6月15日 土曜日

第48回 誤解だらけのHTLV-1感染症(後編) 2007/8/22

前回は、HTLV-1感染症が、ワクチンもなくウイルスを駆逐する方法もなく、このウイルスが引き起こす疾患はどれも大変な難病であり、さらに感染者は日本国内で120万人以上と極めて多いのにもかかわらず、世間からはほとんど注目されていないという話をしました。

 今回はこの注目度の低さの理由を考えていきましょう。

 1つは、このウイルスに感染しても必ずしも発症するわけではないということです。ATL(成人型T細胞白血病)の場合は感染者の約5%が、HAM(HTLV-1関連脊髄症)は感染者の0.2%が発症すると言われています。紅皮症や皮膚悪性リンパ腫については、私はデータを見たことがありませんが、おそらく数パーセント程度だと思われます。

 一方、同じレトロウイルスであるHIVの場合は、無治療の場合、感染してもエイズを発症しない人はおよそ300人に1人の割合でしか存在しません。

 しかし、この理由だけでHTLV-1の注目度の低さを説明できるでしょうか。たしかにHIVは(無治療の場合)99%以上の確率でいずれエイズを発症するのに対し、HTLV-1は90%以上の人がその生涯を無症状のまま過ごします。しかしながら、性交渉などで他人に感染させる可能性は常にあるわけですから、性交渉や出産の際に注意しなければならないという点についてはHIVと差があるわけではありません。
 
 私の個人的な意見を言えば、HTLV-1が注目されない最大の理由は、「感染者の地域的な偏り」です。

 理由は分かっていませんが、HTLV-1に感染している人の多数は、九州や四国の山間部、沖縄、近畿地方の山間部などに集中しています。このため、首都圏ではHTLV-1感染症を「風土病」ととらえています。実際、1991年に厚生省がまとめた報告書では、「地域差が大きいので国が全国一律に関与するより自治体の裁量に委ねるのが望ましい」として、国としてのHTLV-1への対策はほとんどおこなわれていません。

 HTLV-1感染症は、B型肝炎ウイルスやHIVと同じように性感染や血液感染の他、母子感染もありますから、本来は妊婦への抗体検査を実施すべきなのですが、現在妊婦検診が無料でおこなわれているのは、鹿児島県、宮崎県、長崎県の3県だけです。

 このように、HTLV-1に対する世間の関心が低いのは、世論やマスコミだけではなく、厚生労働省や地域の行政にも責任があるのです。

 しかしながら、HTLV-1陽性者の全員が地域に偏って居住しているわけではありません。今年の5月にHTLV-1関連の国際会議が神奈川県で開催され、その会議で、会議の組織委員長を務めた東京大学大学院の教授は、「首都圏でも20-30万人の感染者がおり、放置されているに等しい。国をあげての対策が必要」と訴えています。(報道は5月22日の毎日新聞)

 首都圏に20-30万人の感染者がいて、妊婦への抗体検査がおこなわれていないなら、若い世代の間にかなりHTLV-1陽性の人がいるはずです。そして、その若い人たちが性交渉などを通してウイルスを蔓延させている可能性もあるわけです。

 こう考えると、累計で1万3千人程度しか確認されていないHIVなどよりも、よほど感染の可能性が高いといえるでしょう。

 一方、行政が指揮をとる妊婦検診とは対象的に、献血では輸血に使う前にすべての血液に対してHTLV-1の抗体検査が実施されています。もちろん、HTLV-1だけでなく、前回冒頭で述べた他の感染症、すなわち、HIV、梅毒、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスの検査もおこなわれています。

 ならば、献血で自分がこれら5つの感染症に罹患していないかを調べてしまえばいい・・・、そう考える方もおられるかもしれません。しかし、献血の目的は、「輸血が必要な患者さんに対して無償で自らの血液を献上する」というものであって、決して「自分の感染症の有無を確認する」というものではありませんし、そのような目的の献血はあってはならないことです。

 例えば、不特定多数の異性(もしくは同性)と性交渉があるような人の場合、あるいは注射針の使いまわしをしたことがある人や、(特に海外で)タトゥーを入れたことのあるような人の場合、検査目的で献血するなどという行為は許されるべきではありません。そんなことをすれば、輸血用の血液が準備されるまでにかなりの費用と時間がかかってしまい、輸血が必要な患者さんの命を縮めることになりかねません。(通常、献血された血液の感染症の抗体検査は、数十人分の血液をまとめておこない、そのなかで陽性反応がでればその数十人分の血液を分割して確認検査をおこない抗体陽性の血液を絞り込んでいきます。この作業にかなりの時間と費用が費やされます)

 私個人の意見を言えば、本来行政がこれら5つの感染症の検査を無料で保健所などでおこなえるようにすべきだと思うのですが、現時点ではHTLV-1も含めた抗体検査を誰もが無料で受けることのできる地域はありません。

 ならば自分の身は自分で守るしかありません。新しいパートナーができたときは、各自の責任で検査を受けるのが最も現実的な対処方法なのです。

 そのときに忘れてはならない大切なことがあります。

 もしも、あなた自身が、あるいはあなたの新しいパートナーが、HTLV-1を含む感染症に罹患していればどうするのか、という点について事前に話し合っておくということです。

 なんらかの感染症に罹患していることが分かった新しいカップルが、「では、私たちがお付き合いをするのはやめましょう」となるなら、検査を実施する我々医療従事者にしてみれば、「いったい、何のための検査なんだ・・・」となってしまいます。

 そうではなくて、なんらかの感染症に、あなたが、もしくはあなたのパートナーが感染しているのであれば、「その感染症に一緒に向き合っていこうね」という話を事前にしておくべきなのです。

 私の経験で言えば、このような話を事前にきちんとおこないカップルで検査をしにくるのは圧倒的に西洋人に多いという印象があります。

 愛情は感染症なんかに決して負けない・・・

 このことに気付く日本人がもっと増えることを切に願います・・・。

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2013年6月15日 土曜日

第47回 誤解だらけのHTLV-1感染症(前編) 2007/7/23

「血液感染と性感染が主な感染ルートである重要な感染症を5つあげよ」と問われればいくつあげることができるでしょうか。

 正解は、HIV、梅毒、B型肝炎、C型肝炎、そしてHTLV-1感染症です。

 これらのうち初めの4つは有名ですが、最後のHTLV-1については、医療従事者にとっては常識ではあるものの、なぜか一般の人々にはあまり認知されていません。

 なぜ、これだけ重要な感染症がそれほど世間の話題にのぼらないのかが私は不思議で仕方ないのですが、実際HTLV-1がマスコミで取り上げられることはほとんどありません。

 HTLV-1とは、HIVと同じように逆転写酵素を持つRNA型のウイルスです。

 「逆転写酵素」「RNA型ウイルス」という言葉は、一般的には馴染みがないかもしれませんのでここで簡単に説明しておきます。

 まず、普通は生命体のもつ遺伝情報は、DNA→RNA→蛋白質という流れで伝えられていきます。この流れのことを「セントラル・ドグマ」と呼び、かつては一方通行の流れであると考えられてきました。

 ところが、一部の生命体はRNA→DNAという通常とは逆向きの流れで自らの遺伝情報を具現化していくことが分かってきました。この従来の常識をくつがえす奇抜な情報伝達をおこなうには「逆転写酵素」と呼ばれる特殊な酵素が必要で、これをもつRNA型のウイルス(これをレトロウイルスと呼びます)で最も有名なのがHIVというわけです。

 HIVは性感染や血液感染のルートで人間の体内に潜り込み、RNAとして持っている自らの情報を人間の特定の細胞の中のDNAに植え付けます。この植え付ける作業に必要なのが「逆転写酵素」なのです。

 HIVはいまや誰もが知る感染症となりましたが、HIVと同じ仲間のレトロウイルスであるHTLV-1はそれほど有名ではありません。しかし、これは歴史的には極めて奇妙な話で、HIVがまだ名前もなかった頃には、HTLV-3という名称で呼ばれていたのです。つまり、HTLV-1の方がHIVよりも昔から知られた存在であって、HIVが誕生した頃はHTLV-1の亜型だと考えられていたのです。

 HIVに比べてHTLV-1が無名であることが不思議な理由はまだあります。

 まず、これら2つのウイルスは感染経路が極めてよく似ています。HTLV-1の主要な感染ルートは、血液感染、母子感染、そして性感染です。細かいことを言えば、HIVが腟分泌液にも含まれているのに対して、HTLV-1は精液には含まれるものの腟分泌液には含まれていないという違いがあげられるかもしれません。しかしながら、同じく腟分泌液には含まれていないと言われているHCV(C型肝炎ウイルス)が女性から男性に性交渉で感染することが珍しくないことを考えれば、HTLV-1の女性から男性への性感染もありうると考えるべきでしょう。(女性の不正出血や子宮けい部の炎症が原因で、実際は腟交渉で血液感染が成立しているのではないか、と私は考えています)

 感染ルートが極めて似ており、歴史的にはHTLV-1の方が古いのにもかかわらず、HIVの方が圧倒的に有名なのはなぜなのでしょう。

 感染者の数が違うからでしょうか。たしかに、HIV陽性者に対して、HTLV-1陽性者が極端に少ないのであれば、HTLV-1が無名なことも理解できます。

 しかしながら、日本国内でみたときに、HIV陽性の人は、累積で1万3千人程度しかいないのに対して、HTLV-1陽性の人は120万人から150万人もいるのです。

 では、HTLV-1がHIVに比べて無名なのは、感染してもすぐに治る病気だからなのでしょうか。

 事実はまったくの逆です。HTLV-1に感染するといくつかの病気になる可能性があり、代表的な2つはATL(成人性T細胞白血病)とHAM(HTLV-1関連脊髄症)です。現在の医学では、残念ながらこれらの病気に対して有効な治療法があるとは言えません。

 これは、すぐれた抗HIV薬が次々と開発されているのとは対象的です。参考までに、現在のHIVの治療は、薬の内服は1日1回が主流になってきています。HIVは1日1回の服薬だけでエイズを発症しないのに対し、HTLV-1は有効な治療法が確立されておらず、ATLを発症すれば8割以上は5年以内に死亡しますし、HAMはやがて寝たきりの状態になります。要するにHIVよりもHTLV-1の方がはるかに「難病」なのです。

 これらを踏まえると、感染経路が極めて似ている2つの病原体のうち、陽性者が100倍も多く有効な治療法もない方が世間から注目されていないのです! 

 ここまでくれば、HTLV-1がもっと注目されるべき感染症であることがお分かりいただけたと思います。

 次に、HTLV-1が引き起こす病気について説明しておきます。

 私は医師になってから、だいたい年間に2、3人程度のHTLV-1陽性の患者さんと出会っています。

 一番よく遭遇するのは、中年以降に全身が真っ赤に腫れ上がる紅皮症と呼ばれる皮膚状態になっている患者さんです。一見アトピー性皮膚炎の重症型にも見えますが、中年以降に突然発症しているのがポイントです。そして、この状態になった患者さんの何割かはいずれ皮膚の悪性リンパ腫を発症することになります。

 HTLV-1が引き起こす疾患でおそらく最も有名なのはATL(成人型T細胞白血病)でしょう。白血病にも様々な種類のものがあって、比較的治りやすいものもありますが、ATLの場合は有効な治療法が確立されていません。そのため5年以内に8割以上が死亡という高い致死率となっています。実際、毎年1000人以上の人たちがATLで命を失っています。

 HAM(HTLV-1関連脊髄症)という疾患もやっかいです。この病気はゆっくりと進行し、次第に手足が動かなくなりやがて寝たきりの状態となります。他の脊髄疾患や脳梗塞の症状と似ていることもあり、ときに診断がつくのが遅れます。

 HTLV-1はワクチン(予防接種)がありませんし、いったん体内に侵入したHTLV-1を駆逐する方法もありません。

 では、なぜこのような大変重要な感染症の注目度がこんなにも低いのでしょうか・・・

(つづく)

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