2024年6月30日 日曜日

2024年6月30日 マルチビタミンで死亡率上昇?

 2007年の開院以来、谷口医院には数多くのサプリメントに関する相談が寄せられています。当院の方針としては、ほとんどのサプリメントにおいて「必ず摂取してください」とも「してはいけません」とも言いません。その時点で分かっているエビデンスについて説明するだけです。

 ですが、例外的に「摂取してください」とするものと「摂取してはいけません」と伝えているものがいくつかあります。

 最も「摂取してください」と助言しているのはビタミンDです。2007年の時点でははっきりしていませんでしたが、その後、食事からの摂取では限度があることがよりはっきりしてきました。谷口医院のスタッフの健診でもビタミンDのサプリメントを摂取していない人で基準量に達していた人はほぼゼロです。日本人を対象とした疫学データをみても、8~9割の日本人は規定量に達していません。

 他方、「摂取してはいけません」の代表は、小林製薬の事件にもなった「紅麹」です。これはそもそも国によっては禁止されているスタチンですし、高いお金を出さなくても安全なスタチンが保険で処方できるからです。わざわざ高いお金を出して危険なスタチンを内服する意味がないわけです。

 紅麹ほどではないにせよ、質問されれば「やめた方がいいのでは?」と助言することが多いのがウコンです。使用者の数を考えれば割合は少ないとは言えますが、肝不全を起こすことがあり海外では死亡例も出ています。米国豪州イタリアでは危険性が公表されています。

 さて、前置きが随分と長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「マルチビタミンは死亡率を減らさない」とした論文、医学誌「JAMA」2024年6月26日号に掲載された「3つの米国前向きコホートにおけるマルチビタミンの使用と死亡リスク(Multivitamin Use and Mortality Risk in 3 Prospective US Cohorts)」です。

 この研究は対象者の数が多いため、エビデンスレベルは高いと言えます。米国の健康な成人390,124人を対象に20年以上追跡され、「マルチビタミンを毎日摂取しても死亡率が減らない」ことが分かりました。

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 マルチビタミンは意味がないのになぜビタミンDは必要なのか、と疑問に感じる人もいるでしょう。実は、当院では推奨しているビタミンDも「摂取すれば死亡リスクが減る」ことを示したエビデンスレベルの高い研究があるわけではありません。

 それに、ビタミンDはかつては骨折や骨粗しょう症を予防するとされていましたが、この考えは現在では完全に否定されています。では、ビタミンDは何に役立つのでしょう。アレルギー疾患を予防する、感染症を予防する、コロナ後遺症のリスクを減らす、などいろいろと言われますが、これらを証明した大規模研究があるわけではありません。

 ではなぜ必要なのか。骨折を例にとれば、ビタミンDのレベルが少なければ骨が脆くなるのは事実です。しかし、大規模調査でみればビタミンD摂取が骨折を減らすわけではありません。これはどういうことでしょうか。「社会全体でみればみんながビタミンDを摂取しても全体の骨折が減るわけではないけれど、個人でみればビタミンDが少ない人は骨折しやすいですよ」と解釈するしかありません。

 摂取の適正基準値が本当に正しいのか、という問題もありますが、決められた量に達していなければ不安になります。えらそうに言っている私自身もその程度の知識しかないことをここで告白しておきましょう。

参考:はやりの病気
第248回(2024年4月) 危険なサプリメント
第188回(2019年4月) ビタミンDが混乱を招く2つの理由

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2024年6月20日 木曜日

第250回(2024年6月) 電子タバコと加熱式タバコの違いと混乱、そして大麻

 (紙)タバコは健康に悪いから、あるいは人前で吸えないから加熱式(電子タバコ)にした、という人が大勢います。しかし、加熱式タバコに替えれば健康上のリスクが減るのかについては意見が分かれていて、また「加熱式」と「電子タバコ」の言葉の混乱はいっこうにおさまらず、各自の言っていることがバラバラで、ときに会話が成り立っていないことがあります。医療者の間でもコンセンサスがなくいろんな意見が錯綜しているのが現実です。今回は、これら新しいタバコの語句を整理し、法律を確認し、そして危険性についての見解をまとめてみたいと思います。

 まずは言葉の整理をしましょう。従来、タバコといえば紙タバコのことを指していました。しかし紙タバコという表現は昔は存在せず、強いて言うなら「紙巻きタバコ」と呼ばれていました。これは「葉巻(はまき)」や「キセル」「パイプ」に対して使うときの表現です。タバコの葉を細かく刻んで鼻腔に入れる嗅ぎタバコというものもあります。他に、アラブ人がよく吸っている水タバコ(シーシャ)があります。ここまでが「従来のタバコ」と言えるでしょう。これらを見渡すと、(アラブ人を除けば)ほとんどの愛煙家が吸うのが紙巻タバコでしたから、単に「タバコ」と言えば「紙巻タバコ」を指していたわけです。

 現在は紙巻タバコの「巻」がとれて、「紙タバコ」と呼ばれる機会が増えています。これは単に「タバコ」であれば、現在主流になりつつある加熱式タバコや電子タバコと区別ができませんし、「紙巻」では長くなりますから「巻」を略して、紙タバコと呼ばれるようになったのではないかと私は推測しています。

 「加熱式タバコ」の話をしましょう。加熱式タバコとは、紙タバコのようにタバコの葉に火をつけるのではなく、タバコの葉を加熱してエアロゾルを生成させ、そのエアロゾルを吸い込むことでニコチンを体内に吸収させます。JTが90年代後半から発売していた「エアーズ」は加熱式タバコに分類されます。同社は2013年に「プルーム」という製品を発売しましたが、さほど広がりませんでした。全国的に普及したのはフィリップモリス社が2014年に販売開始した「アイコス(iQOS)」です。

 アイコスが予想以上に売れたことを受けてなのか、JTは2016年に上記プルームの後継品である「プルーム・テック (Ploom TECH) 」を発売しました。その後、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)が「グロー(glo)」を上市しました。他にもいくつかの加熱式タバコが発売されていますが、ほとんどこの3種で市場は占有されています。2020年8月31日の日経新聞によると、日本国内での「タバコ全体における加熱式タバコの市場占有率」は26%まで上昇し(残りのほとんどが紙タバコ、次いで葉巻)、加熱式タバコの内訳はアイコス7割、グロー2割、プルーム・テック1割とされています。

 加熱式タバコに似たものに「電子タバコ」があります。電子タバコが加熱式タバコと異なるのはタバコの葉ではなくリキッドを使う点にあります。リキッドを蒸発させた水蒸気を吸引してニコチンを吸収します。ただし、ニコチンが含まれていないものもあり、これらは(日本では)法律上区別されます。尚、加熱式タバコと電子タバコは文脈によっては区別されずに双方が「電子タバコ」と呼ばれていることもあり、これが混乱を招いています。

 ここまでをまとめてタバコを分類すると次のようになります。

〇従来のタバコ: 紙巻タバコ=紙タバコ≒タバコ
           パイプ
             キセル
             葉巻
             嗅ぎタバコ
             水タバコ(シーシャ)

〇加熱式タバコ:アイコス、プルーム・テック、グロー

〇電子タバコ(ニコチンを含むもの): 米国製のKIWI Penなど

〇電子タバコ(ニコチンを含まないもの): 日本で発売されているKIWI Pen、Dr.VAPEなど

 上述したように、加熱式タバコと電子タバコは文脈によっては同じように扱われることがあるのですが、厳密に区別しなければならないときがあります。それは国によっては「どちらかが合法でもう一方が違法」だからです。例えば、中国では電子タバコは合法ですが加熱式タバコは禁止されています。米国も電子タバコは合法ですが加熱式タバコは事実上違法です。フィリップモリス社の本社は米国にあり、一時アイコスが発売されましたが現在は禁止されているのです。他方、電子タバコは合法です。

 一方、日本ではニコチンを含む電子タバコは違法で、加熱式は合法です。ややこしいのは同じ製品でも国によってニコチンが含まれていたりいなかったりするからです。「KIWI Pen」は米国ではニコチンを含む電子タバコですが、日本で発売されている「KIWI Pen」はニコチンフリーです。つまり、米国で買ったKIWI Penを米国で使用するのはOKで、日本に持って帰っても個人で使用するのはOKですが、たくさん購入してそれを知り合いに売るようなことをすれば違法になります。また、日本に帰国する前に米国からタイ(加熱式タバコ・電子タバコ双方が違法)を経由したとすれば、タイの空港に到着した時点で(法的には)違法です。米国からベトナムに移動しても合法ですが、そのまま陸路でカンボジア(タイと同様、双方違法)に入国すればこの時点で違法になります。

 加熱式タバコ・電子タバコの双方を違法とする国は珍しくありません。有名なのがインド、タイ、カンボジア、シンガポール、ブータン、ブラジル、メキシコ、オーストラリアあたりです。このなかで、オーストラリアはニコチンを含まない電子タバコは認められていますが、他の6か国はニコチンなしの電子タバコもNGです。

 興味深いのはタイでしょう。タイでは電子タバコ・加熱式タバコ共に違法で、逮捕されると10年の懲役または50万バーツの罰金が課せられます。しかし、タイに詳しい人ならよくご存知と思いますが、実際にはこれらはショップや屋台で販売されています。それどころか、周知のようにタイでは現在大麻も合法です。オフィス街に24時間営業の大麻ショップがあり、ショッピング街にはきれいな大麻カフェが多数オープンしています。カオサンロードに行けば、入居しているすべての店舗が大麻関連の店というビルもあります。しかし、この国にアイコスなどを持ち込めば逮捕されるリスクがあるのは事実です。

 ちなみに、電子タバコの国ごとの規制についてはwikipediaの地図が分かりやすく役に立ちそうです。ただし、この情報が最新という保証はありませんから、渡航時にはその都度その国に確認する必要があります。加熱式タバコの国ごとの規制についてもこのような便利な地図が欲しいところですが、私が調べた限りでは残念ながら見当たりませんでした。

 以上みてきたように、加熱式タバコ、電子タバコに対する考え方は国よってまったく異なり、合法化すべきかについての、あるいは有害性の認識についての世界的なコンセンサスがありません。米国は「電子タバコOK、加熱式NG」で、日本はその逆ですが、では日本人と米国人では民族的に危険性が異なるのかというとそんなはずがありません。さらに大麻を議論に加えると、国によってやっていることはバラバラです。タイ人の体質は「大麻はOKでアイコスは有害」、日本人はその逆で「アイコスならOKで大麻は危険」などと言えるはずがありません。
 
 つまり、「加熱式は…、大麻は…、紙タバコは…」などと偉そうに言っている医師がいたとしても、それはその人物の意見に過ぎず、世界的なコンセンサスがあるわけではないのです。特に日本では「加熱式も電子タバコも(紙タバコと同様に)論外だ」と主張する専門医が少なくなく、そういう医師たちは禁煙にニコチン代替療法のパッチを勧めるわけですが、英国にはこれを覆すデータがあります。

 886人の禁煙希望者を対象に実施した研究があります。医学誌「The New England Journal of Medicine」2019年1月30日号に掲載された論文「電子タバコとニコチン置換療法のランダム化比較試験(A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy)」です。一方のグループには電子タバコを使い、もう一方にはニコチン代替療法(パッチなど)を処方しました。結果、電子タバコのグループはニコチン代替療法のグループに比べて1年後の禁煙率が1.83倍で、これをもって「電子タバコは有用な禁煙ツール」と結論づけられています。

 しかし、この研究には違和感が残らないでしょうか。なぜならこの研究での「禁煙成功」の定義は「紙タバコを吸っていなければ電子タバコは吸っていてもOK」だからです。ニコチンを紙タバコからではなく、電子タバコから吸収するのはOKとされているわけで、それをはたして「禁煙に成功した」と呼んでいいのでしょうか。注目すべきは研究の妥当性ではなく、英国人の考えです。英国人は「紙タバコでなければ喫煙ではない」と考えているわけでこの点が興味深いと言えます。

 しかし、その英国も最近少し変わってきました。2024年3月、英国政府は、「使い捨て電子タバコの禁止と電子タバコ用リキッドへの新たな課税を含むタバコおよび電子タバコ法案」を導入しました。これは主に未成年に対する電子タバコの規制を強化することが目的と言われています。

 と、このように国によって政策はバラバラであり、大麻も入れると議論は非常にややこしくなるわけですが、大切なのは各自がどのようなことに価値を求め、どのようなリスクをどれだけ取るつもりなのかをはっきりさせることです。その上でかかりつけ医に相談するのがいいでしょう。といっても、たいていの医師は「紙タバコはもちろん、加熱式も、電子タバコもNG。大麻など論外」と言うわけですが。しかし、そのように言う医師が、たとえば「ニコチンを含まない電子タバコ」のリスクをどれだけ考えているかは疑問ですし、いくつかの疾患や症状に対する大麻の有効性及び危険性についてきちんと説明する医師は極めて少数なのが現状です。

参考: GINAと共に
第211回(2024年1月) 大麻に手を出してはいけない「3つ目の理由」
第210回(2023年12月) 大麻について現時点で分かっている科学的知見

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2024年6月9日 日曜日

2024年6月 人間の本質は「憎しみ合う」ことにある

 今からちょうど4年前の2020年6月のマンスリーレポート「『我々の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの』ではない」で、オランダの歴史家ルトガー・ブレグマンが主張する「人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの」という主張には到底同意できないとする自論を述べました。

 私には人間の本質が優しくて思いやりがあるなどとは到底思えず、未来を楽観視することができないのです。そのコラムでも述べたように、30代の頃にはまだ人間の未来に期待していました。人間の諍いのほとんどはコミュニケーション不足からくる誤解によるものであり、たいていの場合話し合いをすれば互いを理解しあえると本気で思っていたのです。しかし、その後年をとり、40代半ばくらいには人への不信感が芽生えるようになり、次第に大きくなっていきました。

 そして新型コロナウイルスのパンデミックが起こりました。4年前のそのコラムで述べたように、日本人(東アジア人)というだけで見知らぬ人たちから差別され、襲われるようになりました。谷口医院の患者さんの当時欧米諸国に住んでいた人たちのなかにも逃げるように帰国した人がいます。当時バンクーバーに住んでいたある患者さんは「コロナ流行を機に隣人が豹変したかのようだった」と話していました。バンクーバーはそもそも移民が多く、国籍や民族で差別されないことで有名な街だったはずです。その街で最近まで仲良くやっていた隣人たちが豹変したというのですから、元々保守的な地域であればもっと恐ろしい光景が繰り広げられていたことが想像できます。

 2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻しました。もしも人間がブレグマンの言うように「人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの」ならば、世界の首脳は軍事で協力するのではなく、話し合いで解決することに力を注ぐのではないでしょうか。もちろん、突然軍事侵攻を開始したロシアに非があることは否めませんが、この戦争の”発端”は2004年のオレンジ革命にあります(と、私は考えています)。そして、オレンジ革命を事実上”煽動”したのは米国を中心とする西側諸国であることにはコンセンサスがあると言っていいでしょう。資金面ではジョージ・ソロスが大きく加担したと言われています。
 
 日本も含めた西側の報道では、2022年の軍事侵攻に先立つロシアの間違った行為として2014年のクリミア併合を挙げます。しかし、その併合は選挙の結果によるものですし、仮に選挙が公平でなかったとしても、ロシアに併合を決意させた原因はユーロマイダン革命にあります。そもそも、このユーロマイダン革命というものは革命と呼ぶにはふさわしくなく「西側諸国がしかけたクーデター」です。ヤヌコーヴィチ大統領を西側諸国が煽ったクーデターでウクライナから追放したのですから。ヤヌコーヴィチ大統領がロシアへの亡命を余儀なくされたため、ロシアはいわばその”仇”をとるためにクリミア半島を併合した、しかも民主的な選挙で、というのが私の見方です。ここでは私の史観が正しいかどうかは別にして、こんなことをやっている人間の本質が優しくて思いやりがあり助けあうものなどとは到底思えないわけです。

 2023年10月7日、パレスチナのガザ地区を支配するハマスがイスラエルに戦争をしかけました。「先に手を出した方が悪い」という理屈が正しいのなら、1948年のパレスチナ戦争(第一次中東戦争)まで遡って議論すべきです。そもそも1947年に国連が採択した「パレスチナ分割決議」の段階で、土地の43%がアラブ系住民に、57%がユダヤ系住民に与えられるという不公平なものでした。そんななかで勃発したパレスチナ戦争でイスラエルが勝利し、国連による分割決議よりも広大な地域を占領したのです。国連決議に従わないイスラエルが正しいとなぜ言えるのでしょうか。

 アラブ人とイスラエル人の対立をみていると、人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうものとは到底思えません。ハマスがイスラエルに侵攻した直後、イスラエルのヨアン・ガラント(Yoan Gallant)国防相はハマスの軍人を「human animals」、つまり「人間の顔をした獣」と呼びました。しかも、公式な記者会見の場で、です。

 国連にはさほど力がないのは事実ですが、それでも人間の本質が優しくて思いやりがあり助けあうものならば、こと平和に関しては世界各国は国連に従うべきです。ですが、イスラエルははなからそのつもりがありません。先月の国連総会において、イスラエルのエルダン国連大使は壇上で国連憲章の表紙を小型のシュレッダーにかけて細断しました。

 2024年5月31日、米国バイデン大統領はウクライナに対して、米国が供与した兵器でロシア領内を攻撃することを認める決断を下しました。ここまでくれば完全に代理戦争です。つまり、西側連合軍とロシアがいよいよ本格的な戦争に突入したといえなくもなくなります。イスラエルは攻撃をやめません。ここで、もしも北朝鮮が何かをしかけてくるようなことがあればこのまま一気に第三次世界大戦に進んでいくでしょう。

 しかし、本来戦争ほど馬鹿げた政策はないはずで、我々はそれを歴史から学んでいたのではなかったでしょうか。ではなぜこんな愚かな行為を繰り返すのか。私なりの答えは「人間が愚かだから」というよりも、「人間の本質が憎しみ合うことだから」です。

 そのことを証明するのに戦争のようなマクロな憎しみを持ち出す必要はありません。SNSをみればいかに人間が醜い罵り合いをしているかが自明です。

 個人的な話をすれば、私は医師になってからも数年間は「医師は他人に優しい」と思っていました。なぜって、困っている人を救いたいという気持ちがあって医者になるわけだから、優しくなければ務まらないではないですか。だから、私のように医学部入学時点で医師になることを考えておらず研究者を目指していたような者は、小さい頃から医師を目指していたようなタイプの医者にはかなわないと考えていて、そういう意味で少なからず劣等感もあったわけです。

 ところが、実際には医者なんて、特に開業医なんて全然優しくないわけです。新型コロナのパンデミックでそれが露わになりました。いつも診ている患者さんが発熱で苦しんでいるのに、「うちでは診られないから診てほしかったら自分で診てもらえるところを探せ」と言われ、すがるように当院にやって来た患者さんがどれだけいたか。それが、発熱外来を実施すれば点数アップという方針が決まるや否や、手のひらを返したように、今度は発熱患者の取り合いになったわけです。

 私はSNSはやっていませんが、何度か医師の投稿を見たことがあります。驚いたのは自分の意見に反するコメントに対し、汚い言葉を使って相手を攻撃する医師がいることでした。また、汚い言葉とは言えなくても「上から目線」の態度が目立つ医師もいました。オレは専門医だから、あるいは大学教授だから言うことを聞け、のような態度の書き込みもあり、当然のことながら、そういうコメントに対しては一般人から激しい反論がくるわけですが、私からみればそれは当然です。それで「名誉棄損だ」とか「人権侵害だ」などと被害者ぶるのはちょっと違うと思います。

 医者だけではありません。私は子供の頃、なんとなく「お金持ちの人は優しい」と思っていましたが、それはまったく正しくなかったのです。私は以前、マイルがたまったので飛行機のビジネスクラスに乗ったことがあります。たまたま私の周りだけがそうだったのかもしれませんが、ビジネスクラスの乗客は、フライトアテンダントに対する態度がとても横柄なのです。赤ちゃんが泣いたことに文句を言ったり、到着が遅いと言ってみたり(それはフライトアテンダントのせいではないでしょう)、辟易としました。

 ちなみに、South China Morning Postによると、日本人のビジネスクラスを利用する乗客は最悪だそうです。同紙では「the worst culprits(最悪の犯人)」という言葉まで使われています。彼(女)らは「ビジネスクラスに乗っているから特別だと思い込んでいて、地上職員を含め他の全員を見下している」そうです。

 カリフォルニア大学バークレー校の社会心理学者ポール・ピフ(Paul Piff)氏は、車によって社会階級を5つに分け、どのグレードの車が横断歩道の手前で止まって歩行者に道を譲るかを調べました。結果、高級車であればあるほど歩行者のために止まることはせずに自分勝手な行動をとることが分かったのです。

 調べてみると、「金持ちが他人に優しくない」ことを示した研究は多数あります。米誌「New York」の記事は「お金が人を反社会的にする」ことを示しています。ポール・ピフ氏の車のグレードの研究にも触れています。

 こうして考えると、ブレグマンはなぜ「人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの」などと言えるのでしょう。彼の周囲には優しい人ばかりが集まっているのでしょうか。そしてビジネスクラスに搭乗したことがないのでしょうか。

 などと言っていてもしかたありません。私自身は(私自身が優しいかどうかは分かりませんが)「利他の精神」が、たとえ人間の本質でなかったとしても「人間のあるべき姿」だと信じています。そして、優しくない人間はこれまで山ほどみてきましたが、利他の精神を発揮し他人に優しい人たちも知っています。そういう人たちとのネットワークを大切にし、たとえ戦争が起ころうとも、たとえ地球温暖化が進行し豊かな暮らしが失われようとも、「人間のあるべき姿」を貫いてみせるつもりです。

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2024年6月9日 日曜日

2024年6月5日 15歳老けてみえる人は大腸がんかも

 現在世界的に若年者の大腸がんの増加が問題となっています。最近、「早期発症の大腸がん患者は実年齢より生物学的に15年年上」、言い換えれば「実年齢より15年老けてみえる」という研究が発表されました。

 2024年5月31日から6月4日まで、米国シカゴで「2024年米国臨床腫瘍学会年次総会(2024 American Society of Clinical Oncology annual meeting)」が開催されました。その総会で、オハイオ州立大学総合がんセンターが発表した研究のなかにこのようなものがあったのです。

 なぜ、早期発症の大腸がんが増えているのかはよくわかっていないのですが、西洋式の食事 (高脂肪、低食物繊維食) が、大腸がんの発生率増加と関連している可能性が指摘されています。腸内マイクロバイオーム(腸内細菌叢)は食物繊維を分解して発酵させ、腸内壁の健康維持に重要な役割を果たす有益な腸内細菌を作り出します。高脂肪、低繊維食は腸内の微生物バランスを崩し、結果として腸内の炎症が惹起されます。

 炎症が持続すればがんが発症しやすくなるのはよく知られた事実で、大腸でいえば、潰瘍性大腸炎やクローン病といったいわゆる炎症性腸疾患(IBD)は大腸がんのリスクとなります。脂肪肝で肝臓に持続的な炎症があると肝臓がんのリスクが上がりますし、慢性膵炎は膵臓がんのリスクです。熱傷や外傷などで皮膚に傷を負うと、やがてそれが皮膚がんのリスクとなります。

 オハイオ州立大学総合がんセンターの研究者らはエピジェネティクスという遺伝子の研究から「早期発症の大腸がん患者は実年齢よりも平均して生物学的に15歳年上」であることを示しました。たとえば、45歳の早期発症の大腸がん患者は、60歳の生物学的特徴を持っている(=60歳に見える)ということです。

 これらをまとめると、「高脂肪食+低食物繊維食 → 腸管に炎症 → 老けてみえる + 大腸がんのリスクが上昇」となります。

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 『ブラックパンサー』の主演をつとめたチャドウィック・ボーズマンは43歳の若さで大腸がんで2020年に他界しました。彼を「(43+15=)58歳に見える」と言えばファンから怒られそうです。

 「大腸がんで若くして他界した有名人」を検索すると「ザ・ギンギンマルのオガタ。36歳で急逝」と出てきました。私はこの芸人を知らなかったのでwikipediaで画像検索すると、確かに同世代の相方よりも老けているような印象があります。しかしやはり彼を「(36+15=)51歳に見える」と言えばファンに失礼でしょう。

 老けてみえるかどうかは別にして「炎症」が多くの疾患の原因であるのは間違いありません。では「炎症を起こさないようにするためには何をすべきか」となって、それには多数の注意点があるのですが、「太らない(脂肪肝を避ける)、いいものを食べて腸内環境をよくする(例えば超加工食品は避ける)、ストレスを避ける(脳に炎症が起こると考えられるようになってきました)」あたりは常に注意すべきでしょう。

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